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獣を斬る ◆dKv6nbYMB.
☆
重い。
ブラッドレイの一太刀目を受け止めた
アカメは思った。
以前に打ち合った時よりも、鋭く、重たい斬撃だった。
次いで、振るわれる斬撃。
それを受け止めるアカメ。
反撃になど移れるはずもない。
その一撃一撃が、アカメの耐えられる限界を超えているのだから。
このまま打ち合い続ければ、数分ともたないことは明白だ。
「アカメッ!」
だが、この場にはアカメの味方がいる。
数々の戦いを経て、信頼を築き上げてきた新一。
「おおおおっ!」
そして、執行官から牙を受け継いだ
タスク。
両者がブラッドレイの剣に割り込み、アカメへの負担を減らす。
(後藤と戦えたのはラッキーだったな...!)
新一とミギーは、単純な体術ではアカメやタスクには劣る。
だが、身体能力だけならば別だ。
ブラッドレイに後藤、両者のハイスピードな攻防にも、慣れることができれば多少は食らいつける。
また、アカメとの連携の経験を積むことができたのも大きい。
完璧なコンビネーションと言うにはまだ足りないかもしれないが、最初期に比べれば互いの行動を感覚で掴めるようになっていた。
そして、タスク。
彼は、先刻までアカメと共に戦っていた
ウェイブのような剣術を持ち合わせているわけではない。
しかし、その軽業師の如くトリッキーな動きはさしものブラッドレイも、他の二人を掻い潜った上で容易にとらえることはできない。
また、アカメとは一度共闘していることもあってか、難なく彼女との連携をこなしていた。
だが、それでも。
三対一のこの状況でも、決して優位にはなれない。
大きく見積もっても互角―――否、間違いなくアカメ達が圧されている。
幾分か打ち合った時だ。
「ぐっ!?」
新一の上体がぐらりと揺らぐ。
ブラッドレイの回し蹴りが、内腿を捉えていた。
続けざまに新一へと振るわれる剣を、アカメが割り込み防ぐ。
その隙をつき背後から斬りかかるタスクだが、ブラッドレイはそれをカゲミツで防ぐ。
膠着する一瞬。
ブラッドレイはそのまま力任せに剣を振るい、三人を弾き飛ばす。
タスクは雪乃の近くに着地し、アカメと新一もまたどうにか体勢を立て直す。
(な...なんなんだよ、このおっさん)
その身でブラッドレイの剣捌きを受けていたアヌビス神は思う。
今まで、数多くの強者と戦ってきた。
その度に彼は力を増し、逆に敵を屠ってきた。
唯一例外だったのは、DIOだけだった。
戦った者よりも強くなる。それすら及ばぬ圧倒的な力を持つ男。
ブラッドレイから感じていたのは、まさにそれだった。
否、正確には違う。
スタンドのような特殊な能力を用いず、ただただ純粋に圧倒的な力。
仮にアヌビスがアカメの身体を操り、本来の力を発揮しようとも、憶える前に殺されてしまう。
その嫌な像がこびりついて離れない。
そして、なによりDIOと違うのは。
(ちくしょう、なんだってこんなに恐ええと思っちまうんだよ...!)
DIOに屈した時、アヌビスは忠誠を誓った。圧倒的な力に対する恐怖もあったが、同時に、この人になら従ってもいいと思わせられるカリスマがあった。
だが、ブラッドレイは違う。
彼から感じるのは、ただただ恐怖のみ。
例えば、血に飢えたライオンを目の前にした時。そいつに媚びへつらっても生き延びたいと思う者はどれだけいるだろうか。
多くの者はこう思うはずだ。『叶うならば、このまま関わらずにどこかへ行ってくれ』と。
ブラッドレイは、まさにそれだ。
ヒトの形をしていながら、ヒトではない。
血に、戦いに飢えた一匹の獣。
カリスマなど欠片もない。まさに『恐怖』のみの塊だった。
(マズイな...)
ミギーは、冷静に現状を分析する。
ブラッドレイは確かに満身創痍だ。
だが、なにか吹っ切れたのかはわからないが、明らかに自分達では届かない領域へと達している。
且つ、気のせいでなければ状況が拮抗しそうになる度に剣のキレが増している。
このまままともに戦い続けても、勝算はゼロ。針の先ほどにも勝機は見えない。
(どうする...どうすれば奴を倒せる...!?)
考える暇さえ与えないつもりか、ブラッドレイは再びアカメと新一へ肉迫し、再び斬り合いが行われる。
ミギーの刃は一本。普段のように枝分かれさせていては、硬度が薄まり、ブラッドレイの剣に耐えることができないからだ。
だが、それでもまともに受け続ければその身は削れていく。
それを知っているアカメは、なるべく多くの攻撃を代わりに引き受ける。
その度にアカメの身には傷が増え続けるのは言うまでも無い。
(このままじゃ、足手まといになるだけだ!)
新一は、後退し一旦距離を空ける。
だが。そのタイミングを狙ってか。
ブラッドレイはアカメの腹部を蹴り飛ばし、新一へとぶつける。
咄嗟にアカメを受け止める新一だが、ブラッドレイの狙いに気が付いた時にはもう遅い。
「しまっ...!」
身動きのとれなくなった二人。
狙いを澄ましたブラッドレイの剣先が、二人を穿たんと光る。
咄嗟にアカメを庇うように新一は左腕で彼女を抱きしめ、ミギーには盾を張らせる。
だが、おそらく無駄だ。
あの剣は、このままアカメ諸共この命を奪うだろう。
―――パァン
銃声が鳴り響いたかと思えば、ブラッドレイが跳躍し、新一の視野外へと消える。
アカメと新一は地面に倒れるなり、すぐに体勢を立て直し、状況の確認を急ぐ。
「...今度は上手くいったようね」
見れば、雪乃の手に握り絞められたショットガンからは煙が出ており、ブラッドレイの足元へと銃口が向けられていた。
「雪ノ下、お前...!」
「私だって、護られるばかりじゃないのよ」
「
雪ノ下雪乃、か」
ブラッドレイは剣を構えて雪乃を睨みつける。
「きみには感謝しておるよ。きみの言葉通りだ。私は中途半端だった。お蔭で私のやりたいことを見つけられた」
「礼を言うのなら、それに免じて逃がすべきじゃないかしら。礼儀知らずもここまでくると清々しいわね」
「好きなだけ言うがいい。...あの時は、きみを見誤った。だが、改めて認めよう。きみもまた私の倒すべき敵であると」
「そう。嬉しくない言葉ね」
雪乃が両手を引き金に添え、銃口を固定する。
―――さて。これから四k「悪いけれど、私もただでやられるつもりはないの」
流れ出す放送を聞く間もなく、雪乃はナイフを投擲する。
ナイフはブラッドレイ目掛けて真っ直ぐに飛んでいくが、しかし、先程までの四人の攻防の後では、最早止まって見える。
相手が
キング・ブラッドレイでなくとも躱すのは容易だろう。
迫るナイフを難なく回避したブラッドレイは、次に来るであろう弾丸に備えつつ駆け出す。
アカメと新一を置き去りにし、あっという間に雪乃との距離を詰めてしまうブラッドレイ。
たまらずショットガンを放ってしまう雪乃だが、勿論ブラッドレイに当たることはない。
更に、拳銃の訓練すらない雪乃はその反動に耐え切れずのけ反り、再装填すら間に合わない。
それ故に―――雪乃に、ブラッドレイの剣を躱す術は無い。
「雪ノ下ァァァァ―――!!」
新一の悲痛な叫びが響き渡るのと同時。
雪乃の身体が綺麗に二分され、上半身とデイバックが宙を舞う。
雪ノ下雪乃はただの人間だ。
再生能力が無ければ、身体に寄生生物を宿しているわけでもない。
誰が見ても、雪乃は即死である。
「ッ!?」
ただし、それが雪乃であれば、だ。
切裂かれた雪乃の身体が丸太に変わる。
「うおおおおお!」
叫びと共に、舞っていたデイバックからタスクが飛び出す。
変わり身の術。
雪乃のデイバックに隠れていたタスクは、雪乃が切り裂かれる瞬間を狙い、変わり身を発動。
デイバックの中の丸太と雪乃を入れ替えたのだ。
カチリ、という音と共に、刃が発射され、ブラッドレイへと迫る。
だが、そのナイフの構造は一度見ている。
迫りくる刃をブラッドレイは叩き落とし。
「ぐっ!?」
マスタング制の刃が爆発する。
その予想外の衝撃に、ブラッドレイのデスガンの刺剣が宙を舞う。
威力自体は高くはないが、しかしその余波は容赦なく宙へと投げ出されていたタスクをも襲う。
「うああッ!」
雪乃の入ったデイバックを庇い、タスクは背中に余波を受け地面へと投げ出される。
倒れたタスク目掛けて、ブラッドレイはカゲミツG4を振り下ろそうとする。
それを止めるのは、駆けつけた新一。
気配を感じ取ったブラッドレイは、カゲミツを振るい迎え撃つ。
(一度だけなら...!)
以前にも、新一は一度だけは彼の斬撃を避けている。
その経験を活かし、迫る剣をギリギリのところで避け、懐に入り込む。
直後、頭部に走る、気が飛びかけるほどの衝撃。
ブラッドレイの肘鉄が入ったのだ。
(でかしたぞ、雪乃、タスク、新一!)
その隙を突かれ切り裂かれるのを、ミギーがブラッドレイの腕に絡みつくことで防ぐ。
この絡みついた瞬間だけは、完全なる隙となり、ブラッドレイは丸腰となる。
これで武器はなくなった。
こちらには、まだあと一手がある。
―――ではk「葬る」
新一に続き間合いに入るアカメが狙うのは、ブラッドレイの心臓部。
タスクと雪乃が、新一とミギーが身を挺して作ってくれた勝機。
決して逃すわけにはいかない。
全ての想いを乗せ、アカメはアヌビスを突き出した。
ゴキリ、と鈍い音がするのと同時、アヌビス神が宙へと舞う。
ブラッドレイの蹴りあげが、アカメからアヌビスを弾きあげたのだ。
カゲミツを一旦離して空いた両腕で、カゲミツごと新一を投げ飛ばし、アカメ諸共後方へと吹き飛ばされる。
そして、落ちてくるアヌビスを捉え、アカメたちへの距離を詰める。
様々な武器が立て続けに飛び交うこの攻防―――制したのは、キング・ブラッドレイ。
打つ手も無くなり、体勢を立て直すこともできないアカメたちに、最早どうすることもできない。
―――続いて脱落者の発表だ。...未だにここまで戦いの火種が燻っていたことには私自身驚いているよ
(万事休すか...!)
全ての終わりを告げる刃が振り上げられ。
『いまだァァァアアアア!!』
「!?」
謎の声が、ブラッドレイの頭を木霊する。
タスクでも、雪乃でも、アカメでも、新一でもない。
ならば、この声は!?
その答えを知るため、ブラッドレイの動きが一瞬だけ止まる。
針の穴を通すほどの。
しかし、最後の勝機を得たアカメは。
体勢をすぐに立て直し、先程雪乃が投擲したナイフを握り絞める。
(―――葬る)
これが最後のチャンス。そんなことも考えるな。
(―――葬る)
余計な情報を耳に入れるな。いまは、ただ目の前の敵を斬るだけだ。
(―――葬る)
振り切れ。これで全てを終わらせろ!
「―――葬る!」
ド ス リ
ぱたぱたと、地面に血が落ちる。
アカメの胴体から生えた刃は、血に濡れていた。
「アカメ...?」
誰が呟いたか。
デイバックから抜け出したばかりの雪乃か。
助太刀に間に合わなかったタスクか。
限りなく近くにいたのに、なにもできなかった新一か。
―――それとも、透過能力を使う間もなく、アカメを貫いてしまったアヌビス神か。
その誰もの信じられない、と言った顔を体現するかのように、呆気なく。ナイフを携えた右腕ごと、アカメの心臓は貫かれた。
元より分の悪い賭けであった。それでも、針の穴を通すかのような勝機は確かにあった。
だが、アカメは聞いてしまった。聞き逃すことなどできなかった。
仲間の、タツミの名を。
そして、僅かに生じた揺らぎは。
微かな勝機を零にしてしまった。
『ボサッとするな!』
ミギーの喝に、新一は慌てて我を取り戻す。
迫りくるブラッドレイに対して、慌てて水平に腕を振る。
ブラッドレイはそれを難なく躱すと、次いで迫るミギーの刃へと目を向ける。
刃の数は、5。
先程までは、ブラッドレイが剣を持っていたため、一つの刃に凝縮するしかなかった。
しかし、いまのブラッドレイは丸腰。アカメが最後の力でアヌビスを抱きかかえ、ブラッドレイから武器を奪ったからだ。
丸腰ならば、凝縮させる必要もなく、質よりも数で攻撃ができる。この攻撃が外れたとしても、奴が躱して時間が作れるならばそれでもいい。
一瞬でもいい。策を立てる時間がほしかった。
だが、ブラッドレイは。
『ッ!』
ミギーの刃が肩に突き刺さるのも厭わず、新一の胴体へと殴打を浴びせる。
肺から空気を絞り出されるような苦しさにも耐え、手にしたカゲミツだけは握り絞める。
(あいつに武器を持たせちゃダメだ!せめて、これだけでも)
ブラッドレイはそれを許さない。
跳躍からの踵落としの追撃は、容赦なく新一の肩へと襲い掛かり、ゴキリという音と共に、肩の関節が外れる。
力を失った左手からカゲミツは離れ、ブラッドレイの手元に渡り。
そして。
ザンッ。
咄嗟に新一を庇おうとしたミギーごと、新一の肩口から袈裟懸けにカゲミツは振り下ろされた。
―――以上14名だ。
広川が死者を告げ終るのと同時に、力を失くした新一の身体が、どさりと倒れ込んだ。
「―――――――!!!」
一瞬の出来事だった。
アカメが刺され、流れるように新一とミギーが斬り捨てられ。
ブラッドレイは、瞬く間に三つの命を断ってしまった。
「ブラッドレイィィィ――――!!!」
タスクは叫ぶ。
彼を突き動かすのは、怒り。そして、今度こそ守ると決めた者たちを奪われた憎しみ。
未来も、勝機も考えない、純粋な殺意のみ。
最早、広川の放送など耳に届きはしない。
(殺す。殺してやる!)
因縁の宿敵・
エンブリヲに対するものと同等か、それ以上の怒りを持って、タスクはデスガンの刺剣で斬りかかる。
それを迎え撃つキング・ブラッドレイ。
この戦いの決着に、時間はさほどかからないだろう。
☆
苛む激痛の中、新一は必死に意識を保っていた。
いま意識を失えば、死ぬ。
それがわかっているからこそ、こうして地獄のような痛みと戦っている。
視界の端で、右腕ごと切断されたミギーがもぞもぞと蠢く。
『シンイチ、待っていろ。前のように私が傷を塞ぐ』
できるのか、と新一は目で問いかける。
『一か八かだ。...可能性はかなり低い』
自然と、ミギーの声のトーンが下がったような気がした。
当然だろう。
失敗すれば、ミギーの命も潰えるのだから。
(だけど...ミギーに傷を塞いでもらって、どうする?)
視界の端に映るのは、一人奮闘するタスク。
ショットガンを構えつつも、割り込む隙など見当たらず、立ち尽くす雪乃。
胸を貫かれ、倒れ伏すアカメ。
現状、新一の傷が塞がったところで、どうしようもない。
(でも、俺は...)
例え可能性は低くとも、それでも助かる道があるのなら。
生きたい。諦めたくない。
どんなに不様な姿を晒しても、死にたくない。
新一の胸中はその想いで一杯だ。
かつて後藤に心底恐怖した時。
あの時も、ミギーが眠ってしまった途端、どこから後藤が現れるか分からない恐怖にかられ、パニックに陥りみっともないくらいに逃げ回っていた。
いくら周囲の人間からは優しいと言われていても、死に瀕してまで追い詰められれば本性が出てしまう。
結局のところ、
泉新一という人間もまた自分の為に生きているのだ。
(―――ごめん)
その言葉は、誰に向けてのものだったのか。
「ミギー」
新一は、ひどく掠れた声で呼びかけた。
最終更新:2016年06月07日 21:11