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Remember Of Die◆BEQBTq4Ltk


 儚いものだ。
 空を斬り裂いた雷光の残滓を背景にヒステリカが奈落へ沈む。
 その様子を眺める御坂美琴の瞳はたとえ爆発しようが機体から逸れることはない。
 相手は唯一無二の力を持つ神だ。奇術めいた反則の応酬で生存していたとしても、驚かないだろう。

 空を舞台に軌跡を描いた機神の争いは終焉を迎えた。
 世界の終わりの壁際で抗い続けた小さな人間の刃が、神殺しの偉業を達成する形であり、覆しようのない勝利だった。
 タスクが奇跡を掴み取り、エンブリヲを倒した。それは地上から見つめていた御坂美琴も確信を得ていた。

 神を殺せと無茶な発破を掛け空へ押し出した。彼が勝たなければ全ての参加者は神に殺される。
 次元の異なる規格外を相手に立ち回る体力は誰一人として残っていなかったのだ。
 無論、仮にタスクが敗北を喫したとした場合、諦める者はいない。しかし、現実を乗り越えるには奇跡を何度も引き起こす必要があった。
 確率の話であり、優勝を目指している御坂美琴からすれば、タスクの勝利に舞台が転べばよかったのだ。
 機神の存在を加味したとしても、調律者の相手よりは幾分かましである。


「神様ってのは死んだら何処に行くのかしらね。天国か地獄……興味ないけど」


 やがて奈落から爆発音が聞こえ、御坂美琴は背を向ける。
 往生際が悪いエンブリヲならば瞬間移動を用い、目の前に姿を現す可能性があった。
 だが、機神を失っても現れないことから彼は爆発に巻き込まれ、撃墜し絶命したのだろう。
 死に体に鞭を撃って放った雷光の成果が此処に有り。多くの参加者の運命を弄んだ神が死んだ。


「あんたは間違ってもこっち側に――地獄に来るんじゃないわよ」


 空を見つめる御坂美琴は神殺しの主役に手向けの言葉を呟いた。
 風に掻き消される程度の小さな声である。
 タスクは最期の最期まで神に抗った。愛する存在の幻惑に囚われながらも、意志を貫き通した。
 神の生命を現世から断ち切ったのは御坂美琴であるが、此度の戦の主役は云うまでもない。


「大切な人と一緒に、大切な時間を抱き締めなさい。当たり前のソレが、どれだけ尊いものかを噛み締めなさい」


 さようなら。
 小さな小さな声を風が何処まで運んで行く。
 天で寄り添い合う彼らへも、きっと届くだろう。
 などと御坂美琴が思うものか。本来の彼女ならば可能性は大いにあった。
 彼女は茨の道を突き進み、願いのために多くの生命を奪ってしまったのだ。今更、感傷に浸るものか。


「それで、今度は何しに来たのよ。まあ、どんな用があろうと私のやるべきことは最初から変わっていないから」


 タスクとアンジュへ贈った優しい言葉とは正反対の荒々しい雷鳴が地上で轟いた。
 ズバチイ! と何度も聞き慣れた音は御坂美琴の意志を表すものである。
 殺しのための、準備は整ったという合図でもある。


「随分と手厳しい挨拶だ。君に説明は必要ないと思っていたが……さて、私の口から語るべきか?」


 地上の稲妻が闇を照らし這い出るは始まりの男だった。
 全ての元凶にして、参加者の一人。運営の椅子から弾き出された哀れな男。


「…………」


 御坂美琴はこの男を嫌っている。
 生存者に好んでいる存在は居らず、取り分け目の前の男には腹が立っていた。
 安っぽい言葉に馬鹿な夢を掲げるエドワード・エルリックよりも好きになれないのだ。
 一介の参加者でありながら、前線から一歩身を引くようなスタンスが。
 始まりを担う存在でありながら、我関せずと捉えるような振る舞い、多くの真実を語らない男。


「勝手に語ればいいじゃない。それがどんな戯言であろうと、私には関係ないから」


 御坂美琴の壊死寸前である右腕が翳された。
 炭の如く漆黒に染まり、血液の赤すら浮かび上がらない其れに電気信号を飛ばす。
 僅かに繋がっていた筋肉繊維を刺激し、無理やり持ち上げ、雷光を纏わせる。

 太陽が沈む時、彼女の周囲だけが輝いていた。
 全身を鮮血で染め上げ、外見は完膚無きまでに満身創痍。
 座った瞳は覚悟の表れ。淀みを帯びながらもブレぬ視線が茅場晶彦を貫いた。


「何しに来たと君は言ったが、このゲームはまだ続いている。ホムンクルスを倒したところで、エンブリヲが退場したところで、な。
 ならば私が君と遭遇したことにより何が起きるかなど、説明する必要もないと言ったのだ。始まりを思い出せ――このゲームの終了条件は何だ」


「だから私のやるべきことは最初から変わっていないって言ったでしょ。
 むしろ、やっと終わりが見えて来たのよ。七十二人も残っていたのにあっという間だった」


「……全くだ」


「全く、ね。そう、全くよ。全く――誰のせいでこうなってると思うのよォッ!!」


 怒髪天。
 御坂美琴の肉体を依代に天から轟いた稲妻が走る。


「ゲームの終了条件? それはあんたが設定した『最期の一人になるまで』って奴でしょ。
 そんなことは分かっている、解りたくなくてもあたしは理解したつもりになった、嘘でもいいから無理やり納得させた!」


 ヒステリカを射抜いた雷光を限界にまで研ぎ澄まされた一筋の閃光と称するならば。
 今の彼女が纏う雷光は全てを葬るような縦横無尽の大放出。
 膨れ上がる雷光が彼女の周囲を雷化させるような――オーラの一種を連想させるように。


「あんた、エンブリヲよりも、どこぞの殺人者よりも最低よ。私も最低だけど、今だけは自分のことを棚に上げさせてもらうわ。
 死んで詫びろ。あの世で、地獄で懺悔しなさい。何がゲームよ、人の生命を何だと思っているの――あんたのせいで、どれだけの人の運命が――――――――ぁ」


 自分のことを棚に上げると宣言した手前、好き勝手に発言するも、全てが己に跳ね返る。
 死んで詫びるべきは誰なのか。あの世で、地獄で懺悔すべきは誰なのか。
 人の生命を何だと思っている。その手で殺めた者の前でも同じ台詞を吐けるのか。

 覚悟を決めたはずだが、罪悪感にも近い感情が心を埋め尽くす。
 しかし、その度に己を沈め、乗り越えて来たのだ。
 故に御坂美琴は潰れない。バラバラに砕け散った心の破片はもう、飛び散ってしまった。
 破片を幾ら砕こうが、最初に形を亡くした段階で、もう手遅れなのだ。

 彼女が最期に身を引く瞬間があったとすれば。
 それは白井黒子との――――――――感傷に浸る前に、まるで時が止まったかのような感覚に襲われる。

 走馬灯のように長い時を隔てた感覚に陥るも、時計の針は禄に進んでいない。
 怒り任せに茅場晶彦へ雷撃を放つ体勢の彼女の背後から、その男は歩み出した。

 息を切らし、全身から血を流す男は御坂美琴に一目すら流さない。
 左足を引き摺る音が空間を支配し、いつの間にか彼女の雷光は収まっていた。

 ブロンドの輝きが失われ、蒼き瞳も血が混じり、美しいとは呼べず。
 顔面も一部分が黒く焦げており、自慢の美貌の面影は残っていない。
 御坂美琴は状況を飲み込めていなかった。理解しているのは、男が背後から現れたということ。

 結論に対し、過程が追い付かない。
 状況的に解は一つしか有り得ず、それを認識しているが、脳が理解を拒む。
 あの男は死んだ。この手で機神に止めの一撃を放ち、爆発と撃墜を見届けた。

 それでも生きているならば、タスクは何のために戦ったというのか。

 屍のように歩き続ける男――エンブリヲ。
 自らを調律者と崇め、万物の創造主にして、神と同義の存在。
 タスクによって倒された男が、茅場晶彦の元へ呻き声のような残滓を奏で這い寄る。


「ァ……ア、アァ……」


 大凡、声と認識不能な音が神の口から絶え間なく溢れ出る。
 至る所から流れる鮮血の量から、生命を維持していること自体が奇跡であると伺える。
 警戒の欠片も感じられない背後は神を殺すに絶好の機会であるが、御坂美琴の雷光は消えている。

 彼女は此後に及び、身体を駆け抜ける恐怖心に僅か刹那の時であるが、支配されてしまった。
 生きた屍であるエンブリヲ。彼の際立った存在が、状況の理解を拒み、過程を排除した結果だけを他者に押し与えているのだ。
 雷刃に斬り裂かれ、奈落に消え、機体諸共爆散した男が、生きている。

 焼却された肌から滲む腐敗の香り。
 顕となる生々しい肉、止まらない鮮血。
 死者と何ら変わりのない男が足を引摺りながらも進む先に、一人の男が立つ。


「見るに堪えない姿を私の前に晒してまで、何を企んでいる」


 ヒースクリフ――茅場晶彦。
 参加者の一人にして、此度のゲームの始まりをも担う男。
 そして何よりも、神の機嫌を損ね、憎しみを抱かれてしまった人間。

 水面下の探り合いと表面の対立。
 蓄積された穢れは確実に神の魂を蝕み、憎悪が膨張。
 突けば破裂する怨念の風船に供給される風が止むことはなかった。

 主催の座に居座る不完全生命体を出し抜くため、神は茅場晶彦の復元に着手した。
 一度や二度の殺害では収まらぬ恨みの相手を、電子の存在とは云え復活させるなど、本来ならば有り得ぬこと。
 怨念の風船が破裂寸前に陥るも、神は茅場晶彦に消滅の設定を与え、小さきの器の象徴たる反撃を行使。

 身体にノイズが迸る中、茅場晶彦は迫る己の創造主を見つめ、静かに剣を構えた。
 神の標的は間違いなく己であろう。ならば――と。


「な、ぜ……き、さまな……の、だ…………」


 距離が縮まるにつれ、神の声が明確に言葉となって耳に届く。
 単なる呻き声の一種と思われたが、その言葉に彼の意志が宿る。


「貴様さえ、貴様さ、えいなければ……」


 荘厳たる風格が失われ、
 神としての威厳も感じさせず、
 骸が如き屍が、感情の限りに、言葉を紡ぐ。


「私は貴様を許さない……貴様さえいなければ、私は――」


 やがて時間を掛けずに、神と称された残滓が茅場晶彦の眼前に辿り着き、彼の肩に手を添えた。
 誰も彼を止めず、魅了とは異なるにせよ、見る者全てを圧倒させ、その所業は時間停止と変わらず。
 茅場晶彦は己の危機を当然のように感じ取っていたが、動くことはなかった。
 いや、動けなかった。剣を構えた時、神の瞳が魔眼の如き視線で彼を射抜いたのだ。
 無論、魔眼と呼ばれる力は存在せず、云ってしまえば睨んだだけである。

 だが、執念とも評される怨嗟が、憎き相手を――。

 そして、身体の動きを止めたのは背後から見る御坂美琴も同じであった。
 神の背中に覇気は宿っておらず、風吹けば塵となるような骸である。
 唯一の例外は闘気の如く溢れ出る憎しみの感情であろう。
 言葉を発さずとも、耳に届かずとも。黒き感情が一帯の空間を支配した。


「……そうか」


 ぱらぱらと崩れ落ちるは夜にも劣らない黒に染まった肌。
 茅場晶彦の元へ辿り着いたエンブリヲは、以後に言葉を発することもなく、生命体としての活動を終えた。
 膝が折れ大地に倒れ伏す彼に対し、茅場晶彦は腕を伸ばすことはなかった。
 静けさが包む外界にぐしゃりと臓器が潰れた音が響き、エンブリヲに目を配ることもなく、茅場晶彦は御坂美琴へ剣を向けた。


「とんだ邪魔が入ったが、話を戻すとしよう。互いに共通することはゲームの参加者だ。
 私達が出会えばやるべきことは一つ。君には叶えたい願いがあるのだろう。そして、私は君の敵だ」


「……切り替えが早いわね。あいつはあんたのことを相当恨んでいたようだけど、掛ける言葉とかないの」


「死人に口無しという言葉があるが、言ったところで時間の無駄だ。
 奴が神だろうが、調律者、創造主と呼ばれようとも、所詮はゲームの参加者に過ぎん。
 撃墜するヒステリカから瞬間移動し、此処まで来た執念は認めるがな。君の雷撃もあっただろうに」


 冷めた奴ね。
 御坂美琴の吐いた短い言葉が風に掻き消され、靡いた髪を軽く指先で整える。
 エンブリヲの登場は想定外であったが、死ねば問題はない。寧ろ、頭数が減ったことにより、優勝の可能性が跳ね上がる。
 姫君の騎士は神殺しの偉業を果たし、彼にとっては最悪の結果であろうが、此度の恩恵を最も受けるのは自分であると、御坂美琴は己を嘲笑う。

 正義の味方が成した功績が、こうして殺人鬼の夢へ繋がる。
 エンブリヲの存在が優勝に於いて最大の壁であった。エドワード・エルリック達と手を結ぶ程に驚異的な存在であった。
 故に神の脱落は御坂美琴にとっての奇跡であり、比較すれば目の前のヒースクリフなど、相手にならない。


「まあ私にとってどうでもいいことだから、これ以上は何も聞かないわ。さて――それじゃあ始めましょうよ」


 ズバチイと小さな雷鳴が轟き、御坂美琴の前髪がめくり上がる。
 女子中学生の美しい肌に見合わない割れた額の生々しい傷が露わとなり、それは彼女の覚悟の証。
 決して無視出来ぬ傷であるが、それがどうしたと構わずに能力を行使する。
 あと一息なのだ。タスクとエンブリヲが退場し、残る敵は片腕で数えられる程に落ち込んだ。

 期待はしていないが、恐らく足立透は最低でも一人は道連れにすると踏んでおり、なれば敵と認識する存在は残り四。
 黒の契約者と鋼の錬金術師、哀れな道化師と竜の魔法少女。この中で二者は勝手に脱落するだろう。
 雪ノ下雪乃は敵に満たない無力な存在であるとカウントし、それはヒースクリフも同じである。


「あんたのことは一発ぶん殴りたいと思ってた。一発だけじゃ生温いわね、何発殴っても私の気が収まることは絶対に有り得ない」


 決着の時だ。
 道を踏み外してしまった、始まりの因子の傍らが目の前に。
 原初の運命分岐点にして、諸悪の根源。奴こそが全ての元凶の一人。


「それについては謝罪しよう。不手際が無ければ私も運営側の一人だった。
 私が残っていれば、此度のゲームは今よりも充実したものになっていたよ。全く、君たち参加者へ迷惑を掛けてしまった」


 どうやらこの男に手を抜く必要は無いらしい。
 来るべき因縁の相手とも呼べる男のために、体力を温存する意向があったが、撤回しよう。
 最初は小さく轟いた雷鳴が、天高く連なり、夜空を縦に斬り裂く稲妻となる。
 喩えそれがくだらぬ挑発だったとしても、御坂美琴は己の感情を抑えず、怒りのままに雷光を己に宿す。


「あんた、死になさいよ。それで罪が償える訳じゃないけど……あんたはその義務がある。明日を迎える権利なんて、絶対に渡さないから」


「……よくも自分をそこまで棚に上げるような言葉を吐けるものだな。君の言い分は一言一句そのまま、君自身に当て嵌まるだろうに」


 刹那、御坂美琴は表情を歪め、それらを喰い潰すように歯を食い縛る。


「もちろん、あんたも私もクソ野郎よ。だからね、クソ野郎はクソ野郎らしく――醜い自分のエゴを優先させてもらうから」


「構わん。その方がよっぽど人間らしい。しかし、私も黙って死ぬつもりはない。
 託す者もいれば――彼も不本意であったとは思うが、『託された者』もいる。この剣の錆となってもらおうか」


 別れた人間の数だけ、後ろへ進み、殺した人間の数だけ、前に進んだ。
 始まりはたった一人の人間を生き返らせるためだった。
 死者の蘇生という曖昧な夢に縋り、多くの財産を溝へ捨てたものだ。

 死者に想いを馳せ、何度進むための足を止めただろうか。
 他人の生命を奪ったことを、何度後悔し己を責め立てただろうが。

 それも、終わる。終わらせる。

 巡るめく狂った地獄も終着点。
 七十二の魂は無残にも散り、残るも極僅か。
 此度の果てに生命を散らすは、揃いも揃って愚か者。
 甘美な幻影を追い求めた愚者が、最期まで生命を蹂躙す。




「此処が地獄なら、更に底まで付き合いなさいよ」 





【エンブリヲ@クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 死亡】




【F-2/最期の夜】




【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:ダメージ(絶大)、疲労(絶大)全身に刺し傷、右耳欠損、深い悲しみ 、人殺しと進み続ける決意 力への渇望、額から出血
    足立への同属嫌悪(大) 首輪解除 寿命半減、錬金術使用に対する反動(絶大)、能力体結晶微量使用によるダメージ(大)
    右腕壊死寸前、科学的には死を迎えても不思議ではない状態、身体は常に電気を帯びている、限界突破(やせ我慢)
[装備]:能力体結晶@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、大量の鉄塊
[思考]
基本:黒子も上条も、皆を取り戻す為に優勝する。
0:残った生存者を殺す
1:手始めにヒースクリフを殺す。
[備考]
※参戦時期は不明。
※電池切れですが能力結晶体で無理やり電撃を引き出しています。




【ヒースクリフ(アバター)@ソードアートオンライン】
[状態]:HP20%、異能に対する高揚感と興味、真実に対する薄ら笑い、???
[装備]:神聖剣十字盾(罅入り)@ソードアートオンライン、ヒースクリフの鎧@ソードアートオンライン、神聖十字剣@ソードアートオンライン
[道具]:
[思考]
基本:ゲームの創造主としてゲームを最後まで見届ける
0:さて……。
[備考]
※数時間後に消滅します。
※装備は全てエドワード・エルリックが錬成したものです。特殊な能力はありません。

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最終更新:2018年05月01日 20:35