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黒猫は星の夢を見ない ◆5brGtYMpOk


夢を見るなと女は言った……

紅の瞳に映すのは……相反する二つの意思……

後ろを振り返ることはなく……ただ走り続ける……

残ったのは希望の欠片か……絶望の欠片か……

黒猫との邂逅……それは少女の運命を変えていく……


そして……


◇ ◆ ◇


チカチカと点滅している街灯。信号機が沈黙して役目を失いつつある道路。今にも崩れそうな、錆びて老朽化した廃墟。住人がいないのか真っ暗な家々。
街は一部を除いて機能を失ったかのように沈んでいた。排気ガスをばら撒く工場や車も、人々が集まる市街地も、生命に限らず物までもが停止している。学校で授業を受け、下らない雑談に花を咲かせている子供達も、毎日のように頭を下げて生きるために働く大人も、動物や虫の声も聞こえない。

無人の街はポツポツと明かりが灯っているだけだった。市街地にある家屋に電気は通っていない。コンビニエンスストアやマーケットといった、生活に必要なものが手に入る場所のみに光があった。
そんな時が止まった街に動く影があった。家から家へ飛び移ったかと思えば、恐ろしい速度で夜の街を駆けていく。風に乗った赤い長い髪は後ろで一つに束ね、鋭い目は前を見つめていた。口元からは八重歯が見え、醸し出す雰囲気はビリビリとしている。

まだ暗い空の下。右手に槍を持って、灰色のコンクリートの上を走っている少女は佐倉杏子といった。

こうして杏子が街を走り回っているのは、ここら一帯の地理の把握と偵察を兼ねてだった。
杏子の視線の先にはこの市街地で一番高いビルがあった。規則的に歩道の横に植えられている街路樹を横切り、ビルが間近に迫った時ジャンプした。

バネでも積んでいたように飛び上がった杏子は、向かいどうしのビルの壁を蹴って素早く登っていき、勢いを途切れさせないまま屋上に着地した。
杏子の眼下には怖いくらいに静かな街が広がっていた。自動ドアが開くと、大量の商品に店員のいない食料品店。駐車場や路上に放置されている、主人を失った自動車。ゴーストタウンのようでありながら、先ほどまで人がいたような有様は何処か矛盾を孕んでいた。

杏子が行動の指針を決めようと初めに考えたのは籠城だった。
歩き回り、参加者に遭遇するとも限らない場所を回るより、一つの施設に留まっていた方が体力を抑えられる。正面から勝てないのであれば、裏をかいて勝てばいい。狭い建物も内部を細かに把握していれば、近距離が主体の杏子にとって不利には働かない。

そう考えた杏子だが、一つ気掛かりなことがあった。
この会場は一体どこまで持つか、ということだ。
すべてのエリアが禁止エリアに変わる。杏子を悩ませているのは時間切れだ。
籠城は確かに危険度は低く安全度が高い。だが、ただそれだけだ。狩れるのは巣穴に飛び込んだ者のみ。ランダムに禁止エリアが増えていくのも厄介だ。

一つの場所に止まっていられない。その都度拠点を変えていけばいいかと思うが、人数が減らず最終局面になって乱戦にでもなったら目も当てられない。一人と戦っている間に後ろから刺されでもしたら笑えない話だ。
杏子にとって自分が生き残ることが第一だ。他の参加者が争い、人数が減る終盤に参戦する選択肢もある。だがそれも二つの理由によって保留となっている。


一つは、時間切れ間近による乱戦。もう一つは、広川がルール説明の時に言っていた『反抗』という言葉。あの言葉の正確な意味は分からないが、少なくとも戦いも逃げもせずただ隠れている者に勝利は与えられるのだろうか、と。
しかし、デイパックに入っていたタブレット型の機器に記載されているルール説明を見る限り、そんなルールはない。

「ああもう、面倒くせぇ」

杏子は、そう言葉を残してビルの屋上から飛び降りた。

◇ ◇ ◇

無様に敗北し逃走を選んだあの森での出来事から、時計の短針が三つほど進んだ時間が経っていた。学ラン姿に前しか隠せない帽子を被った男ーー承太郎からの反撃を受け、しばらく森で休んでいた杏子だが、半刻と経たずに回復したのを確認して行動を開始した。
現状、杏子にとって不可思議な力を持つ承太郎との接触を避けるため、近場の施設から遠ざかることにした。
この殺し合いに乗るにせよ乗らないにせよ、地図に載っているランドマークを目指す人間は多いだろう、ということを考えてのことだった。

市街地にある、どこにでもありそうな一軒家。
鍵の掛かっていない窓から土足でリビングに進入した杏子は肩に背負ったデイパックの中を見る。

そこには病院から取ってきた医療品が入っていた。

佐倉杏子は魔法少女である。心臓を抜かれたり、首と胴体が離れるといったことでもなければ、時間さえ掛ければ回復できる。承太郎との戦闘によって生じた怪我も、時間は掛かったが今は綺麗に治っていた。

当然、無償というわけではない。襟元に掲げている赤い宝石ーーソウルジェムと呼ばれる物によって回復を補っている。対価として捧げるのは、魔女への一歩。傷の治療をする毎に濁っていく。完全に汚染されたソウルジェムはグリーフシードへと変質し、その身は魔女へと落ちる。そういった最悪の事態を避けるため、極力魔力は節約して、怪我した場合は自らの手で直そうと病院へ医療品を取りにいった。

そこまでの出来事で、杏子は三つ新しい発見をした。一つは、この舞台は浮かんでいるということ。もう一つは、デイパックには物を詰める上限がないということ。最後の一つは、薬品や支給品が見えるデイパックの中で、もぞもぞと動いている黒い物体ーー

「おい、俺はいつまで入っていればいいんだ」
「悪い悪い、今出してやる」

デイパックの中に腕を入れ、すぐに上げた。
杏子の腕によって首根っこを掴まれているのは黒猫だった。睨むように挑む眼に、背中に引っ付いている尻尾。右耳には銀色のタグが付いている。手入れがされているのか、黒い毛並みには目立つ汚れは見当たらない。
首には参加者の証である銀色に鈍く光る首輪ではなく、赤い首輪が巻かれていた。

黒猫ーーマオとの出会いはゲームが始まってから、少し時が経ってからだった。

杏子の手を抜け出し、リビングのテーブルの上にジャンプして目線を合わせたマオは、不満そうな声を出した。

「物を詰めるのはいいが俺もいることを忘れないでくれ。お陰で無駄な汗をかいた」
「猫って汗かくのか」
「そりゃ、猫だって汗ぐらいかく。冷や汗っていう、な。いや、俺が言いたいのはそういう事ではなくてだな」

半目のまま喋り続けるマオを見つめる杏子。すると、首根っこを持つ手とは違うもう片方の手を伸ばし、マオの口に人差し指を入れた。

「ほがっ、何をするっ」
「いや、どうやって喋ってるかなーって思ってさ」
「人使い、いや、猫使いが荒いぞ。バックの中は居心地は悪いから、今後俺を入れるのはやめてくれ」
「そいつのおかげで助かったんじゃないか」
「それはそれ、これはこれだ」

怪我の回復中の時だった。あまり動かせない身体で支給品を確認しようとしたところ、デイパックに衝撃を受けた影響か、気絶して伸びているマオがいた。

それがマオとの始まり。承太郎のスタンド、スタープラチナによる攻撃を受け、勢いのまま背中から木にぶつかった杏子だが、その時に支給品であるマオがデイパックに入っていたままであった。
本来なら、潰されて命を失っていたであろうマオは、デイパックの四次元構造に助かったのだ。

「外に出しても邪魔にしかならないんだよなあんた」
「俺にできるのは、人間を笑顔にさせることぐらいだな」
「それと、動物から動物への憑依、だっけか」
「それも今は無理な話だ。現に、お前への干渉は遮断されている」

森で目覚めたマオから「そちら」の世界の話をされたことを杏子は思い出す。
この世には契約者という人から外れた能力を持つ存在がいるという。炎を自在に操るパイキロネシスト、手に触れないで物を動かすサイコキネシス、瞬間移動を可能とするテレポーテーション。

契約には対価が必要である。能力の使用後には契約者である本人は強迫観念に駆られて特定の行動を取る。例をいくつか挙げれば、ある契約者は「飲酒」。またある契約者は「歌を歌う」
契約者になった人間は感情が希薄化する。善や悪といったものに縛られなくなり、合理的に判断し、いつ如何なる状況でも冷静に物事を俯瞰して行動する。人を傷つけるといったことも平然と行い、自分の命が何よりも優先。その姿はまるで、冷酷な殺人マシーンと揶揄されている。

そんな人でなしの彼らは夢を見ない。それは他人のことなんて考えず、合理的だからだ。理想を描けないものは、人間の道を外れている。それが分からないのが、契約者なのだ。

「ふーん。つまり役立たずってことか」
「頭を撫でさせてやっても構わんが?」
「いらねーよ。それで、あん時の話の続きだ。契約者とやらは対価を払わなかったらどうなるんだ」
「溶けてなくなるだけさ、と言いたいが実際には見たことはない。所詮うわさ話のレベルだ。だが、人間も同じだろう。対価も支払わず契約を破棄したものの末路なんて知れてる」
「破滅しかない、か」

マオの話を聞いて、杏子はふと思った。

ーーーー結局、なにも変わらないってことか

魔法少女のシステム。ソウルジェムによる肉体の放棄。キュウべぇは確かに、少女たちにとって大事なことは言わなかった。喋れば、恐怖して首を横に振る者もいただろう。
でも、奇跡はそんな安いものなのか、とも杏子は思っていた。
不治の病を治したい。そんな願いでも、キュウべぇは叶えてくれる。魔法少女だって悪いものではない。魔女との戦いだけではなく、日常生活でも役に立つ。
魂が抜けたからなんだというのか。死ぬまで元気に動いていれば問題はない。
杏子自身、キュウべぇのことは信頼はできない。顔も見たくないほどだ。殺してやりたいとも思っている。
それでも、抗いようがないのだ。こうなった運命を受け入れるしかない。

「ちっ」

杏子は舌打ちをすると、テーブルの上にあるバスケットのパンに手を伸ばす。
感傷に浸るのは全て終わった後だ。そんな、揺れた心構えのままでは到底殺し合いなど生き残れない。森で戦った承太郎は、油断があったとはいえ常人よりも遥かに強い魔法少女である杏子を相手に勝利せしめた。


必要なのは殺し合いを生き残る力だ。抜け穴、または主催者を打倒して無事脱出でハッピーエンド、という都合のいい夢しか見ていない者は死んでいく。なぜなら、夢とは覚めるものだからだ。かつて杏子自身がそうだったように。

現実は残酷だ。杏子や承太郎といった人外を相手に、気づかせもせずに拉致したのだ。
そう、杏子はあの窓もドアもない部屋ともいえない部屋に、気がついたらいた。物理的な力で意識を奪ったのではない。テレビのスイッチを切り替えるような気安さで、杏子は部屋にいた
のだ。保険なのか逆らえば死へ誘う首輪に、脱出など無駄というように下界の明かりさえ見えない舞台。

これだけの悪条件が揃って脱出を目指すのは勇気でもなんでもない。
ただの死にたがりだ。糞にも劣る自殺志願者。行き着く先は行き止まりだと分かっているのに構わず進む。そんな夢見がちなバカには付き合ってられない、と杏子は自分の気持ちが変わらないことに安堵を覚える。

そしてもう一つ、杏子には気になることがあった

「巴マミ、ね」

デイパックに入っていた名簿に書かれていた名前。見滝原市を守る魔法少女。まだ杏子が魔法少女に成り立てだった頃、魔女を相手に生き抜く術を教えてくれた少女。
彼女は死んだ。魔女との戦いによって。肩から上を食べられて、再び歩き出すことはない。
同姓同名の別人か、はたまた死者の復活か。

だが、杏子にとってはどちらでもよかった。名簿に目を通していたら、この舞台にいるはずのない者がいたから、ほんの少しだけ気になっただけ。
別人であろうと、本人であろうと、するべきことは変わらない。

「生き残るだけさ」

決意も新たに、杏子はパンを齧った。


◇ ◇ ◇

「これからの方針だが、まずは北方司令部ってところに行ってみようと思う」

バスケットに入っていたパンを全て食べ終え、台所にある冷蔵庫を杏子は漁っていた。

「何故かってーと、単純に近いからと武器の調達のためだ」
「魔法少女とやらは、武器を作れるのではないのか」
「出来ることは出来るんだけどな。タダじゃねーんだな、これが。作成には魔力を使うんだ。と言っても、大して量を食うわけじゃない。塵も積もれば山となるって言うだろ。節約しときたいんだよ、いざという時の予備ってやつだ。おっ、りんご発見」

冷蔵庫を荒らす杏子に呆れた顔を見せるマオ。

「それならば、東にある武器庫に行ったほうがいい」
「おせーよ。あたしたちが着いた時にはスッカラカンだろ」

ゲームが始まってからもうすぐ四時間が経とうとしている。殺し合いに積極的な人間は、いの一番に集まる場所だろう。杏子は承太郎との一件があったためこうして呑気に構えているが、先に地図を見ていたなら武器庫に行って壊滅させるなりしていただろう。

「ついでに、お前の言う地獄の門ってのも見てみたいしな」

突如東京を襲った異変、通称「地獄の門」
杏子の「世界」の話ではなく、マオの「世界」の話。

「物好きなやつだな。時間が足りないのではなかったか」
「焦ったって良いことなんかねぇ。それよりも、お前のほうが不思議だ。どうしてあたしに付き合う」

杏子の言葉の意味は、何故ゲームに積極的な自分に対して付いているか、ということだ。

「知り合いがいるんだろ。あたしに付いて来るってことはいつかは、そいつらに合うかも知れないんだぞ」
「理由なんか決まっている。このまま一人未開の地を歩くわけにはいかんだろう。
黒や銀に関しては最初に言った通りだ。契約者は合理的に物事を判断する。自分の命より大切なものはない。
それに俺はお前の武器だ。お前が勝ち残れば、支給品である俺も勝利して元の世界に帰れる、というのは普通の考えだろう。
それでも納得がいかないなら、そうだな……お前の生き方に少し興味を持った」

マオの淡々とした言葉は嘘ではない証明だった。
冷蔵庫にあった大量のりんごを入れた紙袋を両手に持って、杏子はマオに振り返って笑った。

「お前、お前って、さ。あたしの名前は佐倉杏子だ。忘れんなよ、マオ」

出会ってから始めて見る杏子の笑顔に、マオは大きく頷いた。

「了解だ、杏子」

【Cー2 北部/市街地 民家/黎明 】

【佐倉杏子@まどか☆マギカ】
[状態]:健康
[装備]:マオ@DARKER THAN BLACK -黒の契約者-
[道具]:基本支給品一式、医療品@現実 大量のりんご@現実 不明支給品0~2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを勝ち残る
1:まずは北方司令部に行き、その後地獄の門に向かう
2:どこかの施設に籠城することも考える
3:承太郎に警戒。もう油断はしない
4:巴マミには……?

【マオ@DARKER THAN BLACK】
黒と同じチームに所属する契約者。中年男性。
人語を話し理解する。能力は「動物への憑依」
本来の体は失っており、黒猫に憑依しつづけているため、彼の契約の対価は既に支払われている。

※参戦時期は第7話終了直後からです。
※DARKER THAN BLACKの世界ついてある程度知りました
※マオに、魔法少女についてある程度話しています
※マオの「動物への憑依」は使えないことが分かりました
※アヴドゥルの宣言は、森で回復中の時のだったため聞こえていません



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010:星と願い 佐倉杏子 042:純白のスーツは、少女の決意と黒猫に染まる…

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最終更新:2015年06月02日 19:54