010

星と願い ◆QAGVoMQvLw


月と星だけを明かりとする闇夜。
人の手の入らない深い森の中を少女が走る。
長く伸びた髪を後ろに括った、まだ中学生くらいの年齢の少女は、
舗装の無い地面を軽快に蹴り、木々の間を縫うように駆け抜けていく。
まるで獲物を狙う獣のごとく。
あるいはそれは比喩では無いのかもしれない。
血肉で争う殺し合いの場に居る少女は、獣と呼ぶに相応しいやも知れないし、
何より少女は獲物を狙っていた。

少女は既に戦闘体勢に入っている。
身を包む赤い衣装に、身の丈に合わぬ長槍は、
全て少女の魔法によって形成した物。
少女は契約によって、人ならざる身と魔法を手に入れた存在『魔法少女』。

そして少女は、魔法少女となった時から戦いの世界に生きていた。
契約によって終わり無き魔女との戦いに身を投じ、引き換えに願いを叶えてもらう。
しかし父の話を人々に聞いて貰うその願いは、結果的に家族を死に追いやった。
その時から少女は他者のために戦うことができなくなった。
自分のためだけに魔法を使い魔女を倒す。

それは殺し合いの場でも変わらない。
自分のために戦い、他は獲物としかなりえない。

魔法少女・佐倉杏子は獲物となる男の前に飛び出した。






「やれやれだぜ、こんな所に在りやがった」

バトルロワイアルの開始早々、森の中に送られた空条承太郎は、
頭上に見える、木の枝に引っかかったデイパックを見て嘆息を漏らした。
散々探していた自分の支給品が樹上にある。
主催者の不手際か嫌がらせのつもりか知らないが、ただでさえ悪い承太郎の機嫌をますます損ねる結果となった。

突然呼び出されて、悪趣味な殺人ショーを見せられて、殺し合いに参加させられた。
この時点で承太郎は、広川に多大なツケを負わしている。
それを払うまで承太郎の怒りは収まることは無いだろう。
当然のごとく、承太郎は広川の言いなりに殺し合いを乗るつもりは無い。
乗るつもりは無いが、それでも支給品の地図や名簿は重要な情報源である。
そのため承太郎は、近くに支給されているはずのデイパックを探していた。
デイパックは承太郎の出現地点から、ちょうど死角で木の葉に隠れる形であったため、
探し出すのに時間が掛かってしまったのだ。
見つけ出してしまった以上、樹上であろうが回収するのは容易い。
しかし承太郎はすぐには回収に取り掛からない。

(……あのガキ、こっちに向かって来るつもりらしいな)

デイパックを探していた承太郎だが、その間も周囲への警戒を怠ってはいない。
そして見つけていたのだ、自分と同じくバトルロワイアルの参加者を。
承太郎より年下の少女だが、殺し合いにも怖じることの無い様子からは、
修羅場を潜っている雰囲気がある。



少女もまた承太郎を見つけていた。
その鋭い視線には殺意すら篭もっている。
森の中をまるで獣のごとく駆け抜けて、承太郎に迫って来る。

(やれやれ。始まって早々、面倒そうな女と出会うとはな)

危険の迫る中、承太郎もまた怖じる様子を見せない。
少女の足から逃げるのは困難だと判断すると、迎え撃つ体勢に入る。
自分から殺して回るつもりは無いが、仕掛けて来られれば容赦はしない。
殺し合いに関わり無く、それが承太郎の在り方だった。

魔法少女・佐倉杏子は承太郎の前に飛び出した。

「…………あんた、支給品はどうしたんだよ?」

初対面にも関わらず不躾に質問をする杏子。
すぐに仕掛けて来るつもりは無いようだ。
しかし身に纏う不穏な雰囲気は変わらない。

「……てめー、人の支給品を聞いてどうするつもりだ?」

不躾な質問には、不躾な質問で返す。
元来、不良と見なされていた承太郎は不穏を避ける性格ではない。
承太郎の返答を聞いて杏子は獰猛な笑みを浮かべる。

「どうやら立場がわかってねぇようだな。支給品を寄越したら、命は助けてやるって言ってるんだよ」

おそらく杏子は承太郎がデイパックを持っていないため、どこかに隠している可能性を考えたのだろう。
そしてこの手の恐喝を行う者には、従った所で約束を守るような誠実さは期待できない。
不良やチンピラの類と何度も争った承太郎は、そのことをよく知っていた。

「要するに人から支給品を巻き上げようって腹か……殺し合いに乗ってない奴の台詞じゃねーな」
「本当の馬鹿かてめえ。あたし達の素性も手の内も知ってる奴に爆弾を仕掛けられてんだ。生き残りたかったら、殺すしかねえんだよ!
まさかとは思うけど……やれ人助けだの正義だの、その手のおチャラケた冗談かますつもりじゃないだろうな?」

蔑むような語気と共に、槍を構える杏子。
杏子が殺し合いに乗っていることを確信できた承太郎は、今日二度目の嘆息を吐く。

「やれやれだぜ。てめえが広川の言いなりになってることを、ご丁寧に自慢されるとはな」
「うぜぇ……殺されるしか能の無い餌の餌の癖によ!」

苛立ちに顔を歪める杏子が吐き捨てる。
同時に

という音を立てて、承太郎に飛び掛った。

承太郎と杏子の間は、およそ3メートルは離れていた。
しかし杏子は助走も無しの、一足飛びに詰める。
少女の、否。人間の身体能力では不可能な動き。
しかし杏子は、人間を超えた存在である魔法少女。
強さにおいても人間の比ではない。
一瞬で、手中の槍を振るえば承太郎を殺せる位置まで到達していた。
その杏子と承太郎の前に人の姿が現れる。

驚愕する杏子。
承太郎と杏子の間に素早く割り込んできた、と言うことではない。
何も無いはずの空間に、正に突然出現したのだ。
それはさながら古代の戦士を髣髴とさせるような、筋骨隆々の男。
得体の知れない男が、脈絡も無く現れたのだから杏子が驚くのも無理は無い。
しかし同じ条件であるはずの承太郎は驚きを見せない。
この男の姿は承太郎が発現させたのだから、当然のことだが。

それは力を持つ精神の像(ヴィジョン)である、『スタンド』なのだ。
そしてその男は空条承太郎の闘争心の像(ヴィジョン)にして、
タロットカードでは星の暗示を表す名を受けた、
規格外のパワーとスピードと精密動作性を誇るスタンド。
『星の白金(スタープラチナ)』。

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!」

雄叫びと共に、スタープラチナは両手で拳を作り無数に繰り出してきた。

その凄まじいまでのスピードは、一瞬にして拳による弾幕を作り上げた。
杏子は咄嗟に槍を眼前で旋回させて防御の体勢を取る。
しかし槍は拳を打ち込まれた所から破砕を通り越し、粉砕されていった。
尋常の物より強固な槍が、異常なパワーとスピードで瞬時に粉砕されたのだ。
それでもスタープラチナの勢いは止まることなく、拳が次々と杏子自身にも打ち込まれていく。
杏子の身体は木っ端のごとく吹き飛び、木に叩きつけられた。



(なんだよ、あの化け物!? あいつが出したのか?)

スタープラチナから受けた痛みが抜けない杏子は、未だ自分が叩きつけられた木の根元に倒れたままだが、
ようやく状況を飲み込めてくる。
承太郎を魔法少女でも魔女や使い魔の物でもない、ただの人間と見て襲ったが、
どうやら杏子も知らない異能を持っていたらしい。
しかもその異能は強力無比。
槍を盾にした効果は確かにあった。
槍が無ければ命が危うかったかも知れない。

(今、あの化け物とまともにやり合うのはヤバイな……)
「……さてと、てめーには色々聞かなきゃいけないことがある訳だが…………」

承太郎は話しかけながら、倒れている杏子に近づく。
もっとも、近づいてきたのは承太郎自身ではなくスタープラチナ。
承太郎自身は杏子と距離を取っている。
おそらく承太郎自身は、やはりただの人間と見て間違いない。

「てめーはさっき、人のことを餌の餌だとか言ってやがったな。そしてスタープラチナでしこたま殴っても生きてやがる……」

スタープラチナが杏子の襟首を掴んで、身体ごと軽々と持ち上げる。
力無く吊り下げられる杏子に、抵抗の様子は無い。
しかしその目は、未だ獲物の隙を狙っていた。

「てめーは人間じゃねえ。だったら何者なのか、教えてもらおうか。命は助かりたいってんならな」
「……あたしが何者かって?」
「……はっきりと聞こえるように答えな」

承太郎の問いにあえて小声で答える杏子。
狙い通り承太郎は杏子の言葉に意識を取られている。

「……あたしは、人間を喰う魔女を喰う…………魔法少女だよ!!」
「――――!!」

杏子の手に粉砕したはずの槍が、傷一つ無い様で再び形成される。
槍は魔法で精製される物なので、何度でも作り出せるのだ。
更に一本の槍だったそれは、多間接に分裂する。
その上、間接部分は鎖を展開して伸びていく。
槍から変形して、物理的制約を無視して長く伸びた多節昆は、
杏子の手元の操作に従って、蛇のようにスタープラチナに巻きついた。
スタープラチナを足元から両手足を何重にも拘束する。
見れば承太郎も同じような体勢になっている。
見えない何かに両腕と両脚を締め付けられたような体勢で杏子を睨み付ける承太郎と、
嘲るような笑みを承太郎に向ける杏子。
形勢の逆転がそのまま二人の表情に表れているようだった。

「……人間を餌の餌にする魔法少女か。吸血鬼の他に、そんなおぞましい化け物がいるとはよ。
ますます、てめーを放って置く訳にはいかなくなったな」

しかし相変わらず、ふてぶてしい態度を崩さない承太郎。
その様子が、杏子の癇に障る。

「あんたさぁ、何か大元から勘違いしてんじゃない? 食物連鎖って知ってる? 学ラン着てるくらいだから学校で習ったよねぇ」

スタープラチナの横を通り抜けて、おもむろに承太郎へ近づく杏子。
今度はスタープラチナの邪魔が入らないため、承太郎は杏子に対抗する手段が無い。

「弱い人間を魔女が喰う、その魔女をあたしたちが喰う。これが当たり前のルールでしょ、そういう強さの順番なんだから」

魔法少女という強者が、人間という弱者を狩る。
正に食物連鎖のごとき構図ができあがっていた。

「やれやれだぜ……要するに、弱い奴が負けるって言いてーんだな――――」

不意に杏子の背後で、カランと乾いた落下音がした。
振り返る杏子。

そこには地面に落ちた多節昆があった。
巻き付けたはずのスタープラチナが消えているのだ。

「――――それじゃあー! やっぱりィ! ――――」

嫌な予感がして再び承太郎を見る杏子。
スタープラチナは承太郎のそばに立っていた。
杏子はその瞬間、スタンドはスタンド使いの任意で、
自由に出現させることができると悟った。

「――――てめーのことじゃあねーかァーッ!!!」

杏子はほとんど反射的に後ろへ飛び退く。
しかしスタープラチナのスピードの前では間に合わない。
スタープラチナの拳が杏子の胸に打ち込まれた。
皮と肉が裂け、骨が折れる。
そして衝撃は杏子の身体を10メートル以上、地面と平行に吹き飛ばした。

(くそっ……あばらがやられた!!)

地面を転がりながら、ダメージの確認をする。
呼吸が苦しいほど痛いが、大人しくしていられる状況ではない。
杏子は転がる勢いを利用して立ち上がると、
躊躇することなく承太郎に背を向けて逃げ出した。



「逃げやがった。なるほど、人間離れした耐久力ってとこか」

森の中に消えていく杏子を見送り、承太郎は一人ごちる。
承太郎としては、不意に杏子が後ろに飛び退いたため殴り飛ばす形になったのが失敗だった。
スタンドの分類では近距離パワー型に属するスタープラチナの、数少ない短所が射程距離だろう。
スタープラチナは本体である承太郎から、2メートル以上離れることはできない。
ゆえに追跡や遠距離戦を不得手とする。
その並外れたパワーを活かしての、高速移動も不可能ではないが、
殺し合いで深い森の中、それを行うのはリスクが大きい。
それにまだデイパックの回収も終えていなかった。

樹上のデイパックを取った時には、杏子の行方は分からなくなっていた。
仕方なく杏子の追跡は中止する。
無論、手負いとはいえ杏子への警戒を解く訳ではない。
そして杏子の口ぶりから察するに、魔法少女というのはおそらく他にも存在する。

「人間を餌の餌にする『魔法少女』ね……どうやらうちの家系は、つくづくそんな連中と因縁があるらしいな」

人間を餌にする吸血鬼の存在は知っていた。
しかし魔法少女などは聞いたことも無い。
広川が説明していた異能と言い、どうやら今の状況は一筋縄ではいかないらしい。

そう、広川はスタンドを含めて異能は制御できると言っていた。
事実、説明が行われた場所ではスタンドを封じられていた。
そしてスタンド使いではない杏子に、スタンドが見えていた。
杏子は魔法少女だから見えていたという可能性もある。
しかし他の可能性も考えられる。スタンド能力が制限されている可能性が。

とにかく情報を集める必要がある。
できれば、この場からの脱出に繋がるような情報を。

「やれやれだぜ。DIOを倒すまでに、ちょっぴり厄介ごとが増えたと言うところか」

承太郎にはDIOを倒し、母親を救うという目標がある。
どれほどの困難があろうと、手間取っている場合ではない。
そのため承太郎は手早く支給品の確認を始めた。

しかし承太郎は未だ知らない
バトルロワイアルには自分の祖父や仲間、
そして宿敵すら参加していることを。

【B-1/森/1日目/深夜】
【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品、不明支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:主催者とDIOを倒す。
1:脱出方法を探す。
2:情報収集する。
3:魔法少女を警戒。
※参戦時期は後続の書き手に任せます。
※名簿を確認していません。
※魔法少女は人間を餌の餌にしていると思っています。


しばらく森の中を走っていた杏子は、承太郎を振り切ったと確信すると、
木の幹に背を預けて休みを取り始めた。
折れた骨は魔力でいずれ回復するが、
受けたダメージより、承太郎の強さの方に思い煩っていた。

単純な戦闘能力だけに尽きない。
危機的な状況でも揺ぎ無い精神力。
自身も戦いの世界に生きてきた杏子だから、承太郎の強さを実感できる。
あれほど強い者ならば、あるいは広川にも抗い得るのではないかとさえ思えた。

(……くだらねぇ。愛と勇気が勝つストーリーを信じて死ぬのは、馬鹿のすることだ)

自嘲気味に笑みを漏らす。
杏子は御伽噺のように、愛と勇気が勝つストーリーを決して信じることはできない。
父の願いを呪いにしてしまったその日から、自分だけを信じて、自分だけのために戦うことしかできなくなった。

殺し合いの中で彼女がどんな結末を選び取るのか、それは誰にも分からなかった。

【B-1/森/1日目/深夜】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:肋骨骨折(回復中)、ダメージ中、魔力消費小
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品、不明支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを勝ち残る。
1:怪我の回復を待つ。
※参戦時期は第7話終了直後からです。

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佐倉杏子 037:黒猫は星の夢を見ない
最終更新:2015年05月19日 20:36