“腹黒の騎士団・バトルロワイヤル・ツアー御一行様”の旅(前編) ◆0zvBiGoI0k
◆
奇怪な因果によりどことも知れぬ星の下に集う六人組。
彼ら彼女らの心の内をほんの少し覗いてみよう。
己の世界を平和に繋ぐ友を生還させるため、手を尽くして主催を撃ち滅ぼさんとする者。
ただひとつの大切な『思い』を失くし、おぼろげにまつろう者。
想い人を蘇生させるため、孤独に優勝を望む者。
奪われたすべてを取り戻すために、避けない道を選んだ者。
この地で消えた、守れなかった命のため、死神の矜持のため戦う者。
いまだ意味は見つからず、けれど死ぬ意思だけは捨て生きる者。
誰もが皆、その心に留める思いは異なる。そもそも方針からして真逆の者さえいる。
いつ分裂しても不思議ではない砂上の楼閣。
だがこの場この時分においては共同体。互いが互いを利用し、つけこみ、喰い合う食物連鎖の関係だ。
三角形の頂点に立つ者が誰かは―――さて。
いずれにせよ、この六人はもうしばしの間を共に過ごすことになる。
崩れる時とは全員が真っ逆さまに落ちる結末の時だろう。
それが起こる瞬間を計るのは、神ならぬ身では確定を下すことはできまい。
呉越同舟、同床異夢。同じ舟に乗りつつも異う(ちがう)夢を持つ者達の旅は、まだまだ続く。
◇
南西エリアの大半を占める工業地帯。船着場や象の像、今は失き太陽光発電所もその一帯に置かれている。
工場が立ち並び迷路のように入り組んでおり、夜ともなれば一層侵入者を迷わせる。
ましてやまったく馴れぬ乗り物を操るのに必死であれば足元がお留守になるのも自然であり―――
「うわっ!!」
人型の金属の塊が倒れる音で一瞬周囲がざわめく。
その塊の内部にいる
秋山澪もまた同様に動揺していた。
負傷はないが倒れた衝撃が脳まで伝わり前後不覚に見舞われる。
『大丈夫澪さん?』
機体の外から聞こえてくる
平沢憂の声。ただ姉の唯に瓜二つの姿はなく、代わりにあるのは無機質な藍色の巨人。
今自分も乗り込んでいるブリタニア帝国の一般的なKMF、サザーランド。
「だ…大丈夫だ、このくらい!」
態勢を直そうとコンソールを握り直す。時間をかけながらもゆっくりと起き上がるサザーランド。
不格好ながらも、一応立て直しには成功する。
ままならない現状に澪はひとり葉噛みする。
当然の話だが、KMFとベースとではまったく勝手が異なる。
ベースも操作にもある程度勝手がいるが機動兵器の操縦などその比ではない。
飛行機か自動車を操るのが近いだろうが健全な女子高校生にはまだまだ遠い世界だ。
ジェットコースターなどという絶叫系アトラクションすら脊髄反射で逃げ出す澪には未知すぎる感覚だった。
はっきりいって、怖い。動かすだけでもこれなのだ。実際に戦いに使うのならどれだけの負担があろうか。
加えて、目の前を悠々と走る憂の姿を見てどうしても対比してしまう。
憂の乗る機体は自分と違ってスイスイ進んでいる。
足がローラーになっているから歩かせる手間がかからないことを差し引いても軌道にブレがなく綺麗に走っている。
境遇は自分と大差ないはずなのにどうしてこの短時間にああも操れるのか。自分との差は何なのか。
姉と同じく飲み込みが早いのは知っているがギターとロボットじゃ次元が違う。
才能の違い、ということだろうか。生まれつきに備えられた平沢憂だけの才能。
アニメとかにもよくあった。一般人が成り行きでロボットに乗ったらいきなり敵をバッタバッタとやっつけていくやつ。
やれ特別な力があったとか、親が昔凄い人だったとか、そんなありがちな物語。
けどそういうのは大抵主人公とかにだけ許される選ばれた特権だ。
主人公だから特別なんじゃない、特別な人だからその物語の主人公になれるんだと、私は思う。
それなら自分の立場は……端役か。
無様に足掻いて才能の壁に直面して、主人公を引き立てるだけのかませ犬。
紙面や映像で眺めていた時は同情したものだ。彼らにだって目的や願いのために一生懸命なのに、
主人公を軸にして回る物語では当然そんな努力は実らない。
視聴者として俯瞰する一方の側からすれば不憫で憐れで滑稽な光景。
艇で眺めているルルーシュや、主催の連中はそんな風に自分を見ているのだろうか。
そう思うとひどく腹立たしく、同時に自嘲してしまう。
こんな機械ひとつ動かすのに手間取る自分なんて上から見下ろす者達にとってはなんてことのない存在なんだろうなと。
けどいいんだ。私は主人公になんてなれないし、なるもりもない。
私が欲しいもの。たった一日前の、二度と戻らない日常だけを取り戻す。
そのためなら、端役でも悪役でも構うものか。
もしそんな願いが主人公にしか叶えられない行為だっていうのなら、
まずは、その幻想を殺さなければいけない。
正面のディスプレイを見つめ、ゆっくりと機体を走らせる。
届かない幻想(ユメ)を現実にするために。
□
そんな澪の悪戦苦闘振りを、澪の予想通りルルーシュは眺めていた。
ギャンブル船で移動拠点として購入したホバーベースの操縦室にて舵を取っている。
迎撃兵装がないのは困りものだが予想の範疇だ。次の放送で追加武装に上がってくるのだろう。
もっとも相手が機動兵器を手にしていない限りはこの質量だけでも立派な兵器だ。
動く棺桶ともいえないだろう。
さて、と改めて艇の前を走る2機を見る。
まず秋山澪。やはりというべきか動きがぎこちない。
今の今まで存在すら知らない兵器を扱っているのだから当然と言えば当然だ。
黒の騎士団のリーダーとしてもブリタニア帝国の皇帝としても軍団の「指揮」や「指導」は日夜行っていたが、
個人を一から教える「教導」というのはあまり体験していない。せいぜい目が見えず足も動かせない頃のナナリーを世話した位か。
基本的な操作方法だけを徹底的に教え込んだが、実戦投入できるレベルには程遠い。
ただの女子高生に騎士団の兵並の操縦を求めるのはやはり無理があったか。
それでも進歩はしているようだ。艇に搬入するのでも一苦労でこうして直線を走らすだけでも何度も倒れていたが、
今では動かすだけならそう問題ではない。思いの力、とでもいっておくか。
象の像へ向かうか、憂と澪の訓練か。ルルーシュが選択したのは両方だった。
戦略を教えても動かせなければ意味はない。まずは基本的な移動の仕方を教えてからの方が良いと判断してのことだ。
デュオには象の像を偵察するように依頼した。せっかく数がいるのだ、出来るだけ人材は効率的に使いたい。
工業地帯は迷路のように入り組んでおり、夜ともなれば一層進入者を迷わせる。
更にデュオからの報告では周りは大規模な破壊に見舞われているらしく、大型のホバーベースでは通れるルートが限定される。
そのため安全に通行できる道を確保するようにも伝えてある。偵察の足にはリーオーではなく小回りが利くバイクを使うよう奨めた。
危険人物に出会ったら無理をすることなく最優先で帰還するようにも言い含めてある。
何度も自分たちから遠ざけて酷使させるのは訝しられるとも思ったが意外にも快諾された。寝ずの番も慣れたものでこういった作業は得意分野だとは本人の弁だ。
MSのパイロットといっていたが、工作員としてのスキルも持ち合わせているらしい。
その上対人戦もこなし機械技術の知識も持っている。何らかの組織に身を投じているにしても少し過剰に思える能力だ。
おそらくは、個人でも最大の戦果を上げることを目的としたゲリラ戦に特化した特殊工作員。
デュオに対するルルーシュの見識はそういったものだった。
頼りになる反面、警戒の念は外せない。
バーサーカーとの最終決戦においても奇襲に失敗した桃子を唯一目撃しているため、迂闊に監視にも置けない。
両義式が不確定さによる不安要素なら、
デュオ・マックスウェルは確定的な不安要素だ。
ちなみにその両義式は今もブリッジで睡眠中だ。
桃子も現在は休眠中だし出来れば二人で向かって欲しかったがデュオが声をかけてもすっぱりと断った。
隠密行動が得意そうではないのは分かるし疲労が溜まってるのも知ってるが、それにしてもこの和服寝過ぎである。
そんな奔放さに、未だここで生きているらしき不死の魔女の姿を思い出した。
とはいえ、今すぐ表面化する問題というわけでもない。
別段ルルーシュは優勝狙いでもなければ皆殺しも望まない。
スザクを無事元の世界に還し、二度と連れ去られることのないよう完膚なきまでに主催を叩き潰す。
それがルルーシュの基本方針。それ故に憂と優勝狙いの桃子、それに近い気持ちである澪を手駒に進めている。
デュオとて生半可な正義感や甘い理想に突き動かされているだけの男ではない。
最後には理屈や効率で非情な決断も出来る兵士の目をしている。いざとなれば、協調できないこともないのだ。
先の二名にしても、主催を討ち死者蘇生の業が手に入るというのなら契約の反故にもならない。
主催の『魔法』が特定個人にしか使用できないものであるのなら、話は変わってくるが。
憂に関しては……別に何の問題もない。筈だ。
結論としては、今切り捨てるべき人材ではないということだ。
まさに呉越同舟。意を違えながらも止む得ぬ事情で行動を共にする乗客達。
その航海の行方は、操縦桿を握る自分次第だろう。
デュオからの報告を待ちつつ、ルルーシュは艇を目的地へと向けた。
『ルルーシュさーん!ほら見てください、三回転半飛べましたよーー!!』
『ううう憂ちゃん危ないからこっちに来ないでぇえええ!!!』
……余りにも場違いな声に舵を思い切り外れた方向に回しそうになる。
「憂……無理に動かすな。サザーランドはそこまで立体的な動きは構造上難しい。関節部が壊れるぞ」
『はーい。もーちょっとで四回転になるんだけどなぁ……』
戦闘用の機動兵器がフィギュアスケートの世界レベルの選手がごとく回ってる様は二重の意味で驚きだ。
ひとつはそんな発想に至ること、もうひとつはそれをこなす憂の適応性だ。
おもし蟹を補助道具付きとはいえ乗りこなしたり目を離した短期間に武器の扱いを覚えたりと、
飲み込みが早いのはわかっていたが、相手はKMFだ。そこまで期待はしていなかった。実際最初は澪と大差ないレベルの動きだった。
だが要点を押さえ、コツを覚えた後の実践レベルに至るまでの習熟はおそろしく早い。
バッティングセンターで初めてバットを握ったのに、隣でコツを拾い聞きしただけでホームランを打つようなものだ。
それが初めて銃を手にした少年兵同様の澪と差が開く決定的な違いだった。
攻撃を除外して、単純に動きだけなら訓練を受けた一般兵のそれを超えているのではないか。
……KMFに芸術性を求めたりましてや競技大会に使用するなどルルーシュは知らないし、認めないが。
加えて、思いを奪われた憂の心境。
銃を握る覚悟や人を殺す決意といった、兵士として最低限必要なものが完全に欠如している。
おそらく本人にしてみれば新しい玩具を与えられたも同然なのだろう。
そして玩具で遊ぶことに、人というのは熱心にのめりこむものだ。
ゲームの敵を倒すのに子供は工夫を欠かせないし、容赦もしない。
これもまた、銃を撃つことに重みを感じている澪との決定的な違いだった。
『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』
ルルーシュの根幹ともいえるその信条からもっとも外れている存在である憂に嫌悪感はある。
だが、そうさせたのは他ならぬ自分であることも忘れてはいけない。
これまでのように、ゼロレクイエムという大義のため切り捨てていった敵、兵士、民衆。
そういった犠牲のひとりに憂もまた組み込まれていく。
犠牲とは、その後に続く結果があってこそはじめて意味を得る言葉だ。
スザクが死に、自分までもがここで終えたら、それはただの無駄死にだ。
何の意味もなく、ただ殺されただけ。そんな無駄で彼らの一生は終わってしまう。
大口を叩ける立場ではない。自分の勝手な都合を、勝手に世界に押し付けた。
だからその結末も勝手に、自分の手で生み出さなければならない。
平沢憂は確実に
枢木スザクを―――『ゼロ』を生還させるための駒。
そう決めたのなら、最後までそれを貫かなくてはならない。今さら優しくしていいはずがない。
この目的を完遂できたのなら、姉への思いを奪われた悲しき少女の生も、無為なものではなかったと証明してやれる。
それしかもう、彼女にしてやれることなんて自分にはないのだから。
舟を動かす舵が、少しだけ重くなった。
◇
程なくして、目的地に着いた。
この場で戦闘は起きなかったらしく瓦礫のひとつなく整然と建物が立ち並んでいる。
ここは工業地帯のさらに限定的な空間―――倉庫群。
デュオからの連絡待ちの状況で、桃子が休み式がいる以上「黒の騎士団」としての活動、会議も控えておくべき。
故に近場のこの地区を憂らの訓練場所も兼ねて移動していた。
そして到着した倉庫群だが……うす暗く視界が開けていない。
電灯の数が少ない工業地帯全域にいえることだが、ここの暗さはひとしおだ。
建物内でなくあくまで複数の倉庫の集まりである為安定した光源もない。KMFの照明ではたかが知れている。
少々危険だが、ホバーベースのライトの出力を上げるべくコンソールを操る。
『うわっ』
『きゃっ』
大光量が奔りコクピット内の二人も目を瞑る。そこまで照らしてようやく、この一帯の全貌が明らかになった。
『わー、たくさんありますねー』
『五…十…十二個あるな』
澪の言う通り、目の前には十二のコンテナがダース単位で林立されている。
大きさはちょうど平均的な一軒家―――KMFやMS位ならすっぽりと入りそうな位のサイズ。
いかにも、といった箱だ。
『やっぱり、中に何か入ってるんでしょうかね?』
『その可能性は高いが……おそらく大半はハズレだろう。主催がそこまでの施しをするはずがない』
ここに戦況を優位に運べるものが隠されている可能性は確かに高い。
ルルーシュの考えが正しければ、機動兵器クラスのものが。
だが悪辣な主催のこと、そう簡単に物品を渡すことがないのは分かりきってる。
ホールのように一定の条件を満たさなければ手に入らないか、そもそも内容物がハズレか。
『……じゃあ、放っておくのか?』
「いや、とりあえず見ておいてくれ。特に手は出さなくていい、開く条件などが書かれていないかを―――」
澪の問いに答えてる途中、操縦室の通信機から音が漏れる。
デュオの持つ通信機には手を加えこの陸上艦の通信機能と繋いである。
憂と澪のサザーランドも同様だ。回線をオープンに開きこの場にいる全員に情報を共有させる。
ついでに仮眠中の二人を起こす目覚まし代わりにもなるだろう。
『聞こえるかルルーシュ?象の像だがダメだぜありゃ、人っ子一人もいやしねえ』
「一人も……ですか?どこかに戦闘の跡は?」
『ここからだとちっと離れてるが双眼鏡で覗いた限りじゃ何の痕跡もない、完全な手つかずだ』
予想を下回る結果にルルーシュは逆に驚く。
スザクがいるのなら良し、いなくとも情報と手駒を集められればそれも良しとしていたのだが
まさか誰もいないことになるとは思いもよらなかった。
「俺達のように奇襲を警戒しているのでしょうか」
『それにしたって立案したゼクスがいなくちゃ集まるもんも集まらねえだろ。
多分、本当にここには誰もいないんだよ』
「―――つまりは、その情報源であるサーシェスという人のブラフだったか、」
『ゼクス達がどっかでトラブってるかってことだな』
結論すると、その二択となる。
どちらが正解かは―――正直計りかねるところだ。
ゼクスが虚言を使う人物でなく、サーシェスが
張五飛曰く「胡散臭い」という証言を纏めると前者の割合が高いが……
「……とにかく、一度戻ってきてください。こちらにも少し気になるものを見つけたので」
『へえ、何かあったのか。なるべく早めに戻るぜ』
通信が切れたことを確認する。それから会話を聞いていた二人にも言葉を向けた。
「そういうことだ、さっき言ったとおりに調べてみてくれ」
『はーい』
『……分かった』
今の通信で式も、少なくとも桃子は眼を覚ましたはずだ。
外の光景を見ると、憂はもちろん、澪も意思通りに走らせる程度までにはなったらしい。これなら事故を起こすこともあるまい。
デュオも間もなく戻ってくる。その間に少し思考を閉じておきたい。
椅子に座り、意識は最低限に保ちつつ、瞼を閉じて脱力する。
ほんの僅かな間だけ、ルルーシュは休息の時間を過ごした。
◇
「へえ……こりゃまた大層なもんがあったな」
「それでどう思いますデュオさん、何か思い当たるものがありますか?」
偵察を終えたデュオが倉庫群に着いて一番の開口はそれだった。
MS一機が収まりそうなコンテナが十二。ルルーシュが自分に意見を求めるのも分かるというものだ。
「まあ確かにMSが詰まってそうな大きさだが、首輪と同じで扉も接合部もないんだろ?
だったら俺にどうこうできるもんじゃないさ」
戻った矢先にデュオは立て続けにバイクからリーオーに乗り換えコンテナを観察している。
こういうのは直接見ないとハッキリしない。けどそれは先に二人の少女がやっていたのでそれ以上の意見も得られなかった。
「しかしこれ全部ガンダニュウム合金か?どこから持ってきたんだよこんな量……」
ガンダニュウム合金は環境上宇宙でしか精製ができず、製造コストも高いため量産機への採用は見送られている。
ガンダムのような生産性を無視した高性能機のみにしか使われてはいなかった。
―――デュオの時間軸から少し先の世界では幾らか純度を下げた上で新たな量産機の装甲材に採用されることになるが、
そんな未来など与り知らぬ身であるデュオはこれを解決する手段は二つあると踏んでいる。
一つは、帝愛が資金提供を行ったこと。
開会式をはじめ放送であれだけ派手に金金言ってた連中だ。
開発コストなんて度外視してもお釣りが返ってくるほどの援助をしていたって不思議ではない。
二つ目は、少しばかり無理が出るが、時間移動で調達したこと。
ルルーシュからは異世界の存在を、五飛からは時間軸の違いを認識させられたデュオには十分考えてしまう可能性だ。
この場合、決め手になるのはどちらが負担が少ないかであるが、
『魔法』の原理やら労力なんてこれっぽっちも見当がつかないデュオでは考えが及ぶわけもない。
「これが全てその金属で出来ているとしたら…強度はどれほどになるのですか?」
「リーオーのライフルじゃ十発撃ってようやくへこむくらいだ。
装甲もかなり分厚くされてるみたいだし、外部から壊すのはかなり手間だぜ。
式、どうだ?こいつも「視えにくく」なってんのか?」
リーオーの掌に乗せている式にも話を振る。
どうやらデュオが戻ってくるまでずっと眠っていたらしくさっきの通信でようやく目が覚めたようだ。
死を視るという特異なる眼を持つ少女は貴重な魔術的な見地(デュオ達の想像としては、だが)を教えてくれる。
「ああ、同じだ。「線」がまったく視えない。切った張ったで済むような問題じゃあないな。
―――けど、それも四つだけだ。あとの八つはしっかりと視えるよ」
式によれば「線」がある部分ならそこにナイフでも指でも通せばどんなものでも切断できる、ということらしい。
それの対策は施してあるのは四つだけ。その中に何かが入ってるのは明白だ。
「じゃあ、あとの八つはダミーってことか。中は空か、最悪トラップでも仕込まれてるかもな。
何でえ、結局骨折り損ってコトか」
「いえ、そうでもありません」
「あん?」
割って入るルルーシュの声。モニターに映る表情はどこか得心がいったような顔だ。
「これに使われてる材質、魔法が首輪と同じ仕様であるのなら確かに開錠は難しい。
ですが、翻せば首輪を外す術さえ分かれば同じ要領で開けられるということです」
回りくどい言い方に少し頭を捻るデュオだがそこは工作員としての知識を併せ持つガンダムパイロット。
暫くしてその真意に思い当たる。
「―――首輪を外した奴用の、特別ボーナスってところか」
「ええ、その公算が非常に高い」
『首輪を外すのもゲームの内』、揚陸艇でデュオとルルーシュが考察した問題。
これが真実として、外した者が次に取る行動を仮定してみる。
そも首輪を外そうとするのは大半がゲームの脱出、主催への反抗を志す者だ。
そして己の命を握る首輪を外せば、あとは堂々と反旗を翻すか、脱出の手段を講じるかとなる。
だが、首輪の存在を抜きにしても主催の力は計り知れない。
多数の強者、異能者を瞬時に連れ出し強力な武器を反抗も恐れず投げ渡す。
これだけでもその強大さは瞭然だ。
だから、ここに眠るのはそれを埋める道具。
首輪を外す頃にはゲームも佳境に入っているだろう。生きた参加者も数を減らし残っているのは力ある者、知恵ある者。
そうして選別された人間に送る最後の餞別。この牢獄を抜ける箱舟、もしくは飼い主気取りの人間へ突き立てる牙。
「……それにしたってよ、こんなホイホイ用意してやるもんか、アイツらがよ?」
ここまでさんざ下劣に追い詰めてきて最後に特大の施しを与える。こんなことをされても胡散臭いことこの上ない。
「分かっています。当たりの四つにしても時間制限があったり、定員が決まっていたり、
中途半端に使えないものばかりなのでしょう」
―――『大当たり』はせいぜい一機。大方、限られた脱出の切符を求めての同志討ちでも期待してるのだろう。
―――もし、本当に何の不備もない高性能機や脱出艇があったのなら、それがおそらく内通者の差し金だ。
―――己の内にのみ秘した情報を思い浮かべ、ルルーシュは十二の鉄塊を見渡した。
「とはいえ、開けない以上ここにいても仕方がありません。そろそろ移動しましょう」
「そうだな、でどうする?やっぱ像には行くのか?」
「ええ、人が集まってないとはいえ施設の一つなら何らかの手掛かりもあるでしょう」
人材と情報の収集という目的は果たせないが、逆にいえば隠されている設備などが手つかずともいえる。
そちらのメリットを考えた方が有意義だ。
「じゃ行くか。一応それが通れる道は幾つか探しといたぜ。
けどほとんどは瓦礫なんかがゴロゴロしてるからスムーズに行きたいなら撤去作業が必要だな」
ルルーシュの指示通りにデュオはここから目的地までの道のりのルートは複数見繕っておいた。
通行止めの道もMSがあれば片づけられると思ったので幾つか枝分かれして組み込んである。
「分かりました。それではなるべく近いルートで。
デュオは障害物の撤去をお願いします」
「おいっ俺かよ……つっても他にいねえか。やっぱアイツらじゃ無理があったんじゃないか?」
一端艦内に戻り格納庫へ向かう途中にコックピットから降りた澪と憂とすれ違になったが、
どちらも疲労の跡が強く残っていた。
憂に関しては、子供が夜まで遊び続けたような、一種の爽快感のようなものを覚えていた方が気になったが。
どれだけ決意が高かろうと所詮は銃の握り方も知らない高校生。自分たちとは土台が違う。
「いえ、そう捨てたものじゃありませんよ。澪も着実に順応しているし、特に憂の飲み込みの早さは驚かされた。
この短期間であれだけ動かせるのは余り見た機会がない」
ルルーシュについてデュオは殆ど知らないがその戦術眼と先見性は確かなものだ。
その男がこう評価するほど平沢憂の才能は際立っているということか。
「……動けるのと戦えるのは別問題だぜ。あんま無理難題吹っ掛けるなよ」
「無理は言いませんよ。ただ出来ることは精一杯やってもらいます」
「おい、そろそろ降ろしてくれないかな。それともオレもこのまま付き合わせる気か?」
リーオーの手元から式の声が届く。無論そんな気はないので手を下ろし地に立たせてやる。
そのまま工場を出て、ベースを誘導させるために機体を歩かせていった。
■
鉄の原生林、人工でありながら意図されず生まれた迷路。
迷い込んだのは五名を乗せた一艇の艇。
案内人は土偶色の人形。親切に、舟が進むのに邪魔な石をどけてくれる。
抜けた先には目指していた場所が見える。
(この場所……見覚えがある。バーサーカーと鎧武者が戦っていた光景に。
ここからあの怪物を発電所まで運びこんだということか……)
まどろみの中垣間見た大英雄と戦国最強、それに付く金眼の青年の映像とその想い。
周囲の光景はほとんど光に包まれぼやけていたが実際に近づくと不思議と既視感を感じる。
この地点で彼らはその命を未来の為に燃やし、果てた。そんな確信が自然と持てた。
開けた土地に巨大なホバーベースは危険のため身を隠し、デュオはそのままリーオーで、
憂と澪はサザーランドに乗せ、その肩にそれぞれルルーシュと式が担がれる形で像へ進む。
「憂、余計な動きをするなよ。振り落とされてはかなわん」
「大丈夫ですよ、私もう上手に動かせるんですよ!」
「……ちゃんと使えるのか?前のめりに倒れて潰れるとか漫才にもならないぞ?」
「ば、バカにするな!それくらいちゃんと出来る!」
桃子は待機状態。甲板で秘かに周囲の索敵を行わせる。
「ステルスは慣らし程度でいい。今の内に体を起こしておけ」
『りょーかいっす』
像は森のはずれに静かに佇む。見守るように、蔑むように。
守り神かも知れないし、祟り神かも分からない。
いずれにせよ、旅人は目的地へとたどり着いた。
■
「……象だな」
「象ですねー」
「象……なんだよな」
「象でしかないだろうな」
「象だろ、どう見ても」
(像っすよねぇ)
十人十色。ただし総意は統一している。
ようするにこれは【象の像】以外のなにものでもない。それだけである。
神話に出てるような抽象的な姿はしておらず四足歩行、冠や宝石で装飾されてある。
だが一番明確な違いを挙げるなら、その大きさだ。
最もポピュラーな象であるアフリカゾウの全長は平均して5~7メートル前後。
対してこの像は10mはゆうに超える。単に目立たせるためにこれだけ大きくするというのも不自然では、ある。
「ルルーシュさんルルーシュさん、これにも中にロボットが入ってるんですか?」
「いや、さすがにそれはないだろう。……多分」
これに機動兵器(そんなもの)を隠すのはさすがに露骨すぎる。
こんなだれが見たって怪しいものに隠すほど主催も内通者も馬鹿げてはいないだろう。
「これも例の合金なのですか?」
『……いーや、そんないいもんじゃなさそうだな。壊そうと思えば簡単にいけると思うぜ』
リーオーに乗ったまま像の材質を値踏みするデュオ。件のガンダニウム合金とは違く通常火器で破壊可能らしい。
壊されても構いはしない、ということか。
像から少し離れて上を見上げる。すると確かに背中の部分に明らかに不自然な突起が見える。
揚陸艇で見通した【バトルロワイヤル観光ガイド】に記されていた情報を思い出す。
【E-3/象の像】
象は富と繁栄の象徴です。賞金の使い道を考えながら優勝祈願をしてみましょう。
【マル秘情報!】
- 象の背中には聖人様が乗っています。決して触れないように。バチがあたりますよ!
(”バチ”というのが俺たちに対するペナルティなのか、主催に不都合なことを隠すブラフなのか……
判別するためにも直に見る必要があるな)
もちろん頂上に飛びつく跳躍力も取りつく筋力体力もルルーシュには絶無だ。
そうでなくても腕を負傷しているのだから。
像と同サイズのMSならカメラのズーム機能も使い鮮明に確認できるだろう。
「デュオさん、象の背中になにか見えますか?ガイドによれば人が乗ってるらしいです」
『背中?…ああ、いたぜ。かなりちっちぇえな。分かってなくちゃ気付きにくいぞこりゃ』
10数mある象に比べ背中の人は1m強、原寸大の人間の大きさだ。
予めこの情報を知ってなくては目に留まり難い。
この像の大きさもこれを隠すための措置とも解釈できる。
『けどよ、特に怪しいものは仕掛けられてないぜ。ガイドには何て書いてあるんだ?』
「……触れるとバチがあたる、だそうです。
ハッタリ、と言いたいが本当に何らかのペナルティがかかるかもしれない。手を出すのは控えておいた方がいいでしょう」
記された’バチ’が何を意味するか、この像の役目はなんなのか、まだまだ情報は少ない。
触らぬ神にたたりなし、とはこのことか。
「とりあえず降りて来て下さい。仕掛けがそれだけとも限らない、足場のあたりも探ってみるべきでしょう」
返事を返し、ゆっくりと膝を折るリーオー。
必要なものはほぼ揃っているが。今の内に自販機の内容も確認しておきたい。
「澪。自販機は見つけたか?」
周囲の警戒は憂に、遠方からの監視を桃子に、澪には自販機の場所と内容を見るように言っておいた。
式は一人気ままにうろついてるが、あれでも警戒はしてるのだろう。
自販機は像の土台の端に置かれていた。
百聞は一見に如かず。デュオとルルーシュは自販機のディスプレイの正面に立った。
自販機の前でしばらく話しこむ二人を澪は離れて眺めている。
こうなっては蚊帳の外だ。機械だの魔法だのなんてものを知らない澪にはこうして指示をこなすことしかできない。
悔しいが、今はもう己の限界を冷静に推し量ることができてしまってる。
こうするのが最善だと、理解できてしまっている。
……そんな自分の冷静さが、嫌になる。
こうして待ちぼうけを食らってるよりも周りの警戒がてら操縦に慣れるほうがましだ。
そう思ってサザーランドに戻ろうとしたが、
ぼんやりと、ひとり立ち尽くす式を見て思い直った。
「……なに、見てるんだ?」
そう、式はどこかを見ていた。像ではなく、その足元の土台のあたりをじっと凝視している。
それが気になって、声をかけてしまう。
「――――――ズレている」
「へ――――――っ!?」
普段は透明で灰色の瞳が、深みのある蒼色へと変わった気がした。
それを視た瞬間に、また背筋が凍った。
笑みを浮かべているわけではない。眼そのものに『力』が宿っていた。
それだけなら勘違いで済むものだが、デイパックに突っ込んだ手がおかしな色合いの歪な短剣を取り出してきたからより剣呑さが増す。
そのまま像へと歩き出し、土台に手が届くまで近づいて――― 一閃。
するとバターを切るように土台に線が入り、
そこから一部の部分だけがズルリと崩れて落ちた。
「!?……え、これって―――」
「やっぱりか」
壁が落ちて現れたのは、深い闇。
光が届かないほどに奥が深い通路が姿を現していた。
いや、通路というよりは洞穴に近い。
「ここに隠し扉があるって―――分かってたのか?」
発見した式に問いかける澪。
壁の亀裂なんてどこにも見当たらなかったのにこの少女は隠し場所をピタリと当てた。
「いや。けど線がズレていたからな。おかしいと思っただけだ。
ここを開けたときに石でも詰まってたんだろ。意図してかは知らないけど」
この扉には幾多もの見えない仕掛けを施されていた。
表面の凹凸、影の付け具合、魔術を使わずして
キャスターすら欺いたものと同一の隠匿性。
直視の魔眼により捉えるモノの存在限界の線。
物探しにおいては確たる才を持つ青年に一度解放された際に扉の間に小石が挟まり僅かな隙間を生み出していた。
予め計算していたかは、今となっては計れないが。
その一本の軌道が途中で断ち切られたようにズレていたので気になって斬っただけだ。
扉が現れたのは、あくまで結果でしかない。
「物探し……上手いんだな」
「それは専門外だよ、今回はたまたまだ。
……アイツみたいな器用な真似、オレには出来ない」
その言葉には、どこか哀しさが込められていた。
丁度、澪が船の一室で問うた質問に答えた時の虚無感に似ていた。
「どうした澪!……っこれは―――」
騒ぎを聞きつけてルルーシュ達が駆け付ける。
目の前に映るのは、短剣を持つ式と、その傍に立つ澪と、ぽっかりと穴のあいた空間。
「隠し扉か……地下に通じてるみたいだな」
デュオが顔を覗き込む。
確かに外の光で僅かに見える通路は緩い下り坂になっている。
中に明かりはないらしく電灯なしでは通るのは危険そうだ。
「―――て式、オマエどこ行くんだよ!?」
「どこって、見れば分かるだろ。中になにかあるんだから隠してるんだろ?」
見れば分かる、その通りだ。
式は空いた扉の先へ乗りこんでいるのだ。デイパックから懐中電灯を引っ張り出している。
「いやそれは分かるけど、そうじゃなくてだな―――」
「わ、私も行く!」
デュオの制止を遮るように澪もまた式に続こうとする。
一寸先が闇の空間に飛び込むのは気弱な澪ならずとも勇気が要るがそれを押し切るように飛び込む。
「待て、澪」
すると、今度はルルーシュが止めにかかる。
独断で動くなと命令するのかと思えば、左手に持ったランタンを差し出してくる。
「これを使え、懐中電灯では心許ない。
それと通信機を持っていけ。通路を抜けたらすぐに連絡しろ。
危険と思ったらすぐに避け、いいな?」
ランタンを手渡され指示をもらい少し戸惑う澪だったが、
それがルルーシュから始めての指令だと理解し、深く頷いて先を行く式を追いに向かった。
闇に消えていく女子2人を見送って、デュオはルルーシュの方へ視線を移す。
「おい、いいのかよ?」
「問題はありません。これまでの施設で罠は全くといっていいほど設置されていなかった。
殺し合い以外での死亡は主催の望みではないのでしょう」
納得できる意見ではある。
悪趣味極まりないこの遊戯で求められるのは殺し合いという行為。
施設の仕掛けはそれを盛り上げる要素に過ぎない。
三回目の放送で遠藤が言っていたように、罠や事故で死ぬ形での脱落はお断りなのだろう。
こちらにとってみたら、ありがた迷惑でしかないが。
「それに式さんがいれば大抵のことには対処できるでしょう。何かあればすぐに退避するようにも言い含めてあります。
俺たちは今の内にこれからの進路を考えていましょう」
状況を聞くといって背を向けサザーランドに乗りこんでいる憂に歩き出すルルーシュ。
その姿を怪訝に見るのは、やはり穿ち過ぎなのだろうか。
時間を重ねるごとに疑念は深まる。親友の間柄だというスザクとも名前と顔以外には大して聞いていない。
頼りにはなる。だが過度に信頼しては付けこまれると抱く程度には距離をおくつもりだ。
疑心暗鬼になっては元も子もない。腹の内がどうあれまだ暫く付きあっていく関係にあるのだから。
頭を掻きつつ、デュオも機体のチェックのためリーオーへ歩き出した。
そこでふと、少し思い立ったことがあるので振り返った。
「そういえばよ、ルルーシュ」
「なんでしょう、まだなにか?」
「大したことじゃないけどよ、その敬語使いやめねえか。年だって俺より上だろ?」
少しの間を共に過ごして分かったが、敬語を使うよりも澪や憂に語りかけている姿の方がルルーシュの素であるようだ。
ハイスクールの三年なら十七か十八歳。自分よりも二、三年上だ。
目上の相手に気を遣っているというのなら些か気が悪いし、
コイツの腹を探るにも、なるべく対等な立場でありたいと思ってのことだ。
その胸中を知ってか知らずか、ルルーシュは暫く顔を呆けさせて、
「―――そうですね、ここでは貴族だとかいったことも意味を成さない。
では―――暫くの間だがよろしく頼むぞ、デュオ」
「おう、よろしくやっていこうや」
この時、両者の距離が一歩縮まった。それが幸運かは、まだ分からないが。
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最終更新:2010年05月18日 00:25