疾走する超能力者のパラベラムⅡ ◆hqt46RawAo
◆ 『到着/破壊の手』 ◆
喜ばしい状況の、はずだ。
だが、腑に落ちない。
違和感しか存在しない。
「浮かない顔ですわね、阿良々木さん」
その不満が顔に出ていたのか、白井に見咎められてしまった。
治療を承諾した
インデックスと治療の協力者を志願したユフィと、治療中のスザクを奥に残して、
僕と白井は再び薬局の入り口付近に戻ってきた。
今度は二人で、見張りの役目が始まる。
しかし、今度は先程までとは全然状況が違う。
このまま何事も無ければ枢木は助かるし、今は白井も一緒だ。
あの息苦しい待ち時間は終わり、やっと一息がつける。
多少は気楽にグラハムさん達を待てる。
はずなのに。
「どうにも納得がいかない」
今までに以上に、僕は落ち着かない心境だった。
「話がうますぎる。嫌な予感がするんだ」
あまりにいい加減な、致命傷の定義。
とってつけたようなルール。
主催者達は、最初僕達にあれほどルールの厳格さをアピールしたしたくせに、自分達はこれだ。
それにあの心変わりはどうやっても納得できない。
結果として、駄目もとの治癒サービスが適応されて枢木は助かる。
しかし、それは主催者達の利にならないはず。
殺しあえと言ってきた奴らが重体になった参加者を治療する?
理屈にあっていない気がする。
「白井も、おかしいと思ってるんだろ?」
「ええ。正直言って、私も同感ですの。凄まじく、キナ臭いお話ですわね」
見れば、白井も僕に負けないくらい浮かない表情だ。
そもそも、白井が治癒されていたあたりから話はおかしいのだ。
彼女もまた致命傷で、しかもペリカが足りなかったと聞く。
それをわざわざ主催者が治療した。
まるで今回、僕が最初に言った屁理屈といっしょだ。
『致命傷の定義など決められていないから――だからどう見ても致命傷だけど治療する』
やつらの立場からすれば、普通は逆じゃないのか?
まさか、とは思うけど。
治療する事が利になるとでもいうのだろうか。
つまり治療する事が主催者側にとって都合のいい事態に繋がるような。
殺し合いを促進するような。
白井の時も、誰も気がつかなかっただけで、そう言う事態が影で起こっていたとしたら。
そして。
だとすれば。
今回も――?
「どうやら、その悪い予感は的中のようですわね」
そう言って外を見つめる白井の視線を追う。
僕もそれを見た。
ゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる人影。
街灯に照らされて浮かび上がった風貌は、まっ白い髪、まっ赤な目、まっ黒い服を着た、少年、か?
僕の知らない人物だ。
この島で、初めて出会うタイプの参加者。
けれど、彼(?)がいかな人物か、断片的には分る。
彼がまとう異様な気配と、
白井の壮絶に青ざめた顔色を見れば一目瞭然だろう。
超 危 険 。
なのに僕は油断していた。
僕はまだまだこの島の異常さを理解していなかったのだろう。
少年は銃を持っているわけではない、ただ缶コーヒーを片手で弄んでいるだけ。
ならばまだ、これほどの距離が在るのだから大丈夫だろう、などと、心の、どこかで、後から思えば自殺レベルの油断を。
少年が片腕を振り上げる挙動を見せていたにも関わらず。
「あ、阿良々木さん……とりあえず逃げ……るッ……時間もありませんのッ!!」
こちらに向かって手を伸ばしかけていた白井の姿が、シュンという音と共に消えうせる。
直後。
代わりに。
さっきまで白井が居た場所に――つまり僕の三十センチほど左の床に、
『何か』が凄まじい音を奏でながら、目にも止まらぬ音速度域で突き刺さった。
のかどうかも、僕には正確に判断できない合間に、
爆散する床下コンクリートによって、視界が黒く塗りつぶされて――――。
「―――――――――――ッ!?」
悲鳴一つ上げられないまま、今の僕は紙切れのように、無様に吹き飛ばされている事だけを理解した。
■
果たして気絶していたのは、一秒か、それとも一分か、目を開くのが怖い。
起き上がって周囲を見渡したとき、何が見えるのか分らないからだ。
全身の痛みは、正直ちょっと洒落にならない。
ヤバイ一撃ををもらった事は明らかだ。
だけどまだ、僕は生きている。
生きているんだ。終わりじゃない。
ならばまだ、やる事がある。
立ち上がらなければならないだろう。
「つ……が…………ァ………」
ぶれる視界の中、フラつきながらも立ち上がる。
薬局内部は砕け散ったコンクリと、その下のえぐられた地面の土煙でいっぱいで、視界が悪い。
自分の
現在位置すら、つかめない。
だが目を凝らせば煙の中に、二つのシルエットが見えた。
一つはおそらく先程の少年のもの。
もう一つ、頻繁に、細かく位置が変わるツインテールの人物のシルエットは、きっと白井だ。
何をされたのか、未だに分らない。
爆弾でも投げられたのか?
いや、多分、違う。
爆発音も、無かったし、飛んでくる物体の速さが、壮絶だった。
あれはきっと単純に、彼が持っていた缶コーヒーが地面に衝突した、その衝撃だけで――。
「………ァ……ぐっ……」
思ったより酷いぞこれ、痛みで全身の感覚が塗りつぶされている。
全身打撲ってところか。
立ったのはいいけど、動けない。
加えて言えば、耳鳴りもかなりキテる。
音が、良く聞こえない。
「――――さんッ―な―を――る――ですのッ!」
白井の声……か?
駄目だ、やっぱりちゃんと聞き取れない。
なんて、言ってる、んだ?
「あ――ぎさんッ! は――く――せて――くだ――いましッ!」
ああくそッ、駄目だ。
もう、一度。
「は―ゃ―くふせ――」
その時、『白髪の少年』のシルエットが手を振り上げたように見えた。
直感する。
ヤバイ。これは――死ッ。
「……ッ!……ッああああァッ!!!」
思わず、叫んでいた。
『伏せる』という、ただそれだけの事に、全力を尽くす。
戦場にボケッとつったっていた間抜けな僕は、顔面を弾け飛ばされる寸前で命を拾った。
意図的に、転ぶ。
無様に、足を滑らせたように、いや滑らせて転倒する。
またしても銀色の何かが頭上を超高速で通り抜けていった時は、生きた心地なんてしかなったけど。
間に合った。何とか、まだ生きている。
死ぬかと思ったけど。
思いっきり頭を打ったけれど、あの一瞬見えた銀の閃光には貫かれていない。
「……ッ……ッ……」
口の中に入り込んだ砂利を吐き出して、僕は這いつくばったまま前進する。
とにかく、あの少年から距離をとらなければならない。
一つ言い訳すると。
思えば、先程の間抜けな棒立ちは、一時的に聴覚が使えなくなった事が要因だ。
無音と聞き分けが付かなくなった僕は、状況把握を焦るあまり、咄嗟に立ってしまったけど。
だいぶ音が戻ってきた今ならば、この轟音轟く薬局内部で、無警戒に立ち上がろうなんて絶対に思わない。
本当に、よく生きていられたものだ。
今のはマジで運が良かっただけだ。二度目は、きっと無い。
「阿良々木さん! どうにかしてッ! 外、にッ!」
薬局全体を震撼させる衝撃と轟音、それと共に白井の声が断続的に聞こえてくる。
かすかに、シュン、シュンと言う音も連続して聞こえてくる。
彼女は今、あの白髪の少年と戦っているのだろう。
ああ、お前の言いたい事は分るよ白井。
早く逃げろって、言ってるんだろ?
確かにアレは駄目だ、到底僕の手には負えない。
アレは、あの少年は、あの規格外の怪物はいくらなんでも無理だ。
今の僕では……駄目だ。
完全な吸血鬼だった頃の僕なら、いや多分それでもきつい位だ。
まだ実際何が起こったのかも、起こっているのかも正確に掴めていないけど。
予想が正しければ、缶コーヒーを投擲しただけであの威力ってことだ。
敵は強大。
なのに既に僕は、たとえ立ち上がれても、満足に動けないほどのダメージを負ってしまっている。
とどのつまりは、足手まとい。
白井は、戦えている。
こんなザマになった僕がまだ生きているのは、白井が正面からあの少年にぶつかっているからだろう。
おそらく、テレポートによるかく乱を仕掛けてくれている。
そうでなければ、僕はとっくにトドメを刺されて死んでいた筈だ。
今の僕に出来る事は……白井の邪魔にならないこと。
ここから離れる事、だ。
それしかない。
生憎、入り口はあの白髪の少年に塞がれているし、奥の部屋は、治癒儀式の真っ最中だから入れない。
白井が言うように、外に出ろってのは、無理だ。
とにかく、今は少しでも薬局の奥へ這って進む。
一つでも多くの商品棚を盾にして……。
――絶対に誰も死なせるな。
本当に?
――それから、絶対に死ぬな。阿良々木少年。
本当に僕に出来る事はそれだけなのだろうか?
グラハムさんにここを任されて、押し切られる形とはいえ、
その役目を担う、責任を持った僕に出来る事は、戦う女の子の陰に隠れて蹲ってるだけなのか?
そんな男に、何が守れるっていうんだ?
「…………くそッ……!」
湧き上がる悔しさと、怒り。
分っているんだ。
まず大前提として、僕は死ぬわけにはいかない。
死んだら、全部終わりだ。
最高に自惚れるけど、この命は僕だけの命じゃない。
僕が死んだら、アイツはどうなる?
戦場ヶ原はどうなる?
僕の大切な人がたくさん死んだ。
もう……取り返しは付かない。
でも、まだ、戦場ヶ原は生きてるんだ。
今もどこかで、生きてる。僕を待っていてくれてる。
アイツを、一人にさせる訳にはいかない。
そして、僕は戦わなくてはいけない。
もうこれ以上何も失わないって、決めたのだから。
だから……!
こんな所で、死んでたまるか!
こんな所で、逃げてたまるか!
こんな所で、戦う事を止めたりしてたまるか!
頼む。
誰でもいい、なんでもいい、僕に戦う手段をくれ。
立ち向かう為の力を――。
生き残る為の力を――。
「………っ!」
その願いが届いたのか。
這い進んでいた手が、唐突に何かに触れた。
「っ……これ、か」
それはさっき僕が吹っ飛んだときに、無くしたはずの拳銃だった。
ツイてるな、二挺セットで見つかったぞ。
少々心許ないけど、これで……。
「やって、みるかな……」
戦おう。
僕は絶対に死なないし、絶対に誰も殺させない。
その仕事を、託された責務をやり遂げて。
胸を張って、戦場ヶ原を迎えにいく為に――!
■
その頃。
薬局奥、従業員休憩室にて。
「これで、全ての準備が整いました。ではそちらに座ってください」
インデックスは、漸くユーフェミアに下準備の終了を告げた所だった。
「随分と、時間を掛けたのですね……」
ユフィは、冷たい眼差しで目の前の少女を見つめている。
「大掛かりな作業でしたので」
少女はさらりと言ってのけるが、ユフィの目は一層厳しくなった。
「知っていたのですか? こうなる事が、だから貴女は……!」
ずん、と。
先程から、ずっと薬局全体が震撼している。
ただ事ではない、おそらく襲撃をかけられたのだ。
ユフィにもそのくらいは予想できる。
しかし、ことここに至っては、もはや動きようも無い。
明らかな緊急事態の中でユフィは、
一人だけ余裕そうに魔術の準備を進めるインデックスの姿を、ずっと見ていることしか出来なかったのだ。
ユフィはこの時点で、今まさに襲撃現場に居合わせている阿良々木以上に、事の深刻さを理解していた。
要するに、自分達は嵌められたのだと。
「私は治療の許可が下りたので、治療する。それだけです。
早く開始しないと、手遅れになりますが……?」
ユフィは歯噛みする。
悔しくて、申し訳なくて、苦しかった。
自分の身勝手な願いの為に、他人を危険地帯に呼び込んだ。
自分は主催者に利用されたのだと、思い知る。
もしこうなると、分っていれば……。
(ごめんなさい……)
結局、彼女はこの選択を選んだのかどうか。
(私にはもう……祈る事しかできません……)
なんにせよ、今の彼女に出来る事は仲間の無事を祈り。
そして、一刻も早くスザクを助ける事だけだ。
仲間達の善意を、差し伸べてくれた救いの手を無駄にしないために。
(どうか……どうか無事でいてください……)
そして。
(……スザク……お願い……。もう一度、生きて……)
彼に生きて欲しいと願う。
(貴方の為に、皆が助けてくれました。皆が今も貴方と私の為に戦ってくれているのです。
……だから、絶対に死なないで。もう一度、立ち上がって……!)
ただ、一人の少女として純粋に、スザクの帰還を願っていた。
◆ 『対決/LEVEL4 -judgelight- 』 ◆
避けろ、避けろ、避けろ、避けろ、避けろ、避けろ。
死んでも避けろ。
「はッ!! 瞬間移動(テレポート)だァ!? おもしれェ!!」
耳障りな声など届かない。
思いは一つだ。
かわせ、かわせ、かわせ。
当たるな。
直撃だけはなんとしても避けろ。
そう、黒子は念じ続ける。
――第二波が来るッ!
正面から飛んでくる二発目のコーヒー缶を、左に二十センチ程テレポートして回避。
逃げた先にも、殺人コーヒー缶が飛んでくる事を見越して、転移後も瞬時に上方へ転移。
予想通り、下方を通り過ぎていくコーヒー缶を見送ってから、更に飛んできた四発目のコーヒー缶に顔面を貫かれる――
直前にもう一度、直下へと転移した。
「――ッ!」
ギリギリ間に合った。
しかし咄嗟の転移により、制限による誤差の修正を怠ってしまった。
ずれた座標に対応できずに、黒子の体が床に叩きつけられる。
今の転移ミスで体が床下にめり込まなかった幸運をかみ締める間も無く周囲も見ずに、暗い視界のまま命がけで大きく左方に転移して。
「っ……と惜しいねェ……」
商品棚の影に隠れた瞬間に、先程まで黒子が蹲っていた床は跡形も無く爆散していた。
「……ッ…………ハァ………ハァ……ッ……」
商品棚の影にて、黒子は息を整える。
休息……ほんの短い休息だ。
すぐに敵の眼前に舞い戻らねば、
阿良々木暦が殺される。
隠れていられるのは、ほんの少しの間だけだ。
床と激突した右肩に触る。
痛む、が、十分動く。
(脱臼は……していないようですわね。不幸中の幸いですの)
思えば、初撃を回避できたのは本当に幸運だった。
あの時、一瞬でも外を見ていなければ、敵の接近に気づくのかが遅れていたら。
今頃、黒子の命は無かったことだろう。
敵が最初の目標を自分に定めた事も幸運の一つだと、黒子は思う。
逆であれば、隣に居た少年は確実に死んでいた。
そして己の能力がテレポートでなければ……。
「本当に……運がよかった……ですわね……」
たった数秒間の間に、様々な幸運が重なり合って、今の自分は生きている。
この上なく、生を実感する。
「……ふ……ふふっ……」
ガクガクと、膝が震えていた。
手の平にも小刻みに、震えが走る。
(何が、運がよかった……ですのよ……。こんなもの、至上最低最悪の不幸地獄ですわ。
可能なら、叫びだしたいくらいに……。)
事ここに至って、黒子は漸く理解した。
自分達は主催者達に嵌められていたのだと。
この治療サービスの質の悪さに気が付いたのだ。
(なにが……致命傷の定義……ですのよ……。詭弁もいいところですわ)
良く考えればわかった筈だ。
殺し合いを強要する主催者たちが、治療サービスを提供すると言う、この一見して矛盾した行動。
しかして、カラクリはあった。
治療する事が殺し合いの促進になるか。
まさにこの状況がそうだろう。
治療中の襲撃。敵わない敵に対面したとき、逃げる事が出来ない。
治療中の仲間が、それ以外の者の行動を縛る、足枷になるのだ。
現に今、常ならば今頃黒子は阿良々木を連れてテレポートでこの場を離脱していたはずである。
それが治療中のスザクと、治療協力者として留まっているユーフェミアの存在により、この場を動く事が出来ない。
地雷の真価とは、踏んだ者を殺傷することではないと言う。
その本質的な狙いとは、地雷を踏んで動けなくなった味方に気をとられてしまった人間を殺すこと。
今の状況はそれと同じ。
スザクとユーフェミアを見捨てられないから、黒子は死地を抜け出せない。
回復の為の最も重要な事項、致命傷の定義がボカされていたのはその為だ。
なんら争いに発展しかねない状況なら、スザクの治療は行なわれなかったのだろう。
だがおそらく、主催者はこうなる事を知っていた。
殺し合いに乗った者が薬局に近づいて来ることを察知していたのだ。
故に治療を開始した。
この場の人間に足枷を付けた。
良く考えればわかる、単純なシステム。
だが見破るのは至難だろう。なぜなら状況には人命がかかってくる。
大切な仲間の生死、救いたいと言う叫び、それらが目を曇らせる。
そこに潜む落とし穴に気づかない。
誰かを救いたい、死なないで欲しいという、真摯な願いを利用しした、下劣極まりないが実に有効な罠。
それに黒子達はまんまと嵌められた。
(……なんて、卑怯な……)
久方ぶりに、黒子は帝愛の卑劣さを思い知る。
なんにしても、状況は最悪。
確かに危惧していたが、まさかよりにもよってこのタイミングで、アレが目の前に現れるとは……。
(学園都市最強の能力者、
一方通行<アクセラレータ>)
想像以上、想定以上、圧倒的だった。
対峙しただけで分ってしまった、アレは次元が違うのだと。
レベル4とレベル5。
数字の上では一つの差だが、まるで違う。
しかしその中でも彼は更に別格の域だ。
自分とレールガンとの間ですら、あれほどの格差は感じなかったのに。
「勝ちは無理……ですわね」
先程の一瞬で、格の差を知ってしまった。
根性論とか、一千、一万分の一の幸運を掴んだところで、アレには届き得ない。
そういう次元ではない、圧倒的な存在格差。
身体の震えは、未だ収まらない。
「なら、わたくしのすべき事は……」
天上を見つめる。
蛍光灯の光が目に染みた。
逃げようと思えば、いつでも逃げる事が出来る。
彼女だけは、確実に。
この場で唯一、その手段をもっている。
一瞬だけ目を閉じて、ぎゅっと拳を握り締めた。
そして、誰かの後姿を思い描く。
(お姉さま……、士郎さん……)
『約束する。俺は黒子と一緒に、この世界から出るって』
彼の言葉を思い出す。
そして、
目蓋の裏に想い出される。
誰よりも憧れた彼女が使役するあの雷撃。
その残光が黒子の道を照らしたような気がした。
「わたくしは……」
ゆっくりと、目蓋を開く。
次に飛び出した瞬間に、殺されるかもしれない。
何秒もつか、など分らない。
命が在るのは数分先までか、それとも数秒先までか。
きっと自分は敗北するだろう。
だけど。
「わたくしのすべき事は、一分でも、一秒でも、0.1秒でも、とにかく時間を稼ぐこと……!」
だけど、行こう。
そう決めた。
白井黒子は戦うと決めた。
震えは、もう無い。
意を決して、跳躍する。
最強の超能力者、その眼前へと。
「おおッと!? 出てきやがったかよ」
少し意外そうな一方通行を真っ向から見据えて、白井黒子は戦意を示す。
黒子は想う。
きっと、彼女と彼ならば迷う事すらなかったろう、と。
白井黒子が誰よりも憧れた超電磁砲ならば、彼我の実力差に臆する事無く立ち向かう。
この島で出会ったあの危なっかしい少年は、死の恐怖など度外視して戦うだろう。
今の自分は彼女ほど強くないし、彼ほど無鉄砲にもなれない。
自分はまだまだ弱い。
能力ではなく、心の在り方が、あの二人のように頑強には在れない。
けれど黒子はまだ、近づきたいと願っているのだ。
少しでも彼女に。
あの鮮やかな電光に、追いつきたいと。
成し遂げたいと願っているのだ。
彼と交わした約束を。
あの誓いを守りたい、と。
だからこそ、今は戦う。
未だ残る迷いも後回しにして。
今はただ、戦って生き残る事に全力を注ぎきる。
相手が誰だろうと関係ない、勝算なんて関係ない。
戦うべきだから、戦うだけだ。
「この島にはバケモンと足手まといしか残ってねェのかと思ってたンだが…………。
まだアイツ以外にも超能力者は残ってやかったのかよ……。
で、なにやら見覚えある制服着てやがるなァ……テメエはなンだ?」
名を、問われた。
ならば、さあ名乗ろう、いつものように。
己のあり方を示そう。
自分と、そして、自分が守るべき人たちの敵を倒す為の存在。
その証を、右の腕章を突きつけて。
これから立ち向かう敵へと、宣言するのだ。
「――ジャッジメントですの!」
そうして、ここに数分間にも満たない短い時間。
超能力者同士による決闘が始まった。
◆ 『行間/悔い』 ◆
その轟音は、市街地を南下していたグラハムと
ファサリナの耳にも届いていた。
「この音は……!?」
「薬局の方角ですね……やはり、なにかあったようです」
二人で並んで駆けながら、言葉を交わす。
グラハムはファサリナの言葉を聞き、その考えと行動に思うところは在るものの、
ひとまずは早く仲間と合流する、と言う結論に達していた。
これ以上、あの場を阿良々木暦一人に背負わせるわけにはいかない。
自分とファサリナが戻って戦力を固める事が先決だ。
ファサリナと話し合うのはその後でいい、その様に出来うる限り迅速な判断を下したのだが。
「やはり、時間を掛けすぎたのか……。すまない阿良々木暦……!
私はまた選択を誤った……!」
「悔やんでも仕方ありません。それにあの状況ではあれが正しい行動だったと、私は思います」
「ふっ……君にフォローされてしまっては世話無いな……」
◆ 『対決2/LEVEL4 -judgment-』 ◆
「ひゃはははははッ! こンな所まできてジャッジメントときたかよッ!
面白しれェなァ! ちィとばかし、遊ンでやらァ!」
二度目の対峙における、一方通行の初撃は缶コーヒー五つの同時投擲だった。
その威力は――もはや語る必要もあるまい。
鉄板すら貫くであろう殺人アルミ缶。
ライフル弾もかくやといった速度で、敵へと突貫していく五発の砲撃。
それが全弾――命中せず。
直撃の寸前で目標自体が掻き消えていた。
敵の顔面を叩き潰す筈だったコーヒー缶は、商品棚を次々と薙ぎ倒しながら彼方に消える。
「こちらですの!」
目標がその場から斜め上方に転移していたのを確認する。
ならば、次弾装填。
新たなコーヒー缶を取り出して、構える。
今度は一発ずつ(シングル)だ。
命中させる事を重視して、連続的に射出する。
「…………!」
射出の瞬間、空中でまたしても、目標が消えた。
外れた砲撃が薬局の天井を突き抜けて夜空に上っていく。
砕け散った蛍光灯の破片がチカチカと室内に舞った。
敵の転移先は再び一方通行の正面。
すぐさまそこに一撃、撃つ。
予想通りかわされて。
その後、右上に現れた敵に向かって缶を二発ばかし追撃するが。
やはりそれは天井だけを貫いて、目標を捕らえ得ない。
「そら、そら、そらァァァッ!! 気張ってかわせよォ、テレポーターァッ!!
一発でも当たっちまったらオシマイだよなァ!? わかってンだろォ!?」
最初はこのように馬鹿正直に、相手の正面へと投げ放っていた。
当然これは容易く避けられるだろうと読んでいる。
移動したその先に、もう一発。
やはりかわされる。
放つ、放つ、放つ。
避けられる、避けられる、避けられる。
そのたびに薬局が震撼し、土埃が巻き上がる。
この繰り返しだ。
敵はひたすら避ける。
右へ、左へ、上へ、下へ。
障害物を無視して逃げまくる。
どうやら瞬間移動で一方通行の攻撃を回避することのみに、全神経を注ぎ込んでいるらしい。
(まあ、納得だ)
そうでなければ、これほど連続で一方通行の猛攻をかわし続けることは出来ないだろう。
敵が少しでも攻めに心を傾かせてくれれば、この勝負はもっと手早く終わっていたはずなのだ。
実に適切な判断である。
彼我の実力差から、ヘタに攻撃すれば即死に繋がると知っているようだ。
学園都市の人間であればこそ、一方通行を知っていればこそ、か。
相対するテレポーターはちょこまかと飛び回り続けて、、
もう既に30発以上の砲撃をかわしていた。
(そろそろ、かねェ……)
しかし、今度は敵が転移する『先』へと、おおよその位置を見立てて放つ。
「――――!?」
(……ビンゴだな)
一方通行の左前方へと転移していた敵が、顔を強張らせるのが見えた。
移動した地点には、既にコーヒー缶が投げ放たれている。
能力行使に一秒ほどのタイムラグが在るのはすでに看破していた。
あれを瞬間移動でよける事は出来ないだろう。
(……おおッ?)
だが敵はかわしてみせた。
瞬間移動ではなく、移動した時に崩れていた体勢を利用し。
床を手で弾いて身体ごと、コーヒー缶の直撃コースから離脱する。
「…………ッッ!」
鈍い激突音。
敵は思い切り商品棚に突っ込んでいったが、何とか回避しきったようだ。
再び視界から、目標の姿が失われる。
「おーおー、やるねェ」
一方通行は素直に感心する。
いま戦っている少女は大能力まで辿り着きながら、能力だけに頼りきった戦い方をしていない。
身体能力もそれなりにあるようだ。
(しかし、まァ。あの能力でここから逃げねェってことは、こりゃいよいよ予想通りの展開かァ……?)
――ここは、狩場だ。
一方通行は半ばそう確信した。
いかに彼と言えど、逃げに徹されれば多少は困る。
正面から来る敵なら誰であろうと殺してやれる、逃げに徹する敵も大体は殺しつくせるだろう。
しかし万が一、逃げ切られれた時が厄介だ。
彼にとって最大の弱点とも言える、時間制限。
『逃げ切られた状況』は、運が悪ければそこを突かれる可能性が高い。
確率は低いが、『仕留め切れない』という状況は出来るだけ避けたい。
なればこそ、この状況は好都合だ。
テレポーターがこの場から逃げ出さないのはおそらく、この場に居るであろう仲間を見捨てる事が出来ないからであろう。
時間稼ぎをしている訳だ。
ならば、その対象とは当然、現在進行形で治療を受けているだろう誰か――高確率でスザクとなる。
目の前の敵は死ぬまで逃げない。
先程見かけた少年も、まだ生きているかもしれないが、身動きが取れないほどのダメージを与えたはずだ。
後はゆっくり殺すのみ。
あまりのんびりは出来ないが、油断しすぎなければ問題ない。
そして何よりも。
(ここには、まだまだ獲物が寄って来る……)
薬局に襲撃を掛ける寸前に確認したGN首輪探知機には、こちらに向かってくる4つの光点があった。
まさに狩場だ。
適度に戦いを続けて、敵が集まってきた所で一網打尽。
ハイリスク・ハイリターン。
殺人者が少なくなってきた状況に、一歩通行は大きくでた。
(けどま、コイツにはそろそろ死んでもらうとするかねェ……。
客寄せはこのぐらいで十分だろ。まずは、一殺といくか)
そう決めて、一歩通行は僅かに本気を出すことにした。
■
「阿良々木さんッ! 聞こえてまして!?」
いっこうに絶えない、コーヒー缶による砲撃の連射。
その只中を舞いながら、白井黒子はこの場に居るはずのもう一人の人物に呼びかけた。
「とにかく……ここからどうにかして、逃げてくださいましッ!」
それだけの集中の乱れで、死の影を見る。
「…………ッ!?」
腹を貫く軌道であった一撃を、すんでのところで瞬間移動で回避する。
今のは危なかった。
阿良々木の無事を確かめるのもこれが限界か。
と、一瞬だけ黒子が周囲を見渡した時。
「ばっ……! なにをしてますの! 早く伏せてくださいましッ!」
視界の隅に、呆然と突っ立っている阿良々木を捕らえた。
咄嗟にその逆サイドの壁に転移し、一方通行の視線をひきつける。
彼は何をやっているのか。
状況が分っているのか。
いや、きっと分かっていないのだろう。
だから叫ぶしかない。
「早くっ、早く伏せてくださいましッ!」
阿良々木の挙動を捕らえたのか、否か。
突然、一方通行が攻撃手段を変えた。
取り出したのは、小さな袋。
そこから、取り出したのは、銀球――パチンコ、玉、か。
それが空中にばら撒かれ――一方通行が手を振り上げる。
「マズ、いッ……ですのッ!」
寸前に、黒子はもう一度伏せろと叫んだ。
一歩通行が、一回転する。
その手に触れた銀球が、全て綺麗に、円形に射出された。
「――――!!!!」
横に死角皆無の全体攻撃。
銀の閃光が薬局の内側で弾ける。
どう考えても、左右にかわす隙間は無い。
故に前進。
迫る円の内側に転移する。
このとき、白井黒子は半ば阿良々木の死を覚悟していた。
もはや自分だけで精一杯だったのだ。
そしてチラリと、先ほどまで阿良々木が立っていた位置を見れば――まだ、生きていた。
倒れてはいるが僅かに動いている。
ほっとするのもつかの間。
次に、目に映ったものは少しだけ接近した一歩通行と、それが再度振り上げた手。
(追、撃っ!)
回避。
果たして黒子には直感的に読めていた。
故に瞬時に斜め上方に後退。第二波を回避する。
が、それも読まれていたのか、
(……コレ、は……!? しまった!)
転移先にはもう目の前に、コーヒー缶が迫っていた。
回避不能と、黒子は悟る。
先程から何度か危ない場面があったが、これは流石に無理だ。
瞬間移動が間に合わない、わけではない。
だが、目前に迫るコーヒー缶に気をとられ過ぎていた。
更に既に一方通行は次の銀球を拡散射出する準備を終えている。
それを見てしまった事が、致命。
自分がどこに移動すればいいか分らない。
最適な転移場所、それを考えてしまった。
分らなくなってしまったのだ。気持ちが、乱された。
迷いが、命を奪う。
動揺が黒子の脳の働きを鈍くする。
転移場所の、計算が、出来ない。
(死……ぬ? わたくしは……ここで?)
超速の砲弾が、何故だかスローモーションに見えた。
ゆっくりと、ゆっくりと、近づいてくる死。
それは終わり行く者が見る光景か。
死線をくぐり続けた結果、生成される脳内麻薬(アドレナリン)の効果で見せられた光景か。
(こんな、所で? 何も、出来ないまま。 何も、分らないまま)
自分のすべき事も成せないまま。
己を縛る葛藤に答えを出せぬまま、死ぬと言うのか。
死んで、そのまま解放されて、楽になる、と。
(そんな……ことが……)
そんな、終わりが。
(許されるわけが、ありませんのッ!)
空中でがむしゃらに伸ばしていた手が、何かに触れる。
それを、黒子は自分の僅か一センチ正面に転移させた。
目の前に現れる、商品棚。
折れぬ意志が、またしても黒子に幸運を掴ませる。
『空間を割り開いて出現する棚』はドンピシャのタイミングで絶死の砲弾を巻き込んだ。
まさに空間に割り込みを掛けた『黒子の飛ばせる限界ギリギリの質量』が、
コーヒー缶を空間ごと上に打ち上げ、軌道を逸らす。
「……チッ」
一方通行の舌打ちは、この戦いで始めて彼の意図せぬ事態が起こった事を意味するのか。
だが、幸運はそこまでだった。
黒子は未だ空中にあり、目前の空中に転移させた商品棚を回避する術など無い。
「……づ……ぁ……!」
死は免れたものの、黒子は自分が転移させた商品棚の下敷きになってしまった。
鋭い痛みが走る。
が、死だけは乗り越えた。
(なん、とか……命はつなぎましたわね……)
そうして、気が付けば都合六十発もの砲撃をかわしていた時、
黒子は漸くその違和感に気が付いた。
(それにしても、やっぱり……妙……ですわね……)
どう考えても、これまでは手加減されていたとしか思えないのだ。
今のをかわせたのは完全に運だ。
最初からこの猛攻をやられていれば、黒子は瞬殺されていたはずである。
そも、あれが本当に学園都市最強の能力者だとしたら、ここまで粘る事が出来たことがもうおかしい。
確かに強い、圧倒的だがレベル5の第一位はこんなものではない筈だ。
まさか偽者、という事は無いだろう。
対峙した瞬間に感じたあの悪寒は本物だった。
ならば、何故、ここにいたるまで黒子を殺せていないのか。
(考えてみれば、妙な事だらけですわね。何故最初から本気を出さなかったのか?
何故、わたくしを無視して奥の二人を狙わないのか? そして何故、彼はあの場から一歩も動こうとしませんの?)
まるで、何かを待っているような。
何かを待つためにわざと黒子との戦いを長引かせていたような。
あるいは……。
(まるで、なるべく超能力を使わないようにしている……ような?)
極力、力を使わないようにして、戦っているような。
そこまで思考して、黒子の脳裏に電流が走った。
「まさか……制限……?」
考えてもみれば当然の事だ。
レベル4である自分にすら、能力への制限が掛けられていたのだ。
ならば、レベル5である一方通行が無制限で在るはずが無い。
なんらかの、かなりキツイ制限があってもおかしくはない。
先程からの不可解な挙動の要因がそこに在るとすれば。
(付け入る隙は……ありますわね……)
絶望的な状況の中、黒子は一筋の勝機を見た。
しかし――
「でも、やっぱり、ここまでのようですわ……」
「そォだな……まあ結構がんばったンじゃねェか?」
上を見上げっぱなしだった視界に、白髪の少年の顔が映り込んだ。
棚の下敷きにされた痛みによって、瞬間移動は使えない。
今度こそ、打つ手無し。
勝負ありだ。
後は死を待つのみとなる。
音の消えた薬局内。
一方通行の手が伸びる。
白井黒子の顔へと、ゆっくりと、破壊の手が伸びる。
そこに突然、銃声が轟いた。
「待てよ」
視界にあった一方通行の首が、向きを変える。
黒子もその視線を追った。
「……!? なっ……阿良々木さん!?」
薬局の入り口付近の壁際。
そこには阿良々木暦が、銃を天井にかざして立っていた。
「僕が、相手だ」
そう言って、少年は一方通行に、銃を向ける。
「まッ……それは駄目ですの阿良々木さん! 彼は――!」
制止の声は、遅すぎた。
やがて一発の銃声と共に、悲劇の序章が幕を上げる。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年08月26日 12:55