疾走する超能力者のパラベラムⅢ ◆hqt46RawAo
◆ 『襲撃者/突撃』 ◆
「がはッ……!」
何が起こったのか、何をされたのか分らなかった。
僕の腹に二つの風穴が開いている。
血が、こぼれる。
ドクドクと、流れ出す。
「うぐっ……」
僕は崩れ落ちる。
銃で、撃たれた? 撃ち返された?
どうなってるんだ?
撃ったのは僕だろ? 何故、僕が撃たれてる?
状況が、理解できない。
まさか跳ね返されたとでも言うのか?
顔を上げれば、あの少年の真っ赤な目が僕を見つめていた。
少年が、缶コーヒーを握る手を振り上げる。
不味い、マズイ、まずい、これじゃ本当に注意を引いただけだ。
殺される。
カッコつけた挙句に、かっこ悪く死ぬだけだ。
くそッ。
死にたくない。
死ぬわけにはいかない。
――なのに!
現実は無情に、少年は腕を振り下ろし――。
「なッ――」
きるまえに、右に、弾き飛ばされた。
「ンだとッ!?」
白井も呆気に取られている。
薬局の入り口の砕けたガラスドアが突然、ドロドロの金色の液体に代わったと思いきや。
そこから刃が飛び出してきた。
刃は少年の身体に直撃する直前に、壮絶な黄金光を放って薬局の外へと巻き戻る。
だが少年も同じように刃に押されるように、右に飛ばされて転がっていた。
その時、僕はまたしても大失態をやらかしていたんだろう。
あんな危険な少年から目を離して、薬局の外ばかり見ていた。
最高に命知らずなマネをしていた。
けれど、こればっかりは責められないだろう。
なぜなら、なぜならその時薬局の外に見えたのは。
こちからに向かって全力疾走していたのは、他でもない僕の恋人。
「――阿良々木君ッ!!」
「――戦場ヶ原ッ!!」
薬局内に飛び込んだ戦場ヶ原は、その手に持った鎖剣みたいなので白髪の少年を撃つ。
撃ちまくる。
炸裂する黄金光。
刃が戦場ヶ原の元に舞い戻る。
だが戦場ヶ原はその武器を自ら破棄した。
カラカラと音を立てて銃剣は薬局の床を転がっていき。
戦場ヶ原は無手で走り続けた。
彼女の挙動に前後して、白髪の少年が反撃の構えをみせる。
その時、僕の思考は漂白された。
敵の強大さとか、腹の激痛とか、全部どっかに飛んでいった。
思うことは――ただ。
彼女に会えて、嬉しい。
戦場ヶ原、こんな場合だけど。
僕はやっぱりコイツが本当に好きなんだと。
死ぬほど実感した。
ああ、愛しているとも。
だから絶対守る。
何があっても、絶対お前を守ってみせる。
人間強度とかもう知るか。
お前の為に、柄にも無い熱血なんか幾らでもやってやる。
絶対に、死なせて、たまるか!
そう意を決して、僕は手に握る拳銃で、白髪の少年を撃った。
咄嗟のことだったから、二つ持っていた拳銃のどちらを撃ったのか分らない。
ただ、飛び出したのは実弾ではなく、赤い燐光だった。
それは少年の手をかすって、少年は手を弾かれたように、動かした。
どうやら投げ損ねたらしいコーヒー缶は戦場ヶ原に命中せず、
走る戦場ヶ原の少し後方を通り過ぎていった。
そして、内心胸を撫で下ろした瞬間である。
「阿良々木君、伏せといてね」
「……は?」
戦場ヶ原は未だ走り続けながら、
自分のディパックからなにやらでっかい銃を取り出していた。
「これ、撃ったこと無いし。何が起こるか分らないから……」
馬鹿でかい、SFに出てきそうな蒼い銃。
アレだ、ロボットアニメのロボットが持ってそうな仰々しい銃。
それをそっくりそのまま小型化したような……。
って、おい待て戦場ヶ原、お前それを撃つつもりか? ここで!?
玩具ならいい。いや良くないけど。
でも、もしそこから僕の想像通りの『ぶっといビーム的なもの』が飛び出したりしたら……。
この薬局、マジで倒壊するかもしれないぞ。
「――ま、まてッ! 戦じょ……!」
「それじゃ、死ぬ気で生き残ってね、阿良々木君」
引き金が引かれる。
果たして、幸か不幸か予想は現実の物となった。
砲門から射出されたビームが、鮮やかな燐光を散らしながら襲撃者へと迫り行く。
だがそれでもマズイ。
もしあの少年がさきほど僕が撃った銃弾を跳ね返したのだとすれば、順当に言ってあのビームも跳ね返される。
戦場ヶ原が、危険だ。
「駄目だ! 戦場ヶ原!」
間に合わないと知りつつも僕は駆け出しかける。
だが、その結果は予想に反した。
「……!? チィィィィィィッ!!!!」
白髪の少年は燐光を跳ね返す事が出来なかった。
だが直撃する事も無く。
少年に触れた燐光は、角度を変えてあさっての方向に弾かれる。
不完全な、反射。
そのような表現が適切だろうか?
「って、うおわッ!」
弾かれた燐光は商品棚を幾つか貫通し、僕の目前を通り過ぎていく。
商品棚を破壊し、壁を貫き、薬局を内部から破壊する。
あぶねえっ。
「ちょ、ちょっとまて戦場ヶ原!」
まじでまずいぞ、それは……。
奥には治療中の枢木とユーフェミアもいるんだ。
ていうか薬局が崩れたら、僕達全員潰されてしまう。
けど僕の止める声も聞かずに、戦場ヶ原は店内を走りながら第二射を放つ。
またしても白髪の少年は完全に弾けない。
ビームに押し負けるように数歩分、よろめくように後退した。
弾かれたビームはやはりあさっての方向へ。
またしても商品棚を貫き、床に直撃。
床が土埃を上げて爆散する。
その凄まじさは白髪の少年が放つコーヒー缶以上の威力だ。
っていうか、滅茶苦茶だ。
周囲に与える被害が半端じゃない。
相変わらず、やると決めたら徹底的。
彼女には迷いが無いし、遠慮がない。
暴力に、ためらいが無い。
ていうか、アレって戦場ヶ原の支給品か?
どんだけチート武装、大当たりを引いてるんだ。
僕なんかギターにぬいぐるみにストラップだったんだぞ。
なんなんだこの差は!?
「ざけンなくそがァッ!」
よろめく少年が銀球を投げ放つ。
まずいっ。
戦場ヶ原の第三射よりも、僅かに速い。
「――――!!」
今度こそ、僕にはどうすることも出来なかった。
伏せる事しかできなかった。
走り続ける戦場ヶ原にかわす術などない。
彼女の顔が強張るのが見える。
だが救いの手は未だあった。
「白井!」
「任せてくださいましッ!」
いつの間にか下敷き状態から抜け出した白井が、戦場ヶ原の足首を掴んでいた。
シュン、という音と共に、二人の姿が掻き消える。
数秒の時も置かずに、二人は僕の目の前に現れた。
襲撃者へと、立ちはだかるように。
いやこの状況だけ見たら戦場ヶ原が襲撃者だけど。
「――消えなさい!」
そして放たれた第三射にて、遂に白髪の少年は弾ききれなかった。
燐光に押し負ける形で、薬局の奥にカッ飛んでいく。
それを追うように燐光も飛び、起爆。
瞬殺だった。
薬局奥の爆発を背に戦場ヶ原は、僕に振り返る。
その横顔は、なんだか壮絶にカッコよかった。
「ふぅ……死ぬかと、思ったわ。
私にこんな無茶をやらせるなんて、阿良々木君。あなた責任を取りなさい」
そして、彼女はもう限界と言うように、壁に背をつけた。
そのまま、ずるずると座り込む。
足元を見れば、膝が笑っていた。
「…………」
なんと言っていいかわからない。
彼氏である僕が彼女に命を救われて、なんだがとてもかっこ悪い気がしないでもないけど。
いろいろ状況についていけてないけど。
今はただ、戦場ヶ原に生きて会えて良かったと。
その思いで、僕は頭がいっぱいになっていた。
だからだろうか。
「ああ、お前の為なら、なんだってやってやるとも……」
そんな、後から考えたらこっぱずかしいにも程が在るセリフが、僕の口から飛び出していったのだ。
■
若干の感覚をあけて、
手負いの
C.C.は漸く戦場ヶ原ひたぎに追いついていた。
「やれやれ、また滅茶苦茶にやらかしたものだな……あの女は」
呆れつつも何故か小さく笑みを浮かべて、C.C.はボロボロの薬局内に足を踏み入れた。
ずん、という衝撃音は今はもう聞こえない。
ジャリジャリと砂とガラスを踏む音をたてながら、酷い有様になった店内を歩く。
その時、その足にコツンと何かが触れた。
「……こんな物を隠し持っていたのか」
それを拾い上げる。
瞬間錬成<リメン=マグナ>、鎖鏃武器。
攻撃した対象を瞬時に黄金化する魔術武装。
C.C.はその正体を知らぬまま手に持ち、更に薬局の奥に歩いた。
視界の環境は依然最悪だったが、左の壁際に三人分の人影が見える。
戦場ヶ原ひたぎと、見知らぬ少女と、見知らぬ少年。
順当に言って、あの少年こそが。
「なるほど、それが噂の彼氏というわけか」
「ええ、そうよ、紹介するわ。私の彼氏、阿良々木暦よ。
阿良々木君、この人はC.C.といって……」
戦場ヶ原ひたぎが振り返る。
そして誇らしそうに、胸を張って少年を示す。
一見して何のことは無い、ただの頼りない男に見えたが、きっとそれだけではないのだろう。
ひたぎと長く共にいたC.C.はなんとなく感じ取っていた。
「ふふっ……そうか、阿良々木暦、私はお前に言いたい事がたんまりとある」
笑顔で少年に語りかける。
「なんだか、嫌な予感がするな。戦場ヶ原、お前この人になんかやったのか?
すごい嗜虐的な笑顔なんだけど……」
忘れたわけが無い、この男に会った時には、
ひたぎからの毒舌について散々文句を言ってやろうと決めていた。
だがその前に。
「というかお前、そんなとんでもない物を持っているなら、なんでもっと早く言わないんだ?」
ひたぎが抱える巨大な銃を指差した。
『最強の矛』をコンセプトとしたMS。
ヴァイエイトのビームキャノンに他世界のアレンジを加えた武装。
『GNビームキャノン』と呼ぶべきか。
ツインバスターライフルよりも威力は落ちるものの、
ディパックに収納された大型ジェネレータからのエネルギー供給により、
高い威力と高い連射性を両立された反則的銃器。
ただし撃てる回数には限りがある。
そんな事をC.C.は知らない。
とはいえ、このゲームのパワーバランスをひっくり返し得る武器であることは容易に分る。
「切り札は最後までとっておくもの、そうでしょう?」
さらりと肩を竦めながら言ってのけるひたぎを見て。
「ははっ、そうだな。大した奴だよ……お前は」
思わず、そんな柄にも無いセリフが口から飛び出していた。
自分でも少し驚いて、C.C.は一つ咳払いをする。
「と、とにかくだ。危機はさったのだろう? だったら状況の説明を頼もうか」
そう言ってひたぎから視線を逸らし、阿良々木暦を見た。
「そうね。私も正直、状況がよく分っていないわ」
二人の女性の視線が阿良々木一人に集まる。
しかし、阿良々木が口を開く前に、三人目の少女が声を上げた。
「そんな余裕ありませんのっ」
白井黒子だけは、未だに緊張感の抜け切らない面持ちだった。
「まだ敵を倒した確証もありませんのに、よくもまあそんな暢気に……」
「暢気って……幾らなんでもあんな攻撃受けて生きてたら、そんなの無敵ってもんじゃ……」
「――無敵ですのよ」
阿良々木のセリフを遮って白井黒子は言う。
「阿良々木さんは、あの人物を知らないから……」
あれほどの決定的な一撃を受けて生きている。
普通なら冗談だろうと笑いとばせそうな事だが、白井黒子の目は本気だった。
「どうやら、敵は本当に反則級らしいな。
それじゃどう動くのが最適だ?」
それをいち早く感じ取ったC.C.は問う。
この場の指揮を任せるのは敵を知っている白井黒子が最適だと判断したのだ。
「とりあえず、敵の生死を確認するのはわたくしが一人でむかいます。
皆さんは兎に角、この場をはなれてくださいな」
「……ん。そうか、なら行くぞ」
C.C.の決断は早かった。
戦場ヶ原の手を取り、歩き始めようとした。
「いや、ちょっと待てよ、それじゃ白井は……」
だが阿良々木は迷いを持った。
「まだ治療は終わってませんの。だれかがここに残らなくては……」
果たしてそれが、そのごく僅かなやり取りが、間違いだったのか。
それとも免れない運命だったのか。
「…………く…………か…………!」
はたして、声は4人の下に届いた。
「……か……き……く…………けここかきくけこかきくけこきくかけくこ……!」
地獄の淵から聞こえてくるような、
殺意の集大成のようなおぞましい声。
薬局全体が、再び震撼する。
これまでの衝撃の比ではない。
薬局の入り口から進入してくる何かが、
とんでもない量の何かが、薬局の右奥部――先程
一方通行がぶっとんでいった辺りに収束している。
「ヒァハハハハハハハハ!! ひでェザマだなァおい! 一般人に殺されかけるたァよォ! ヒャハハッ!
けどまァ、結果オーライだ。 全部で六人か。 こンだけ集まりゃ十分だろ!」
膨大な風圧によって、舞っていた土埃が霧散する。
立ち上がった一方通行が収束させる、真空の刃によって。
「ようやく、本気でいけるってもンだ。さァ、凌げるもンなら凌いでみろ。
何人生き延びられるか、見ものだなァ!」
拡大する真空の刃。
膨張を続け、遂に臨界点を迎える。
そして、死の風が吹き荒れた。
◆ 『選択/退避』 ◆
向かい来る死。
その状況を切り抜けるための、救いの手は届かなかった。
白井黒子が伸ばした手は、誰にも届かぬまま。
死に追いつかれる。
今の彼女に出来た事は……。
「……そんなっ!」
自分一人、薬局の上空に逃れる事だけだった。
◆ 『選択/守護』 ◆
阿良々木は迷わなかった。
自分のするべき事は決めていた。
すぐ隣にいた戦場ヶ原を抱きしめる。
彼女だけは守る、と。
命を投げうって。
自分の背中に死が辿り着く瞬間を覚悟した。
◆ 『選択/疑問』 ◆
押し倒されていく戦場ヶ原はそれを見る。
自分を抱きしめる阿良々木の背後に確かに見た。
己と阿良々木の正面に立つ人影。
「……どうしてっ……!?」
両手を広げ、死の風の前に立ちはだかる、緑髪の女性の姿を――
◆ 『選択/死滅』 ◆
「どうして、か。 どうしてなんだろうな」
C.C.自身にもいまいち分らなかった。
なぜ己が迷い無くこんな選択をしたのか。
誰かの代わりの死を選んだのか。
「ま、契約したしな。お前の背中を守ってやる、と」
しかしそもそも、自分がそこまで義理堅かったのかとも思う。
別にもう、そこまで死にたいとも思っていない。
生きる理由なら今は在る。
自分に生きて欲しいと願ったという少年。
その真意が知りたかった。
けれど――。
「死なせたくないと、思ってしまったんだ……。
それに――ああそうか、そういう事か……」
待ち望んでいたはずの死に包まれる瞬間、C.C.はその答えを見る。
『――大丈夫、必ず助けるから』
その言葉を思い出す。
「私は、知りたかったのか」
あの鮮やかな、どこまでも鮮烈な電光を思い出す。
死に瀕し、か細い息で、だが迷わなかった少女。
なにをしてやった訳でもない、出会って間もない、忌み嫌われていた己を。
最後まで笑顔で、自分の命など省みずに、救おうとした。
救う事に全力を傾けて、そして散っていった一人の少女。
彼女の心を、思いを――C.C.はずっと知りたかった。
だから、どこか自分に似た一人の少女を救えば、その思いを知る事が出来ると思ったのか。
「ははっ……馬鹿だな……」
結局分らない。
あの行為になんの意味があったのか、なんの価値があったのか。
そして自嘲の笑みを浮かべながら。
振り返る。
戦場ヶ原ひたぎの顔を見る。
「けどまぁ、悪くない」
彼女のそんな驚いた顔を見られただけでも、
これまでの仕返しをしてやれたと言うものだ。
それに、こんなふうに命を捨てて、柄にもなく誰かを守ったりして。
何より柄にも無く、『まだ死にたくない』などと考えていたのに。
「これも、悪くない……な」
誰かを守って、そして命を散らせるのも、存外悪くない気分だ。
などと、不覚にも思ってしまったのだ。
【C.C.@コードギアス 反逆のルルーシュR2 死亡】
◆ 『明滅/悪鬼』 ◆
「くっ……そっ……」
土煙立ち上る薬局内。
己の状態など二の次として、
阿良々木は腕の中の恋人の無事を確認した。
「大丈夫か、戦場ヶ原……!」
戦場ヶ原の肩を掴み、頭のてっぺんから足まで見下ろす。
外傷は、無い。
「大丈夫よ……私は……」
だが彼女の瞳は激しく揺れていた。
明らかに動揺している。
戦場ヶ原の手は伸ばされていた。
阿良々木暦の背後に、先程まである人物が立っていた場所へと。
「まさか……」
伸ばされた手は、血に濡れていた。
べっとりと。
阿良々木の背中と同様に。
「……!」
焦りと共に背中を触ったものの、怪我らしきものはどこにもない。
つまりその血は阿良々木のものではない。
振り返れば、薬局の天井にも壁にも、血がべっとりと撒き散らされていた。
凄まじい量の血液が散っていた。
まるで人間が一人破裂したような。
いや、正に人一人分の血液量。
「うそ……だろ」
阿良々木にとって、それは先程まで隣にいた人間の死を示していた。
白井黒子か、C.C.のどちらか、あるいは両方か。
「おいおいおいおい。まさか一人しか殺れてねェってかァ?
テレポーターは無理としても、あとに三人はいけると思ったンだが……。
こりゃ本格的に無様だなァ……」
そして響く悪意の声。
二人の前方に、白髪の少年がべったりと返り血を浴びて立っていた。
■
実際、危なかった。
突然現れた女が使った、銃器による燐光。
それを一方通行は反射できなかった。
なぜならそれは彼にとって未知の物質。
有害と捕らえていない、解析した事のないものだからだ。
GN粒子。
もし一方通行がこの薬局に辿り着く前に、僅かでも触れていなければ、成す術も無く撃ち殺されていた事だろう。
GN首輪探知機。
それが発するGN粒子に触れ、完全な解析に至らなくとも、兎に角人体に到達しなように解析を続けていなければ今頃は……。
「危ねェ、危ねェ……」
一方通行とて、ツキに見放されてはいなかった。
「けどま、この結果はちィとばかし納得いかねェよなァ」
この場にいる全員の命を刈らんとして行使したベクトル変換。
入り口から吹き付けてくる風を使った攻撃。
ケチりにケチってきた能力行使を最大限発動した。
残り時間をごっそり半分もっていかれる程の全力。
使う力と殺す人数。リスクとリターンがかみ合った瞬間だった。
にも拘らずだ。
「おいおいおいおい。まさか一人しか殺れてねェってかァ?
テレポーターは無理としても、あとの三人はいけると思ったンだが……。
こりゃ本格的に無様だなァ……」
殺す事が出来たのはC.C.だけ。
白井黒子には逃げられ、阿良々木と戦場ヶ原はC.C.が庇っていた。
しかし、一人しか殺せなかった理由はなによりも、一方通行が能力行使を途中で止めたからに他ならない。
「風の操作は……ちと予想以上に残り時間を削りやがるな……」
本当は薬局そのものを吹き飛ばすつもりだった。
だがそこまでの力を使えば、残り時間が残らず失われる危険性があった。
故に一方通行は力の行使を中途半端な所で止めたのだ。
それによって、薬局は原型を留めるにいたり。
一瞬とは言え、能力行使を完全に止めた彼は、
跡形も無く粉砕したC.C.の返り血を真っ向から浴びる事になった。
「やれやれ、こっからはまた節約生活ですかァ……?」
不満げに呟きながら、一歩通行は二人の男女に狙いを定める。
死を待つだけの獲物へと向かい合う。
そして、手に持った銀球を薙ぎ払うように射出した。
これで、三殺となる。
その時だった。
見覚えの在る円盤の群れが、正面に飛来してきたのは。
「おいおいおいおい、てめぇまたかよッ!」
予想が違う事は無く。円盤が構成する電磁フィールド。
数時間前と同じように、一方通行の攻撃を完全に防ぐ。
遅れて、フィールドの内側に滑り込んできた人影は――。
「ええ、先程もお会いしましたね……」
紅槍を握る長髪の女性。
前回の戦場で対峙した人物――
ファサリナの姿だった。
■
入り口より飛来してきた十個の円盤。
それが僕と戦場ヶ原の前に展開されて、銀の閃光を阻む。
そのすぐ後に、薬局に飛び込んできた人物は――。
「ファサリナさん!」
ここに来るのが遅れていた。
先程、東側のエリアで出合った女性だった。
「あなたは……!?」
戦場ヶ原も彼女を知っていたのか、目を丸くしてその後姿を見ている。
「ここは私が!」
「わ……分った!」
僕は立ち上がり、戦場ヶ原の手を引いて走った。
彼女の足取りは重い。
きっとC.C.のことが心にあるのだろう。
けど今は走れ。
そうしなければ死ぬんだ。
だから走れ!
再び響いてくる壮絶な破壊音。
それに振り返る事無く、僕等は走った。
薬局内をひたすらに駆け抜ける。
だが――。
「逃がすかよッ!」
「伏せろッ!」
二つの声が重なって聞こえた。
一つは背後から。白髪の少年の声。
もう一つは、たしか……。
「って、うおわッ!」
それに思い至る前に地面に引き倒される。
直後、頭上を銀の閃光が通り過ぎていった。
「無事か? 阿良々木少年」
「グラハム……さん?」
ファサリナさんと同時期に薬局に入っていたのか、
橋の様子を見に行っていた筈のグラハムさんがそこにいた。
「とにかく伏せていろ。ここは奴の死角のはずだ。
ファサリナにも限界がある。下手に動けば刺されるぞ」
倒れた商品棚の影に伏せたまま、そうグラハムさんが言う。
確かに、今の一撃が飛んできたってことはファサリナさんは凌ぎきれていないということか。
このままじゃ、動けない。
「彼女も、長くはもちこたえられないだろう。早急に対策を立てる必要があるな」
僕も商品棚の影から、チラリとその戦況を見た。
ファサリナさんがあの妙な電気の盾と真っ赤な槍と、自身の凄まじい運動神経を活かして、白髪の少年と戦っている。
だが、どう見ても善戦してはいない。
先程までの白井と同様に、ひたすら戦いを長引かせようとしているだけで、自分から攻撃を仕掛ける事はない。
ただ時間を稼いでいるといった印象だ。
「対策って言っても、どうするんですか……?」
それが分れば苦労はしない。
グラハムさんにも具体的な案は無いのだろう。
ふむ、と考え込んでしまった。
大丈夫なのか……本当に。
「わたくしに、一つだけ考えがありますの……」
そんなとき、だ。
シュンという音の後に響く声があった。
「白井黒子、無事だったのか……」
グラハムさんが現れた白井の姿を見て言う。
「ええ、なんとか……」
現れた白井は、すでにボロボロの様相だった。
致命傷はないものの。
白髪の少年と戦い続けていた際に負ったのだろう、擦り傷や切り傷が身体のあちこちに見当たる。
白井が無事ってことは、さっき死んだのはやっぱり……。
いや、その感傷に浸るのは後でいい。
「お前、その状態でまたここに戻ってきたのか……」
「当然ですのよ。わたくしは、ジャッジメントなのですから……。その責務があります。それに……」
傷だらけの体で、彼女の目には未だ意志の光が宿っているように見えた。
『それに』の後は続けずに、白井はグラハムさんに視線を移す。
「わたくしは……あの敵を知っていますの」
そうして白井は語った。
白髪の少年の名前が一方通行<アクセラレータ>ということ。
その力の強大さ。
勝機が在るとすれば課せられているであろう制限と、もう一つ。
「その銃、ですの」
そう言って、白井は戦場ヶ原が抱えている銃を指差した。
確かに僕の銃撃はまるで通用しなかったのに、戦場ヶ原の銃は一方通行をふっとばした。
トドメには至らなかったけど。それでも通用するのだ。
何故この武器が一方通行に効くのかなんて分らないけが、それが跳ね返す事が困難ならば。
同じく弾く事が困難な武器で同時攻撃すれば、あるいはダメージが通るかもしれない。
と、白井は言う。
「賭けてみる価値はある、か。だがそうなると、その銃器と同質の武器が複数必要になるのではないか?」
「そうですわね。例えばコレ、とか」
そう言って、白井は鎖鏃武器を取り出した。
あれは確か戦場ヶ原が最初に使っていた武器だったか。
そういえばあれも一方通行に効いていたな。
「だとすれば、いま僕が持っている玩具みたいな拳銃もそれにあたるのか……」
「ええ、きっと通用するでしょう。問題はタイミングですの。
同時攻撃、更に言えば距離が近いほうが確実。となると……。一人は陽動に加わらなければ……」
誰が適任かは――当然、白井に決まっているか。
あの怪物を相手に出来るのは、今戦っているファサリナさんを除けばこの場で彼女くらいだ。
残る問題は自然、
「誰がどのようにして、これらの銃器を使って同時攻撃を加えるか……だな」
そう言いつつも、グラハムさんの目は半ば自分がやると宣言しているようなものだった。
「でもコレは当然、何の確証も無い。僅かな可能性に賭けた無謀な策。
奇跡的に全部上手く言ったいったしても、結局あの怪物を倒せないかもしれない。
それでも……」
「やるわ」
白井が言い切る前に、戦場ヶ原が呟いていた。
僕はそれに、恐怖すら感じる。彼女は本気だ。
それは僕だけじゃなく、グラハムさんも驚きを隠せていなかった。
きっと彼は、戦場ヶ原には一人で逃げろとでも言うつもりだったのだろう。
分る。僕もその思いは一緒だったからだ。
「お、おい戦場ヶ原。お前は……」
「いやよ。私は、このまま逃げるなんかまっぴらごめんだわ」
その目に、恐怖など欠片も無く、ただ怒りのみを映していた。
「駄目だ。君は一般人だ。私は軍人として、君を危険な戦場に送る事は出来ない
君は阿良々木少年と共に隙を見てここから逃げたまえ」
グラハムさんはそう言っていたが、僕にはもう無駄なのだと分っていた。
なぜなら、彼女はもう意志を決めてしまったのだろうから。
一度決めたことは曲げないし。
生半可な覚悟で選択などしない。
戦場ヶ原ひたぎとはそういう女性なのだ。僕は知っている。
「断ります。私はまだ何もやっていない。
自分に出来る事、しなきゃいけない事、それがまだ残っているのなら……」
そして彼女は口に出さなかったが……。
おそらくは、先程戦場ヶ原を庇って死んだ女性への重いが一番強いのだろう。
彼女の為に出来る事が残っているのなら、きっと戦場ヶ原はここから逃げる事は絶対にない。
そのくらい僕には分ってしまう。
だったら僕の答えも決まっている。
もとよりこの作戦は人数が多いほど成功率が上がる事も確かなのだ。
「もう無駄ですよグラハムさん。僕も、残って戦います。彼女は僕が守りますから……」
グラハムさんの目を見て告げる。
彼は暫し考え込んでいたけれど、かなりの間を置いて、小さく『分った』と呟いた。
「ただし、私が絶対に無理だと判断したら。すぐに逃げてもらう。いいな?」
僕と戦場ヶ原が頷く。
こうして、再び事態が動きだした。
暫しの間、あの怪物を打倒するための、作戦会議をして。
僕たちはもう一度、進む。
死が襲い来る、あの戦場へと――
■
「――――れで――――の治療――完了――ました」
話し声が、聞こえてくる。
一人は見知らぬ少女。
もう一人は、ずっと会いたかった少女。
捨て去ったはずの過去。
「腕の再生までは当サービスでは不可能です。別途のサービスにて対処ください。
暫くは動く事も出来ないでしょうが、もうじきに目を覚まします」
ここがどこかも分らない。
自分がどうなったのかも分らない。
何故、
「そう……ですか……」
何故、彼女の声が聞こえるのかも分らない。
体が、動かない。
目を開く事が出来ない。
今すぐにでも彼女の顔が見たいのに……。
許されないと分っていても、やっぱり願ってしまう。
僕は、もう一度、君に会いたい。
君の姿を見たいんだ。
――ユフィ……。
ずん、と。
衝撃が伝わってくる。
いったい何が起こっているのだろう。
ここは、戦場なのか。地盤が振動しているように感じる。
「……スザク」
頬に何かが触れる。
これは、君の手、か。
きっとここは危険なのだろう、ああ今すぐ立ち上がって君を守らないといけないのに……。
なのに身体が動かない。
「貴方に、騎士としての最後の命令を、与えます……」
頬を撫でる手は、酷く優しい。
けれど彼女の声は震えていた。
何か、大きな決意を持ったときの声。
彼女は僕の主として、もう一度告げる。
「……生きて、ね……。生きて、貴方が成し遂げるべき事を、必ずやり遂げて……」
そして、頬の熱が消えた。
隣に座っていた彼女が、ゆっくりと立ち上がる気配がする。
待って、くれ。
待ってくれ。ユフィ。
僕は君に伝えたい事があるんだ。
君に返さなければならない言葉があるんだ。
だから、待ってくれ……。
行かないでくれ。
今、君が行ってしまったら、僕はもう二度と君に会えない気がするんだ。
また君を失ってしまう、そんな予感がするんだ。
「まって……」
搾り出した声に、立ち止まる彼女の気配。
そして彼女は何かを振り切るように。
「生きてね……約束、だから……」
告げる言葉だけを残して――。
そして、扉の閉まる音がした。
◆ 『作戦/結託』 ◆
煌く白銀の閃光。
幾重にも張り巡らされた散弾の波が薬局を内側から蹂躙する。
暴風の如く暴れまわる一方通行による弾幕の嵐。
今度こそ手加減は無い。
至極、全力で。
離脱のための力は残すよう調節しつつも、今の一方通行は本気で敵を殺しにかかっていた。
「ちィ……!」
連射力も威力も申し分ない筈だ。
が、瞬殺、とはいかない。
本日何発目とも定かではない銀球が白井黒子へと放たれる。
瞬間移動での逃げ場を削り削った上での完璧な一撃。
避ける術はない、にも拘らず。
「よろしくお願いしますの!」
「――了解です!」
入れ替わるように前に出たファサリナによって阻まれる。
展開されるプラネイトディフェンサー。
その援軍は鬱陶しいことこの上ないものだった。
「そりゃもうとっくに、見飽きてンだよッ!」
攻略法は先程の戦闘で既に把握している。
電磁の盾は直接触れて突破すれば良い。
だがしかし……。
「頼みます!」
「ええ、跳びますのッ!」
盾を突き破り、ファサリナへと触れる前に、目標が掻き消える。
白井黒子のテレポートだ。
「相変わらずうぜェな、くそがッ!」
絶対の防御兵装、プラネイトディフェンサーとテレポーターの組み合わせは、
持久戦において壮絶な相乗作用を見せた。
かわせない攻撃を電磁フィールドが防ぎ、防御できない攻撃はテレポートで逃れる。
片方を無視して片方を刺そうとしても、もう片方がそれを阻むのだ。
「それにテメエら、闘る気あンのか? ああァ!?」
白井黒子もファサリナも、まるで攻撃を仕掛ける素振りも見せない。
どう見ても時間稼ぎ。
何かを待っている様子、先程までの一方通行と同じだ。
不気味極まりない。
「はッ、だったらいいぜ。そっちがその気ならこうしてやらァ……!」
ちょうど投げる銀球が尽きたところであった。
一方通行は薬局内の商品棚に両手で触れる。
その瞬間、並べられていた薬ビンが一斉に爆ぜた。
宙に舞う無数のガラス。
それらは一方通行の身体に触れた瞬間に、更に細かく鋭くなりて乱れ飛ぶ。
「「――!?」」
ファサリナと黒子は同時に対応する。
様々な軌道を描いて迫ってくるガラス片に対して、防ぐ、避けるを交互に請け負って凌ぎ続ける。
「甘ェなァ」
それを凌ぐだけでもはや彼女達は限界であったのか。
一方通行に次なる攻撃に対応する事は出来なかった。
振り上げ、下ろされる一方通行の足。
それが地盤を踏みつけた瞬間に、衝撃が床を伝い。
黒子の足元が突如炸裂した。
「なっ……!」
その隙を見逃さず、一方通行は大きく迂回し、コーヒー缶を投擲する。
「そこだァッ!」
すぐにファサリナがプラネイトディフェンサーを再展開するも、間に合わない。
「ぎッ……がッぐっ……」
形容しがたい悲鳴が黒子の口から漏れ出した。
壮絶な勢いで後方に飛ばされる。
視界には自らの血しぶきと、肩を貫いたコーヒー缶の軌跡。
数瞬の間を置いて、黒子は壁にたたきつけられた。
遅れて凄まじい激痛が、左肩から湧き上がってくる。
これでは痛みによって上手く計算する事など出来ない。
テレポートは、使えない。
それは戦闘続行が不可能になった事を意味していた。
だがしかし、時間はもう十分に稼いだはずだ。
全員が、前もって示し合わせた通りの位置に付けたはずだ。
「後のことは……頼みますの……」
朦朧とする意識の中、黒子は後の全てを仲間に託した。
「これで終いかァ……?」
その一方通行の問いを、ファサリナは肯定した。
「ええ、もう十分でしょう……」
そうして、作戦の開幕を宣言する。
「それでは皆さん。よろしく、お願いいたします」
「了解だ!」
奥の商品棚に潜んでいたグラハムは商品棚を飛び越えて、両手に握った銃と鎖鏃を連射する。
一方通行に触れた瞬間に炸裂する黄金光。
「……ッ」
咄嗟に一方通行が投げた薬ビンが鎖鏃を粉砕する。
だが、左手のGN拳銃はいまだ健在。
「今だ! 阿良々木少年!」
後方に向かって叫びながら、グラハムはGN拳銃を連射する。
「くそったれ! はははッ! なンなンだよその銃は!」
その燐光を、一方通行はやはり完全に反射する事が出来ない。
なんとか弾くたびに、後方によろめいてしまう。
だがその窮地に、何故か彼は笑顔を浮かべてしまっていた。
「ざけンなよッ! そンなもン反則じゃねェか! はははははッ!」
殺されるというのか、止められるのか、ここで。
そんな思考が彼の脳裏にあった。
何故だろうか、それが最高に笑えたのだ。
「はははッ……あ?」
そして視界の隅に見る。
こちらに向って駆けて来る、二人の人影。
戦場ヶ原ひたぎと、阿良々木暦が、先程自分に脅威を感じさせた巨大な銃器を持って駆けて来る。
「――――!」
このとき、一方通行は敵の意図を悟った。
グラハム・エーカーの銃撃を凌ぐだけで精一杯のこの状況。
目の前の男は弾切れの瞬間に殺してやれるが、その前に新たな銃撃が来る。
あの巨大な銃による。
解析しきれていない攻撃手段が、今度は近距離から打ち込まれる。
確かにそれなら、いかに一方通行といえど凌ぎきれるかわからない。
グラハム・エーカーの銃撃か、GNビームキャノンの銃撃か、
そのどちらかがこの身に届く事も大いにありえるだろう。
「はッ」
今度こそ本当に窮地だと実感して、それでも一方通行は小さな笑みを漏らしていた。
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最終更新:2010年08月26日 21:47