桃色教師のあいしかた ◆4etfPW5xU6



「う……っく、絶対に……絶対に止めなくちゃいけないのです……っ」

 真っ暗な空間を照らす月明かりを背に受けながら、1人の少女が体を震わせながら絞り出したような声を漏らす。
 彼女の名前は月詠小萌。12、3歳程度にしか見えない135センチと言う小柄な体躯に、黄色い安全帽と真っ赤なランドセルが似合うであろう愛くるしい容姿。
 その身に纏う緑色のウサミミフード付きぶかぶかのパジャマとそこから覗くふわふわな桃色の髪の毛。単体でも絶大な威力を誇るそれらは絶妙に組み合わせられることにより、少女の持つ無垢な愛らしさを極限まで引き出していた。
 その筋の人が見れば確実に狂喜乱舞するであろう、神に愛された体を持つ少女。しかし、彼女にはいくつか問題があった。それは些細な、しかし重大な問題。

 1つ目。彼女の年齢が、12歳を軽く上回ってしまっていると言うこと。2つ目。彼女の職業が、小学生どころか高校生を教える教師であると言うこと。
 初対面の人に話しても全く信じてもらえなさそうな問題を抱える少女の部屋には、缶ビールや吸殻で山盛りになった灰皿が常備されているらしい。
 そんな彼女の顔からは今、笑顔が消えてしまっていた。あどけなさの残る表情は硬く強張り、目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。震える体を押さえつけるように、ぶかぶかのパジャマの裾を押さえる指先もまた、どうしようもなく震えてしまっていた。
 耐え切れないかのようにぎゅっと目を閉じると、先ほどの光景が鮮明に浮かんできてしまう。

 帝愛グループ。バトルロワイアル。殺し合いのゲーム。ぺリカ。
 漫画やゲームの中でしか聞いたことの無いような単語。理不尽に突きつけられたそれらに取り乱すことも頭ごなしに否定することもなかったのは自らが身を置いている環境もまた、外の世界からすれば御伽噺のような世界だからだろうか。
 230万もの超能力者たちが暮らす街、その名も学園都市。その学園都市の教師としての経験をもってしてもこの状況は信じがたいものがあった。
 ……そう、信じがたいものはあった。が、彼女にとってそんな事は取るに足らない些事に過ぎなかった。
 問題は、彼女が守るべき子供の命が簡単に奪われてしまっていると言うこと。

 脳裏をよぎるのは、勇敢にも沿道と名乗る男に立ち向かった少女。怖かっただろう、泣きたかっただろう、それでも家族を守ろうと立ち上がった少女。
 その未来ある命を、なんの躊躇いもなく奪い取ってしまった遠藤。

 許せなかった。
 小さな体を震わせているのは、目尻に浮かんだ涙は、恐怖なんかでは決して、ない。
 少女の未来を、希望を救えなかったことによる後悔の涙だった。

 そしてもう一つ。
 遠藤と共に、淡々とこのバトルロワイアルの説明をしていた銀髪のシスター。
 彼女の姿には見覚えがあった。と言うより、小萌からすれば彼女は手のかかる教え子のようなものだった。
 彼女名前はインデックス。食欲旺盛で天真爛漫な彼女の事を、勿論可愛く思っていて何度か世話をしてあげたこともある。
 だが……あの場に映っていた少女の様子はそんな普段の様子とはまるっきり真逆。
 名前を出さなければ……あるいは出されても別人かと思うような豹変っぷりに違和感を感じるが、ふと思い返して見れば小萌には彼女のその姿を一度だけ見たことがあった。

 それは、7月19日の事。
 いつものように自室で煙草を片手に缶ビールを楽しんでいたところに、ツンツン頭の手のかかる教え子が飛び込んできた。

 切羽詰った様子に加えてその背には酷い怪我をしたシスター――インデックスが抱えられていたのだが……先ほどのモニターで見た様子と全く同じ感じだったのである。
 今でこそ食いしん坊なシスターと言う印象を持っているが、初めて会ったときのインデックスは先ほどのように淡々と自分の命すら計りにかけるように喋っていた。
 そうだ、あの時も彼女は――そう、魔術と言う言葉を使っていた。

 ――なにせ我々は……《金》で《魔法》を買ったんだからなッ!!

 遠藤と言う男も、ニュアンスは違えど《魔法》と言う単語を発していた。

 大抵の事を科学で証明できる街に住んでいるが故か、小萌は魔法と言う概念を信じることが出来なかった。
 しかし、今回も……そして7月19日のあの夜も、科学だけでは証明できない現象が起こっている。

(かと言って、魔法でぱぱーっと蘇生できるんなら誰も苦労はしないのですよ。……きっと、何か理由がある筈なんですっ!
 シスターちゃんがあんな風になっちゃたのにもきっと、何か理由が……)

 考えたくもなかった。あの純粋な少女が自らの意思でこんな事を起こしているだなんて。
 小萌には、どうしてもそんなことを考えたくなかった。

 ふと思いついたのは、学園都市の中にもいる洗脳系の超能力者の存在。超能力者がいるのならば、魔法使いの中にもそれに類する能力を持っている人物がいてもおかしくはない。
 もしかしたら、少女も洗脳されているだけなのかもしれない。本当は泣き叫んで助けを呼んでいるのかもしれない。
 証拠は、ない。親しい存在を悪と断ずることが出来ない弱い心が産み出した都合のいい妄想なのかもしれない。
 でも、だけど、だからこそ――

「きっと、救い出してみせるのですよ。どれだけみっともなく足掻こうとも、先生はシスターちゃんを救い出してみせるのです」

 助ける。助けてみせる。
 科学も魔法も、理論も理屈も、大人も子供もない。
 子供が救いの手を求めているかもしれない。月詠小萌と言う存在の行動理由は、つまるところそんなちっぽけなものだった。

◆ 

 震えていた体にはもう、力が漲っている。
 自分の行動をウジウジと悔いている暇はない。ともすれば後悔の淵に沈んでしまいそうな心に言い聞かせながら、デイバッグの中を漁り始める。

 地図、名簿、食料、水、メモ帳、筆記用具、ルールブック、デバイス、腕時計、懐中電灯、 応急処置セット。
 それらのものを一つ一つ確認しながらぐるりと辺りを見回してみる。
 後悔しきりで気付いてなかったのだが、冷静になって暗がりに目を凝らしてみれば見覚えのある景色が広がっていた。
 彼女のホームグラウンドとでも言うべきそこは――教室だった。
 綺麗に並べられた机に堂々と姿を晒す黒板、そこかしこに張られたプリントや習字、デンと鎮座する教卓。
 流石に細部は違うものの、そこは慣れ親しんだ教室の中だった。

 単純だがそんな事実に気をよくしていたのだが、名簿を確認した途端彼女の表情が一瞬で青冷めてしまう。


 どれもこれも、彼女の良く知る名前だった。
 4人のうち3人は直接関わったことない生徒。そして、上条当麻はともかく残る3人は心配するのが失礼なくらいの能力者。
 だが、守るべき生徒であるということに変わりはない。なまじ力が強いからこそ、こんな殺し合いに参加させたくはなかった。
 自分の名前が載っていないことも気になるが、最初に説明していた名簿から引かれていると言うメンバーに含まれているんだろう。
 それよりも、気になることがあった。

(うぅ、上条ちゃんがそこはかとなく不安すぎるのですよー)

 上条当麻。
 彼女の教え子なのだが、この中では一番の頭痛の種だった。
 不幸不幸と言いながら自ら率先して危険な場所に突っ込んでいく、片っ端から女の子とフラグを立てては少女の幻想をぶち壊す。
 いつか殺されちゃうじゃないんでしょうかー? と思わなくもないそのフラグブレイカーっぷりは、きっとこの舞台でも遺憾なく発揮されているのだろうと思う。
 無能力者でありながらさながら爆心地に飛び込んでいくさまは、勇敢よりも無謀に見える。こんな舞台じゃ特に。

 爆破に巻き込まれたり誰かを守ろうとして崩れ落ちる上条を想像してしまいあわあわと慌てながら、とりあえず彼らを見付け出す事を第1目標に考えると今度は支給品の確認を始める。
 魔法や魔術と言った不確定で情報のない力が蔓延る舞台を丸腰で歩くのは、流石に危険だろう。

 がさごそと中を漁っていると、何やらチューブのような物に指先が触れる。
 一体何なのだろうと思いながら取り出したチューブには――

「こんでんすみるく?」

 可愛らしい牛さんの絵と共にそんな言葉が書いてあった。

 眩暈がした。

 よりにもよって、コンデンスミルク。
 こんな物がこの状況でなんの役に立つのだろうか? あまりの貧乏籤を引いてしまったショックでとある人物の台詞を真似てしまいそうになる。

 萎えかけそうになる心を奮い立たせながらも、落胆の色を隠せないままにうなだれると力が抜けた指先からチューブが零れ落ちる。
 それは、殆ど反射的な行動だった。
 落ちたチューブを拾おうと手を伸ばす。同時に一歩足を踏み出す――が、コロコロと転がったチューブはまるで意思を持ったかのように踏み出した足の裏へ滑り込む。

 ぎゅむ

 と、全体重を乗せられたチューブが苦しそうに体を逸らす。
 必然的に、チューブの口は小萌の靴の側面から顔を出し、中身を吐き出そうと苦しそうにぷるぷると震えている。
 が、キャップを押しのけるほどの力はないのかその状態のまま事態は硬直。

 安心したのか足を上げようとした瞬間、床に落ちた衝撃で緩んだキャップがついに限界を迎える。

 びゅるるるるるっ

 聞くに堪えない擬音を発しながら、苦しみから解放されたチューブから大量のミルクが放たれる。
 限界まで押さえつけられていた彼らの勢いはすさまじかった。

 ぴょこんと揺れるフードの奥からチラリと覗くふわふわとした桃色の髪を白くべったりと彩り、驚愕に見開かれた目元から可愛らしい真っ赤な口元まで満遍なく白い液体がかかっている。
 呆然としながらパクパクと口を開け閉めしているせいか、口端からツ……と一筋白い液体が零れ落ちパジャマに染みを作っていた。
 ドロリとした白い液体を全身に浴びた衝撃のせいか頬は薄く染まり、無意識にチロリと真っ赤な舌で唇を舐める。

 冷静になろうと、大きく深呼吸。

 そうしてやっと落ち着いたのか、口を開き今度こそ台詞を拝借した。

「不幸なんです――――っ!!?」




【E-2/学校・3-A/一日目/深夜】
【月詠小萌@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康、ミルクまみれでベタベタ
[服装]:パジャマ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
1:不幸なんです――――っ!!?
2:上条ちゃん及び他の学園都市の生徒を探し出して保護。
3:困っている人がいたら保護
4:シスターちゃんを絶対に助ける
[備考]
※本編6話以降からのからの参戦。
※コンデンスミルクが飛び散っています。


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月詠小萌 059:凶壊ロゴス(1)



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最終更新:2009年11月08日 16:51