crosswise -white side- / ACT1:『PSI-missing』(1) ◆ANI3oprwOY
スクランブル交差点の中心部、こつりと叩かれた路面が爆散した。
くすんだアスファルトの大地が抉られ、砕かれ、粉末と化し、竜巻の如くに巻き上げられて四方八方に散らされる。
同時に発生した衝撃波が路面を伝い、周囲の建造物の内装を歪ませ、ガラス窓を内側から割り砕き、路上に光の雨を拡散させた。
加えて生じる膨大な風圧。
道路に放置されていた古看板、乗り捨てられていたような車、電柱、その他雑多な物々が押し流され、へし折られ、吹き飛ばされていく。
この光景を直に見た者であっても、到底信じられまい。
巻き起こされた破壊事象全ての要因とは、一人の人間が地を蹴ったという、ただそれだけのことなのだ。
白き殺意は余波を瞬時に置き去って飛翔する。
殺意、
一方通行にとっての本命とは、瞳に映す前方の対敵に以外に何もない。
高層ビルに囲まれた広大な道路上、中空を滑走する彼は今、一発の弾丸である。
飛び立ったが最後、如何なる対象をも突き破り、殺害せしめて撃ち捨てる。
正義を貫いた悪は止まらないが故に、完結した正義は止められないが故に無敵である。
この身が如何なる壁に阻まれようとも必ず突破し、己が目指した場所へと辿り着く。
一方通行はそれを疑うことはなく、省みることすら最早無い。
弾丸は高速で空を行き、数秒と掛からずに到達する。
現状の対敵たる、赤き巨人へと喰らいつくだろう。
だがその前に、殺意にさらされた者達の抵抗が開始された。
立ち並ぶビルの壁に囲まれたコース。
そのむこうで、向かい合う対敵が動きを見せる。
聳え立つビル郡と同程度の巨体。仁王立ちする赤き巨人――ガンダムエピオンと呼ばれる機動兵器がその豪腕を振るう。
薙ぎ払われる黒き一閃。エピオンが持つ武装の一つ、ヒートロッド。
湾曲する鞭の如き大質量の金属線。黒き、まるで悪魔の尾のようなそれが、しなりながら空間を引き裂いていく。
僅か数秒の間隙もなく、エピオンの前方右側のビル郡が単純な破壊力によって根こそぎ倒壊させられた。
しかし、その軌跡が左側まで及ぶことはない。
何故なら攻撃の方向性は中間地点たる道路の中心にて、逆方向へと弾き返されていたからである。
それは全くの予定調和、分りきっていた結果だった。
人間規模をはるかに上回る大質量攻撃であろうと、それだけで一方通行を打ち破ることは不可能。
条理のとおり、あるいは不条理のとおりに反射される。
それはパイロットも承知の上だったのだろう。
流れるような動作で、エピオンは次の動作に移っていた。
右腕は既に、機体の腰部にマウントされた柄を握り、来たる敵を待ち構えている。
故に一方通行の到達に先んじて、二撃目を放つことが可能となった。
対敵が間合いに進入した瞬間、それは放たれる。
機械仕掛けの右腕部が、握った柄を引き抜く。
解放されし金緑色のエネルギー体の刀身、それは超大なる力の奔流であった。
空間を塗りつぶし焼き尽くせよと迸る荷電粒子ブレードの炸裂は、誕生と同時に死を繰り返す破壊力の結晶。
ガンダムエピオンの持つ、最大の武装の一つたる――ビームソード。
それが、たった一人の人間を滅するためだけに振るわれる。
エピオンの右腰元から、上方へ逆袈裟の一閃を抜き放つ。
路面を高熱で焼き裂きながら、閃光の斬り上げが対敵へと到達する。
今度は方向性が逆転することはなく、瞬時に伸び上がるエネルギーの怒涛が一方通行を飲み込んだ。
ビームの刀身の周囲ですら、超々高熱を発している。触れるまでも無く、焼き尽くすほどの威力をもっている。
刀身の中心部をぶつけられれば、人体など刹那の猶予すら与えられずに消滅するだろう。
とは言えそのような常識、やはり一方通行に適応されることなどありえない。
切先に至るほどに肥大化する刀身が一方通行を覆った瞬間、それは巻き起こった。
拡散する閃光、別たれ飛び散る幾つもの光の束。
さながら、巨大なホースから迸る水しぶきを拳一つで弾き飛ばすように。
ビル街の中空にて、金緑色の蘭華が咲いた。
ビームソードが齎すエネルギーの奔流は、一方通行の肉体に触れた瞬間に力のベクトルを崩される。
光の刀身がその方向性を乱し、幾つもの花弁となって解けていく。
散り散りになった感電粒子の帯は四方八方に湾曲しながら地面やビルの壁を貫いては逸れ。
その中央、ビームを殴り飛ばす一方通行は、なんら勢いを減衰させていない。
対MSを想定した一撃を浴びせられて、当然のように傷一つありはしない。
エピオンは更なるエネルギー供給をビームソードへ送り込み、光の斬撃がもう一段階肥大化しものの。
尚も止まらない一方通行の全身が空中にて半回転。
今度は拳ではなく足によって、文字通り蹴散らしていく。
突破する斬撃。
遂にガンダムエピオンが放つ渾身の二撃をノーダメージで切り抜け、一方通行は敵の姿を己が射程圏内に収めた。
巨体の中心部、コックピットの真上たるその部分に、一方通行の足刀が及ぶ。
ソニックブーム。壮絶な風切り音を引き連れて、けたたましい激突音を鳴り響かせて、飛来する蹴撃。
瞬間、生み出された壊滅的なインパクトが、エピオンの巨体を凄絶に揺さぶった。
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crosswise -white side- / ACT1:『PSI-missing』
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/PSI-missing(1)
対一方通行を想定する戦闘において、必要なものは二つ。
最強の超能力者を打倒するために、
グラハム・エーカーは予め様々なパターンを想定していた。
これまで一方通行自身が語ったことや、彼と戦って得た情報を統合して考察していた。
その想定の内一つに、現在の状況は見事に合致している。
故に計画通りと言えた、あくまで現状は。
一方通行を最強たらしめている要因とは何か。言うまでも無く、その強力過ぎる能力であろう。
ベクトル操作、と本人は語っていた。
名称のみで力の本質など図る術は無かったが、これまでの事から強力さと凶悪性は十二分に知りえていた。
特筆するべき特徴は、大別して二つある。
まず一つ、それは鎧。
如何なる攻撃も通さない、無敵の防御が一方通行の身体には備わっている。
『反射』、とスザクは表現した。攻撃をオートリフレクトする不可視の鎧だ。
銃弾も、剣戟も、肉弾戦も、一切が通用せずに弾き返される。
これを破らない限り、勝利は訪れない。
そしてもう一つ、それは魔手。
正確には手に限定せず、一方通行が触れたものは何であろうと凶器と化す。
缶コーヒー、ガラス片、パチンコ玉、得物選ばず投げれば銃弾を超える威力になり、触れらればそれだけで砕け散る。
彼がもたらす『力の伝わり』は常識を超えていた。風すらも操り凶器に変えられる。
如何なる常識もそこには適応されない。攻撃方法も、攻撃原理も、何が起こってもおかしくない。
力の『強弱』とは別次元のなにかが作用している。
兎にも角にも、振るう投擲攻撃の直撃はもちろん、触れられるだけでも即死。
絶対的に剣呑な五体を備えていた。
この二つを有する一方通行は無敵である。
故に、必要なものは二つ有ると、グラハムは考えていた。
即ち矛と盾である。
無敵たる鎧を突き崩す矛。
無敵たる魔手から身を守る盾。
この二つが揃えば、無敵たる一方通行を撃破することも不可能ではない。
そしてここには、その二つが存在した。
「――――チッ」
一方通行は小さく舌打ちをした。
ベクトル操作にて威力を爆発的に増幅させた超高速度のドロップキック。
技の形式が『蹴り』でありながらも、それは如何なる銃弾にも勝る徹甲弾だ。
鉄板など何百枚重ねようが蹴り貫いてぶち壊す程の威力を持っている。
現にこの瞬間も、人の身でガンダムエピオンの装甲を大きく窪ませていた。
「威力不足か」
しかし、それだけである。一方通行の一撃を持ってしても、貫くには至らない。
ガンダニュウム合金装甲。
ヒイロ・ユイや
ゼクス・マーキスが生きてきた世界の中で、ガンダムという存在が特別なものであった大きな要因の一つである。
特殊金属の特性が構成する、従来のMSとは比較にならぬほどの装甲強度。
それがいま、通常のMSならば容易く陥落するほどの攻撃を最小限のダメージで抑えきったのだ。
「コイツを破るほどの攻撃となりゃァ、ちィと時間を喰い過ぎる……けどよォ……」
装甲の厚さからして、ベクトル操作による内部破壊はこの場からでは不可能。
しかし回路に干渉できれば撃破は容易。
迅速に判断した一方通行は装甲をもう一撃蹴り飛ばし、自ら下方に落下する。
そうして空中を落ちながら、機体の全景を近距離から眺め回した。
「どこぞの隙間にでも、軽く手ェつっこンで……とォ?」
即ち、それは『盾』が正しく機能したことを示していた。
この戦場におけるガンダムエピオンの意義とは、
絶殺の一撃を凌ぐガンダニュウム合金の巨大な盾に他ならない。
コックピットの内部にて、パイロット――グラハム・エーカーは薄く笑い、言った。
「かかったな化け物。次はこちらの攻め時だ!」
その声が聞こえなくとも、『矛』は理解していた。
今こそ出番である。
構えられた盾が敵手の一撃を防ぎきった時、内側より現れるものとは、隙をさらした敵を貫く矛だ。
それがいま、
「あァ?」
両儀式という形をして、エピオンの足元へと走りこむ。
落下する一方通行が、ピクリと眉を寄せた。
身にまとった着物を風に揺らしながら一直線に駆けてくる少女を、彼は知っている。
狂気に浸した思考であろうと、その記憶を捨てたわけではない。
「オマエ、」
一方通行の暴虐的な跳躍とは対照的に、その踏み込みは優雅の一言に尽きた。
直立の姿勢で、柔らかな回転運動と共に少女、両儀式は跳ぶ。
対峙は二度目。彼女にとっても此度の遭遇は前回とは意味が異なる。
前回は肩と肩がぶつかった程度のこと。しかし今回は、明確な殺り合い。
中空にて、少女がその手に掴んでいるものは一振りの刀である。
しゃらん、と。流れるような音と共に、白銀の刀身が早朝の外気へ解き放たれる。
鞘のみがカランと、立つ鳥の後に残された。
落ちる一方通行、飛ぶ両儀式。両者が接近する。
式はその眼を凝らして、一方通行の死を仰ぎ見た。
即ちそれは盾に続き、矛もまた正しく機能することを意味していた。
一方通行は中空にて身動きが取れない。両儀式の一撃をかわすことは不可能であろう。
「「――――!!」」
式が刀を握る手首を返した瞬間、一方通行も同時に動いていた。
ポケットの内部より取り出した小ビンを下方より迫り来る式へと射出。
回避動作が不可能となっているのは式とて同じである。
小瓶は即席の迎撃手段としても、人体には十二分に脅威となる威力を秘めている。
チャキ、と音を鳴らした刀が、その瞬間に消えた。
否、消えたと錯覚させるほどの速度で跳ね上がったのだ。
両の手で振るわれたであろう一振りは、次の瞬間には逆側へと流れており、
斬撃の動作は本人以外、誰にも視認できぬままに終わっていた。
発生する事象はさらに後からついてくる。
発射された小瓶の弾丸は、一方通行の手元から離れた瞬間に砕けていた。
ガラス片と、内包していた液体が空に四散する。
再度、返される式の手首。
在り得ない速度で、返す刀、刀身がもう一度上昇する。
宙に舞ったガラスの欠片と液体もろとも、断割せん、と。
「――?」
しかし、浅い。
刀身は肉を裂くでもなく、骨を絶つでもなく、薄皮に亀裂を入れることすら叶わず。
銀の切っ先が中空の液体とガラスを払ったのみに留まり、一方通行の身体には届かない。
式にとって、想定外の顛末だったことだろう。
確実に刃が届く間合いだったはず。だというのに何故、避けられたのか。
答えは、数瞬の後に示される。
更に解せない事象の発現によって。
――両儀式の体が、落下を開始していた。
自然、人は空を飛べぬ。式とて一度跳躍すれば落ちることは自明。
しかし元々落下していた一方通行とそれを目掛けて跳んだ式、両者は空中で交錯する未来であった。
にも拘らず、式が先に落ちている。
つまり的が回避したのではなく、両儀式の方が場所を動かされた、押し流されていたということ。
要因は一つ、交錯の一瞬前に両者の中間に出現した空気の層、即ち風圧である。
「あぶねェなァ……」
嘲笑う声が上方から聞こえたとき、既に式は路面に着地していた。
間隔を挟まずに、一方通行の落下地点を見据えたものの。
「は、遅せェンだよォ!」
既に一方通行は遥か前方にて、超速のバックステップを開始していた。
ベクトル操作で発生させた風圧で式を落下させると同時、自らの身体も後方へと押し流す手際。
構わず駆け出そうとする式であったが、それを阻んだのはグラハムエーカーが操るエピオンの手だった。
「…………」
意味は、これ以上前に出るな、ということ。
エピオンの盾の向こう側に出てはならない、それが戦闘開始前の取り決めだった。
直後、一方通行が地を蹴った事による暴圧衝撃が、大量の瓦礫と砂利を伴って式へと殺到する。
それら全てはエピオンの手が防ぎきったものの、結果的に一方通行の退避を許すことになった。
距離を離した一方通行。
勝負は初期の位置関係に撒き戻った。
式は道路の先を見つめながら、刀の鞘を拾い上げる。
「やれやれ、まずいだろ。これは」
他人事のように呟いて、式はその実かなり深刻に状況を見ていた。
グラハムもまた同じ。
盾と矛は正常に機能し、こうして睨み合いの状況へと持ち込めた。
最悪の事態、一方的な虐殺を避けることはできた。
それは喜ばしい状況なのかもしれない。
しかし、これから先も続く保証は無い。
初撃だからこそ功を奏した作戦、この先も勝負に持ち込めるか分らない。
なによりも、二度とないかもしれない必勝の機会。
それを今、彼らが逃してしまったことだけは紛れも無い事実なのだから。
若干の焦燥を抱えつつ。
グラハム・エーカーと両儀式は前方に立つ一方通行の様子を伺いながら、
再び状況が動き出すことを待った。
□ □ □ □
「なァるほど……」
初撃が終わる。
位置関係は元に戻り、仕切りなおしの格好となる。
再び、距離が開いた。
一方通行は壁として聳えるガンダムエピオンと、そのむこうに立つ少女を見据えていた。
ガシガシと頭を掻きながら、軽く嘆息する。
「面白れェ」
そして不意に、能力使用を完全に解いた。
同時に、口元に壊れたような笑みを浮かび上がらせる。
一方通行にしてみれば、実に愉快だった。
先ほどの初撃は紛れも無く、敵が準備していた『策』だった。
レベル5の攻撃に対応するための巨大な装甲。能力を殺す少女。
これら二つは一方通行の為に用意された布陣なのだ。
面白い、実に面白い。
このレベル5にむかって『策』ときた。
そう、これは駆け引き。
単純なる力のぶつかり合いではない。
多少待たされた後、示された答えは二段構えの防戦のようだった。
完全なるカウンター狙い。
エピオンの装甲にて一方通行攻撃を受け止め、式が刺す。
それを外した以上、敵の狙いは二段目に移るだろう。
一方通行は前提として、対敵たる二者に対して能力の制限時間の半分すら使用するつもりが無い。
敵は、己と己の守るべき者を除いた全てだ。とりわけ注意するべき敵も顕在している。
故にもう二度と能力使用不能まで追い込まれる事などあってはならない。
しかし、力を抑えたまま崩すには、敵の構えは一方通行に対して十二分に磐石と言えた。
あの驚異的な少女対して、最適とされる攻撃手段は遠距離からの圧殺。
『能力殺し』は一方通行を殺せる力を持つが、一方通行の攻撃から身を守る力を持たない。
広大な路面での戦闘ならば、ビルの一棟でも投げつけてやればいい。
一対一の戦闘に拘らず、大規模の遠距離攻撃に徹底すれば、一方通行の勝利は揺るがない。
しかし、あの機動兵器が盾として立ち塞がっている。
エピオンの装甲を単純な一撃で破るには能力の消費が大きすぎる。
制限を鑑みれば、制限時間をほぼ削りきって漸く陥落といったところか。
この場で全ての敵を屠る意志の一方通行の望む手段では無いし、そもそもそんな隙をあの少女の前で晒せるものか。
かといって、機動兵器の内部に干渉できる場所を探し出し、一撃で仕留める為にはどうしても接近する必要が有り。
それはつまり『能力殺し』の間合いに進入することを意味していた。
刀を手にしたあの敵との正面対決もまた、能力の全力使用を要するだろう。
何れも、一方通行の機能を止められる。
遠距離において絶対防御を有する盾。
近距離において殺害手段を有する矛。
この二つが成した拮抗。
しかして、この策は一方通行に選択権を委ねている。
現状、敵は一方通行に対抗する構えを持つものの、自ら攻めることは出来ない。
一方通行が攻めなければ、戦いは動かない。
伸るか反るかの誘い網。来るなら来いという挑発。戦況は膠着している。
故にこれは駆け引きだ。心理戦の側面を持っている。
「はン、舐められたもンだ」
能力使用は解いている。
今あの機動兵器が仕掛ければ、一方通行はただの一撃で打倒されるだろう。
しかしそんな状況は在り得ない。
敵は攻められまい。
一方通行にはそれが分っていた。
この時点で、彼は全てを読みきっていたのだから。
「付き合ってらンねェが、まァいいだろ」
一方通行は敵から視線を逸らし、近場にあったビルへと侵入して、屋上へと続く階段を登り始めた。
敵が望んだベストの結末とは、先ほどの交錯で一方通行を殺害すること。
次に狙う展開は一方通行がもう一撃を仕掛け、そこで殺すこと。
その次はおそらく、この状況が続くことだろう。
つまり敵は『膠着しても良い』と思っている。でなければ、こんな作戦は取らない。
一方通行はそこから、敵が抱える確かな『恐れ』を読み取った。
「ちィとばかし、遊ンでやるか」
あの布陣は一方通行に対して、確かに有効な一手である。
敵が自ら崩すことはありえないだろう。
リスクを犯し、コストを払い、力ずくで壊滅させることは、出来ないでも無い。
しかし、ある一点を突けば、最小限の労力で崩し始めることは十分に可能だ、と。
階段を登り終えて屋上に立った彼は、機械人形へと視線を向ける。
そして首輪探知機を取り出し、これ見よがしに振り示した。
「なァ、オマエら?」
敵の布陣そのものは悪くない。が、浅い。思慮が隠しきれていない。
敵にとって一方通行の打倒は避けて通れぬ道のはず、なのに積極性に欠けているのは何故か。
一方通行を殺せる力を持ちながら、受け身の構えをとる理由とは何か。
膠着すら是とする訳とは無論――『そうしなければならない事情』があるからに他ならない。
『膠着よりも恐れる事態』を隠したいが為の、挑発と挑戦だ。
つまりは、
「守ろォとしてやがるよなァ?」
戦場から消えていたもう一体の機動兵器。
探知機の示す、マップ上を急速的に離れていく幾つかの光点。
それこそが、対敵から香る『恐れ』の正体に違いない。
ならばそれを、一方通行が利用し、均衡を破る契機にしないはずが無い。
「甘ェよ甘ェ、ったく、吐くほど単純だ」
短慮など見抜いている。
拮抗だと? 膠着だと? 対等だと? そんなものは許さない。
力の上でも、駆け引きの上でも、全てにおいて届かない存在。
それこそが『最強』であると、身を持って知るがいい。
「守りてェンだろ? だったら気ィ張れよ?」
一方通行は愛すべき対敵へと微笑みかける。
事情を知りえた上での情けなど、今更彼が持ち合わせるはずがなく。
「俺とやりてェなら態度で示しやがれ。
これ以上萎えさせやがったら、なァおい、『あっち側』から食っちまうぜ?」
□ □ □ □
グラハム・エーカーはエピオンのコックピット内にて、眉間にしわを寄せながら敵の姿を見据えていた。
初撃にて打倒するという、ベストの結果は得られなかったものの。
状況はそう悪くない、筈だった。
少なくともこの布陣が効果を上げることは証明された。
一方通行を待ち受ける姿勢を続行する。
更なる攻撃を続行するならば受けて立つ、にらみ合いが続くならそれも良し。
どちらにせよ、敗死さえしなければ目的は達せられる。
グラハム・エーカーはここで時を稼ぎ、あわよくば一方通行を打倒する構えだった。
背後に守る両儀式は主催や一方通行に対抗する数少ない要素。失ってはならない。
逃がした
天江衣はなにがなんでも守ると決めた。死なせてはならない。
故に彼は、一つの覚悟を決めて此処にいる。
グラハムにとって、この戦いの本質は『如何にして、戦いを両儀式と一方通行の正面対決に移行するか』である。
接近なくして勝利への道は開かれない。
そのためならば、盾ごと礎にすらなる覚悟があった。
一方通行が誘いに乗ってくれば、次の衝突でエピオンの盾は崩されるかもしれない。
しかしその時こそ、式が一方通行との勝負に持ち込める、最初で最後の機会かもしれないのだから。
「…………まだ……か?」
しかし敵は、未だに勝負を仕掛けて来ない。
スザクの語ったことや、薬局での様子から、
このような状況ならば真っ向からぶつかってくる手合だと認識していたのだが。
敵は対面のビルの屋上で注意深くこちらを観察している。
それ自体は構わない、どれだけ時間をかけようがそれでも良い。
時間をかければかけるほど、あの少女はより遠く逃げられる。
きっと、目的地へと辿り着けるだろう。それもまたグラハムの望む展開だった。
「……」
しかしどうしてか、不安が拭えなかった。
冷や汗が頬を伝うのを感じながら、グラハムは思考する。
布陣に、不備は無いはずだ。この構えに穴など無い。
そして一方通行の能力使用に時間制限があることは把握している、敵もあまり長期戦は望まないはずだ。
早期決着を望むなら、網に飛び込まざるを得ないはず。
だというのに、この剣呑とした気配はなんなのか。
「何を、考えている……?」
顔を顰めるグラハムの目の前で、一方通行が動いた。
しかしそれは望んでいた突撃ではなく。
「……まさか」
ズームしたモニター上に映る一方通行の姿に、グラハムは膨大な怖気を感じた。
狙いが、見えた気がした。それは最低最悪の予感だった。
やめろ、気づくな、と。念じる意志を嘲笑うかのように、
見透かしたような目線、余裕そうに歪んだ口元、そしてプラプラと振られる何かの機械、
示された意志は――『見えているぞ』。
一方通行はエピオンから、目前の敵から目を逸らし、見据えていた。
南東――先ほどランスロットが離脱した方角を。
少なくない動揺が、グラハム・エーカーを揺さぶっている。
何故、看破されたのか。それこそがこの布陣における唯一の弱点であると。
一方通行は知らぬはずだ。
守るべき少女、危機が迫っている一人の少女のことを。
そのためにグラハムと式という一方通行に対抗しうる二者を残して、他の者達に黒の騎士団との合流を急がせたこちらの事情など。
ランスロットの離脱も、人員の入れ替えも、一方通行の見えぬように行なった。
当然行く先も知られているはずが無い。
にも拘らず、グラハムがこの場で唯一己の死よりも恐れている展開を、彼は見ている。
だとすれば狡猾な、しかし実に有効な揺さぶりだった。
予感が的中したとすれば、完全にグラハムの思考を読んだ上での行い。
敵の視点に立って物を考えた上での思考だった。
ただの狂気に憑かれた戦奴では無いということ。
まさかとは思うがあの一方通行は、『守る者』の思考に共感できるとも言うのか。
そういう考え方を。彼が知っているとでも――
「馬鹿な……」
余計な思考を捨て去って、グラハムは歯噛みする。
他に選択肢が無かったとは言え、後顧の憂いに足を引っ張られる形になっていた。
ならば、作戦は根本から覆る。
それを証明するように、一方通行が動いた。
ビルの屋上から南へと飛ぼうとするかのような動作を見せ――
「――!?」
瞬間、姿勢の崩れたエピオンへと、瞬時に角度を変えて跳躍した。
エピオンの右側へと回りこみ、隣のビルを蹴倒して、式を狙い撃つ。
すんでのところで気を持ち直したグラハムは、晒してしまっていた式の前へエピオンの腕を割り込ませる。
蹴り飛ばされてきたビルの瓦礫は、少女の身体を押しつぶす直前で、エピオンの腕に阻まれた。
式が反撃に転ずるより前に、一方通行は既に後方のビルへと退避している。
それは、能力最小限使用のヒット&アウェイ戦法。
「おのれ……!」
完全に揺さぶられていた。人質を取られたかのような圧迫感。
一方通行はランスロットを追撃する構えを見せている。
それはただのポーズかもしれない、グラハムを揺さぶるための。
敵としても式の存在は捨て置けないはずだ。ここで確実に潰したいはず。
しかしランスロットを追撃することが、こちらを揺さぶると見られていること、それ自体が既に不味い。
恐れを知られたということは、主導権を握られたに等しい。
一方通行がもし本気でランスロットの追撃に向かうならば、グラハムは動くしかなくなる。
しかし動くということは、この布陣を崩すことに他ならない。
盾と矛の構えを解いたとき、潰されるのはグラハムと式の側だ。
一方通行は、再び元のポジションに立ち、こちらを嘲笑っている。
その動作だけで『オマエが来い』と告げているように。
来ないならば相手にはしない、違う獲物を狩るだけだと、言わんばかりに。
「……ぐっ」
敵がこちらの意に沿わない以上、時間稼ぎすら成せない可能性が現れた以上、状況は限りなく悪い。
対応策が無いでもないが、それは策とは最早言えぬ。
誘っていたはずが、逆に敵の誘いに乗るという、愚挙に他ならなかった。
グラハムはモニター越しに式を見る。
式も視線に気づいているかのように、エピオンを見上げていた。
「決断のとき、か」
悔しいが、駆け引きはあちらが上手だとグラハムは認めた。
泣き所を見破られた以上、こちらは不利な立場にある。
遠くない内に崩され、己の命と式を失う事態に陥るのが関の山だ。
それは即ち、遠く無い未来にあの少女が窮地に立たされることを、意味しているのだから。
「行くぞ」
グラハムはエピオンの手を、背後の式へと差し出した。
言葉の意味は、苦肉の戦術変更。
式は黙したまま、そこへと飛び乗った。
選ぶ、否、選ばされる策は防戦から攻戦へと。
距離が詰まらないなら詰めざるをえない。
手に乗せた式ごと動き、本来動かせない盾と矛の布陣を、無理やり動かして攻め込む。
立場の逆転した戦場。術中に飛び込むしかない。
何故なら他に、確実にあの少女を、仲間を救う方法(すべ)は無く。
「私は決めたのだ……なんとしても、守り抜くと」
苦く重い音と共に、始まる交戦。
凍てついた空気の中、状況はじりじりと動き始めた。
□ □ □ □
一方通行は向ってくる来る巨人を待っていた。
視線の先では機動兵器と刀の少女が一体となって動き始めた。
戦術変更を目の当たりにして依然、彼は揺るがない。
この展開もまた読みきっている。
敵の立場にしてみれば、敵はそうする他に選択肢など無いだろう。
敵側と一方通行、どちらの頭がいいかという話ですらない。
ただの消去法。敵の選択肢を削り取り、結果的に予定通りの結末へと導いただけ。
今のところ、状況は悪くないと言えた。
能力を使用したのは初撃と二撃目の二回だけ、通算して一分にすら満たない。
まだまだ余裕がある。
このまま最低限の消費で突き崩す腹積もりだった。
『ここで全て纏めて叩き潰す』という意志に変更は無い。
当然、目の前の二つだけでなく、先ほど逃げた数匹も、『纏めて』だ。
故に、一方通行もまた、戦術を組み立てる。
己が理想の状況を現実にするために、レベル5たる頭脳を回転させた。
先ほど実現した、燃費の良いヒット&アウェイ戦術を基盤とする。
向かい来る敵の思考と、守護対象の位置から上手く戦地を誘導してやればいい。
一方通行の恐ろしさとは凶悪な超能力のみに留まらない。
それを支える頭脳もまた、彼の強さだ。
この島における、能力を制限された経験が彼の眼を加速度的に成長させていた。
能力に頼りきった戦い方ではない、頭脳、戦闘勘の真骨頂。
目覚めさせたのは紛れもなく、彼の前に立ちはだかった敵手達に他ならない。
「おォ、イイねェ、根性あるじゃねェかよ、褒めてやる」
嘲笑を響かせて、一方通行は歓迎した。
待っているがいい。じきにカタがつくだろう。
そのあとで、必ず全てを終わらせてやると、天に向かって告げながら。
「さてさて何分耐えられるか、見せてもらいまショウかねェ?」
漸く、死神を乗せて向かい来る兵器へと。
彼は三度目の跳躍を仕掛けていった。
□ □ □ □
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2013年08月13日 23:17