crosswise -black side- / ACT3:『勇侠青春謳(ゆうきょうせいしゅんか)』(二) ◆ANI3oprwOY




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―――そうさ、楽しんだもん勝ちだぁな、つまりはよ。



















/勇侠青春謳・劍撃ノ参<諧謔>













 ――誰だって自分の人生の主役は自分自身だ。


 そんな言葉をきいたことが、きっと誰でも一度はある。
 けれども、幼き頃のディートハルト・リートにはそれが真実だとは到底思えなかった。
 世界は欺瞞に満ちていて、視界は虚栄に塞がれて。輝いて見えるものなどは何もなくて。
 目に映る全ては偽物にしか見えなかった。
 同じような顔で笑って、同じような顔で泣いて。
 明日死んでも世界に何ら影響をあたえることがない、いくらでも代わりの利く存在。
 焦点があっていないような、フレームに収まっていないような、どうでもいいことばかりが起こる毎日。
 誰も彼もがその程度だった。――自分自身も含めて。
 そこそこ真面目で、それなりに人付き合いの良い仮面をかぶりながら生きているうちに、彼は確信にも似た自覚を持つに至る。

 ――間違いない。私は『脇役』だ。

 誰に言われるまでもなく、理解した。
 世界にはきっと二種類の人間がいて、自分はその劣った方だ。
 きっとどこかで輝きを見せているだろう彼らとは違う――。ディートハルト・リートは、違うのだ、と。
 ……だからといって、落胆に暮れたというわけではない。
 なるほど、そういうことかと得心したというのが本音だっただろう。
 納得がいった。
 両親も、友人も、恋人も、自分自身も偽物で。
 世界にとってどうだっていい存在で。
 だからこそ、日々はこれほどまでに味気なかったのだと。
 そう、受け入れることが出来た。




 やがてディートハルトは放送業界へと入る。
 彼は偽物で、しかしだからこそ本物に憧れた。
 恋焦がれたと言ってもいい。
 本物の、『主役』に近づくには、そこはとても都合が良かった。
 性にもあっていたのだろう。
 彼は次々と企画を成功させて敏腕プロデューサーと呼ばれるようになっていった。
 そこで、彼はもうひとつの自分の本質に気がつく。
 完成した本物よりも、これから完成へと向かう本物のほうが興味深いものがある、ということに。
 それはあるいはコンプレックスの裏返しだったのか。
 自分では気にしていないつもりでも、未完成なものが完成に至るというその図式に不完全な自分自身を重ねていた、ということなのか。
 いや、それは恐らく誰しもが持っているようなものなのだろう。
 未熟な雛がやがて成長し、大空へと羽ばたく姿を美しいと思うように。
 ディートハルトは、それが少し他人よりも深く、また苛烈であったというだけなのだろう。
 そして、このふたつの精神が。
 何事もなければ一人のプロデューサーとして平穏に平凡に終わっていたはずの彼の人生を大きく狂わせることとなる。

 ――『ゼロ』との出会い。
 そこにディートハルトは『未完成』な『本物』の『主役』を感じた。
 いままでも何度も仕事で『本物』の気配を感じてきてはいたけれど。
 格が違う。核からして違う。
 間違いなかった。
 この『ゼロ』こそが、本当の、『本物』だ。
 幼い頃から求めて止まなかった答えがそこにある。

 ――この世界の『主人公』は誰なのか?

 それこそが、私なのだ。
 ……そう、ゼロが答えたような気がした。


 黒の騎士団へと入団したディートハルトは、すぐ近くでゼロの功績を見ることが出来る立場となった。
 昔からの望みどおりに。
 本物を、この目で。『主人公』を近くで感じることができる。
 それは素晴らしいことだ。
 もっとも、ゼロからそれほど信頼を置かれてはいないだろう。
 ディートハルトに限ったことではないが、本当に重要な案件は黒の騎士団員にすら多くは明かされていない。
 しかし、それでも構わないとディートハルトは思う。
 むしろ、それほどに超然と自分たち『脇役』などは遠ざけていて欲しい。
 自分は『脇役』を脱したいと、『主役』に加わりたいと願っているわけではないのだから。
 彼を見れば杞憂かとも思うが、万が一にも不純物を混ぜて輝きを濁らせることなどあってはならない。
 分相応に、自らの領分をこなして、『主人公』が完全へと変わろうとする過程を見ることが出来るならそれでいい。
 それ以上に望むものなど他にはない。
 ディートハルトは満足していたのだ。
 自分の人生に。




 そんな最中だった。
 この殺し合いに招かれたのは。
 嗤う男に告げられた内容には確かに驚かされた。
 魔法、超常能力、平行世界。そのどれもがディートハルトの常識を超えている。
 自分が今置かれている状況を考えれば受け入れるしかなかったが、平常であればとても信じられたものではなかっただろう。
 そして、そのような完全に近い力を持って行うことが殺し合い、ということに少しばかりの呆れる気持ちもある。
 ……だが、けれども狂った発想だ、などとは思わなかった。
 要するに、人間の死に様を見たいということなのだろう。
 何のことはない。
 自分が放送業界にいたころから人間はかわりない。
 メディアを少し見れば明らかなように、人間は昔から悲劇が好きなのだ。
 残酷だ、悲劇的だ。なんと可哀想なことだろう。
 そう口にしながら画面からは目が離せない。
 最悪の結末を今か今かと舌なめずりをして待ち望んでいる。
 それが少しリアリティを増して行われるというだけだ。
 本質的な部分はなんら変わっていない。
 ――ディートハルトは数瞬の戸惑いの後に答えを返す。
 協力しよう、という趣旨の言葉を。

 放送全般の取り仕切りを任されたディートハルトは名簿に目を通しながら思う。
 自分の勘が正しいのなら、ここには『本物』が押し込められているのだと。
 そんな連中が殺し合いをすればどうなるのか。
 惜しいと思う気持ちがある一方、興味を持っているということも否定はできない。
 プロデューサーとしての業か。それとも自身もまた矮小なバッドエンドマニアなのか。
 ――どちらでも構わない。
 ああ……だって、それ以上にまだ死ねないという気持ちが強かった。
 ディートハルトが居なくなろうともゼロは目的を果たすだろう。
 ディートハルトという存在は、ゼロにとってはその程度の取るに足らぬものに違いない。
 だが、ディートハルトは、『ゼロ』の完成をまだ見ていない。
 それが見てみたい。
 それを見るために、その為だけに生きてきた。
 そのためならば、ディートハルトは他人の命も、自分の命すらも惜しむ気にはなれなかった。


 だから、逃げた。
 だから、ルルーシュ……ゼロがここにいるならば力になろうと思った。
 好きを見計らい会場へと降りてでも、絶死の領域だろうと躊躇うことはなかった。
 彼ならば何とかしてくれるという思いもあった。
 彼ならば――この絶望的な状況をも覆すに違いないと狂信めいた確信すら覚えた。
 そうだ……。まだ死ぬわけにはいかないのだ。
 私には、まだ。役割がある。
 言わなければならないことがある。

 伝えなければならない。
 リボンズ・アルマークは首輪を解除させようとしている。
 具体的に、何をしようとしているかはわからない。
 探ろうとも見えては来なかった。
 だが、我々にとって良いことだとは到底思えない。
 ああ――禁書目録も信用に値しない。
 あいつは阿良々木暦天江衣の首輪の情報を渡した。
 本来の権限を越えて。
 なぜそんなことをしたのか――? 言うまでもない。
 リボンズ・アルマークとつながっているから、暗に首輪を外せと要求するかのような情報を流したのだ。
 信じられない。どいつもこいつも。
 流れも読めぬ愚か者も、リボンズの息のかかった犬どもも。
 ただひとり、ゼロだけが。
 ゼロだけが、この窮地を、覆してくれる。
 だから、私は生きなければならない。



 まだ、この“機体”をゼロへと届けなければならない。
 少しでも彼の助けになりたい。
 虎の威を借る狐と呼ばれようが構わない。
 勝手に呼びたくば呼ぶがいい。
 そんな、ものじゃない。
 憧れも。嫉妬も。正しくはない。
 信仰――少し近い。だが、違う。それだけじゃない。
 この感情を正確に、一言で説明することなどできないのだろう。

 まだ、死ねないのだ。
 ディートハルトは考える。
 まだ見ていない。
 まだ、見ていないのだ。
 それは、きっとすぐ、もうすぐ、あるはずだ。
 ゼロが世界を統べる姿を見たいとまでは、言わない。
 ここから無事に脱出できるとは――思っていないから。
 だから、せめて。
 リボンズ・アルマーク。
 あの、絶対的強者を。
 『完成』仕切ったあいつを――。
 打ち砕く姿を見せて欲しい。

 死ねない。
 見苦しいと罵りたくば罵るがいい。
 命汚いと哂いたくば哂うがいい。
 知ったことか。
 私は、違う。
 偽物の人生を偽物とも気づかぬまま生きるお前たちとは違う。
 安全なところから必死に生きている人間を嘲る薄汚いお前たちとは違う。
 たとえ偽物だとしても。
 それでも本物に焦がれた。
 近づくために危険をも恐れることはなかった。
 私は、ただ見たかっただけなのだ。
 ゼロ、あなたなら。
 お願いだ。私にとっての神よ。


「――――見せてくれ……。ルルーシュ・ランペルージ……!」




 走馬灯。
 これまでの人生が流れては消えて行く。
 つなぎとめているのは精神。
 ただ、求める希望。
 純粋に、欲しかった。
 未来が見たかった。
 ディートハルト・リートという男はそれだけだった。
 それだけだから――。
 ここで、終わるのだ。


「……あ? 旦那なら今頃死んだんじゃねえの?」

「――――――――――――な」


 目を見開いたディートハルトに応えるのは乾いた銃声。
 既に致命傷を負っていた身に何ができるはずもなく。
 こうして今日もまた一つ。
 明日も動かぬ死が積み上がった。


【ディートハルト・リート@コードギアス 反逆のルルーシュR2 死亡】







               ■ ■ ■








「……ったく。一撃で仕留められねえとは俺の腕も鈍ったかねぇ。妙にしぶとい奴だったな」

 地に伏せる死体を見下ろしながら、下手人は飄々と言葉を放つ。
 見た目は中学生女子。中身は中年男性。その名はアリー・アル・サーシェス
 彼が、若しくは彼女こそが――ディートハルト・リートを殺害した犯人だった。
 愚痴愚痴言いながらもだらしなく顔は歪んでいる。
 ――一度は拒んだ報酬だったが、何、こういうものなら悪く無いとサーシェスは思う。
 胸を弾ませながら(※比喩表現であり、実際の身体描写とは異なる)ごそごそと死体を漁る。

「んー。さてはて、っと……」

 いやはや、しかし。
 アリー・アル・サーシェスは命を落としたはずではなかったのか?
 織田信長との戦いによって爆散するリーオーと運命を共にしたのではなかったのか?

「はっ……バカいっちゃいけねえぜ」

 どうして、なぜ。戦争屋アリー・アル・サーシェスともあろうものが下らないプライドに囚われて仮の雇い主のために命を賭けなければならないのか。
 くだらない――それは、勝てるなら勝てる方がいいだろう。負けたならやり返してやりたいとも思うに違いない。
 だが、それは全て生き延びることが前提だ。
 そう――アリー・アル・サーシェスは負けていない。誰よりも足掻いて生き延びる。
 ルルーシュが、憂が、スザク、信長が身命を賭ける闘争とて、彼にとっては変わらぬ日常。
 いつもどおりの戦争でしかなかった。それ故に、いつもどおりに逃れただけだ。
 ――戦争は、生き延びたものの勝ちなのだから。

(――だったら、旦那よりもあの化物よりも、俺の勝ちってことでいいよなぁ?)

 かかか、と。輝きを見せながら死んでいったもの共を見下しながら端正な顔が歪む。
 ああ、そうだ。格好良く死んでいけばいい。真っ直ぐに、希望を目指して、美しく王道をいけばいい。主役らしく。
 俺は構わない。悪党の脇役で構わない。小狡く小賢しく小汚く。邪道を醜くすり抜けて。
 そして――最後まで生き延びてやろう。

「はは。これだから戦争はやめられねえ――っと、あったあった。これか。大将に聞いてた通りだな」

 そうしてサーシェスがディートハルトから取り上げたのは一本の鍵。
 目当ての物を見つけてにんまりと微笑んだ後に、“それ”を見上げる。
 ディートハルトが主催の元から逃れる際に使用した“機体”。
 ルルーシュのために力になろうと、ほか参加者を危険視し、自分が直接使用するべきではないと隠蔽しておいたMS。
 そうして、こうやって手にした“起動キー”を合わせれば……そう、“それ”はサーシェスのものとなる。
 笑いが止まらない。思えば満足の行く装備を持って戦えたことなどなかった。それはそれで制限プレイのようで楽しいものだったが――。
 ゴキゲンにサーシェスは高らかと、再び自分のもとに舞い戻った愛機に対して呼びかけを行う。


「――――さあ、頼むぜ。楽しませてくれよ、アルケー……!」






【勇侠青春謳・劍撃ノ参<諧謔>――了】





               ■ ■ ■





 このようにして、一人の放送屋が消えて、一人の戦争屋が舞台へ戻った。
 笑う哂う藁藁う。戦争屋の声が響く。死に死に死に死ぬ死体は何も語らない。
 そんな音声を背景に、こうして幕間の喜劇は閉じた。











【 ACT3:『勇侠青春謳(ゆうきょうせいしゅんか)』――了】



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最終更新:2012年06月17日 22:32