crosswise -white side- / ACT4:『JUST COMMUNICATION』(2) ◆ANI3oprwOY



             □ □ □ □






狭いコクピットブロックの中。
照明替わりの計器が消え、外を映すモニターも停止している。
灰色より先の黒一色。光のない闇の世界。
命を感じさせない冷えた暗黒は宇宙を思わせる。
広大で、深淵で、狂気すら感じられる程の神秘の幽世。
それはそのまま、シートに体重を投げ出す男の内面を表していた。

両の瞳は閉じられず、視線は虚ろに地面を向いている。
血を滲ませた口元も拭わず、被せたヘルメットを頭から外しもせず。
グラハム・エーカーはひたすらに沈黙している。



「………………………………」

何も見えない。
何も感じない。
何も考えられない。

目は見えていても映像が認識されない。
動くための精神が根元から折れている。
思考を司る脳が、麻痺している。

呼吸している自覚も疑わしく、生きている実感も失せてしまっている。
仮に死んでいたとしても疑問なく受け入れられる。
生きているのなら今すぐ自ら息の根を断ちたいくらいだ。
その気力すら枯れているのだから、どうしようもない。

搭乗しているガンダムエピオンは損傷こそあるものの、戦闘するには十分過ぎる余裕がある。
装甲に数箇所、微細なへこみがついたのみ。
致命的となった中心部へのミサイルめいた蹴りも、内部構造を貫くまではいかなかった。
機体に内蔵される戦術予報機能。
感情を持たない機械的判断が、忘我状態であったグラハムを置いて接近する驚異に反応していた。

スイッチひとつで機能は復旧し、翼は再び空を駆け抜けるべく羽ばたける。
度重なる加圧で軋む肉体も限界には遠く、行動に支障はない。
ましてや彼ほどの豪傑であれば枷にもならない痛みだ。
意識は不確かとはいえ目醒めており、覚醒の準備は済んでいる。
呼吸を再開して痺れた脳に酸素を送り込めば、立ち上がれるだけの力を取り戻せる段階まできている。

「………………………………」

だが、動かない。
スタンバイは万端だというのに、肝心のスタートが始まらない。
道は示されていても、腕は伸びず、脚は動かず。
レバーを落とすだけの力も指にはかからない。
選択肢を取る段階で、選択を放棄している。
あの瞬間を境にして、グラハムのあらゆる感情は凍りついていた。

信じたくはなかった。
認められなかった。
あの声を聞けないなどと。
あの太陽にも勝る輝く笑顔を二度と見ることの叶わないなど、理解したくなかった。

どれだけ頑なに拒もうとも、起きた現実は裏返らない。
モニターに鮮明に映し出された、胸を貫かれる少女。
ヘッドギアを伝わって聞こえた、空気が漏れる音。
幾ら正気を失おうとしても、その光景だけは忘却することができない。
そしてその記録は、グラハムの頭の中で何度も再生される。
狂ったレコーダーに乗せられた円盤は、壊れる瞬間まで延々とループしている。

いまこうして茫然自失としているのは、一種の防衛本能といえる。
肉体と精神の機能を限りなく封印させなければ。
ヒトを保てなくなるという強迫観念が働いているのだ。



「………………………………」

想うのは、どれも過ぎ去った事ばかりだ。
前進を止めた男は嘗ての記憶を辿るしかない。
自壊を免れるためだけに永遠に解けない問題をループする。

なにを、どうして、どこから間違っていたのか。
一体どうしていればこの結果は回避できていたのか。
全ては運命の嗜虐なる戯れに過ぎないというのか。
修羅に身を堕とした己には、敗北する未来が必定なのだと。
鏡に反響する自問自答はやはり意味がなく、巡り回って自己に帰結する。

そう、負けだ。
護ると誓ったものを守れず。使命に殉ずる事も出来ず。
月の姫君は死神の手に堕ち、自分だけが生き存えている。
それは、敵に屈し力尽きるよりもなお身を苛ませる。
目に映る距離に居ながら、すぐ傍で掌から零れ落ちていった。
姫は消え、騎士が残る。かくも無残な結末はない。
盾としての存在意義を失う、完全無欠の大敗だった。

失う事は、初めてではない。敗北であっても数多くある。
恩師を不徳から失った。戦友を未熟から奪われたこともある。
嘆きもした。激しく怒りもした。
その度に、散った魂に報いんと身を燃やし奮起してきた。
苦渋を舐めても折れずに、屈辱を怒りに転化させて蘇り敵に立ち向かう。
そういう気質で戦いに挑むのがグラハム・エーカーという男であった筈だ。

「………………………………」

なのに、どうして今はこうも空虚なのか。
まだ自分は生きている筈なのに。戦う理由はあるのに。
何かが、足りない。
精密な機械から一個の歯車が抜け落ちてしまっている、そんな欠如感。
それ以外の機能は滞りなく動いても、その小さな欠片の有無が流動を断ってしまっている。
今日までグラハムを立たせ、戦わせていた原動力となるものが足りなかった。

結論として。
男は精魂を抜け落とし、死を甘受するだけの時に流されたままでいる。
生きる人としての責務を放棄して、枯れ木の葉が落ちるのを待つのみで。
死者は、世界に何ももたらさない。
屍だけ残して、目的なく永遠に彷徨うだけ。
生きる意思、進む理由を無に帰した人間はかくも醜く腐る。
現実に立ち戻る力のない男では、内側の停滞した世界から抜け出す事は出来ない。





「………………――――――?」

動きが見られたとすればそれは。
やはり外の力の流れでしか有り得なかった。

闇色だったコクピットに、唐突に光が灯った。
停止していた各種の機能が復旧し、止まっていた心臓に火が点く。
グラハムにその気はなく、コンソールひとつとして触れてないというのに。
このまま棺桶として骨を埋めることをよしとしないと騎士が起き上がる。

自覚はないが、ひょっとしたら指に何らかのボタンが引っかかったのだろう。
あるいは途絶は限定的なもので、時間さえ置けば自然と再起動する仕組みだったということも有り得る。
馬鹿げた発想としてだが、この機械には人の意思たるものが収められているのではないかもしれない。
どちらにせよ、乗り手の意思に反してエピオンは覚醒を開始した。

不可視の指の手繰りで取り戻していく機能、映し出されるモニター。
拒む意思もなく、波に巻き込まれる形でグラハムもまた状況に流されていく。
モニターに繋がれた外の光景は、嫌が応でも新しい情報を脳に切り込む。
眼球に入るのは、灰色だった景色をかき消す鮮明な世界。
オートで接近を補足した対象は、解凍されかけていた男の記憶にある少年と少女。
彼らは生きていた。こうして自分が土に伏している間にも。
泥に濡れ、生傷を増やし続けながらも生きる事をやめようとはしていない。
その姿を見ても、やはり心に動くものはなく。
硬直は直らず。
再起は訪れない。
絶望と虚無は変わらず続いていく。












「―――――――――――――――、………………!」












その諦観を、木端も残らず微塵に打ち砕いたのは。
嘗ての彼が終始求めていた、愛と憎しみの結晶だった。





上空に立っている、赤い影。
モビルスーツ。パイロットとしての眼力は鈍ることな正体を看破する。
象られるシルエットに見覚えはない。
だがそれから噴出される赤。血飛沫状に散布される粒子光。
その姿は、形こそ違えど己が宿敵と見定めてきた”あの機体”に他ならない。





―――――――――ガンダム





ソレスタルビーイングの保有する機動兵器。
太陽炉搭載機。他を圧倒する超性能。紛争根絶という武力行使。矛盾の塊。
仲間を戦友を恩師を奪い、誇りどころか心すら奪っていった、敵。

その敵が今遥かな空を穢し、大仰な銃は眼下の地上に向けられている。
目測が間違いでなければ狙いは―――目の前に立つ少年少女。
死角からの脅威には気付いたが、抵抗の手段など存在しない。

「…………やめろ」

掠れた声が口を衝いて出る。
本人でさえも意識してない、凍えた嘆き。
乾き摩耗した心に、懐かしい感覚が芽生える。不毛の砂漠にとめどなく流される水のように。
今までは忘れていたのもの。ほんの少し前には持っていたもの。
この世界に連れ去られる瞬間まで、グラハム・エーカーが抱いていた感情。

「また……奪うのか……私の前で……っ!」

それは怒り。そして憎しみ。
たった一日前には男の胸の中枢に収められていた炎。
戦う力の源のなっていた核に、いつの間にか移し変えられていた新たな光。
煌びやかな少女は守るべき存在という希望となり、踏み外しかけていた道に未来を示した。
それが失われた今。再び根源を欠いた器に満ちるのは、昔日にあった戦いの記憶。

ここでの殺し合いとはまるで関係のない、既に捨て去った私怨。
理不尽ともいえる感情は、己の矛盾に気づいた時に過去の蟠りと共に焼却された。
……だが例えとうに燃え尽きた消し炭だとしても。
それのみでしか、今の男を燃やす感情が残っていなかったのだとしたら。
仮初の欺瞞でも剣を執る理由(わけ)があるのなら。
その誘惑を、蛇の差し出す果実を。
魂を失った兵士にどうして断れよう?



ましてや、己が内を心を魅入らせる魔物が囚われていれば―――






――――――――■え



声が、聞こえる。
仄暗い底からの蠱惑の呼び声。
抵抗する気などない。むしろ受け入れる姿勢ですらあった。
断れる筈がない。抗えるわけがない。
ガンダムとの決着。正面からの一騎討ちでの勝利。
それは紛れもなく、彼が追い求めていた願いだったのだから。

意識の束縛、自我の希薄化と固定化。戦闘行為に最も効率的な思考の最適化。
組み込まれていくプログラム。
抜けた骨子を入れ直し、潰れた四肢に張り上がる力。
狂乱の檻に、鎖が繋がれていく。

誇りはいらない。使命も必要ない。
誓いの枯れた愛など、捨ててしまえばいい。
迷わず。
疑わず。
怒りだけを胸に、戦いだけを求めて五体を駆り立てる。
ただひとつの敵を打倒する事に生きる証を刻む。
人道を抜ける修羅の道へ進まなければ、この無念は遂げられない。



――――――――■せ



叫びが反響する。
空白だった脳髄に注ぎ込まれる新たなる意思。
超えるべき敵を視界に収め、芽生える牙。
思考は滞りなく、決まりきっていたかのように整理されていく。
繋がれたシステムは見せる。運命られた、逃げようのない破滅へと。
放棄(ゼロ)は許されない。悪魔は選択を強いる。

教えられた末路を目にして、男は指を―――








             □ □ □ □







死の瞬間とは、常に唐突だ。
戦場に待ったはかからず、思いを残す間もなく死んでいくのが普遍である。
陰に潜み、瞬く間に襲いかかる死に人は祈りを許されない。
後悔も懺悔も告げられず、自らの死を認識しないままに命を落としていく。



赤い。ひたすらに赤い光線だった。
例えれば、皮膚から流れ出て凝固した血液のような気持ち悪さ。
爛れた傷口を見た時に似た生理的な嫌悪感だ。
それを明白な攻撃行為と見なすのには、何の不思議もない。
明瞭とした、敵意と悪意に彩られた破壊の衝動だった。

直撃すれば全身爆散。当たらずとも、爆心地には肉を侵す毒素が舞い上がり逃れられぬ死の華を開く。
式にとっても完全な奇襲であり、反応が一足分遅れた。
なにせ上空からの砲撃だ。
空も飛べず、届く腕もなければ撃たれ放題。対抗手段は皆無である。
その存在が知れた時点で安息を確保させる場所は消えた。
もっとも、この牢獄に真の意味で安寧を享受出来る場所など存在すらしていないが。

天から降り注いだ裁きの矢。
人の身では決して回避不可能の絶対粛清。
突き立つ光は空気を弾き、耳を劈く怪音と共に煙霧が噴出する。
人間など蒸発してあまりある熱量が地面を焼き焦がす。
着弾点を霧が包み込むのも一瞬で、風に流されて瞬く間に元の景色を取り戻す。

視界の晴れた先には、有り得ない異物が増えていた。
小盾がつけられた、巨大な赤い腕を、式は見上げる。
割って入った鉄の防壁は、撃たれたビームの破壊力を相殺し切り、盾の本懐を遂げていた。
騎士と悪魔が一体となった造形は紛れもなく、ガンダムエピオンと呼ばれる機体。
積み重ねられていた残骸の山から突如として再起動し、巨体からは想定出来ない機敏な動きで式達を庇い立てた。
下された神罰は届く事なく掻き消され、小盾の表面で四散したビームの残滓が鱗粉として撒き散らせる。

煤にまみれた全身には、多くの傷跡が残っている。
ここまで激戦を繰り広げた代償と、無茶な運用への当然の結果だ。
どれも致命的な欠損はないが、各部の装甲はへこみ歪み亀裂が見えている。
敵が効果的に攻撃を散らした結果だろう。大なり小なりどの場所にも損傷があった。
夥しい傷の数はしかし、勇猛の証として騎士の武勲に箔をつけているようにも感じられる。
その意味では、機体に暗い翳りは落ちていない。守護の騎士は歴戦の輝きを帯びて屹立している。



『―――――――――――――――下がっていろ』



その内面から滲み出ている、負の想念を除いては。

低く、唸るような重い響き。
聞こえた男の声は、擦り切れ摩耗していた。
大気を凍てつかせる怜悧な感情。
声の質が、秘められた感情がまるで違う。
怒りでもあり、憎しみでもある。悲哀があり、自嘲も含んでる。
そのどれもであって、どれでもない、濁った魔女の鍋底。
あらゆる感情が込められ、絡み合い、ひとつの方向へと向けられている。
グラハム・エーカーという男が見せていたそれとはかけ離れたもの。
醜く焼け爛れた混沌とした激情の発露だった。

ただのそれだけの一言を残して。
他に何を伝える事もなく、エピオンのスラスターが火を吹く。
正義を名乗るにはあまりに禍々しい背中の凶翼が開く。
直立した脚の裏からも炎が上がり、生まれた推力がビルを越す巨体を押し上げていく。
発進の余波で生じた突風が周囲の埃を吹き飛ばす。
巨大な人形はすぐに小さい点になり空間に溶ける。
敵の待つ蒼穹の戦場へと赴く。
そこに上がる業火に飛び込んで我が身を焦がしたいが為に。
宿命の仮面を被った男は乱戦の表舞台へと帰還していった。





「あいかわらず無茶苦茶だな、あいつ」

耳を隠す黒髪がたなびき、風に白の袖をしたたかにはためかせる。
何もせず、ただ吹く風に任せて式は呟く。
瞳の色に、羽撃き飛んでいったグラハムをいたわるといった感情はこもってない。
向こうの方も、恐らくこちらを気に留めていまい。
この件に関して、彼女が抱く感情は皆無だ。

待ち構えている赤い悪魔、妄念逆巻く闘争の渦中、その結末に興味はない。
あそこに式の手は届かず、見る気もしない。観客気分で眺める行為に何の意味も感じられない。
彼女はあくまで自分の意思でここにいる。そしてここにいる意味も失った。
同伴者が倒れ、あるいは離れていった。
ある意味で楔といえた戒めは解け、自由となった式。
どう動こうが、彼女を咎めるものはいない。



「………………」

だれもいない土地。
空には高く本物の太陽が輝き、乾いた風が頬を撫でて通り過ぎる。
ひとつの戦いが幕を下ろした場所。
そこで誰もが道を選び、自らの意思で足を進めた。
あるものは奈落に落ち、またあるものは去っていった。
その一点だけは、ここに集った者達の中で共通している事柄。

天江衣は決意の後に死んだ。
阿良々木暦は無力に沈んだ。
インデックスは変調を来して破損した。
グラハム・エーカーは失意の底で意思を炸裂させた。

ならば、両儀式の向かう道は―――





             □ □ □ □





「おお、来た来た」

云って、敵を前に、一笑い。
細胞ごと興奮しているのを感じる。これから始まる死闘に血が滾っている。
羽撃く死の天使の操者は、喜悦の笑みで昇り来る挑戦者を待ち構えていた。

他を蹂躙できる戦力を一方的に与えることなど、ゲームマスターは許しはしないだろう。バランス崩壊もいいとこだ。
コレを渡す機会―――難易度を考えれば実質無償で―――を与えた以上は。
今の戦場には、コレを必要とするだけの戦争が待ち構えている筈である。
そう踏んで戦火を俯瞰して、やはり狙いは当たっていた。
これならば、大将がこの機体を自分に与えたのも頷ける。ようするに吊り合いを取ろうというわけだ。
それ以外の狙いがあろうがそんなものは関係がない。
今はただ、この数奇なる運命をもたらしてくれたことに感謝するのみ。
ここに来て、自分が望む最高の舞台を用意してくれた事を。

天上から見つけた動かぬ巨兵。それをサーシェスは対戦相手に指名した。
その名はガンダム。圧倒的な力の象徴。最高の戦争道具。
信長への怨恨を帳消しにできるほどに、あまりにも魅力的な相対敵。
元々、蝿叩きのようにチマチマと潰していくことには気が乗らないでいた。
折角の兵器も狙う相手がいなければ愉しみを大いに損なう。
同じ土俵でなければ、張り合いというものがない。
しかも入手した資料、『ヨロイ・KMF・モビルスーツ各種完全型マニュアル』の情報が正確であるならば。
アレの性能はソレスタルビーイングのガンダムに匹敵、あるいは超えるほどの指折りの獲物である。
ならば愉しめるはずだ。満足させてくれるはずだ。
飲めども食えども決して尽きぬ渇望を癒してやまないはずだ。
これで燃えないはずが、昂らないわけがない。

そうして狙いを定め、起き上がるのを待っていたというのに、肝心の相手一向に動く様子が見られない。
戦場の具合、ビルの崩落や粉塵が止んでいることから倒れてから結構な時間が立っているはずだが。
まさか中の奴が気絶でもしてるのか。せっかくここまでお膳立てされてるのに、これでは興ざめもいいところである。
業を煮やしどうしたものかと腐心していたところで、新たな影を見つけた。
機体の傍に駆け寄っていく二つの人影。
片方の学生らしき男は知らない顔だが、もう一方の修道女には見覚えがあった。
オープニングで堂々と顔を見せ紹介された、今は脱走兵である女。
その様子から、あの二人と機体のパイロットとは仲間だろうと大雑把にも把握する。
だから、いい餌になると思った。

操縦桿に指を絡める。
目標をロックオンして、スイッチを押す。
やることは初級中の初級。生まれたての新兵が人殺しに堕ちるため覚える最初の一歩。
それだけで命令はアルケーの駆動内を伝播し、握るライフルから淡い光が帯になって火を吹く。
発破がけと試し撃ちがてらに放ったビームは地上を突き進んでいく。
放っておけば確実に直撃。パイロットに息があるのなら必ずアクションを見せてくれる筈。
そして案の定こちらの意図にすんなり乗ってくれて、こうして正面に対峙する。



枠に囚われない、天空の闘技場にプレイヤーが揃う。
対峙する紫紺と紅。
纏う鎧は似通っているが、秘めたるは真逆の信念。

『―――よお、わりいな。寝てるとこを起こしちまってよ』

GN粒子は通常の電子機器に影響を及ぼす。同じ太陽炉搭載機でなければ通信も成り立たない。
あの機体にGNドライブが付いていないことを知っているサーシェスは外部音声で相手に声をかける。
特に意味があるわけでもない。対話の姿勢など、微塵も持っちゃいない。
なんのことはない、ただの雑談だった。
戦場は一期一会だ。殺し合いの舞台では、出会いと別れは常に直結している。
今日会った人間が一分後に脳漿を飛び散らすなんてのも当たり前。
自分が殺し、自分を殺すかもしれない相手と語るのも、悪くないと思っただけのこと。

『けどてめえの方もいけないんだぜ?戦場のど真ん中で昼寝なんざ撃ってくれっていってるようなものだろうがよ』

酒場の酔漢がテーブルで隣り合った客にからむような軽薄な口調。
場末のカウンターで紡がれる小話は総じて碌でもないのが挿話の常だ。
絡まれた男は、閉鎖されたコクピットの中で一言も発さずサーシェスを黙殺している。
相手なりの挑発返しと受け取り、さして不快になることなくサーシェスは舌を動かす。

『寝起きに早速だけどよ、これから派手にドンパチするわけだが―――』





『少し、黙れ』





一言。
短く、簡潔に拒絶が放たれた。



「今の私に……戦いを楽しむ余裕があるとは思うな。
 慈悲があると期待するな。
 温情などというものが入り込む余地があると願うな」

冷たく、鋭い声は抜身の刃のようだった。
男に見舞われた怒りが、絶望が、炎となりて身を叩き上げている。
銘を付けるならば、阿修羅。
天を追われ、永遠の戦場に立つとされる鬼神。
苦悶の地と憤怒の空で創られた、三界の輪廻を断つ妖刀の具象だった。

『これより先は、何を勝ち得るでもない。何を守るでもない。
 戦いですらない、ただの八つ当たりだ。
 今の私の前に立った、己の不運を呪え』






『――――――――――――――――――――――』

サーシェス。唖然。
ほんの少し前とは見る影もない小さな口をへの字に曲げる。



『――――――ぎゃはっ』

一拍、置いて。

『ぎゃっははははははははははははははははははははははははははっ!!!!』

爆笑する。
心底からの可笑しさで笑う。
小さな口を限りなく広げ、顎が外れそうになるほど邪に淫らに笑う。
品位も礼節もない、ただただ暴力的な感情の発露であった。

大笑の根源は嘲罵ではなく、むしろ歓喜によるものだった。
今対峙する相手の予想外の答えに、遅れて礼賛をあげたのだ。
なんだ、いるじゃないか。こういう奴が。
こういう手合いであったことはむしろ幸運だ。不殺だの権利だの説教するようなガキよりも、よっぽど心に響いた。

『そうかそうかなるほどねぇ!ああそいつは確かにツイてねぇな!
 いいぜ、買ってやるよその喧嘩!』

サーシェスは今、神の存在を信じた。天からの祝福に感謝した。
有り得ない出会い。起こるはずのない交差。夢想だにしなかった考え。だが間違いなく心待ちにしていた願望。
それが今、ここに成就しているのだ。
たとえ次の瞬間に地獄へ叩き落とされるとしてもそれは、釣り銭としては余り過ぎるだけの代価だ。
命を賭けに乗せもしなくば、こんな極上の祭りには釣り合わない。

右の二の腕に接続されていた大剣を引き抜く。
動力のコンディションが高まり出力を増して噴出させる。

腰にかけられた柄から光剣が解き放たれる。
勝利のためのシステムが未来を読み込み起動する。



求めたものは同じだった。
欲した理由はあまりにも異なっていた。
かたや愛を超越した憎しみの果てに。
かたや欲望のまま生き続けた結果に。
全ては、数多の時代に名を馳せた兵器の為に。

唸る轟音は機械の猛々しい嘶(いなな)き。
推進器から散布される粒子は、戦争の狼煙。

欲望と信念。闘争と戦争。
近似しながらも交わることのなかった二重螺旋。
ここに、壮烈な火花を散らして相克する。

力の名―――ガンダムを追い求めた者同士の戦いが、いま始まる。






「さぁ、始めようじゃねぇか! ガンダム同士による、とんでもねぇ戦争ってやつをよぉ!」






             □ □ □ □






かつて、大きな死があった。
どこかで、取るに足らない生が消えた事もあった。
あるいは今、尊い命が燃え尽きていたのかもしれない。
とても大切な、取るに足らない小さな瑣末事。
人がの在り方が矛盾している以上、筋書きが歪なのは愛嬌だ。

物語は続く。
四季を話の顛末と当て嵌めて、今はちょうど冬の到来。
裸の枝を晒す広葉樹にしがみつく、数枚ばかりの葉々。
木枯らしに吹かれて一枚、また一枚と地面にその身を横たえる。

悲喜は様々だが、無駄なものなどひとつとしてない。
その命が無意味だったとしても、残るものには価値がある。
積み重なる屍を礎に、階段は築かれていく。
嘆かれる叫びを殺して。
踏みしめる肉の感触を忘れて。
やがて天にそびえる扉に手が届くのを待ち望み、次の段へと足を乗せる。
誰にも聞こえず鳴る足音は、遂に扉の前まで近づこうとしている。

戦いは終わらない。
人と人は分かり合えず、魔と魔ですら理解し合えず。
死は死を呼び、命を餌に次なる生を絡め捕る。
だからこれも、その一端。
串刺そうとも。
突き刺そうとも。
結局どれも、百舌の早贄になるのは変わらないのだから。




かくして、舞う二対一色は天蓋の園にて剣を執った。
血の色は未だ燃え続けている。
終わらない。
闘争は終わらない。
そこに火種のある限り。






「――はハ、終わらねェ」




そして同時期、どこかで、誰かが、そう言った。




「まだ、終われねェンだよ」



終わらない。
何よりも最大の火種も未だ、尽きてはいないのだから。






『――――――ああ、そうだよ。終わらないさ、まだ』




終わらない。
そして地で燃える火を見下ろす存在も、天より降りてさえいないのだから。


ここより始まる、収束。
そして、重なり合いて――



























【White Side--End / 羅刹舞踏編・閉幕】






























白と黒の戦。



二つの道が交差(クロス)するとき、物語は始まる。




















【 X Side--Start / 黎箔爻叉編・開幕】



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最終更新:2012年08月26日 00:18