crosswise -white side- / ACT3:『Glossy:MMM』(1) ◆ANI3oprwOY
/追憶
目を閉じれば思い浮かぶ、それは過去の情景だった。
かつて、世界は灰色に見えていた。
人も、町も、空も、自分の外側に位置する全てに色彩が無い。
モノトーンで統一された風景。
東横桃子という少女にとって、かつて世界とは、そんな形をしていた。
桃子は生まれつき、極端なまでに存在感の希薄な少女だった。
他人の視野にいてもまず気づかれない。
伸ばす手、投げかける声は他人へ届かない。
過剰に、派手に動いたときようやく周囲は桃子を見るが、
けれどそれも一時のこと、すぐ後には忘れ去られた。
例外は無い。
クラスメイト、担任の先生、両親さえも。
全てが等しく桃子を見落とし、そして何かの拍子に気づいたとき、声をそろえて言うのである。
『影の薄い子だ』、と。
そう評価したことさえ、きっと彼ら彼女らは既に憶えていないに違いないと桃子は思う。
桃子は当たり前のように忘れられて、至極自然な成り行きで他者の視野にいなかった。
人と出会うその度に、桃子は心の中で『天秤(はかり)』を思い描く。
台座から伸ばされた二つの皿。乗せる錘は他者の価値と、自分という存在の価値。
人と人が関る意味の重さを量る、それは一つの指標である。
結果、かたんと音をたてて振り切れる他者。
浮き上がる、桃子の軽さ。
つり合わない。
それはいつもいつも同じ結果で、
だからやがて量り続けることにも飽いた時、桃子はふと天秤の上から自分をどけた。
量るのをやめることに、コミュニケーションを止める事に、特に未練はなかった。
事実、辛いと思ったことなど一度もない。
色あせた景色への思いは酷く冷めていた。
触れても届かず、呼んでも響かない。
繋がれない、結べない。己の痕跡は一つも残らない。
そんな世界は俯瞰風景でしかない。
だから桃子にとって、世界は灰色に見えていた。
人も、町も、空も、等しくモノトーンの色調で統一されている。
辛いも何も無い。
他者にとって桃子が軽いように、桃子にとって他者は軽く。
関ることに意味を見出せない。
世界にたった一人きりのような、
それは生まれてからずっと続いていた日常であり、桃子にとっては常識の光景だった。
けれどそんな生活にも慣れきって、飽き始めたとき、ふと思うことがあった。
『東横桃子とは、はたして本当に存在しているのだろうか?』、と。
空虚な景色。モノトーンの人々。
だけどそれは、本当はどちらの側なのだろうかと。
桃子が眺める人々は、皆他人と関っていた。
当然のように絆を結んで、そして笑顔を浮かべていた。
楽しそうに、嬉しそうに笑っている。
他人と関る。見てもらえることに、意義を感じること。
それが絶対多数の、世界の常識なのだという。
ならば、それが出来ない者は、果たして存在していると言えるのか。
東横桃子は、ここにいないのではないか。
世界に存在しないのではないか。
本当に灰色なのは、モノトーンの色調なのは、自分の側ではないのか。
――私は存在しない。
ここにいて、何処にもいない影法師。
己は存在しない存在だから、誰とも関る事はない。
だとしてもやはり哀しいとは思えなくて、だから切なさに似た、諦観を抱く。
――私はどこにもいない。
気づけば口癖となっていたその言葉。
呟くほどに真実味を帯びていて。
だからあの日も、桃子は確信して言ったのだ。
――あなた達には、私を見つけられない。
手が触れる事は無い、声が響くことも無い。
絆を結ぶことなどありえない。
いま桃子に興味を持ったらしいこの人も、いずれ忘れるんだろう。
日常はこれまでどおりに回り続ける。
世界は変わらず、
持ち上がった天秤の上、そこで私はいつまでも、留まり続ける。
そう、信じていた。
『私は――』
だからこそ忘れない、景色がある。
あれは変わらず灰色の教室で留まっていた桃子の信仰を、
常識(はかり)を粉々に打ち砕いた彼女の、力強い声だった。
『私は君が欲しい――』
今も、胸に響いている。
思えば桃子自身にとっても、他人の声が胸に響いたのは初めてのことだった。
他の誰でもない己を求める誰かに、初めて心を動かされた。
あの時、気づけば足が動いて、手を伸ばしていた。
それは抗えない衝動だった。
生まれて始めて感じる想い。
これが何なのかはわからない、感じたことのない気持ちだから。
知れたことが嬉しいのかも、知らなかったことが悲しいのかも、主観では分らない。
それでも桃子は、何となく理解してしまった。
もう戻れない、と。
知ってしまえばこれなしでは生きていけない。
それくらい膨大な、当たり前すぎる感情の奔流。
つながりたい。
求められて嬉しくて、だから求めてしまう。
触れたくなる。声をかけたくなる。
とっくに擦り切れていたはずの、感情が止まらない。
――おもしろい人っすね。
今まで誰一人選ぶ事の無かった桃子の価値を、唯一拾い上げてくれた人。
初めて自分を見てくれた人。
東横桃子を選ぶと、言ってくれた人がいた。
嬉しいと、そう、思った。
――こんな、私でよければ……。
桃子の手が、彼女の手に、触れる。
あの瞬間に世界が一変したのだと、桃子は今でも信じている。
もしかすると、あの瞬間にこそ己は世界に生まれたのかもしれないと、そんな風に思うほどに。
手と手が繋がった瞬間に、色が弾けたような気がしたのだ。
寂しいモノトーンの色調に明るい彩りが与えられ、淡く輝き始める。
世界が色で満たされて、きらきらと輝く、宝石のように感じられた。
その色彩の全てはただ一人、彼女がくれたものだ。
世界の何処にも存在しなかった東横桃子に、世界を、繋がりを、絆をくれた人。
彼女がいない世界はきっとまた白んでしまう。
灰色の空虚な、そんな場所にもう、戻りたくなどない。
だからこの身は、貴女のために。
彼女がくれた世界を守るために。
そして、取り戻すために、東横桃子は戦おうと決めたのだ。
「先輩、見ててください」
過ぎる回想を終え、
目を開けば広がっている、それは過酷な現実に他ならない。
戦場は苛烈を極め、正に地獄の鉄火場だ。
敵の強大さも、己の脆弱さも重々承知している。
だが、それでも往くことに迷いはない、恐れもない。
「ここから先は――」
さあ今こそ、在りし日の言葉を現実にしよう。
「ステルスモモの独壇場っすよ」
この世界から消えてしまった彼女へと。
今度は桃子が、生を返す番だから。
□
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crosswise -white side- / ACT3:『Glossy:MMM』
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/Glossy:MMM(1)
殺戮の轟風が吹き荒れる。
立体駐車場内部への進入を成し遂げた
一方通行の存在とは即ち、
拠点深くへと打ち込まれたミサイル弾頭に等しい。
後はその役通りに炸裂し、内部の者を残らず粉砕せしめれば彼の勝利となるだろう。
「大量ォ大量ォ!!」
真紅の目が喜色に染まり、口元が笑みに釣り上がる。
うざったいデカブツには無視できない損傷を与えてやった。
最早味方を庇うに足る装甲は持ち得ない。
役割は砕いた。勝負アリだ。
能力殺しの女も、武器を砕いて突き落とした。
おそらく死んだろう。
生きていたとしても、今視界に映る雑魚を皆殺した後にデカブツ諸共纏めて殺せばいいだけだ。
機能を失った盾、刃を失った矛。
もはや脅威に値しない。
いま視界にあるだけで敵は三つ、当然の如く瞬殺する。
瞬殺、そう瞬殺だ。
目前にある敵に、先ほどまで相手取っていたようなチカラは無い。
触れれば砕ける脆い凡俗。
二秒も掛からず皆殺してやれるだろう。
破壊の魔手が伸びる。
第一に選ばれた標的は暦と
インデックスの二名。
床に転がる
天江衣の死体を前に呆とするインデックスと、彼女を庇おうとする暦の背中。
この上ない無防備と脆弱。
かける情けなど、今更持ち合わせていよう筈も無い。
故に、それを阻むものがあるとすれば一つのみ。
伸びる魔手へと振るわれる拳。
暦とインデックスを背後から飛び越えたスザクが撃ち放つ、迎撃の一撃だった。
この世の全てのベクトルを狂わし壊す一方通行の腕が、同じく一本の腕によって弾かれる。
可能とする要素とは魔術でも能力でもなく、技だ。
驚異的身体能力が可能とする、先の戦闘で反射の壁を突破せしめた絶技である。
それも一撃で終わりはしない。
一方通行の攻撃を弾く腕の一撃から間断無く、二撃目の健脚が撃ち上がる。
「邪魔だ」
スザクの冷え切った声が追従する。
切り裂くように繰り出された回し蹴りによって、一方通行の細身が大きく後方へ吹き飛んだ。
更にそれを追う視線。
一方通行の赤き眼を見返す、紅き眼。
焔の如き眼光が倒すべき敵を見据えている。
「そいつァ、こっちのセリフだろォがスゥザクくゥン」
それにレベル5は臆する事無く異常を発動させていく。
吹き飛ぶ一方通行の勢いは圧巻だが、それ自体は特段不可思議なことはない。
助走と踏み込みを最大に乗せたスザクの蹴撃。
細身の体重であれば、数メートルは中空を飛ぶであろう衝撃である。
であれば、異常とは体の吹き飛ぶ方向(ベクトル)にあった。
本来、跳ね上がる一方通行の体は立体駐車場の柵を越え、落下を免れなかった。
スザクの狙いも、勿論それだ。
突き落とすことで殺すことは出来ずとも、時間を稼げると踏んだのだ。
しかし正面へ蹴り飛ばした筈の一方通行は何故か斜め上方向へと弾かれている。
異常の原因を探る前にスザクの五体は動いていた。
疾走は、蹴りを放った直後に開始している。
上昇する一方通行の手が立体駐車場の天井に触れ、コンクリートがピシりと音をたて罅割れた。
受けた蹴撃の力のベクトルを転換し、伝えた結果である。
次いで床に降りてくる彼が同じ現象を床に使えばどうなるか。
一方通行は直接スザク達を害せずとも、地盤そのものを崩せば致命打を与えることが出来る。
即ち、立体駐車場そのものの崩壊。
この『場』に、触れさせるわけにはいかぬ、と。
スザクは一方通行の落下する軌道にスライディングで滑り込み、アッパー気味の拳打を打ち上げる。
結果、狙い違わず命中。しかし異常はまたも現れた。
真正面へ吹き飛ばす勢いで放った一撃が入ったにも拘らず。
一方通行はスザクの思慮外の、背後へ弾かれ飛ぶ。
(残り、どれくらいだ……)
振り向きつつスザクは己の勝機を、攻防に加速する脳回路で計算する。
一方通行の制限時間、正確なリミットを知らないスザクであったが、
ここまで常にグラハムと式を相手取っていた敵の猶予は、そう長くないであろうと当たりをつけていた。
一旦この場から離れ、高層ビルの投擲を行おうとしないのが証拠である。
しかし持ちこたえるにも限度があり、スザクの押えきれる期間で勝機にたどり着ける目算はない。
故に撤退こそが最良の選択であると。
「――三分だ」
叫ぶ言葉、向ける人物は背後にいる一人の少年。
撤退までの時間稼ぎ。『持ちこたえる限界。義理を果たす時間』。
これが最後の干渉だと彼は決めていた。
少しばかり、負い目はある。
視界の端にチラリと映った、赤色流れ出す少女の死。
だからせめて、そのくらいはやらなければ、此処を離れる事を己自身が許せない。
「それまでに君が、動かせ」
けれど、これが最後になるだろう。
三分。生きるため、区切りをつけるため。
手を貸してやれるのはこれが最後であり、限界。
だからそれまでに己自身で活路を見出せと、
枢木スザクは告げていた。
◇ ◇ ◇ ◇
/Glossy:MMM(2)/あるいは
阿良々木暦の俯瞰風景『残骸』
どういうことだ?
どうなっている?
どうすればいい?
疑問が回る。
グルグル逆巻いて混乱して、僕の脳は疑問符だけで満たされ合わさりグチャグチャに溶けている。
動いてしまった戦況で僕は何かをしなければならない筈で、でも何も思い浮かばなくて、だから考えなくてはならない筈であり、だけど、できない。
何も考えられない。
思考が前に向かない。
足は動かず。
心は固定され。
視線はソレに釘付けになっている。
何が起こったのかを理解できず。
でも結果は、変えられない結末が目の前にある。
たった数秒を遡れば、笑っているあの子がそこには居た。
なのに目の前を見れば死んでいる。
死んでいる。
天江衣は死んでいた。
死んでいる。
死んでいるようにしか見えない。
生きている希望なんてない。
だって死んでいるから。
立体駐車場の、薄汚れた床の上に倒れて血を零している。
彼女の胸には穴がある。
細い、僅かな、だけどこれ以上無く惨たらしい。
焼き切れたような小さな穴、ただの孔だ。
けれどそれは少女にとってあまりに致命な、十分すぎる傷だった。
分っている。死んでいる。
どう見ても、どんな風に見る角度を変えても、触っても、揺すっても、声をかけても、彼女は二度と動かない。
僕は失敗した。
また失敗した。
また死なせた。
あの一瞬、いったい何をすれば救えたのか。
そんな後悔と、取り返しのつかない追想は紛れもない時間の無駄。
耳には破壊の音と、今も戦い続ける枢木の声が聞こえている。
僕にはやらなきゃいけない事があって、でも、だから何だって言うんだ、とか。
そんな風にしか思えない。
だから僕が――この時、動くことが出来たのは間違いなく、
「ぁぁ……ぁあああああああああッ!!」
隣に違う誰かがいたから、だろう。
「――?」
偶然隣にいたその誰か、インデックスの声無き疑問が聞こえる。
彼女は自分の修道服に光の刃が突き刺さっていることに気づいておらず。
だから僕によって唐突に片腕を掴まれ、勢いよく引っ張られ少しだけ表情を変えた。
一瞬遅れて駆け上がってくる閃光の刃が、インデックスの鼻先数センチを薙いでいく。
じゅぅ、という焦げる音と共に、彼女の前髪が数本溶かされ宙に舞った。
コンクリートの床に銀髪が落ちるよりも早く、僕とインデックスは折り重なるように倒れこむ。
かたや引っ張った勢いそのままに、かたや引っ張られた勢いそのままに。
衝撃と、硬い床の感触を味わった。
先に倒れた僕がクッションになり、インデックスが床に叩きつけられる事は無かったみたいだけど。
「へぇ、この武器なら貫ける、と思ったんすけど」
床に倒れた僕の上、インデックスの、さらに上から声は聞こえた。
聞き覚えのある声だった。
「やっぱり顔面とか狙わないと効かないみたいっすね」
もう一つの現実がいた。
天江衣が死んだ。
死んだということは当然、殺した奴がいる。
そう、ここには、いま僕の目の前には、
「東横、桃子……」
天江衣を殺した、東横桃子がいた。
背後、落下防止の柵の向こうで燃えるビル街を背景に、
前に見た姿と同じ、だけど変わっている姿でそこにいた。
相変わらずの、ゆらゆらと形を留めない歪んだ輪郭。
肩辺りまで伸びた黒髪。
前髪の中でも特に長い二本が目にかかっている。
その向こうから僕とインデックスを見下ろす瞳は、酷く玲瓏だ。
うっすら見えるその姿はどこかの高校の制服を身にまとい。
けれどそれは彼女自身の血で滲んでいた。
右の袖は破れ、左の肩口は切り裂かれ、スカートもボロボロに擦り切れている。
前に見たときと違う、傷だらけの体。
それでも、彼女はこのスタイルを崩す気はないようだった。
「はい。久しぶりっすね、阿良々木さん」
明るく、けれど冷たく話す彼女の手には、一本の鎌が握られている。
銀の柄と、実体のない矛先。
天江衣を殺した、死神の鎌。
そしてついさっきも、インデックスを狙っていた光の刃だ。
あと一瞬手を引くのが遅れたら、彼女の顔面は凶刃に抉られていたのだろう。
「にしてもその服、いったいどうなってんすかね。ルルさんが使ってたやつ以上っすよ多分」
接近に、気づけたわけじゃない。
今この時まで東横の姿は見えなかったし、鎌が振り下ろされた事すら察知出来なかった。
何故気づけなかったのかという疑問は尽きいけれど、気づけた理由は明らかだ。
天江の体を呆気なく貫いた刃はどうしてか、インデックスの修道服を切り裂くことが出来なかったらしい。
僅かな猶予があった。
インデックスの胸部で止められた閃光の刃、それが頭部へと駆け上がる前に隣にいた僕は動くことが出来た。
「ぐッ……」
肉の焦げる臭いと鋭い痛み。僕の腕から発せられている。
インデックスに攻撃を加えられた際、焼き切られた僕の二の腕、
おかげで気づけたけれど、もう片腕しか使えない。
「お前、なん、で?」
不可思議な隠匿。
ついさっきもこんな事があった。
天江が殺されたとき、いやもっと前、設置されたガレスの存在に気づけなかったときから。
いや違う、思えば彼女と出会った瞬間からだ。
気づく。
こいつはずっと、存在していたのだ。
誰の目にも映らずに、あの鎌を携えて、ずっと僕らの目の前で。
向かいのビルに潜んでいるという、僕らの予測を嘲笑うように。
「変なこと聞くっすね。
私が優勝狙いってこと、前に言った筈っすけど」
機を窺っていた。
なぜ気づけなかったのか、もう疑問すらない。
見つからないこと、それが彼女の力。
それはそういうものだと。
東横が天江と同じ世界の出身だと知った今なら、理解できる。
「なぜ私がここに居るのか、ってことなら、
『ここに居たから』としか言いようがないっすね。
ええ、むこうのビルに居るっていう、あなた達の予想は大ハズレっす。
あそこに在るのはロボットだけっすよ」
東横は答え合わせするように、左手に持つ物を僕にむける。
黒いトリガー。銃じゃない、コントローラーのように見える。
おそらく枢木が持っていたものと同じだ。
「こんなふうに、ね」
同時、東横の背後で動きがあった。
柵の向こうに見える対面のビルの、屋上にあった東横のナイトメアフレーム。
枢木がガレスと呼んでいた機体が僕らのいる立体駐車場へと向き直る。
「それとも、なぜ天江衣を最初に狙ったのか、ってことっすか?
単純に、彼女は邪魔になるってだけっすけど。
生かせば不利に、殺せば有利になる存在。
ま、要約すればそれだけのことっすよ」
現にそうなってるでしょ、と。
東横は僕の背後を指差す。
確かに、してやられた。
完敗。
これはそういうことなんだろう。
エピオンは落ちた。
式の刀は砕かれた。
希望に見えた天江の力は死をもって終わりを告げた。
そして、極めつけがこの状況、一方通行の接近。
たった一人で不落の大敵を相手取る、枢木の戦場。
最後の抵抗が、ここに残る全て。
――三分だ。
風に紛れ、枢木の声が聞こえていた。
三分。たった三分が限界の戦場。
それだけが僕らに残された時間だ。
――それまでに。
ああ確かに、枢木に出来ることはコレが限度なのだろう。
三分もたせることが限度だと、
命をかけるその期間が最後の義理立てだと言っていた。
薄情だなんて思わない。枢木には枢木の事情がある。
ここまで力を貸してくれただけでも、あいつは良いやつなんだろうと、そう思う。
だけど、僕に何が出来るというのだろう。
「で、どうするつもりっすか?」
死神の鎌と機兵の手綱を構えて、東横は僕に聞いてくる。
お前に、何が出来るのか。
何も出来ない。
天江衣の死で、僕の意思は挫かれた。
為そうとした悪あがきは終わってしまった。
ここに居るのは負け犬。無様で惨めで、どうしようもない敗者。
潔く座りこみ、三分以内に枢木を殺すだろう一方通行の手に掛かるのが分相応な運命かもしれない。
手早く東横に首を差し出すのも悪くない。
なんて言えてしまえる。
ここにいるのが、僕一人だけならば。
「下がってろ」
僕は、僕の意思に反するように動いていた。
立ち上がり、動く片腕で持っていた銃を東横に突きつける。
傍らのインデックスを動かない方の肩で後ろに押し下げ、庇う。
まだ続ける、抵抗。
インデックスの表情は、やはり変わらない。
血涙を流しながら、天江の死体を見つめ続けている。
そんな彼女を僕は守ろうとしていた。
天江が死んで、泣く間も無く、絶望する間も無くとった動き。
「んー、理解できないっすね」
どうやら東横をして、これはそういう評価らしい。
「知ってますよ、それ」
鎌の先をインデックスに向けて、彼女は笑う。
「主催者の一人っすよね。なんでこんな所に居るのかは知らないっすけど」
目に怒りも悲しみも浮かべてはいない。
しかし不快であることは間違いないようだった。
「それが存在しなければ、こうはならなかったかもしれない」
言う意味は理解できた。
僕も考えたことが無かったわけじゃない。
主催という存在。僕らをここへ呼び込み、殺し合いを強制した者。
インデックスの事情はどうあれ、その一人であることは変えられない事実。
可能性としてある。
彼女が存在しなければ、誰も死ななかった可能性。
僕が、彼女を、皆を、失わなかった可能性。
可能性上の悲劇の発端、何も知らない僕達にとって彼女は悪の象徴だ。
「なのにあなたは、そんな人すら庇うつもりっすか? 何の対価もなしに」
東横の笑みが、歪んで止まる。
「天江さんを守ろうとしてた時も、そう。
今も、そう。
阿良々木さん、あなたはきっと誰にだって、そうする人っすね。
あなたが助けるのは、傷ついた人がそこにいるからで、ただそれだけ」
その目はどこまでも冷たい。
いつか、幾人かの人たちに言われた言葉を思い出す。
――阿良々木くんが私を助けたのは――
愛無き、献身。
「ああ……そうみたい……だな」
「理解できないっすね、私には多分、永久に」
お前とは違う、と。
断絶を示すように、東横の言葉は嘲りに近い宣告だった。
相容れない、受け入れない、故に話し合う余地は無い。
宣戦布告。僕は応じるしかない。
ここでインデックスを見殺しに出来ない以上。
そしてその為に、生きる事を止められない以上は。
「理解なんていらない……いいからこいよ。相手になってやる」
――そんな、あなただから――
でも、そんな僕を、どうしようもない僕を、あいつは好きになってくれたんだって、信じてる。
だから僕は未だに動きを止める事ができないんだ。
その点でどこまでも、たぶん僕はどうしようもない奴だから。
戦うしか、ないんだ。
彼女達を裏切らないためにも。
彼女が好きと言ってくれた僕を、裏切らない為にも。
一度や二度、絶望したくらいじゃ、自分なんて止められない。
◇ ◇ ◇ ◇
/Glossy:MMM(3)
多少、時系列は前後する。
一人の少年と一人の少女が対峙したその時分においても、
変わらず騎士と怪物の死闘は繰り広げられていた。
「つァらッ!!」
暴虐の限りを尽くすレベル5。
「―――ォッ!!」
駆け抜ける白の騎士。
「オマエも諦めのわりィこったなァ」
中空にて白貌が哂い、蹴り砕いた柱の瓦礫で形成した散弾を乱射する。
対し、猛進する騎士は嘲笑の声など気にも留めない。
目前にて滞空する敵を追う脚は未だ止まらず、
床を蹴り壁を跳ね、変幻自在の軌道で疾駆する。
地盤を砕かんと落下する一方通行、させじと迎撃するスザクの腕。
破壊の手が床に触れる直前に打ち込まれる拳。
過不足の無い、本気の一撃だ。
通常、反射の壁に守られた一方通行を全力で殴りぬけばどうなるか。
数倍の威力を跳ね返され、拳および手首の骨を粉砕されることは自明である。
更に悪ければ触れる腕部をそのまま捉えられ血液逆流内臓破裂、致命の反撃を受けてしまうことだろう。
しかしスザクが例外であることは、これまでに示されている。
絶妙な精度で磨き上げられた体躯。
天より与えられた武闘の才覚。
そして本人の弛まぬ努力。
以上三つが、なんら異能を持たぬスザクを天災級の超能力と相対させるまでに押し上げた。
『攻撃の引き』で反射を抜ける。体得した技術はこの空間において遺憾なく発揮されている。
異常を殺す、異常の体技。
ならば真の異常は、それこそ通じていないという異常である。
そも、スザクの拳をまともに受けているならば、一方通行が未だに立てている道理は無い。
不可解。
道理の通りに当たる攻撃に対し、道理の通りに動かない事象。
あまりにも足りない、手ごたえ。
唸る拳が都合三度目の直撃を為した頃には、スザクにも事の次第が推測できていた。
「ンだァオマエ……反射を抜けりゃそれで俺を潰せるとでも?」
宙を舞う、悪魔が哂う。
「ボケが、『攻撃が効かない』程度の能力(レベル)なンざ、ザラに転がってンだよ」
あの都市ならば、己を守る防壁を備えた手合いなど別段珍しく無い。
レベル5の頂点たる力を、単純に鎧を剥いだ程度で破ったと、
そんなものは思い上がりもいいところだ。
「ちィとばかし『設定』を変えりゃいいだけだ、それだけで……」
スザクの四撃目、正拳突きから繋げて放つ上段回し蹴りが、一方通行の脇腹に喰らいつく。
その命中の瞬間にスザクは見た。
一方通行自身に反射されるはずの力が、僅かにズレる光景を。
「――ッ」
直感。迸る予感に任せ腕を曲げ、足を捻る。
訪れた結末は先ほどと同じ現象。
不可解な方向に一方通行の体が弾かれ、スザクの手足にも多大な負荷が科せられる。
反射は起こらないがダメージも通っていない。
今この時、死線を潜ったのだと、背筋を走る悪寒が告げていた。
電流のように流れる思考が現象を分析する。
六感で働かせる思考によって齎された答えはつまり、
これは反射ではなく――屈折。
力を分散させて弾く、『対反射』に抗する防御の形。
一歩間違えれば反撃を許していた。
逆に、もしもスザクが一方通行の屈折の方向性を予測できるのであれば、攻撃は通ったはずだ。
例えば一方通行の能力を開発した科学者のように。
敵の思考パターンを網羅していれば、スザクの優位は揺るがなかったかもしれない。
設定の変更に合わせて攻撃のパターンを変えればいいだけなのだから。
だがスザクは科学者ではない、騎士なのだ。
能力を使うか使わないか、砕いて言えば攻めるか否かを見極める嗅覚ならば持ちえよう。
しかし攻撃をいなす際の癖や、無意識下の思考の傾向を即断して動くような『一方通行のエキスパート』ではない。
となればこの時、スザクの拳は本来の威力を奪われた砲も同然である。
「きはッ、うぜェ」
しかし一方通行もまた、一歩先んじているとはいえ、スザクを捨て置くという判断は不可能。
存在するだけで『反射は無効』という制約がついて回り、向ってくる以上は相手にする必要に迫られる。
つまりスザクの行動は、一方通行の妨害という役目を確実に果たしていた。
本来、接近を許した時点で確約されていた全員の死、リミットを引き伸ばし続けている。
感情を殺すように無情の貌で、地を蹴り続けるスザク。
感情を塗り潰すように激情の態で、宙を舞い続ける一方通行。
戦闘開始から数分と経過してはいないにも拘らず、二人の死闘の密度は一刻の時を超過して余りある域だ。
弾丸の如き速度で宙を飛ぶ一方通行は無双の異能を発現する。
反射破りの弱点を半ば克服し、未だ健在の能力を振るう彼は最強の称号を揺るがせない。
追いすがるスザクの地力もまた驚嘆の域。
『生きろ』というギアスの効果が及ぼす絶対回避の体技と心技が、今をもっても異の理を砕こうと疾走を止めない。
一方通行の死とは、即ち異能の限界がいつに迫るかということだ。
スザクの死とは、即ち人体の限界がいつに迫るかということだ。
誰よりも異能を極めた一方通行と、誰よりも人間を極めたスザクの、これは鬩ぎあいに他ならない。
「そォらそら止まってンじゃねェ!! 死ンじまうぞォ!!」
挑発と共にチカラによって弾け飛ぶ瓦礫の礫。
舞い上がる大量の土砂が、怪物の手に触れると同時に撃ち出され戦場を包む。
安全地帯、無傷の空間は存在しない。
何処に逃げようが少しでも留まった瞬間に撃ち抜かれて潰される。
「――っ」
だがここに、歩みを止めぬ人間は己の死を許さない。
襲い来る弾丸を避け、踏み出したその場所が潰されるより尚早く次の場所へと。
愚直に愚直に、譬え一瞬だろうと止まらぬ、前進し続ける。
それは枢木スザクがこれまでずっと繰り返してきたこと。
足を止めるなど彼にとっては論外も甚だしい。
故に挑発には答えず、視界を埋め尽くす攻撃を踏み越え、肉薄。
「一つ、質問する」
柱を蹴って跳躍し、一方通行のその青白い頬へと拳を撃ち込む。
激突音と炸裂音が木霊する鉄火場で、声は消される事なく当人の間に繋がった。
「今更なンだよ?」
殴りつけられ、吹き飛ばされ、しかしダメージは皆無。
斜め後ろ方向にきりもみ回転しつつ、一方通行は続く言葉を待ち受けた。
「…………」
その問いに何の意味があったのか。
やはり当人の間にしか分らない。
しかし変化は、あった。
「そンな、ことかよ」
瓦礫と土石の弾幕を張り巡らせる一方通行の口端。
僅か、常と違う形に変化する。
「――くっだらねェー!!」
持続する暴虐によって一瞬だけ、スザクの攻めが遅延した瞬間。
一方通行の手が僅か、コンクリートの床に掠る。
ただそれだけで、及ぼされた効果は絶大だった。
地盤がめくり上がり衝撃が伝い、
攻撃はスザクだけでなくこの『場』そのものの耐久力を著しく減衰させる。
「何を聞くかと思えば――はァ、真剣にくだらねェなァ。ハハはハハはハハっ!!」
「答える気は無しか」
「――あ? がっ!!!」
優勢が決まるかと思われたのも束の間。
一体如何なる間隙を見切ったのか、
瞬時に接近していたスザクの蹴り上げが、一方通行の下顎を跳ね上げていた。
攻守、優勢、共に逆転。
「が……あ……な――」
対応の遅れた五体は天井に叩きつけられ、血の飛沫が散る。
「ンてな」
ぺろり、と。
舌がその血を舐めとっていく。
天井で張り付くように静止した一方通行。
真下の床にて、構えを崩さないスザクは総身を襲う脅威を察知する。
浅かった。
まだ、殺り切れていない、と。
「じゃあ、逆に聞くがよォ」
発せられた呪詛のような言葉と同時、現象が発生した。
「オマエ、アイツが殺されると思うのか?」
一方通行の受けた力、増幅する。
スザクが追撃を加えるまでに許される、力の及ぶ範囲数メートル。
触れていた天井が、円形に消し飛んだ。
「アイツが、」
無論比喩である。
在ったモノを無くす力は一方通行の領分ではない。
「俺以外の、」
実態は、天井を形成していたコンクリートが、違うものへと形を変えた。
「一体誰に、どうやって、殺されるってンだあァ――言ってみろよォォォォ!!」
形成するは槍の刺突。
一方通行の背後に、五つ。
砕けたコンクリートを固め織り成した、細く鋭利な串刺しの矛先。
「そうか、やはり君が」
スザクの五体を刺しぬかんと、降り注ぐどれ一つヒトの力では止められない。
回避しようにも今度こそ難関を極めた。
故にスザクはその力を利用する。
一方通行自身が生み出したベクトルを、己に利するように活用せんと跳躍し――
「――ッぐッ!!」
地鳴りと土煙。
呻きと再度、迸る血飛沫。
今度はスザクのものだった。
ぽたり、ぽたり、と赤が床に零れ落ちていく。
「あァ? ひゃははははっ、オマエ、頭おかしいンじゃねェか?」
土煙の流れた瞬間。
狂笑が称えるように送られる。
瞬時に五メートルもの距離を移動し、串刺しの槍を回避した存在へと
赤き裂傷が脇腹に刻まれているが、致命傷を逃れた騎士へと。
立ち上がる枢木スザクへと、向けられたものだ。
いかに人体の限界を超えようと、人の身には不可能な回避。
それをスザクは自ら降り注ぐ槍へ跳躍し、打ち上げた蹴り足を攻撃に当てることで為した。
躱しきれぬならば敵の攻撃に接触してでも、己の座標を変えればいい。
一方通行の攻撃の余波、膨大な威力を逆手に取る半ば破綻した戦術。
「上条当麻を殺したのは君だった。だからこそ分からない事がある」
なのに、ここまでやっても完全回避とはいかなかった。
脇腹は掠った槍が大きな切込みを入れ、槍の側面を蹴った右足は痺れて感覚を失いかけている。
折れているならば最悪。ヒビならば今後もう無理は利かない。
それ以下ならば、僥倖と考えている。
「活きがいィねェ。まだやれンのかよ」
損傷の具合は戦いながら知るだろうと。
立ち上がり、回避から攻めに切り替え、間を置かずスザクは駆けていた。
焼け付くような脇腹の痛みは黙殺。敵は一秒すら待ってくれない。
「彼の強固に触れて尚も、君はその、ふざけきった道を行くのか」
駆け続ける足はまだ保てる。
しかし現在進行形でスザク自身が紛れも無い死線を潜り続けていた。
やはり反射破りが対策されていた現状、勝ちは拾えない。
機能する時間はたった数分、動き続けるスザクが自壊する限界まで。
もう、長くはないだろう。
「ああ、とォぜンだ」
そしてダメ押しの一手がここにある。
戦いが続く限り、一方通行が砕き続ける柱や天井とは紛れもなくこの立体駐車上の支柱だ。
タイムリミットにはタイムリミットの重ね掛け、二つの時限爆弾が同時並行で作動している。
「変えやしねェさ。オマエだってそォだろ」
地盤そのものの崩落が近づいている。
おそらくあと数撃、先のような衝撃が加えられればこのフィールドは崩れ始める。
地が砕け、ヒトが立つ足場が消える。
そうなっては生き延びられるものは一方通行以外に誰もいない。
唯一の逃げ筋は立体駐車場から直に繋がる避難口。
ショッピングセンター本館への退避なのだが、簡単に許す一方通行ではなく。
「ああ、だけど――」
ならばスザクが押えている間に、どうにか他の者らに逃げてもらう算段だった。
しかし何故か背後の阿良々木暦とインデックスに動きが無い。
まだ天江衣の死に囚われているのか、他の事情があるのか。
どちらにせよスザクの持たせられる限界まで、もう残り数秒に迫っている。
「君は一度、変えたんだろう。この場所で――」
次々と、支柱が砕け散っていく。
限界はもうすぐ傍に。
「どォだかな」
砕けた瓦礫の全てが散弾となりスザクに迫りくる。
視界を埋め尽くす圧殺の大瀑布。
場に障害物の増えるほどに一方通行の武器は増加し、崩れが進行するほど彼の火力は強化されていく。
今や周囲は破片と破砕に塗れており、巨大な網がスザクの道を塞ぎ前進を許さない。
同時に、
「つかそンなによォ、ゆっくりしてていィのかねェ?」
一方通行はこの空間へと、遂に完全なる着地を成し遂げた。
スザクの執拗な追走を振り切り、空間全体に直接干渉できる位置に立っている。
進めば凶弾に身を砕かれ、退けば場が崩れるのを阻めない。
つまり進退は窮まった。
散弾殺到と同時、破壊の手が地盤へゆっくりと伸ばされて。
「何のために戦っている?」
そのとき、簡素な銃声。
放たれたものは一筋の燐光。
煙る土埃の渦中から響く。
「あァ?」
閃光が意志を叩きつける様に一方通行の手の甲を弾き、一瞬の猶予を作り出す。
反射されない飛び道具。
スザクの拳と
両儀式の眼を除いて、考えられる物は一つ。
「人を――ユフィを殺してでも叶えたい――」
声を発せられる者も、やはり一人しかありえない。
ここまで秘していた手段。
「君の願いは何処にある?」
質量の雨を抜け、真紅の双眸が肉薄する。
手には一丁の銃。
『GN拳銃』という、スザク唯一の武装。
簡素で単純な、しかし今確かに活路をもたらす要因だった。
両手両足で砕けない攻撃も、一瞬だけ手数を増やすことが出来れば突破可能。
「君は、何だ!?」
結局、聞きたいことはソレだけだった。
スザク自身、問いに込められた思いをどう形容していいか分らない。
けれど問わずにはいられなかった。
目前にある敵の意味。
理不尽な存在、そして僅かだが共闘関係として接した時、垣間見た彼の感情。
どれが本物か。何が真意か。曲がりなりにも、スザクの大切なものを奪った彼はいったい如何なる存在なのか。
打ち倒すべき敵の形を、答えを求む。
「はっ」
繰り出される蹴撃。
積もる感情、様々な念を込めたその問いに、一方通行は応じた。
もう、時間はあるまい。
だから最後の質問にのみ答えよう。
おそらくそれで、言葉は十分であろうから。
「クソッタレの悪党だ」
それ以上でも以下でもない。
今も昔も、この事実だけは変わらない。
だから己は、人を傷つけ殺すのだ、と。
「――ッ」
直撃する足刀。
しかし、スザクは通しきれない。
一方通行も、いなし切れない。
双方、互角。かに見えて、勝負は決する。
跳ね飛ばされるレベル5は構わず、己が自ら床に這い蹲るようにして、最後のカウントに指で触れた。
「タイム、アウトってなァ」
ステージが、崩壊する――
「――なッ?」
「――はァ?」
瞬間、双方、巻き起こる事態に声を上げざるを得なかった。
「な……?」
一方通行が触れようとした地盤がその直前。
ずん、と。
極大の衝撃が、この空間全体を揺るがせていた。
「ちっ、誰だがしらねェが舐めた真似を――!」
怒りを顕に周囲を見回す一方通行。
虚を突いてスザクが動くことは出来ない。
彼もまた、その異常に巻き込まれているのだから。
ぐらぐら、がらがら、と重く揺らいだ音が鳴る。
それは速すぎる、“一瞬だけ早過ぎる”音だった。
予定調和の筈の誤算。
スザクの、そして一方通行が予期していたよりも更に速い、立体駐車場の崩落。
それはこの場に居た全ての者に齎された、外部からの衝撃という形で顕現する。
床が罅割れる。
天井が落ちてくる。
目前にカウントがあったからこそ防げなかった。
歪んだものは事態でなく、表示されていた数字だった。
予測可能であったが故に一方通行も、見過ごしてしまったその異常。
多少、時系列は前後する。
一人の超能力者と一人の騎士が対峙していたその時分においても。
そこで、変わらず少年と少女の会話は繰り広げられていた。
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最終更新:2012年06月18日 01:05