See visionS / Fragments 6 :『あめふり』 -Others-◆ANI3oprwOY




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/あめふり   - Others -





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 - 枢木スザク




ざあざあと。
落下してくる透明の飛沫に余分な混じりはない。
砂粒や油の含まない純粋な水。
飲み込んだとしても一切人体に害を及ぼさない清らかさは、この雨粒が人工物であることの証明だった。

気温は低い。
落ち着いていた雨脚が強くなった現在ではなおのこと、良い環境とは言いがたく。
それでも、動かなければならない者がいる。
このとき枢木スザクは行動しなければならなかった。

ショッピングセンターの惨状を確認した後、彼は愛機の元へと戻っていた。
ランスロットの周りを一周。
機体の状況を確認し、スザクは足を止める。

あくまでも目視で分かる範囲でではあるが、関節部や駆動に直接影響する部分への損傷はない。
装甲の損傷が大きく耐久性には期待できないが、エナジーフィラーの補給さえできれば動かすことは可能だろう。

そう考えつつも、スザクは自分の判断に自信を持ってはいなかった。
スザクは技術者ではない。KMFについて専門的に学んだこともない。
さすがに修理やメンテナンスに関する最低限の知識は有しているが、それだけだ。

だからこそ、本当に動くのかどうか、一刻も早く確かめる必要がある。
エナジーフィラーの入手はスザクにとって急務といえた。

では、どうやって手に入れるのか?

思いついたのは、自動販売機。
ペリカはある。
ルルーシュが遺したメッセージに従って廃ビルを探せば、ペリカの入ったデイパックをみつけることができた。
機体の整備を行うのに最低限必要と思われる工具を揃えても、二億近いペリカが手元に残っている。
廃ビルの販売機にはなかったが、この島にあるすべての販売機を当たれば
ひとつくらいはエナジーフィラーを売っている販売機があるかもしれない。

希望的観測だという自覚はある。
だが、他に当てがない以上はやってみるしかない。

ショッピングセンターの販売機は瓦礫に埋まって使えない。
となると、ここからいちばん近いのは……

そこまで考えたところで、スザクの思考が止まった。

原因は、痛み。

警戒は怠っていなかった。
それでも避けられなかった、気づくことさえできなかった存在に与えられた衝撃。
後に訪れた痛みは、鮮烈にして強烈。
じくりとした熱が左足首から全身に伝わっていく。
幾度となく味わってなお慣れることのない、けれどとても馴染みのあるそれは

「……アーサー、君は……」

足元へと視線を落とせば、足首に噛みついている黒猫の姿が見える。
他にも、三毛猫と、アーサーとは別の黒い子猫。
学校を出る際、比較的安全だろうと半ば強引に阿良々木暦に預けたはずの猫が三匹、
いつの間にかスザクの足元に集まっていた。

「アー、サー、はなしてくれ、お願いだから」

やっとの思いで喰いついた歯を自分の足首から引き剥がす。
マンションのクローゼットにあった服に着替えた際、新調した靴下は雨にぬれてもいないのに湿っている。
構わずアーサーを抱きかかえて立ち上がろうとしたところで、彼はスザクの腕の中からするりと抜けだしてしまった。

「アーサー待って」

アーサーを追おうと、スザクは慌てて立ち上がり振り返った。
それは考えなんて何もない、反射的に為された行動。
結果、スザクの瞳は、それまで不自然なまでに視界に入れようとしなかった、壊れたモノに捕らわれる。

「……………」

視線の先にあるのは、サザーランドだった物―――ルルーシュの棺。
スザクはそれを、ただ、見つめる。

「………何をやってるんだろうな、僕は」

自嘲を含んだ声と、唐突に鳴り出した電子音が重なった。
電子音の意味を瞬時に理解したスザクは、ハッチが開いたままのコクピットを覗き込む。
思ったとおり、通信を知らせる光が点滅していた。

通信機を持っていた、あるいは今持っている可能性のある人間は限られる。
そのうちの誰であれ、応じなければならない必要性は感じられない。
だが、スザクは迷っていた。
応じるか、応じないか。
出たいか、出たくないか。
必要性はないと、答えは出ているはずなのに。


電子音は鳴り続け、光は点滅を続けている。













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 - 両儀式




ぴちゃりぴちゃり、と。
遠く、鳴る音が聞こえる。
何処かで雨漏りでも起こっているのだろうか。
室内にいても聞こえ続ける水の音に、私は少しばかり気分が悪くなる。

薄暗い部屋、湿った匂いが充満していた。
倒壊したショッピングセンターの付近に比較的損壊の少ないアパートを見つけ、
一階の部屋に入って腰を落ちつけたのはいいが。気分は落ち着いた状況から程遠かった。

ここ一帯の電線が断ち切られた影響だろう、このアパートの電気は死んでいるようだ。
とはいえ水道はなんとか生きていたし、幸い替えの着物は持ち歩いていた。
おかげで雨に濡れた体を流すことも、土のついた服から新品の服に着替えることもできた。
流石に替えのジャンパーまでは持っていなかったけど、それはこの家の居間にかけられていた物を拝借した。
私の趣味とは少し違うけど、まあ我慢出来ないこともない。
コレがないと、気分的な意味でも、また気温の下降っぷりを鑑みても、しっくりこない。


雨漏りの音は何処から聞こえるのか。
この部屋でないことは確実だけど。探す気にもならない。
外から見てもアパート自体の支柱が大きく傾いていて、そのくらいは当然に思えたし、水道管から水漏れしてないだけマシだ。
そも、立て付けが歪んで開かないドア。あれを切り裂いて半ば押し入るように侵入し、着替えた後、ベッドに腰掛けた。
ただそれだけのことで、驚くほどの疲れに襲われている。
対応できるかどうか分からない雨漏りの場所を探す余力なんて、残っていない。

壁に背をつけて座った姿勢にもやがて耐えられなくなり。
私はゆっくりとベッドの上で身を横たえた。

すぐに睡魔が襲ってくる。
黒々とした何かが意識を飲み込んでいく。
私は抵抗せず、飲まれていく。

意識が掻き消える寸前。
よくわからない景色が、いくつも見えた。

それは、死だった。

最初に、首を吹き飛ばされた金髪の少女の、死。
次に、私が知らなかった、あいつの、死。
浅上藤乃の、死。
衛宮士郎の、死。
やはり見覚えのない、デュオの、死。
背中で絶えた、白井黒子の、死。
そして最後に、天江衣の、死。


―――どれも、死だ。

知っている死もあるし、知らない死もある。
けれどそれが死であるならば、私は誰よりも知っている概念、そのはずだ。
克明に見慣れている、ただの『死』だ。
なのにどれも、どれも、今ならば、今までと全く違うものに感じていた。

やりたいことは知っている。
漠然とだけど、わかっている。
ただ私の中に残ってるユメを、見続けていたいと。
そのためにしなければいけないことも、理解した。
そう、分かってる。今は眠っても構わない。眠ってしまうべきだ。

指先が冷たくなっていく。
だから、余計な考えを捨ておいて。
眠りにつく寸前に思ったことは、一つだけ。




―――ああ、それにしても、この世界の『死』は、やけに重い。






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 - 阿良々木暦 -



ぽたぽたと。
髪の先から雫が落ちる。
まったくもって足が重い。
靴底に鉛でもひっついてるみたいだ。
ガムテープでぐるぐる巻きにしてなんとかひっつけた手首の痛みより、足の怠さの方が気にかかる。

確かに今は、心のもやもやはなくなった。
わだかまっていたことは、平沢のヨーヨーにぜんぶ削ぎ落とされたみたいだ。
僕に残っているのは、降り止まない雨の冷たさと。
だからといって何も出来ないという、不甲斐なさだけ。

枯れ果てた町を歩き始めて、まだそんなに時間はたっていない。
歩き回ってはいるけれど、グラハムさんが座り込んでいた場所からそう離れてもいない。
ショッピングセンター駐車場(跡地)前。
自販機や換金機が置かれていたはずの場所に、僕は平沢と共にやってきていた。

目的はもちろん。使えるような装備品を探して、ということなのだけど。
これが見事に瓦礫の下に消えている。
もちろん換金機も、何処を見渡してもない。
あるのはコンクリートの塊と土埃、そして泥の水たまりだけ、といったところだ。
グラハムさんや枢木の乗っていたロボットがあれば、まだ瓦礫の下を探索する余裕があるかもしれないけれど。
僕(と平沢)だけじゃあ、人手不足以前の問題だろう。


一面、崩落の残滓と、戦の傷跡。
それが僕らが戦ったこの場所の、変わらぬ景色。
さっそくの無駄足、しかも、だ。


「……嫌がらせのつもりだろうか?」


ここにきて雨が強まっていく。
さっきまでは、傘も要らないくらいまで弱まっていたのに。
あまりにも今の僕等の状況にマッチしていたから、突っ込むのも忘れていたけれど。
後でインデックスには、この現象についてもう少し詳しく聞いておこう。


まあ、なにはともあれ、とにかく。


「これでまた、やることが無くなったわけだけど」

ペリカ無し。
武器無し。
力無し。
そして目的も無しとくれば、困ったもんだ。

次の放送の後、ここに現れるという、主催者。
リボンズ・アルマーク。神を名乗るもの。僕らにとってはすべての元凶。
だけど僕には、戦う方法なんて、無い。

あの威圧感。
あの存在感。
あの絶対感。

不足無く、神を名乗るに相応しいだろう。
少なくともこの場所において、誰も敵わぬものをそう呼ぶならば。
で、僕も、おそらく他の誰もが感じたはずだけど。

――あれには勝てない。

何があろうと。何であろうと。
抗うものが、抗うべき僕等である限り。
僕らはあれに連れてこられ、戦わされる贄。
前提そのものが、既に優劣を決定づけているから。
僕等が僕等である限り、あいつには、絶対に勝てないって分かってる。

だけど、それでも、続けるって決めた。
目の前の戦いが避けれられないならば、それをやろうって。

ハッピーエンドはもう望めない。
だけど、それでもいい。
生きたい。生きて、何かを変えたい。
哀しい結末だけは、変えられないとしても。
何かを、変えたい。

もっとも奇跡なんて高尚なもの、いまさら期待するお花も、流石に僕の頭のなかにすら咲いてない。
放送の声はああ言っていたけれど。
これには僕の、僕なりの持論もある。

だけど実際、何を変えれば僕は満足するんだろう。
問題とはつまり、これ。
僕は何をするのかということだった。


戦える人物は、まず僕自身と、同じようにまだ生きたいと願っている平沢と。
そして新たに、式と、枢木。
蓋を開けてみれば、思ったより頑張ってる奴はたくさんいたわけで。
これは僕としては予想外というか、なんというか。

心折れてしまった人達の立ち上がる、手伝いが出来ればとか、実はちょっぴり思ってた。
あるいはバラバラになってしまった僕等を、纏めることが出来ればとか、思ってはいた。
人は人を救えない。身にしみて知った事実。そして僕はもう、これを曲げることはないだろう。
僕に出来ることはちっぽけで、ほとんど何の足しにならないだろうけど。
それでも、ちっぽけなことが僕の抵抗になるなら、なんて、僕にしては珍しい、カッコつけた主人公っぽいノリを……。

「ま、柄じゃないことは出来ないよなぁ……」

結局のところ、やっぱり僕にはそういう役は無理だったわけだ。
枢木はとっくに決めてた。
やるべきこと。
式だって知ってた。
やりたいこと。
僕なんかよりずっと、あの二人は具体的に。
僕が小さいことで悩んで、うじうじやって。やっと吹っ切れた時、あいつらはとうに腹を括ってた。

自信なくなるというよりも、自分の小ささを再確認させられる。
あいつらには、僕の力ない手助けなんて要らないみたいだった。
だからこそ困った。
これじゃあせっかく再出発したのに、さっそく何もすることがないじゃないか。
どうしたものか。まったくこれだから僕って奴は……。

無力感が体の力を奪う。
止めてしまえと囁きかけ、眠ってしまえと足を止める。
だから僕は、そんな僕自身を痛めつけたくなる。

『雨が止む前に』

それは僕がさっき即興で決めたルールだったはずだ。
いつかこの雨は止むと、インデックスは言っていた。
雨が止むまでゆっくり休んで、からじゃ遅い。

敵は強大で、待ってくれない。
つまり僕は、それより早く結果を出したい。
なのに、現実はこれだ。
焦りばかりが膨らんでいく。
いっそ素手でこの瓦礫の絨毯を掘り返して見ようかとさえ、回らない頭は考えてるぐらいだ。
なにか欲しい。なにか、能力でも、武器でも、情報でも、なんでもいいから。
時間なんて、きっとあっという間に無くなってしまうのに。

「雨が……止む前に……」

動かなきゃ、ならないから。
焦れる思いに突き動かされるままに。
僕はまた、前に進もうと。


「……?」

だけどその時、凍えてかじかんだ手に、感触があった。
僕の背後にいる女の子の手、平沢の手だった。
僕と同じように体温が低下して、だからこそもう曖昧になっていた感覚に、ぎゅっと握る熱が伝わる。
一瞬、頭が空白になっていた。


……ああ、まったく。
未だに、自虐ネタには困らないみたいだ。

「ごめんな。無駄足に付きあわせた」

今の状況がわかれば、驚くほど頭が冷えていく。
ガチガチになった体と同じか、それ以上に冷えていく。

僕はこの雨の中、いつまで女の子を歩かせているつもりなのだろう。
傘もささずに。馬鹿じゃないのか。
こんな状況を羽川に見られたら、きっと叱られるだろうな。

「……もどろうか?」

それは、一番言いたくないセリフだった。
一番したくない行為だった。
何の成果も上げられずに、式や枢木にもう一度会っても、きっと何も変わらないと思っていたから。
最低限、僕に出来る事を見つけないと、あいつらと肩を並べたり、ましてや、力を合わせて戦おうだなんて、言えない。
だけど強まる雨と低まる体温に、震える平沢をこれ以上引っ張りまわすことは出来なかった。


「…………」

小さく、頷いた平沢を見て。
僕は瓦礫の絨毯に背を向ける。
ここからグラハムさんが居たところまで、五百メートルもない。
式か枢木の痕跡を、残っているならば追って、合流する。
気は進まないけれど。やってみるしかないだろう。


「寒いなぁ」


強まる雨。
震える平沢の手に、熱を感じ。
ようやく僕は、自分の体がどれだけ冷えていたかを知った。
うん、いやまったくもって。まるで成長していない。

「あー。やっぱり、どうしようもないな。僕は」

笑い出しそうな気分で呟くと。
また、ぎゅっと、平沢の手の感触が、強まった。
意味するところは分からない。
だけどそれは、存外悪くないもので。
一人じゃなくて良かったって、僕は素直に思えたんだ。





……。

………。

…………。

で、さて、結論から言うと。
式の居場所はすぐに見つかった。
足跡とかは雨で消えてたから、けっこう苦労するかなーと思っていたんだけども。
幸い、そう時間がかかる事無く彼女のいるアパートを特定できた。

彼女は雨宿りと言っていたから。
おそらくショッピングセンター跡地の近く、極わずかに残った建造物のどこか、という時点で結構絞り込めていた。
そのうえ、玄関のドアがスパァーンと自然にはあり得ないくらい綺麗な切り口で割られていたら、そりゃ余裕で特定と言ったところだろう。

「ひどい有様だな。臭いもキツイ」

式には再会して早々、やんわり(?)と風呂に入ってこいと言われた。
放送前の戦いであれだけボロボロになって、雨に打たれたりとしたのだから当然だろう。

アパートの電気は死んでいるようだったけど、幸運なことに水道は生きているらしい。
玄関口で突っ立っていた平沢を風呂場の方に行かせて、僕は式が不快にならない程度の距離をとって待機するとする。
レディーファーストだ。
正直、今までの状態からして、風呂場まで一人で行けないと言い出さないか不安だったけど。
そんな事は無かったらしい。安心したような、残念なような。
なんて冗談も、ここに至っては寒さを引き立たせるだけだけど。

じきにシャワーの音が聞こえ始め。
僕はふと思い立つ。
この雨の中で、枢木は何をしているのだろう。
もうそんなに雨宿り出来る場所なんて多くはないはずだ。
一面の建造物はほぼ倒壊していて、無事なものは数少ない。
建物の体を成していても、いつ崩れるか分からないものばかりだ。


「ふむ……」


呼んでやるか。
なんて、気分になってくる。
何か方法があれば、だけど。
平沢の持っていた通信機とか。

妙な気持ちの変化だった。
さっきまでは、結果を出さないと会っても仕方ない、なんて思っていたのに。
考えてしまったからには行動したくなってたりする。

まあいいか。
僕がフラグを無視するのは今に始まったことでもないし。

なんて考えて。
僕は枢木と連絡を取る手段を考え始めていた。




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最終更新:2013年09月08日 00:05