あなたのことが大好きでした。



たくさん、たくさん、私に特別なものをくれました。
つつむ手の平の暖かさ、やわらかな頬の感触、安心する声の響き。
大切な記憶そして、





「じゃじゃ~ん、ホワイトクリスマスだよ―――」





それは胸に残る原風景。
積もる雪。
振り返る笑顔。
サンタクロース。


特別なあなたが教えてくれることは、どれも特別なことばかり。
とってもとっても嬉しくて、でも、どうやってお返しすればいいのか、分からなくて。
それでもなにか、あなたに返してあげたくて。

ずっとずっと、私に出来ることを探してる。
あなたのために、あなたのために、あの日からずっと。
もらってばっかりじゃなくて、あなたみたいに特別なことのできない私でも、できる事を見つけて。

あなたに、あげたい。
いままでたくさんくれた、温もりを万倍にして。

特別な、あなたに。
大好きな、あなたに。



いつか、



それが私の小さな、けれど本気の、夢でした。



―――







特別な人って、誰?



――それは雪の降らないクリスマスの朝に、純白を積もらせる誰かのこと。








―――



    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







        COLORS / TURN 6 :『U&I』







                ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



―――





少女が一人、そこに残されていた。




沈み切る目前の夕陽。
弱々しくも穏やかだった熱が、滅びた街並みから去っていく。
なぎ倒された建造物の影は徐々に色を濃くし、空虚な静けさが漂い始める。
廃墟、戦場の跡、もう終わってしまった場所、広く、けれど誰もいない路上、その真ん中で。
少女、平沢憂はたった一人、残されていた。


自分の歩む足音以外に、聞こえる音は、ない。
鳥も、野犬も、野良猫も、いない。
そして人も、憂の他はひとりも、ここには居なかった。
先ほど、これまで偶然進む方向が同じだった枢木スザクとも、この大通りで別れた。
かつて一番激しい戦闘が行われたこの道で、彼は憂と反対方向に歩いて行き、その足音すら、今はもう、聞こえない。

「…………」

言葉を発さなければ、声を聴くことは無い。
波の音を聞くには、少し海から遠い。
現出した呪いの声を聞くには、もっと遠い。

遠い、と。
ここは遠い場所だと、憂は思う。
物語の重要な局面であって、けれど如何なる要所からも距離のある、置いて行かれた場所。
静かで、無意味で、何より、もう終わっている場所だから。

自分はいま、他の誰よりも遅れているのかもしれない。
そう、憂は思う。

最後の局面は、もうすぐ始まってしまうのに。
いや、もう遅いかもしれない。
既に巨大な歯車が回りだした後なのかもしれない。
生き残っている人たちは覚悟を決め、各々の理由を見つけ、答えを出し、戦いに臨んでいく。
なのにどうして平沢憂はたった一人、こんな場所に戻ってきたのか。

その理由は、単純なもの。
答えが出ていないからだ。
まだ、分からないからだ。

それは戦う意味、死にたくない訳、生きる理由。

大切だった全ては、消えてしまった。
生き続ける為の願望(ゆめ)は壊れ、それでも続ける為の優しい虚構(きぼう)すら崩壊して。
そして、あとに残された意味もない重圧だけが、胸の奥を、きつく、きつく、締めつける。
痛みだけを与えられる。いっそ死んでしまいたいほどの。
なのに今も憂の体は、生きることを選んでいた。

『君の手を、引っ張ることくらいは、してやるから』

それを、望んだ。
望んだから、きっとあの時、彼の手を握った。
こんなにも苦しいのに、痛いのに、重いのに。
なのにまだ、生きていたい、そう、思ってしまったから。


答えは、出ない。今も。
どうして、まだ生きていたいのか。
一番大切な夢を失って、それでもなぜ、何のために続けるのか。
まだ、分からないから、平沢憂はここにいる。

「……………」

向き直る。
先ほど枢木スザクが去って行った方向とは逆。
憂の見つめる、道の先。
折り重なって倒れたビルの影、そのむこう側。
それは建造物をなぎ倒しながら停止した、巨大な地上船のある場所だった。
憂と、かつて憂が縋った人と。そして、平沢唯の遺体が安置されていた場所。

壊れた城。
炎上し、崩落したホバーベースの残骸。
それが平沢憂の向かう先だった。

「………っ」

長くはない筈の道中。
なのに何故か、何度も何度も足が竦んでしまう。
歩みが遅くなってしまう。
だからまだ、たどり着くことができない。

目的地に近づくほど全身を怠さが覆い、眩暈が酷くなる。
なぜだろう。
どうして、歩くことがこんなにも難しいんだろう。
思考を占領する思いは纏まらず、体を支えるのがまた億劫になる。

「……おも……い」

重かった。
体も、気持ちも、歩みも。
だけど、これじゃいけないと、焦る気持ちもあったから。

「静かだから、かな」

そんなふうに、憂は嘘の理由をつけた。

「こんなにも静かで……寂しい……から」

すると嘘じゃない気もしてきて、少し、可笑しかった。

「……だったら」

暮れきる間際の夕陽を見つながら。
憂は一度、足を止め、


「静かじゃなくなれば――」


ディパックの中から、片手で掴めるほどの黒っぽい機材(ラジカセ)を取り出す。
それは何ら特別な事のない、ただのラジカセだった。
少なくとも、この島に残る、ほぼ全ての者にとって。

だけど憂にとっては違っていた。
それは殺し合いの場所に来て、初めて見る物ではなかった。
何の変哲もないラジカセ、かつて縋った彼の、ルルーシュ・ランペルージの言葉を再生した物。

憂は思い出す。
衝撃的すぎて忘れられない記憶。
それらを、枢木スザクから渡された時のこと。

雨の中、二つの物を手渡したスザク。
あの時、果たして憂は『ルルーシュの残したテープ』と、単にそれを再生するためだけに渡された『軽音楽部のラジカセ』と、
どちらにより大きな衝撃を受けたのだろうか。


恐らく同じだったと、憂は思う。
どちらも同じくらい衝撃的で、言葉を失うほど胸が苦しくなった。
そして、先ほどスザクが言っていたこと。



『――もう一本、カセットテープが入ってたと思うんだけど、聞いた?』



ルルーシュのテープを再生するために手渡された、そこに〝元々入れられていたテープ″の存在。
その正体を、憂は何となく察していた。

「静かじゃなくなれば、いいんだよね」

ルルーシュの、想いの込められたテープを抜き出し、代わりに、そこに最初から入っていた『もう一つのテープ』を挿入する。
A面を認識するように、するりと入れて、ふたを閉じる。
誰でもわかる簡単な手順に、強い力は要らなかった。
パタンと閉じれば、テープを認識したラジカセは自動再生を開始する。




「ザーーーーーーーーーーーーーーーー」




少しのノイズの後。
徐に流れ出す、音。
聞き覚えのある、音。

ギター、ベース、キーボード、ドラム、そして声。
音楽。
流れ出すそれは、歌だった。



『―――キミを見てると いつもハートDOKIDOKI』


そうして始まる。
とある少女たちの作る音。
それらの多くが、テープには収められているようだった。

どれも一貫して、明るく、優しく、甘く、気楽な、彼女たちの音。
全て、知っている曲だった。
幾つかは、憂がギターで弾いて見せることもできるほどに。
だけどそれは、当然だった、
平沢憂が彼女たちの曲を知らないはずが無かった。
誰よりも最初に、誰よりも熱狂的なファンになったと自負しているから。

流れ続ける音。
懐かしい旋律、懐かしい歌声。
彼女の、こえ。

ただひたすらに、足を動かし続ける。
乾いた瞳から、涙は一滴も零れない。
何もかも戻った胸の中心に、ただただ鈍い、重しだけを感じて。
突き動かされるように、平沢憂は、歩く。

どこまでも遠い世界に、だけど静寂だけは、もう、ない。
耳にはただ、聞こえる歌。

それは過去からの歌。
喪失された全て。
どこでもない体のどこかに、確かな痛みを覚えながら、憂は一人、罰の証を目指して、歩いていた。







―――









そうして、終わる楽曲。


「……………」


テープは収められていた曲を再生し終わり、かしゃりと鳴ったラジカセが動きを止めた頃、ようやく憂はたどり着いていた。
潰れた建造物の影、そのむこう側。
鉄と、コンクリートと、その他よく分からない何かが混在した瓦礫の地平。
目の前にあるのは、墓標だった。
ホバーベース、その残骸。
けれどそこには、何もなかった。

「…………な」

炎すら今は残っていない。
そもそも、どこまでの残骸がホバーベースで、どこまでがそうでないのかすらハッキリと判別が付かなかった。
真っ二つに割れた城は内部の爆発によって四散し、更になぎ倒された周囲のビルが折り重なるように下敷きにしている。
最早そこには瓦礫の絨毯と一部地上に顔を出したそれらしき残骸が在るだけで、多くが土の下に埋まってしまっていた。

「…………そんな」

この中から一人の人間の死骸を探すことなど、到底不可能だと、目の前の景色は語っていた。
おそらくナイトメアの動力をもってすら、掘り返せる物ではない。
そも、先の爆発で船は四散し、原型が消えている。
最初の爆発と火災、そして崩落で、船の中の遺体が無事であった筈も――――


「―――っ!!」


駆け寄る。
先ほどのまでの重さを忘れたように、足もとの砂利を蹴飛ばして。
瓦礫の中から僅かに顔を覗かせる船の、どの部分かも瞭然としない物に向かって走った。

罰はここにない。
何もない。何もなかった。何も、辛いものを見ずに済んだ。
なのに、それを許せない衝動に駆られて。

「――――のに」

瓦礫の一部に駆け寄り、硬く冷たい鉄片に指先が触れて。
そして、その瞬間に、憂は動きを止めていた。

「分かって……たのに」

気づいたから。
単純に、どうしようもなく、理解してしまったから。

「……こんなこと、意味が無いって、最初から分かってたのに」

此処にはもう、何も、無いのだと。
誰かを殺した罪の証も、誰かを失った罰の証も、何より求めていた、大切だった物も。
此処には本当に、何一つ残ってはいないのだと。

けれどそれは、そもそも、とうに失われていたもので。
見つけたところで、それは憂が求めているモノではなくて。
だから、最初から、憂がここに戻る意味など、何一つ、なかったのだ。

「分かってたのにな……」

乾いた瞳からは、やはり涙は流れなかった。
ルルーシュ・ランペルージの言葉に涙した感情は、ここでまるきり動かない。
胸にはただ空虚があった。
思いを失っていた時よりも、もしかしたら大きな欠落が。



全ての思いが戻って。
だけどもう平沢憂の、この胸の内に在るモノは、世界中のどこを探しても、見つからない。
最初から分かっていたことを理解する。
どうしようもない喪失感の中、少女は瓦礫の前で立ち続けることしか出来ずに。


切なく、見上げた。
日の光が失われようとしている空。
遠い場所からでも見える、何もかも塗りつぶしていくような、白と黒を。

もう数分と経たぬ間に開幕を告げるだろう異様の世界で。
平沢憂はどこにも行けないまま、立ち尽くす。
たった一人、自分の気持ちに、答えを見つけられないまま―――





「…………ぁ」

その時するりと、力の抜けた手から、ラジカセが滑り抜けた。
腕から地面までの距離を落下し、アスファルトにぶつかって大きな音が鳴る。
続いて、つま先にこつんと小さな衝撃。

気怠く、力なく見下ろした足元の砂利の上に、ラジカセとテープが落ちていた。
落下の衝撃でラジカセからカセットが飛び出し、憂の足に触れていた。
緩慢に腰を屈め、カセットを入れ直してから、砂利を払いつつラジカセを持ち上げる。



『ザーーーーーーーーーーーーーーー』

すると、再びラジカセからノイズが響き始めた。
憂は少しだけ虚を突かれ、けれど、すぐに察する事ができた。
単に、入れ直したカセットを認識したラジカセが、また自動再生を始めただけだ。


もう一度、再び流れ出そうとする歌。
予感する痛みに、憂は、今度は停止ボタンを押そうとして。





「――――――――」





――その瞬間、憂自身が停止した。







停止ボタンへと伸ばしていた指、立ち尽くしていた足、そして全身が硬直し、呼吸すら、止まる。
止まるしかなかった。
何故ならあり得ないことが起きたから。
たったいまラジカセから流れ出した音は、その歌は、ありえない、あるはずのない、歌だったから。


この世に、一つとしてある筈ないと思っていた、歌。


〝まだ平沢憂の聴いたことのない、平沢唯の歌″、だったから。


時系列。
並行世界。
一年後の文化祭。

理由なんて、どうでもよかった。
先程、入れ直したカセットがB面になっていた事も、最早どうでもよかった。

本当に、どうでもよかった。

ただ、もう、音を止めることなど、できない。
何故なら、何故なら、その歌は。








『―――キミがいないと何もできないよ キミのごはんが食べたいよ』








平沢唯の、平沢憂に贈られる、歌だったから。








―――



『キミがいないと あやまれないよ』




その気持ちはまるで憂の心を鏡に映したようで。



『キミの声が ききたいよ』




その歌詞は他のどの歌よりも、胸の中心を突き刺して。



「……本当に」



すぐに、わかった。




『キミの笑顔が見れれば それだけでいいんだよ』


その歌が、誰に向けられた物なのか。

その歌が、誰につくられた物なのか。

その歌が、どこから届いた物なのか。


「……もう、あなたは、どこにもいないんだね」


あり得ない場所から。
永遠に失われた世界から。
今は決してたどり着くことのできない。
それは、『幸せな未来』からの、歌だった。

「だけど……なのに……」

平沢憂の、いちばん大切な、大切だった人の。


「どうして」


だから憂は、胸の中心をもう一度、強く、強く握りしめて。


「ここに、重さだけが、残るの?」


思いを、吐き出していた。
重い、重い、重い、確かな想いを。

今までで一番の喪失感。そして痛み。
痛くて、辛くて、乾きなんて一瞬で満たされて。
だから、どうしようもなく、胸に、こみ上がってしまう気持ちに涙が溢れて。


「あなたが大好きって、気持ちだけが、残るの?」



もう一度、見上げる空。
そこにもう、太陽の光は僅か。
だけど、代わりに、幾つもの輝く光があった。


「ねぇ――」


歌は、まだ耳に聞こえている。
流れ出す感情の滴は止まらない。



「お姉ちゃん」



そうして平沢憂はやっと、重く、重く、口にした。
いちばん大切だった人へと、確かな気持ちを乗せて。



「どうして死んじゃったの?」



やっと言えていた。



「どうして、いなくなっちゃったの?」



やっと泣けていた。



「わたしは……もっと、もっと、お姉ちゃんと、一緒に、いたかったよぉ……」



やっと、いちばん大好きだった人への、涙を流すことが出来ていた。






―――





少女が一人、目指し始めていた。



最後が、始まる。
夜天の下、開戦が告げられている。
静けさは失われ、じりじりと煌めいていく空。

平沢憂は、ただ一つの答えを得る。
彼女だけの、願いを得る。


今なら足は動く。
頬を流れるのは別れの涙。
それは過去に回帰するためではなく、次に進むためのモノだった。


背後に残す、瓦礫に立てかけられたギターは、それを愛した少女に寄り添うように。
もう、一番大好きだった人は居ないけど。
いつか求めた夢は、失くしてしまったけれど。
この胸に、今在る重さだけは、『ここにしかない』と思えるから、振り返らない。


行きたいと思う。
過去に消えてしまった人たちじゃない、今、会うべき人。
いまの平沢憂の、逢いたい人のいる場所に。


平沢憂の、戦いの最後。
最後まで生き抜いた他の誰ものように、平沢憂も、行くべき場所へ、行きたい場所へ。
ついさっき芽生えたばかりの、新しい夢(ねがい)と一緒に。
ここまで導いてくれた、この手を握って引いてくれた、誰かのもとへと。




口ずさむ。




「――まずはキミに伝えなくちゃ 『ありがとう』を」





その答えはきっと、平沢憂の一番大好きな歌の中に、見つけられたから。
















【 TURN 6 :『U&I』-END- 】






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331:COLORS / TURN 1 : 『Continued Story』 平沢憂 338:[[]]



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最終更新:2015年03月07日 22:47