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DAYBREAK'S BELL/(2)◆ANI3oprwOY












2 / LAST IMPRESSION (Ⅰ)





―――守る為の翼がある。

人類のあるべき姿の未来を見せるよう願われた、騎士の鎧。
歴史の中での敗者であることを受け入れ、人類が歩む道程の轍になることを良しとした男。
戦争を肯定し、そこに灯る美しい光を尊んだ総帥が生み出した器。
パイロットの精神すらも燃料に変えるシステムは理解している。
意思から生まれるもの。所詮電気信号の集積という、幻想など入る余地もない科学的な結果。
だからこそ、導き出された計算は世界へと確かに示している。
現実にそれはあるのだと。未来を創る力が生まれる希望の居場所。
人の心の光を、物言わぬ機械は肯定した。



―――滅ぼす為の翼がある。

騎乗者(かみ)と同じ銘を与えられた機械は、力の代行者として製造された。
常世に遍く救済を。理不尽が消えた争いのない世界を。
絶対正義。人類救済。恒久平和。
叶わないと、不可能と、目を背けて生きざるを得ない眩いばかりのヒトの夢。
いと崇高な理想の成就は。今こそ目の前まで近づいている。
再生には直されるべき箇所がなくてはならない。だが世界に幾度も撃ち込まれた傷は黒く凝り固まり、どれほど時が経過しても剥がれ落ちない。
ヒトの怠慢が生んだ歪みは破壊せねばこそげない。ならば慈悲なき天罰を。
意志もなく、人造の天使はそんな希望だけを敷き詰められていた。





時に悪魔と呼ばれ。時に神と名され。

それでも求められる意味は始まりから今まで何一つ揺らぎなく変わりない。



戦う為の力。



人はそれを、ガンダムといった。




◇ ◇ ◇

星の煌めきが、線を引いて川を泳ぐ。
逢魔が時の空は、時が加速したように流れていく。
自然を人の手で再現された世界の天上を飛ぶ二機のエクストラマシーンは、熾烈な空域戦を展開していた。

雷刃が重なり、火花を散らす。
交差を合わせる度に引き起こされる火閃。
如何に性能があっても、モビルスーツは単なる機械のパーツの集合品でしかない。
だというのに、未来(エピオン)と再生(リボーンズ)の両機は、操者の魂に呼応して生きているように五体を駆動させる。

双対する輪舞は城塞、ダモクレスの周囲で凛然と広げられていた。
紅と翠の飛行機雲が空に描かれ、居城に収まる聖女を祝福する彩となる。
粒子の線を引きながら飛ぶ二機のエクストラマシーンは、熾烈な空域戦を展開している。

其方は要らないと光剣が鬩ぎ合い、その反発が大空に戦争の色彩を描き出す。
互いの存在を許さぬという、異なる意志同士の正面衝突。
戦争の本質を、この個人での闘いは在るがままに示している。

「―――!」

「―――ふ」

直後、僅かにコースを逸れるエピオン。
双刃の衝突にパワー負けしたことで軌道が乱れ、バランスを崩す。
猛るグラハムとは対照的に、リボンズ・アルマークは荒息ひとつ立てず不遜に笑みを浮かべるのみだ。

モビルスーツの性能。パイロットの練度。
優勢は常にリボンズの駆るガンダムの手中にあった。
戦場の諸々の要素を取り出せば当然の結果。
それだけ、支配する者と縛られていた者との開きは歴然としている。
単なる値の総計では、覆すことなど出来はしない。
何か他に、価値あるものを懸けない限りは。


「それで終わりかい、人間」

嘲り、嗤うリボンズ。
終わりかと。あれだけ息巻いておきながらもう勢いが尽きたのかと。

「その機体、その力も、元は僕が与えてあげたものだ。君達は自分で手にしたものは何ひとつとしてない。
 親のお下がりを振り回しても、子供の駄々にしか見えはしないよ」

厳然たる事実。
エピオンもランスロットも、この会場の支配者たるリボンズが予め設置したもの。
つまり主催の力を超えた道具は存在し得ない。
借り物はどこまでも借り物。神の施しに過ぎない玩具で立ち向かうなど愚の骨頂でしかない。


「は……まだ、まぁだああああああああ!」

だが、否と叫ぶ声は硬く培った信念の刃を掲げ高く飛び立った。
減速したエピオンを置いて先を行くリボーンズガンダムを、すぐさま態勢を立て直して後に追いすがる。

「始まったばかりだ、何もかも!」

終わりではない。終わらせるわけにはいかない。
ようやくエンジンが温まってきた頃なのだ。ここで熱が冷めるなど不完全燃焼にも程がある。
己を燃やすのはここからだ。言った通り、本領はこれからなのだから。

「全てはこれからさ!そうだろう、ガンダム!」

現状を不利と判断しても、負けるとはグラハムは露とも思ってない。そもそも敗北を想定していない。
それはエピオンに内蔵される勝利を引き寄せるシステムの作用であり、何よりもグラハムの臓腑よりこみ上げる意志の決定だった。
ゼロシステム―――。
搭乗者を灰に帰す悪魔の焔は、今のグラハムにとっては血を滾らせる加護となって後押ししている。


「そうかい。だが生憎僕は楽しむ気はない。
 速やかに、済ますつもりだからね」

リボーンズガンダムの左腕のシールドに、背部のリアスカート。
接続されていた数個の部品が弾き出され、それらが独自の法則で自在に飛ぶ。
高速で飛翔し旋回する小さな流星が、距離の離れたエピオンめがけて食らいつかんと矛を向ける。

「行け―――フィンファング」

奔る爪牙。
計八基の追尾兵器が、迫りくる不遜なる騎士を討ち落とすべく飛来する。

小型であるがゆえの利点を活かした機動性はマシンとは思えない俊敏さだった。
まるで風に乗り滑空する燕。アルケーガンダムのそれとは基礎性能からして格が違う。
威力もモビルスーツ一機を仕留めるには十分過ぎるもの。牽制用となれば理想的なスペックだ。
ましてやその操作を担うのはイノベイター。リボンズ・アルマークによる指揮。

聖杯の力で増幅されたヴェーダの処理能力は、既に確定された未来を割り出す域に達していた。
情報を統計する電子の支配者。未来を見据える千里眼。
凶悪なまでの組み合わせは、牢獄も同然に敵を幽閉する。

枢木スザクの駆るランスロットも逃れることは出来なかった運命という蜘蛛の巣。
定めの上を生きる限り、リボンズ・アルマークには誰にも勝てない。


「いまさら、そんなものぉおおおおおお!!」

それに立ち向かうのは、同じく未来を知る騎士の輝剣だ。
完璧な配置とタイミングで射出されたファングは、だがエピオンの脇を素通りして通過していく。
触れていないわけではない。回避が間に合わなかった装甲に掠り表面は融け出す。
後数センチ内側に入れたなら装甲を破り回路に突き刺さっていたほどの、薄氷の誤差。
嵐の中に自ら入り込んだ体は徐々に傷を刻まれていく。

だがそれでも、当たらないものは当たらない。
紙一重、間一髪。
一寸間際に抜けていった業火が、地上の沼地に撃ち込まれ蒸発する。
目視の叶わない「何か」の拍子を、今のみはガンダムマイスターであるフラッグファイターは刹那の輪を潜り抜ける。


「ごっ……!ぎぃ――――」

軋む器官が意にそぐわぬ奇声を起こす。
エピオンの挙動は、無茶苦茶の一言に尽きていた。
腕や脚を僅かに下げた最低限の動きで避けているかと思えば、全身が明後日の方向に凄まじい勢いで突っ切っていく。
ウイングの傾斜度を調整した微細な方向転換から、錯乱した新兵のような暴走した直進。
緩急の差が激しく何の前触れもなく代わる代わる起こる様は、狂人の舞踏そのもの。
だというのに、リボンズのけしかけたファングは一度として直撃していないでいる。

「あが―――は、が、ぁああ、あああああああああ!!」

声には狂気がなく、剥き出しにされた感情が曝け出されたままの原初の色を帯びている。
聴くリボンズは、撹拌は一瞬たりともなく揺るがない。
声を荒げることもなく、むしろ皮肉めいた微笑さえ浮かべて踊る騎士を見下ろしている。


「僕の定めた未来に割り込んでいるのか。小癪だね」


意味の見出せない無軌道な動きは、その実悪魔的なまでに計算されて導かれた回避経路だ。
ゼロシステムとヴェーダは、規模の相違はあれその機能には互換する部分がある。
共に情報収集を高度化させた果てに行き着いた演算機能。
ただ計算するだけなら、人間より機械である方がより確実で安易だ。
世界が違えても、発展を遂げた人類は同じ結論を見ていたが故の、当然の帰結。

リボンズ(ヴェーダ)が予測し、立てた未来図を、グラハム(ゼロ)はリアルタイムで書き換えている。
未来が現実に追いつく数秒、あるいはコンマでしかない差の間で新しい未来を作り出す。

無論、この方法にも穴はある。
たとえシステムが結果を予測し得ても、実際に機体を動かすのは生身のパイロットだ。
回避方法をパイロットの脳に伝達し指がその通りの操作を行い更にその指令を受け機体が動く。
これだけのロスを生んでは間に合うはずもない。予測は空想と堕ち、現実は死のまま不動のままだ。




「ははははははははははははははははッ!!!
 どうしたガンダム!乗り遅れているぞ!このまま先に追い抜いてしまうではないかぁっ!!」


そのロスを、ただの人の身が極限以下にまで消すことでこの策は成り立っていた。

「今、私は君であり、君は私なのだ!
 なればここで取り合う手は離れはしない、離しはしない!
 血肉が焼き焦げ、心が枯れる最期まで踊ろうではないか!」

伝わるヴィジョンが脳に刷り込まれるより先に男の指は力を込めていた。
精確な指令が伝わる頃にはもう男の意思は次の一手に向いていた。
果ては死の可能性の警告を一喝で遮られてしまった。

処理が追いつかない。
男から爆発する激情の嵐を正しい指向性に向かわせるだけで精一杯。
今や悪魔と呼ばれたシステムは、荒々しい男の腕に振り回されるか細い姫君でしかなかった。



信じられない、と。このシステムを開発した科学者たちは嘆くだろうか。
素晴らしい、と。この機体を生み出した総帥は讃えるだろう。

未来に盲従する奴隷とならず未来を照らす標として掌握する。
エピオンが本懐としたその目的を果たすのは、彼らとは関わりの無い異邦人であった。

彼は人の革新などではなく。
人としての臨界を極めた者。
どこまでも人間らしく、人間たりえる強さを持った男。

それはいったいなんなのか。
あえてここで名を呼称する。
この男こそ、グラハム・エーカーであると。



「そうだ。君が見せるべきは死に向かう未来ではない。勝利が為の未来でもない。
 私が望む、私の未来だっ!ガンダァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアム!!!」

空に向けて駆け上がる姿は、真紅の鳥のようだった。
周囲を取り囲む爪牙を意に介さず、リボーンズへと突撃する。
それを許すわけもなく道を塞ぐファング。先端に収束されるGN粒子の閃刃。
その燐光を遥かに上回る怒涛の奔流が通過して、牙の一基が炎の中に消えた。

網が破られる。
包囲網に隙が空く。
再布陣は始まっている。一基欠けたところで力の不足に陥りはしない。
だが一瞬。ほんの刹那の一瞬だけは遅れる。
神は初めから己が傷つく想定などするわけがないのだから。

その、本来隙とするには細すぎる僅かに広がった穴に。
男は身をすべり込ますことを完了していた。

正面衝突。
トラックの事故か何かのように折り重なる二機。
大幅に迫った間合いの中で、双方の重量を受け止める日本の剣。
次の一手を振るおうとするより前に腕を弾かれ、下方に蹴り落とされる。

またしても、一撃は成らず。
乾坤一擲であった攻めは通りはしなかった。
未だリボーンズガンダムにエピオンはダメージといえるものを与えられていない。
最も本領を発揮できる近接戦になっても、ビームソードが装甲を貫くことはない。


「前だ」


しかし近づける。
斬り合う格好に持っていくまでは可能。
ならば勝機は無ではない。システムは肯定した。


「前へ……!」


前進。


「前へ――――――!!」


ただ、進め。
奴より迅(はや)く、克(つよ)く、より前を目指し続けろ。
立ちはだかる壁の分厚さなど考慮せず、男は駆ける。

赤と紅の鬩ぎ合いの最中も、ゆっくりと降下を続けるダモクレス。
中に抱える白い聖杯を求め指を伸ばす黒き聖杯との距離は、徐々にであるが縮まりつつある。
拒絶と同化の応酬は変わらず、どちらもが憚らず己を謳っている。

完成に白聖杯を取り込む必要がある黒聖杯に対して、既に完成した天の杯には地に満ちる泥はただの邪魔でしかない。
参加者を生贄として遇するリボンズにも、アレは神の道を穢す汚物以下の価値の屑だ。
だが泥で出来た樹木の如し威容は一向に儀式の場を譲らず我が物顔で花を咲かせている。
どれだけリボンズがファングで消し、ダモクレスが障壁で弾こうとも、這い出る呪いに際限を見せる気配は無かった。



「アレといい、君といい、枢木スザクといい……。
 その生き汚さだけは称賛に値するよ」


それは、知人に世間話をかけるような、実に脈絡のない問いかけだった。


「―――いや、違うね。賛辞などとてもではないが送れない。
 つくづく理解に苦しむよ。何故、君は今更になって立ち上がったんだい?」

言葉を紡ぎながらも攻めの手は全く緩めない。
聞き手に答えさせる気など始めからないというのに、リボンズは話を続けていた。

「もう終わったろう。君の為の戦いは」

ガンダムエピオンの取り得る動き、その全てを演算、測定。
27秒まで先の光景を眼に映し出し、新たな指定を組んだファングを向かわせる。

「全ては消えた。そしてこれから君達も消える。
 君達は死ぬ。一切の容赦なく忌避なく確実に。
 それがこの世界、いや全ての宇宙にとっての救いの糧となれるんだ」

枢木スザクと相対した際にも言った台詞。
リボンズ・アルマークはバトルロワイアルの参加者の死に本心から感謝している。
自らの作る、平和な世界の礎となれることを至上の光栄だと確信している。
だから絶対に今も生きる参加者を全滅させる気でいるし、そこに憐憫や同情に類する感情は砂粒程もない。



「だから今一度聞くよ」


背に接続した大型のフィンを排出。
計十二機のファングが空に軌跡を作り、エピオンを鳥籠状に囲むよう旋回する。


「何の意味もない行為に、どうして君達はそうも無駄に命を賭ける?」


囚われの騎士へ殺到する羽が、刃と滅光を携えて浴びせかかるる。
衝撃が朱の空を凄惨な色に落とす。

問いを答えさせる余裕も与えない波状攻撃。答えるどころか生存しているかも計れない。
実際、今のは限りなくリボンズの独り言に近い。
愚かな振る舞いを続ける憐れな生贄を見て、ふと思い立ったことを口にしただけ。
そもそも、答えなど期待していないのだ。
すぐに消す相手の意見など聞いてなんになる。
かくして聞く者は絶え、神の気紛れの愚痴は風に乗って消えて行く。



「――――――あるさ、戦う意味ならば」

答える声は、檻の爆心地に逆巻く風の中から機工人と共に現れた。
絶死を免れない筈の挟撃を、グラハムとエピオンはまたも振り切っていた。
定められた未来への割り込み。一人と一機の運命への反逆。
糸に針を通すより繊細で小さい活路へと飛び込み、神なる射手へと肉薄する。

「復讐か。
 実に人間らしい、短絡的で浅薄な考えだね」

その結果を知っていたとばかりに待ち構えていた緋の銃口。
唸りをあげて、右腕に備えるバスターライフルが放射される。
唯一の逃げ場を塞いだ筈の光火は、騎士の握る剣に弾かれて何を捉えることなく逸れて行った。

「否だな。断じて否だ。
 私が再び立ち上がれたのは、守るものがあるからに他ならない!」

「守る、だって?
 守れるものなど、もうこの世界の何処にも残ってはいないだろう」

「あるさ!
 ここにはまだ、残っているものが確かにある。残った者が今も生きている。
 私を再び高みへと導いてくれた彼女の声は、この胸に残り続けている!」

耐えられないと屈していた空虚感は、熱い火を宿す炉へと変じている。
胸を埋めるのは、たった数秒の光景。
今までの自分が当たり前に持っていた、身を焦がす情熱と同じもの。

その瞳を憶えている。
自身がどれだけ穢れようと、侵してはならない輝きがあったのを憶えている。
あの涙を否定することなど、例え本物の神だろうと譲る気はない。

世界の使命や救済の大儀に比べれば、実にちっぽけな意味。
このグラハム・エーカーだけにしか意味のない戦う理由。

―――十分過ぎる。
少女の涙の意味を変えるため。
男が命を張るのには、まったく不足のない理由だった。


神の嗤いを、刃持つ手でその存在ごと拒絶する。
騎士は、いと高く吼える。



「これは、それを守るための戦いだ!!」


空中で爆散。また新たなファングが騎士の剣の錆と消える。

「それこそ、無価値だ」

男の狼藉を黙って見届けるリボンズではない。
吐き捨てると同時。
天に唾吐く不届きへ、懲罰の火柱が突き立てる。

グハラムの戦闘倫理が導いた勝機の到来の予感と、ゼロシステムからの啓示は同時だった。
ここが乾坤一擲の出所。
敵の攻めを覆し、そのまま己の攻めの枕へと転化させろ。

眼前に迫るビームの柱。
破界の力を帯びたGN粒子の奔流。
それに対してのグラハムは、エピオンが持つビームソードを前面に構えただけ。
更なる、前進の選択を続行した。

ビームソードは輝きを翳させることなくその威容を維持する。
十重二十重に乱射されるビームを前にして、光の動きは衰えもしない。
一刀を振りかざし、目前に広がる乱舞の総てを迎撃していく。
それどころか、新たに注がれる力。
刃は巨大に、強靭に成長していき、遂には向かう激流の嵐を完全に圧倒した。

攻めを最大の守りに変えて、騎士は神へと刃を叩きつける。
ビームの雨の迎撃に怯むことなく懐の隙を突いたというのに、敵の対応は俊敏だった。
相克の戦刃。
天から見下ろすリボーンズガンダムに、地から昇りつめるガンダムエピオン。
この構図は崩れることなく、先の展開が再現される筈だった。


「私の道を阻むな」


鍔迫り合う腕が狭まる。
満ちる光は臨界を知らず、白滅する視界でブースターを前に倒す。
反発する磁石のように弾かれてばかりだった機体が、今は何秒経とうとも繋ぎ合っている。

今度は離さない。へばりついてでも距離を詰め寄る。
近づき斬ることだけに集約された機体(エピオン)にはそれしか戦い方がない。
そしてそれはグラハムの心象と過たず一致している。この愚直さこそ己に見合った戦い方。
信念という槌に鍛えられた一振りの刃を手に。
天高く飛ぶ神へと叩きつけるがために立ち臨む。
空に浮かぶ月ほどの距離であろうと、武器を届かせることを諦めない。
そして、敵はすぐそこにいる。
腕が触れ合うまで近くに対峙している。
ならば、届く。

この一線こそ境界。人と神との絶対階梯。
これを上回り、この敵より先の空へと昇らねば勝利はない。


「用があるのは、その先だ!」


ふたつの光が分離する。
グラハムが落とされたのではなく、初めてリボンズが退くという形式で。

距離を置こうとして開いた彼我の空白に、獲物へ躍り出た蛇のように伸びる鞭。
赤熱化したヒートロッドを咄嗟に弾いたリボーンズガンダム。
しかし制動を失いバランスを崩した機体は反転し、赤い無防備な背中をエピオンに晒した。
そこに閃熱の一文字を走らせて両断すべく掲げた右腕を、





―――危険、停止しろ。




「――――――っっ!!」



エピオンからの啓示に、今度はグラハムが冷や水を浴びせられる格好になる。
攻撃に支配されていた思考は電気的に捻じ曲げられ、機体を今にも貫こうとした粒子の波を剣で受け止めさせていた。

リボンズのガンダムは、赤い背を向けたまま向き直ろうともしない。
グラハムのエピオンなど眼中になく無視した形。
だが感じた。相手は歴とこちらを見てるのをグラハムは分かっていた。
ガンダムの丁度後頭部にあたる部位がせり上がって現れた単眼が、水色の光を灯らせて視線を向けている。


「可変機か……!」

パイロットとしての分析眼とゼロシステムの精査から、グラハムは敵機の変化を看破していた。
肩や腰部の僅かな組み換えによって、既に背は胴となって反転していた。
天使、あるいは神として純たる雰囲気を示していたガンダムタイプとは打って変わって、
苛烈なる鮮花、刃向う蟲を打ち放つ光で呑み込み消し去る砲撃戦用のフォルムへと。

「リボーンズキャノン……」

背面の死角を補わせる特異なる形態。
塗られた赤は火の色。下賤なる反抗者の血など触れ得ざるまま焼却される。



「―――なるほどね。そういうことか」

裏返った機体に収納されるファング。
形態を変じようとリボンズの威容に翳りはない。
羽の一枚や二枚をもがれた程度で天の威厳は失いはしない。

「思えば、人類はいつだって不合理で不利益で不都合な事ばかりを率先して起こす種族だったね。
 揃いも揃って時間を稼ごうとして、何か都合のいい救い手が現れるのを期待している。
 納得したよ。君達はまさしく旧世代の人類そのものというわけだ」

戦力比もまた同様。劣勢は常にグラハムであり、攻めているのはリボンズ。
伯仲しているに見える攻防も、その実全てを振り絞って食らいついて行けてるのが現状。

それでも戦いと呼べる形に均衡を保っているのは、リボンズには余裕があったから。
神になぞらえる傲岸さならではの戯れが中にはあったからでしかない。


「けどね」

ガンダムが空に向け指をさす。
パチン、と指を鳴らすような動作。
直後に眩い閃光が降り注ぐが、攻撃の波長は一切ない。
ただ頭上に起きたその変化に、グラハムは視線を釘づけにされた。

星が、動いている。
時の流れでしかその位置を変えない星々が、独自に意思を持ち始めたかのように軌跡を描いていた。

暗夜に散りばめられた光の砂。
たった今生まれた銀河が、リボンズがいる場所を中心に集まっていく。
幾多もの天の川が渦を巻き、機神を照らす。
天体図に手を加えるそれは、まさに神の如し行為。
新生の神を称賛する、信仰の威厳が闇を満たす。

「君はさっき、僕にとって見過ごせぬ失言を吐いた。よりにもよって、その言葉を使うとはね」

心臓を直に締め付けられる。そんな感覚が襲う。
機械越しに放たれるプレッシャー。その濃密度が圧倒的に増していく。

「神(ガンダム)は、僕のみだ。
 僕こそが、それを名乗ることが許されるんだよ」

この会場が、スペースコロニー内に造られていたという事実を知りもしない参加者には信じがたい光景。
リボンズは景気づけの一種でも披露したとでもいうように、聞く者に重くのしかかる言葉を告げた。

背筋に鉄柱が刺さる。
肌が泡立ち解離する。。
敵から初めての、意味を持った視線に、とうに振り切れていた警戒域がもう一段階突き破った。

「いつまでも君一人にかかずらうほど僕も退屈していない。やることは多いんだ。
 なにせそこの外野の相手もじきにしてあげなきゃならないんだからね。
 故に、もう遊びは終わらせよう」

距離と壁の概念を越え、極限に鋭敏化したグラハムの精神は、そこに微笑う男を見た。
戦場に似つかわしくない穏やかさでありながら、他者の人格というものを無慈悲に踏みにじっていく酷薄な表情。

「君の望みを聞いてあげよう。名誉に預かり、光栄に思うといい。
 ―――少し、本気で相手をしてあげるよ」

殺意のある言葉。
死をもたらす声。
この時リボンズ・アルマークは、バトルロワイアルの支配者は。
掃討ではなく、敵と戦うという行為として自らの意識を切り替えた。



動いたのは、グラハムの操るエピオンが先だった。
自らに向かう意識が薄かったリボンズから、明確な敵意を抱いたからだ。
軍人としての経験。ゼロシステム。昂る感情。
この三要素が密接に絡み合うことで、グラハムの認識力は戦場での感情の機微を読み取れるまでに至っている。



「ッ!?」

しかし撃たれたのはこちらの機体。
濃紺に近いエピオンとは異の趣でなぞらえられた、眩く焼くような色の巨神。
その砲身、自律移動する誘導兵器であったものから放たれた光が、加速を始める寸前にいたエピオンの出鼻を折りに来ていたのだ。

単純な反射だけで窮地を感知して腕を振るう。左腕の小楯が直撃は防いだ。
今までの攻防を遊戯と思わせるだけの差異に、発汗が止まらない。

「終わる末路は同じとはいえ、長引けば苦しみが増すだけだ。
 耐えきれなくなったら……その時は簡単だ。止まって、ただ待てばいい。
 自害など醜い死などではなく、救世主たる僕の手で贄に捧げるのが、君たちへかける最大の慈悲だ」


弾ける滅びの種子。
乱射される光のシャワーがグラハムを覆い、影を消し去ろうとする。
返答する余力は今度こそなかった。
全ての技量、全ての力、全ての命を費やしてでも、この破滅の火を切り抜ける。
でなければ、グラハム・エーカーのちっぽけな願いは叶わないのだから。








◇ ◇ ◇



2 / Calling you (Ⅰ)










―――高度急速低下。
―――落下衝撃計算。
―――危険危険危険。


けたたましく鳴る警告音。
落ちていく高度。
表情を歪めながらも、枢木スザクは確かに捉えていた。

モニターに映るのは近づいてくる地上の景色。
立ち並ぶビルの一つ、屋上に立つ少女の姿。
その傍らで、隣のビル一棟を踏み潰して地表に突き刺さった巨大な棍。

「さあッ! ツケを払ってもらおうか! 枢木スザク!!」

その声は聴いたことのない少女のものだった。
少女の姿も、見た事のないモノ。
そうスザクは見たことがない、その少女の、生きている姿を。

「あれ……は何だ……?」

見た目は間違いない、服装は違うがアレは確かに上条当麻が拘っていたとある参加者の死体に酷似している。
しかし今、彼女は動き、そして自分に凄まじい悪意を向けている。
アレは誰だ。死人が生き返ったとでもいうのか。あるいはよく似た他人か。
この時、このタイミングで現れる闘争の火種。未だ放送で名を呼ばれていない者。スザクを知っている口ぶり。
そして何よりも、何よりも、どこかで見覚えのある、少女の見た目とはあまりに不釣り合いな、あの戦いに飢えた獰猛な笑みは―――

「まさか……」

心当たりは、一つしかない。


「そォよ!! その『まさか』よッッ!!」


ビルから飛び降りた少女――傭兵は控えていた巨大な機械棍に、召喚したダリア・オブ・ウェンズデイに乗り込んでいく。
機械に、血が巡る。
戦うための装置に、確かな闘志が注ぎ込まれていく。
戦場に、火種が弾ける。
スザクは呼んだ、その、今も燃え続ける火の名を。


「アリー・アル・サーシェス……なのか……?」


「ははははははははははははははははッッ!!」


名を呼ばれたことによってか。
起動するヨロイは歓喜に震えるように鳴動し、通信によって届けられた声もまた気色を含んだ大笑だった。


「嬉しいねぇ!」

立ち上る土煙の内側で。
武器形態をとっていた機体が変化する。
亀裂がずれ、形を新たに。
四肢を持ち、頭を持つ、人型。

そして咲く。
美しくもどこか毒々しい、戦場の華が。


「憶えていてくれたのかよッ!」


まずは挨拶。
それは一撃だった。



「踊ろうぜッ!! まずはテメエだ!!」

ダリアの持つ棍が伸びる。
土煙を切り裂く一閃。
召喚の触媒と同じく流体金属であるそれは先端を鋭利にし、槍撃と化してランスロットへと襲い掛かった。

「……くっ」

着地直前とはいえ未だ落下の渦中であるスザクにそれを回避する術はない。
しかしある意味では僥倖と言えた。
エナジーウイングで勢いを殺していたとしても、着地の際の隙は消すことができない。
ならば、目前の攻撃を利用し、活路とする。

動く腕、指先、操作盤を叩き、即興で編み出した突破法を実現する。
エナジーウイングの動力をカット。
落下速度上昇。鋭く尖った棍の先端がコックピットを捉える前に自ら飛び込む。
振り下ろす片腕、握るメーザーバイブレーションソードをダリアの懐に打ち込まんとし―――

「おおっとぉ!!」

急速に戻された棍がスザクの反撃を弾いていた。
しかしそれによってランスロットは落下の勢いを削がれ、スムーズな移動が可能となる。
跳ね飛ばされながらも後方のビル壁へ足部を押し当て、エナジーウイングの停止と同時にランドスピナーを起動。
続けて発射されるスラッシュハーケンと合わせた立体起動でもって、追撃の光学兵器を回避する。

ダリアの両肩部。
合わせて二つ取り付けられた花びらのような砲台から黄色のレーザーが連続して放たれる。
一撃一撃の威力が重く、脅威だ。
まともに受けて動きを止められれば後の展開は明らかだろう。
一発の被弾も許されない状況下で、ランスロットはビル壁を飛び回りかわし続けていた。

「テメエのおかけで俺の身体はこのザマだ! なぁ笑えるだろ!?」

止まぬ攻撃の嵐には大笑が付随する。
不意打ちによる開幕から立て続け、敵はスザクに向けて悪意ある言葉を投げ続けている。

「旦那にも世話んなったしな!
 諸々込みで借りを返しに来てやってんだ喜べよ! オラァ!」

肩部ビーム砲による射撃と、振り回される三節棍。
回避に全力を傾けながらスザクは確信した。
荒っぽい熱があり、しかしどこまでも鋭い冷たさを併せ持つ戦い方。
確かに覚えがある。間違いなく、あの時戦い、そして死んだはずの傭兵の物だ。

生きていた。
と言えるだろうか、目の前の姿は。
死体は確認済みだ。傭兵自身が『このザマ』と告げたように、彼の身体は確かに元の物と比べれば見る影もない。
筋力も無い貧弱なものへと弱まり、そもそも性別すら違っている。
アイデンティティの喪失とすら言えるだろう現象をもって、それでも―――

「生きていた……のか?」

「ああ? 死んだよ。お前に殺された。ご臨終だ」

「だったら……」

だったらなぜ。
ここに、目の前に、枢木スザクの敵としてここに居る。

「ああ?」

傭兵は攻撃の手を止めることなく、当然のように答えた。

「それでも『生きてるから』に決まってんだろ」

堂々と。
言い切った。
生きている限り、俺は俺であり続ける。
俺は―――戦争(おれ)であり続ける。

何一つ、変わらない。
今も、昔も、過去も未来も、容姿遍歴状況機会全て、彼を揺らがせる要因にならない。
その圧倒的個我。
強すぎる自我。
誰よりも人間として生きながら、それは人間を超えていた。

「なぜ……?」

ランスロットが堕ちるまで続けられるかに見えた連撃が不意に止む。

「だとしても何故だ……?」

同時、スザクはもう一度問いかけていた。
問いに込められた意味は、先ほどとは違う。
死んだはずのサーシェスが何故生きているのか。そして何故ここに居るのか。
どちらも既に意味のない質問だ。
どちらも先ほどのサーシェスの答えで事足りる。
生きているのは、生きているから。
ここに居るのは、それがアリ―・アル・サーシェスだから。

しかし一つだけ分からない事がある。
何故、枢木スザクを選んだのか。

この状況。
最終局面において、枢木スザクを狙うという選択それが分からない。
理由として筋は通っている。サーシェスは確かにスザクを狙う理由がある。
しかし、どこか納得できない。この男が、このタイミングで、果たして私怨で動くだろうか。
それも、万全でない機体で、だ。




「ちっ……」

サーシェスが攻撃を止めた理由は会話をする為ではない。
単純に続けられなくなったのだ。

「やっぱガタが来てやがるな……」

ダリアの左肩部。
片方のビーム砲が破壊されていた。
ランスロットの攻撃によって、ではない。
ダリア自身の攻撃途中に、自壊したのだ。

理由は一つ、もともとダリアはダメージを負っていた。
それも一か所だけではない。
攻撃を止めた機体を観察すれば、どこもかしこも破損している。
左の光学兵器のように、動き続ければひとりでに壊れるほどに根深い傷も少なくない。
損傷の程度だけに関して言えば、ランスロットとそう変わらない程と言っていい。

要因があるとすれば、召喚時。
開ききっていない結界を無理やりこじ開け、殺し合いの場に侵入させた弊害か。
そもそもヨロイの召喚は、殺し合いの中で起こらないように制限されていたイレギュラー。
自爆したダンが結界に亀裂を入れていたとは言え、無理に行えばどうなるか。ダリアに深く刻まれた損傷が物語っている。

「まあいいぜ。これで条件は同じだ。続けようじゃねえか」

全身の傷口から火花を散らし、青黒い血のような液体を流しながらヨロイは体制を整える。

「で、なんの話だっけか。ああ俺がお前を狙う理由か? さっきも言ったろうがよ。テメエには借りがある。
 あとはそうさな。空に上がった奴の中じゃテメエが一番落としやすそうだったから、だ。分かったかよッ!」

再開された攻撃は先ほどよりも苛烈に。
自壊を一顧だにせず、サーシェスは攻め続ける。

「僕を倒した後はどうする!? リボンズ・アルマークにおとなしく殺されるのか?」

「はッ!! 馬鹿にしてんのかよッ!!」

ランスロット、ダリア、共に手負い。
しかし機体に備える兵器の威力規模では、やはりダリアに軍配が上がった。
単純にスケールで上回る以上に、破壊するための出力に違いがある。
一撃当てられれば趨勢が決まる条件は先ほどまでと同じ。
攻撃権がダリア側に在り続けることがその証明。

「『まずはテメエ』だ。最初にそう言ったろうがッ!!」

対するランスロットが勝るものはスピードだ。
今までダリアが繰り出した全ての攻を回避せしめた事が証明。
損傷したダリアの内部は、己の攻撃動作の重さに悲鳴を上げている。
一撃毎に全身の破損を増やす状況が続く以上、時間が経てば形勢逆転の目はあった。

ならば勝負の構図は明らかになる。
ランスロットが潰されるのが先か。
ダリアの完全自壊が先か。
達人である彼らの、腕(スキル)を競う第二ラウンド。


「本気で……この男は……」

戦いの渦中。
スザクは表情を歪めながら目前の敵を見た。

敵は尚も襲い来る。
この最終局面で、借りを返すために来たと。
そんな実際は、『本人すらまるで拘っていない理由』を掲げて。

そう、態度を見ればわかる。戦い方を見ればわかる。
アリー・アル・サーシェスは拘っていない。
傭兵は獰猛だが、同時に狡猾であり、冷静だ。
私怨、借り、殺されたから、などと言う理由で戦っているようには見えない。
スザクに向けられているのは悪意だが、そこに怒気が足りなすぎるのだ。

しかし理由はそれしか見当たらない。
まるで後付のような、戦うついでのような、理由しかない。
そんな自分ですら本気でない理由を、アリー・アル・サーシェスは最後の戦いに臨む理由として言い放つのだ。

まずは借りのあるスザクを倒し、そして他の参加者も倒し、いずれは主催者も倒す。
そんなことを、神に抗う以上に正気から外れた行いを、為すとでもいうのか。
あるいは本当に、ただ戦火をまき散らすために、戦争をやりに来たとでも。
だとすれば、この傭兵は、この存在は、どこまで―――

「それはそれで楽しいだろ?」

『世界の歪みだ』、と。
自分でない誰かの言葉が、脳内で反響する。

二度目だ。
リボンズと相対した時と同じ、不可解な幻聴。

だが今回の声には、全面的に同意する。
これは駄目だ。
目の前の存在は看過できない。
枢木スザクが目指したもの、そしてルルーシュ・ランペルージが目指したもの。
作り出す世界は、これの無い世界だから。

だから、確信する。
アリー・アル・サーシェスは、枢木スザクの敵だ。
倒さなければならない、今、ここで。

「さあ、どぉするよ!? まさか本気で逃げ切れるつもりか騎士さんよぉ!?」

変幻自在な棍の軌道。
連射されるビームの嵐。
一つ当たるだけで終わり、だが全て回避する事に成功している。

魔王、そしてリボンズ、連戦によって損傷し続けたランスロットのコンディションは最悪と言っていい。
回避することは出来ても、こちらからは一切攻められない状況が続いている。
はっきり言って絶対的な不利。圧倒的な窮地。
それでも尚、生存のギアスと同調する意識は駆動を止めない。

伸びあがる棍の先端、回避し、時に剣撃を合わせ迎え撃つ。
放たれる光学兵器はランスロットを捉え切れず無人のビル群を倒壊させるのみ。
交戦開始からあと数分も経てば、ダリアの自壊は進み、反撃の機会が訪れるかもしれない。
その目算があるとしても、スザクの中には焦りがあった。

――早く、決着をつけないと。

空の戦い。
それこそが此度の最終決戦の本戦だ。
復活したグラハム一人でリボンズが倒せるとは思えない。
無論、今の状態のランスロットが援護に向かったところで趨勢が変わるわけもないが。
しかし行かなければと強く思う。
少なくともグラハムが一人で応戦する限り、決してあの敵には勝てないだろう。

今すぐにでも駆けつけたい。
だが、目の前の敵が空への帰還を許さない。
こんなところでとどまっている場合ではないのに。
焦りが、精神を蝕む。

「ぼさっとしてんなよォ!」

意識の間隙に、棍の突きが割り込んだ。
片足に掠ったものの、直撃だけは避ける。
バランスを崩したランスロットを、更に追う光学兵器。
射線から逃れ、高層ビルを盾にしながら後退した先に―――

「これは……」

「おお、もう見えてきたのかよ」

交戦開始からどれくらいの時間が経ったのだろうか。
ビル街を移動し続けた二機は、いつの間にか戦いの中心へと近づいていた。
すなわち、展示場。
黒の泥が犇めく、もう一つの本戦。

噛み締める苦みと共に、スザクはスピードを落とすしかなかった。
近づきすぎるわけにはいかない。
直感的に感じ取る。
黒の塔は鳴動の頻度を強めている。
建造物を貪り食うアレはまるで生き物だ。
ランスロットに乗ったまま近寄れば、果たしてどう反応するか。

「どうしたよ? もう退くことも出来ねえってか!?」

動きを緩めたランスロットへと、追撃は激化する。
当然だが、敵は攻撃の手を止めてはくれない。
誘導されていたと、気づいたときには手遅れだった。
このまま退き続ければいずれ、展示場にとりついた泥の範囲に入ってしまうだろう。
ランスロットを泥に触れさせることが何を意味するのか、スザクには分からない。
しかし、汚泥に対して過剰に反応するギアスが告げている。

――このまま退き続けるわけにはいかない。

後退は、もはや不可能。
そして逆に、これ以上ダリアを展示場に近づけさせるわけにもいかなかった。

何故なら展示場には今、黒の泥に対応するべく向かった者たちがいる。
阿良々木暦、両儀式。
仲間として動いているわけではない。協力しようという取り決めすらない。
だけど同時に、彼らはそうするだろうという確信がある。
ほんの一時の邂逅、少しだけ言葉を交わした。
ただそれだけでも、事足りた。
彼らは生きようとしてる。生きるために、やれることをやる筈だと。

だとすれば、あそこに居ない筈が無い。
泥の渦中で戦う彼らに、戦争の火種を近づけさせてはならない。

つまり、『ダリアが息切れするまで回避に専念する』と言いう戦法は呆気なく潰されていた。
倒すしかない。
足を止めて、今すぐ、迅速に。
だがそれは困難を極めるだろう。
どれほどスザクの操縦技術が高くとも、ギアスによる底上げがあったとしても、ランスロットの性能が高かったとしても。
既に、連戦に傷ついた機体は限界だった。

黙したまま、踏み込む。
戦闘開始から十分弱、初めてランスロットが攻勢に転じた。
ランドスピナーの推進力にスラッシュハーケンの射出を合わせ、一気にダリアの懐へと飛び込む。
振り上げたメーザーバイブレーションソードをコックピットへ突き出すも、折れ曲がる三節棍に阻まれ、火花が散った。
次の瞬間、ダリアの光学兵器が発光する。
完全にランスロットを捉えた射線だったが、急速に左方向へと移動することによって回避を実現。
攻撃直前、左方向のビル壁へと突き刺していたハーケン、それを引き寄せる事で為す立体起動だった。

そのままランドスピナーでビル壁を滑り下りながらダリアに接近。
間断無く再度の攻撃。
今度は剣のみでなく、回転を加えた蹴撃を三連。
全て振り回される三節棍に弾かれるも、ハーケンを射出しコックピットを狙い撃つ。

だが敵もやはり達人級。
跳ね上げる蹴りでハーケンを弾き返し、棍を地面に突き立て棒高跳びの要領でランスロットに迫りくる。

――強い。

滴る汗もそのままに、スザクは目前の敵が紛れもなくアリー・アル・サーシェスであると再確認した。
この豪快さ。冷徹さ。そして狡猾さ。
生身で戦った時と変わらず、確かに顕在している。

このまま無理に攻めれるのは得策ではない。
分かっていても退路は断たれていた。

叩きつられる三節棍の一撃を完全には躱し切れず、ランスロットの足部が損傷する。
バランスを崩したまま着地に移り、なんとか転倒は避けたものの、続けて放射されたビームが足元を撃ちぬいた。
炸裂するコンクリート。吹き飛ばされる機体。
立ち上る砂煙に窮地の中、勝機を見る。

ランドスピナーを逆回転させ、後退しつつ砂煙を前方へと押し出した。
追撃に放たれる光学兵器のレーザーは何れも、狙いを付けられずランスロットから逸れ、傍らに着弾する。
そうして吹き上がる黒煙と砂塵は、ランスロットの身を隠す幕となり同時に、

――前進。

攻める為の、死角を作り上げていた。

――接敵。

煙の幕を突き破り、今度こそ不意を突き返した斬撃を放つ。
ランスロットの位置を掴み損ねていた敵は対応すること叶わぬ筈であり――

「……いない?」

しかし、煙を抜けた先に、敵の姿は無かった。
光学兵器によって滅茶苦茶に破壊されたビルと、瓦礫に埋められた広場があるだけで、ダリアの姿がどこにもない。
逃げたのか、身を隠しているのか、しかし熱源はある。


「とぉころが!!」


それも――


「ギッチョン!!」


背後に。

「透明化!?」


ランスロットの腕部が、遂に捉えられた。三節棍が絡みつき、動きを封じていく。
景色に溶け込む光学迷彩。ここまで隠していた奥の手。
浮き上がるように現れたダリアに、不意を突き返されたスザクは感覚に任せて応対していた。
激動するギアスの声は、生存が脅かされている証。
本能のまま全身を疾駆させなければ、即、死に繋がる故に余計な理屈は撤廃する。

腕を締め上げる三節棍へと蹴撃を叩きこみ、同時接近するダリアにハーケンを射出する。
ハーケンの先端がダリアの脇腹部分に突き刺さり、青黒い液体が噴き出すが、腕を引き寄せる棍は緩まない。
近づいていく両者の距離。
逃げる事は不可能であると、決断したスザクは自ら間合いを詰めていた。
引き寄せられるままに腕を動かし、ダリアを刺し貫く体制で接触を待ち受ける。

「ノってくれるのかい? ありがとよぉ!!」

間を置かず、ダリアの胸部に深々と刺さる刀身。
吹き上がる、青黒い血のような液体。
勝負あり、かに見えた。

しかしスザクには分かっていた。
乗せられた。
これは敵の檀上であると。

「はは……!!」

傭兵は笑う。

「楽しいねぇ……!!」

楽しそうに、ただただ純粋に、楽しそうに。

「もっと続けてもいいんだが、ま、勝負あったな」

剣は深々とダリアを貫いている。
コックピットからは少しズレているが、決して浅いダメージではない。
ならば、なぜ笑うのか。
理由を、スザクは手元で実感した。

操縦桿が動かない。
機体が、ダリアから流れ落ちた青黒い血に濡れた部分が、トリモチに絡めとられたように動かない。
光学迷彩と、G-ER流体による拘束。
奥の手は一つではなかった。
ここまで隠し続けた機能をふんだんに使った絶妙な詰め。
傭兵の狡猾手腕ここに在り。

機体のコンディション。
戦闘中の焦り。
そして攻撃に転じるしかなかったという状況。
要因は様々だが、今ある事実はハッキリと、スザクの敗北を意味していた。

振り上げられる棍の先端は鋭く尖り、ランスロットのコックピットに狙いを合わせていた。
ギアスの警鐘が鳴りやまない。
生存の目があるならば、如何様にも体を動かす自信がある。
しかし肝心の体が動かない状況では、全ては無意味と化してしまう。

「俺の勝ち、だ。じゃあな騎士サマ。旦那のところに送ってやるよ」

そうして一撃は振り下ろされる。
最初から、都合の良い奇跡になど縋るつもりはない。
終わりは終わりであると、諦観するしかないだろう。

「――」

しかし、それでも、スザクは信じていた。
『何か』が、起こる。
グラハムの復活を目撃した今ならば、確信すらできる。
一度、不可能が可能になったのだから。
ここには、抗うと決めた者が、生きると決めた者が、自分以外にまだ残っているのだから。

「アディオス・アミーゴだ」

だからその、終わりを告げる、サーシェスの声を。







「――違います」





否定する、少女の声に。


「間違ってますよ」


スザクが、驚くことはなかったのだ。

地面を伝う真紅の波動。
砂塵を巻き上げ、コンクリートを砕き、それはG-ER流体を吹き飛ばしていた。
拘束から解放され、息の根を止めるはずだった棍の一撃を弾きながら、ランスロットは退き、体制を整える。
その隣に、その機体は在った。

「そうですよね、枢木さん」

スザクは思う。
やはりこの機体と共闘するのは少し違和感があるな、と。
しかし、彼女の言葉には、素直に同意することにした。

「ああ、間違っているよ。
 ……これからだ。これからなんだ、全て」

真紅のナイトメアフレーム。
紅蓮。
それを今、駆る事が出来る少女は、この狭い世界では一人しかいない。

「どうしてここに来た? 平沢さん」

平沢憂。
最後に残っていた参加者は、ここに参戦を表明する。
生きる、と。戦う、と。
何のためか。
その答えを、今は得ているから。

「私には、いま、会いたい人がいます。伝えたい言葉が、あるんです。
 ―――だから、ここまで来ました」

あの黒き塔の中で戦い続ける、平沢憂が会わなければならない人。
会いたい人のもとへ、行くために。
そして、その為に。

「あの人は、通行の邪魔です」

「同感だ」

白と紅の機体は、再び並び立つ。
二人、目指す場所は違う。
スザクは上空の戦場に駆けつける為。
憂は黒き塔の戦場に辿り着くために。
それでも今、彼らには共通する認識がある。


「―――は。ははははっ! 誰かと思ったら、久しぶりじゃねえかよ嬢ちゃん!!
 まったく上手くいかねえなぁ嬉しい限りさ!!」


目の前の、こいつは邪魔だ。

生きるために。
届かせたい思いの為に。
倒して先に、行かなければならない。

再び始まる戦闘の直前。
騎士は一言、傍らの少女に声をかけた。


「これは命令じゃなくて、君の言う『お願い』だけど……死なないように。
 君が死ぬと悲しむ『お人よし』が、あの黒い塔の中に居るみたいだから」


それに、少女もまた、自らの言葉を返した。


「はい。だからそんな『お人よし』さんの為に。
 私からも『お願い』です。……枢木さん、死なないで」

その言葉にスザクは表情を変えたのか。
言葉には何も表さず。


「――――ついてこれるかい?」

「ええ、ルルーシュさんには、ついて行けたので」

「そうか。だったら、加減はいらないな」


ただ前へと、傾ける操縦桿。
白と紅の二機は、それぞれの目的地へと至るため、突貫を開始した。





◇ ◇ ◇








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338:2nd / DAYBREAK'S BELL(1) リボンズ・アルマーク 2nd / DAYBREAK'S BELL(3)
グラハム・エーカー
枢木スザク
アリー・アル・サーシェス
336:1st / COLORS / TURN 6 :『U&I』 平沢憂
最終更新:2015年03月18日 01:38