DAYBREAK'S BELL/(1)◆ANI3oprwOY























―――――――――――願いは、誰にも撃ち落せない。


























◇ ◇ ◇



◇                                        ◆



       ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






              2nd / DAYBREAK'S BELL






                     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇       



◆                                        ◇





1 / Heaven's falling(Ⅰ)









清廉、その一言であった。


降りてゆく極大光。
天空の剣は下ろされた。
吊るされていたか細い糸は既に切れ、刀身の落下が始まっている。
もうすぐ、地上に奇跡が齎される。

ダモクレス。

上空3000kmの地点からゆっくりと降下を続ける超弩級要塞。
その最上部に建てられた城の庭園にて、空を見つめながら歌う少女こそ、この戦いの主催であり、主賓であり、景品。

イリヤスフィール。
白き聖杯。
おそらくこの世界はその為だけに作られた。
故に完成が為った時、同時にこの世界の存在する意義は失われるだろう。

終わりの時はすぐそこに、この剣が地上に到達したとき。
殺し合いの、正に集大成たる、願望器は顕現する。

長く続いた戦いの、行きつく果て。
物語の終焉。
その、少女が住まう天の城を、今、枢木スザクは見上げていた。


空中に留まるランスロット・アルビオン。
その内部にて、スザクは待っていた。
降りてくるダモクレスと、もう一つ。


「――歓迎するよ。枢木スザク」


ダモクレスの下方、城を守る機神。
天使のように煌びやかな粒子を広げた鋼鉄。
聖杯の守護者にして、この世界の神を名乗る、この殺し合いの主催者。


倒すべき敵。
リボーンズ・ガンダムの姿を。

「律儀だな、人間。
 わざわざ魂を捧げに来るのは感心だ。
 僕としては、逃げ回られるのが一番面倒だったからね」

ランスロットを見下げながら放たれたその発言は、尊大にして不遜。
どちらが上で、どちらが下か、位置関係の時点で彼は既に示している。

「それとも何かな。
 君はもしかして戦いに来たのかな?
 この僕と。この戦力差で。数秒もかからず終わる戦闘を始めに。
 それも――たったの一人でかい?」

有体に言って舐めている発言も、それが事実なら大言でも壮語でもない。
事実、彼我の戦力差はあまりに開きすぎていた。

機体の差以前に、殺し合いという舞台に身を束縛した者と、された者。
主催者と参加者。
立場が違う、存在としての優劣はリボンズが表舞台に姿を現してからも変わらず在る。。
そんな相手に、残る参加者全員で抗しても勝機の見えない最大の敵に、スザクは一人で挑もうというのだから。
この戦いは『無謀』と、誰の目にも映るだろう。

「ああ、そうだ。僕は戦うために、ここに居る」

それでも、枢木スザクは言い切った。
戦うと。
抗うと。


そして、

「リボンズ・アルマークを倒すために、ここに来た」

倒す、と。


「くっ―――はっ」


紛れもない戦意を受けて、神を名乗る男は笑う。
吹き出すように、軽い、何も籠らない笑いだった。

「滑稽だね」

彼は目の前の無意味な決意を嗤い。

「そして哀れだよ」

これまで続いてきた下界の戦いを慈しみ。

「だけど、君たちは、それでも幸運だ」

尚も言い切った。

「この戦いの贄となることが、僕の目的の糧となることが。
 ――人類救済の為の、最後の犠牲になることが」

今まで死に絶えた全員、これから死に絶える全員、堪らない幸運を噛み締めろと。

「仮に、幸せだと思えないなら。
 きっとそれが…………君たちの不幸なんだろうね」

リボンズが目を細めた直後。
唐突に、火蓋は切って落とされた。




「――――ッッ!!」





リボーンズガンダムの背部、無数のファングが飛散し、ランスロットを取り囲む。
会話の終わりから一秒も掛からず現れたその『結果』に、スザクはただただ瞠目した。
先手を取られたことに―――ではなく。
『スザクが先手を取った』にもかかわらず、結果が『こうなっていた』ことにだ。

真っ向勝負で勝てないと分かっている敵を前に、先に仕掛けさせる愚は犯せない。
最初からそのつもりだった。
確かにランスロットが先に仕掛けた、先に動いた筈なのだ。

スザクには間違いなくその意識がある。
棒立ちで、戦場にありながらぬくぬくと会話を続けようとする敵の懐に飛び込もうと、前進を決行した。

にもかかわらず、『先の先』を覆す『後の先』。
否、事はそう単純ではない。
完全に合されていた。ミクロのずれも無く、リボンズはスザクの前進に攻を重ねたのだ。

動きを見てから判断したとは思えない。
まるで最初から動きを知られていたような。
スザクが『こうすると』予想ではなく、必然ですらなく、当たり前の事象として知られていたような、怖気。

正確に、何が起こったのか。
などと考えている暇は、既に一瞬も無かった。
メーザーバイブレーションソードを抜き放ち、回避に全力を―――


「緊張しなくても大丈夫さ」


注ごうとした瞬間にこそ、スザクは意表を突かれていた。
ランスロットを完全包囲しつつあったファングは、一発の射撃も行わぬまま、下方へと飛び去っていく。
スザクとリボンズがいる地点よりも、更なる降下を続けていく。
理由は考えうる限り、一つしかない。

「今のは『あちら』の相手だからね」

ワンテンポ遅れて放たれるファングの集中砲火。
向けられる先はやはり、スザクではない。
狙いは最初から決まっていた。
スザクとリボンズ、そしてダモクレスの直下に位置する展示場。
正確には、展示場を飲み込んだモノ、天へと無数の手を伸ばす黒き塔だ。

地上を目指すダモクレスとほぼ同スピードで上昇してくる、夥しい数の黒い腕。
白の聖杯を泥の中へ引き摺り込まんと膨張を続けていた極大の呪いへ、大量の燐光が撃ち込まれていく。
当然、それのみで消滅するほど黒聖杯の泥はやわではない。
だが確実に勢いは減衰していた。

つまりこれは露払い。
ガンダムとそしてダモクレス、白き聖杯が降り立つ場所への道を拓く為。

「……そうか」

スザクは理解する。
つまりこの状況、やはり自分は舐められているのだ。
単純に侮られている。

リボンズは今、スザクに向かって話してはいるが、実際スザクを見てすらいないのだ。
彼が見ているのはその先。下方の泥の、更に向こう。
自分が勝ち取るべき女神(せいはい)の、降り立つ場所だけを見つめている。
全ての障害を打ち払い彼女を降ろし、彼女を手にする。
奇跡を掴むと、自身が宣言した事を成すために。

それを何故かスザクは腹立たしいとは思わなかった。
リボンズが自分のことを見てすらいないなら。参加者を屠られるのみの存在と認識し、眼中に無いというのなら。
そこに突破口はあるかもしれない。足元を掬う手立てが存在するかもしれない。
何の根拠もない、ただの願望、希望的観測だ。気休め以下の、くだらない思い込みの話だろう。

だが今は一つでも、勝ちに繋がる道を探し続けなければならないのだから。
『ならば可能性がある』と、思わずしてどうする。

―――そして、あるいは、とスザクは思う。
お互い様、故なのかもしれない。
相手を見ていないのはスザクも同じだ。
スザクがここに来て、真に見ていたものは一つ。
最大の敵、リボンズ・アルマーク、などではなく。
ずっと向こう、遥か上空からゆっくりと降下を続けているダモクレス。
そこにはいつか、約束があったことを知っている、物語があったことを知っている。

そして今は、願望器という到達点がある。
欲しいとも、憎いとも、結局スザクは思わなかった。
けれど同時に思う。辿り着かねばならない。誰かが、あの場所に。
故に今、枢木スザクは目指している。

――いや、きっと誰もが、無意識の内に目指していたのだろう。
ふとそんな事を思った。

「―――ッ!!」

思考は一瞬、今度こそスザクは攻勢に移る。
メーザーバイブレーションソードが空を引き裂きながらリボーンズ・ガンダムに迫っていく。
迎撃のは即座に、ガンダムが持つライフルの射線がランスロットを捉えた。

射撃が行われる寸前。
スザクは斜めに軌道を変えていた。
リボーンズガンダムを無視し、ダモクレスのある方向へと。

数瞬後に放たれるであろうビームライフルの一撃を紙一重で避け、本拠地に向かう挙動。
最初から、リボンズと真っ向勝負するつもりなど全くない。
先ほどの思案とは別に、勝機があるとすればそれは『ダモクレス』だと、最初からスザクは見切っている。


例えランスロットが万全な状態であっても、リボンズの機体に抗せるとは思えない。
にも拘らず、こちらは先の戦闘で負った損傷を修復しきれてすらいないのだ。
馬鹿正直にリボンズと戦ったところで文字通り贄となるのが関の山。

端的に言って、『この敵には勝てない』。
ランスロットも、枢木スザク自身も、敵は熟知しているだろう。
こちらの手札が敵に知られている以上、まっとうな勝利は不可能だ。
ならば、ここは新たな勝利条件を模索するしかすべは無く。

「聖杯を奪うつもりかい?」

冷めたようなリボンズの言葉は答えの一つだ。
『殺し合いに乗らずに祈りを叶えたいならば、聖杯を奪って見せろ』
そう言ったのは主催者であるリボンズ自身であり、イリヤ自身。
全員の死が訪れる前に、聖杯を奪い、現在貯蓄されている魂の身で願望器を起動する。
スザクはその詳しい仕組みなど知る由もないが、条件として商品を奪取することがリボンズの目的を砕くことになるのは明らかだ。
そこに、必ずしも『リボンズを倒す』必然性は存在しない。

「君は知っているだろうに」

しかし同時にスザクは分かっていた。
この場に残る参加者の中で誰よりも、『それが不可能である』ことを。

背後から熱量。
空中で左右へ機体を撥ねさせ、回避を実行する。
放たれた燐光はランスロットを掠め、そのまま進行方向にあったダモクレスへと流れていった。
躊躇わず放たれた聖杯への砲火に、スザクは後の展開を確信する。

要塞へと前進を続けていたビームは、到達の寸前になって不可視の障壁に阻まれ消滅する。
その現象の実態を、参加者の中ではスザクだけが知っていた。

ブレイズルミナス。
サクラダイトが発するエネルギーが齎した、絶対守護領域。
ナイトメアの防御兵装にも使われているが、ダモクレスのそれは別格だ。
現状、スザクが知る限り参加者の持つ攻撃手段の全てはアレを突破できない。

故に聖杯を直接狙うプランは不可能と言わざるを得ない。
降下中のダモクレスに触れられない以上、参加者はどうあってもリボンズを相手取るほかはない。
しかしそれの意味するところは―――

「哀れだね。本当に」

ランスロットは空中でターンを決め、再びリボンズへと突貫していく。
リボンズの迎撃を再び回避し、今度は右回りで接近。
放たれる三度目の射撃をスザクは鮮やかな機微で上方にかわそうとし――

「君は本気で、『時間稼ぎ』ができる、なんて思っていたのかい?」

己の思考が読まれたこと以上に、あまりにも早く捉えられた事実に驚愕していた。

「―――――な」

ぜ、と。
言う間隙すらなかった。
ランスロットの左腕が砕かれている。
燐光によって肩部からもぎ取られ、装甲の破片が散る。

「そしてもう一つ疑問だな。
 君は一体どうして、時間なんて稼ごうとしていたんだい?」

思考が、視界が、狭まっていく。

「どれだけ時があっても、何も起こりはしないのに、何も変わりはしないのに。
 まず最初に君が死に、いずれ皆死ぬという、結果が動く筈もないのに」

損傷、小破した、一瞬にして。
いったいどの攻撃で。
理由が分からない。
順当に考えて三度目の射撃、だがしかし回避は出来たはず。
確かにかわした筈なのに。
ハッキリと認識があった。避けたと。なのになぜだ。
サーベルの間合いになど入っていない、ファングを解除した今、ビームライフル以外の武装は無いはず。

「どうして君は、無意味な戦いに挑んだのか」

これで二度目。
最初に『先』を取られた時と同様の、認識のズレのような現象。
在る筈のない場所に、在る筈のない者が居たような齟齬。
考えている時間など無い。
すぐさま離脱しろとギアスは警鐘を鳴らし続けるが、同時に疑問の解明無くして生存は無いという直感がある。
己が正しいと思うままに動いた結果、どうしようもない破滅が待っていると。

「どうして君は、無意味に死んでいくことを選んだのか」

ただ、分かってしまうことがある。
ランスロットのスピードも、生存のギアスも、この敵には通じない。
枢木スザクは、リボンズ・アルマークには、勝てない。

接近を許した。
落ちてくる。僅か数分にも満たぬ戦いを終わらせる、剣の一閃が。
掲げられたビームサーベルが、直下で体制を崩したランスロットを完全に捉えている。

どうしようもない状況に陥って、初めて理解する。
何もかも見通されていた。
己に出来ることが『時間稼ぎ』しかないと最初から断じて動いていたこと。
ナイトメアではガンダムに通じる攻撃手段が無くとも、攻撃を一切行わず回避に専念すれば、ある程度の時を作れると踏んでいたこと。
何もかも、読まれていた、そして甘かった。

この差はランスロットとリボーンズ・ガンダムガンダムの性能差、などという単純なものではない。
やはり違ったのだ。主催と参加者。
その差は極大で。思考は全て読まれていて―――

「……いや」

違う、そうではない、『読まれていた』のではなく、『知られていた』のか。
だとしたら何を、スザクの思考を、戦術を、あるいは未来を。

「まさか―――これは――――」


騎士は気づく、リボンズの強さ、その本質を。



『――――――じゃあ、終わりだね』



その時確かに、スザクは聴いた。
通信による声ではなく。
脳裏へと直接語り掛けてくる、言の葉を。



『――――――僕の聖杯に魂を捧げろ、枢木スザク』



そうして空に、炸裂の音が響いた。







「――――――――――――――――――――――」







そう、スザクは最初から時を稼ぐことしかしていなかった。
諦めではなく、冷静な分析として、他に出来る事など無いと断じていたし、それは事実である。
しかし時を生み出すことに、リボンズの降下を一秒でも遅らすことに、果たして意味は無かったのか。


「……へえ、そうかい。君も来たのか」


それは違った。意味なら、ここにある。
己一人の力に勝機を見出すことが出来なくとも、スザクは知っていた。
ここにはまだ、己以外にも、数個の魂が残っている。
それらは誰一人として諦めていないのだと。全員が、退けぬ願いを抱えて進んでいるのだと。


「やっと……来たんですね……」

彼らの間に連携など無かった。
頼る気も、あてにする気も無かった。
各々が何も与えず、与えられず、好き勝手に動いていた。
けれど、一つだけ信じていた事がある。


『――きっと誰も、このままでは終わらない』


終わらせない。
神が思い描いた全世界を幸福にするシナリオ、『そんなもの』では終わらせないと。
誰もが身勝手にも思い、そしてだからこそ『何かが起こる』。
その確信は今、実態を持った像として現れていた。



「ああ、待たせたな。枢木スザク」



その光景は、光と光の衝突だった。
直下より駆け登ってきた巨大な機体。
それが抜き放つビームソードが、リボーンズガンダムのGNビームサーベルと鍔迫り合っている。
正しく、この戦いで初めて、リボンズに『防御』という動作をさせた瞬間だった。


「無駄な時間稼ぎ、だと?」


衝撃で大きく弾き飛ばされていたランスロットの内側で、スザクもまた、その光景を目にしていた。


「無駄ではないさ」


戦闘に割り込んだ機影は、リボーンズガンダムに互する程の巨体。
その色は真紅。
その存在感は異様。
近接武器のみで固め切った装備が圧倒的戦意を示し。
傷を残すボディはしかし磨かれており、秘めたる威烈は何一つ損なわれていない。


「無駄にはしないさ」


―――エピオン。
それは滴る血のように、邁進する鬼のように、何よりも苛烈に。
戦いを体現するその姿はしかし、同時にどこか美しく。




「この私が――――グラハム・エーカーがッ!! 来たのだからなぁッ!!」





今ここに、




「ガンッッッッッッッッッッッッッダアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァムッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」





咆哮する闘志が、一人の男の復活を知らしめていた。



「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおァッッッッ!!!!」



叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
新たな挑戦者、グラハム・エーカーはひたすらに叫ぶ。
これまで燻っていた炎を解放するように。
蹲っていた自分自身を焼き尽くすように。
かつて叫んだ絶望を塗りつぶすが如く。
喉を震わせ、拳に力を籠め、天上の敵だけを見据え、吠えるのだ。


「あえて言おうッッ!!」


そして高らかに名乗るのだ。


「グラハム・エーカーであるとッッッ!!!!」


己の名を。
名乗るのだ。
肩書ではない、異名ではない、ただ一つ、己の名を、約束した者に報いる名を。


『……一心同体、だなっ』


失った誰かに、誇れる名を。


「よく聞くがいい!!」


守りたい物すべてに。


「私が守るッ!!」


抗うべき全てに。


「私が戦うッ!!」


彼は宣言した。


「私が変えてみせるッ!!」


守るために。
戦うために。
あの笑顔に。あの涙に。
グラハム・エーカーに向けられた、全ての想いに報いるために。


「今だけは!! 私が『ガンダム』だッ!!」


今だけは、そう名乗ろう。
そして、この世界を変えて見せよう。
リボンズが示す悲しすぎる『救済』、その結末を。
全人類の救済など、その為の犠牲など、細かいことはどうでもいい。

ただ一つ、一つだけ、ハッキリしている事実がある。
グラハムにとって、おとめ座に生まれついたセンチメンタルな彼にとって。
ただ一つ、看過できぬ事柄がある。


『……もう一度―――戦ってッ!!』


自分を信じてくれた少女いた。
彼女は今、泣いているのだから。
その涙を止める為ならば、神とだって戦おう。




「――――お前を倒すッ!!」




スラスター全開。
吹き上がる光の翼。

鍔迫り合いの体制で、機体をぶつけ合わせたまま上昇。
ガンダム・エピオンの最大出力が、リボーンズ・ガンダムを押し上げる。

「そうかい。なら少し遊んであげるよ、人間」

応じるリボンズもまた出力を上げ、二機は地上から引き離れていった。



「……グラハムさん」


ダモクレスのある高度まで登っていく機体の軌道を見上げながら。
スザクは胸中に滲む高揚を抑えていた。
『何かが、起こった』。
待っていたモノは、来た。
時間稼ぎは報われた。スザクは、ひとまず賭けに勝ったのだ。

実際、進展など無いに等しい。
グラハムは現在参加者の中で最大の戦力。
彼なくして戦いは成立しえないが、その参戦でもってしても、勝利に繋がるとは思えない。
未だ、敵との差は絶望的だ。

しかしそれでも思うのだ。一歩、前に進んだと。
再起不能と思われていたグラハムが立ち上がった。
不可能が一つ、可能に変わった。

ならばまだ、『次』の何かが起こるかもしれない。
希望が、今は胸中にある。
先ほどまでは無かった、力強い希望。
戦い続けるに足る衝動。

どこから来たのかは明らかだ。
グラハムの叫び、今の声を聞いたならば、誰であれ奮い立つだろう。
そうさせるだけの、力強さがあった。

「援護します」

己も行こう。
ナイトメアでどこまで戦力になれるかは分からないが、無意味ではないはずだから。
先陣を切っておいて出遅れるわけにはいかない。
そう、スザクが改めて決意を固め、グラハムを追って上昇しようとした瞬間であった。


「――なに?」


レーダーに反応があった。






機影――アリ。
座標――ランスロットと同一。
高度――直上、急速接近中。










回避不可能―――激突する。







「――――――――!!」







警告から衝撃までのタイムラグはゼロに等しく。
それはあまりにどうしようもない。
完全な思慮外からの、そして致命的な一撃だった。



――エナジーウイング損傷。
――高度維持不能。
――落下の衝撃に備えよ。


落ちる。
主戦場から引きずり降ろされていく。
絶望的な事実を前に、急激な重力にさらされるスザクは下方を振り返った。
同時、割り込んできた通信に。


「さあ、ツケを払ってもらおうかッ!!」


確かに今、枢木スザクが相手取るべき敵の姿を見た。










■ ■ ■


1 / Heaven's falling (Ⅱ)





それはそこに居た。




「―――は。俺が出遅れてちゃあ世話ねぇよな」




彼はそこに居た。




「いやー長かったねぇそれにしてもよ」




彼女はそこに居た。




「だが……やっとだ」




それは、彼は、彼女は、傭兵と呼ばれるその存在は、ずっとそこに居た。



「さあ――始めようぜ」



最初から、この世界における戦いが始まる、更に前から。
過去現在未来如何なる時間軸に絡まる戦いの渦中に、それは存在していたのだ。

故に今、アリ―・アル・サーシェスはここに居る。
如何なる存在になろうとも戦場に存在し続ける。

さらりとした茶髪を風に揺らし、少女の身体となり、変わり果てた現在。
燃えるような赤毛も、鍛え抜かれた肉体も、乗り慣れた愛機も今は無い。
それでも尚―――

「嗚呼、楽しみで楽しみで仕方ねぇ……」

口元に浮かべる、獰猛な笑みだけは、消せなかった。
その笑みだけで、アリ―・アル・サーシェスの存在証明は事足りた。

「これもこれで悪くねえ。
 一度しかない人生。普通に生きてちゃできねぇ体験をぎょうさん頂いた。
 だからま、そうさな」

エリア【F-6】。
ここは紛れもなく、此度の主戦場となるだろう鉄火場の中心。
ビルの屋上にて、サーシェスは空を仰ぎ見る。

今まさに暮れきる間際、逢魔時の色。
そこで煌く三つの光。

三つの、機体。
狙いは最初から決めていた。


「まずは御礼と往こうかねぇ!!」

だん、と。
コンクリートを砕くほどの踏み込みと同時、左腕の袖をまくり上げ、ここに来て拾った力を練り上げる。
発される熱に応えるが如く強い風が吹き、身にまとう迷彩柄の衣服が激しく波打った。

「おおおおおおおおおおっ!!」

連続して発される炸裂音。
中空で飛び散るスパーク。
全身から迸る電磁力によって、露出した細腕に巻き付けられていた布が反応する。

電気を帯びる事によって形を変える流体金属が、その本来の形を取り戻していく。
長く、硬い、三節棍と呼ばれる武器の形。
そしてその用途は、単なる武器として以上のものを秘めていた。

「さあ、始めようぜ!!
 最終最後のォ!! とんでもねえ戦争ってやつをォォォォォ!!」

雷速でもって振り下ろす棍。
屋上床のコンクリートを砕け散らすと同時、彼は呼んだ。
最後に切るべき、カードの名を。




「ウェェェェェェイクアップ!! ダリアァァァァァァァァァッ!!」












―――"execution"―――











宇宙空間にて、その機体は待っていた。
戦うために作られた存在は、やはり時を待っていたのだ。

用途も、意味も、関係がない。
それはその為だけに、ずっと、そこに在ったのだから。


故に今、ダリア・オブ・ウェンズデイは起動する。


サテライトベースから射出されたダリアは、ダン・オブ・サーズデイが自爆によって開けた結界の穴を今度こそぶち破り。
この最後の主戦場に、乱入を果たした。

リボーンズ・ガンダムよりも、そしてダモクレスよりも更に上方から飛来したそれは誰にとっても死角を突いていただろう。
当然、標的として選ばれた枢木スザクも例外ではなく。
ランスロット・アルビオンは『武器形態のダリアそのもの』という巨大な鉄槌から逃れることは出来なかった。

ガラスの割れるように、エネルギーで形成された翼が砕け散る。
エナジーウイングの片翼がもがれ、ランスロットは堕ちていく。
そも直撃を避けた事が驚嘆に値する奇跡だが、主戦場からの脱落を避けることは出来なかった。


「はははっ!! はははははははははっ!! 踊ろうぜ。まずはテメエだ」


降りてくる最初のダンスパートナーを前に、サーシェスは今、最高の歓喜と共に告げた。




「さあ、ツケを払ってもらおうかッ!! 枢木スザクッ!!」



闘争に燃える思考の中で、想う。
さあ戦おう。
相手としても不足無し。
理由すら整っているのだから言う事無しだ。

だから戦おう。
どこまでも戦おう、『俺』として。



――嗚呼きっと、今宵はきっと、最高の戦争になるだろう。




◇ ◇ ◇

1 / Heaven's falling (Ⅲ)











―――然る詩文に曰く。

桜の樹の下には、人の死体が埋められてるという。








辿り着いた展示場の内部は、一階の大型ホールがほぼ一面を占めている。
天井は吹き抜けのガラス張りになっていて、頭上から空を眺められる設計だ。
けれど今両儀式の目に見えるのは、群青と黄昏でもない赤黒の海だけでしかない。

ホールに通じる道は、入って正面の通路に続く扉。
迂回することなく前のみに進む。
前を塞ぐよう倒壊した壁や柱も、揺らめく炎も、邪魔になるものを切り崩して、ただ愚直に。

この先に待つモノ。
どれだけ強大で、最悪な代物であっても、両儀式にとってただの障害物でしかないモノを殺すため。

広間を塞ぐ最後の扉。頑なに閉ざされた地獄門に立ち、手に持った中務正宗の柄を掴む。
鞘からの一抜きで、斜線に裂く。
瞬間、中から立ち込める黒煙。血生臭い臭い。
目いっぱいに広がる赤い光景。
確かに、地獄と呼ぶに相応しい場所だ。

それを恐れることなく、中に踏み入れる。
地獄では足りない、もっと恐ろしい場所を自分は知っているのだから。


「―――――――――」

そして見る。
ガラスの敷居を破って空の視界を覆うのは、天上に幾筋も伸びていく枝葉。
はらはらと散って風に消えていく花弁。
地面に強固に張り付いて周囲の建築物を蝕んでいく根。
深い孔から生えていたのは、紅い大輪を咲かせている、黒い肉の大樹だった。


千年単位の樹齢でもなければ釣り合わない野太い幹は、樹木というよりも柱に近い。
漆黒の全身の中枢部には、炉のような熱と、生命の赤。
ソレが力強く脈打つ度、導管、もしくは血管の中が赤く光り、一瞬のうちに枝葉の先まで行き渡る。
流れる感覚こそ遅く拙いが、心臓の鼓動によく似た動きを繰り返す。
樹木の形をしているのにも関わらず、コレは人体に近い構造をしているらしい。


成長する枝葉は上へ上へと昇っていく。
伸びる先はどれも同じ。頭上に浮かぶ光の玉座。
眩い白色の椅子に、枝の手は懸命に触れようと掲げ続けている。

淡く輝く花。
直上からの照明。
劇の檀上には、喝采を鳴らす触手(て)だけの観客。

その全てが、ここにある呪いを祝福し、賛辞している。






なんて―――おぞましさに満ちた、美しい光景。






「随分と喧しいのを持ち込みやがって。おかげで要らねェ始末つける手間が増えたじゃねェか。
 ンで、オマエがここの頭目かよ、オッサン」

左隣から聞こえてきた、濁りのある声。
式が辿り着くより先に、この樹木を前にしていた参加者。
白い髪。細い躰。血走った眼。
一方通行(アクセラレータ)。
幾度もなく相対して、殺し合った相手がいた。

式の方を見もしないが、気づいていない訳ではないだろう。
足を踏み入れた瞬間、叩き付けられた殺意は本物だ。
いま彼が視線を向けるモノ、それが無ければ、すぐさま殺し合いが始まっていただろう。

そして式も、特に彼を注視はしなかった。
自分以外がここに入ったのも、何のために来たのかも関心はない。
睨むべき対象は、最初に殺すべき対象は、二人とも同じ相手だったのだから。

「それは誤りだな一方通行。
 私はただの観客に過ぎん。この舞台に上がる資格のない、外枠から眺めるしかない部外者だ。
 コレを此処にまで持ち込んだ事だけが、私に残った役割だ」

樹に寄り添うように立つ黒衣の男が答える。
式も一方通行も、男の顔に見覚えはない。
ただその重厚に響く声は聞いた覚えがあった。
六時間毎に流れる定時放送。その五度目に起きた変化。
死者の通達の後、代替わりして語りかけてきた者の名前は―――

「とうに察しはついているだろうが、私ばかり一方的に知っているのも不公平か。
 故に、こちらも名乗らせてもらう。
 言峰綺礼。見ての通り、神に祈る聖職者だよ」

明かされる『敵』の名前。
遂に現れた主催の陣営と対面しても、二人の表情に変わらない。

「……祈るってのは、隣にいるソレのこと? それとも、上にいるヤツ?」

「私の信仰とコレに対する興味とは別だ、両儀式。
 無論、天上を目指す神に祈るものもない。彼自身には先程敬意を払ったところだがな。
 そして今やお前たちと同様、アレに反抗する身だ。
 求めるものはただひとつだ。ひとつの答え。娯楽と趣味の延長と大差ない。私のみが得られる充足と愉悦の追及だよ。
 コレの誕生を見届けるのも、お前達を死に至らせるのも、神の救済を破綻させるのも、その結果でしかない」

「ならそこでひン剥かれてるそいつも、ただの趣味かよ?」

大樹と化した泥の塔。
枝に絡まるようにして鎮座する異物へと、一方通行は侮蔑に満ちた目を向けた。

「ガキのケツ晒し上げたあげく、吊るしてズボン中おっ勃てるたァ、随分と高尚な聖職者だなァおい。
 いい年こいたオッサンが見たくもねェ性癖露呈かよ。オマエの宗教は生贄信仰かなにかですかァ?」

所詮は残滓。擦り落ちた老廃物に過ぎない泥に、明らかに泥とは異なる生身の人間が張り付いている。
瞳を閉じ、一糸纏わぬ裸身の少女には生気と呼べるものが微弱にしか感じられない。
見れば、片方の腕は手首から先が欠けていた。
その欠損を幸いとばかりに、幾多の枝状の泥が傷口の中へとなだれ込んでいる。

痛みに泣き喚く事も、体の中に異物が入る事に恐慌する事もなく。
瑞々しい肢体を這う呪詛に嬲られるがままにされながら、少女は眠りについている。
宮永咲という脆弱な存在は、濃厚な死を纏う巨大な樹木の中に完璧に埋没していた。

「彼女は必要な器だ。この呪いを受け止め、一個の生命として現世に孵す為の産道だ。
 性質こそ対極だが、空の城に居る者と役割を同じとする、言わば、もう一人の女神だよ。
 生贄、という言葉は否定しないがな。結果はどうあれ降誕の後彼女の命は潰える。
 逆に言えば、彼女の死を以てこの聖杯は完成するともいえる。
 これもまた、天の聖杯と同様だな」

「趣味は否定しないのかよ。どっちみち変態野郎か、心底救えねェな。
 っていうかよォ……オマエ聖杯とか言ったか? こいつが?」

それは殺し合いの勝利者が手にする願望器の名。
今も上空で鎮座する、白亜の城の主たる少女が幾度も口にしてきた名。
この蠢く肉塊がそれと同じだと、男は言ったのだ。

「あんな自分の体すら保てないような奴に、願いを叶える力があるっていうのか?」

式の眼には、あの樹がどれだけ歪な成り立ちをしているのかがありありと見て取れた。
生命体なら何であれ気づく。あれは殺すしか能のないモノ。それ以外に用途が存在しない規格品。
この世の害でありこの世の呪いでありこの世の膿でありこの世の癌でありこの世の災いでありこの世の死である、この世全ての悪だ。
そんなものを何故聖杯と、全てを叶える願望器などと表せるのか。

「力ならあるとも。コレは確かに願望器としての想念によって形作られ、正しくその機能を有している。
 見れば誰であろうと分かる筈だ。これほどの悪意、個人が生み出せる範疇に収まるものと思うのか。
 仮に出来たとして、誰が扱える。兵器は人の手で使えてこそ兵器だ。
 安全弁も操作機器もついてない爆弾を造ろうなどと考える技術者はいまい」

悪の具現。人類の殺害権。
ありえぬもの。望まれぬもの。生まれる筈のないもの。
そんなものがここに生まれようとしている意味。
それが願望器とよばれるのならば、理由は一つしかなかった。

「そう。この姿こそが聖杯の力の賜物だ。
 かつて善人が善人足らんとして生きる為に放棄した悪の在処、その全てを受け止めることで世界を救済した偶像。
 許されぬ存在であるが故に、悪であれと願われ、望まれぬものとして望まれた信仰。
 人類全てが抱いた祈りを、聖杯は受諾した。
 空のアレが全てを救済する神だとすればこれこそ対極。悪神と呼ばれる代物だ」



猛烈な既視感に、眩暈と吐き気を覚える式。

両儀は知っている。
否定されるものとして肯定されたモノ。虚無の起源とした存在不適合者。

両儀式は知っている。
対極の陰の役を背負わされた、禁忌と定められて生み出されたひとりの人格(ひと)を。

「気づいたか、両儀式。 ・
 コレはお前達の同類だ。彼と同じ、間違った存在のまま生を得たものなのだと」

耳元で囁かれたような滑り込んでくる声に、激情と共に視界が切り替わった。
突発的に湧いてくる殺人衝動ではない。
自分の大事に守っていたものを穢した言葉ごと殺そうという、明確な殺意で男を睨んだ。
この時、式は初めて言峰綺礼という男をはっきりと認識した。

「それでいい。漸くこちらを見たな。
 折角聖杯を託すに足る者に巡り合えたのだ。
 いつまでも無視されたままでは流石にかなわん」

……悠然と立っているように見える男は、式の視界ではもう既に死に体だった。
特に異常なのは胸だ。死の線が集まり過ぎて握り拳大の黒点となった心臓を基点にして、全身に根のように死が絡みついている。
いつ死んでも……いや、男はずっと前から死亡している。
それを、何かの間違いのような偶然によって、今まで死に損なっていただけ。
その細い命綱も、この時を以て断たれる。

外的な干渉があったのではない。あったとしても直接的な原因とは違う。
恐らくは、あの呪いが顔を出すと同時に、男は入れ替わるように元の死体に戻るのだろう。

つまり―――言峰綺礼はここで死ぬのが確定している。
何をどうしても覆せない、永久に外せない楔になっている。


「……いったい、なにがしたいんだ、おまえ。
 もうすぐ死ぬくせに、なんだってそんなモノを守る」

心底からの疑問を、ぶつけずにはいられない。
自分がそう長くないのを、男はおそらく自覚している。
それを承知で両儀式と一方通行の前に立ちはだかった。
黒く煮えたぎった聖杯を守護する為に、殉教者の如き佇まいで。
その意味が、まったく理解できなくて。

「言っただろう。私は見届けるだけだと。
 優勝者には聖杯が与えられる。このルールは未だ有効であり、こちらにとっても例外ではない。
 ここに残っている参加者はみな、聖杯を手にするに資格がある。
 部外者である私には、その資格は始めからない。聖杯を人物は、殺し合いの参加者でなくてはならない。
 むしろ辿り着いたのがお前たち二人なのは祝福すら送りたくもなる。
 私が考える限りこの聖杯に最も近く、相応しいのはお前たちだからな。
 仮初の主催として、そしてかつて聖杯戦争の監督役の身として、私にはその顛末を見届ける義務がある」

死の恐れも、戸惑いも感じさせない、芯の通った言葉だった。
単なる役目と言いながら、そこには死してなおも譲らぬという硬い信念が宿っている。
命よりも使命に殉ずるという一点のみで、男は真に聖職者だった。

「確かにこの聖杯は紛い物だ。不完全であり未完成、今はこうして呪いをまき散らす事しか機能のない欠陥品に過ぎん。
 死を映すその眼には、この巨樹もさぞ醜い細木に見えているのだろう」

願いには、貴賤はない。
善も悪もみな等価値。時代と立場によって転輪するもの。

「だが何故それを笑える? 誰に笑える?
 コレは生まれ出でようとしている。どれほど醜くても、忌み嫌われても。
 外の世界に出ることが叶わず胎の中で息絶える筈だった未熟児が、自らの意志で誕生を願い、成長を望んでいる。
 今のお前たちと、それがどう違う。変わりはしない、何も」

並び立つ二人とて、他人に誇れる真っ当な生き道ではない。
肝心なのは願いの強さであり、質。
譲れないもの。渡せないもの。その為の犠牲を認めること。前へ進むのを躊躇わないこと。

「それにな、赤子の生まれる瞬間を見守るのは、神父として当然の行いだろう。
 孵りたがっているのなら、孵化させてやるのが愛ではないのか」

そんな、真っ当な話を、異常極まる世界で神父は語った。
その異常な世界を愛すると。
己の行いに迷いも間違いもないと、死を目前にしてなお言い切った。



「聖杯を得た結果に何が消え何が残るか。それを知る術は私にはない。
 だが事実は要る。天の白、地の黒、いずれを取るか。何を守り、何を壊すか。
 無限の願望器を染め上げるその望みをここに示すがいい。聖杯はそれを明確な形にする。
 さあ―――刻限だ。答えを聞こう、両儀式。一方通行(アクセラレータ)」

どす黒く爛れて変色した片手.
差し出されたその手を取れば、願った理想(ユメ)の形を渡してやるというように。
信頼も信用も足り得ない虚飾だらけの腕は、だというのに説得力を持たせる魔力がある。

恐らく神父の言葉に嘘は含まれてないからだろう。
どんな形であれ奇跡は叶う。願いは成就する。
その一点のみは保証しているのだ。でなくば聖杯という前提が崩れる。

理想の世界が手に入る。
懐かしい夢を取り戻せる。
大切なものを守る力が手に入る。

そんな、希望に溢れた未来へと誘く男に。





「くだらねェな」
「くだらないな」





分かり切った答えを、二人は同時に突き返した

「くだらねェ。くだらねェよ。まったくくだらねェにも程がある。
 さっきからグダグダグダグダとくそ長ェ説法聞かせやがって。とっくに飽きてンだっていい加減気づかねェか?
 何を望む? 答えを見せろ? ボケかオマエ。
 回答なンざ、とっくに提示し終わってンだよ。
 撤回も訂正もさっぱりなしだ。もう一度言ってやる」

本気で呆れかえった、苛立ちの混じった声だった。
最後通牒はとうに昔に済んでいる。今更告げる言葉などない。
それでも乞うのなら教えてやろう。決めていた思いは始めからひとつ。漆黒に塗り潰された暗い意志。

「魔法とか、願いを叶える、とかさ。
 そんなのは、オレが求めてるものとは違うんだよ。 
 だいいちオレは、何かが欲しくてこんなところにまで来たワケじゃないんだ。
 ただ単にオレの都合があって、そこに在るやつを殺しに来ただけ。
 ソレがそこにあるままだと、もう見れなくなるモノがある。それは嫌なんだ。だから」

持っているのは、ただただ個人で完結する物語。
誰に与えることも、見られることもない小さな破片を抱いている。
縋るような情けない真似でも、ずっと手放さないと握り締める。手が裂けるのも厭わずに。



破壊の腕が伸びる。
零度の刃が傾く。
語りもしなければ目も合わせない、殺し合うしかない二人の中で。
今だけは、ただ一つの共通した意志が迸る。







「「他の何よりもまず――――――聖杯(オマエ)が邪魔だ」」







怒りや憎しみの混じらない、不純なき絶対の殺意。
両極の双眼が、悪神の無貌に突き刺さっていた。



「殺すと言うのだな? 生まれる前の命を」

「興味ないな」

「囚われの身の少女諸共に?」

「知ったことかよ」


焦れ合っていた空気が変成していく。
黒い陰に蓋をされた、問答の場となっていた炎上の展示場は、本来の役割に立ち戻っていく。


「……それが答えか。良かろう、ならば壊すがいい。
 譲れぬ思いがあるというのなら、命を賭けてでも果たすことだ。
 だが抵抗はさせてもらおう。お前たちと同様、私にも譲れぬものはある。
 加えてコレにも防衛行動を取るだけの機能は生きている。自らに害なすモノには、区別なく破壊を与えるだろう」

暗く、深い底に沈んだ声。
しかしその顔には未だ笑みが剥がれないでいる。
先程とは別の楽しみを見出したように、言峰はこの状況を愉快に捉えていた。



此処で行われるのは、ただ個人の為の戦いだ。



見たこともない誰かではなく。
手に収まり切らない世界の救済でもなく。
己の生き方を偽物に変えない為の、一切の淀みなき混沌。


これを祝福する事こそが、言峰綺礼の生きる意義。
ふたつの望みに抗する、ふたつの願い。
衝突の後に残るのは、どちらかが一方のみ。
それこそ神が蔑んだ野蛮な愚行にして、原始から不変の生の鼓動。
醜く浅ましく泥に塗れた、世界をも殺し尽くす、人間のみが持つ灼熱の夢だ。


「結局はこの形に行き着くか。実にシンプルだ。
 自分を否定するものに立ち向かうのは生命の第一条件。我々はみな、同じ思想の元相対している。
 信念―――貫き通したくば、乗り越えてみせるがいい。
 どちらにせよそこには必ず、お前たちの答えが待っている」


酸素は焼かれ、ねばついた大気が意思を伴って体に絡みついてくる。
それだけで常人ならショック死に至るものを、式と一方通行はより濃い殺意でかき消した。
固まらず充満するだけの泡のような悪意など、二人が抱くものに比べれば濃度が違う。


「……オマエは後回しだ。まずはあのデカブツを跡形も残さずブチ壊す。その次はあそこのエセ神父だ。
 そンで、まだ残ってるようなら、最後にキッチリ殺してやる。余計な邪魔入れンじゃねェぞ?」

ここに来て、初めての式に向けた声を、一方通行は発していた。
無視していたのは単なる優先順位の差でしかない。
最も先に殺すべき存在を前にして、互いの存在が霞んでいただけ。

「好きにしろよ。おまえがどうしようがオレには関係ない。
 でも、いま言ったのはなしだな。アレを殺すのは、オレが先だから」

「はァ? 何でそっちにわざわざ残飯蒔いてやンなきゃならねェンだよ。
 ンな手間、かけてやるわけねェだろが」

「関係ないって言ったろ。オレがやるって決めたんだ。
 せっかくの獲物なんだ―――他のヤツになんか渡さない。
 邪魔になるようことするなら、後ろからでも斬りにいくぞ」

「あァそうかよ。わざわざ忠告してくれンのかいヤサシーねェ両儀クンは。
 じゃあこっちもお礼に前もって言ってやるよ。俺もオマエの位置なんか考えもしねェ。
 なンかの流れ弾で偶々プレスされないよう、せいぜい気を付けてろよ」

飛び交う言葉は、冗談にしても剣呑さに溢れていて、それでいて子供の言い合いのようだ。
本来は真っ先に殺し合う関係だ。共闘などという単語は出てくる気配もない。いま争わないだけでも奇跡に等しい。
先に殺すべき対象(モノ)が同じという一点のみが、互いに殺意の矛先を向けない理由だった。



「……くそ、馬鹿らしい。じゃあもうあれでいいだろ、速い者勝ちで」

「仕切ってンなよ。始めから俺はそのつもりだ。
 獲物はひとつ、狩るのはふたり。だったらもう、やることはひとつしかねェだろォがよ」


一方通行は式の魔眼が届かない距離のうちに吹き飛ばし。
式は一方通行の異能が振るわれるより前に斬り飛ばす。

分け合うなんて馴れ合いは起こらない。取る手は一択。
殺られるより前に、こちらが殺す。
故にこれは共闘ではなく競争。
意義こそ違うが、確かにそれは聖杯を取り合う争奪戦だった。







「―――――――――じゃあ先手、切るぜ」


言うが早いか。一方通行は足を高く蹴り上げた。
否、言葉より先に既に攻撃(ソレ)は行われていた。

足元に転がっていた手頃な瓦礫―――展示モニュメントのひとつだった直径十メートルのロケットの模型―――は重力の壁を易々と突破して射出される。
到達地点は際限なく混濁を広める黒い大樹。模型は投槍と化し、弾道ロケット同然の速度で以て孔を穿たんと疾走する。


「……ァ?」

しかし数秒後にあるはずの中心をくりぬかれた大樹の姿はない。
代わりに現れるのは、空中の槍を絡めとった不定形の液体。
地に根として張り付いていた状態から瞬時に躍り出た泥は大波の飛沫の如き勢いで槍と樹の間に割り込み、
液状ではあり得ない硬度で異能による運動エネルギーを相殺してみせたのだ。
破壊力を失い元の瓦礫のひとつとなったロケットは泥の内包する熱に耐えきれず発火、そのままズブズブと沈み込み平面と化して消滅した。



「保険程度に混ぜていたものだが、相性は良かったとみえるな」

仕込んでいた措置の効果のほどを確かめ、真実を知る言峰はひとりほくそ笑む。
滾々と沸き立つ泥は、全てがアンリマユから生まれているものではない。
魂の量と器、共に不完全なまま聖杯を起動するには言峰とって不安もあった。
第三魔法の具現に至るのは望まずとも、最低アンリマユが留まる場所とこことの「孔」を穿つだけの事はしてもらわなければならなかった。

そこで見つけたのが、惑星エンドレス・イリュージョンに存在する、G-ER流体と呼ばれる物質だった。
主催運営の義務として律儀にも保管されていた各世界の情報を整理する中で発見してから、言峰はこれの使用を己の案に含めていた。
機動兵器・ヨロイの駆動系に用いられているG-ER流体は、電場印加に反応して高度や形状を自在に変性させる性質を持つ。
そして殺し合いの参加者でもあったある男が、その性質を利用した計画の草案を言峰は把握した。
正確には計画の一端、G-ER流体が司る「記憶の保存」の部分。
そして、それを制御するシステムの運用法だ。

純粋状態の思念を溜める透明の池に、極大の悪意の一滴を設置すれば、張られていた流体の形質はどうなるか。
飛行船から脱出した後、会場に置かれていた制御システムを操作し、「器」である宮永咲に注がれるよう設定させた。
結果は一見。朱に交われば赤くなるの諺の再現通り、不足していた魔力の肉を補い、アンリマユ生誕の一助として機能していた。



「幸せの時。悪心の生誕祭(バースデイ)か――――――
 この時ほど、似合いの言葉もないだろうな」



無数の肢根がうねる。
天へ伸び上がり地を駆け回り、空間そのものを震撼させる。悪心の生誕に欣喜雀躍するかのように。
捧げられたのはふたつの贄。生に満ち、死にあがく姿はソレにとって至上の供物と昇華される。
目の前で執り行われる祝祭を、神父は愉悦の笑みのまま見守っていた。














◆ ◆ ◆


1 / Heaven's falling (Ⅳ)








そう、つまるところ、僕は困っていた。



三人分の足音は廊下の床を鳴らし、硬い響きが壁と天井を跳ねて返ってくる。
僕はただ、真っ暗い廊下を歩いて、ついていく。

初対面の女子高生、そして見知ったアロハ服の男。
原村和と、忍野メメ、そして忍野に背負われたインデックス
参加者名簿に名前の無い三人、つまり非参加者(イレギュラー)。
俗に、主催側と呼ばれる者達の背中を負って。

「……それで、忍野。僕に対する説明とか、そういうのは無いのか?」


前を歩くアロハシャツへと、僕がそんな言葉を投げつけたのは、歩き始めてから数十分ほどたってからのことだった。
その間、忍野は僕に対して何も言わなかった。

そう、何も言わなかった。
路上で吐いていた僕を連れたって歩き始め、この『展示場』という建造物に侵入して以降。
僕らの中で会話は無い。
忍野は常に前をみて歩いている。インデックスをおぶったまま、進み続ける。
振り返ることは一度も無かった。

僕と忍野の中間を歩く原村さんが何度かこちらをチラチラ見てきたけど、それだけだ。
しかも、原村さんの視線には少し含みがあったというか、なんというか、僕に対する恐れのような物を感じる。
多分、単純に男性に慣れていないのかもしれない。
僕とも忍野とも、微妙に距離のある中間を、彼女は保ちながら歩いている。

閑話休題、兎も角、しばらくすれば忍野が解説を始めるだろうと考えていた僕なのだけど。
既に危険区域っぽい場所に踏み込んでいるにも拘わらず、このオッサンは口を開く様子がない。
おまけに原村さんまであんな様子なわけで、堪らず僕は詰め寄っていると、そういうわけだった。

「はっはー。阿良々木君は、今更僕の懇切丁寧な説明を欲しがるのかい?」

「別に……」

馬鹿にしたような返しに、『そういうわけじゃない』、と言いかけて辞めた。
本当に、そういうわけじゃなかったんだけど。
それでも、聞いてみたい気になってしまったから。

姿も、口調も、声も、確かに、忍野メメの物だった。
別に聴きたかったわけじゃない。
そこまで好んでいたわけじゃない。
だけど、それは、この世界ではもうどこにも残っていないと思っていた物だった。
僕の世界にあるもの、だった。懐かしいと、切実に思った。
不覚にも、涙が出そうになるほどに。

「白い方は、リボンズ・アルマークが解説しただろ?
 天から降りてくるのは奇跡の具現。聖杯だ。
 アレが、『勝者の願い』を叶える。
 君たちが殺し合によって、奪い合わされていたモノの正体さ」

忍野は歩きながら語り続ける。
もうわかり切った説明を、僕は黙って、耳にする。

「聖杯の名はイリヤスフィール。
 参加者の魂を貯蔵した彼女は聞き入れた願いを形にする。
 リボンズは君たちにこう問うているのさ。
 『殺し合わないのなら、聖杯は僕の物だ。
 異論があるなら、僕を退け、僕から聖杯を奪ってみせろ』とね」

「ゲームマスターに許されたフル装備で、か?」

「それがルールを反故にした君たちに対する制裁だ」

「理不尽だ」

「ああ理不尽だね。けれどそれがルールだ。
 人は食事しないと生きていけない。その摂理を変えられないように。
 この場所では、人を殺さないと、ただ一人にならないと、終われないように定められている」

その定めを壊すのなら。

「世界を創った神様を、殺すしかないってことか」

果たして僕は、正解を口に出来たのだろうか。
忍野は頷くことなく、歩みを止めることもない。

「じゃあ、黒い方は、どうなんだよ?」

今までの解説は全て、僕を含めた参加者のほぼ全員が何となく心得ていた事だろう。
空から落ちてくる白い光の正体がなんであれ、始まる戦いの内容は理解している。
どれだけ理不尽でも、絶対に勝てない戦いであっても、分かっていはいた。

だけど今僕らが居る展示場、ここで起きている異変は完全に未知だ。
誰も、何も、聞いていなかった。

「ここで一体何が起こってるんだ?
 リボンズ・アルマークも、こんなこと言ってなかった」

少なくとも、七時間の猶予期間で、僕が関わった人達は誰一人知る由も無かった。
誰も知らなかった。知らなかった、筈だ。

「それはそうだろう。
 リボンズ・アルマークですら、読み切っていなかった事態だからね。
 予見は、していただろうけど」

「だとしたら……知れるわけも、ないか」

主催者、世界の神にすら予測しきれなかった事態を、僕らが把握できるわけも無し。
もしこの事態を予期できた者が居たとすれば……。

居たとすれば―――


「黒は白と真逆の象徴。
 何も持たぬモノの対極。
 全てを内包する故に、全てを飲み込むカオスの色だ」

「だったら、今、僕たちが居る場所は……」

「白き聖杯、その対極。黒聖杯、とでも呼べばいいのかな。
 悪性の願望器、聖杯戦争に紛れこむ毒素。
 その内側が、ここさ」

僕はしばらくの間、口を閉ざした。
そうして、忍野の言葉の意味を考える。

誰のどんな願いも叶えてしまう万能の器。
奇跡の具現。
その対極が何であるか。

「放っておいたら、どうなる?」

「言うまでもないだろう。
 君も言葉に出来ずとも理解していたから、ここに来たんだろ?」

誰の願いも叶えてしまう白。
ならば黒は、誰の願いも……。

「黒き聖杯の泥は、時期に世界の全てを覆い尽くすだろう。
 それが、『この世界』にとどまっている間はまだいい。
 僕たちが全員が死んで、おしまいだからね。
 だけどここは狭間の世界、幾つもの並行世界を束ねて編んだ仮初の世界だ。
 脆い。『滲みださない』保証はない」

つまり僕らが元居た場所にまで、影響を及ぼす可能性がある、ということ。
一目見た時から、ロクなもんじゃないとは思っていたけれど。
やはり、看過していい物じゃなかったらしい。

「止める気かい?」

「当たり前だろ」

「方法は?」

「………………」

結局、具体的なところを突かれると黙るしかないのだけど。
とは言え空の戦いに比べればまだマシだ。
少なくとも、駆けつけることは出来た。
ま、まあ、確かに?
まだ何も、出来る事なんて見つかってないけれども。

「とりあえず黒い聖杯ってやつの中心まで行って、悪そうなのを捕まえてくるよ。
 そしたら収まるんじゃないのか?」

「君らしい無策だね。
 ま、安直に、僕に頼ろうとしないのは、ちょっとした変化かもしれないけど」

忍野は少し可笑しそうに言った。
顔が見えないから、何となくだけど、そんな気がした。

「何かいいことでもあったのかい?」

いつものように問いかけたから。

「既に、戦闘は開始されているよ。
 黒き聖杯の仕掛け人、言峰綺礼。
 彼の相手は両儀式、そして一方通行が務めた」

そんな事実を、僕に伝えた。

「戦況は今のところ。言峰の圧倒的優勢、だね」

式と、どういった訳か一方通行までもが事態の収拾に動いている。
にも拘らず状況が悪いとなると……。

「ちなみに、空の戦いはリボンズの絶対的優勢、だ」

僕らにとっての、絶望的な現状。
そして僕に、出来ることは無い、と。
忍野は軽く言い放った。

「だったら僕は……」

この最終局面に、何をすればいいんだと。
口に仕掛けて、そして止める。

「なるほど」

すると忍野はやはり、いつもと少し違う声の調子で。


「阿良々木君、変わったね」


顎を上げて、首をかしげるようにしながら、漸く振り返った。

「そうかよ」

「ああ、だったら。この子を任せてもいいかな」

もぞもぞと、忍野の背中で法衣が動く。
いつの間に目を覚ましていたのだろうか。
床に足を降ろしたインデックスは、何も言わずに僕の隣にやってきた。

じろっと。
見上げてくる瞳に、開口一番。

「お前、どうやって先回りしたんだ?」

僕は今、一番気になっていた事を問いかけた。

「施設には全て転移装置が配置されております。
 ショッピングセンターから展示場までの道は生きていましたので。
 薬局で一度お見せしたはずですが?」

「お前な……」

淡々とした回答にげんなりしつつ、何だかホッとする。
インデックスの言葉には、今までにない色が、在ったような気がしたから。
コイツの、素のようなもの。
主催者権限っぽい通路を余裕で私的利用してきたあたり、何か吹っ切れたのだろうか。

「まあいいや、無事でよかった」

それが良い変化だと、僕には言い切ることも出来ない。
何か、彼女にとって致命的なトリガーを引いてしまう事になったとしても。
それでも、これで良かったと、僕は信じたいと思った。

「質問は終わりかい、阿良々木くん。多分、最後の機会だと思うけど」

「最後って、これで今生の別れみたいに言うなよ。
 それに、お前、僕が最初に聞きたかった事、何一つ答えていないぜ?」

「…………?」

「白色がどうとか、黒色がどうとか、そんなことに、実は興味ないんだ。
 僕が聞きたかったのは、お前の事だよ、忍野。
 お前はなんでここに居る?
 これからどうするんだ?
 大丈夫なのか?
 僕に何かできることがあれば……手を貸そうか?」


「…………」


もしかしたら。


「―――はっはー」


この時の忍野の表情は、僕の見た事のない者だったのかもしれない。
残念ながら前を向く彼の表情を確認する事は出来なかったけど。

「阿良々木君、僕は仕事をしに来ただけだよ。
 結界の管理。
 アラヤのバックアップと調整役。
 だから今回も、それをやる。君に手伝えることはないよ」

「そっか」

「でもね。ついでだから、バランスはとろうと思ってる」

「バランス?」

「ああ、そうさ。
 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。
 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。
 彼女の時と同じだよ。
 リボンズ・アルマークが、君たちと、君たちと同じ場所で戦うというのなら。
 ――――その戦いは、バランスの取れた天秤の上であらねばならない」

「そう、か」

「うん? なんだ、期待しないんだね?」

「期待してほしかったのかよ?」

「いーや、別に、ただ……」

忍野はそこで言葉を切り、僕の方をもう一度だけ見た。
ちらりと一瞬、それだけで、全てを察したように。

「今日の君は、優しくていい人じゃないね。 
 弁えちゃったって事なのかな。安心したような。残念なような、だよ」

「どういう意味だよ」

「君を見てても、あまり胸がムカつかなくなったってことさ」

「褒めてるのか、それ」

「どうだろうね」

相変わらず、火のついていないタバコを回転させて。

「これも青春ってことかな」

「意味が分からん」

相変わらずでもないかもしれない僕を、アロハ男は相変わらずニヒルに笑っていた。

「じゃあ僕は仕事の続きと行くけど、君はどうする?」

「そう、だな……」

このまま忍野の言う、バランス取りについて行ったところで出来ることがあるとも思えない。
しかし、過程で何か見つかる可能性も捨てきれない状況と言えるだろう。

なにより今は行動の指標が無い。
ならば見つかるまでは一緒に行動するか。
泥まみれの展示場内部で一人になるのも危険だし。

「じゃあ、暫くは忍野に着いて行って……」

と、口にしかけた時だ。


「―――――?」


ふと、予感を感じた。
それは第六感だったのだろうか。
虫の知らせ的ななにか。
単独行動を想像する際、何となく背後を振り返った。

「…………」

ただそれだけのこと。
偶然。
ある種の必然、いや、もしかすると本当に、運命だったのかもしれない。


「――――今の、は……」


僕は、それを、見た。

振り返った廊下の突当り、曲がり角に。
するりと、消えていった黒髪の残滓。


見間違いかもしれない。
勘違いかもしれない。
見当違いかもしれない。
だけど、もし、そうだとしたら。

彼女が、ここに来ているとしたら。
そして独自で動いているとしたら。

何を指標に動いているのだろうか。
僕らと情報を共有していない参加者が。
特別な力を持たない一般人が。
黒き聖杯の出現を前提に動いていたとすれば。
主催者も、参加者も、誰も予期していない事態に、対応して動いているとしたら。


そしてもう一度、考える。


この事態を、予期している者が居たとしたら。


それは――――




「忍野」


「なんだい?」


「僕も、ちょっと用が出来た。行ってくるよ」














◆ ◆ ◆



落ちてくる騎士を、傭兵は獰猛な笑みで、新たな機体と共に待ち受ける。
対して、空へと上昇を続ける二機のガンダムは、女神の御前で決闘を開始する。

神父は地に根付く黒き大樹の下で、黒と白の殺人鬼を祝福する。
そして、少年と少女は邂逅する。




最後の戦いはここに。


今、真に火蓋は切られた。
それぞれが、それぞれの相手取る敵を前に、戦意を研ぎ澄ます。


日が暮れる。
逢魔が時の空の上。


勝者に与えられる杯の少女は一人、歌い続けている。


ローレライ。
人を死に誘う魔女の歌を。





◆ ◇ ◆





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337:1st / COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』 リボンズ・アルマーク 2nd / DAYBREAK'S BELL(2)
333:1st / COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』 グラハム・エーカー
331:1st / COLORS / TURN 1 : 『Continued Story』 枢木スザク
337:1st / COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』 アリー・アル・サーシェス
335:1st / COLORS / TURN 5 :『Listen!!』 両儀式 2nd / DAYBREAK'S BELL(4)
337:1st / COLORS / TURN 7 : 『Chase the Light!』 一方通行
言峰綺礼
334:1st / COLORS / TURN 4 :『終物語』 阿良々木暦 2nd / DAYBREAK'S BELL(4)
333:1st / COLORS / TURN 3 :『泪のムコウ』 インデックス
334:1st / COLORS / TURN 4 :『終物語』 忍野メメ 2nd / DAYBREAK'S BELL(3.5)
原村和



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最終更新:2015年03月18日 01:22