DAYBREAK'S BELL/(3)◆ANI3oprwOY





3 / LAST IMPRESSION (Ⅱ)





―――吐き気がこみ上げている体を黙殺して、神経を極大に尖らせる。
モビルスーツのコクピット内だというのに、体中は汗で濡れていた。
血も、沸騰でもしてるのではないかと思うほど滾っている。
生身で全力で大地を疾走してるのに近い、状況に合わない疲労感が溜まっていく。

その感覚も知らないと放り捨てて、今はただグラハムは機械を動かす装置に成り切る。
操縦桿を折りかねない程握り締め、迫る死の具現をかわし続ける。


落ちてくる流星群。
エピオンという特異点に向けてそれらが全て降りかかる。
威力自体は、先と変わりない。
魔術、怨念といった曰くのある呪いが込められているわけでもない。
ただ射手を伝って穿ちにかかる光線の殺意だけが、明瞭に知覚できる。
それだけの変化で、リボーンズキャノンの放つビームは、急速にグラハムの精神を削り上げていった。

一撃の濃度が違う。
一発の精度が桁外れだった。
迫るビーム全てが『お前を殺す』と吼え上げて背中に降りかかる。
単調、そして圧倒的威力。
肩を掠める光線のように、あまりにも直線的に貫きにかかる意志。



一息の後、脳裏に浮かぶイメージ。
ギロチン。断頭台。エピオンでなく、グラハムの命を狩り落とす処刑刀。
マウントしたビームソードを、ガンマンの抜き撃ちの要領で振り上げる。

「そちらから近づいて、くれるとはな!」

「遠くから撃つ以外、何もないと思っていたかい?」

砲台(キャノン)から人型(ガンダム)に変形を遂げていたリボンズの機体が、エピオンの土俵の領域まで近づいていた。
格闘戦特化の機体とのインファイトを恐るるに足らずとでも言う傲岸不遜。

「それも、一興!!」

ここで遅れを取るものではそれこそ名が泣くというもの。
重ね合わさる剣と剣。
意地と使命という別々の意志に握られて武器が踊る。
斬り合いは、やはり救世を求むるリボーンズガンダムが上手。
放たれる刃は電光石火。
かかる重圧は大地そのものを叩きつけるが如し。
唸る斬撃は人の神経の弛緩、静動、緩急の合間に挟み込まれる正確無比。
ゼロシステムで常時覚醒状態を維持している今のグラハムに気の緩みは無い。
だがどれだけ人体機能を制御しようと素体が人間である前提を覆せることは出来ない。
神の眼にしか捉えられぬ、点在する隙を突き、引き裂く。
十合衝突し、完全に相殺出来たのは六。残りはかわしきれずガンダニウムの肌を裂く。

融解する装甲には頓着せず剣を振るう。
どうにかしてこの形成を覆したい。
力も技も及ばぬというなら、せめて位置が必要だった。
だが敵はこちらの動きを先読みした動きでこの関係を強制させている。
『己より上は往かさない』。
それは戦術的な意味合いより遥かに大きく重大な、別の理由があるようですらあった。

やむなく、迫りくる一撃を迎えるのに合わせてブースターを反転。
リボンズを置き去りにして一瞬落下したグラハムが股下からの斬り上げを敢行する。

リボーンズガンダム背面の数点が発光する。
点から伸びたビームを盾で受け流すが、斬り込む間は奪われた。
特性を瞬時に変化させる前後面間の変形。
背面にも目があるも同様で、回り込もうにも容易に追い付かれる。
死角がない、とはこのことか。
感心する暇もなく、完全変形を遂げたリボーンズキャノンの腕部から巨大な爪が轟然と射出される。
繋がれるワイヤーには流れる白電。感電武器と予測。
剣(ソード)でなく、鞭(ロッド)で迎撃する。

雷電に溶熱。
絡み合う電熱の争いはスパークを起こし、反発。
ヒートロッドが先端部を焼き焦がされて返ってくる。
リボーンズキャノンのマニュピレーターには、損傷なし。

頭に飛来する稲妻めいた指令。
それに従い、止めていたブースターを瞬間始動させた。
コンマ後に後ろを通り過ぎる光の軌跡。それは一秒後の未来にいた自分自身の背中に穴が空く姿。
急な加速でかかったGによる内臓の負荷よりも、そちらの方が肝に堪える。
エンジンを再点火。続いて飛来する桜色の連弾が当たる範囲から離脱する。

「づっ!は―――――。
 まさに阿修羅というわけか……!」

敵が本気を出すと宣言して、どれだけ時間が経過したか。
徐々に徐々に、追いつめられてきている。
ボクシングでいうボディーブローのように。
防戦の比率が上がっているのを、じくじくと痛感させられる。

本体と接続したフィンファングは、その形のままリボーンズキャノンの砲撃台としての機能を有している。
後続するビームの乱舞に背を向け飛ぶ。なるべくリボンズとの距離が開かないように軌道を狭めながら。
リボンズも当然それには気づいている。だからこそ、この間隔を空けさせない。
撃つ狙いは本体だけでなく、動きの誘導も含めている。開けては逆にこちらも当てにくくなるのだから。

僅かでも速度を緩めれば即座に食い込まれる。
逃げる以外の余裕を許さない追手は、エピオンにバード形態に変わる隙も与えない。
そしてこのまま逃げ続けたところでじきに弾丸はエピオンの背を撃つ。
牽制や布石に過ぎないといっても、遊びを抜いたリボンズの手は一発一発が必殺の計算に組まれている。
ほんの一瞬のミスがあればその時点で即殺の準備は成っているし、付け入る隙など既に幾筋も見えている。
主導権を握られているままでは、絶対に勝てないと確信がある。
当然だといえた。逃げれば勝てるのなら苦労はない。

「ぐ……!」

肩口を掠めた衝撃がコクピットを揺さぶる。
継戦に支障はない。だが先程よりも傷が深い。
獲物を屠る猟銃は明らかに精度を上げていた。

演算し弾き出された敵の速度や角度の数値。
実行されるはずの次の動きが、その直前に塗り替えられる。

事は、詰み将棋に近い感覚だった。
一挙手を阻まれ、一投足を取られる。
能力の指向性が同一なら、その後は個体自体のスペックがものを言う。
グラハムとエピオンがどれだけ先を見切ろうと、リボンズはその更に先を見越して先の先を打つ。

グラハムは、エピオンの力を余すことなく引き出せていると確信がある。
長年で培ったモビルスーツパイロットとしての手腕が、ここにきて異世界出のモビルスーツの操縦形態にようやく馴染めてきていた。
このガンダムの全スペック、潜在する性能は、自己の肉体も変わらぬ同調率で振るえている。

なのに勝てない、ということは。
己はこの相手には、決して。



「ならば――――!」

分かり切っていた結末に見切りをつける。
絶望的な戦いであるのは身に染みている。それでも戦いに身を置いたのだ。
猛烈なGに揺らされるまま、グラハムの手がスロットルを前に倒した。
ブースターから排出される火の勢いが獣の咆哮を上げ、大型の断層を作り大気を引き裂く。
細緻な設計により汲み上げられたガンダニウム合金製の装甲すらもが常識外の圧に軋みかける。
だがグラハムは一切手を緩めない。あろうことか更なる加速を得ようと各部ブースターに調整を入れる始末だ。
超高速で走る棺桶と化したコクピットにおいてその暴挙を戒める声は皆無だ。
まして唯一の同居者であるインターフェースは是であると肯定して男のタガを緩めさせるのだから最早どうしようもない。


「――――――――――――――――――――――――!!!!!」


肺に溜められていた空気も処刑装置へと変貌した空圧に押し出され、言葉にならないまま叫喚する。
常人なら内臓破裂、熟練のパイロットでも意識を失う環境。
極寒の氷河の只中に等しい絶死の地。こんな場所で生きていられるのはそれこそ人間業ではない。

「――――――いまだ!」

だがグラハム・エーカーはどこまであっても人であり、故に阿修羅をも凌駕する存在だ。
加々速を重ねて弾幕が機体から引き離される刹那。
射手たるリボンズは当然その場面を予測して、誤差を修正した新たなビームをもう撃ち終えている。
一息で超える、二秒あるかの空白地帯。
機を得るには、それで十二分だ。

折り曲げられる肢体。騎士から一転、脚を頸部にした双頭の竜が爆轟の嘶きを呼ぶ。
意味ある言語を発することなど叶わない超音速の空域において、男はいと高く叫ぶ。
名を呼ばずして、この技は誇れる完成を見ないと示すように。

「人呼んで―――」

人型形態から飛行形態への空中可変。通常行われるマニューバの逆使用。
然るにリバース。単純極まる、一芸を極め上げた軍人の華。
空気の壁という不可視のレールを乗り上げ、竜は天を昇る。


「グラハムスペシャル・アンドリバース!!」


ほぼ直角に等しい機動は、先を予見して撃たれていたバスターライフルの光線を置き去りにする神速の疾りだった。
背を狙い続けたビームの嵐を、全てを置き去りにしてエピオンバードは駆け抜ける。

改めて騎士の姿に立ち戻り、鞘から剣を引き抜く。
付いた加速は削がない。追い風を得た翼でスペック以上の力を上乗せさせる。
リボーンズキャノンもまた、砲撃型から人型へと移っていた。
現れるガンダムの顔。肩のGNビームサーベルの柄を掴む。

再現される二機の衝突。一つ覚えと詰られようがそれ以外に選ぶ道などない。
神が用意していた掌の上の道だとして、ならばその手を突き刺すまで。
天の道理など、己の無理でこじ開ける。
傲岸などという反論は、それこそ聞く耳持たぬ。

「はあああ――――――――――!!」


今度の鍔迫り合いは、互角だった。
サーベルとソードの相克によるスパーク音に紛れた、金属同士がこすれあう嫌な音。
風を味方につけてのエピオンの渾身の一閃は、リボーンズの関節部に負荷を与えるだけで留まる。
偶然が勝ったか。計算通りの結末か。
どちらであろうともこの機を取りこぼす真似は犯さない。
このまま――――押して、押し続けて、押し切れば、あるいは。

うっすらと見えた一筋の光明。都合のいい希望的観測に過ぎないそれを現実に手にするためより一層力を―――






「驕るなよ、人間」


……重ね合った刃はそこから動かず制止している。
超音速下で突進したエピオンと、その場から止まっていたリボーンズ。
だというのに、エピオンの剣は一向に傾かない。敵の光剣を破れない。
ただそこに留まっているだけの機体が、何故これだけの力を誇っているのか。



「莫迦、な」

交差がずれる。
均衡は呆気なく傾いた。
自らの方向に折れる肘の関節。
押し込まれていく敵の刃。
風塵の勢いは完全に殺がれていた。
もう競り合うどころではない。
完全に、一方的に押し込まれていく。



「『少し、本気を出す』。
 そう言った意味を、きちんと理解しているのか」



踊るような語りで答える。



「もう終わりだと、そう言っているんだよ」



笑みを浮かべて、伝える。

処刑の宣告と同義となった、言葉の槍。
穂先は明確な滅びのイメージとなって、グラハムの五臓六腑を掻き乱す。
そして優雅とも呼べる口ぶりで、その五文字を唱えた。






「―――トランザム」






真名(こえ)が、通る。
白滅する炎、神意の炎となった鋼の天使が、破壊を代行するべく真価を開帳する。



「―――があ……!?」

リボーンズガンダムの腕が振るわれて、その軌跡に燐が残る。
先んじて認識できたのはそこまでだった。
数秒後に追いついた衝撃と肉体の痛みが、起きた現状を如実に教える。

砕かれた。
騎士の鎧へ刻まれる、消しようのない瑕。
エピオンの独壇場であるべき真正面からの近接戦で後れを取る事実。


「この、力は……?」

力が、増している。
出力の増大。粒子炉の圧縮解放。
変わったのはそれだけだった。
単純な仕組みであり、事は明快。
故にこの局面においてはまさしく絶望的な壁となる。

力というものは、突き詰めて行けばあらゆる理論と概念をねじ伏せて振るわれる先を蹂躙し尽くす。
リボンズが切った札はそういう類のものだ。てらいのない戦術は、極限にまで研ぎ澄まされることで無類無敵の刃と変生する。



リボンズの機体の全身は、輝いていた。
桜色の光は接触する空気にも伝播させていく。まるで従属させているように。
美しく、しかしそれ故に、グラハムにとって冒涜的な何かに映る。

「さあ、しかと括目しろ」

世界が歪む。
そこから発せられる超逸した衝動が大気を染め上げ、空が捩れる。
地上にて蠢く泥の樹木が、威嚇を返すように震え悶える。


神の本領。
それが人界に向けて下される意味とは何か。
海を割り、天を裂き、地を焼き尽くす超逸の裁き。
常世の終わりを告げる審判が始まる、怒りの日の降臨であると。





「これが世界を導く、ガンダムだ!」

神を名乗り、今や神そのものの領域に立とうとしている男が遂に吼える。
その乗機。白き天使は燃える流星が如くに全身を輝かせる。
銃口から溢れる粒子と同じ色を纏わせた姿は、焔が人型を形成しているかのよう。

―――トランザムシステム。
GNドライブ搭載機がその身を焦がし解き放つ究極の神秘。
旧き秩序を破壊し、混沌が顕れる。
新生した秩序で地を治めるべく、懲罰の剣が鞘から抜き放たれた。


このグラハム・エーカーはそのシステムの存在を知らない。敵から放たれる光の正体を理解していない。
だが知らなくとも意味なら分かり切っていた。
これが相手の切り札。まだ余裕がある中で使う理由は一択。
確実に速攻で、この茶番劇を落とす。
即殺すると、廃絶の精神を見せてそう言ったのだと。


全身の汗が止まらない。
憔悴する体。麻痺する四肢。
近付こうとするほど身を焼き焦がす、太陽のような隔絶たる差。

それでも、気力だけは折れまいと鞭を打ち喝を入れる。
グラハムを補助するモノは常に味方ではない。
勝てないと認め、敗北を想起してしまえば、システムは即座に死に至る未来を搭乗者に流し込む。
脳を呑み込み侵す悪性の情報の波に人は耐えられず、最終的に廃人と化す。
だから敗北を認めない。リボンズ・アルマークの勝利を許さない。
誓いを思い出せ。この身は少女の願いも背負っている。自分だけの翼で飛んではいない。
手に掴むのは殺戮でも勝利でもない。彼女の願いは、この程度の窮地に折れる脆さではない。



立ち上がろうとした意気を、容赦なく折り潰す音が背後から聞こえた。
焼かれてひしゃげる金属。飛び散る破片。
途端、制動を喪い傾く五体。
原因は即座に思い当たる。
音源は背部。悪魔の趣向を捉えた左のウイングに、二本の牙が突き立てられている。

反応が遅れた。
否、反射的に飛び退いたのに間に合わなかった。
牙はとっくに獲物であるウイングの機関を食い破り、その機能を破壊していた。


爆散の衝撃とウイングの喪失で制御が崩れ落下しかける。
すぐさま各所のブースターを調節しバランスを整える。
その間にも閃光は目にも映らぬ機動でエピオンへと飛来していた。
ぎりぎりで制動を取り戻し軌道から逃れる。
二度目の爆発。今度は右の肩口を荒く削られた。
分かれた子機のファングもまた、その出力を飛躍的に増大されていた。

視界の隅に映った機影に、無意識で剣を振るった。
真横に近づいていたリボーンズガンダムの光剣が首に刺さりかけ、右のアイカメラが砕けた。
返す刃を迎えようとした途端、足元から昇ってきた研がれた殺気にのけぞる。
目と鼻の先を、串刺しにせんとしたファングが通過する。
注意が別の要因に移っていたエピオンの胴体に、赤化した脚から重い蹴りが入る。
後ろに反りかかっていた態勢で蹴り出されてそのまま大きく吹き飛ばされ、絶命に入る隙を晒す。

慣性に従ったままでは確実に撃たれる。
経験技術と計算知識が総動員された、機体と人体の損傷を無視した旋回。
結果、発射されたビームの流星はグラハムのいるコクピットを貫くに至らず、左脚の膝から下を消し飛ばすに収まった。

撃墜から脚部損失。
事実だけ見れば損傷は格段に低くなったといえる。
そして別の事実。グラハムとエピオンでは、もうこの攻撃は防ぎきれない。
ダメージは増す一方で、こちらは攻め返す転機を掴むどころか捌き切るのも叶わない。



更に最悪なことに。
敵は、上からだけではなかった。

「…………な……っ――――――」


昏い孔から覗く眼。
皮の剥かれた貌。
咽び泣く声。
引きずり込む腕。


閉塞した操縦室からでも鮮明に映し出される亡者の姿。
見える誰もがグラハムを見て、その生に引かれている。



―――渦を巻く。

罪が、この世の悪性が、流転し増幅し連鎖し変転し渦を巻く。

滝が逆しまになって流れる勢いで、カタチを得た呪詛が空より落ちてきた男を迎え入れた。


「あ、あああぁっ……!!」

脚を壊され、剥き出しになった回路に泥が触れ、流れ込む。
中に侵入しかき回していく恐怖が、グラハムの生存本能に火を点けた。
ビームソードとヒートロッドを螺旋に振り回し、機械をも取り込もうとしたアンリマユの胤を切り払う。
人間を呪い焼き殺す泥も、ガンダニウム合金の強度とモビルスーツのパワーを用いれば即座に崩れ出すというわけではないようだった。
だが安堵は許されない。泥の触手は既にエピオンを包み込むように広がっている。
まるで入り込んだ餌を逃がさないために花弁を閉じる食虫植物だ。

エピオンは機動性を活かし魔の手を逃れているが、如何せん数が多かった。
その上周囲に広がる逃げ場を奪う花弁状の壁が回避をより困難なものとしている。
両腕の武器で防いでいるが、ただ焦燥が胸に溜まっていく。

理由は。

「そう、くるだろうな……!」

下に巣食う怪魔の捕食に晒されるグラハムに、天上から落ちた光が降り注ぐ。
一条に留まらない赤いシャワー。
空を流れる呪いの大波は、陽を浴びた影として霧散される。
機体を反転させ、トランザムを維持したままのリボーンズキャノンが全ての火力を眼下へと集中させる。

「く―――おの、れぇ!」

当然、聖杯付近に位置するグラハムへ配慮など存在しない。
むしろ抜け目なく攻め手のないエピオンに向けて精確にビームを浴びせていく徹底ぶりだ。
リボンズには聖杯もグラハムも、殲滅の対象という点では同等。
諸共に消えてくれるのならかくも都合のいい状況はない。
頭上に盾を掲げ精一杯に防御するが、標準を下回る小楯では如何に硬度があろうと埋め合わせが利くものではない。


「は―――――――が――――――――――」

空からの鉄槌が機体を打つ度に、脳の芯が痺れる。
一秒経つ毎に増えていく傷跡。
磨り減らされていく勝率。
濃厚になる死の気配。
敗北の二文字が、徐々にグラハムに浸透していく。


銃は肺を焼き融かす。
剣は脳天を刺し壊す。
四肢は千切れ臓は腐り喉は枯れ目玉はくり抜かれ口は裂ける。
為す術はない。勝てる確率など既にゼロに落ちている。
いや、始めから勝ち目など存在していなかった。
当然の帰結として殺される。切り結ぶ前から死は決まっている。


「―――――――――――――――――ぐ、ああ」

考えるな。
それは、考える必要のないことだ。
勝ち目のない戦い、敵わない相手など先刻承知だった。
承知の上で、再び戦うことを良しとしたはずだ。
負けるもの、死ぬのも、絶望の淵に立たされるのもとうに覚悟していた。
それを見せつけられたところで、今更どうなる。

「――――――――――――――――――――お」

この敵を倒すと、あの瞬間決めた。
彼女の未来を守るためだけに、戦うと決めたのだから。
たとえその果てが、避けようのない運命だとしても。

負けてはならない。
負けたくない。
あの時と同じような後悔だけは持ちたくない。
それだけが、涙に散った月の姫に捧げられる、グラハム・エーカーの生きる証なのだから。


「オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ―――――――!!!」


爆音を轟かせながら片翼の騎士が黄昏を突き抜ける。
スラスターが絡みつく泥を引き千切り、天からの砲撃で空いた蓋を直線に疾走した。


起死回生を託す妙手。
そんなものなど、あるはずもない。
一つ覚えのようににこの身そのものを武器として、力でぶつかるしかない
出来るのはそのたったひとつだ。そうやってでしか生きられなかった人生だ。
ここに来たからといって、それが変わることはない。

あらゆる向きから雷光の苛烈さで襲い掛かるファングの掃射。
十基を超える数からの一斉砲火。それらを剣と盾だけで、要所だけを打ち返して本丸を目指す。
どの道全てに対応しきれないならいっそ他を捨てて、致命となる一撃だけに計算を合わせる。

見るのは前だけでいい。
呪いの声に耳を傾けるな。
そこから目を離しさえしなければ、事は足りる。
余計な思考、機能、感覚は全部カット。目も耳も肌も舌も鼻もシステムで補える。
空いた容量を使って敵の攻撃の対応に割り当てる。




だから――――――。

見て――――――。

前だけに――――――。

奴の上を――――――。

あの空を――――――。









「……あ?」


音が、聞こえた。
酷く、醜いモノが潰れるような音。
そんな音が、何故か敵に集中していたグラハムの耳には明瞭に届き。
何故かグラハムの体は時が止まったかのように動かなくなる。

頭部をゼロシステムとのインターフェースであるヘルメットで覆われていたグラハムには我が身の状態など見えていない。
死闘に全神経を注いていれば、慮る暇もなかった。
痛みも恐怖も増幅した脳内麻薬で欺瞞されて気にも留めなかった。
全身を濡らす水滴は汗でしかないと思っていた。
肉眼での景色が妙に赤いのも、ゼロシステムから送られる情報映像が鮮明過ぎたため意に介さなかった。

ノーマルスーツを着ているから、外から身体がどうなっているかは判然としない。
ディスプレイに映る、ただ一か所露出している顔。
皮を剥がされた剥き出しの肉じみた、鮮血色の自分(グラハム)がそこにいた。

「―――――――――――――――――――――――――――――
 ―――――――――――――――――――――――――――――」

ごぼりと、堰を切ったように口から血が滴っていく。
内側から滲み出た痛みが、グラハムの人格を磨り潰す。
内臓が、筋肉が、毛細血管が、グラハム・エーカーを構成するありとあらゆる部品(パーツ)が絶叫の血飛沫を上げる。

GN粒子の恩恵もなく神を僭称する男に追いすがろうとした、当然の代償。
グラハム・エーカーはどこまでも人間であり、だからこそ、人間の限界は超えられない。


「ほら、そうなる。
 人の身で無謀を繰り返すから、自滅なんて下らない幕切れになる」


天からの光が止む。
赤い背を見せる天使を基点にして、一際収束された寂滅の火が灯る。


「さぞや、無念なことだろう。けど安心していい。
 君はもう、何も見聞きする必要はないのだから」

広がっていく炎。
避けなければならないのに、指先はまったく言う事を聞かない。
電池の切れた玩具のように、ピタリと固まってしまった。
命令を下す脳がまっとうに機能していない。

止まってはいけない。
果たさなければならない何かがあったと確かに憶えているのに。
頭はどうしても、咄嗟にその事を思い出せない。

「ではさようならだ。そしておめでとう。恒久平和の礎の一人よ」

抱えていた多くが、砕けた硝子のように消えた一瞬。
虚無に落ちていたグラハムは、手を宙に伸ばした。

「……あぁ」

落ちてくる炎に気を向ける意識はとうにない。
薄ぼんやりと見えた空は、赤かった。
陽が落ちた黄昏よりも、ずっと濃い色に染め上げられている。



―――……空が、遠いなあ。


それが、どうしても許せなくて。
焔に呑まれる瞬間、あまりに場違いな思いを口にしていた。








◇ ◇ ◇




/ Calling you (Ⅱ)







貫く鋼鉄。
放つ閃光。
轟く咆哮。

砂塵が吹き荒れ、鉄火の砲が咲き乱れる。
伸縮自在の三節棍が無人のビルを三棟まとめて串刺しにし、そのまま薙ぎ払った。

「いいねぇ!! 盛り上がってきたじゃねえか!!」

まき散らす粉塵と共にダリアは前進。
向かい来る小型の起動兵器を蹴散らしながら大笑する。

「二人がかりでそんなもんかよッ!!」

対する二機。
ランスロットと紅蓮は左右別方向に散開した。
当然である。
二機の機動力差は歴然。纏まって戦闘したところでコンビネーションを構成できない。
性能の劣る紅蓮二式が先に落とされ、状況は不利に逆戻りするだろう。
傭兵を相手取る二人は個々の役割をしっかりと把握していた。


路上、ダリアの視界に舞い戻るランスロット。
すぐさま放たれる肩部の光学兵器と三節棍を、的の小ささを活かし回避しながら接敵。
一撃加えて離脱する。
ここまでは、先ほどとほぼ変わらない。
ランスロットによる無茶な攻め。崖際に立たされたスザクの決死の前進。
しかし、今は違う。これだけではない。

「たああああっ!!」

ダリアの背後を取った紅蓮が、輻射波動を纏いし巨腕を振り上げる。
紅蓮の機動力がランスロット・アルビオンに劣るとは言え、単純に手数が倍になった事実は大きい。
それだけでなく、今まさに叩き付けられんとする輻射波動は、ランスロットが持ちえなかった『ダリアへの決め手』として機能するのだ。
単純なスケール差に置いてヨロイとナイトメアフレームの差は絶大。
その差を埋める『内部からの破壊機構』。
間違いなく奥の手である一撃必殺を、憂は目前の無防備な背中に叩き込まんとし――

「お久しぶりだねぇ。お嬢ちゃぁん」

「!?」

背後に放射されたG-ER流体によって、動きを止められていた。
くるり、と。
ダリアが振り向く。
無防備な紅蓮を捉えて。

「誰か後ろに飛ばせないなんて言ったかなぁ……? 馬鹿が見えてんだよォ!!」

紅蓮を貫くはずだった三節棍は、後方のランスロットが放つハーケンが留めていた。
僅かな隙に輻射波動を再放出。
纏わりつく流体を振りほどいて離脱するも、ダリアは尚、紅蓮を追尾する。

身を潜めようとした建造物に光学兵器の砲撃を撃ちこまれ、余儀なくされる撤退戦。
しつこく追ってくるダリアを見て、憂は理解した。

――今、狙われてるのは私だ。

当然と言えば当然。
集団を相手にする際は、弱い者を先に潰すのが定石なのだから。

――だけど、黙ってやられたりしない。

脅威が、死が迫ってくるのを感じる。
恐怖に早鐘をうつ心音を聞きながら。
少女は精一杯の勇気を振り絞り、目前の敵を睨み付けた。

「絶対負けない」

「ふははははははッ!! 勇ましいねえ嬢ちゃん!! 元気してたかよ?
 せっかくの再開なんだ、もっと遊ぼうぜ?」

「いやです。私、あなたのこと、だいっきらいですから」

降りかかる流体の飛沫を輻射波動で払いながら距離を稼ぐ。
いずれ限界が来ると分かっていても、今は生存に繋がる道を駆けるのみ。

「つれないねぇ……。けどよ、一つだけ答えてくれよ。俺の質問にさ」

「…………!!」


だが敵も速い。
紅蓮では、引き離せない。
輻射波動の盾を無限に展開することは不可能だ。
じきに、限界が来る。

「なに、簡単だ。つまり前と同じ質問だよ。
 お前さんは今、どうして戦ってる?
 どうさね、受け入れる気にはなったのかい? 自分の醜悪さをよ」

「…………」

本当は、二度と口もききたくない相手だったけれど、その質問にだけは、答えなければならないような気がした。
かつて傭兵に問われた事。

どうして人を傷つけたのか。どうして人を、殺したのか。

消すことのできない、己の罪。
一生をかけて償わなければならない過ちから、目を逸らさずに。

言葉にしなければならないだろう。
もう一度。
あの時とは、違う答えを。


――私は、生きていたいから。死にたくないから。


それは確かに、平沢憂の真実の一つだったけれど。


――そうさ嬢ちゃん、生きるってことは、誰かを犠牲にする事だ。


違う。それだけじゃなかったんだ。
今ならわかる。今なら言える。



「――私は、生きていたいから。生きて、夢を叶えたいから」


いつかどこかで、選択肢があった。
初めて人を傷つけた時、人を、殺したとき。
夢を取るか、命を取るか。
命を取った平沢憂は、もう一方を――夢を、失った。
焦がれるほどに見続けた夢を、最愛を、永遠に喪失した。
それはもう、どうあっても、消すことの出来ない傷だった。

だけど、今、ここに、この胸にはある。
失った夢とは違うモノだ。同じものは二度と手に入らない。

だけど確かに、ある。
とてもとてもちっぽけで、この傭兵が聴いたらつまらないと一蹴するだろうけど。
平沢憂にとっては、何よりも大切な、新しい夢だ。


「『生きる』ことは、誰かと手を繋ぐことだって、今は思うんです」


いつか、手を払ったのは自分だ。血で染めたのは自分だ。
だから、それはもうどうしようもない。
どうしようもなく、永遠に平沢憂を苛み続ける罰となるだろう。
死ぬまで忘れることも、消すことも出来ない呪いとなるだろう。
それでも――


「私たちは……一人じゃ……なにもできないから……」


この夢だけは、胸をはって、誇る事が出来る。
平沢憂の生きる理由になる。

だから今、それに気づかせてくれた人に、会いたい。
ささやかな夢をくれた人に、伝えなきゃいけない言葉がある。
この、罪と、罰と、夢と、一緒に。



「私は生きていきたい。生きて、叶えたい」


それが今の、平沢憂が戦う理由。
ついでに、この際だから、ハッキリ言ってやるのだ。



「ずっと、どこまでも一人で、可哀相なひと。
 私は――あなたみたいにはなりません」

エネルギー残量危険域。
輻射波動停止。
防壁を失った紅蓮に流体が纏わりついていく。
動きが、止まる。


「――へぇ~。あそっか。
 いやはや、もったいないねぇ。せっかく才能あるのによ」


鋭く尖った棍の先端が、紅蓮の足を刺し貫き、地面に縫い付けた。
絶体絶命。
明らかな命の危機においても、憂は信じていた。
間に合う。

――私の信じた人(おう)の、誰より信頼していた人(きし)が、間に合わない訳がないから。

蹴撃一閃。
応える白光は流星の如く。
後方から、最大の遠心力を乗せたランスロットの回転蹴りが、ダリアの頭部に炸裂し、体制を崩していた。
スラッシュハーケンで引き絞った軌道、更にエナジーウイングに残る推進力も加えた渾身の一撃。

「な……にぃ!?」

紅蓮が時を稼いだからこそ為せた。
単独では決して行えなかった攻は遂にダリアを傾かせ、初めて明確な隙を作り出す。

「て、めぇ……なんなんだよ……その馬鹿みてえなスピードは……。
 クソが落ちろ――!?」

同時、スザクを狙い撃たんと砲火の構えを見せた光学兵器が、遂に自壊の時を迎えていた。

「あぁ!? またこのパターンかよ!! ツいてねえにも程が……!!」

好機に、ランスロットの動きは止まらない。
中空から機体を傾け、ダリアの前面装甲を剣で切り裂きながら、ランドスピナーで駆け下りる。
胴体を唐竹に引き裂き、返り血の如く飛び散る流体を全て避けきりながら、着地。

「ウソだろ……すげえ……これじゃあ俺の負けじゃねえか……」

傾く、ダリアの全身。
一瞬にして、覆る趨勢。
それは逆転となる一撃が、確かに決まった瞬間だった。






◇ ◇ ◇

――あらら、こりゃー終わったかね。

サーシェスの脳裏に浮かんだ感想は、存外あっさりとしたものだった。
敗色濃厚と言うやつだ。
要因は分かりやすく、単純なる時間切れ。
紅蓮の乱入で計算が狂った。ダリアはこれ以上、思うように動かない。

ツキに見放されたのは不満だが、仕方がないことは仕方がない。
だが同時に、

「まだ甘ぇよ!!」

触媒の三節棍を強く握り直す。
勝負を投げるつもりは、さらさら無かった。
何故なら勿体ないから。
死地、窮地、そんなものを、あと何度体感できるだろう。
ここで死ぬというのなら、これっきりだ。
人生に数度しかない貴重な体験を、心躍る闘争を。
戦争を、味わっても味わっても、未だ満足しきれない。
貪欲に、貪欲に、どこまでも欲深く、アリー・アル・サーシェスは『現在』を渇望する。

後退しつつ、ダリアの全身から流れ落ちるG-ER流体を、全方位に拡散。
体制を整えるべく、更に後退……しようとしたところで、
歪む視界に、コックピットの内部にいるサーシェス自身が体制を崩していた。

「って……マジかよ……はは……やっぱ……無茶苦茶やりすぎたかねぇ……」

踏鞴を踏みながら頬を流れる汗を拭う。
先の斬撃は効いた。
外の景色を直接見れるほど深い亀裂が、コックピットに刻まれている。
正面では白の騎士が畳みかけんと呼び動作に入り、紅蓮の鉤爪が輻射波動を充填する。

己を倒しに来る者達の姿。
戦意をぶつけてくる、紛れもない、敵の姿。

それを、アリー・アル・サーシェスは何より愛しく見つめていた。
青黒いコックピットの中、膝をつく。

長時間における超能力使用が齎す弊害。
ダリアの駆動限界以前に、彼の身体はとっくに満身創痍だった。
『レディオノイズ』以下の、レベル1程度の能力使用で、ヨロイを動かす電気体質を再現し続けた結果。
道理を無視し、無茶を通し続けた彼の身体は内側から神経を破壊され、一秒ごとに崩壊を続けている。
声を出すどころか、意識が在るだけでも奇跡と言えるほどの状態でありながら、それでも彼は敵を見つめ続ける。
突き立てた触媒の棍に寄りかかり、荒い息を吐きながら、

「――――は」

笑い続ける。
獰猛に、口元を吊り上げ、悪意と敵意と、そして純粋なる歓喜の表情を作り上げる。

「――――はは」

だって本当に楽しいから。
人生は、こんなにも楽しいから。

「――――はははっ」

棍の芯を握り締め、体をゆっくりと持ち上げる。

「まだ、終わってねえよ」

まだ生きてる。
だったら戦え。
生き足掻こうとしろ。
お楽しみはこれからだ。

「どぉやら俺も、まだ死にたくねえみてえだな」

まだまだ、満足できてはいならいらしい。
このクソッタレな世界を。この素晴らしい人生を。もっと楽しみたい。
生きていたい。生きて続けたい。味わい続けたいのだ、どこまでも。

「お前も、そうだろ?」

語りかけるのは、誰にか。
彼を殺しにやってくる敵か。
あるいは今、彼を取り囲む青黒き血流の主か。

「まだまだ、だろ」

語りかけるのは、これまでサーシェスを取り囲んできた全てに。
戦う為に生まれた、全てのモノに。

「まだイケるだろ」

何故、銃は在る?
何故、剣は在る?
何故、拳は在る?

「まだ足りねえだろ」

なんの為に腕はついている?
なんの為に足はついている?
なんの為に頭はついている?

乗り込んだ鎧は何を成すために生まれた?
人は何を成すために生まれた?
何故そこに、『戦う』という機能が備わっている?
サーシェスにとって、答えは常に一つきりだった。

「行こうぜ。最高の戦争だ」

空は白く照らされ、地は黒く渦巻く。
これ以上ないシチュエーション。
俺は火種。
狂っていく世界の中心で、踊り続けろ。

「俺と戦え」

俺と踊れ。
何故ならば――


「テメエらその為に在るんだろうがよォォォォォォッッ!!」


白光する。
咆哮と共に立ち上がったサーシェスを中心にして。
青黒き血流が湧き立ち、煌き、広がって―――

「ふははははははははははははッ!! ははッ!! はははッ!! はははははははははッ!!!!」

サーシェスの世界は、輝く純白に染め上がった。

「そうだよなぁ!!そうだよなぁ!! テメエもそうかよ気が合うねぇ!! ダリアァァッ!!」

光に包まれたコックピット。
サーシェスは汗に濡れた茶髪を揺らし、最高の笑顔で大笑する。
戦火は俺。
お前は戦火。
つまり同一、共に踊れ。
調和する意識に、戦うために作られたダリア・ザ・ウェンズデイは応えた。

「ば……かなッ!」
「これは……!!」

目前で広がる異様な光景に、枢木スザクと平沢憂は驚愕するほか無かった。
トドメとなる一撃が炸裂する刹那、ダリアから発された純白光が全ての攻撃を防いでいた。
しかもそれは、今現在も展開されて続けている。

近寄れない。
銀のカーテンがダリアを覆い、実態を伴った攻撃すら通さない。

「いったい……何が……?」

このタイミングで新機能の発現。
わけがわからない。今までみたどのロボットよりも、異様にすぎる。
戸惑う憂の耳に、大笑は響き続けている。

「ああ……いいぜいいぜいいぜぇ……! お互い擦り切れるまで全力だ」

電磁シールド。
オリジナル7のヨロイに隠された機能の名を、サーシェスは知らない。
知らなくても十分だった。これでまだまだ楽しめる。
ああ最高だ。これだから人生は辞められない。
ここ一番でツキが無いのを乗り越えてこそ、最後の最後で最高の悪運を発揮するのが我が天性。

さあ第三局だ。
死ぬまで遊ぼうぜ愛すべき敵諸君。
そうさ、愛してるんだ君たちを。
屠られる弱者も脅かす強者も、全て平等に巻き込んでやろう。




「終わらねえ戦争の続きといこうぜ」





◇ ◇ ◇

「平沢さん……君は逃げろ」


スザクの見つめる先、光り輝く防壁と共に、ダリアは近づいてくる。
ビルを倒壊させながらゆっくりと、緩慢な動きで。
自壊は深刻な域に達し、全身からG-ER流体を滴らせている。
それでも、間違いなく言える。
ここ一番で進化を実現したアレは、強い。

そして自分たちはもう、限界だ。
ランスロットも、紅蓮も、いつ停止してもおかしくないほどのダメージを負っている。
残る全ての力を注ぎ込んでも、勝ち目は薄い。
敵も手負いだが、追い詰められた戦争屋は、最高のコンディションを発揮しているのだ。

「君は、行かなきゃいけない場所が、あるんだろう」

故に、隣の紅蓮に徹底を促した。
サーシェスの狙いは枢木スザク。
平沢憂がこの戦いに巻き込まれる所以は元々ない。
しかし憂は首をふって言った。

「正直、逃げたいです。でも……私は逃げません。
 ここで逃げたって、枢木さんを見捨てたって、どうせ次に、あの人は私を狙います」

勝たなければならない。
例えここで戦争屋から逃げ切れたとしても、この世界を空から包み込んだ戦争からは決して逃げられない。
終わらせるしかないのだ。
戦って、先に進むしかない。
それぞれの行くべき場所へ、届かせる思いをもって。

「分かった」

決意を受け取ったスザクは操縦桿を握り直す。
おろらく、次が最後の一合だ。

佳境を迎える戦局。
枢木スザクは咆哮と共に前進を開始した。


「―――おおおおッ!!」


剣戟、剣戟、剣戟。
中空にて、縦横斜め縦横無尽に繰り出される斬撃の全ては輝く壁に阻まれる。
片腕の剣のみならず、両足による蹴撃も織り交ぜたランスロットの怒涛の攻めは何一つ通らない。

分かっている。
無駄だ。
ナイトメアフレームの装備では、ダリアが展開した防壁は崩せない。
それでもスザクは愚直な攻撃は続けるしかなく。

「崩れて!!」

憂もまた全力をもって食い下がる。
電磁シールドに紅蓮の右腕を押し当て、輻射波動を放射。
切り札の連続使用で不可視の壁を壊さんとしていた。


「効かねぇなぁ!!」


シールドの内側から飛び出した三節棍の先端が紅蓮を狙う。
対して、スザクは素早く判断を決めた。
ランスロットによる攻撃は全て中断、ハーケンを射出して紅蓮に伸ばされていた攻撃を弾く。

ランスロットの物理攻撃と紅蓮の輻射波動。
狙われたのは紅蓮。
つまりシールドを備えたダリアにとって、より脅威に値するのは紅蓮という事だ。

シールドは、無敵ではない。
このまま輻射波動を当て続ければ、あるいは崩せる可能性も見えてくる。
防壁を突破するまで、ランスロットは紅蓮を守るべく盾となる事を徹底。
エナジーウイングに残る浮力を全てしぼり出し、紅蓮の前面に躍り出た。

「見え見えの作戦ご苦労さんだな!!」

結果、猛攻に晒されるのはランスロットだ。
光学兵器を失ったダリアの武装は既に三節棍と電磁シールドのみ。
しかし三節棍の威力はナイトメアフレームの一撃を遥かに凌ぐ。
片腕の剣で討ち合うには余りにも機体スケールに差があった。

横薙ぎを撃ち返した瞬間、腕部の耐久がレッドゾーンに途中にしていた。
メーザーバイブレーションソードで弾き返すのは一撃が限界。
二撃目以降はもたないと即断。
やむなく納刀。腕部ブレイズルミナスシールドを展開し、迫りくる棍の刺突を防いだ。

ぴしり、と。
ブレイズルミナスに亀裂が走る。
三撃、四撃、五撃、六撃。
ダリアの猛攻を防ぐほどに盾が悲鳴を上げている。
先の戦闘において、魔王の攻撃に晒され続けた盾は既に限界間際。
そう何度も、防ぐことは出来ないだろう。



「ぐっ……平沢さん……まだなのか……――っ!?」

棍を受け止めたままの姿勢で下方を見下ろし、スザクは目を見開いた。
紅蓮弐式は依然、電磁シールドに輻射波動を流し続けている。
しかし、機体のあちこちから炎が上がり始めていた。

熱暴走。そんな単語が脳裏に浮かぶ。
紅蓮もまた、先の戦いで負った損傷は計り知れない。
それに加えた輻射波動の連続使用。このままでは―――


「脱出しろ、平沢さん!!」


―――限界。



「聞こえないのか!! その機体はもう無理だ!!」



決着は目前。


「死んでしまうぞ!!」


「……い」


燃える紅蓮。
身を焼かれる様な温度の、コックピットの中で。






「……ない」





少女は―――



「裏切らない」



少女はその一言だけを、繰り返し唱えていた。





「私は裏切らない」



何を。
決まっている。
全ての想いを。


『だってお姉ちゃんだから』


大切な人が居た。


『俺を憎みそして―――』


死んで欲しくない人が居た。


『お前も……勝手に、助かれ』


そして今、会いたい人が居る。

そんな、かけがえのない人たちの想いを。
平沢憂に向けられた、全ての想いを。
全ての、願いを。

裏切らない。
裏切りたくない。
私は――絶対に裏切らない。

居なくなってしまっても、大切だから。
ずっと大切にしたいと願うから。
だから―――


「私は裏切らないッ!!」


同調する。
平沢憂の心からの感情と、彼女のギアスがシンクロする。

裏切りたくないから。
死なない、逃げない、負けない、進みたい。
ここで逃げたって同じだ。
生き残ることも、居なくなってしまった人達の想いに応えることも、出来はしない。
ならば行こう、前へ。

赤く染まる眼。
研ぎ澄まされる思考。
本心からの切望を、王の加護(ギアス)が後押しする。

同時、遂にランスロットを突破した三節棍が、紅蓮に襲い掛かっていた。
紅蓮は波動を放つ腕をシールドに叩き付けたまま急激旋回。
左腕で呂号乙型特斬刀を抜き放ち、防ぎ切らんと天に掲げた。
地力の差は歴然、一瞬にして粉砕される左腕。
だが、軌道を逸らすことには成功した。

頭部すらごっそり削られ、先ほど貫かれていた足部は小爆発を起こし、紅蓮は遂に膝をつく。
右腕にすら火は及び、限界を超えた動力が暴走を開始する。
輻射波動が停止する―――寸前だった。

「私の言葉がどれだけ届くかなんて、分かりません……でもっ!!」

ピシ、と。
小さく、鳴った。
電磁シールドが壊れ始める音。


「ルルーシュさんだけじゃない……。
 私も……貴方に死んでほしくないって……思うんです……ッ!!」

勝利に繋がる音が。

「生きてください、枢木さん」

聞こえたから、枢木スザクは小さくうなずいた。

「ああ、届いているよ」

後は、己の仕事だ。
ランスロットに残る全エネルギーを、この一撃に注ぎ込む。
紅蓮にトドメを指そうとしていた三節棍を、砕けかけたブレイズルミナスで弾き飛ばし、
遂に電磁シールドが破れ散るのを見届けると同時―――


「もう十分だ。
 君は早く行くといい。行くべき人のもとに」


暴発寸前だった紅蓮の右腕を、抜き放つ剣で切り落とした。

「――はい。がんばって、くださいね」

「君もね」

ダメージ量が限界を突破した紅蓮の脱出装置が起動する。
コックピット部が射出され、後方、黒き展示場の方角へと飛び立っていった。

「―――決着をつけよう」

「いいぜ。来いよ、ケリを付けようじゃねぇか」

もう、振り向くことはない。
彼女は、彼女の道を行くのだろう。
願いは、紛れもなく『枢木スザク』に向けられた言葉は、確かに受け止めたから十分だ。

「ああ、僕は生きるよ」

ここで出会い、向けられてきた幾つもの思い。
今、向けられた物もまた、その一つ。
ならばしっかりと受け止めて―――


「俺は―――『生きる』」


紅に染まる眼。
同調する意識。
精神とギアスがシンクロする。

呪われ、そして願われた者達の戦い。
人が死んでも、永遠に居なくなっても、世界には消えない物がある。

「歪みは、ここで断つ」

迎撃に放たれるG-ER流体。
翼を広げた白騎士はその全てを回避し、掲げた剣を振り下ろした。









◇ ◇ ◇

勝敗は決した。

「……は」

騎士の剣が、禍々しき花を貫いていた。

「……はははっ」

深々と、深々と。
傷口から流れる青黒が刀身と、ランスロットと、そして地上を染めていく。
アリー・アル・サーシェスはここに、機械仕掛け戦いが敗北に終わることを確信した。

「俺の勝ちだ」

しかし誰も知らぬ。
誰も気づけなかった。
真なる悪意とは、勝利を捨てる事で、時に本領を発揮することを。

勝利とは何か。
機械仕掛けの小競り合いに勝つことか。
否。
勝利とは、生き残り、そして相手を殺すことの一点に尽きる。

「……やぁぁぁっっと、捕まえたぜ?」

華は血を流す。
流れる流体が騎士を絡めとる。

「コイツを……待ってたんだよッ!!」

華は蜜を出す。
獲物を引き寄せ、喰らい付く。
花弁に隠された棘。
ダリア・ザ・ウェンズデイには、否、アリー・アル・サーシェスには毒があった。

「――――!!」

裏側からダリアを刺し貫き、ランスロットに殺到するそれは他でもないダリア自身のメイン武装。
屈折自在の三節棍。
既に躱されていた一撃目を隠れ蓑にし、ダリアの背部という死角にて折り返し、二段構えを形成する。
回避に移ろうとするランスロットを、返り血のように浴びせた流体が逃がさない。

遂に捉えられた騎士は、捨て身の攻撃を受けることしか出来なかった。
骨を折らせて、やはりこちらも骨を砕く。
最早行動不能だったダリアを己が武装で再起不能になるまで破壊し、逆転の一手を叩きこむ。

「ぐぁ……っ!」

ランスロットの胸部を覆うブレイズルミナスは、数秒の時を作り出すことしか出来なかった。
防壁を破り、装甲を砕き、コックピットを貫いた棍は瞬間的に形を崩し、動きを止める。
流体金属は二機を串刺しにした状態で固定化し、ランスロットとダリアは全くの同時に、その機能を完全に停止させていた。



星が、輝きだしている。
昼と夜が入れ替わる。



その中間で。



「あな……たは……いったい……何なんだ……?」

騎士と戦争屋は向かい合う。
ブレイズルミナスが作り上げた僅かな隙、ランスロット・アルビオンを乗り捨ててでも生存するという、意思。
脱出していたスザクは、それを言葉にする。
目前に迫る、敵へ。
体中から血を流し、満身創痍の体で。

「どうして……そこまでして……続けようとする?
 殺し合いを……そんなに楽しいのか? 人を……殺すことが……人と争う事が……」

何故、戦おうとするのかを。
何故、そうまでして、戦争を続けようとするのかを。
明らかに歪んでいながらも、ある意味で、決して揺らがなかった男へと。


「ああ……聞いてくる奴はやたらと居るが、俺は毎回こう言ってる」


枯れた華(ダリア)。
砕けたコックピットを蹴り破って現れた、一人の少女の姿。
少女の殻に押し込められた、大量の火薬。

「俺が俺だから、だ」

ダリアを貫いたランスロットの剣。
刀身によってかかる橋。
突き立つ刀身を足場にして、戦争屋は進む。

火薬たる本分を果たすため。
己の中で今も燻るプリミティブな衝動に準ずるままに。

「俺はどこまでいっても、俺だ」

そう、彼は今でも衝動に駆られている。
心底湧き立つ欲望に飲まれるままに動いている。

愛機を失っても、武器を失っても、己の肉体すら失っても。
それは、止められるものでは、ないからだ。

「俺が俺である限り」


彼は往く。
すり減らした肉体が、死の寸前であろうとも。
戦いたいわけではない。
殺したいわけでも、殺されたいわけでもない。
ただ彼は望むのだ。


「俺は俺を偽らねえ」


衝動を、己を、炸裂させるに足る戦場を。


「なあ? テメエはどうだよ……?」


その問いは、その問いこそは。
他でもない、枢木スザクに向けられていた。


「テメエはなんだ?」


己を決して、偽らない。
敵であろうとも。
世界の歪みであろうとも。
それは紛れもなく、己に、枢木スザクに、発された意志であったから。


「ナイトオブ・ゼロ……そして枢木スザク、だ。
 今だけは、僕も、僕でしかない」


応えなければならない。
この、火薬のような存在に対する、スザク自身の感情を。
結局どこまでも枢木スザクでしか在れなかった、枢木スザクの、回答を。

「最後だ、傭兵」

刀身の橋の上、二人は向かい合う。
走りくる戦火。
近づいてくる電速の暴力。
騎士は、戦うために、剣を抜き放ち。

「戦争を、終わらせよう」

倒すため。
殺すため。
終わらせるために。
突き刺した。


「……」

それ以上、枢木スザクは何も告げない。
今度こそ胸を貫かれた傭兵は、躊躇なく最後のカードを切るべく後ろ手に、


「は―――くそが、テメエも死にやがれ」


隠し持っていた、手榴弾のピンを抜いていた。

「――ッ!!」


蹴撃一閃。
スザクの回し蹴りが傭兵の身体を吹き飛ばす。
少女の体躯となり体重が軽くなっていたこと、最後にそれが、命運を決めた。


「あークソが」

剣の上を滑り落ち。
ダリアのコックピット内に、体を叩き付けられながら。

「ま、とはいっても、面白かったなぁ」

アリー・アル・サーシェスは最後に、どこまでも、どこまでも、純粋な笑顔で。


「これだから止められねえよ、戦争ってやつぁよ……」


大口を開けて、笑う。
響く大笑をかき消すように、爆音が轟く。

爆散する大輪の華。
火炎に包まれながら崩れ落ちていく機械の兵。
片方の機体が崩れる事によって、崩落する剣の橋。

機体を失い、既に体力も底をついたスザクに、逃れるすべは無かった。
消えていく足場に、バランスを崩す身体。
それでも最後に、彼はもう一度だけ問いかけていた。

「だから、お前は結局、何がしたかったんだ? アリー・アル・サーシェス」

応える者はもういない。
代わりに、こつりと、足元に転がる何かがあった。
拾い上げた、掌には一発の銃弾。



『―――――次の火種だ。使え。終わらせんなよ、戦争を』


足元が崩れ落ちる直前。
それに触れた瞬間、脳裏に割り込む映像が在った。



――――路地裏。


――――銃を向ける傭兵。


――――ニヒルに相対するアロハシャツの男。


――――投げ渡される銃弾と。



――――そして。



『そぉかい。じゃあ俺の好きに使わせてもらうぜ。
 ――ああ? 好きに、だよ。俺は、俺のやりたいようにやるだけだ』



何故あの傭兵が『これ』を持っていたのか。
何故、最後の交差の瞬間、スザクに投げ渡したのか。



『――俺は俺だ』


ならばこれは、彼がしたかった事だというのだろうか。
それともただの気まぐれか。

何にせよ、他に選択肢は無く。
スザクはそれを銃へと装填し、迫る地に向かって、トリガーを引いた。









「――――来い」




放つ信号弾はアスファルトの地面を砕くにとどまらず、その下に迫っていたモノを顕現させる。
地表を抉り、砕く螺旋。
現れる巨大なドリル。
開かれる輪。

――ジングウ。
多くの参加者が知りつつも、
決して表に出ず、秘せられていた切り札が、ようやく姿を現していく。
戦争の為に作られた機械が今、また一つ、舞台へと上がっていく。

スザクは降り立つ。
そこに、在り続けた縁(えにし)の上に。


ジングウの内側に格納されているモノ。
赤いフォルム。
無骨な装甲。
黒いマント。
そのシートに、かつて座っていた者を、枢木スザクは知っている。

幾つもの思いがあった。
幾つもの思いを、枢木スザクは受け止めた。
次は、枢木スザクの思いを、誰かへと。

トリガーを握る手には、もう一度だけ、力を込める。
訪れる最終局面。
枢木スザクは今、空を、そこに立つ、思いをぶつけるべき者をしっかりと見つめていた。



「サンクションズチャージ」



届かせるべき、枢木スザクの思いを胸に。




「―――ヴォルケイン」





◇ ◇ ◇




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338:2nd / DAYBREAK'S BELL(2) リボンズ・アルマーク 339;3nd / 天使にふれたよ(1)
グラハム・エーカー
枢木スザク
平沢憂 339;3nd / 天使にふれたよ(2)
アリー・アル・サーシェス 340:ALL LAST

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最終更新:2015年03月29日 21:58