破壊者たちの黄昏 ◆L5dAG.5wZE
◆
「……何故だ。何故……撃たなかった?」
そう問うのは、一人立ち尽くす
トレーズ・クシュリナーダ。
見ているのは、膝をつき腹部に刀を生やす黒髪の青年――
刹那・F・セイエイ。
刀は右の肺を貫いている。もはやとあるカエル顔の名医だろうと手の施しようがない、致命傷だ。
焦点が定まらず虚ろな刹那の瞳が、トレーズを見上げる。
その瞳に魅入られた時、トレーズは無意識に一歩、後退していた。
「……撃った、さ……」
その手に構えているのはサブマシンガン、ではない。
マガジンを排出し、薬室に残った最後の一発をも既に撃っていたはずの、ワルサーP5。
弾丸は、残っていない。
「トレーズ……貴様は、俺が……殺した。貴様の歪み……狙い撃ったのは、俺だ。だからもう……さっきまでの、お前は……死んだ」
「何を馬鹿な……!」
「聞け……! お前には、まだできることがある……。俺は……破壊者でしか、ないが。貴様は、そうではないはずだ……。
たとえ、血に濡れていても……その罪を投げ出そうとしない……お前なら――ガ、ハッ!」
激しく咳き込む。吐血の赤も、鮮やかに。
目だけがギラギラと光り、トレーズが耳を閉ざすことを許さない。
「対話による協調……貴様なら、成し遂げられるはずだ。武力を以て戦うことしか……できない、俺と違い。
政治の場という戦場で、貴様だけの戦いが……あるだろう。だから……戦え、トレーズ!
人が、戦うことに疲れたと……言うのなら。貴様が全ての……業を背負い、全ての人の、代わりとなって……戦え!」
「私に……生きろというのか?」
「……勝者は、俺のはずだ。強者には……弱者を、正しく支配する義務……が、ある。
貴様が……言った、こと、だ。だから……」
『刹那・F・セイエイが、トレーズ・クシュリナーダに命じる。
リリーナ・ドーリアンの意志を貴様が引き継げ』
「私に、完全平和主義を担えと言うのか……」
「できないとは……言わせない。貴様にはそれだけの……力が、ある、はずだ……」
「フッ……もう、遅いのだよ刹那。私は既に、この島で一人、この手にかけている……。
池田華菜、
カギ爪の男、竹井久、玄霧皐月、
加治木ゆみ、中野梓、月詠小萌、兵藤和尊、安藤守、
片倉小十郎、プリシラ、千石撫子、
御坂美琴。
誰かまではわからぬが、先ほど呼ばれた死者の内リリーナ姫を除いた十三名……その内の一人は、私によって未来を絶たれたのだ。
そんな私に、君や彼女と同じ道を往くことなど……」
「勘違い……するな、トレーズ・クシュリナーダ。これは、貴様が背負うべき……義務、だ。
力がありながら……行動しなかった、貴様への……間違っていると、知りつつ……その道を突き進んだ貴様が、背負うべき……罰だ」
その身に突き刺さった刀を、刹那が逆手に握る。
「が……ぐぅ……っ!」
肉を裂き、骨を削りながらも僅かずつ刀を引き出す。
激痛が神経を焼き、しかし潮が引くように痛みは消えていく――麻痺していく。
破れた血管の押さえが無くなりたちまち路面に紅い花が咲いた。
「君は……」
「……ッ、来る……!」
声をかけようとしたトレーズを遮る刹那。
一瞬遅れてトレーズもその言葉の意味を理解した。
刹那が握ったままの刀を奪い取り、身を翻し虚空へと叩き付ける――甲高い金属音。
叩き落とされたのは、黒く染まった騎士王の剣。
「破れたか……ホンダム」
刹那の言葉が示す通り。
現れたのは戦国最強の武人ではなく、狂戦士のサーヴァント。
忠勝が振るっていたはずの斧を担ぎ、五体のどこにも負傷の色もなく。
いやそれどころか、あれだけの激しい戦闘音が鳴っていたのにどこにもその痕跡がない。
本多忠勝が一矢を報いることもなく蹂躙された? あり得ない。忠勝の武はそんなに生ぬるい物ではないと刹那が一番よく知っている。
(ならば……答えは一つ。奴はやはり……)
再生。
そう、おそらく忠勝はあの化け物を一度確かに撃破したのだろう。ただし、持てる全ての力と引き換えに。
しかし殺し切ることが叶わなかった。
直後に完全な状態まで蘇生、力を使い果たした忠勝を悠々撃破したのであろう――あの斧がその証拠。
そして今、刹那に忠勝の声は届かない。
(すまない……ホンダム。だが……戦ったのだろう? 己の意志で、存在を賭けて……なら、俺も続かなければならないな……)
その手にあるのはイヤホンマイク。
先の交錯の際トレーズの懐から掠め取った、遅すぎた切り札。
耳につけ、聖剣を拾い杖代わりに立つ刹那。
「刹那、ここは私が引き受ける。君は逃げたまえ」
「逆だ……トレーズ。俺が……奴を、倒す。お前が、退くん……だ」
「聞けないな。私の望みは戦場で散ることだと言っただろう」
「それこそ……知ったことじゃ、ない。どのみち……この身体では、逃げ切れ……ない。だから……こう、するんだ……」
おぼつかない足取りで走り出す。転々と血の尾を引いて、泰然と弱った獲物を眺める
バーサーカーの元へ。
「……ファングッ!」
刹那の檄を受け、主の名なきままその身を休めていた牙が宙に躍り出る。
形成する疑似GN粒子の刃。
撃ち出された弾丸のように、一直線にバーサーカーへ向かう。
迫り来る赤い牙。バーサーカーは敵と認識し迎撃の刃を振るう。
「いかん……! ファングでは奴に対抗できんぞ!」
それはトレーズ自身が既に通った道。
いかに優れたモビルスーツ操縦技能を持っていようと、口頭命令によるファングの操作には活かしようもない。
単純に誰々を攻撃しろ、と言うだけでは至極単調な機動しかできないのだ。
だからこそトレーズは不用意に接近させず、アウトレンジからの砲撃で敵を寄せ付けまいとしたのだ。
「…………くぅっ!」
バーサーカーが跳び、牙の背後を見下ろせる位置へ。振りかぶった斧、握る右腕の筋肉が膨張する。
「■■■■■■■■――!!」
手斧のように投げ放たれた大戦斧がファングの後背へ突き刺さる。
勢いは止まらず、コンクリートの路面を爆砕した。
着地したバーサーカーが、無手のまま刹那らを捉える。
手負いの、その上魔術師でもない人間二人。武器がなくとも容易く縊り殺せるということだろう。
トレーズが刀を構え応じようとした。逃げて生き長らえるつもりなど微塵もないという横顔。
刹那はそれを認めない。そう、宣言した通り――
「刹那・F・セイエイッ! 目標を……駆逐するッ!」
文字通り血を吐いて。
刹那の、ガンダムマイスターの矜持が暴力の権化へと牙を剥く。
心眼――類い稀なる第六勘にて危機を察知したバーサーカーが、横に跳んだ。
だが身体に遅れて続いた左腕を、飛来したGNファングが斬り裂いた。
「■■■■――!?」
「ファング!? 馬鹿な、あの機動は……!」
驚きの声は敵と、もはや敵でない男から。
巨人の片腕を斬り落としたファングは刹那の傍らへと飛翔し、くるりと転進し再度目標を軌道上に捉える。
敵は肘から落とされた左腕を押さえ、出血を押さえている。
「仕留め……きれなかった、か……!」
一矢報いたとはいえ、胸を押さえる刹那の表情に浮かぶのは痛恨の色。
乾坤一擲の奇襲であったが、あまりの反応の速さに必殺の効果を得られなかったのだから。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」
怒りの咆哮を上げ、バーサーカーが殺到する。
迎え撃つファング。
地を這うように滑空し、バーサーカーの足元へと連続して粒子ビームを放つ。
跳躍したバーサーカーを傷つけるには至らない。だが濛々と立ち込める土煙が、牙の姿を覆い隠した。
落下しつつもどこから来るか、全方位を警戒するバーサーカー。
その視界を縫うように背後からファングが喰らいつく。
背を灼く痛みに呻きを漏らし、続く零距離砲撃にてバーサーカーは叩き落とされた。
瞠目したのは傍観するトレーズだ。
足を負傷したトレーズでは割って入ろうにも無理な話だが、だからこそ今のファングの機動をよく観察することができた。
オートで動くファングには成し得るはずのない動き。
何より刹那は、最初にファングに発した命令以外、次の指令を下してはいないのだから。
「刹那……君は一体……」
トレーズに応えず、刹那はファングの操作に集中する。
そう、操作――脳量子波によるダイレクトコントロール。
ファング、及びそれに類する機能を持つ機動端末を有するモビルスーツは刹那の知る限りおよそ四機。
トリニティチームの次男、ヨハン・トリニティのガンダムスローネツヴァイ。
スローネツヴァイを改修したらしき、
アリー・アル・サーシェスが駆るアルケーガンダム。
アニュー・リターナーが用いたイノベイター専用モビルスーツ、ガッデスのGNビームサーベルファング。
そして盟友ロックオン・ストラトスの愛機、ケルディムガンダムに備わるシールドビット、ライフルビット。
これら四機の持つオールレンジ兵器はいくつかの差異がある。
前者二つは最もオーソドックスなタイプと言えるだろう。
ガンダムの演算能力を用いるとはいえ、基本的にはパイロットが指示して動かすタイプ。
もちろん要所要所で捜査を加えたり、プログラムの変更によりパターンを変更することはできる。
しかしやはり即応性に欠けると言わざるを得ず、事実二機のそれは最も多く撃墜されたファングと言えるだろう。
後者二つが少々異なる。そして、この二者もまた同一ではない。
ケルディムのビットは、マイスターに加えサポートユニット・ハロが同乗し制御する物。
これによりマイスター自身は機体操作に集中しながらの同時運用を可能としている。
残る一つ、イノベイターのモビルスーツがこの話の主題。
基本的にイノベイターは脳量子波という特殊な量子波を発生させることができる。
空間認識能力、反射能力の増大、または遠距離関の交信などまさに革新者たるに相応しい力。
これを用いることで機体操作を停止させることなく同時にファングも使用できるという訳だ。
そう、脳量子波とはイノベイターと呼ばれる者全てが持ち得る力。
逆に言うなら強い脳量子波を持つ者こそ、イノベイターと名乗る資格があるということ。
そしてこの場には、人の身から純粋種のイノベイターとして覚醒した者がいる。
名を刹那・F・セイエイ。
ダブルオーガンダムのマイスターにして、ソレスタルビーイングの理想を体現する者。
無意識に手にしていた真なる脳量子波を、死の淵に瀕した今この時に完全に我が物として操っている。
思う通り、頭の中で描いた軌道そのままにファングが舞い、赤い粒子を撒き散らす。
だが、この土壇場で見出した新たな力も、そのまま難敵に勝利するという結果には直結しない。
少しずつ、少しずつだがバーサーカーの動きが鋭くなっていくのだ。
掠めるように最小限の動きで粒子ビームをやり過ごし、虎視眈々と接近の機会を狙う。
単発の砲撃では足りないのだ。
最初の一撃のように、粒子を先端に集中させ一気に斬り裂かねばこの巨人の分厚い筋肉の壁を突破することができない。
一瞬たりとて足を止めず走り続けるバーサーカー。無尽蔵かとも思えるそのスタミナに、貯蔵するGN粒子の方が先に尽きそうだ。
今度こそ手詰まりかと、刹那は強く唇を噛む。
そして、
「……ッ。行け、ファングッ!」
遂に、勝負に出た。
跳躍していたバーサーカーが、着地に失敗したか電柱へと突っ込んだ。根元から折れ砕け、電線を引き千切りながらその身を横たえていく。
これを隙と見た刹那は躊躇わなかった。
粒子を圧縮し、極光の刃と成して貫き落とすという意思を込め突っ込ませた。
「■■■■■■■■――――」
だが――届かない。
大英雄の戦感は、この未知の敵の能力、速度を既に見切っていたのである。
バーサーカーが隻腕を伸ばす。掴んだのはたった今巨体の巻き添えになった電信柱。
強度は城で得た槌ほどではないが構わない。ただ一撃だけ保てばいい――あの鎧武者にされたことを、今度はこのバーサーカーが再現する。
「――――■■■■■■■■■■■!!」
迫るファング。
迎え撃ったのは長さにして15mほど、大雑把にもほどがある「鋼鉄のバット」。
「くっ……!」
「むう……!」
耳をつんざくような、凄まじい衝突音。
刹那とトレーズの眼前で、GNファングは遥か遠く倉庫の影へと弾き飛ばされた。
ズン……とバーサーカーが即席の獲物を手放す。
ファングを吹き飛ばした反動か、電柱は半ばから砕け散った。
だがこれで全ての脅威は排除され、もう二人の贄を守る物はない。
重厚な足音を響かせ、バーサーカーが迫る。
刀を構え、今度こそ討ち死にせんとするトレーズ。
そして、
「もう打つ手はない、な。やはりここが私の死に場所のようだ。刹那、君は……」
「いいや……作戦通りだ、トレーズ。俺の……俺達の、勝ちだ」
何度でも押し留めるのは、刹那。
横顔に浮かぶのは――「絶望」ではなく、ひたすらに強く気高き「希望」。
「何を――」
「………………………………………………………………ッッッッ!!」
声なき咆哮が、轟く。
三度振り向いたバーサーカーの顔へ突き刺さる――唯一無二の、拳。
「待っていたぞ……ホンダムッ!」
信頼の色に満ちた刹那の声。
応えるように両の拳を打ち鳴らすのは、破れ去ったはずの鎧武者、本多忠勝。
バーサーカーが愕然と煉獄から舞い戻ってきた武人を見やる。
足を無くし、武器を失おうとも――戦国最強の誇り、未だ折れず。
◆
腹を真っ二つに裂かれた本多忠勝は、しかしまだ命の灯火を絶やしてはいなかった。
おうとも、「奴」が死の淵から幾度となく立ち上がるのならば、この本多忠勝にできぬ道理などあるはずがない。
まだ破れてはおらぬ。まだ忠勝の槍は折れてはおらぬ!
相棒を追っていったであろう業敵を止めるべく、忠勝は両の腕でめり込んだ倉庫からの脱出を図った。
ええい時間が惜しいとばかり、鉄槌の拳で壁を叩き割り強引に抜け出る。
地に落つ最強。足もない、背の推進装置も使えない。
ならば這ってでも――この両腕が砕け散るまで大地を殴り付け、その反動で跳んでいこうではないか。
漲る覚悟を力に変えて、忠勝は拳を振り上げる。
「…………?」
その時忠勝を照らした、真紅の輝き。
見上げた忠勝の瞳に映る、傷ついた牙の姿。
しばし、無言で見つめ合う。
「…………!」
わかる。これは――声だ。
小さき相棒からの、共に戦おうという呼びかけの声。
言葉に出さずとも思いは伝わる。
遠く離れた地にいる相棒が、この本多忠勝の生存と参戦を信じ、待っている。
カッ、と、忠勝の血でなき血が燃え上がる。
相棒はあの巨人を止められなかった忠勝を不甲斐ないと、役に立たないと思っているのではないか。そんなことを考えていた己の性根に喝を入れる。
待っている。忠勝と共に戦うために、同じ戦場に立つために――あの男が待っている!
「……………………………………………………………………………………………………………………ッッッッ!!」
魂の奥底から湧き上がってきた意志が、力が、出口を求めて沸騰する。
拳が地を打つ。舞い上がる、忠勝の足なき身体。
見下ろす眼下にあの牙はいない。どこにいる――決まっている。
武人が戦場を駆けるとき、共にあるものは何だ。
護るべき主と、
背中を預けられる朋友と、
敵を討ち果たす槍と、
――――――――――そして馬だ!
「…………………………!」
本多忠勝が腰を預けられる馬などかつて一頭たりとていなかった。
だが今は違う――ここには、忠勝が信頼する男が操る馬がいる!
さながら紅い彗星。
戦国最強の鎧武者と、太陽の輝きを名に冠す牙が合一した。
疑似GN粒子の輝きがファングを、そしてファングの上に座す忠勝をも包み込む。
変革の牙に跨って、『戦国最強』最後の出陣が、始まる。
◆
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!」
「……………………………………………ッッッ!!」
そして、最後の幕が開く。
火蓋を切って落とすは鋼鉄の馬を駆る戦国最強の武人、本多忠勝。
応じるは狂戦士のサーヴァント、真名をヘラクレス。
四度目の、そして最後の果たし合い。
双方どちらも退く気など微塵もなし。
先に進むために、誇りを失わぬために。
この戦士だけはこの手で倒す――お互いがそう思っていると、強く確信する。
バーサーカーが構える斧の殺傷圏内に、恐れることなく忠勝は――忠勝と刹那は、踏み込んでいく。
ファングを両断すべく放たれた斬撃。
忠勝は一向にそれに対処する動きを見せず、ただ握り締めた拳に己の全てを傾けていく。
何故なら、
「■■■■■■■■――!?」
相棒が、かわしてくれると信じているから!
急停止したファング。忠勝の鼻先を戦斧が生じさせた風がくすぐる。
超重武器だからこそ、その軌道は大振りにならざるを得ない。
すなわち、一撃の隙が大きいということ。
「………………………ッッ!!」
急停止から、急加速へ。
一瞬にしてバーサーカーの懐へと潜り込んだ鎧武者は、両の拳を思う様叩き付ける。
一、二、三、四――十、二十、三十四十。
拳の回転は止まらない。
もっと速く、もっと強く! その一念のみで忠勝の拳は天井知らずにその手数を増していく。
たまらず、バーサーカーが後ろに跳んだ。
追えばカウンターの斧投げが来る。そう看破した忠勝はやはり動かない。
これは忠勝の距離ではなく、
「ファングッ!」
相棒の距離だからだ。
バーサーカーを追い、幾条もの光芒が空を駆ける。
バーサーカーがとっさに斧を横に倒し、即席の盾とした。
「■■■■■■■■――!!」
斧の横槍を免れた数本の光がバーサーカーの肌を灼く。だがいずれも決定的なダメージには成り得ない。
距離を取り、睨み合う二人の最強。
(いけるか……? いや、もうGN粒子が心許ない。また奴の復活を許せばそれで終わりだ。どうすれば……!?)
歯噛みする刹那。刹那自身、胸を押さえる手にもう感覚が無くなってきた。
時間がない。誰にとっても。
一瞬、刹那は警戒を怠った。そのとき、バーサーカーが牽制に小石――と言っても、刹那の頭ほどもある――を投擲した。
ファングを操作し、スライドする。その先にいるのは――刹那自身だった。
思考に気を取られるあまり、位置把握が疎かになった。
容易に刹那の頭を砕ける威力の飛礫が迫る。
(しまった……済まん、ホンダム……!)
自身の身ではなく、戦友の身を案じる。
だが、予想された痛み、断絶は訪れなかった。
目を開くと、そこにはトレーズの姿。
石は、刹那の前に割って入ったトレーズが背中で受け止めていた。
ガハッ、と血を吐くトレーズ。膝をつき、倒れ伏す。
「トレーズ……」
「刹那……あれを、使え……」
助け起こそうとした刹那を制し、トレーズが震える指先を持ち上げる。
追って視線を向けた先には、もう動けないはずのトレーラーがあった。
「あれが、なんだ。後輪が、破壊され……て、いる。動かせは……しないぞ」
「違う……あれの、中に……これが、キーだ……」
渡されたのは、一枚のカードキー。
トレーラーの中に入れ――そういうことだろうか。
真意を問い質そうとするが、トレーズはその瞬間意識を失い、くずおれた。
「トレーズ……了解だ、お前を信じる」
トレーズをトレーラーの陰へと引きずり、刹那は剣を頼りに走り出した。
忠勝は未だバーサーカーと交戦中。この分ならしばらくは保つ――だが、本当に少しの間だけだ。
起死回生の一手。
奴を討つ――あるいは、不死の秘密を暴く、この場から退去させる。
刹那も忠勝も、もう残された時間は少ない。放っておいても朽ち果てる身。
ならば、少なくともまだ生きる目のあるトレーズと、まだ見ぬ参加者達のためにこの時間を使う。
トレーラーのハッチを開け、内部に侵入。
小さめの移動基地とでも言うべき車体は今の刹那には広すぎる。しかし、意志の力で足を動かし続けた。
そして辿り着いた、『KMF整備室』。
小型の戦闘メカを整備できる設備、らしい。
(KMF……? ガンダムでは、ない……)
落胆する刹那。ガンダムと言わずとも、そのKMFがあれば状況を打開できたかもしれないのに。
コントロールパネルに背を預け、刹那はとうとう足を止めてしまう。
感じる忠勝の苦境はいよいよ以て熾烈さを増している。
(もうホンダムも限界か……! トレーズ、お前は何を……俺に、託そうとしたんだ……?)
足が崩れ、手が投げ出される。
押し込まれたタッチパネル――スクリーンに表示される、見慣れない文字。
(これ、は……)
刹那の眼が、見開かれる。
全身に力が戻ってきた。
たとえそれが燃え尽きる直前の蝋燭のような、儚いモノであったとしても。
絶望の中で掴んだ光は、手放さない。
両腕で身体を支え、立ち上がる。
シートに身を預け、猛然とパネルを操作する刹那。
勝手は違えど、こんなものは大筋はどこのものでも大して変わりはない。
数分の逡巡を経て、刹那は目的のデータを参照できた。
目を通し、使えると判断。
あとは実行するだけ。
これが最後のミッションプラン。
得られる戦果は確かなもの、引き換えに支払う対価は刹那自身。
もう、戻れない――仲間達の元へは。
「ライル・ディランディ……アレルヤ・ハプティズム……ティエリア・アーデ……」
トレーラーの上部をオープンに。
「スメラギ・李・ノリエガ……フェルト・グレイス……ラッセ・アイオン……」
向きを調整。外れることなく目標に届くように。
「イアン・ヴァスティ……ミレイナ・ヴァスティ……沙慈・クロスロード……マリー・パーファシー……」
角度、よし。あとはロックを外し、トリガーを引くだけ。
いつの間にか、腹部からの出血は止まっていた。
意識もまるで浮いているかのようにふわふわと現実感がない。
それでも――刹那は、後悔していない。
「みんな……済まない、後は……頼む。俺は……ここまでの、ようだ」
ここにはいない仲間達へ。
かつて自分が託された物を、今度は刹那が仲間達へと託す。
イノベイターの打倒、戦争の根絶――人類の変革。
彼らなら、きっと――
「ロックオン・ストラトス――いや、ニール・ディランディ。俺も……お前のように。誰かの道を……生きていく……世界を、切り拓くぞ……!」
あの男が見ている。
かつて刹那を導き、そして変われと――自分の代わりに変わってくれと、バトンを渡した男が。
――――やっちまえ、刹那。お前は最高のガンダム馬鹿だ!
(……ああ。最高の褒め言葉だ!)
拳を固め、パネルに叩き付ける。
叫ぶ――これが刹那の、忠勝の、命を賭けた乾坤一擲の一撃!
「舞い上がれ――――飛翔滑走翼ッ!!」
◆
バーサーカーの蹴りが、ガードした右腕を砕きつつ忠勝をファングごと吹き飛ばした。
機動性は勝っても、やはり地に着く足がなければその膂力を完全に発揮することはできない。
右腕が肘の上あたりまで完全に破砕された。
ファングが吐き出すGN粒子はもはや枯渇寸前。
意志だけは折れぬと、忠勝はにじり寄る宿敵を睨め上げた。
決着の刻――おそらく向こうもそう思っているはず。
忠勝に許された時間もそろそろ尽きる。
ならばせめて、その身に消えぬ傷を残すまで。
悲壮な決意を固める忠勝の視界に、新たな光が飛び込んだ。
相棒が乗り込んだらしい鉄の車。できればそれで逃げてくれればと思っていたのだが――やはり、相棒はそんなタマではなかったらしい。
射出された、鋼鉄の翼。
名を飛翔滑走翼――ギアスという力が存在する世界で、黒の騎士団の技術顧問ラクシャータが完成させた日本製のKMF飛行ユニット。
天高く舞い、呼応するようにファングが飛び出した。
先を往く飛翔滑走翼の後方、空いた空洞のような内面が見える。
忠勝はすぐさま理解した。そして、
「…………………ッ!!」
躊躇いなどなく、応じる。
見せてやる、あの戦士に。
何度甦ろうとも決して孤独から抜け出すこと叶わない、あの寂しき大英雄に!
これこそが、友愛などという曖昧な慣れ合いを超越した、戦場で結ばれた固き絆の具現。
頭から棺へと突っ込む。
翼から杭が放たれる。本来ならそれは対応するプラグを備えたナイトメアフレームにのみ連結されるべきもの。
だが当然のこと本多忠勝はKMFではない。接続などできるはずもない――
「………………………………………………ッッ!!」
――否!
無理を通せば道理は消し飛ぶ!
ここにあるのは忠勝ただ一人の意地だけでなく、戦争根絶という途方もない夢物語を現実に成そうとする男の意志が共にある。
ならばこそ我らの道の前に。不可能など、ない!
既に砕かれていた忠勝の背面装甲を、飛翔滑走翼から伸ばされた管が突き破る。
激痛――何ほどのものか。痛みなどいくらでも喰らってやる。
だから力を寄越せ――今、この場で! 奴を討ち果たす力を!
強引に接続が完了し、忠勝の強靭なる精神がプログラムなどという小賢しい物を全て塗り潰し我が物と変えていく。
元より備えた手足のごとく――翼の隅々まで知覚の指が拡がった。
――続けて徹甲砲撃右腕部、行くぞホンダム!
――応!
聞こえないはずの刹那の声が聞こえる。
音にならないはずの忠勝の声が応じる。
トレーラーから再度昇ってくる光。
外見は単なるロケット。しかし、飛翔する忠勝の傍らで自ら弾け、その真なる姿を露わにする。
鋭い五指を備えた機械仕掛けの腕。
紅く染め抜かれた、ただ破壊の身を成す紅蓮の爪。
連結――またも激痛。だがそれはもう味わった。主なき右腕はすぐに忠勝の支配下に収まった。
棺が、外装がパージされる。
カラクリカギ爪、二対のフロート。牙を模す馬に跨り、その眼光は同じく真紅。
翼が輝き、掲げた右腕から灼熱の咆哮が迸る。
眼下の敵に、告げる。
もはや忠勝は単なる戦国最強ではない。
呼ぶならば
そう、名付けるならば――
――――――――GNホンダム可翔式!
天から一気に駆け下る。狙うは憎き怨敵バーサーカーの首ただ一つ!
カギ爪を叩き付ける。バーサーカーが薙いだ大戦斧と激突し、烈風を巻き起こした。
忠勝は既にこの腕に宿る真なる力を理解している。
己の意志一つで解き放たれるこの力なら、この状況から奴を――
「待て、ホンダム!」
だが、決定的な一撃が放たれる前に、姿を現した相棒が制止の声を上げた。
何故だ、今が好機なのだぞ、と無言の内に問いかける。
刹那は漆黒の剣で身を支えたまま、
「この場でそいつを……倒しても、また再生されては……意味がない。
再生できないほどに、完全に……消滅させるんだ! ただ倒すだけでは足りない……!
だから――ホンダム! 俺に……お前の命をくれッ!」
決意の火。
刹那の瞳にそれを見て取った忠勝は、もはや聞くことなどないと悟る。
ただ、告げるだけだ。
――応!
同意の意志、それだけを。
全てお前に任せる、指示をくれ――全幅の信頼と共に。
忠勝とてわかっている。もはや己も相棒ももう長くはないことを。
であれば、本懐を遂げるために必要だと相棒が言うのなら――聞かぬ道理がどこにあろうか。
無言の信頼を受け取った刹那は、未だ鍔迫り合いを続ける忠勝に走り寄り、その左手に飛び乗った。
バーサーカーとて隻腕。
また徹甲砲撃右腕部はあくまで爪であるため、忠勝は左腕を添える必要がなかった。
拮抗する両者。
その間隙を突き、刹那は忠勝の腕を蹴って、構える剣をバーサーカーの右腕へと突き刺した。
ずぶり――と、剣が肉に沈む感触。
墜ちたとはいえそれでも聖剣、バーサーカーの肉体を易々と傷つける。
力が緩み、戦斧が零れ落ちた。
その隙を逃さず、忠勝は右の爪をバーサーカーの顔面へと叩き付けた。
二指が、狂戦士の眼を貫く。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」
激痛に暴れるバーサーカー、その刹那が掴まったままの右腕と忠勝の唯一残ったオリジナルと言える左腕が組み合った。
刹那が叫ぶ。
「飛べ、ホンダム! こいつを彼方の地へ追いやるんだ!」
忠勝の背の飛翔滑走翼が輝く。
同時にファングが残る全てのGN粒子を放出し、推進力へと変換した。
二つの巨獣が空に舞う。
一瞬の拮抗を経て、翼と牙が重力に勝った。
銃弾をも凌駕する速度で、三者は倉庫群から飛び離れていった。
◆
空を見上げるものがいる。
荒い息をつき、ここまで走り通しだった身体を休めるために座り込んでいた『ソレ』は目撃した。
空を裂く、紅い彗星を。
まだ昼間だ。星が見える道理などない。
にも関わらず、その星は見る間に『ソレ』の頭上を飛び去り西へと飛び去っていく。
いや、星にしては低い、低すぎる。
手の届く――訳はない物の、それでも小さめの城と同じくらいの高さだろうか。
そんな高度を流れる星などあるはずがない。
しかし、思い出すことがあった。
それは主の生涯の宿敵。
赤い炎のような武者姿。
虎を思わせる激しい闘気。
懐かしいとさえ思える。あの男と剣を交えるとき、主はいつも楽しげに笑っていた。
主が楽しいと『ソレ』も楽しかった。
だからあの男は嫌いではなかった。どうせ最後に勝つのは主だと信じていたから。
あの男はどうしているだろうか。
できるならば次に出会うのは主、それが叶わなければあの男――か、可愛い女の子がいい。
気付けば星はもう見えなくなっていた。
休息を終え、『ソレ』は再び走り出していった。
◆
船が見える。
数時間前、初めて刹那と忠勝が言の刃を交えたところ。
行くときは時間がかかったが、戻るときはあっけないものだ――刹那はそんなことを考えていた。
バーサーカーの不死の宝具、十二の試練(ゴッド・ハンド)は死して初めてその効力を発揮する。
この場合で言えば、忠勝により潰された眼球のさらに奥、脳を掻き回されていれ即座に発動し、失った腕も再生させ逆襲に転じたことだろう。
だが、それは起こり得ないifでしかない。
小さき人間の助言により、宿敵は己の命を絶つのではなく、ただこの身の自由を奪うことだけに腐心しているのだから。
視界は閉ざされ、足は空を切るばかり。
残された右腕は騎士王の剣によって貫かれ、その上で戦国最強の豪腕に捕縛されている。
手詰まりなのだ。なにか、状況を動かすきっかけでもない限りは。
しかしバーサーカーはそれが遠くない内に訪れるものと確信している。
ヘラクレスの嗅覚は、この敵対する二者の命の輝きが刻一刻と小さくなっていくのを感知しているからだ。
どこに連れて行かれようと、たとえ深海だろうと溶岩流の只中であろうとバーサーカーを殺し切ることは不可能だ。
ならば今は待ちの一手。
何を仕掛けてこようとも、全て受け止め乗り越える。
そう決意するバーサーカーの耳に、当の人間の声が届く。
「そう言えば、名乗っていなかったな……俺は刹那・F・セイエイ。
こっちはホンダム……いや、本多忠勝という。お前の名を、教えてくれないか?」
何を言われているか、狂化したバーサーカーには理解できない。
ただ、言葉が耳を通り抜けていくだけ。
しかしせめてもの抵抗として、
「■■■■■■■■――!」
威嚇、にもならないが。
屈してはいないと、止めを刺せと純粋なる戦意を叩き付ける。
物理的圧力さえ伴うような咆哮を至近で受けた刹那は、しかし揺らがず、
「話すことすら、できないのか……お前はまるで、俺だ」
風に揺れる柳のように、その意思を受け流す。
ひどく穏やかな瞳で忠勝を一瞥し、口を開く。
「戦うだけの人生……俺はずっと、戦ってきた。お前も、そして忠勝も……そうなのだろう?」
「…………」
忠勝はもう意を返さない。それを刹那が望んでいる訳ではないと知っているから。
だから、この狂戦士を押さえつけ、彼の地へと到達することだけを己に課す。
願わくば、この無二の相棒の言葉を永久に忘れることなきように――胸に刻む。
「闘うことだけが俺の生きる証だった。だが、戦うということは……武器を持って敵を討つことだけが、戦いではない。
己にできるそれぞれの方法で、己の意志を貫くこと。それこそが本当の戦いなのだと……そう、気付かせてくれた人がいる」
胸に去来するのは、あの人の姿。
かつて刹那の国を焼いた国の皇女。
しかしそれでも、戦争を根絶するその一点において、刹那と同じ未来を見ている人――
「彼女に出会って、俺は見つけることができた。俺の戦う意味――俺だけの変革を」
刹那でさえ、変われたのだ。
かつて両親を殺し、祖国のためという盲目を抱えたまま飛び込んだ世界の本当の姿――戦争の中で。
ならば、誰だって変われる――トレーズ・クシュリナーダ、そしてグラハム・エーカー。彼らだってきっと。
「そう、今は……闘うだけの人生じゃない」
見えてきた。
刹那が目を凝らす。
あそこには刹那を待っているモノがある。
ずっと、ずっと共に戦ってきた己の半身。
ガンダムエクシア――その太陽炉が、刹那を待っている。
脳量子波の声に応え、発電所内のGNドライヴが起動する。貯蔵していた圧縮粒子を全面開放――
「そうでない自分がいる……俺は、ここにいる!」
イオリア・シュヘンベルグによってソレスタルビーイングに託された未来への希望。
世界を歪める者達への抑止力たる力。
見開いた眼は、虹色に輝いて。
呟く言葉は、ただ一言――
「――――――――トランザム……!」
呟きはトリガー。世界を変革する、魔法の言葉。
溢れ出るGN粒子、光の道が空に架かる。
紛い物の赤ではない。どこか柔らかな温かさを持つ、淡い緑。
刹那を、己を操る資格持つただ一人のガンダムマイスターを迎え入れるように。
エクシアの太陽炉によって放出されるGN粒子が、G-2エリア全域に拡がっていく。
ファングが外部からチャージされたGN粒子によって息を吹き返した。
バーサーカーは闇に閉ざされた視界なれど、何かとんでもない事態が起ころうとしていることを察知した。
己に取っては後方、捕縛者にとっては前方。凄まじいエネルギーが渦を巻いて際限なく膨張していく。
もはや機を待っている余裕などないと、バーサーカーが一層の抵抗を開始した。
だが、
「………………!」
忠勝の背の飛翔滑走翼の上部、兵器格納スペースが展開した。
現れたミサイルポッドからいくつもの子機が射出される。
「■■■■■■■■――!?」
バーサーカーの動きが止まる。いや、止められた。
光の道を彩るように滞空した子機――小型の浮遊式ゲフィオンディスターバー、通称ゲフィオンネット。
本来ならKMFに対して用いられるこの兵器がは対人用になど設計されていない。
当然、バーサーカーを阻むことなどできるはずがなかった。
そう、ゲフィオンディスターバーだけならば。
輝く真紅の領域に、深緑の風が流れ込む。
ゲフィオンネットによって形成・隔離された「場」に、GN粒子が満ち満ちる。
対流を開始するGN粒子。
粒子ビームを、そして実体を持つ物質さえも猛烈に対流するGN粒子が押し留める。
小型・低出力なれど、紛れもなくそれはGNフィールドであった。
指向性の強いGNフィールドは、うまく制御すれば個人単位で発動させることも可能。
そしてオリジナルの太陽炉が生むGN粒子は、人体に悪影響を与えることがない。
結果、刹那や忠勝には一切の悪影響がなく、ただバーサーカーのみを目標としたGNフィールド――GNネットが発動した。
腕が、脚が、いや瞬きすらもできはしない。
GN粒子はバーサーカーを受け入れない。
ソレスタルビーイングの理念の要、GNドライヴ。
黒の騎士団の才媛が世に生み出したゲフィオンディスターバー。
道具は道具。使うべき者により善にも悪にもなる力。
操るは共に戦争根絶を掲げるだけの、今を生きるただの人間。
だがその人間が、その意思が――この瞬間だけは、大英霊を凌駕する!
完全に動きを封じられたバーサーカーは、この後予想される大破壊を覚悟する。
もはやこの二者――破壊者達は、自身の命など捨てている。バーサーカーと刺し違える気なのだ。
勝負とあらば、逃げる訳にはいかぬ。
大英雄ヘラクレスは全身に魔力を漲らせ、その時を待つ。
「済まないな……ホンダム。あの魔王……
織田信長を、討てずに……」
「…………」
気にするな。
そういう意志を返してくることは知っていた。本多忠勝とは決して物事を他人のせいにする男ではない。
だが、と言い募ろうとした刹那の脳裏に、見知らぬ二人の男の顔が思い浮かんだ。
紅い、烈火撒き散らし双槍掲げる勇猛なる若虎
蒼い、紫電纏いし六爪の刃振るう不遜なる独眼竜。
忠勝の内に強く焼き付く、二人の男の姿。
「彼らなら……そうか、この二人なら必ずあの歪みを駆逐してくれる。そう言うんだな、ホンダム……?」
――応。
「そうか……では、思い残すことはないな。俺達がやるべきはただ一つ……」
極限までGN粒子を圧縮し臨界を迎えた太陽炉が、内側から発電所の上部を吹き飛ばす。
現れた、剥き出しの太陽炉。
呼応するように、忠勝の右腕、紅蓮吐き出す徹甲砲撃右腕部から輻射波動が炸裂する。
「■■■■■■■■■■■■■■――!?」
バーサーカーの全身を灼く痛み。かき集めた魔力が霧散していく。
帝愛グループの手に落ちたガンダムがエクシア一機かは分からない。
もしかしたらOガンダムも……いや、さらに悪くすればダブルオーすらも確保されているのか。
黒幕かもしれないイノベイターに、ツインドライヴは渡せない。
ガンダムマイスターとして、ガンダムの機密は守らねばならない。
だからこそ……
(エクシア……俺の、ガンダム。付き合ってくれ……最後まで)
破壊、しなければならない。
ガンダムを単なる破壊者に貶めさせないために。
ソレスタルビーイングの理念を守るために。
ツインドライヴを永遠に封印するために。
何より――刹那が“ガンダム”であるために。
最後の加速。
目標点――GNドライヴ。
刹那の旅の終着点。
最期はせめて、ガンダムと共に。
「刹那・F・セイエイと本多忠勝、ガンダムエクシアが――」
いいや――ガンダムに、還る。
「――――――――――――――――――――――――未来を切り拓く!」
そして、全ては光に消える――……
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最終更新:2009年12月15日 20:18