HERO SAGA 『角笛Ⅱ』 ◆0zvBiGoI0k
「ルルーシュといったな。それと女。貴様らはこれからも他人に守られ続けたままでいるつもりか?」
その声には怒気がこもっていた。平和を享受するのみの、ただ与えられてばかりの人間達に対する憤り。
「銃を取らなければ戦いにはならないとでも思ったか?甘い、甘すぎる!
貴様自身が語ったように戦いは無差別に、理不尽に起こるのだ!下手に馴れ合うから裏切りに合う!
貴様ら2人を生かすために
セイバーという女は死んだ!これからも他者を身代わりにして生き延びる気か!?
守ってくれる奴がいなかったら隣の奴でも盾にするか!?」
デュオも式も動かない。あまりに唐突な展開に片方は立ち尽くし、もう片方はソファに座したまま動かない。
今まで溜め込んでいた感情が爆発する。戦いに怯えるだけの2人を糾弾する。
目の前のただ「助けてくれ」とすがる姿は五飛にとって何よりも耐えがたいものだった。
「生きたくば戦え!守られるだけではなく貴様らも守れ!使命があるのならそれを為せ!
我が身可愛さに震えるだけの奴など足手纏い以下だ!それでもまだ戦いを拒むというのなら―――」
「―――銃を取るだけが戦いではない」
五飛の叫びを、小さな一言が遮る。その時五飛には目の前の細身の男が全くの別人に見えた。
まるで、地獄の大元帥のような佇まいで。
「ここに来る途中にパソコンと会場内の施設の見取り図を得ました。
この政庁にも、幾つか罠を仕掛けてある。大抵の相手には対抗できるように。
……独力で勝ち残れるとは思っていない。俺1人の力はどうしようもなく非力だ。
だが死ぬわけにはいかない。俺には、やらなければならないことがある」
「私もです。私には、どうしても会わなくちゃいけない人がいるんです。
だからそれまで、絶対に死ねません」
強い決意を込めてルルーシュが、それに続いて憂も答えを出す。その瞳に、揺らぎはない。
その言葉を、五飛はどう受け取ったか、デイパックから中華刀―――ではなくUSBメモリを取り出し放り投げる。
「ならば、役目を果たして見せろ。お前の正義を俺に見せるがいい」
「―――はい、必ず見せましょう」
宙に舞うメモリをキャッチし、宣言するルルーシュ。それを見て、後ろを向いて歩きだす。
「悪いな。見ての通り熱くなりやすい奴なんだ。気にしてるとキリがねえから―――」
「いえ、彼の言ったことは正しいですよ。―――確かに守られてるだけじゃ何も変わらない。」
すかさずフォローを入れるデュオに、だが気を落とすことなく笑顔で返すルルーシュ。
「むしろ声に出した分決意が出来ました。ありがとうございます、貴方達と会えて良かった」
本当に、ここで会えて良かった。心底ルルーシュはそう思った。
「黒の騎士団」として行動を始めた早々に一番必要だった戦闘に長けた駒が一挙に3人も手に入った。
警戒してようがいまいがもう遅い。既に手の平に収まった身。知らず知らずの内に傀儡となるのは時間の問題だ。
だが、警戒しなくてはならないものもある。
あの姿を見たのは初めてのはずなのにルルーシュは既視感を覚えていた。
自分と憂に向けて戦いを強制させようとした姿。
それは、まだルルーシュが単独だった時に見たあの映像の語った演説の姿と、ダブって見えた。
(
張五飛、あいつがゼロを騙った偽者……今さらお前に用はないが、戦士としてのお前には価値がある。
そんなにも戦いが好きならば、華々しい名誉の戦死を俺がくれてやろう……!)
デュオ・マックスウェルとの情報交換から張五飛もまたガンダムという、
KMFのような機動兵器が主流の異世界という確証が取れた。
ならば五飛が元の世界に戻り何をしようとも興味はなかったがせっかく手に入れた手駒、
有効に、徹底的に使ってやろうと決めた。
「それよりさ、アラヤが死んだ場所って7階だっけ?」
突然割り込んでくる凛とした声。和服にブルゾン、革のブーツという異様な、
だが世辞抜きに似合ってるといえる少女、
両儀式がそこにいた。
「―――ええ。7階の情報管理室ですが」
そつなく答えるルルーシュ。視線は式を一挙手一投足計るように目を離さない。
確かに客観的に見ても見目麗しい顔立ちだがだからといって心惹かれる要素など皆無だ。
そもそも色恋沙汰にまるで疎いルルーシュにそんな反応を期待する方が無駄だ。
むしろ警戒しなくてはならない部類だと感じている。
口調もそうだが年齢にしてはあまりに達観した、儚げな印象すら与える雰囲気。
目は静かでそれでいて見ただけで人を殺せるかと思うほど鋭く、深い。
何を企んでいるのか、何を考えているか分からない、底の見えない海でも眺めてるような感覚。
こういった不安要素を持つ味方は明確な敵よりも厄介なものだ。この中で一番、注意を払うべき相手だ。
そして何より―――この女とは何処かで会ったような気がする。この会場ではない場所、自分のもといた世界で。
顔や声などではなく、もっと根源的な―――存在そのものに。
「見に行くつもりか、式?」
「ああ。放送で呼ばれたときから気になってた。死体だけでも確認しておきたくてな」
荒耶宗蓮。このバトルロワイヤルの主催者の1人。どうやら両儀式はその男と浅からぬ因縁を持っているらしい。
それならば、あの地下室で手に入れた物品や保管された首についても何か知っているか……。
「そうかい。じゃあ俺も行くとするかね。
俺達をこんな所に押し込めて殺し合えだの言ってきた奴らの仲間だってなら、
顔くらい見たって損はないだろ」
「……まあ勝手にすればいいさ」
面倒くさそうな顔をしつつも同行を認める式。できれば1人で見に行きたかったというようだ。
「へいへい、勝手にさせてもらいますよ。五飛、お前も来るか?」
部屋の隅で(デュオから見たら)堅苦しそうにしている五飛に一応声をかけるデュオ。
「死体漁りなど出来るものか。……だが、主催者の正体を知る機会だ、一応付いていってやる」
なんだかんだと言いつつ2人の隣に立つ五飛。そこにツンとデレの極意など―――あるわけがない。
「―――憂、お前も行け。道案内も必要だろう。」
「はーい」
気の抜けた返事で3人の中に加わる憂。仕掛けた罠にかかって自滅するヘマなど避けたいし、監視も兼ねて同行させておく。
「俺はこのメモリを調べておきます。隠れる場所は確保してるから心配は要りません。
それと館内のトラップについては憂に聞いてください。飲み込みが早くてね、頼りになりますよ」
そう言いつつも狙いは別。メモリのことは勿論だが通信を切ってある桃子との連絡の時間を取るためだ。
ここを拠点に味方を増やし
バーサーカーレベルの相手とも張り合える布陣を整えるのが当面の目的、
周囲の状況を逐一把握するには桃子の存在が不可欠だ。
憂は恥ずかしそうに俯き、3人は承諾しエレベーターの扉が開いた逡巡、
「あ!」
「あ」
似ているが、意味するところはまるで違う音が重なった。
▽―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やっぱりここにいたんだ!うい~!」
誰もがこの状況に立ち止まる中、ただ1人動く小さな姿。
この時の
平沢唯の反応は今まで彼女を知る者からしたら驚嘆しただろう。
一目散に走り出した唯の向かう先は当然、妹の憂。
何故かフワフワの澪ちゃんが着てるみたいなカワイイ服に着替えてるけどその顔は見間違えようもない。
そのまま飛びつき力いっぱい抱きしめる。
「よかったよ~!ごめんね憂、お姉ちゃんひとりぼっちにさせて~!だいじょうぶ?ケガとかしてない?」
聞きたいことは他にもある。けれど今はとにかく憂に会えたことが嬉しい。痛いくらいに小さな体をぎゅーとする。
そこまでして気付いた。抱きしめてる憂からなんの反応もないことに。
「……憂?」
ひょっとして人違い?と思って見てもその顔はやっぱり憂だ。料理も出来て、
わたしよりも胸が大きくて、ギターもすぐに弾けちゃうわたしの妹だ。
「もう、人前で抱きつかれて恥ずかしいよお姉ちゃん」
そういって憂は、まるで街で友人と待ち合わせていた軽やかさで私を引きはがす。
違う。なんだかわからないけど違う。間違いなく憂なのに、憂じゃない。
「あ、澪さん!無事だったんだね!よかった~これでバンドが組めるね!」
今度は憂は澪ちゃんの方に走って行って嬉しそうにその手を取った。唯を素通りして。
「……憂ちゃん?どうしたの?」
澪にもこれは異常だと分かった。澪も憂のことは知っている。
姉の唯とは対照的に成績優秀、家事万能、ギターも数日弾いただけで唯を上回るなど非常に良く出来た妹だ。
だがそれでもこんな殺し合いなんて異常な状況に連れ込まれても平静でいられるのは肝が据わってる、なんてレベルじゃない。
いや、そもそも平静かどうかが疑わしかった。平沢姉妹の仲の良さは自分も知ってる。
だというのに姉よりもその友達の方を心配しているというのはいくらなんでもおかしい。
「?どうしたのって、どうもしてないよ?あ、紹介するね!黒い男の人がルルーシュさん、
ちょっと細いけどとっても頼りになる人なんだよ!
あとさっき私たちの仲間になってくれた式さんとデュオさんと五飛さん!みんな一緒に戦ってくれるんだって!」
小躍りでもしそうな軽やかな調子で周りにいる人たちを紹介する憂ちゃん。
確かに味方がいることは私にとってありがたいことだけど、
目の前のいつも通りですらない憂ちゃんを前に、そんな安堵など持てなかった。
「落ち着け、憂」
黒髪の男、ルルーシュがはしゃぐ憂を片手でなだめる。
右手は布にぶら下げてあり、怪我をしているようだった。
「驚かせて済まない、
秋山澪。憂から話は聞いている。それと、久しぶりだな平沢唯」
「あ、あなたは、えーと……あ!門矢士さん!」
桃子に続いてもやし呼ばわりされたことは気にせず笑顔で返すルルーシュ。
だがその心中はまるで穏やかではなかった。
この場で憂を姉に会わせるのは避けたい事態だった。
姉への思いはなくなっても、それで憂と唯の関係が断ち切られたことにはならない。
気付いたのは屋上での会議。
中野梓の死に対しての反応。
今まで平凡な学生生活を過ごしていた憂にとってその反応は当然だろう。彼女の知り合い全てに対して抱く感情だろう。
だがその中で唯一、姉である唯に対してだけ何も感じない。感じることが出来ない。
遺伝、人種、出身、肉親、経験、周囲の環境、
そうした膨大なパーツを上に重ねていって「
平沢憂」という積み木の塔は構成されている。
その部品を1部分だけ引き抜いてしまえばどうなるか。崩落するのは自明の理である。
ましてや抜き取られたのは憂の持つ一番強い感情、平沢唯への思い。大黒柱を外すのに等しい行為だ。
あくまで精神面における問題、自覚させなければ外的な影響はない。
だが姉と対面した際にその心の洞に気づいた時、最悪の可能性に至らないと、言い切ることは出来ない。
それ故政庁の監視を桃子に任せたというのにこの邂逅。訪れた者の警戒を解くのに通信機を外したのが裏目に出た。
まさかこんな短期間に続々と人が集まってくるとは予想だにしてなかった。
(既に合流してしまった以上もう引き離すことは難しい。ここは姉妹だけの状況にすることのないように牽制しつつ
何かの混乱の隙に乗じて2人を消すか……?いや、それでは憂に悪影響が出る可能性が……)
秋山澪はともかく平沢唯はチームに加えるには落第点だ。足手纏いにしか成り得ない。
それならばいっそギアスと桃子を使い切り捨てるのも手だがそれによって生じるリスクも高い。
「大丈夫です。彼女たちは殺し合いには乗っていません、一度会ったことがありますから」
式たち3人に警戒を解くように伝える。少なくとも今は協調の体制を取りバランスを保ちつつ策を練るしかない。
別に憂の事が心配なわけではない。それによって引き起こされるチームの崩壊を危惧してのことだ。
断じて「妹」であることや仲間意識の類ではない、そう括りつける。
「あの、ルルーシュさん、憂は―――」
「今憂は微妙な状況にある。ここにきて心労が溜まっているらしいんだ。軽度の錯乱状態とでもいうべきか。
今は彼女の思うままにして欲しい」
唯の言葉に被せるようにルルーシュが語る。唯と澪にしか聞こえない程度の大きさで。
「それなら―――」
「優しさも時には人を傷つけることもあるんだ。分かってくれ」
なおさら自分が憂を慰めてあげなきゃ、と言おうとしたところでまたルルーシュに話を被せられる。
その目はとても真剣で、なぜか唯には逆らい難かった。
「時間が経てば元通りになる。その時彼女を思い切り慰めてくれ」
今度はとても優しい顔になるルルーシュを見て澪は何か言い様のない不快感を持った。
そして思った。多分、普通の学園生活で彼と出会ったとしても、彼を好きにはなれないだろうと。
◇―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そしてひとまず一難を超えたルルーシュは再び情報の交換を行った。
そこで聞いたのはギャンブル船に集まっていた集団、【神様に祈る場所】―――教会で起きた惨劇、
明智光秀による
トレーズ・クシュリナーダの拷問とその死。
伊達政宗と光秀の闘技場での激闘と光秀の死。
そして伊達政宗に助けられてからここに来るまでの経緯。
時折肩を震わせ、唯や憂に止められながらも澪は自分が体験した仔細を伝えきった。
「トレーズが死んだだと!?それは確かか女!!」
まず叫んだのは五飛だった。澪に今にも飛びつかんとする勢いをデュオに抑えられながら怒声をあげる。
「……はい、体中を切られても、最期まで泣いたり叫んだりせずに、私の目の前で静かに死にました……」
そんな五飛の剣幕を凝視して澪は肯定する。逸らしそうになる目を必死に真っ直ぐに向けて。
「―――クソッ!!」
その言葉が偽りでないと分かってしまい、苛立ちを壁にぶつける。叩き付けた拳の音が静かな部屋に反響する。
(最期まで俺の目の届かぬ所で……!何度逃げ続ければ気が済むトレーズッ……!!)
とにかくこれで自分はもうトレーズと会うことはない。再度戦うにしろ、
なぜ生きているかを含め話をつけるにしろ、会って確かめることはできなくなった。
五飛は怒っていた。自分の預かり所で勝手に死んだことか、結局自分から逃げ続けたことか、
それとも殺した相手に対してか、それすら煩悶としているのにただ怒りだけが湧き上がっていた。
(……荒れてやがるな)
後ろ姿だけでも分かる苛立ちを見せている五飛をデュオはソファから見つめていた。
あいつがトレーズに対して並々ならぬ執着を見せてることは知っている。
それが誰かに殺されたと聞いて何を思ったか。怒りか、悔しさか。
いずれにしてもこれは自分が入り込める領分でもない。というか入り込める気もしない。
気が落ち着くまで放っておくのが吉として視線を正面の少女へ戻す。
「……で、光秀はアンタが殺したってことか」
「はい、私が殺しました。後ろから戦ってる最中に……。
もう逃げたくないから……軽音部の皆を助けたいから……
どうすればいいかはまだ分からない。けどそれだけは絶対に諦めたくない。私は、戦う」
滲んだ目でそう決意を語る澪の姿に、デュオはやるせなさを感じていた。
誰かに守られるだけでなく、自分で戦うという意思は確かに素晴らしいかもしれない。
けれどつい昨日まで戦いとは無縁の、日常を平和に過ごしていた少女がそんな決意をしてしまうこと自体がデュオには納得できなかった。
そんな血に染まった道を進ませないために、ガンダムは戦ってきたというのに。
目の前の少女は既に1人の血を浴びている。
相手は何人も人を殺している戦闘狂、同情の余地もないし潰えて当然だ。
それでも、血に染まるのは自分達であるべきだったのだ。人の魂を連れてくのは死神だけの役目だ。
こんな見世物扱いで弄ばれていいものではない。
ここに至ってようやく、この殺し合いを仕組んだ奴はとんでもない下種野郎だと確信した。
正義漢ぶるつもりは毛頭ない。ただし、死神の仕事を奪った罪(ツケ)はキッチリ払ってもらう。
死神―――ガンダムデスサイズのパイロット、デュオ・マックスウェルとして。
(やれやれ……落ち着かないな)
腹に爆弾に抱えた、というような表現が正に当てはまる状況だ。
そんな気を張り詰めながらもルルーシュは片腕でパソコンを開いている。
先程帳五飛から受け取ったUSBメモリを挿し、内部の情報を読み取る。
このメモリもルルーシュと同様にホールで手にしたものらしい。
ならばこれには手にした表の地図に対応したもの、裏の施設の見取り図が入っていると踏んでいる。
手に入れば隠し施設の存在も明らかになるかもしれない。
程なくデータが表示される。だが出てきたのは地図ではなく、何かの設計図のようなものだった。
知らぬものから見れば凝った美術品か、空想の建造物にしか見えないだろう。
(―――な、)
だがルルーシュは知っている。他ならぬ自分―――「悪逆皇帝」たる己の象徴とした宙空に浮かぶ要塞。
(莫迦な―――これは!だが、間違いない……!
ダモクレス―――だと…………っっ!!)
天空要塞ダモクレス。名の通り空に鎮座し、絶対制空権を築くために建造された、
星の海を飛ぶことすら可能とするまさに空飛ぶ城塞。
超高出力のブレイズルミナスによりあらゆる外敵。攻撃を寄せ付けない絶対防壁。
極めつきは搭載されている最新式の核弾頭フレイヤ。制限を解除すれば半径100kmを跡形なく消滅させる超戦略兵器。
逆らうものにフレイヤを落とし有無を言わせぬ弾圧を強い、憎しみの矛先を一点に集めさせるゼロレクイエムの要の一角。
ゼロレクイエムが完遂した後は太陽に破棄する手はずだった悪逆皇帝ルルーシュの権力の象徴の設計図がそこにはあった。
サイズや構造には若干違いがあるようだが、ほぼ間違いなく自分の知るものと内部は酷似していた。
(何故こんなものが……!ハッタリ?いや意味がない。だが実際にこの会場内にダモクレスがあるとして、
奴らがフレイヤまで所持していたら俺達に勝ち目は……)
だとしたら自分達の反逆の成功率は絶望的なものとなる。KMFもない身では空にそびえる要塞に近づくこともできない。
最悪フレイヤで会場ごと一網打尽だ。確かにこれがあれば―――あの余裕ぶった態度にも納得がいく。
まさに高みの見物ということだ。
だが、まだ疑問は残る。
なぜ奴らの切り札であろうこの要塞の設計図を参加者が得られる場所に置いたのか。
絶対的な自信の表れ、自分達の強大さを知らしめる意味もあるかもしれないが、それにしても内部の詳細が詳しすぎる。
思考エレベータはまだ分かる。だが量子転送装置や聖杯の祭壇といったよく分からない名称、
応接室に客室、果ては動力部から指令室まで丸わかりだ。おまけに会場の地図同様スクロール表示で細部まで見れる。
ここまで手の内を見せるのはもはや余裕というより阿呆の極みだ。いくら強力な札であろうとこれでは意味がない。
ましてや多少の差異はあれ構造を知り尽くしているルルーシュに見られるという万が一の可能性もあるのだ。そして実際ここでそれは起きている。
露骨に過ぎるこの対応、これは自信や余裕ではなくむしろ―――
(まさか――-内通者?俺たちに加担している者による情報のリーク……。
会場の設備に手を加えられるということはそれなりに権力の高い者か……?)
それなら一応の辻褄は合う。主催の目論見に気付き悟られないよう自分達に有利な情報を会場内に置いておく。
積極的に手は出せないが参加者が主催に対抗できる段取りを組んでおく。主催も一枚岩ではないということか。
「どうした?何かいい情報(モン)でも入ってたか?」
正面に座っていたデュオが様子を窺う。それに気付きルルーシュは逡巡で考えを纏め答える。
「―――いえ、どうやらこれ単体では情報を引き出せないようです。もう1つのメモリを挿れても反応はありませんでした」
公開には早い。まだ確証は持てないし、この存在を知ったら全体の士気に関わる。
このことはまだ、自分の内に秘めていた方がいいだろう。
「ん?どこ行くんだ?」
「いえ……その……トイレへ……」
はぐらかしつつ、席を立つ。考えるべき事項が増えすぎた。一度桃子と連絡を取り合った方がいい。
迷路のように絡まり合う思考を、ほぐしつつ、ルルーシュは通路へと消えた。
「―――で、刀預かってるんだって?見せてくれない、ソレ」
それぞれがそれぞれの思惑を働かせている中、ソファに座る私――-両儀式は前に座る唯という少女に催促をかける。
だが何も暇なわけではない。少女から信頼できる人間に刀を配るというプランを聞きそれを渡してくれといってるだけだ。
普段はナイフを使っているが両儀の本来の獲物は日本刀だ。ここにきてから自分はそれをずっと探していた。
それと単純に刃物好きでもある。あるというのならすぐにお目にかかりたかった。
……ほんの僅かでも、気晴らしにはなると思って。
「あ!そうでした!えーと……わわっ!」
慌てながらデイパックを漁っているとなぜかわらわらと刀の柄が飛び出て地面に散乱する。
カシャンと耳慣れた音が響く。ああ、音だけでわかる。これはいいものだ。
とりあえず手近に落ちた一刀を拾い上げようとしたら、横から別の手が伸びてきた。
顔を上げるとそこには西洋式の……メイド服だったか?の少女が鋭い目つきで私の手を止めていた。
両頬には入れ墨みたいに傷がつけられてる。戦闘で出来たものというより、意図してつけられたようだった。
「……何?オレ、刀取りたいだけなんだけど」
「……あなたを信頼するなんて、まだ言ってない」
声は無理にドスを利かせるように喋ったからか濁りがある。多分、こんな口調に慣れていないのだろう。
そのまま落ちた刀をみんな拾い上げてこっちを睨んでる。……やっぱり、ひどく似合ってない。
「……一応組んでるって話になってなかったっけ?ソレ、渡してくれないかな」
改めて渡すよう、できるだけ柔らかく聞く式。だが澪という少女は黙ったまま動こうとしない。
理由は―――まあ一つだろう。ようするに自分が信用ならないのだ。
誰かに信用されようとしたことなんて一度もないし、「殺人鬼」である自分に刀を渡そうとするなんて普通しないだろう。
それを知ってるかは知らないが。
少し考えて一刀、自分の前に差し出してきた。どうやら使ってもいいらしい。
くれるなら別にそれ以上文句はない、手を出そうとしたところに澪は口を開いた。
「約束してください。これで……私たちを殺そうとする人たちを―――殺すって」
そんな、要求を突き付けてくる。それを式は―――気にすることなく受け入れる。
「いいよ、そのくらい。どの道、襲ってくる奴ならそうするだけだし」
そうして私は刀を手に取る。鞘を抜き、刀身を開く。
美しく、雷でも裂くほどの切れ味を見せそうな拵え。一目でかなりの業物と見た。
そんな刀身に移る自分の顔を見て、
この場に来てから式ははじめて―――薄く笑った。
おかしいな―――いつから私はこんなに意地汚くなったんだろう。
刀を求める少女を前に、澪は自分の思考を疑った。
自分の『起源』と戦うと決め、1人の男を殺して、こうして唯を守るため集団に入り込んで、
他人に自分を襲う人を殺せって突き付けて。
両儀式という人は、女性と見れば昔の時代から来たみたいな雅なお嬢様みたいで、
男性と思えば雑誌のモデルなんて目じゃない美男子にも思える。こういうのを中性的というのだろうか。
けれど、目がそれらを全て裏切っていた。明智光秀のような、獲物を求める獣の目。
いや、本当はもっと違う種類のもののように見えるけどそれはなんでも構わなかった。
そして式が刀を抜き微笑を浮かべた瞬間―――背筋が凍った。
その凶悪な笑みが彼女にはとても似合っていて、なおさら恐怖を感じさせた。
こんな人に唯を近づけさせたくない。殺し合いに乗ってる人と戦ってそのまま死んで欲しいとさえ思っていた。
おかしいな―――いつから私はこんな考えしか抱けなくなったのだろう。
明智光秀が澪に服用させたブラッドチップはもとはとある起源の殺人鬼が『起源覚醒』のために精製したものだが
当然通常の麻薬としての作用も持っている。
表れる症状は諸々だがこの場合澪に起きている症状は気分高揚、つまりはハイにさせる効果となっていた。
再度語るがブラッドチップの機能は服用した相手の『起源』を呼び覚ますこと。
低スペックのものでは覚醒には至らないが、自覚させるには十分だった。
そして起源は自覚するとそれに引きずられ易い。秋山澪という魂の原点、物事を決定づける方向性。
『畏怖』し『逃避』に走る。それが秋山澪の創まりの場所。
無意識ながらもそれを知った秋山澪は行動の全ての選択肢に知らず『逃げ』を加えてしまう。
彼女はそれを認めない。認めてしまえば秋山澪はただ逃げるだけの意味しか持たぬ固まりに成り下がってしまう。
そんなものを、断じて受け入れてやるわけにはいかなかった。
結果、起源に逆らうためなけなしの勇気を捻り出し、麻薬の相乗によってそれが凶暴性へと変化した。
それによる結果が如何なる結末を生むかは未だ知る由もない。
だが一つだけ言えることは―――喜劇には決して成り得ないことだ。
▽―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「―――桃子、聞こえるか?」
安全を確認しつつトイレの個室に入り通信機を取り出すルルーシュ。
最期に連絡してから結構な時間が経っている。手早く互いの情報を交換して次の布陣を整えたい。
耳にかけ、スイッチを付け確認を取った途端、
『ルルさん遅いっ!何やってたんすか!!』
とんでもない大声が耳の奥に突き刺さった。
「っっ!!静かにしろ桃子、そんなのではすぐに見つかるぞ」
思わず大声を出しそうになったところを抑えて諌めるルルーシュ。
何をそんなに怒ってるのかルルーシュには判断がつかない。
まさか連絡がなかったことが不安だった?自分を心配する桃子の顔を想像して―――失笑する。
「済まないな桃子。だが文句を聞いてる暇はない。一応当面の問題は片付いた、これから―――」
『それどころじゃないっす!来てるんすよ!』
こちらを無視して叫ぶ声には、明らかに焦りがあった。ルルーシュもこれは非常事態が起こったと察し耳を傾ける。
「……何がだ」
『バーサーカーっす!メチャクチャな動きでこっちに向かってるっすよっ!!』
現実は、想定を遥かに超えていた。
その意味を、暫くルルーシュは理解できなかった。したくなかった、と言い換えてもいい。
続けてなにかを言ってる桃子の声を無視し、全速力で正面受付へ戻る。
気付いたのはルルーシュが先だった。
動いたのは式が先だった。
「「逃げろ!!」」
叫んだのは同時だった。
デュオが五飛が悟ったその瞬間、正面の扉が爆ぜ、
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――!!」
死の具現が、終末の雄叫びを上げながら姿を現した。
interlude……….
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最終更新:2010年04月16日 20:33