HERO SAGA 『角笛』 ◆0zvBiGoI0k
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時刻は黄昏、斜陽の時刻。
日は満天を過ぎ、徐々にその光を萎めていく。
暗闇に包まれた街は喧騒を忘れ、人も足を還るべき家へと運び、明日の生への充足を図る。
だがここはそんな常道など通用しない。闇は狩人を隠す保護色であり、人はいつ襲い掛かるかもしれない影に怯える。
疲労も恐怖も忘れなければ生き延びられない。他者を喰わねば明日へは進めない。
それがバトルロワイヤル。籠に閉ざされた生贄達の祭壇だ。
陽の沈みは1つの時代の終わりを意味するという。
北欧の神々、中世フランクの騎士団、永遠と呼ばれた栄華もやがて崩れる。
光輝と暗闇の狭間にて終わりを迎えるのは、誰の時代か。
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狂戦士
バーサーカーは朱色に染まった道を進む。
染色の原因は日差しではなく、それよりもはるかに生々しい赤によるものだ。
この場にいるのは彼ただ1人。それ以外には誰も、何もない。本来ここにいる筈の1つの死体もない。
散らばった人らしき肉の断片、おびただしい赤の水溜り、
そして埃と血にまみれたテンガロンハットのみが彼のいた痕跡だった。
そんな瑣末事など気にも留めず狂戦士は前を往く。そもそも気に留める余裕など彼にはなかった。
右の半身は胸元より先が吹き飛び今も出血が治まらず、両目は真一文字に裂かれ視覚が閉ざされている。
武装は所々が欠けた斧一つ、魔力の消費も甚大だ。
正に満身創痍。常人、いや人間であればとうに6度は死亡している身体。7度目の死も、そう遠くはない。
だがそれでも―――そんな死に体でも、バーサーカーは戸惑いなく歩みを進める。
狂化の影響で理性的な行動が出来ないのもある。だがそれ以上に今のバーサーカーは強い高揚感を抱えていた。
心の奥底に眠る懐かしい感覚を思い出していた。
雷の主神の子として生を受けたその時から女神の狂気に付き纏われ自らも狂い子を殺し、
その贖いとして受けた数々の試練。
いずれもその1つだけで英雄と称えられる命を賭した行い。刃の通らぬ獅子を絞め殺し、
百の頭を持つ毒蛇を射殺し、力で知恵で十二もの難行を成し遂げた。
その後褒賞として不死の肉体を与えられ、他に並び立つ者なき大英雄として祭られた輝かしき栄光の日々。
そうだ。あの時も、今のように何もかも奪われていた。
妻子を奪われ、入るべき地位を奪われ、奴隷へと身を落とした。
そんな0の地点から登り詰め、苦行を超えて後世にまで語り継がれる英霊となった。
両目を裂かれ、右半身を消し飛ばされ、理性を、不死の呪いを、扱い慣れた武器を、
そして何よりも、守るべき小さな主を奪われたこの身。
返して欲しくば全てを壊せと、神威も威厳もない下衆共に檻に放り込まれるという屈辱。
いいだろう、誰あろうと挑戦とあらば拒むわけにもいくまい。
ならばこれは自らに課せられた新たな試練だ。
この場にいる全ての命を殺して尽くす。参加者だろうと、主催者だろうと。
無茶は当然、無理は承知、無謀でも構わぬ。元より英雄とは不可能を可能とした者へ与えられる称号だ。
力を振り絞り、知恵を捻り出し、天運をも引き寄せて初めて完遂出来る御業だ。
もはやこの身は誉れ高き大英雄ではない。勝利を求めてただ凶暴に、貪欲に、遮二無二駆ける狂戦士だ。
そうして全てを破壊して、ようやく自分は名を返される。大英雄の名を再び冠することが出来る。
白い少女の剣となる資格を取り戻せる。
ただただ進む狂戦士。視覚を閉ざされた状態では周囲の景色を確認することが出来ない。
先の戦いで戦った残りの2人、隻眼の男と異形の腕の少女。
特に隻眼の男は三度激突したあの鎧武者に劣らない強さと勇猛さを持っていた。
身を休める暇もなくすぐさま引導を渡しておきたい相手だ。
目に映った最後の光景は、左の爪の付け根を砕き、剥き出しの頭に頭突きを食らわせたところまで。
目が見えないといえそこに人がいるか位は英霊ともなれば苦もなく捉えられる。
死体であっては難しいかも知れぬがそれなら何の問題もない。
気配は既に立ち消えている。何処に向かったのかは見当もつかぬ。
嗅覚で血の跡を辿ろうともしたが、自分のも含めた多量の血臭で判別が付かない。
結局は
伊達政宗の追撃は打ち切らざるを得なかった。
ならばただ彷徨うだけしか出来ぬか。歩みを再会しようとした所に、小さな音を捉えた。
耳を澄ませる。音は、水のせせらぎだ。
そういえば、闘技場の近くに川があったか。確か、あの武者はそこの橋から此処に来たようだっだ。
黒衣の男も、異形の少女もそこから来たのだろう。ならば、「4人目」がいてもおかしくはあるまい。
行き先は決まった。どの道他に当てもない。ならば一番可能性があるものを目指すだけ。
橋を上手く渡れるかは疑問だが、朽ちかけたこの身でも河に落ちた程度では死にはすまい。
大英雄ヘラクレス、否、狂戦士バーサーカー。これより十三度目の難行、まかり通る。
◇――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
無人の車庫の中で俺と式、でもって五飛は身を隠していた。
3人がかりでも劣勢に陥るほどの難敵
織田信長との撤退戦を成功させ完全に振り切ったものの、
全員の疲労は次の行動に移る気力を著しく阻害した。
特に式の消費は結構デカイ。変な力があったり動きも俺達と大差ないけど
それでも体付きは華奢な方だ。実戦慣れしていないとでもいうか。まああくまで俺達に比べたらだけど。
肉体的な損傷がないのがせめてもの幸いだ。体力なら一時もかければ元に戻るが傷はすぐには治らないのだから。
そうして動くのに問題ないところまで回復した時には、既に時計は3時をとうに越えていた。
「で、これからどうするのだ」
これからの方針を決めるため、五飛が話を切り出す。
自分達が戻る予定だった【D-6駅】はとうに立ち入り禁止エリアになり、あそこにいた
真田幸村、
セイバーはもういない。
残った
枢木スザクと
阿良々木暦も行方知れず。合流したい相手とは離れ離れになってしまった。
「もうちょいスザク達を探すさ。それでも見つからないなら、【象の像】に行く。
お前がサーシェスって奴から聞いた通りならそこで会えるだろ。……生きてたならな」
五飛が会ったサーシェスという男を通して伝えられたゼクスのプラン。第三回放送頃に【象の像】に集まる。
それを聞いていると思われる
一方通行が駅の襲撃に先んじてスザク達と合流できていればそこを目指すだろう。
それ以外にもゼクスが他の参加者へと呼びかけているのなら、多くの参加者が集まるはずだ。
そこから話を聞けば生死も含めて色々ハッキリするだろう。
疑念を込めた声で五飛は訊ねる。その問いに、僅かに考える。
ゼクス・マーキス。OZの将校にして屈指のエースパイロット。
ガンダムパイロットである自分たちとも因縁のある相手だ。
しかし奴個人の人となりを知っているわけではないものの、
罠に嵌めて人を貶めるような卑怯な真似をしないだろうということには見当がついた。
「……ま、大丈夫じゃないの。少なくとも赤の他人よりゃマシだろ」
気を許すまではいかないがそれなりに信用はしてもいい。だが信頼は出来ない。
これが俺の見解だ。
「フン、まあいい。どの道人が集まるというのなら合流してもいいだろう。
そこを狙ってくる奴もいるだろうからな」
意外にあっさりと五飛は承諾する。気になる言葉を付け加えながら。
「……やっぱそういう奴も出てくるかね」
出会った参加者に声をかけながら一箇所に集まる。
信長みたいなトンデモ野郎に対抗するにしろ、主催とかを倒すにしろ、
この会場の脱出の手を探すにしろ、確かにこの手段は有効だろう。
だがその中に、己を偽ってる奴がいるなら話は別だ。
俺達が全員集まったところにロケットやらぶち込んでドカン、なんてのは十分考えられる。
「集団に紛れ込んで内から崩す。姑息な奴の考えそうな手だ。こんな狭い場所でも1人や2人位は出てくるだろう。
あのサーシェスという男もそうだ。俺達を置いてあっさりと逃げ出したことといい、信用ならん」
戦いの時の激しい感情はなりを潜め冷静に分析する五飛。
そういえばこいつ、俺達4人が嵌められた罠にも1人だけ気付いてたな。
直情そうに見えて、大局的な見方も出来る奴だ。
……ん?姑息な奴?
「ちょっと待て五飛、ひょっとして今の発言は俺に言ったものなんですか?」
パイロットでもあり破壊工作もこなす俺達にとっちゃ潜入捜査なんてのは日常茶飯事だ。
さりげなく、コイツ俺のこと馬鹿にしてるよな!?
「フン、事実を言ったまでだ。俺は何であろうと正面から叩き切る」
「おまっ……!俺達は破壊工作やってナンボだろ!だいたいお前だって軍服着てるじゃねえか!
それどこの軍だ!?」
思わず叫ぶ。いやまあ姑息言われるのは別に大したことじゃないんだがな。
コロニーの為になら卑怯と呼ばれようと結構だ。死神なんて異名も持ってるしな。
叫んだのは、まあ条件反射みたいなもんだ。
だからこれでアッサリ話を切ろうとしたんだが、何故か五飛は変な顔して固まってやがる。
「何を言っているデュオ。俺がマリーメイア軍に入ってるのは知ってるはずだ」
「マリーメイア?なんだよそりゃ、聞いたことないぜ?」
俺たちゃスパイの側面も持ってる。だから大抵の秘密組織やら結社やらは知っている。OZもその一つだしな。
だがマリーメイアなんて組織名は俺の耳にはまったく覚えのない言葉だった。
「……それは、本気か」
「そうだって言ってんだろ!お前こそ何言ってんだ?」
何だ。何かがおかしい。俺と五飛の間に決定的なズレを感じる。それは五飛も同じようだ。
まるで他の参加者、世界が違う奴と話してるような…………
そこに来てふと、本当に唐突に突拍子もない考えが浮かんだ。
今までの自分なら無視か笑い飛ばす、だが今なら少し考える程度には現実味を帯びた解答。
「……五飛、お前がここに呼ばれる前にいた時何年だった」
それを聞いて五飛は、俺と同じ考えに至ったのか、神妙な面持ちで答える。
「……A.C.196だ」
「そうかい、俺にとっちゃ1年先なんだがね……くそ、つまりはそういうことか」
この場に呼び出された時代が違う。俺にとっての未来が、五飛にとっては過去になってるてことか。
時間軸が違うってやつか。まるで信じられねえが嘘を言ってないならそうなる。
「……まあいいさ。一年経っても五飛さんはお変わりないようだしな」
そうだ。時代が違うとかそんなのは正直どうでもいい。ていうかそんな事いわれても全然分かんねえしな。
重要なのは目の前の
張五飛信用に値するかって事だ。
で、これまで見て話して一緒に戦ったコイツは張五飛に違いないって断言できる。
そもそも今の今まで違和感に気付かなかった位なんだ、これ以降も問題になる気はしなかった。
「……いいだろう、この件に関しては今は保留にしておいてやる」
そう言ってペットボトルの水を飲み干しデイパックへと戻す。やれやれ、ようやく1区切りか。
「よっし、そんじゃ行動再開といきますか。式、もう行けるか?」
そういえば、とさっきからずっと黙っているもう1人に声をかける。
「いいよ。別にこんだけ時間かけなくても良かったんだけどな……で、探すって何処行く気だ?」
サイドカーにもたれた和服の少女は気だるく返事をする。
「……さしあたっては、あそこだな」
ここからでも見える巨大な建造物に指をさす。名前は政庁だ。
「ああ、そういえば政庁に行くとか言ってたな」
そこはスザクが向かうといっていた場所、生きていれば安全から再び来ていてもおかしくはない。
スザクがいなくても他の参加者がいる可能性も高いだろう。
「行き先は決まったな、行くぞ」
言うや否やさっさとバイクに乗り込む五飛。俺も後ろに乗ってエンジンをふかす。
さて、何が待ってるやらね。鬼にはさっき出遭ったし、次は蛇でも出ますかね。
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バイクを入り口前に置き、3人は政庁の入り口に進む。中は広く、冷えた空気で沈んでいる。
「小規模だが戦闘の跡がある。誰かしらがいたことは間違いないようだな」
壁とソファの銃創に目をやる五飛。だが死体も血の跡もなく沈みきった空気から戦闘が起こったのは随分前だと分かる。
「上の方なら誰かいるかね……っても結構広いな」
周囲の警戒を忘れず、デュオはエレベーターの傍にある地図を見る。
最上階は7階。屋上も含めれば全て調べるのは骨がかかる。
「放送でも流せばいいんじゃないか?誰かいるなら引っかかるだろ」
エレベーターの手前で式が答える。確かにこういう大きな公用の建物なら館内に放送を伝える部屋があるはずだ。
使えれば建物全体に声をかけられるし、外部に知られることもない。
「なるほどね」
そうして地図から目当ての部屋を探す。4階のフロアに「放送室」とこれみよがしに書かれている。
行き先は決まった。なら早いとこ進むか。エレベーターのボタンを押しドアが開くのを待ってる間に
「……誰かいるのですか?」
デュオの知らない声が階段のある通路から聞こえてきた。
◇――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ルルーシュさーん、こっちは準備できましたよー」
「よし、ひとまずこんな所か」
憂との共同作業でルルーシュは政庁内の罠の構築を終えた。
憂と2人だけではでは作業に手間も時間も掛かりすぎるため仕掛けたのはまず要所となる部分のみだ。
誰もが入る正面玄関、上に登るための階段、必ず人が近づく場所に侵入者へのトラップを張る。
罠の内容は1階には盗聴器、各階の狭い通路に風呂用洗剤、薬品等を調合して精製したガス装置を配置、
致死レベルには至らないが眼と鼻に強い刺激を与え、吸い過ぎれば器官系にも影響がある。
その他残りのサクラダイト爆弾やスプレー缶を使った簡易爆弾等諸々。
そうして相手を逃げ場のない袋小路に追い立てたところで揚陸艇のミサイルを発射し一網打尽にする。
基本的な迎撃態勢はこんなところだ。大抵の人間相手であればこれで一網打尽に出来るだろう。
人間であるならば。
脱出経路も確保済みだ。こういった大きな公用施設には非常用の階段と出口が備えられているのが常だ。
出口も正面玄関の真後ろの位置。ここなら桃子も気取られることなく自分達と離れて追跡できるだろう。
あとは侵入者を待つのみだが……そう思案してた所に待ってましたという様に通信機から声が届いた。
『―――ルルさん、早速来たっすよ』
屋上に張り付かせた桃子から連絡が入る。
「そうか。丁度いい、こっちも仕込みが済んだ所だ。何人だ?」
『3人っすね。バイクに乗ってるっす。おさげと軍服着た男の人2人と、和服の女の子っすね』
阿良々木暦とセイバーより伝え聞いた情報に一致する人物だ。
2人共一応殺し合いには乗ってないと目される人物。何とも分かりやすい特徴を持ってくれたものだ。
軍服の男は思い当たらないが行動を共にしてる以上、2人とはある程度協調しているはずだ。
『そうみたいっすね。合流するんですか?』
「そうだな、まずは会話を盗み聞いて様子を窺ってからコンタクトを取る。
桃子は監視を続けてくれ」
1階の盗聴器を使えば会話は筒抜けだ。そこから危険度を性格に推し量り、安全だと思えれば接触する。
1階にも侵入者撃退用の仕掛けが施してある。万が一に備えるべきだろう。
「そういうことだ憂、状況によるが奴らとは接触する。気を引き締めろ……というのは変だな。
いつも通りでいろ」
「はーい」
明るく、だが儚げに返事を返す憂の前で、ルルーシュは盗聴器の受信機のイヤホンを耳にはめた。
………………
…………
……
会話を聞いた結果、3人は問題なし、と断定できた。
館内放送を使って人を探そうとしている所から危険に成り得る可能性は低い。
「……良し、接触するぞ。憂、『ケースA』だ」
「はい。ええと、私とルルーシュさんで集団に溶け込んで阿良々木さんの悪口を言えばいいんですね?」
暫定だが、『ケースA』のプランを取るのがベストだ。
人的に問題のない集団に入り込み、ギアスとモモを利用して都合の良いように操る。
その策の一環として阿良々木暦の悪評を振りまく。
阿良々木本人の言によれば両儀式とデュオ・マックスウェルが出遭い、行動を共にした時間は1時間足らず。
その程度の時間で阿良々木の内面を知り尽くすことは出来まい。
信じ込ませる必要はない。疑心を持たせることが重要なのだ。
「ああ、だが必要以上に捲し立てるなよ。あくまで俺たちは被害者という立場を装うんだ。
それとあまり暴言を使うのも控えろ、殺すとか死ねとかな」
しかし悪口を言う、という可愛らしい表現に思わず苦笑しながらも指示を続ける。
「阿良々木に襲われたのは俺ということにしておこう。分かりやすい証拠もある事だしな」
懸念されることは憂の阿良々木への感情だ。明確な殺意―――それ以上の何かもあるような気がするが―――
を抱いていてはむしろこちらが疑われるだろう。
それならば自分が率先して話すのが確実だ。右腕をさすりながらそう告げる。
「…んー……」
「そう気を悪くするな。ちゃんと阿良々木の止めはお前にやらせてやる。
だからそれまで―――俺を裏切るなよ」
不満そうに口を膨らませる憂に抵抗不可の言葉をかける。
瞳に鳥のような赤の紋様を写して。
「―――はい」
従順に、その言葉に頷く。これで途中でボロを出す心配もないだろう。
だが屋上での会議での反応といい、そろそろ無理が祟っているのかもしれない。
定期的に確認しておいた方が良いか……そう思案したルルーシュの目に映る光景が、透明なものになった。
(ん――――――?)
錯覚かと思い目をこする。だが景色の透過感は変わらない。
いや、透明になってるのは景色ではない。目の前の、思いを奪われた少女だ。
(憂の色が―――?いや、違う。色が消えたんじゃない。だが俺が憂を透明に見ている……?)
視覚に変化はない。色盲になったわけではない。
なのにこのメイド服の少女に対してどうしても「透明色」―――虚ろな印象を拭えない。
それの原因らしきものに思い当たりは―――あった。
(……これがおもし蟹の怪異、「思い」を奪う力か―――?)
桃子と同盟を結び、憂と合流した際に行き遭った怪異―――おもし蟹。
思い蟹/重し蟹/思いし蟹/重石蟹/思い神/重し神/思いし神/重石神。
呼び名は様々。それだけ多くの箇所に“ソレ”は居たのだと名の数が語っている。
意志はなく、生物であるかも怪しい、ただ願いに応えてその人の抱く最も重く苦しい「思い」を体重と一緒に奪う世界より零れ落ちたシステム。
それの持つ怪異の力をルルーシュは奪った。神に等しい集合無意識すら従わせた絶対尊守、ギアスの力で。
その後体に変化はみられずルルーシュ自身も忘れかけていたその力は、もともと人が扱うには不向きだったのか、
数時間の時を経てここに顕現した。
(発動した切欠は……ギアスか。俺にとって異能の行使とはギアスの行使、
それに引きずられ無意識に力を使ったということか。
色という形で顕れたのは、俺にとってそれが一番理解しやすい表現だから。
憂の思いは断ち切られてるから色なし、つまり透明に見えたとすれば一応の辻褄は合うか)
人間とは、無意識に肉体、脳に最も負荷のかからない行動、解釈を行うものらしい。
危険が減るなら、それに越したことはないのだ。
実際におもし蟹が「思い」を視覚で捉えていたか等は判別しようもないが、
今力を預かっているルルーシュという個人にとっては、「思い」を「色」として視ることが
負担の少ない運用法なのだろう。
ルルーシュには知る由もないが、「死」という概念を「線」として捉える少年と少女のように。
(っっ……だがこれは……長い間は無理だな……)
「色」を意識してる間、脳に鈍い痛みを覚える。
丁度おもし蟹にギアスをかけた時と同様の頭痛が断続的に続く。
人の脳に思いを視る機能などないが故の弊害か、それとも力を奪われた蟹の呪いによるものか。
いずれにせよ長期間の使用は厳禁ということだけは理解出来た。
そうなると問題だ。こんな痛みが不意に襲ってくるようでは冷静な思考など出来るはずがない。
早急な制御が必要だ。
(ギアスによって引き起こされたというなら、常にギアスと同時に発動してしまうのか?
いや、もともと別種の力だ。思いを視る力を俺の脳がギアスと錯覚してるに過ぎない。なら―――)
「ルルーシュさん?」
「っいや済まない。早く向かおう」
動きを見せないルルーシュに不安がった憂の言葉に現実に引き戻される。ちなみにこの考察の間、僅か2秒。
改めて憂の顔を見やる。
儚げな雰囲気こそ消えぬが、もう靄のような透明感は感じない。
(とりあえず治まったか……強く意識するかギアスの発動で視えるようになるといったところか。
どうにかして上手く使い分けたいものだな……)
今のところは後回しにしても問題なしとして、1階の階段へと足をかける。
あらかじめ頭に用意した対話のパターンを復習しつつ、心の片隅でこの力の使い道を思案する。
正直なところ、それほど有効な力とはいえない。
使用法といえば相手の強い思い、大まかな行動指針を予測できるくらいだが、
頭痛のリスクを考えるとギアス以上に多用できるものではない。
もしかしたら「思い」を奪うことも可能かもしれないがその方法が分からない。
1度も実験を行わずぶっつけ本番では不安要素が多過ぎる。
だがどれだけ粗末な手段だろうとそれを致命的な武器として活用するのが真の知将である。
本来人間などナイフ1本、銃弾1発で死ぬ。要は使いようだ。
限定的とはいえ人の思いを覗く力、確かなタイミングで使えば危機を脱する手段になり得る。
人の思考を読み取るギアスを持つマオはギアスを制御できず精神が脆弱となった。
そうならないように制御法を確立させておくのが先決だ。
(新しく手にしたカードは4枚、内1枚は捨てが効かぬが組み合わせ次第では強力なハンドとなる。
残りの3枚は手元に残す価値があるか、じっくりと検証させてもらおうか)
不安要素は多く、だがその歩みに戸惑いはなく少年は進む。
その姿が
正義の味方か悪の大魔王かは、傍から定めることは出来ぬまま。
◇―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……そっか。セイバーはここで死んだのか」
静かに、だが苦々しく表情を歪ませるデュオ。その顔に写るのは後悔か、無念か。
既に死の知らせは聞いていたのでショックは少なかったがそれでもやり切れない思いが胸中に渦巻いていた。
「ええ……俺達を助けるためにあの魔術師と相討ちに……。
彼女がいなければ俺たちも今頃生きてはいなかったでしょう……」
どこかの学園の制服らしき黒服を纏い、俯き加減で騎士の最後を語りだすのは
ルルーシュ・ランペルージ。
デュオ達と合流の取り決めをしていた枢木スザクの探し人の1人だ。
エレベーターに乗り込もうとした所で突然声をかけられ咄嗟に銃を構え、
式と五飛も臨戦態勢に入ったところに現れたのがこの2人だった。
2人共この殺し合いには乗っておらず、自分と同じように殺し合いに賛同しない者達を待っていたという。
1瞬迷ったものの、男女共に丸腰で、男の方は右腕を布でぶら下げていることから
戦闘力はないものと判断して、こうして情報交換をするに至る。
ルルーシュと憂はこの殺し合いが始まった直後から知り合い、他に危険な参加者と出会うこともなくここまで来て正午前に阿良々木暦とセイバーに遭遇。
行動を共にすることになった矢先、主催者の一味を名乗る男から襲撃を受け仲間を失い、この場に留まり続けていたという。
「死んだ奴のことは今はいい。それよりその阿良々木とかいう男は殺し合いに乗っているんだな?」
ぶっきらぼうに話を進める五飛。
言い方こそ乱暴とはいえ既に消えた敵よりまだ残る敵に目を向けるのは戦術としては正しいものだ。
「ルルーシュ、だったっけか、本当にアンタを襲ったのは阿良々木なのか?」
少し苛立つような口調でルルーシュに問いかけるデュオ。
それは出来れば間違いであって欲しい、懇願にも近かだった。
「……ええ、確かです。本人はそう名乗りましたし貴方達から聞いた特徴とも一致します」
ルルーシュの右腕の負傷は阿々々木からの暴行から受けたものだという。
セイバーと荒耶が相討ちになった直後に襲いかかり右腕を折られ、持っていた銃で命からがらに追い出せたという。
デュオにとっては俄かには信じられない話だ。出遭って大した話などしてないが
それでも阿良々木暦が人畜無害な―――本人がいたら「薄くて軽い」答えるだろう―――人間以外の印象は感じなかった。
はじめから仮面を被り己を偽っていたのか、平穏な日常から突如として殺し合いを強制されたという状況に精神が摩耗したのか。
それとも―――この2人の方が偽っているのか。
ルルーシュの傍にいるもう1人、何故かゴシックロリータな服に身を包んだあどけない少女、
平沢憂を見る。
阿良々木の言うところによれば彼女はここにいる姉の為に襲われ、阿良々木も一度襲われた身であるという。
だがこうして目の前で直に見ても、平沢憂からは人を襲おうとする気概は感じられない。
見ての通り(?)戦いの経験などない彼女が殺気を殺す術を備えているものか。
加えて上手く言い難い、どこか浮いているような感じを覚える。
進んで殺すどころか、殺し合いの場にいるという自覚すらないのではないかという程だ。
結果デュオ1人ではその真偽を計ることが出来なかった。
「っそ……マジかよ。なあ式、お前はどう思う?」
自分以外の意見も聞きたくなり、同じく阿良々木と会っている式へと話を振ってみた。
「……別に、会った時には誰を殺そうみたいな感じには見えなかったな。
―――けどあいつの死は、普通の人間よりも少しだけ見えづらかった。
殺し合いに乗ったかどうかはどうあれ完全に人畜無害ってわけじゃないのは確かじゃないかな」
どこか上の空で、和洋折衷の大和撫子は興味なさげに答えた。
式の持つ直死の魔眼は保持者たる本人が理解できるものなら有機無機、概念すらも「殺す」
ことを可能とする。
だが逆に保持者が理解できないもの―――この場合は人間である式に理解できないものには
死の「線」が視えない、もしくは視えづらくなる。
例えば条理の生命から外れた血を吸う鬼のように。
かつて相対した二百年もの時を不朽に生き人の枠を飛び越えた魔術師のように。
滅多にそういうものに会う機会はない式であるが、吸血鬼もどき―――
阿良々木暦を視た時の僅かな違和感は忘れなかった。
「……そーですかい、弁護人はなしですか」
どうやらこの場で阿良々木暦の疑念を払拭する手段はないようだ。
ならばこれは直接会って白黒つけるしかあるまい。
「さて、そうなるとこれからどうするか……アンタらはどうする?」
これからの動きを決める中で、新しく出遭ったこの2人組の意見も聞いておきたい。
「……できれば、一緒に同行させてもらえないでしょうか。2人だけではもう限界だし、
貴方達といることがスザクと会える近道だと思うので」
告げられたのは同行の申し出。これはデュオには想定内だ。
ずっと連れていくのは信長の様な規格外を相手にする場合もあるから遠慮したいが、
【象の像】へと連れて行けば目的のスザクがいなかったとしても、それなりの人数が集まるはずだ。
ここからだと結構な道のりになるが何とかなるだろう。
ただルルーシュが【闘技場】で起こってた戦闘というのが気がかりだが。
もう戦いは終わったということだがそれはつまりどちらかが残っているということだ。
これもまたルルーシュから
秋山澪という平沢憂の友人を介抱してた所から見境なく殺す側ではないらしい。
残った方の名前は、鎧姿や隻眼から伊達政宗と推測されるとのこと。
真田幸村が言ってた戦国武将の1人。こちらにとっても味方となれる人材だ。
ならば早く合流するほどこちらにとっても有利、そう決めて申し出を承諾しようとした。
だがデュオにとって予想外だったのは、
「待て」
ここに空気が読めてるんだか読めてないんだか分からない正義バカがいたことだった。
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最終更新:2010年04月16日 20:16