HERO SAGA 『大戦』 ◆0zvBiGoI0k
◇―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
誰もいない夕焼け空、政庁屋上に
東横桃子はいた。
いつもなら綺麗っすねー、と感動していただろう朱色も、今じゃ不気味な血の色にしか見えない。
監視を始めてどれ位経つか、さすがに疲労や飽きが溜まってきたが投げ出す気はない。
一応任された役目だし、気を抜く隙なんて持つ余裕もなかった。
ルルーシュからの途中連絡によるとここに来た3人組は仲間に組み込めそうとのことらしい。
それも3人共戦闘慣れしているらしい。心なしか嬉しそうな声でルルーシュが話していた。
―――桃子には「計画通り」みたいなとんでもなく悪い顔をしてるとしか思えなかったが。
それから暫くここに留まり態勢を整えると言ったきり応答はなし。まだまだここで見張ってる役目は終わらなそうだ。
するとずっと注視してた闘技場に変化が生じた。正しくは、闘技場の少し南当たりだ。
憶えたズーム機能を駆使して見てみると、トンでもなくデカイ、
もう人って呼んでいいのか疑わしい巨人が辺りの民家や道路をやたらめったらに壊していた。
(
バーサーカーってのっすよね……うわぁ、まんまじゃないっすか……)
【おくりびと】から顔と名前は割れておりすぐにそれと分かったが、
狂戦士という名前通りの暴れっぷりに桃子も戦慄する。
(アレと戦うことになるのは……正直遠慮したいっすね)
相手は見るからに理性がない。ステルスだからといって油断してたら見境なく暴れた流れ玉でアッサリk.oされてしまいそうだ。
そのバーサーカーに向かってくる人物が見えた。蒼い甲冑に指に六本も刀をはめる奇抜な構え、
さっき闘技場で闘っていた
伊達政宗だった。
(あんだけやった後なのにまだやる気なんすか?勇猛果敢っていうか、命知らずっていうか……)
明智光秀との激闘はここから見ている。目にも写らぬ速さで動いてたから何が何だか分からなかったが
とにかく凄い、ということは分かっていた。
あれだけの闘いをしてまるで無傷、なんてことはないはずだ。それなりの消耗をしてるはず。
だというのに大した時間もかけずにまた闘いに向かっていった。
戦国武将なんていう位だから戦ってナンボ、ということなのだろうか。
ちょっと視線を下げてみると橋の方から誰かがやって来る。1人はこちらが一方的に確認してた
平沢唯さん、
2人目は綺麗な黒髪の少女、憂がいってた
秋山澪だろうか。両頬についてる傷が、生々しい。
そして3人目は……
福路美穂子。自分と同じ世界から来た神懸かり的な洞察力を持つ打ち手。
けれど……その左腕は別のものになっていた。びっしりと毛に覆われ、そこだけ縮尺が間違ってるように膨れ上がってる。
それが何なのかはまるで分からないけど、多分、長くないなと漠然に思った。
最期にタキシードに帽子というカウボーイみたいな男の人がいたが、
橋の前でそのまま澪がやってきた方向へと突っ走って行きそのまま伊達政宗と合流してあの化け物と闘いに参戦した。
そうこうしてる間に3人は政庁の前までやって来る。馬にのってる分あっという間に来てしまった。
通信機に手をかける。応答なし。
(ああ、もう何やってんすかルルさん!3人ともソコ入っちゃいますよー!)
そんな心の叫びが通じたのか、なにやら3人が揉み合いをしてる。
そして美穂子1人が馬に乗って橋の方へ駆けて行った。
けど、願いもそこまで。唯と澪の2人は政庁の中へと消えていった。
(大丈夫っすかね……唯ちゃんも来ちゃったし、憂ちゃんがどうなるか……)
桃子もまた、憂と唯が遭遇することに危惧を抱いていた。
理由はルルーシュと違って曖昧なものだったが憂が何か危ういものを持っているということには薄々勘付いていた。
とにかくこうなってはあとはルルーシュに任せるしかない。
腕力はないけど口は物凄く回るからどうにか出来るだろう。してもらわなければ困る。
そう決めて双眼鏡を闘技場南に戻す。闘いは美穂子を加えた3対1となっていた。
鉛色の巨人はまるで退く姿勢を見せない。むしろ一斉に向かってくる3人を迎え撃つ構えだ。
そうして―――決着の音が鳴った。
光が満ち、風が轟を上げる。
「ひゃあっ!?」
衝撃の余波に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。余波といってもちょっと強いそよ風程度でしかないのだが、
絶妙な角度で以て桃子のタイトなスカートをめくり上げる。
双眼鏡を放りそうになりながらスカートを押さえる。
周りに誰もいないし、いたとしても気にも留めないだろうがそれでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
(スカートの)安全を確認して再び双眼鏡を向ける。戦闘の跡地にいるのは、タキシードの人1人。
……既に、息絶える直前だ。
近くに美穂子が伊達政宗を背負って走っている。とりあえず無事らしい。安堵と、残念な感情が芽生える。
残った腕を伸ばしていたタキシードの人が手を落とした瞬間、背後から大爆発が聞こえた。
慌てて後ろを振り返ると、【A-7】の辺りから大きな煙が立っている。
(今度は何すか!?何かが落ちてきた……というより外で何かが爆発したって感じっすね……ん?「外」?
何処の?ならここは何かの「中」ってことっすか?)
疑問が浮かぶ桃子。だが今の時点でその意味を測ることは出来そうもない。
ひとまずこの件は保留にして、戦闘跡地に目を改めて向ける。そこにいるのは男1人。
ただしタキシードは着て折らず、一糸纏わぬ裸体の大男であった。
右の肩から先が失く、目も裂かれているというのにまだ足らぬのか、狂戦士は歩きだす。
(あれ?タキシードの人は……)
見えなくなった姿を探そうと倍率を上げると、地面にナニかの破片が散らばってるのに気付いた。
周囲には夥しい血が振り撒かれていて、その出所は巨人の口の中……
(……イヤまさか……いくらなんでもそれは…………うん、それはない。ないったらないっす!)
自分の目を離した隙に何があったのか、やがて桃子は考えるのをやめた。
さっきからドギマギしっぱなしの桃子は、だがまだ驚愕の展開は終わってはいないことを知った。
「え……嘘、こっちに向かってる……っっ!?」
今までの怒涛の展開で最大級の事態だ。目も見えないというのに危なげに橋を渡り終え、
周りの民家にぶつかっても気にも留めず砕きながら直進して来る。
「まずい……これはホントにまずいっすよ……っ!」
イヤホンを思いっきり握りしめながら小さく絶叫する。これで出なかったら末代まで祟ってやる
と半ば本気で考えてた所に
『―――桃子、聞こえるか?』
待ちに待った声が届いた。
「ルルさん遅いっ!何やってたんすか!!』
唯一の取り柄のステルスもこの時ばかりは忘れて思わず叫んでしまう。それ位桃子の心情は穏やかでなかった。
『っっ!!静かにしろ桃子、そんなのではすぐに見つかるぞ』
そこまで言われてようやく自分の不用意さに気付き、気を落ち着ける。
『済まないな桃子。だが文句を聞いてる暇はない。一応当面の問題は片付いた、これから―――』
「それどころじゃないっす!来てるんすよ!」
落ち着いて放す様は、状況を知らないとはいえ桃子の精神を苛立たせる。
声を荒げるのを抑えつつ、目の前、ではなく直下に迫る脅威をいち早く知らせたい。
『……何がだ』
ルルーシュもようやく尋常ならざる様子と気付き声を鋭くさせる。
「バーサーカーっす!メチャクチャな動きでこっちに向かってるっすよっ!!
はやく伝えようとしたのにいつまでも連絡しないから―――」
まだまだ文句を言おうとしたのに途中で切られる。
対象は既に突入直前。やがて来る衝撃に備えようと地面に座って、
瞬間、世界が震撼した。
「……………………っっっ!!!」
直下型の大地震は上下に左右に桃子の体を揺らす。
このまま崩れてしまうのではないかと思い、それがあながち空想でないと理解してしまっているから
恐怖が増して襲い掛かってくる。
足が、いや足場がすくんで立つこともままならない。そんな幾度も続く揺れの中で、
『無事か!桃子っ!』
救いの声が伝わった。
『聞け、プラン通りこの建物を爆破する。階段を降りて右に非常用の通路がある。そこを使ってここを出たら俺に教えろ。
その後指示を与える!』
イヤホン越しに部屋の崩れる音と人でない咆哮が伝わってくる中、
それでも冷静に戦略を伝えるルルーシュに頼もしさと恐ろしさが入り混じったものを感じる。
「指示って……ルルさんは大丈夫なんすか!?」
つい、そんなことを口にしてしまう。別にルルーシュが心配なわけではない。
彼とはいずれ敵対し合うかもしれない関係だ。それならここで死んでしまっても問題ないし、
むしろ有難いのではないか。
自分に必要なのは
加治木ゆみただ1人。それ以外は何もいらない。それは確かなことだ。
今も今後もルルーシュに対して特別な感情を抱くことは間違いなくないといえる。
けれど―――誰かに働きを、自分の存在を認めてくれていることには、少しだけ感謝したい気持ちはあった。
『フフッ―――何だ、心配してくれるのか?
大丈夫だ、俺は死なないさ』
紛れもない地獄の中にいて、ルルーシュは不適に笑う。
地獄など、もう見慣れたというように。
通信が切れ、1人取り残される桃子。急いで荷物をまとめ屋上の階段を駆け下りていく。
感情の行き先は後回しだ。今は生きて、迫る脅威を打ち払うのが何よりも優先すべき事態。
己の目的を果たすため。
(けどそのセリフ……完全に死亡フラグっすよルルさん)
interlude out……
◇―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うおぉぉっ!!?」
2人分の叫びが重なった声を聞くや否や、崩壊を起こす正面玄関。
瓦礫の破片から出てきた鉛色の巨人がデュオの視界に飛び込んできた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!」
嘶く咆哮、半死半生とは思えぬ叫びで己の参戦を表明する。
河に落ちずに橋を渡れたのは僥倖という他ない。
単に水の音を聞きつけ歩いていただけというのに丁度その道筋が橋の中央に辿り着けたのだ。
それでも何度か道を踏み外し、その度に橋に亀裂を生み出してようやく渡り切ったのだが。
恐らく次にあそこを渡る者はちょっとした度胸試しをさせられる羽目になるだろうが、
そんな先の知れぬことなど狂戦士が気に留めるわけがない。
街の中―――といっても眼が見えぬ中区別などつかないのだが―――も民家に体をぶつけ、
瓦礫の山を作りながら幽鬼のように練り歩いていたところに、命の気配を嗅ぎ取った。
その瞬間バーサーカーは己の負傷を忘れた。胸に懐いた記憶を忘れた。
ただ出遭った命を食い散らかすだけの猛獣に身を落とした。
何の概念も脚色もされてないKONKURI如きに
狂戦士の歩み、否、走りを止められる道理などない。
残った嗅覚と直感をたよりに驀進を続けるバーサーカー。理性なき身、
ましてや眼が利かぬ状態であれば終着駅が巨大な罠と化した建造物など予想しようもないことだ。
そして―――激突。ただし砕けたのはガラスとコンクリートのみ。
見る影もなく傷ついたとはいえ鋼の肉体には破片一つも刺さらない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!」
再び吼える。それは攻撃の宣言。もはや片方のみとなった豪腕は、軍配斧を掴み振り上げ―――
自分を見つめている亜麻色の髪の少女へと振り下ろした。
バーサーカーが唯を狙った理由などなんのことはない。ただ近かったからだ。
誰であろうとそこに命があるならそこに剣を振り下ろすだけだ。
力のない少女だろうと手の力に緩みなど起こり得ない。
そうしてまたひとつ、狂戦士は命を潰す
―――直前、軌道を斜めに変える。
そこから向かってくる、己の「死」を回避するため。
地面が抉れる。衝撃で散った瓦礫さえ散弾のような威力。その中心たる斧の一撃の前には
人間など軽く裂きイカに成り果てる。
だがそこに倒れているべき死体はなく、カタナを持つ少女は優雅に立つ。
狂戦士をして死を覚えさせる気配を引き連れて、
両儀式は立っていた。
「……式?」
一瞬、別人だと思った。
目の前の少女をデュオは両儀式だと認識できなかった。
顔も服も同じだというのに、はじめて見たかのような錯覚に陥っていた。
……それとも、これが「両儀式」なのだろうか。今まで自分が見てきた少女は空の器で、
今ここにいるのが本当の……
(って!そんなこと考えてる場合じゃねえだろ俺!)
明後日の方向に飛んでいた思考を連れ戻す。小型のMS並の体躯を誇る巨人を前に1人立つ少女に加勢する為
フェイファー・ツェリザカを巨人に向け構える。
すると式は、するりと片手を刀から外し、夫婦剣の片割れを投げた。
デュオにでなく、その真逆の位置にいた五飛に。
「それ返すぜ。もうオレにはいらないからな」
声を発したのは紛れもなく式だった。違和感は消え去り、さっきまでの無愛想な顔がそこにはあった。
「お前らも下がっとけ。見ての通りアイツ見境なしだ。
オレが引きつけてるから、逃げるなり、横から撃つなり好きにしろ」
ぶっきらぼうにそんな、トンでもないことを口にした。
「バッ―――」
「ふざけるなよ女、俺に逃げろと命じるつもりか!」
獏耶を引き抜き双刀になった五飛が疾駆する。その後に動いた式は、
なのに五飛の遥か前に位置して怪物の前に躍り出ていた。
「デュオさん!どうにかして動きを止めてください!」
後ろでルルーシュが叫ぶ。その意図は理解できる。
さっきの話し合いで言ってた、このビルを丸ごと倒壊させて奴を倒す手段を使う気らしい。
確かにこの見るからに化物然としてる相手にはその手も使うことを考えるのが自然だが、
どうやってこれの動きを止めろと―――?
「ああもうッ!どいつもこいつも人の話を聞かねえなあ!!」
絶叫もそこそこに、デュオもまた激闘の渦中に飛び込んでいった。
▽―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
わたしがその影を見たとき、はじめに感じたのは恐怖じゃなかった。
恐いとは思った。あの巨人さんがとても恐い人で、わたしも澪ちゃんも憂もみんな殺そうとしていることも理解できた。
それが分からないほどわたしは鈍くはない。
けどそれでも、わたしがはじめに感じたのは恐怖じゃなかった。
巨人さんは服も着ないで寒そうで、体のあちこちに傷がついてて痛そうで、右腕がないのを見てわたしは気絶しそうになる。
目も見えないみたいでなにもないところを手に持ったうちわで叩いている。
そんな姿を見てわたしは、とてもかわいそうって最初に思っていた。
頭に流れてくるのは誰かのいつかの光景。巨人さんは色んな人と戦っていた。
巨人さんと同じくらい大きな、ロボットみたいな人とは3回も戦ってた。
そのたんびに巨人さんは傷ついて、痛がって、苦しがって、ホントに死んじゃうこともあって、
けどどんな目にあっても、巨人さんは戦うことを止めようとはしなかった。
そんな姿を見てわたしは泣きそうになる。この人は多分、ずっとひとりぼっちのままなんだろうって分かっちゃったから。
頼れる人はいない。頼ってくれる人もいない。そんなひとりぼっちの、みんなが敵の世界で巨人さんは頑張ってる。
何のためにかは分からないけど、何かのためにあんなに頑張っているんだってことは分かった。
わたしにも、頑張りたいものがあるから。
それがとっても恐くて、痛々しくて、かわいそうで、でもちょっとだけカッコイイなんて、そう思ってしまった。
こんなことは考えちゃいけない。巨人さんはみんなを殺そうとしてる。
澪ちゃんも憂も死んでほしくないし、他のみんなも死んでほしくない。わたしだって死にたくない。
だから、わたしの中だけでわたしは思う。他のだれにも聞かれない心の中で、応援のエールを送る。
届いちゃったらだめだから、わたしの中だけでくるくる回しておく。
あの人がもう動かなくてよくなったときに、ちょっとだけ元気付けてあげるため。
…………がんばって。
▽―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「唯っ!!」
状況に追いついてないのか呆けている唯の手を引っ張って現実に引き戻す。
逡巡、近くにコンクリートの塊が地面に突き刺さった。
「なにボッっとしてるんだっ!もう少しで死ぬとこだったんだぞ!」
怒っているとも泣いているともとれる澪の悲痛な顔を見て唯も現状の危険さにようやく気付く。
「2人共逃げろ!一端外に出るんだ!」
傍でルルーシュが叫ぶ。だが「逃げる」という言葉に澪の体がビクンと跳ねる。
もう逃げないと決めた。戦うと覚悟した。けど目の前の化け物はどう考えても規格外だ。
自分程度など敵う以前の問題だ。けどここで逃げるのは……
「逃げではない。戦略的撤退だ。仕掛けた爆弾を作動させ奴を埋葬する。
俺たちが速く逃げ切るほど勝利の確率は上昇する!」
澪の怯えと意地の相克を知ってかルルーシュが作戦の概要を伝える。
その言葉を聞き、澪も唯の手を掴んだまま既に大きく開けた玄関跡を駆け出す。
「憂、おもし蟹を出せ!俺も乗る!」
「は、はい!」
取り乱しつつも唯よりは冷静に動けた憂はデイパックに手を突っ込む。
そこから明らかに色々と無茶のある大きさの蟹の神が姿を現す。
憂の手に握られた神獣すら律する手綱に従い、主の憂と、その領主たるルーシュが搭乗する。
「わあ、すごい!でっかいカニだっ!」
「唯、だから状況見ろって!!」
……この期に及んでまだ的外れな意見を飛ばす唯をルルーシュはあえて無視する。
ここまでくると呆れより賞賛したくなる気すらする。
「今は待て、だがすぐにでも動ける準備はしておけ。この距離をなるべく維持するんだ」
襲撃者との距離は約20メートル。崩れた玄関を少し越えた辺り。
離れすぎている気もするが先の
セイバーと
荒耶宗蓮との戦いから分析する以上、1足跳びで軽く10メートルは行くだろう。
これでも安心し切れないというのが空恐ろしい話だがここをギリギリの妥協点とする。
既に防護服として【歩く教会】を上に羽織っている。飛び散る瓦礫くらいなら防御できるだろう。
そして、脳内を駆け回る稲妻の速度で彼我の戦力を分析する。
まず相手の戦力。敵は1人。サーヴァントと呼ばれる奇蹟の賓(まれびと)、その中で最強と謳われし狂戦士、バーサーカー。
KMFと並ぶほどの巨体。その名の通りの狂戦士だ。
だが、見るからに万全ではない姿だ。右の腕は肩から千切れ、両目は新一文字に裂かれている。
だがそれでいて、この場にいる全ての命を刈り尽かさんとする気迫を見せる。
隻腕の一撃は事もなげに人間を破壊する。まさに一撃必殺の名に相応しい。
それでいて動きは緩慢でなくむしろ俊敏、戦うためだけに存在する怪物だ。
次にこちらの戦力。ここにはいない桃子を含めれば総勢8人。憂はおもし蟹を操り自分の足になってもらわなくてはならないし
桃子の本質はステルス、暗殺不意打ちが真骨頂だ。戦局を決める決定的な一撃以外には使えない。
平沢唯と秋山澪はその内戦力外とみなしていい。平沢唯は言わずもがな、
秋山澪はこの殺し合いを戦う覚悟を見出しており桃子のように策を渡せば新たな駒に成り得るかも知れないが
この時点では駒足りえない。憂のこともあるしいっそ馬に乗らせ闘技場へ逃がすのも手だ。
つまりこの場で戦闘に使えるのは両儀式、
デュオ・マックスウェル、
張五飛の3人のみとなる。
そしてその3人は……あの巨人相手にほぼ互角の立ち回りを見せている。
特に式の動きは身のこなしならバーサーカーに並び立つ。
これならすぐに崩される心配はなさそうだ。
最後に、対策の選択。
このままあの3人に任せていても決着がつくことはないだろう。
互角の勝負、といったがそれは深手の上三対一で相手にしながらも互角にしか持ち込めていないことを意味する。
全力と全力のぶつかり合いで互角なら、勝負は消耗戦に持ち込まれる。
明らかに人間外の存在相手に、あくまで人間の範疇である3人が粘り勝ちできる見込みは、まずない。
ならばやはり、こちらからもう一押しをかけるべきか。
ギアス―――不可。
眼が潰れていてはギアスをかけられないし、そもそも見えていたとしても理解する知能があるかが疑わしい。
桃子による奇襲―――可。
サーヴァントの1人を屠った荒耶宗蓮に有効ならばこの乱戦の中ステルスは十分に発揮するだろう。
だが見ての通り相手は理性がない。無茶苦茶に振った無軌道な一撃が隠れていた桃子に誤爆する危険もまた十分にある。
政庁爆破―――可。
もともとこの施設も対バーサーカー対策の一環として構えたもの。
支柱を崩しこの建物を奴の墓場に変える準備は済んでいる。
だがこれは拠点をあえて放棄するいわば最後の手段、使わずに済むならばそれが一番としていた。
もちろん使わざるを得ない状況なら躊躇しない。仮に今戦っている3人を押し込めたままでも起爆する気すらある。
「憂、手伝え。今の内に仕込みを行う」
デイパックから機材を取り出し片手で器用におもし蟹に仕掛けを施す。
条件はクリアしつつある。あとは最適なタイミングに賽を投入すれば勝負が決まる。
その時が来るまで、魔王は人外の戦いを睥睨した。
◇―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
剣閃が走る。見惚れるほどの美しい軌跡が少女の手で踊る。
その軌道上の全てが「死」を味わう細い黄泉路だ。通れば、それは死を意味する。
刀を持ち構えを取った時点で両儀式は別人となった。いや、人ですらなくなった。
構えによる自己暗示。ただ生き残り敵を殺すためだけの肉体に作り変える古来の侍を呼び覚ます業。
呼吸すら忘れさせ、殺すことに専心された体の動きは今までの比ではない。
その動きの主の手に握られし太刀。銘は雷切、雷鳴さえ露に消す稀代の名刀。
敵を見据えるは直死の魔眼。生きているなら、神であろうと殺す死を理解する眼。
武器と技術と能力、全てが合致した今の式にかつて根源を目指す魔術師はその望みを断たれた。
その逃れようのない死の太刀に―――狂戦士は対応し切っていた。
防御も回避も選択肢にはない、あるのは攻め、ただただ攻撃あるのみ。
式の攻撃がことごとく致命の一撃であることをバーサーカーは本能で勘付いていた。
傷だらけの肉体では、弱体化した神の加護ごと命を斬られるものと悟っていた。
だが忘れるな古き時代の業を継ぎし者よ。
この身はその古代において大英雄の名を冠し戦士、名を語れぬほど堕ちたとはいえその肉体は健在―――!
「■■■■■■■■■■■■―――!!」
攻めが最大の防御とは誰が言ったか。式の音速の斬撃を、カウンター気味の豪撃で迎え撃つ。
自らの「死」を囮に死神を誘う。
論理的なものではない。ただ自然にそうあれと叫ぶままに四肢を駆動させているに過ぎない。
その戦斧を式は回避する。だが結果、刃は狂戦士の死を突けず虚しく宙に浮いた。
式とていつまでも時間をかける気はない。全ての攻撃を必殺の意で放っているし、
痛みなどという余分な感情を排除した現在ならば腕の一本犠牲にしてでもその身に死を刻みつけようともしている。
だが迫る一撃が全て絶命を確約させるというのなら話は別だ。
体躯の関係上相討ちにすら持ち込めない。大英雄の前に必殺は必殺足りえず、悪戯に時間は過ぎていく。
そして時間が経つほどに戦況はバーサーカーに傾く。式1人の全力ではこの怪人に死を通すことはできない。
けれど敵は、式1人ではなかった。
「どこを見ている!」
無防備な背後を双剣で斬りつける五飛。担い手のない剣とはいえ宝具に数えられる神秘、
モビルスーツのみならず生身での戦闘も達人の領域を踏み越えている五飛の腕により剣筋は昇華される。
だがその剣は死を超えた神秘に守られし肌には届かない。
ここに来るより前、赤き弓兵が与えた夫婦剣により断たれた命がバーサーカーに耐性をつけていたのだ。
死角からの攻撃に対し―――だがバーサーカーは見向きもせず前の式にのみ凶刃を振るう。
「無視すんじゃねえよっ!!」
側面からデュオのフェイファー・ツェリザカが火を噴く。銃弾の行方は生の肉を曝け出す右の胸。
傷口に吸い込まれる15.24mm弾。肉が弾け、潰れ、ひしゃげる嫌な音がたつ。
文字通り傷に塩を塗る行為に対し―――だがバーサーカーは悶絶することもなく式だけを見えない目で睨みつけている。
「な―――」
「こいつ―――痛覚がないのか……っ!」
蚊帳の外に置かれた扱いに、デュオが唖然とし五飛が毒づく。
バーサーカーが標的を変えずに戦い続けているのは、これを仕留めなければ次はないと感づいているからだ。
余所からの反撃に注意を向けた隙に、この命は呆気なく刈り取られる。
だからこそあくまで式の命を優先して足を踏み出す。その傍に居る二人も侮れぬと知りながらもあえて無視し続ける。
バーサーカーの痛覚は生きている。生物にとって痛みとは危険を知らせる信号だ。
痛みが与えたものが危険だと、そのままでいると死に繋がると脳が警告を発するのだ。
……翻せば、死を恐れていなければ痛みなどどうでもいいことなのだ。
精神が肉体を凌駕したというべきか。残りの三肢と頭部、心臓さえ無事ならばどれだけ痛もうが関係ない。
傷の痛みなど、それを超える気迫と覚悟で耐えればいい。幾度も死を超えてきたバーサーカーにとって、
死など恐るるに足らぬ些事に過ぎない。
そして現状、己からそれを奪うに足る力を持つのは正面の相手だけだと肌で感じていた。
だからといってデュオ達の攻撃が無意味なわけではない。振るわれる剣はともかく、
放たれる銃弾は外皮のない肉を抉り臓器へと食い込もうとしている。
それを筋肉を硬直させ必死に耐え忍んでいるのだ。
そう、今のバーサーカーは「必死」だった。狂化している今余力を残す思考など存在していないが
奥底に眠る理性すら燃やし尽くしてでもなければこの敵達を駆逐できないと覚悟を決めているのだ。
それは燃え尽きる蝋燭の輝き。少しずつ、だが確実に大英雄はその命を削っていく。
だがそれ以上に、巨体から振るわれる暴力の塊をかわし、流し、間合いに踏み込もうと肉薄する式の消耗は激しかった。
つまり、この戦いははじめから一騎打ち。
式の体力が尽きる前ににデュオたちがバーサーカーの無抵抗な肉体を貫くか、
無抵抗の身体に受ける傷が限界を迎える前にバーサーカーが式の体を押し潰すかにかかっているのだ。
そして一騎打ちで、最強のサーヴァントたるバーサーカーが遅れを取ろう筈がない―――!
「―――――、―――、―――――――、」
そして限界は訪れる。呼吸を乱し、激しく肩を上下させる式。
「死」は視えている。触れれば殺せると直感がある。刀を手にし装備も万全だ。
けれど届かない。どれほど異能や肉体のスペックが高かろうともあくまで神秘が薄まった現代に産まれ落ちた式には、
自分より遥かに生物として格上の存在との戦闘経験が圧倒的に不足していた。
ましてや相手は数え切れぬほどの魔獣を倒したヘラクレス。経験の差は如何ともしがたかった。
ここぞとばかりに一際大きな一撃を見舞おうとするバーサーカー。これに対し、式は動きが追いつかない。
……ここで、おしまいか。
目の前に迫る死が、ゆっくりとやってくる。どうしようもない死の象徴が獲物に牙を突きたてようとする。
……これで、おしまいか。
心の中は、あいかわらずがらんどう。その空白を求めて人を殺すことに躍起になっていたのに、
今もまるで何の感慨もわかない。
―――また、あそこにもどるのか。
それは、嫌だ。死は、あんなに深くて、黒くて。あんな恐いところに堕ちていくのはもう御免だ。
……それじゃあ、いきるのか。
けれど、刃はもうわたしの頭上に落ちていく。後ろで金属が肉に弾かれる音と銃声が響いてるけどまるで止まる気配がない。
そのまま大上段からの一撃は私の脳天を―――
“―――君を、許さないからな”
雪の中。聞いたことのない、あいつの声を聞いた。
「――――――――――」
誰を許さないのか、何を許さないのか、それすらも判然としない。
それでも、その言葉を裏切ってはいけない気がして。
柄に両手をかけ、わたしは自分の体を刀へ預けた。
■―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その場で膝を突いた敵目掛けて、バーサーカーは軍配斧を振り下ろした。
確実に仕留めたはずだった。背後からの斬撃と銃撃も堪え切って狙いを外すことなく両断した筈だった。
だが2つに割れたのは人間の体ではなく、
己の手にする斧のほうだった。
……真っ直ぐに落ちてきた分、視えやすかった。
相当使い込まれてたらしい斧は線を視るまでもなくヒビだらけでアッサリと半分程の長さまで短くなっていた。
それでも対応できたのは刀を手にして余計な意識を排除したからだけど。
「式!こっちだ!」
少し遠くでデュオが叫んでいる。こっちに来い、ってことだろうか。
体はまだまともに動きそうもないのでもう少しだけ刀は離さないままにする。
「■■■■■■■■■■■■―――!!」
武器が壊れたと知るや否やその野太い脚で蹴り上げに来るバーサーカー。それを真横に飛び脱兎も追いつけぬ速さで離脱する。
退避などさせぬと逃げた獲物の気配を追う。
バーサーカーは気付かない。その先が斜陽の差す外であり、自分1人が政庁の内部に取り残されてることに。
向かうその先に待ち構える、少女の操る蟹の神に括り付けられた発射管に。
「撃て」
そして今、直撃すればKMFすら破壊するミサイルが自分めがけて発射されたことに。
英雄でも戦士でもない、ただの人間ならば誰でも分かる死を前にして、
「■■■■■■■■■■■■■■――――――!!!」
煉獄にまで響く咆哮を残し、狂戦士は爆炎の中に消えた。
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最終更新:2010年04月16日 21:59