都市伝説

00◆都市伝説


 最近世間でまことしやかに囁かれている、いわゆる都市伝説ってやつがあった。
 その名も「文字紙の招待状」。
 夜寝るときに枕の下を見て、不思議な虹色のインクで文字が書かれた「文字紙」があったらそれが招待状。
 文字紙を貰ってしまった人は、そのあと何もせずに寝てはいけないのだ。
 もし寝てしまったら、起きたときにはそこは異次元。
 まるで別の世界に飛んできたように、それはそれは不思議な空間に連れ込まれて――帰ってこれなくなる。
 のだという。

「と、言っても……参ったなあ。何もせずに寝てはいけない、とは聞いていたけど、
 何をすればこれを回避できるのか、ってのをちゃんと聞いてなかったぜ」

 さて皆様。
 たった今、オレが寝ようとしていたマイベッドの枕の下。
 例えばここに一枚の紙があって、今それをオレが見ているとする。
 それも前段で説明した都市伝説をそっくりそのままなぞったような虹色のインクで、
 書かれている文字は「○一七・紆余曲折」と読めるわけです。
 これが噂の「文字紙」である確率。果たして何パーセントくらいなんですかねえ?

「って、まあそりゃ百パーセントに決まってるよな……」

 何しろオレは部屋にカギをかけている。そしてマンションの4階だ。
 親や弟のイタズラ、空き巣の仕業とはちょっと考えにくい。
 それに、都市伝説には欠けている、どんな文字が書かれているか、っていう部分。
 ここには異世界の文字とか、呪いだとか死だとかが入るもんだと思っていた。
 実際イタズラ目的ならそういう文字を書くはずだ。
 だけど――この紙に書いてあるのは「○一七」と「紆余曲折」。
 番号札と四字熟語。
 何の脈絡のないこの文字群が逆に、イタズラならこんなことをしないという思いを深めるのだ。

「それだけじゃ、ない……この紙見てると、なんか、眠くなってくるというか……
 体力奪われてる感じ、だ。なのに目が、離せ、ない」

 古来から、文字には力が宿っているとよく言われる。
 人って手のひらに書いて飲み込むと緊張が和らいだりとか、そういうようなのから、
 姦って字を見るとなんかエロい気がしてしまうとか、まあそういうのまで含めて。
 文字の力は、あなどれない。

「――だから私たち幻想言語学者は、その力を長年に渡って解析していくことにしたのです。
 ほんとうに、長い時間を要しました。ここに至るまでの過程で死者は数知れずでました、ええ。
 しかしその甲斐あって、四字熟語クラスの明確性を持った言葉の力までなら、
 我々は自在にそれを解釈し操ることが可能となりました」

 ……ここはどこだろう?
 寝てしまった、のだろうか。
 なんだかここに至るまでに、「紆余曲折」があった気がする。
 でも思い出せない。思い出せるのは、僕が「文字紙」をどうにかしようと足掻いていたあの時間まで。
 そこから意識が飛んでしまったみたいに――気が付いたら僕は不思議な空間に居て、変な女の人の演説を聞いている。
 ここは、大学の講義部屋、みたいなところだ。ただし机やイスはない。
 ただ何もない白い空間の中、前方のステージで白衣を着た、ちょっと地味目な女の人が演説をしている。

 あの人は誰だ?
 それに、それだけじゃない。
 部屋を見回せば――僕のように訳が分からないって顔した知らない人たちが、十人よりは多いくらいいる。
 女の子からおじいさんまで様々。十五、十六……僕を入れて、十七人。
 演説している人を含めて、この場には十八人。

「文字の力。幻想言語学者たちの間ではこれを解釈能力、ここではルール能力と呼びますが――、
 私たちはまだこの力を抽出したばかりで、データがあまりにも足りないのです。
 貴方がたにお渡しした文字紙にも書かれていたでしょう、四字熟語が。あれが今回の実験に使う四字熟語で、
 同時に貴方がたの実験体名、平たく言えばコードネームでもあるのです」
「……実験?」
「そう実験です。手荒な真似をして申し訳ありませんが、貴方がたには実験に参加してもらいたいのです。
 と言っても、強制ですがね。いやあこれは本当に、内容が内容なもので、すいませんとしか」

 ぺろりと舌を出して平謝りをする白衣の女の人。
 こういう態度の人には、ぼくはあまりいい印象を持てない。僕の×××だってよく――、
 って、あれ?

「ルールその一を説明しましょう。
 まず、実験なので。貴方がたの、人間関係に関する記憶。
 もとい人格等、個人のアイデンティティを決める要素には、少し手を加えさせてもらいました。
 故に貴方がたは――本名と。
 親兄弟や友達などに関する記憶が、全く思い出せない状態となっております」

 白衣の女の人の一言で、部屋の中がざわつき始める。
 実際、僕も凄く動揺していた。さっき僕は、僕の×××の姿や声を全く思い出せなかったのだから。
 いや、考えてみれば――僕、は。
 僕、なんて一人称を、本当に使っていたのだろうか?

「静粛に静粛に。
 預からせてもらった貴方がたの名前は、すべてが終わったらちゃんとお返ししますから。
 心配しないでください。
 ルールその二を説明しましょう。
 ……実験は、仮想ショッピングセンター「娯楽施設」で行われます。
 施設内には薬局、コーヒーショップ、お菓子売り場、広間などさまざまな場所がありますので。
 上手く利用してください。
 行動可能な範囲は施設内と、施設併設の駐車場のみです。
 といってもかなり広いので、あとで地図をお渡ししますね。
 それと名簿と、ここで説明しきれない細かいルールのおさらい用紙。
 あと……武器を一つ。デイパックに入れてお渡ししましょう」

 武器。
 という言葉に、再び部屋の中の人たちが、小さく反応を見せた。
 もちろん分かっていた。実験、実験って連呼したって、都市伝説で「帰ってこれない」になってる以上、
 僕だってこの状況からそれを連想していたし、恐らくほかの人もそうだったんだろうけど。

 部屋に、一気に満ちたのは――緊張感と、殺気。 
 そして白衣の女の人は、殺気を舐めるように舌を出しながら、決定的な一言を放った。

「ルールその三。実験の内容、そして終了条件は……
 与えられたルール能力を駆使し、娯楽施設における最後の一人になるまで、殺し合うことです」
「――ふざけんな!」

 誰もが言いそうになった言葉を最初に言ったのは、どこかの店の制服を着た男の人。
 僕を含めて全員が男の人に目を向ける。
 歯を食いしばって必死の形相で、男の人は白衣の女の人をにらんでいる。

「殺し合いだと!? いきなり拉致してきてそんな、すいませんでしたって笑えるレベルじゃねえだろ!
 幻想言語学者だかなんだか知らねえけど、ふざけやがって警察呼ぶぞ!」
「ああ、無理ですよそれは。
 携帯電話等の連絡機器は没収していますし、ここ及び娯楽施設は世界とは隔絶してありますから。
 外との通信はできません。
 以心伝心やあ意思疎通のルール能力ならあるいは……ですが、今回この四字熟語は非参加ですし」
「んだと……っつーか!
 そもそも俺の文字紙には「ハズレ・焼肉定食」って書いてあったじゃねえか!
 ハズレってなんだよ! しかも四字熟語でもないしよお!」
「ああ、それはですね――ルールその四、ですよ」
「はぁ?」
「勘のいい人は気づいてるんじゃないですかねえ……?
 先に、私たちは貴方がたの記憶を弄らせていただいた、と言ったでしょう。
 そのとき同時に身体も弄られているであろうことくらいは想定済みかと思います。
 はい、埋め込ませていただきました。爆弾です。
 心臓に、絡みつくように、ね。
 ああ、大丈夫です。私、奇々怪々のルール能力は《不可思議の現実化》ですので、身体に傷はありません」

 瞬間――焼肉定食さん(便宜上こう呼ぶ)の顔が、さっと青ざめる。
 僕や他の人たちも、何が起こるかを理解して、焼肉定食さんから目を背けようとした……が、
 それは一瞬、遅かった。

「ルールその四。司会に逆らうと、爆発します^^」
「……やめ、ぴ、あぎゃ!」

 盆祭りで買った水ヨーヨーが割れちゃったときみたいに、素早く、そしてあっけなかった。
 焼肉定食さんの身体、胸のあたりが突然、ぶばんと弾けとんで。
 大動脈から血をびゅうびゅうとほとばしらせながら、床に倒れて、血を吐いた。
 さっきまで、元気に威勢のいい言葉を、吐いていたのに。
 うわ、あ。
 そんな。どう表現すればいいのか分からない感情を僕は抑えきれずに、床にへたりと座り込む。

「よくある殺し合いでは首輪を使うのですが――
 サプライズをやりたかったので、いったん埋め込み式と言う形をとりました。驚かせて申し訳ありません。
 しかし大丈夫です、ええ。本番ではしっかり首輪を使用しますので。このように、ね」

 驚き冷めやらぬまま、にこりと笑う奇々怪々が指をぱちん、と鳴らした。
 すると僕らの首にはいつのまにか、冷たい鉄の感触。

「無理に外そうとすれば爆発します。もう一度焼肉定食さんで実演してもいいですよ?」

 全員、首を横に振った。
 首輪以上に、奇々怪々さんの起こす魔法じみた現象に僕らは、もはや反抗の意思を完全に奪われている。
 また最初のように、部屋の中は静かになった。ただ、血なまぐさい死の臭いが、部屋に充満していたけれど。

「まあ、言われなくても実演するんですけどね」

 ぼん。
 焼肉定食さんの首が飛ぶ。
 結局やるんですか。

「さ、余興はこれくらいにして、本題に移りますか。恐らくみなさん、二つ疑問があると思うんです。
 なぜ貴方がたが実験に選ばれ――なぜ自己に関する記憶を消されているのか。
 これには先に答えておきますね。まず前者、選ばれた理由ですが、
 ありません。偶然です。
 年齢指定は十五歳以上としましたが、それ以外は無作為ですので、運が悪かったと諦めてください。
 後者、自己の消去については、情の消去という目的が一つ。
 なにしろ、無作為選出ですので。調べでは近親者はいないはずですが、親戚や知人くらいならいるかもしれません。
 そういう人と相対したとき、変な情で殺すのを躊躇われるのはこちらとしては困るのです。
 心情はデータに残せませんからねえ。学者根性で排除させてもらいました。
 あともう一つ、副作用的に、名無しのほうが名前に引きずられやすいという理由もあります。
 貴方がたには、四字熟語になっていただきますので。
 四字熟語に……名前に見合った振る舞いをしてもらわねばならないのですよ」

 ほら、証拠に私なんか、実に奇々怪々といった振る舞いをしているでしょう?
 長台詞の最後をそう締めくくると、奇々怪々さんは一人の参加者、
 残った十六人の中でも一番幼いと思われるお下げ髪の女の子を両人差し指で指差して、

「一四八、勇気凛々。GO!」

 景気よく叫び――少女の姿をこの場から消してしまった。
 どうやら、「娯楽施設」への移動が始まった、らしい。しかも多分また無作為に、一人ずつ。

「○七四、心機一転。GO!」
「○○二、青色吐息。GO!」
「一一五、破顔一笑。GO!」

 次々、口答えの間もなく送られていく参加者たち。
 見る見る間に数は減って、気付けば僕と、いかつい体つきのおじさんの二人だけになっていた。

「さて、次は……○一七、紆余曲折。GO!」

 ぐい、と何かに引っ張られるようにして。僕は実験の舞台へと、強制的に連行された。
 最後に見えたのは、いかつい体つきのおじさんの、なにやら神妙そうな顔。
 そして――なぜかおじさんの方を向いて怪しく笑っている、奇々怪々さんの姿だった。

 と、まあ。こんな「紆余曲折」を経て。
 四字熟語バトルロワイヤルがスタートしたことだけは、ここに記しておこうと思う。


【四字熟語ロワ Test Start】

【焼肉定食:死亡――あと十六名】


次のお話 邂逅一番

前のお話 四字熟語 次のお話
     紆余曲折 急曲直下
     焼肉定食 実験終了

用語解説

【焼肉定食】
四字熟語界隈ではよく弱肉強食と間違われてしまうと噂のただの熟語。
wikipediaにも「焼肉定食(熟語)」で載ってしまっているほどに認知度が高い。
しかし、筆者は実際には一度もお目にかかったことがない。何円が相場なのだろうか。
四字熟語ロワにおいては、焼肉チェーン店でチーフを務める男だった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年10月21日 15:40
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。