邂逅一番

01◆邂逅一番




 天候は薄曇り。
 薄い灰色に彩られた空は、否応なしに終末を予感させる。
 今は一体、何時なのか。太陽の姿が隠れるこの天気では、それを判断することも出来ない。
 体内時計は夜十時半を差しているが――これは今や役には立たない。
 なぜなら、白衣の女は明言していたからだ。
 この娯楽施設は、「世界から隔絶された空間である」と。

「珍妙な事に巻き込まれたものじゃなあ……」

 娯楽施設の巨大駐車場の一角、D地区と銘打たれた場所。
 まばらに車が止まっているその無機質な空間に、空を見上げながらため息をつく一人の老人が居た。
 彼の名前は、東奔西走。
 この実験場に連れてこられる前は、××××という名前でさる道場の師範代に付いていた。
 しかし、それ以外のことはほとんど忘れてしまっている。
 記憶を操作された東奔西走が覚えていたのは、自分が武術の使い手であることと、もう一つ。

「じゃが、あの者を許すわけにはいかぬじゃろうな。
 強大な力を手にし、その力に溺れておった。ああいう奴はろくなことにならん」

 自分はこの殺し合いに乗るような人間ではない、ということだけだ。

「渡された地図によれば、北東に向かえば施設にたどり着くようじゃ。
 強者も弱者も皆、まずはそこを目指すであろう。食糧の問題もあるしの」

 空から手元に視線を移す。
 手に持つ地図には、3×3、9マスに分けられたこの世界の地図がある。
 広いとはいえ区切るほどではないと最初は思ったが、
 ルール用紙によれば、一定時間ごとに1マスが侵入不可となるらしい。そのための区切りというわけだ。
 この「駐車場D地区」は、中心のマスの一つ下。
 そして「娯楽施設」本体は北東のほうに、3マスにまたがる形で存在している。

「わしもまずは、施設を目指して移動するしかないじゃろうな。
 うむ、この実験とやらについて、しっかり腰を据えて話し合えるような輩が、いればいいのじゃが」

 希望的観測とともに、地図を閉じる。
 東奔西走はさしあたっての行き先を決め、北東へと歩を進めようとした。
 しかし、その時。
 東奔西走は気づいたのだった――自らに課せられている、重大な「ルール能力」に。

「ほう、これは……」
「――そこの老人。もしやあなたも、実験の参加者だろうか」

 落ち着いた、青年の声がした。
 一歩を踏み出そうとしていた東奔西走はその足を戻し、声が聞こえた方を向く。

「誰じゃ」
「切磋琢磨と申します。
 あなたは相当の使い手と見える。こんな場で何ですが、是非ご指南をお受けしたい。
 俺はどうやらこの場では、戦いたくて仕様がない性分に「なって」いるらしいのです」

 名を尋ねるとあっさりと青年は応え、礼儀正しく勝負を申し込んできた。
 東奔西走は値踏みする。
 赤茶の髪に耳ピアス、両手にボクシングのグローブをつけた男は、
 一見するとならず者にしか見えないが、強き者に礼を払うだけのわきまえはあるようだ。
 それに……目が、真っ直ぐに澄んでいる。

(純粋、じゃな。記憶操作の影響もあるのじゃろうが、元から悪い男ではないと見た。
 戦いに対して、ひたすらにストイックじゃ。「切磋琢磨」の名を受けるのも分かるわい。
 東奔西走――世界を渡りたくさんの猛者と戦ってきた、わしが見るのじゃから間違いない)

 最初に出会う参加者としては僥倖の部類に入るだろう。
 そう結論づけた東奔西走は、前後に足を開き手を構える。一の型、待機。

「構わん。その勝負受けよう。ただしピアスは外せ。どこかに引っかかって耳が千切れても知らんぞ」
「はっ……! 見落としてました、すいません。そうか、寝る直前だったからな……」

 青年がピアスを外し、配布されたデイパックへ入れる。
 と同時に、二人の間にはもう、闘いの前特有の緊張感が流れていた。
 再度支給品のグローブを付け「お願いします」と頭を垂れた切磋琢磨に――東奔西走は言う。

「試合の前に、一つハンデがあることを伝えておこう、青年」
「ハンデ、ですか」
「そうじゃ。あの白衣の女が言っておったであろう。
 わしらには一人一人特有の、ルール能力があると。
 わしはこの言い方に少し引っかかりを感じておったのじゃがな――、
 ついさっき、娯楽施設に赴こうとして謎が解けたわい。
 つまりルール能力とは、《個人に課せられた絶対のルール》なのじゃ。お主にも、あるじゃろう?」
「あるはずだとは思いますが……説明がない以上、何とも。
 ただ、闘いを行うことでそれが分かるような、そんな予感はしています」
「ふむ。ならばわしも、全力で応えよう。
 ただお主にも勝機は与える。わしのハンデは、わしのルール能力じゃ。それを教える。
 どうやらわしは――《東西にしか動けない》ようじゃ。お主はそれを踏まえて、攻めて来い」

 東奔西走は、東西にしか動けない。
 それを聞かされた切磋琢磨は一瞬、驚きに目を見開いたが――
 強烈な地面を蹴る音に、すぐ頭を上げ前を見る。
 二の型、突進。

「わしも、攻めるからの」
「試合開始ですね、老師!!」

 ぐっと拳に力を込めて、切磋琢磨はごう、と迫ってくる東奔西走を迎え打つ。
 老人と青年、二人の拳が真っ直ぐに合わさって、戦闘が始まった。

◆◆◆◆

 そして終わった。

「あおお……強すぎます老師……」
「いや、お主が弱すぎるのじゃ。まさか大した描写もなくやられるとは。
 そのへんのならず者のほうがまだ強いぞ。期待してただけにがっかりじゃ。
 お主、ここに来る前は何をしておったのじゃ?」
「寂れたボクシングジムで用具の片づけや帳簿の記録、その他雑用。
 あとは、先輩方のマッサージなどを一身に引き受けていた記憶はあります。うう、肩が痛い」

「つまり最弱見習い雑用だったというわけじゃな」
「はい、まあ……いててて」

 肩に与えたほんのあいさつ程度の掌打で地面をのたうちまわる切磋琢磨を横目に見ながら、
 東奔西走は再びため息をつく。この男、全く使えない。
 これからあるであろう、「実験に乗った者と戦う」という不可避の戦いまでに稽古を付けることは確かに出来る。
 が、時間が足らなさすぎる。
 せめて元が少しでも強ければすぐ鍛えられたが――この弱さでは手加減し、徐々に鍛えなければならない。
 基礎体力、筋力もよくよく見れば全然足りていない。意気込みだけでは、さすがに無理だ。

「まあよい、ともあれわしは一人では東西にしか動けぬ。
 当面の間お主にはわしをおぶってもらうことにしよう……ん?」
「いたたた……おや? ろ、老師! なんでしょうこれは!
 俺の体が真っ赤に光って――ち、力が! 漲るううう!?」 
「これは……!」

 切磋琢磨の全身が突如、ぼんやりと赤く発光し。
 すると尋常ならざるスピードで――筋肉が増加していく。まるで一週間鍛えたかのように。

「ろろろ老師! これは一体!?」
「ふむ。どうやらお主のルール能力は――《戦うたびに強くなる》のようじゃな。切磋琢磨の名通りじゃ。
 喜べタクマよ、今のお主ならならず者にも負けぬだろう。戦闘を重ねていけばわしにも勝てるやもしれぬ」
「ほ、本当ですか老師!」
「いや、まあ推測じゃがな……立て。急に上がった力を使いこなさねばならん。もう一度手合せじゃ」
「は、はい!」

 手を握り、東奔西走は切磋琢磨を引き上げる。
 移動制限を課された達人と、成長促進を受けた弱者――
 正反対の二名はこうして出会い、そして意気投合したのだった。

【B-3/駐車場D地区】

【東奔西走/老師】
【状態】健康
【装備】なし
【持ち物】不明武器1
【ルール能力】東西にしか移動できない
【スタンス】対主催

【切磋琢磨/見習いボクサー】
【状態】肩に鈍痛
【装備】ボクシンググローブ
【持ち物】ピアス
【ルール能力】誰かと戦うごとに強くなる
【スタンス】戦いたい


都市伝説 前のお話
次のお話 顔面隠し

前のお話 四字熟語 次のお話
     切磋琢磨 張子の車
     東奔西走 張子の車

用語解説

【娯楽施設】
本来ならテーマパークなど遊具がある場所に使う熟語であるが、
殺し合いの場である仮想ショッピングセンターは主催側からこう呼称されている。
実験といえど所詮お遊び、ということなのかもしれない。
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最終更新:2011年11月03日 11:31
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