急曲直下(前)

04◆急曲直下(前)



 殺し合いで生き残るためには、何をすればいいんだろう。
 屋上駐車場へ続く広いスロープ道をてくてくと登りながら、紆余曲折はそんなことを考えていた。

「バーチャルゲームみたいに、必勝の攻略法があったら良かったんだけどな」

 配布されたルールのおさらい用紙を眺めながら、紆余曲折はううんと唸る。
 用紙には実験のルールが、あの虹色のインクで、妙にコミカルな自体で書かれていた。
 そのうち、重要だと思われるのは2つ。「禁止エリア制度」と、「店内放送」について。

「まず、店内放送について。
 参加者が5人死ぬごとに、この娯楽施設には店内放送が流れ、死者の名前が発表される。
 最初に焼肉定食さんが死んでいるから、第一放送は4人が死んだところで流れるらしい。
 で、焼肉定食さんを入れて、参加者は17人。つまり第三放送が流れたときには――残りは2人ってことだ」

 とりあえず、これだけなら厄介ではなかった。
 せいぜい誰かの名前を騙ることが難しくなるくらいだが、そもそも名簿は顔写真付き。
 プラス、みんな本名ではないんだから、名前を隠す必要もあまりないはず。

「問題はこっちの方――禁止エリア制度の方だ。
 店内放送が流れるたびに、9マスに分けられたマップのうち2マスが禁止エリアに指定される。
 その1時間後から、禁止エリアに入れば、首輪が爆発するようになる。
 残り2人になったときには、6マスが指定されて残り3マス。
 そしてそれだけでは終わらずに。そこからはさらに2時間ごとに、1マスが禁止エリアになる……」 

 つまり、最後のひとりになるまで隠れてやりすごす、という手が取りにくいのだ。
 隠れているエリアが禁止エリアに指定されたら、そこから動かなければならない。
 不用意に移動して→誰かに出くわし→ズガンと殺される。頭の中でオチが容易に想像できてしまう。
 捕捉として、24時間誰も死ななかった場合には、全員の首輪が爆発するようになっている、というルールもある。
 このルールによって、参加者全員、あるいは3人以上での籠城戦も否定されていた。

 要は首輪をどうにかしない限り、殺し合いは避けられない。
 でも、首輪はまず外せないだろう。
 相手はこの娯楽施設に参加者をワープで運んだり、首輪を全員の首に突然出現させたりできるのだ。
 そんな奴らが、何かの工具や誰かのルール能力で外せるような首輪を用意するとは考えられなかった。

 この時点で詰んでいるのだ。
 ルールを拒否し、主催側に反逆するという道は――完全に断たれている。 

「まあ、実験の公平性をどうとかで知り合いはいないらしいし、
 僕には知らない人の命を守ろうと思えるほどの良心はないから、どっちにしろルールに乗ってはいただろうけど」

 少し心無いことを言ったかな、と紆余曲折は思ったが、実際そうなんだから仕方ないよなあと思い直す。
 人間関係の記憶が奪われている以上。
 紆余曲折にとっても、他の参加者にとっても、自分以外の全員はまったくの赤の他人だ。
 もちろん、奇々怪々らによって記憶を消されているだけで、ホントはみんな知り合いだったりするかもしれないが、
 そんな可能性はあまり考えたくはないし、考えてしまったら誰も殺せなくなる。
 素直に奇々怪々の「知り合いはいないはずだよ」という言葉を信じた方が、おそらく色々とやりやすい。
 ひとりきりで、生き延びていける。

 まあ……赤の他人だからといって、人を殺せるかどうかはまた別の話だが。

「うん。僕は人を殺せるような人間じゃない――と、思う」

 思うだけだけど、と紆余曲折は付け加える。
 その間も、てくてくとスロープ道を登っていく。低い壁に囲まれた屋上駐車場が見えてきた。
 マップによれば、ここにあるエスカレーターゾーンから、娯楽施設の二階に降りることができるようになってるらしい。
 結局結論は出なかったが、まずは人に会わないように二階から中を回ってみよう。
 ついでに食料もゲットできれば御の字だ。
 紆余曲折はそこで考察を止めて、屋上駐車場に入るスロープ坂を登り切った。

 その瞬間――横から伸びてきた日本刀が、紆余曲折の体を貫こうとした。

「え、――!?」

 どこから。と考えて、答えはすぐに出る。
 というかさっきまでずっと独り言を声に出していた上に、足音もぜんぜん隠してない紆余曲折が悪かった。

 紆余曲折は、壁に隠れて待ち伏せされていたのだ。

 横を見るとそこには、ポニーテールに上下ジャージ姿の勝ち気な目をした女性がひとり。
 まっすぐに紆余曲折をみつめて、……あぁん? と呟いている。

「あぁん? なんで軌道がずれて……?」

 よくは分からないが不思議そうな顔をしている。逃げるなら今だ、
 前に飛びこむようにして日本刀を回避する。しかしそこにはもう一人、田舎っぽい服を着た女の人がいる。

「死にぃな!」
「うっわ、!?」

 彼女もまた血気盛んにバールのようなものを振りかざし、紆余曲折を狙う――が、不思議なことが起きた。
 なぜかバールが、見当違いの軌道を描くのだ。まるで本来のまっすぐな軌道が嫌になったみたいに、《迂回する。
 しかし最終的には、もとの目的地にたどり着こうとした》。
 困惑する紆余曲折と田舎娘の後ろで、ばたんとポニーテールの女性がバランスを崩して倒れる。
 紆余曲折は後ろを向く。女性の握る日本刀が――紆余曲折に向かって切っ先を向けている。
 三人は同時に叫んだ。

「「「ルール能力か……!」」」

 そう、これらの現象は全て、紆余曲折のルール能力によって起こった現象だったのだ。
 直感でそれを理解した田舎娘はいったん攻撃を止め、
 ポニーテールの女性は起き上がって距離を取り、
 紆余曲折はバールの射程圏外へと逃れた。

 待ち伏せからの奇襲は――失敗した。

「……」
「……」
「……」

 じり、じりと。
 沈黙の中、逃げられない距離を保ちながら、三人は体勢を立て直す。
 胃がねじれそうな緊張感がきりきりと周囲に溜まっていくのを、全員が感じていた。

 紆余曲折はぼんやりと思い出した。
 この二人は、参加者名簿に載っていた。田舎娘のほうが「猪突猛進」で、ポニーテールのほうが「一刀両断」。
 だったと思う。
 少なくとも、参加者には間違いない。だからこの二人にも四字熟語に見合ったルール能力があるはずで。
 それが分からない以上、紆余曲折は二人に背中を見せられなかった。
 あんまり人がいないと思って来た屋上駐車場に二人も殺し合いに乗った人が居るなんて、最悪だ。
 どうやって、逃げるべきか。
 知らず知らず発動してしまった自身のルール能力は、
 さっきの一合で、《攻撃の軌道を一定時間逸らす》だとばれてしまった。
 一見すると強い能力に思えるけど、逸らせるのは一定時間だけで――

「攻撃を逸らしている間に射程範囲から逃れるか、攻撃自体を止めないと、結局は当たってしまう。だろ?」
「……!!」

 沈黙を破ったのは、ポニーテールの上下ジャージ女、一刀両断だった。
 紆余曲折が思考している間に、彼女もまた自分の考えを煮詰めていたらしい。
 しかも答えを出したようで――不敵に、笑っている。紆余曲折の背筋が、ひゅるりと寒くなるくらいに。

「何いってるんだにぃ、いっとうりょーだん?」
「あいつのルール能力だよ、猪突猛進。
 《攻撃を迂回させる能力》。厄介だけど一回見てしまえば攻略法は思いつくぜ。
 見た感じ、あいつは雑魚だ――あたしたちの攻撃を止めるなんて選択肢は取らねえ、いや取れねえだろうよ。
 なあそうだろ? 確か、紆余曲折くん……だっけか」
「そうだよ。僕は紆余曲折だ」
「あ、うちは猪突猛進だにぃ。よろしく死にぃな」
「よろしく。死ぬのはお断りします」
「あたしは一刀両断だ。で、ほら。お前はこの剣、白羽取ってみる勇気はあるかよ?」

 一刀両断が、日本刀をひゅっと振る。空を切る速度は、例え《迂回》させても紆余曲折には取れそうもない。

「……残念だけど、無理ですね。でも、僕にはまだ、選択肢がある。
 貴女たちからひたすら逃げれば。距離を取り続ければ。プラスこのルール能力で、攻撃をほとんど躱せるはず」
「そうだな。いくらこっちが殺る気でも、あたしたちは女子。お前は男。
 で、あたしたちの武器はどっちも近距離専。攻撃範囲外に逃げるのはたやすいし、
 普通なら、迂回させられる分も含めて、攻撃を当てるのは無理だろうよ……普通なら、な。
 おい、猪突猛進。《アレ》頼むぜ」
「えー、《アレ》はやだにぃ。うち、まだ人間捨てたくないんだにぃ」
「つべこべ言うなよ、さっき同盟組んだだろうが。ホラ、こいつ殺ったら下でステーキ焼いてやるから」
「がたっ。ほんと? ほんとじゃなかったら殺すにぃ?」
「ガチだよ、あたしは料理のできる25歳だ」
「25にもなって料理できない方がアレだにぃ」

 ま、やってやるにぃ。
 そう言って、しぶしぶといった感じでしゃがむ、猪突猛進。何か、する気だ。
 とっさに身がまえた紆余曲折の目に飛び込んできたのは――ありえない光景。

「《超・猪突猛進……イノシシ変化》」

 ぱあん、と、着ていた田舎っぽい服がはじけ飛ぶ。そしてどんどん、猪突猛進の体が変わっていく。
 少し太めだった体型がさらにずんぐりと。代わりに手足が短く、四足歩行に。
 尾てい骨のあたりからかわいらしげな尻尾が生えたかと思うと、全身が茶色の短い体毛に包まれて風になびいた。
 あんぐりするのも束の間に、猪突猛進は正真正銘、《本物のイノシシに変わってしまった》。
 一刀両断はそんな猪突猛進の背中にひょいとまたがると、マサカリならぬ日本刀を肩に担いで前口上を述べる。

「すごいだろ、こいつのルール能力。あたしも最初に見たときは驚いた」
「というか、何でもありって感じですね。こんなところで人生最初のイノシシに出くわすなんて……」
「最初で最後の、だぜ。悪いけどもう、お前の逃げ道はねぇよ――そら、無様な背中を、あたしに見せろ!」

 号令。
 イノシシがずどん、とコンクリの地面を踏み鳴らす。
 聞いた紆余曲折は反射的に、真横に向かって走り出した。
 50メートル走は7秒2。時速でいえば25km。といっても全速で走り続けられるわけがないのでもっともっと遅い。
 屋上駐車場は広かった。でも車は一台も止まっていなくて、今の紆余曲折にとっては、隠れ蓑が無いのと同義だ。
 ひとつ舌打ちをして、角度をつけて曲がる。
 豪速で走り、早くも紆余曲折に追いつこうとしていたイノシシは、ブレーキをかけて曲がってまた追ってくる。

「やるじゃねぇか。いい判断だ。ただ直進で逃げてたら、イノシシはトップスピードの時速45Kmに乗っちまう――、
 時々曲がって減速させなきゃ、人身事故に遭っちまうもんなあ!」 

 上に乗って金太郎気分の一刀両断がかかかと口を開けて笑う。
 時速45km? 冗談じゃない。紆余曲折は全力で走りながら心の中で否定する。
 体感じゃすでに、それよりずっと速い。

「さあ、スピードを上げてくぜ!」

 もっと上がる。肉薄してくるのはイノシシの体と、濃厚な死の予感。
 急な運動の見返り以上に、迫る恐怖と絶望感で紆余曲折の心臓ははちきれそうだった。
 それだけじゃない、イノシシの追走はおそらく一刀両断によって、あえて最短ルートから外されているようだった。
 人身事故なんてのはハッタリ。
 実際にはイノシシは、紆余曲折の近くへせいぜい、並走しようとしてるだけ……そう、だから、攻撃ではない。
 攻撃ではないから、猪突猛進の突進を曲げることはできないのだ。
 付きまとってくる想像上の死神に、たまらなくなってまた曲がる。
 するとイノシシがすぐ後ろで曲がって――日本刀の切っ先が、振り下ろされているのを、見た。

 やばい。

 すぐに勢い足を動かし、距離を離そうとする……でももう、遅かった。
 紆余曲折に向かって振り下ろされた日本刀は、いくらかの迂回を経て再び、紆余曲折の元へ。

「ぐ、お、おおお!!」

 ぎりぎりデイパックで防御する――しかし。

「残念だったな。あたしのルール能力で、この日本刀は……《防御なんか意に介さず、ただ一刀両断》する!」

 デイパックは中に入っていた鋼鉄の盾ごと、真っ二つに切り裂かれ。
 紆余曲折の背中に、綺麗な赤い線が産まれた。


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用語解説

【ルール能力】
四字熟語から抽出した「言葉の力」をもとに参加者一人ひとりに与えられている、絶対不変のルール。
能力である前にルールなので、弱体化や無効化はほかのルール能力以外ではありえない。

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最終更新:2015年03月02日 01:37
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