おいおい。
おいおいおいおいおいおいおいおい。
――――――これは、どういうことだ?
黒のライダースーツに身を包み、黄色のヘルメットを被る『彼女』。
彼女―――セルティ・ストゥルルソンは、困惑していた。
この事態が理解できない。どういう目的で何の意味があるのかも、セルティ・ストゥルルソンには残念ながら微塵も理解できなかった。いや、少し違うか。
正確には、理解したくなかった。
理解してしまったら、自分の中の何かが終わってしまう気がして。
彼女は声を出さずに、ただ雰囲気だけで嫌悪を示す。
今までにだって、酷い目や現実離れした目に遭ってきた。
池袋と云う小さな街で起こる
三つ巴の抗争。
無色の『ダラーズ』。
黄色の『黄巾賊』。
赤色の『罪歌』。
まだ年端もいかぬ少年少女を中心とした戦いが、理解できなかった。
殺し屋。ヴァローナとスローン。
そんなプロを退かせるほどの力を持つバーテン服が非現実的だった。
暗躍する者たち。
大切な同居人に怪我を負わせたことが、許せなかった。
どんなモノを見ても、それぞれ何らかの反応くらいは出来た。
だが、セルティは今、真にこの現状の理解を意図的に拒絶していた。
これほど嫌悪を覚える所行が平気で出来る主催者が、気持ち悪い。
あの少女はこの狂った宴を『喜劇』と称したのだ。
吐き気がする。これが生まれ持った魔性というやつなのだろう。
「(………早く潰して、帰ろう)」
バトルロワイアルを潰す。セルティは一瞬も迷わずに決断した。
決して彼女が正義感の塊だ、などという訳ではない。
全身を漆黒が覆っている彼女は、その容貌に反して臆病だ。
実際のところ
殺し合いなんて怖くて仕方がない。
ただ、共に呼ばれた人物があまりにも強すぎた。
強すぎて、それでいて決して殺し合いに反発するだろう人物。
平和島静雄―――――池袋最強のバーテン服の青年。
片手で交通標識を振り回し、車をサッカーボールのように蹴り飛ばす。
刃物は刺さらず、手術をすればメスが折れる。
弾丸を受けても死なない――――彼を形容するならまさに『怪物』。
セルティの知る限り彼を一対一で倒せる人物はそう居ない。
それでいて彼は、悪人と暴力が大嫌いだ。
だから、静雄が殺し合いに乗る可能性は限りなく零、いや零。
バトルロワイアルさえ駆逐してしまうような存在がセルティには居る。
何も、怖がることなどない。
さて。
ここで一つ補足しておかなければならない。
セルティ・ストゥルルソンは臆病で無口な人間などではないのだ。
更に言えば、着ているライダースーツはライダースーツではない。
そして彼女は、池袋の街の名物と化している。
『黒バイク』『首無しライダー』と言えば知らない者はまず居ない。
首無しライダー。その通り名が意味するのは一つ、『首無し』。
比喩ではなく、首無し。
―――――そう、セルティ・ストゥルルソンは人間ではないのだ。
■
「…………どうしてこうなった」
俯き加減で呟く。
茫然自失という訳では無いが、そのショックは相当のものだ。
………が、彼女の受けたショックは他と比べて小さかった。
理由としては二つ。
彼女はつい最近、非常にショッキングな画像を見ている。
とある研究機関の機密事項・『ゼリーマンズレポート』。
タイムトラベルの人体実験に失敗した者たちのゲル状化した死体。
あれを見てしまえば、誰でも付きたくもない耐性が付いてしまう。
『Human is Dead Missmach』。
あの実験も相当いかれていたが、今回はそれを更に越えている。
まともな神経を持った人間に企画できる計画ではない。
二つ目は、彼女の私情だった。
私情というにはとてつもなく重い、理由。
さてここで彼女の紹介をしておこう。
彼女の名前は牧瀬紅莉栖。若くして学会で有名になったの天才だ。
専門は物理学。父に色物と呼ばれた科学者を持つ。
赤い髪を腰あたりまで伸ばしていて、気が強そうな吊り目が特徴。
性格は俗に言うツンデレ。実験大好き。
さて、結論を言えば牧瀬紅莉栖はとある理由により死ぬ筈だった。
タイムリーブ。『SERN』によりもたらされる悲劇を回避するために幾つもの世界線を越えてたった一つの終わりを求めた一人の男。彼が導き出した結論。
ラボメン『椎名まゆり』と『牧瀬紅莉栖』救えるのは片方だけ。
片方は幸せになり、片方は死ぬ。
紅莉栖はその事実を受け入れ、自分が死ぬと決意した。
それで全部終わり。
まゆりは助かり、岡部倫太郎も過酷な旅を終えられる。
なのに、バトルロワイアルだと?
神様とやらは、どうして彼らに救いをもたらさないのか。
「………ふッ、ざけんな………」
ショックを受けながら、彼女は怒りを押し殺していた。
このバトルロワイアルは必ず潰す。主催者は警察に突き出す。
元の世界に帰ったら、予定通りに死ぬ。
紅莉栖の心から迷いなんてものは消失していた。
だが、彼女がこのバトルロワイアルで最初に体験するのは過酷な戦い。
それも、彼女の今までの常識を根本から覆すような非科学的なもの。
牧瀬紅莉栖がセルティ・ストゥルルソンと出会った時に、既に彼女の常識壊しは始まっていた。
□
「(うわぁ…………)」
紅莉栖は心の中で思わずそう呟いてしまった。
彼女の目の前に立つのは、黒いライダースーツに身を包んだ人物。
性別までは分からない。
その人物・セルティは紅莉栖に気付くと、懐からPDAを取り出した。
打つ速度は素直に早いと紅莉栖は思った。
『私はセルティ・ストゥルルソンという、殺し合う気はない』
PDAを突き出してくるセルティに、紅莉栖はどこかシュールさを感じた。
戦意が無いのは確認できたし、紅莉栖も自己紹介を始める。
「牧瀬紅莉栖です。同じく、殺し合いには乗っていません」
二人の間に、僅かながら安堵の空気が流れる。
紅莉栖はまだセルティを完全に信用してはいなかったが。
何せ風貌が怪しすぎた。ヘルメットに黒ライダースーツだ。
だが、安堵の空気は長く続いてはくれなかった。
最初に気付いたのは紅莉栖。
セルティのかなり後方に、妙な人影が見えた。
セルティの風貌も異様だが、その人影も相当ぶっ飛んだ容姿だ。
肩まで伸ばした赤い髪。2mを越す身長、それでいて神父服。
左目の下にはバーコードの刺墨。耳にはピアス、手には指輪。
その口元は笑みの形を作っているのに、目は全く笑っていない。
あいつは危険だ。
紅莉栖の人間としての本能がそう告げていた。
程なくしてセルティもその人物に気付き、PDAを紅莉栖に突き出す。
『いざとなったら私が戦うから、心配しなくても大丈夫だよ』
この人は本当は怖い人じゃないのだろうか、と紅莉栖は思う。
ただ、彼女の思考は唐突に切られてしまった。
―――――――そう。他ならぬ襲撃者によって。
「――――――――灰は灰に、塵は塵に――――――――」
何だろうか。意味は理解していないのに、何故か全て言わせてはいけないと本能が告げる。セルティと紅莉栖、二人とも同じことを考えていた。
セルティが駆け出す。
その足元から黒いモノ―――影が伸び、鎌の形となって握られる。
化け物と罵られても構わない―――と、心の中で決意して。
セルティ・ストゥルルソンは人間ではない。
俗に『デュラハン』と呼ばれるスコットランドからアイルランドを居とする妖精の一種であり、天命が近い者の邸宅にその死期の訪れを告げて回る存在だ。
切り落とした己の首を脇に抱え、俗に『コシュタ・バワー』と呼ばれる首無し馬に牽かれた二輪の馬車に乗り、死期が迫る者の家へと訪れる。
うっかり戸口を開けようものならば、タライに満たされた血液を浴びせかけられる、そんな不吉の使者の代表として、欧州の伝承の中で語り継がれてきた。
一部の説では、北欧神話に見られるヴァルキリーが地上に堕ちた姿ともいわれているが、実際のところは彼女自身にも分からない。
知らない、というわけではない。
正確には、思い出せないのだ。
祖国にて自分の首を盗まれた彼女は、記憶を欠落してしまったのだ。
それを取り戻すために、池袋の町にやってきた。
首無し馬をバイクに、鎧をライダースーツに変えて、さまよい続けた。
しかし首は未だに見つからず、記憶も未だに戻っていない。
その彼女は今、一人の少女を守るために戦う。
「―――――――吸血殺しの紅十字!!」
戦いが始まった。
最終更新:2011年11月23日 09:11