「……………狐火」
一人の少年が、うわ言のように呟いた。その外見はせいぜい高校生ぐらいと思われたが、その瞳と纏う雰囲気は少年のそれではなく、疲弊しきった印象を与える。
金髪に白い夏服を着た彼―――神流京介(かんな・きょうすけ)は、運命に捕らわれていた。
いや、捕らわれているのは彼の幼馴染・狐火つぐみの方だったのだが。
『第三世界』にて、繰り返された不可思議の物語。
幼稚園の頃からの幼馴染の少女、狐火つぐみ。
彼女とある蒸し暑い快晴の日に、全く何時も通りに駄弁っていた。
学校のこと、将来のこと、ペットのこと、季節のこと、家庭のこと。
流行りの音楽だとか、学校の○○先生が実はゲイだとか。
そんな下らないことを近くの公園で話す、それが夏休みの日課になっていた。
暑い日は嫌いだなあ、なんて野良猫を抱き抱えながら彼女は微笑む。
誰が予想し得たか。
この後にあんな悲劇が起きるなんて。
猫が彼女の腕の中から逃げて。
猫好きな彼女はそれを追った。も『あいつも元気あるよなあ』と神流は苦笑してその後を追い―――彼女は、赤に染まった信号機に気付かなかった―――。
キィィィィィィィィッ!!という地面をタイヤが擦る急ブレーキの音。
止まらない。
狐火つぐみの小柄で華奢な体を跳ね飛ばし、地面を数回バウンドさせる。
もう助かる筈がなかった。
血の海が出来て、僅かに痙攣しているが既に呼吸は絶え絶えだ。
その時神流京介の時間は確かに停止した。
自分と瓜二つの少年が、道路の向こう側から言い放つまで。
『嘘じゃないぜ』
眩む。目が眩み、意識が眩む。
初恋の幼馴染の血飛沫と、彼女自身の香りが混ざり合って咳き込んだ。
込み上げる吐き気―――それを感じながら、世界が眩んだ。
目を覚ました時。時は12:00と携帯電話が示していた。
飽きるほどの回数行った起床行為と、特有の頭痛が彼を苛む。
そしていつものように見慣れた公園へ。彼女はそこに居た。
その手を強引に掴んで走る。走る。走る。夢の通りにならないように、走る。
道に抜けた時。もう安心だ、と胸を撫で下ろし、――――。
ずちゃっ。という音がして。
ぴちゃっ。という音と共に紅い液体が顔に飛沫した。
落下してきた鉄パイプたった一本が、つぐみの背中から腹を貫通した。
そして止まった時の中で、『陽炎』の少年は笑う。
『夢じゃないぜ』
狐火つぐみは笑っていた気がした。
しかし確かめる前に、世界が眩んだ。
なんてよくある話だろう。
目を覚ませば午後12時で。
公園に行って。
何の脈絡もなく、事故や事件が二人を襲い。
いつだって彼女だけが死ぬ。
そして世界が眩んで、また始まりの時間に戻る。
換算すれば繰り返した時間は50数年にもなるだろうか。
しかし一度だって彼女が死なない夏の日はないのだ。
轢殺刺殺撲殺毒殺転落死焼死絞殺斬殺射殺斬首爆死突然死。
『陽炎』が笑って『運命』がつぐみをありとあらゆる手段で殺す。
絶望しかけた時、目覚めたのはあのホールだった。
世界が眩む物語。
◇◇◇
「(バトルロワイアル………か。夢じゃあないらしい)」
俺ーー神流京介(かんな・きょうすけ)は改めてそれを確認する。
此処は嫌になるほど繰り返したあの忌々しい町じゃない。別の場所。
海沿いの砂浜に身を下ろしながら―――というかこの時点でおかしい。俺の暮らしていた県には海なんてなかった筈だ。月明かりを反射する海が皮肉にもとても綺麗だった。
「だけど、俺はどうするべきなんだ?狐火を生き残らせるのか?」
狐火つぐみが生き残る未来はまさしく俺の望んだ未来だ。
更に願いを叶えるオマケつき、これが最善の選択に違いないさ。
『最善』。
『最善』と『最良』はイコールで結べない。
重要なのは『狐火つぐみがそれを望むか』だろ。
………間違いなくあいつは泣くな。他人を蹴落として生き抜いたなんて、あいつの良心はきっと一生呵責に苛まれるんだろう。下手をすると首を吊ったっておかしくない。
いや、そもそもバトルロワイアル自体が繰り返しの中でイレギュラーなのだから、もしこの
殺し合いを生きて帰ったとしても、狐火を取り巻く『死』の法則が崩れているとは限らない。
俺が生き残って狐火を生き返らせる?それもまた否だ。
あいつが死ぬのを見るのはもう嫌なんだ――――それが偽善だとしても。
「10人の死人が出る毎に経過時間を問わず死者を告げる放送をする、か」
最初に死んだ碑文ヶ谷遊星の代わりに誰か新しい『駒』が入ったらしいが、最初の死者とカウントするらしい。つまり、あと九人が死ねば放送か。
残念ながら、放送で他の参加者の名が呼ばれるのだから偽名を使って他者を騙ることはリスクが高すぎる。無駄な不和を避ける為にも、偽名などの細工はしない方が賢明だろう。
冷静に分析すれば分かるが、これでは殺人者が不利だ。
狐火の気持ちも汲んで、殺し合いには乗らないのが無難なところか。
「このルールブックに書いてある地図……狭いな、殺し合いには狭すぎる。一触即発。殺し合いに乗った輩が居ないとも限らないし、放送毎に全エリアの約三分の一が『禁止エリア』に指定され、進入すると、碑文ヶ谷の二の舞になる」
これが厄介だ。4×4のエリアの三分の一、5エリアが禁止指定される。
更に俺の体内にも存在しているであろう『暗示』の解除方法は不明。
超高度な催眠術と考えるのが自然だが、どう対処すれば良いかは分からない。
時之坂と同じような力を持つ参加者が居れば良いが期待はしない方が良い。
絶望的。未来は閉ざされているという認識を参加者にさせる為なのか。
暗示を攻略できる可能性はほぼ現時点では零。
無難なのは大人しく殺すこと。
反逆の芽を、種の段階から成長させない―――最悪。
「だからと言って俺は狐火を殺すくらいなら死んだ方がマシだ。
どれほど絶望的な確率だろうが、俺は反逆するぞ、時之坂祠」
熱血な事だ。まるでどこかの幻想殺しみたいな、
ヒーロー的思考。
だけど俺はたった一人のヒーローで良い。狐火つぐみの為だけの。
繰り返した夏の日が生んだのは血と嘆きだけではなく、俺にとって狐火がどれほど大切かの認識。
ああ間違いない、認めてやるさ。俺、神流京介は狐火つぐみが大好きだ。
もしあいつが死んだらもう手段は選ばない。
敵味方老若男女関係なく皆殺しにしてあいつを生き返らせる。
そしてまた永遠にも等しい夏の日、35分間を繰り返す。
陽炎の日々に、終止符をくれてやる。
「待ってろよ、狐火」
必ずお前を助けてやる。必ず、12時35分の向こう側に辿りついてやる。
さて、やる事は決まった。
特に馴れ合いたいとは思わないけど、協力者が多いに越した事はない。
ここはB-3、アミューズメントパーク。
積極的に参加者を探して、危険な奴なら容赦はしない。
支給された銃・スミスアンドウエスンを右手に持ち、俺は探索を開始―――しようとしたところで、急に全身を悪寒が駆け抜ける。
『夏の日』を繰り返す内に知った、『死の気配』。
俺は横に跳んだ。
次の瞬間、俺の居た座標に巨大な氷柱が突き刺さった。
危ねえ―――。
後一歩回避が遅れていれば俺は今頃氷柱に串刺しにされていたろう。
というか何だあの出鱈目なサイズは!?あんなの極寒の雪山でだって滅多に見られないようなサイズだ。
少なくともこの季節に自然発生するようなサイズじゃない。
というか何で夏に氷柱が出来るんだよ、まっっったく理解できねえ!!
俺は闇雲に銃の引き金を引こうとして、寸前で思い留まる。
得体の知れない相手にいきなり銃弾を消費してしまうのはとんだ愚策だ。
まずは相手の分析。そこから冷静に、結果を導き出せば良い。
先程より随分と小さいが、氷柱が弾丸レベルの速度で近くにあった棚に突き刺さる。
これは相手は本格的に魔法使いと見た方が良いかもしれないな。
とりあえず相手の姿を確認しておきたいが、これでは近寄ることもままならない。
つくづく厄介な相手に目を付けられたものだ――てかマジで怖いこれ。
今度は球状の氷柱―――いや、氷塊が地面に叩きつけられる。
参ったな。相手は闇雲な攻撃ばかりしているわけじゃなく、確実にこちらの居場所を突き詰めてきている。
まあこういう感覚には慣れているんだけど。
さすがに相手が得体の知れない奴となると緊張感が段違いだ。
しかし分析はある程度進んでいるぞ。
伊達に死に囲まれたループをしているわけじゃないんだ。
「(相手は一人……で、どういう原理か知らないけど氷を操ってくる。威力は食らえば確実に致命傷クラス。
どこまで形状を変えられるかは分からない、とりあえず氷柱状と氷塊状には変形できる。
同時に一つの氷しか操れないのが欠点か。防御にも使ってくるか?)」
防御にあれを使ってこられたら厄介ってレベルじゃない。
氷の防御力ってのは意外と高いんだ、鉛弾ではぶち抜けないかもしれない。
「(ックソ、また近づいて来てやがる。あの氷塊、索敵も兼ねるのか)」
しかもぶつかれば即死レベルだ……なんてチートな能力だよ。
何とかして近付ければ良いんだが………って、待てよ。
あの氷塊、バウンドに規則性があるんじゃないか?
傍から見れば複雑極まりない動きだが、よくよく見ると攻撃に死角がある。
これなら掻い潜れる………かなり危険だけど、出来ないわけじゃない。
どうもあの氷と使い手はよほど自分の力に自信があるらしいな。あれは本人の思考とリンクが繋がっていないんだ。
もしリンクを繋げて、より繊細で精密な索敵をされていたら残念ながら俺の運命はここで打ち止めだった。
人間を舐めるなよ怪物。
少なくとも、35分間の不規則な『死』よりはずっと卸し易い。
こっから先は反撃の時間だよ、魔法使い。
◆◆◆
「ほう………まだ逃げるのか」
一人、喫茶スペースでコーヒーを啜りながらケーキを食む男性。
皿が大量に積まれていることから、男は相当な甘党だと分かるだろう。
今食しているのはチーズケーキ。
しかし男の顔つきは険しい。険しい目で、チーズケーキを見つめている。
「ふざけているな。チーズケーキというものを全く理解していない。チーズケーキの『チーズ』としての風味がプロぶった味付けで損なわれてしまっている。
これで『当店のお勧め』とは。この国のパティシエの腕は知れたものだな。
だが先程食したフルーツタルトは誠に素晴らしかった。
あれなら『当店自慢の品』と書いたって私は納得だ。他のケーキは残念ながら五十点にも満たない。特にこのチーズケーキは味に真に五月蝿い美食家ならば投げつけられてもおかしくないほど不出来な代物だ。
恥を知れ―――というものだよ、全く」
彼の名はコルト・アヴェレーヌ。
【第一世界】の大魔術師、魔術会の重役である。
扱う魔術は氷魔術。世界でも数える程しか居ない『とある氷の術式』を完成させたとして今は教科書に載るレベルに有名な大魔術師。
ここまで見れば解るだろう、コルトはデザート愛好家でもある。
魔術会の年に一度の大会議を新作ケーキ発表会に行く為に欠席したり。
作ったデザートが不味いという理由で妻と離婚したり。
『氷魔術の奇人』の通り名を持つ、変人と名高い魔術師。
その彼は、今丁度神流京介に『氷塊』を遣わせていた。
「(全く―――よりによって『時之坂』か。てっきり死んだものとばかり思っていたが、生き永らえていたとは。何が精鋭の魔術師討伐部隊だ。役立たず共めが)」
魔術師となれば、時之坂に嫌悪を示す者が殆どだ。
しかし、コルト・アヴェレーヌは彼に畏敬の念さえ抱いていたと言っても過言ではない。
時之坂は魔術の常識を幾度となく覆し、画期的な理論も生み出している。
それを魔術会側も利用している癖に、時之坂を悪人と糾弾するのはおかしい、と彼は思っていた。
コルトは結果しか見ていないのだ。
長年決まりきったありきたりな理論に従ってだらだらと大したことのない術式ばかりを生み出している魔術会よりは、過程はどうあれより素晴らしい結果を生んだ時之坂を尊むべきだ、と考えたに過ぎない。
まあ、まさか奴の悪行に巻き込まれるとは思わなかったが。
「(やはり、とっとと皆殺しにしてしまうのが手っ取り早い)」
まともな魔術師ではコルトの氷は破れない。
現在索敵させている少年もまた、然り。
―――いや。
索敵魔術なら敗れたとしても不思議はない。なかなかの実力者だということにはなるが、所詮それだけだ。
『前菜(オードブル)』を食べきったなら、『主菜(メインディッシュ)』を賞味して貰うだけだ。
むしろ破ってくれた方が楽しめるとさえ言えるだろう。
主催者によって弱体化されている『索敵』と『射殺する氷柱(キリングフローズン)』も超えられないような軟弱者ばかりではあまりにもつまらない。『全力』で屠るに値するような相手こそ、素晴らしい。
「さて―――そろそろ来る頃だろうが、それでも私の勝利は揺るがない」
チーズケーキを完食し、コーヒーを啜り。
現れた金髪の少年を見て、不敵に微笑んでみせるのだ。
「ようこそ。ここから先は私自身がお相手しよう」
ここから先は、第二局面。
◆◇◆
「アンタ………何者だ」
「おや。私を知らないか――――まあ良いさ。私はコルト・アーヴィング。魔術師だ」
まじゅ………つ、し?
俺の頭の中で、クエスチョンマークが踊っている。
此奴……コルト・アーヴィングは『魔術師』と名乗った。
マジかよ、俺が戦ってたのは正真正銘の魔法使いってか。
かはは、これは参った。………参ったってモンじゃねえよ!?やべーよ、やべーって!?
この立ち振る舞い、どうもRPGとかの中ボス的な存在な気がする。
おいおい、まだ序盤の村みたいなもんだろ。
「あ、そうだ………狐火つぐみって女の子見てないか?」
それは俺にとっての最重要事項。
全ての善意を消し去ってでも守らなければならない、初恋の人。
たとえラスボスが相手だろうが、狐火の為ならぶち殺してやる。
「ああ、さっき殺したぞ」
俺の中の何かが、ブチッと音を立てて乱雑に引き千切られた。
ああ、逃げるなら早くしろおっさん。
俺は多分――――アンタを、肉の塊にしちまうだろうからよ。
デイパックに手を突っ込む。まるでそこに何があるか最初から分かっていたかのように、自然に。そして、その中の一本の短剣を、静かに取り出すのだった。
○●○
「■■■■■■■■■―――――――!!!!」
絶叫にも似た咆哮が響き渡り。
殺戮の合戦が始まる。
片方には理性がなく、片方には隙がない。
そしてコルト・アーヴィングは知らなかった。
神流京介が握る短剣が、彼との相性が最高の霊装であることを。
今は誰も何も知らずに。
物語はただ、後篇へと引き継がれるのであった。
最終更新:2011年12月26日 13:00