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ネダヤシマジカル

【2】

赤い髪に引き締まった体つき。精悍な顔立ちの青年が意識を静かに覚醒させた。
名を衛宮士郎。養父に憧れて『正義の味方』を目指す者だ。
そんな衛宮士郎は意識がはっきりと覚醒して―――自らの肉体に起きているとある異常を確認した。


(体が……動かない……?)


別に縛られているなんてことはないのに、体がピクリとも動いてくれない。
最初こそ混乱したが、士郎はこのような現象を引き起こせる者たちを知っている。
魔術師、またはサーヴァントと呼ばれる存在を。
彼らなら何の道具も用いずに人間を拘束し、更に匙加減一つで対象の命を奪うことだって出来てしまうだろう。ましてや今の士郎には、彼らから狙われる理由は十分あった。
その考えは当たっていたが、根本的には外れていたといえるだろう。

霊装による拘束、しかし狙われたのは何も、衛宮士郎だけではなかった。

眼球を動かして周囲の状況を確認してみると、彼以外にも何人もの人間が拘束されているようだった。そしてその中には、彼のよく知る者たちの姿も確認できた。
凛々しい顔立ちをした、決して見違えぬ彼の『騎士』。

セイバー……!?何であいつがこんなトコロに……!?)


横顔だけしか見えなかったが、彼女の顔は決して見間違えるような地味な顔ではない。
しかし、ありえないのだ。
『セイバー』がここに居るなんて、あまつさえ拘束されているなど絶対にありえない。
人智を超越した存在を束縛するなど、どれほど途方もない力だというのか。

終わったはずの物語の歯車がゆっくりと廻り出す。
歪な音を奏でて静かに廻ってゆく。
それがとても、怖かった。

まるで、あの悪意の塊が蘇ってしまったかのような不安が背筋に冷や汗を垂らさせる。


「よう、目は覚めたか」


そんな声が、青年のぐちゃぐちゃの心理を引き裂くように響いた。


【3】

混乱していて全く頭に入らなかったが、どうもこの場所は体育館のようだ。
蛍光灯の無機質な光が、木造の壁を照らしている。
本来校長が立つべきであろう壇上にいつの間にか立っていたのは、一人の狐面。
祭の屋台なんかで簡単に買えるだろう狐の面が、袴姿の恐らく男性とみられるその姿に、放つ独特の雰囲気に不気味なほど噛み合っていた。ただ、そんな男の姿を見て安心した者など、きっと誰一人として居なかったろう。
集められた者たちから罵声があがり、男に向け一斉に浴びせかけられる。


だが男は苛立ちの素振りさえ見せずに、静かにその右手をあげた。


「静かに。これから言うことを聞き逃して後悔しても知らねえぞ」


直後、得体の知れない感覚に罵声が一瞬にして止まる。
男の声一つからでも、彼が明らかに普通ではないことを感じ取るのは実に容易。
士郎もまた、男の静止の呼びかけを聞いた直後に声をあげるのを止めていた。
彼の場合は『何となく、聞かねばならないと思った』ことが理由である。

落ち着く間もなく、脳裏を幾つもの疑問がよぎる。
しかしどの疑問に対しても、思いつく回答は限りなく悪い方向の回答ばかり。

(何だ………何が始まるっていうんだよ………!?)

本能的に直感した、これから『ロクでもない何か』が始まると。
突然の誘拐、霊装による拘束。
呼び戻された英霊と、壇上に立つ狐面の男。
ここまでおかしなことが起きていて、何事もなく終わるなんてことは絶対にない。

静まり返った体育館、満足気に笑いを漏らして狐面の男はマイクを口元に近付けた。
狐の面は外さずに、物語を始めるための言葉を紡ぐために口を開く。


「突然だが、お前達80人には最後の一人になるまで殺し合って貰う」

「なっ………!?」

つい反射的に声を漏らしてしまう。
が、それを誰が責め立てられようか。

―――人類最悪の遊び人、砂漠の狐(デザートフォックス)。
《世界の終わり》を追い求めた男が、静かに物語の開幕を告げた。



【4】

あまりに突然の開幕宣言を聞かされ呆然となっている面々を尻目に、男は面越しに口を開いた。
声色からも伝わる愉悦の色を隠そうともせずに、話し始める。

「いきなり殺し合えと言われたところで訳の分からねえ奴が大半だろうが………これからてめえらに参加して貰う『ゲーム』は、戦わなきゃあ生き残れねえゲームだ」

戦わなければ生き残れない、その言葉に何人かの参加者が反応を見せる。
狐の面で参加者達から男の顔は分からないが、男は笑顔だった。
声も出さずに、実に悪役らしいニヒルな笑みを浮かべる最悪。

「助け合ったり、人を集めて平和を主張することも駄目とは言わねえがな。ただし肝に命じておけよ、《生きて帰れるのはたった一人だけ》、殺す以外に道は無え」

男の声が体育館に淡々と響き、少しずつ恐怖という名の重圧で参加者達を圧迫する。
中にはそんな言葉意に介さぬといった連中も居たが、男は彼らを見て更に満足気に面の下で笑う。


「繰り返すが、これからお前たちにして貰うのは殺し合いのゲームだ―――バトルロワイアル、というのがなかなか的確なネーミングか。
しつこいようだが、生き残れるのはたった一人………みんなで仲良くハッピーエンド、なんて夢はさっさと捨てちまった方が賢明ってもんだぜ、これは漫画じゃねえんだからな」

繰り返して語られた説明が、狐の言葉が、蔓延する希望を少しずつ侵食していく。

「反則なんて興が削がれるもんは設けねえが、《舞台の島》から出た奴には悪いがペナルティを課させて貰う………ペナルティは《死》だ、死にたくなけりゃあ《舞台》からは降りるんじゃねえ。
それ以外には基本反則は設けないさ、刃物で刺しても狙撃による暗殺でも狡猾な毒殺でも誤情報で敵を攪乱しても、裏切りも嘘も何でもありだ」

むしろ外道になった方が生き残れるかもな、と男は付け加える。
ゲームに乗って生きて帰らなければ。
ゲームになんて死んでも乗らない。
ゲームからあいつだけは生きて帰す。
ゲームの中で戦いを楽しませて貰う。
敵味方問わず、ただ皆殺しにするのみ。

幾つもの思惑、思想が交錯する。
最悪と呼ばれた狐面はおののく彼らを見ても、罪悪感を示さない。

「………そうだ、さっき言った《ペナルティ》について説明しておくか。この説明の為だけに呼んだ奴も居ることだしな、それに実際に見て貰った方が余計な気を起こす気もなくなるってもんだ。
それじゃあ、みんなの為に一丁尊い犠牲になって貰うとしよう………貴重な才を持った《プレイヤー》が少なくなるのは痛いが、この際力強き者を使った方が効果は覿面と見た」

言い終えるが早いか、狐面の男が静かにその右腕を挙げる。
直後氷に罅が入るような音がして、続いて何かが砕け散る轟音が体育館を満たした。


「今、一人の《プレイヤー》の拘束を解除した。
更木剣八といったか―――俺は今からお前をその首に巻き付いている爆弾で殺す。もしも死ぬのが嫌なら、《首輪》が起爆する前に俺の首を刈るなりしてみるんだな」 
「―――――おいおい、良いんだな?」


参加者たちの中でただ一人だけ首に鋼鉄製の輪を填められて既に怒り心頭の男。
強靱な肉体に顔の大きな傷と右目の眼帯、重ねてボロボロの『死覇装』。
全てが絶妙にマッチして、『更木剣八』の気迫を演出していた。

「アイツを……爆弾程度で殺すだと?」

長い黒髪の少女が拘束されたまま、訝しげに言う。


他にも何人かの人物が、同じような反応をしている。
彼らは更木剣八という男の強さを知っているからこそ、心配をしない。

「さあて。三枚卸しコースでいいか狐野郎」

剣八は傍らにあった自らの愛刀を掴み、凶暴な笑顔で狐面の男を見つめる。
一人を除いて誰もが、狐面の首が呆気なく斬り飛ばされる光景を脳裏に描いた。

「かかってこい、お前はその為だけに呼んだんだからな―――まあ所詮は《代用可能》だが」

狐面の男の言葉が切られるのを待たずに、更木剣八は異常な速度で駆ける。
あと一歩で男を斬り殺せる間合いという所で、その動きが唐突に止まった。

「こいつの首に巻かれている首輪は爆弾だ―――で、爆破される前にこんな風に対象のありとあらゆる動作を停止させる。いわば他の奴らに掛けてる《拘束》の状態だな」

戦慄が、駆け抜けた。

「そして爆破の信号が到達するとたちまちドカン―――誰一人逃れられない確実な《即死》をプレゼントしてくれる。こんな風にな」


ドカン。
それは余りにお粗末な、陳腐な、まるでB級映画のような音だった。
ゴトン。
それはあまりにありふれた、まるでメロンでも床に落としたような鈍い音だった。
最後に、ごくごくありふれた人間が仰向けに倒れる―――ただし、首無し。

その意味を理解した者は皆一様に戦慄し、ある者は悲鳴をあげある者は怒声をあげる。


つい先程まで生きていた凶暴な男が、首から上をもぎ取られた死体となって転がっている。
体育館の簡素な木造の床に大量の血液が海を作り上げ、もぎ取られた首と首から上をなくした死体はそのいびつな傷口から噴水のように血液をまき散らしている。
死神・更木剣八はここに―――呆気なく、死んだ。


「分かったか?これがペナルティだ―――こいつはただの爆弾じゃあくたばらなかったろうが、生憎とこいつは普通じゃない代物でな。英霊やら何やらの諸君も例外なくこんな風に殺すことができる」

やはりその言葉に罪の意識は―――ない。

「ではこれにて開会セレモニーを終了するぜ。いわばオープニングの部分は終わったからよ………次にてめえらを《舞台の島》に転送して、それからいよいよ殺し合いを初めて貰う。
説明ってのは俺の柄に合わねえしよ、細けえことは各自ルールの紙を見て確認しろ。
あと。ゲームの存続が危うくなるような行動に対しても首輪を使うからな」




希望が墜ちていき、最悪の中で絶望が芽吹く。
いよいよ転送を開始しようという時に、狐面の男は思い出したように一言だけ言った。


「言い忘れていたが―――俺の名前は西東天という、もはや隠すようなことでもない」


またの名を《人類最悪》だ、とだけ言い残し、静かに壇を下りる。
彼が壇を下りきった時には、79人の参加者は一人残らず消えていた。

「おっと………殺したプレイヤーの埋め合わせをしなくてはな」

西東天、人類最悪の男が体育館を去る。

最後に笑うは正義か悪か、最善か最悪か。
物語は始まる
最低最悪のバッドエンドを目指して、加速していく。
全てが終わった後狐は何を思うのだろうか。
根絶やしにされた物語を読み終えて、何を感じるのか。


――――これは、最悪と呼ばれた一匹の狐が作り上げた狂乱の宴の物語である。



【更木剣八  死亡】
【残り80人―――――GAME START】






【1】
―――突然だがな、お前は『世界の終わり』について考えたことはあるか?

―――そうですね。科学的に言わせてもらえば『サイバー・ダウン』………世界中の機械という機械が同時に故障した時でしょう、とミサカは貴方の悪趣味さに心底辟易しながらため息混じりに返答します。

―――ほう。それもなかなか世界という物語の終わりとしては面白いな。

―――尤も、学園都市がある限りはそんなことで世界は終わらないでしょうが。

―――『学園都市がある限り』。ふん、そんなものはあってもなくても同じことだ。

―――『あなた』の考えには一生ついていける気がしません、とミサカは呆れます。

―――いや、だがお前を開発したあの街は評価してやる。俺が散々模索してきた世界に終わりをもたらす方法があんなちっぽけな街に集中しているなんざ普通じゃねえ。

―――ミサカからすれば『統括理事長』の協力をたった数分の対談でこぎ着けた貴方だって十分異常に見えますが、とミサカは淡泊に告げます。

―――あいつは話の分かる奴だったからな。まあ俺の目的が『世界を終わらせる』ことだったならあいつは力を貸さなかったろうよ、要はあいつも興味があるのさ

―――『ゲーム』………いや、あの人は『実験』と見ているのでしょうね。

―――だろうよ。全く悪趣味な奴だぜ。

―――貴方が言いますか、とミサカは何度目か分からないため息をつきます。

―――それよりそろそろ始めなきゃいけねえな、俺が待ちきれなくなってきた。

―――そうですね。………丁度、もう一人到着したところですし。

―――おう、来やがったか色男。お前にも一応聞いておくぜ


終わりの始まり
《最悪》の狐が巻き起こす根こそぎにラジカルな―――いや、少し違うか。
根絶やしにマジカルな、本来あり得なかったはずの物語。


――――ネダヤシマジカル、と呼称しよう。










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最終更新:2012年01月16日 17:48
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