寒い。
それが、衛宮士郎の最初に抱いた感想であった。
例えるなら、真夏にクーラーの温度設定を誤って行き過ぎた寒さにしてしまったようだ、と何処か冷静に脳は思考する。彼は今置かれている状況を全く把握できずにいた。
無理もない。つい先日、彼はとある戦争を終結させた。
《万能の願望器》―――聖杯を巡る七人の魔術師達の血塗られた
殺し合い、名を聖杯戦争。
ひょんなことからその戦争に参戦することになり、最優と称される騎士王のサーヴァントと共に、聖杯戦争を破壊するために―――《正義の味方》として、勇敢に戦い抜いた。
聖杯の真相を知り、最後には総ての黒幕だった神父の心臓に剣を突き立てて、聖杯を破壊した。
自らを愛してくれたサーヴァントとの別れも済ませ、物語は終わった筈だ。
だが現に自分は、こんな何の縁も所縁もない場所にこうして呼びつけられている。
「………ふん。よもやまたもその姿を見ることになるとはな……衛宮士郎よ」
ッ!?と士郎がその肉体を翻す。
それは、不吉な声だった。
もう聞くことがある筈など絶対にない、一人の最悪な男の声。
有り得ない。あいつは確かに死んだ、俺が殺した筈だ―――士郎の頭の中が更なる混乱に陥る。
心臓を刺されて生き延びられる人間など存在しない。だが、この声は紛れもなく《あの男》のもの。
意を決して振り向けば、そこにあったのはやはり予想通りの人物の姿だった。
黒い髪の毛に大柄な体躯。鍛え抜かれた肉体を覆い隠すのは神聖さを意味する神父服だ。
だが、神聖な職である神父とは思えない程に嫌悪感を放つ双貌。
その不吉な姿を、衛宮士郎という少年は一人しか知らない――――。
「言峰…………綺礼………!?」
「ああ。君に確かに殺された筈の言峰だ……そう構えるな、私とてこの事態は把握していないのだ」
嘘を吐け、と士郎は思う。
この男は聖杯戦争を裏から操り、聖杯の正体を知りながらもそれを手に入れんとした悪人だ。
《この世総ての悪(アンリ・マユ)》――――そんなものが解き放たれればどうなるか知っていながら、それを呼び起こそうとしていたような男なのだ。
どうせこの事態もこいつが糸を引いている、と士郎が断じてしまうのも無理はない。
だが。何故、どうやって言峰は生き返ったのか。それだけが、解らない。
幾ら未熟な魔術師である士郎とて、死人が勝手に甦る魔術など余程の準備をせねば不可能なことくらいは理解している。少なくとも最期の戦いで、言峰綺礼が何かまだ奥の手を隠している様子は士郎には見受けられなかった。
彼の協力者であった黄金のサーヴァント、英雄王もまた騎士王のサーヴァントに討たれた筈。
なら、誰がこの男を甦らせたのだ?
そうまで士郎が考えた時、突如ノイズの音が響いた。
士郎と綺礼以外の思い思いに状況への反応をしていた人間たちの動きが止まる。
スピーカーから響くノイズ。その発信源は、壇上。
よくよく見れば此処は何か説明会の会場のようであった。
壇上に立ったのは一人の男―――黒髪の、日本人らしい風体をした男性だった。
「えー、皆様。本日はお集まり頂き誠に有り難うございます。ま、こちらで集めたんですけど」
へらへらと
笑う男に、人々の激しい罵声が浴びせかけられる。
思い思いの罵声をぶつけても尚男はへらへらと笑い続け――静かにその右手を挙げた。
ドガァン!!と、耳をつんざくような爆発音が鳴り響く。
「………なっ……?」
「え……ダル、くん?」
「い、嫌ぁぁぁぁああああああ!?」
言っては悪いが肥満体の男性の首が突如宙に舞い、傷口から血液が噴出する。
近くに居た白衣の男性が壇上の男に殴りかかろうとするのをスキンヘッドの男性が押さえていた。
そしてその時やっと、士郎は気付く。
いや――その場の全員がほぼ同時に、首の違和感に気付いた。
首に、何か冷たくて硬い輪が巻かれている。無機質な、恐らくは鋼鉄製と見えるーー首輪。
「……妙だな。先刻までこんな物は確かになかった」
綺礼が訝しげに呟き、士郎も先程まで綺礼の首に首輪など巻かれてはいなかったことを思い出す。
走る混乱。渦巻く悲鳴。笑う男。
様々な感情が渦巻く中、男は愉快そうに手を叩いて口を開いた。
「ご名答です、言峰さん。これは確かに《今、貴方方に装着されました》ーーははっ、信じてもらえるか解りませんがねえ、私は超能力者なんですよ。
言い方を変えればサイキッカーとも言えますね……《楓坂》の人間なら珍しくもないのですが。
その力で、貴方方の首周りの座標に首輪を―――って、どうでもいい話ですねこれは」
不愉快。
衛宮士郎は、既にこの男を今すぐにでも討ちたい程に憤怒を覚えていた。
「私は楓坂秀吉。しがない手品師でございます――本日皆様には、一つお願いがありまして。私は本来人を楽しませる職業なのですがね、どうも最近娯楽に飢えている。渇いているのですよ。
そこで此度。私の渇きを癒して頂く為に……皆様に、一つ殺し合って頂きたい」
静寂。
「…………は?」
思わずそんな声が漏れた。
「反則は有りません!最後の一人になるまで、どんな姑息な手段を使ってでも殺すのです!制限時間は24時間、更に六時間の間死者が出なければ皆様全員ーーー死にます」
死ぬ。
もう説明は無用だろう。誰もが悟り、理解している。
この首輪は―――爆弾なのだ。
確実に反逆者を鎮圧し、恐怖で凶行へと人を駆り立てる為のいわば《保険》。
これを爆破されれば、士郎のような一般人は勿論綺礼のような超人さえひとたまりもない。
「その他の些末な事項は皆様全員にお配りするルールブックで各自ご確認下さいね。そして、勿論私とて礼儀と言うものは弁えておりますよ……タダで命を張れなんて言いません。
見事最後の一人まで勝ち抜いた者には!この私、楓坂秀吉が用意した独自の手段により!お望みを何でも一つだけ、叶えて差し上げる所存で御座います故!」
願いを叶えてやる。その言葉を聞いた瞬間に、衛宮士郎の中であの殺し合いが甦る。
ただ一つの願望器を巡っての殺し合い、そしてその果てに在った、結末も。
だからこそ衛宮士郎に火を点けてしまった。
絶対に殺し合いを駆逐する、少しでも多くの人間を守ってやる―――と。
「この賞品は魅力的でしょう、皆様。死者の蘇生、神格化!意中の相手と恋仲に!そんなことぐらいは些末なことで御座います!この私めが叶えて差し上げましょう!」
楓坂秀吉がパチン、と指を鳴らした。
その音を聞いた瞬間に、ぐらりと意識が薄れ―――視界が闇に包まれる。
何の抵抗も出来ないまま、意識を消失に委ねるしかない。
こうして、此処にまた一つ、殺し合いの物語が始まった。
【橋田至@Steins;Gate 死亡】
【残り41人】
最終更新:2012年03月19日 19:45