「一番のポイントは、このゲームのルールにある」
朝の潮風を頬に感じながら、ミチオはさほど明確でない意識のままモトヤマの言葉を聞いている。
「各々持ち点が100。それを個々のプレイヤーが奪い合う。
基本はそうだ。
しかし、誰からもポイントを奪えなかったからといって、どうなるわけでもない。
何のペナルティも無いわけだ。…少なくとも、明示されたルール上は、な」
ポイントを奪う。その意味することは、誰かを殺すという事だ。
誰かを殺して、ポイントを稼げ。
ミチオ達はそう言われて、今この島を彷徨っている。
しかし、同時にモトヤマの言うとおり、誰も殺さず、最初の持ち点100しか持たないままこのゲームを終えたとしても、ただそのまま帰るだけ。
信じるかどうかは別として、最初の
ルール説明ではそう言っていた。
「…そう…かもだけどよォ…」
そうだろうけれども、しかし。
ミチオがそう考えるのは、出会っているからだ。既に。
あの、桃色のひらひらとしたドレスを着た少女。
闇の中から銃撃してきた謎の人物。
そして、「手分けをして殺して回れ」等と言ってきた、チンピラ男。
この島の、『ミステリーツアー』が始まってから、ミチオは既に、3人もの「殺意」と出会ってしまっている。
そして何より…。
伏し目がちに、前を歩くモトヤマを見る。
目の前で、実際にチンピラ男…ケイイチを殺したのは、小柄で猪首、やぶにらみで妙に蛙じみた顔立ちのこの男なだ。
正に、殺人の現場を目撃してしまっている。
「そうかもだけど…、だ。
まさに、そいつさ」
ミチオの言葉を受けて、モトヤマはさらに言葉を続ける。
「この手のデスゲーム。
いわば、
殺し合いのバトルロワイアルってので何が一番難しいかと言えば、参加者全員に、"是が非でも殺さなきゃならない"という動機を与える事だ。
簡単に言えば、殺さなきゃ死ぬ、殺される。
そういう状況を作るのが、一番良い。
例えば、『最後の一人になるまで殺し合いをして貰う』、『時間切れになる前に最後の一人が決まっていなければ全員殺す』
そういうルールにすれば、ただ何もせずぼーっとしているワケにはいかない。
文字通り、『殺らなきゃ殺られる』状況だからな」
物騒な事をさらりと言うが、たしかにその通りだとミチオも思う。
「この『ミステリーツアー』のルールは違う。
全員が、『別に金なんかいらないし、人も殺したくない』 と、そう言ってゲームを放棄すれば、誰1人死なずに終わりを向かえる。
そういうルールなんだよ」
たかが100万。人1人殺すにしては、安い報酬だ。つい数時間前にミチオはそう思った。
そう。確かに、安い。
いや、勿論100万という金額自体をはした金という気はない。しかし、人を殺してまで手に入れたいかと言われれば、ミチオはNoと答える。
これが1千万、1億…等という金額なら、分からない。ちょっとは心が動くかも知れない。
少なくとも、それで心が動く人間はそう少なくないだろうと思う。
動くかも知れないが……やはりミチオは嫌だ。
人を殺す。人を死なせる。
もうそんな思いは、したくない。
二度と、人を死なせる苦しみなど、味わいたくはない。
だが…。
先程の放送を思い出す。
3人。既に3人の人間が死んだ…いや、殺された。
それが恐らく嘘でないと言うことをミチオは知っている。
3人のうち1人、ケイイチを目の前で殺したのは、他ならぬ目の前に居る小男、モトヤマなのだから。
他に挙げられた名前2人は、男のようであった。
もしかしたら1人は、モトヤマと会う前、森の小路で銃撃されたときに居た、中年男かもしれない。
モトヤマの言うとおり、誰もが殺し合いを放棄すれば、誰も死なずに終わるゲーム。
しかし既に、人は死んでいる。
「お前は、金になるからッて率先して人を殺そうなんて考えない。そういう奴だろう」
モトヤマの言葉に、うんうんと頷く。
「けど、既に3人死んでいる。つまり、殺した奴が居る。
『そうかもだけど』さ。
全員が、過失か故意かは別として、人を殺した、死なせた経験がある。
だから、誰もがつい考える。
『自分が誰も殺さないつもりで居ても、他の奴らは違うんじゃないか?
この島に、快楽殺人鬼や、連続殺人犯が居ないと、誰が言い切れる?
もしかしたら…やはり殺らなきゃ、殺られるんじゃないか…?』」
さっきのモトヤマの言葉通り、ルール上は決してそうではない。
けれども疑心暗鬼から、そう考えてしまう。
「或いはこうも考える。
『ここに居る連中がみんな人殺しだというのなら、そんな奴らは死んで当然じゃないか』」
例えば以前の日常の中で、そういう状況を聞いたのであれば、自分もそういういう考えを持ったかもしれない。ミチオは思う。
殺人者なんかみんな死刑にしてやればい、なんて事を何の思慮もなく口にしていたかもしれない。
ただし、自分自身が殺す役割を担うという前提はナシで、だ。
「つまり、さ。
このゲームは、所謂殺人ゲームの形式を取っているが、『是が非でも殺さなきゃいけない理由』は用意されていないんだよ。
ただ、『殺しても良い口実』だけがある。
殺人を正当化しても良い理由が、だ」
殺さなきゃ殺されるかもしれないじゃないか。みんなが殺人者なら仕方ないじゃないか。
モトヤマの言う通り、このルールにおいては全て言い訳なのだろう。
明確に、殺さなければ殺される状況に追い込まれているでもなく、又相手が真に殺意ある凶悪犯だとはっきりしているわけでもないのに、そうだろうという前提で誰かを殺すというのなら、まさにそれは言い訳であり口実だ。
しかし、と思う。
モトヤマの言う理屈は、分かる。
では、その当のモトヤマ自身はどうなのか?
ケイイチを殺した際、モトヤマは言った。
『俺のシナリオじゃ、俺が殺すのは、こいつみたいな、他人を殺して稼いでやろう、と考える。そんなヤツだけだ』
つまりこの、『殺さなければならない理由』の存在しない殺人ゲームにおいて、それでも能動的に殺人を犯そうと考える者達。
そういう者だけを選んで殺す。
そういう事だろう。
だがしかし、それもまたただの言い訳、口実ではないのか?
ミチオは改めて思う。
自分はこのモトヤマという男のことを、まるで知らない。
知っているのは、この男は目の前で人を殺し、そして自分に対しては「お前は殺さない」と言った、という事だけだ。
ただ、このゲームとやらが始まってから、立て続けに「人を殺そうとする殺意」に遭遇してしまったミチオにとって、その言葉が信頼できる出来ない以前の事として、ホッとしたのも又事実なのだ。
「あんたが死ねばよかった」
事故で親友を殺してから、何度かそう言われていた。
それは決して褒められた言葉ではないだろうし、そう口にしてしまった当人自体、それが正当な言葉だとも思っては居ないかもしれない。
けれども、ミチオ自身そうも思う。
俺が死ねば良かった。
なんであいつが死んだんだ。
俺が死ねば、良かったんだ。
部屋に引き籠もるようになり、1人鬱々としたまま、そう自分を責めてもいた。
次第に被害妄想気味になり、友人知人や近所の人はもとより、親や妹までもが自分を責めているように感じ始めてもいた。