不動遊星が目覚めた場所は、明かりの消えたホールだった。
(ここは、一体どこなんだ……?)
何故だか妙に頭が痛い。状況からして、睡眠薬でも盛られたのかもしれない。
ほとんど条件反射的に、痛む眉間を押さえようと、右腕を持ち上げるために力を込める。
「!」
しかし、腕は動かなかった。
視線を手元に下ろしてみれば、自分の両手と両足が、バンドで固定されているのが分かった。
劇場の観客席に座った体勢で、身体を拘束されているのだ。
(これは、本当に捕まったようだな……)
靄の晴れてきた思考で、眉根をしかめながら結論を出す。
寝ている間に見知らぬ場所へ連れてこられた――そうした最初の情報からして、自分が何者かに拉致されたという可能性は考慮していた。
だがそれも、今となっては、ほぼ確定事項と見なしていいだろう。
束縛は何者かの作為と、その動機となる悪意の証明に他ならない。
問題は、一体どこの誰が自分を捕まえ、こんな所に放置したかということだ。
「何だよ、これ……?」
「おいおい、一体どうなってんだ?」
聞き耳を立ててみれば、暗いホールの客席から、次々と声が上がっている。
どうやらここに集められたのは、自分1人だけではなさそうだ。
よくよく確認してみれば、自分の隣にも人影があった。
「おい君、起きてくれ」
未だ覚醒に至っていない男を、少し声を張って起こさんとする。
自分より1つか2つ年下の、黒服とセミロングの少年が、やがて瞼を震わせた。
「ここは、どこだ」
ゆっくりと瞳を開き、周囲を見渡す。
歳の割に落ち着いた男だ――ほとんど動じた様子もなく、その一言を呟いた少年に、遊星はそんな感想を抱いた。
「俺にも分からない……気がついたら、ここに拘束されていたんだ。君は何か、この状況に心当たりはないか?」
「……誘拐を働くような男の目星はつくが、いつどうやってこうなったのかは、俺にも見当がつかないな」
「犯人に心当たりがあるのか?」
低く、よく通る少年の声に、問いかけた。
「まぁ今となっては、奴がわざわざ俺に手を出すとは考えにくいが……」
「それでも構わない。今は1つでもヒントが欲しい……よかったら、そいつのことを教――」
状況が分からないのは相変わらずだが、仕立て人の正体が分かるかもしれないというのは収穫だ。
そう思い、彼の連想した犯人像を、聞きだそうとしたのだが、
「!?」
唐突に、音。
びぃぃっ、と間延びしたサイレンが、会場内に響き渡る。
舞台の開演を告げる合図に、遊星の言葉はさえぎられた。
やがてそれに合わせるようにして、目の前の舞台の幕――どうやら下りていたらしい――が上がる。
ばち、ばち、と音を立て、眩く点灯するスポットライトが、ようやく劇場内の暗がりを照らした。
「ようこそ諸君! 私の演出するステージへ!」
大仰に声を張り上げたのは、紫のスーツを着込んだ男だ。
優男然とした顔つきだったが、衣服の下の肩幅は広く、背筋もぴんと立てられている。ああ見えて、なかなかに鍛えているらしい。
「研美さん!? これは一体、どういうことなんだよ!?」
直後に響いたのは、いくつかの声。
どうやらあの男、会場内の何人かとは、事前に面識のあった人物のようだ。
「落ち着きたまえ、丹童子君。私とて礼儀はわきまえているさ……君の知りたいことは、今から順を追って説明していこう」
(よく言う……)
余裕たっぷりに振舞う、研美なるその男の声に、遊星は右の拳を握った。
本当に礼儀をわきまえているのなら、そもそもこんな馬鹿なことは、最初からしでかしていないだろうに。
「さて」
ぱちん、と指の鳴る音が響く。
「では説明を始めるとしよう」
それが合図のつもりなのだろうか。なんともまた気障な男だ。
「君達に集まってもらったのは他でもない。君達には、これから私達の行う、大いなる実験に付き合ってもらいたいのだよ」
「実験だと? それは一体どういうことだ?」
いよいよ黙っていられなくなり、遊星は声を張り上げた。
この男に対する好感度は、先ほどから猛烈な勢いで急降下中だ。どうにもならないとは知りつつも、これ以上黙ってはいられなかった。
「簡単なことさ。君達にはこれから、互いの命を賭けて戦ってもらいたい」
瞬間、ホールに巻き起こったのはどよめきだ。
これまでとは比較にならないざわつきが、薄暗い室内に溢れかえる。
「何よそれ! 一体どういうことよ!」
「また同じやり口を繰り返す気か、研美!」
「君達にはこれから、我々の用意した会場へ向かってもらう。そこが戦いのステージだ」
そしてそれを無視するようにして、研美は説明を続けていった。
「人数が多い上に会場も広い……恐らくこの実験は、それなりの長丁場になるだろう。
そこで君達には、いくつかの物資が支給される。人を殺すための武器も、まとめて渡されるという寸法だ。
細かいルールは、同じくその物資と一緒に、ルールブックを渡すことになっているので、それを読んで確認してほしい」
「1つ、質問をしてもいいかしら?」
その時、不意に。
説明を遮るようにして、観客席から声が上がった。
投げかけられた問いかけは、若い少女の声色だ。推測される歳の割には、随分と肝が据わっている。
「何かな、巴君?」
「ルールがあるということは、違反した場合の罰則もある、という解釈でいいのかしら?
何かしらの強制力がない限りは、私を含めた大多数が、
殺し合いには乗らないと思うのだけど」
なるほど、確かにその通りだ。
遊星自身、会場に送り込まれたとしても、殺し合いに乗るつもりは全くない。
このような無作為かつ強制的な選定では、そんな人間の方が圧倒的に多いだろう。
であれば、乗り気にならない人間を、その気にさせるための強制力が、この殺し合いには不可欠だ。
「なるほど、いいところに気がついたね。確かに君の言う通り、この実験にはいくつかの反則行為が存在する。
それを犯した者がどうなるか……それは、君自身の身をもって、説明させてもらうとしよう」
ぱちん、と研美の指が鳴る。
瞬間、会場に響いたのは。
「―――ッ!?」
どかん――という強烈な轟音だった。
耳を覆いたくなる爆音が、容赦なく鼓膜へ襲いかかる。音の上がった方からは、煙が上っているように見えた。
一体何があったのだ。何かが爆発したようだったが――
「見るがいい! これが違反者の末路だ!」
研美の声が響き渡る。
同時に会場のスポットライトが、遊星の視線の先を照らす。
そこに座っていたのは、1つの死体。
首元からもうもうと煙をたなびかせ、だらりと椅子にもたれかかる死体だ。
「なっ!?」
「嘘だろ……おい、マミッ!」
たちまち劇場は騒然となった。
あちらこちらから悲鳴が上がり、ざわめきとパニックが暗がりを満たす。
遊星自身でさえ、あまりに唐突な殺人に、一瞬言葉を失っていた。
「君達の首には予め、爆弾を内蔵した首輪が巻かれている。
この実験を妨害しようとした者、無理に外そうとした者には、このような制裁が下ると思ってもらいたい。
それとこの実験においては、時間が経過するごとに、会場が狭くなっていく。
立ち入り禁止となったエリアに、足を踏み入れてしまった場合も、同様の罰則が下るということを、よく覚えておいてくれたまえ」
不敵な笑みを浮かべる研美の声は、あまりにも冷酷に響いていた。
「……では、一通りの説明が終わったところで、最後に報酬の話をしよう。
この実験が完遂された時、最後に残った協力者には、我々から報酬を用意させてもらう。
……そしてその件に関しては、“彼”の口から説明してもらおう」
研美の言葉が区切られると同時に、新たな人影が姿を現す。
舞台裾から歩いてきたのは、奇妙な出で立ちをした金髪の男だ。
その素顔は分からない。黒と白のモノトーンで塗られた、ピエロのような仮面に覆われ、表情をうかがい知ることはできない。
「キヨタカではないのか……」
隣の少年が呟いた。
その清隆という男が、彼が目星をつけていた、誘拐の容疑者だったのだろう。
「彼の名はパラドックス……この実験を統括する主催者であり、未来からやって来た協力者だ」
研美の紹介を受けた男は、依然沈黙を保ったままだ。
怪しげなその風貌からは、未来人という突拍子もない自己紹介も、少しは信じられるように思える。
これまで自分が戦ってきた、ダークシグナーなどというオカルトが有り得るのなら、
あるいは未来からの来訪者も、有り得ない話ではないのでは、とさえ。
「ハッ、未来からとはまた大きく出たな。だが、あまり悪ノリが過ぎるようなら、こっちも興醒めしちまうぜ?」
その時、後方から響いたのは、荒っぽい男の声だった。
スポットライトが照らしたのは、ふてぶてしい態度の若者だ。鋭い視線と笑みからは、凶悪な雰囲気が感じられる。
「まぁ、信じられないのも無理はないか……いいだろう。パラドックス、見せてあげたまえ」
研美の声に合わせるように、パラドックスの手が懐へ伸びる。
またも無言で取り出されたのは、1枚のデュエルモンスターズのカードだ。
遊星も見慣れたトレーディングカードが、ゆっくりと前面へとかざされる。
「――《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン》!」
『グォオオオオオオオンッ!!』
絶叫。
宣言と共に放たれたのは、獰猛なドラゴンの雄叫びだった。
彼のかざしたカードが光り、魔物の姿を具現化させる。
光と共に顕現したのは、巨大な翼を持った漆黒の竜だ。
真紅眼の黒竜――デュエルモンスターズ最初期のレアカードとして、名前を耳にしたことはある。
(だが、何だあの姿は……!?)
しかし、現れたその姿は、遊星の記憶とは食い違っていた。
真紅眼の黒竜の両翼は、黒から白へと変色している。顔面の左半分も、まるでパラドックスの仮面のような、白いカバーで覆われている。
デュエルモンスターの実体化自体は、さして珍しいものではない。それくらいは現代においても、サイコデュエリストが実行している。
問題は奴が召喚したのが、真紅眼の黒竜の、未知のバリエーションカードであるということだ。
もしもあれが本当に、未来に作られたカードなら、彼が未来人であることの裏付けになるのではないか。
「っ、何だそりゃ……そんな魔法見――」
「黒炎弾ッ!」
号令と共に、熱風が荒れる。
客席の男の独り言は、灼熱の炎の中に消えた。
真紅眼の黒竜が、口から放った炎の弾が、彼の身体を焼き払ったのだ。
もはや二度目ともなると、悲鳴を上げる余裕すらないのか。会場はその光景に息を呑み、水を打ったかのように静まり返った。
「……見ての通りだ。これで私の持つ力が、君達にも理解できただろう」
静寂の中、パラドックスの声が響く。
熱風に金髪をはためかせ、堂々たる態度で言葉を紡ぐ。
その瞬間全ての観衆の目は、モノクロの仮面に釘付けとなっていた。
「この実験に用いられる設備の数々は、彼のもたらした技術によって構築されている。
セキュリティに関しても同様だ。ゆめゆめ、私達に刃向かおうなどとは思わないように」
「そしてこの実験を勝ち抜いた者には、私の技術力、そして研美グループの財力の総力を挙げて、望む報酬を与えることを約束しよう。
何であろうと構わない。無敵の力、巨万の富……死者の復活すらも成し遂げてみせよう」
「では、説明はこれで終了だ。君達の健闘を祈らせてもらうよ」
三たび、ぱちん、と指が鳴る。
ぷす、と首筋に感じた痛覚。
首輪のある場所よりも少し上――劇場の座席の背もたれに、麻酔針が仕込んであったのか。
不動遊星の意識は、再びまどろみの中に沈んでいった。