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月影と蒼天

「――ってことは、アイズお兄ちゃんは、ゆまを殺さないってことだよね?」
「そうなるな」
 鬱蒼と生い茂る木々の間から、微かな月光が地面を照らす。
 腐葉土の上に立ち向き合うのは、少年と幼い童女の2人だ。
 ブレード・チルドレンの1人、アイズ・ラザフォード――夜風に銀髪を揺らす美少年を、銀月の光が照らしていた。
「もちろん、向かってくる脅威に容赦はしない……だが、好きでこんな実験に乗ってやるほど、俺も暇ではない」
 真実だ。
 振りかかる火の粉を次々と払い、その手を血に染めてきたアイズだったが、何も好きで殺しをやってきたわけではない。
 それはあくまで生存のためであり、必要に駆られての悪行に過ぎない。
 むしろ自らの血に呑まれ、殺戮を厭わぬ鬼となることを忌避し、アイズは宿命に抗ってきた。
「んー……よくわかんないけど、でもよかった」
 その目の前で安堵の声を上げているのが、千歳ゆまという少女だ。
 アイズがこの実験場で目を覚ました後、最初に遭遇した相手が、おろおろと途方に暮れていた彼女だった。
 半泣きのところを何とかなだめ、敵意がないことを相手に伝え、そして現在に至るわけである。
「……まぁいい。ひとまず、状況を確認するぞ」
 言いながら、アイズはデイパックを肩から降ろす。
 そのまま鞄の口を開き、中からルールブックと名簿を取り出すと、ランタンに火を点け確認を始めた。
 ルールブック――オープニングで研美が言った割には、ろくに規則らしい規則もなかった――を早々に流し見し、
 さっさとデイパックへと戻すと、今度は名簿の方へと視線を向ける。
(アサヅキ、リョウコに……ナルミアユム)
 いくつか、見知った名前があった。
 五十音に並んだ中で、最初に目に留まったのは、浅月香介と高町亮子。同じブレード・チルドレンの仲間だ。
 しかし彼らは重傷を負い、未だ入院していたはずである。
 にもかかわらず、この実験に集められていたという事実には、いささかの疑問符が浮かんだ。
 そしてその後に見つけたのは、救世主・鳴海歩の名前だ。
 数多の試練を乗り越えて、しかるべき力を磨き覚醒した、ブレード・チルドレンの救い主である。
 その名前を目にした時、一瞬、細目が見開かれた。
 彼がこの場にいるというのか。
 偶然にしてはタチが悪い。あいつはこんなことに巻き込まれて、死んでいい器ではないというのに。
(アサヅキ達のことも気になる……だが、まずはナルミアユムと合流しなければ)
 ここにこの実験場における、アイズのスタンスは確定された。
 鳴海歩を守護すること。
 いかなる手段を使ってでも、彼の命を守り抜き、この場から生還させることである。
「ユマといったか……ここに載っている名前の中に、お前の知っている名前はあるか?」
 同時に確認したのは、ゆまのことだ。
 自分の知り合いがいたのだから、ゆまの知り合いもいるかもしれない。
 こんな状況だ。
 かつて頼りにしていたカノン・ヒルベルトがおらず、アサヅキ達も当てにならない今、
 戦力がいるならいるに越したことはないだろうし、逆に脅威となる存在がいたなら、警戒すべき対象になる。
「うーんとね……あ、キョーコだ! この佐倉杏子っていう人が、ゆまの友達だよ」
「お前の友達か……あまり戦いには向かなさそうだな」
 少しばかり、落胆する。
 幼児の友達ということは、同じく幼児か、よくて小中学生くらいだろう。とても役に立つとは思えない。
「そんなことないよ! キョーコは怪物だって退治しちゃう、とっても強い魔法少女なんだから!」
「魔法、少女……?」
 ゆまから返ってきた返事に、しばしアイズは目を丸くした。
 魔法少女というフレーズには、ほんの少し聞き覚えがある。
 確か歩の兄・清隆が言っていた、日本の漫画のジャンルだったか。言葉から察するに、魔法使いが主役のファンタジーなのだろう。
 ということは、彼女の話は、いわゆるごっこ遊びの話か。
 自分達の置かれている状況も、大概とんでもないものだが、さすがにそこまでぶっ飛んだものが、現実に存在するとは思えない。
「分かった……そういうことにしておく」
「あー! 嘘だと思ってるー!」
 ぷぅっと頬を膨らませて反論するゆまを、適当にあしらうようにして返事をする。
「とりあえず、こっちだ。現在地から南に行けば、森を抜け、市街地に行けるだろう」
 そうしてアイズはコートを翻すと、行く先を指差して、告げた。
 現在位置は分からないが、森はフィールドの北部に集中している。
 開けた中心点に行くには、どこからであれ、南を目指さなくてはならない。
「そっちに行けば、キョーコに会えるかな……?」
「どうだかな……生き残っていたなら、可能性はあるだろうが」
 不安げに問いかけるゆまへと、不器用ながらも、慰めの言葉をかける。
 未だ2桁の歳にもなっていないような、年端もいかない小さな少女だ。こんな状況に放り込まれて、平気でいられるはずもない。
 いくら無愛想なアイズと言えど、この2人きりの状況で、そんなゆまを放っておくことはできなかった。
「行くぞ」
 発した声に、無言の頷きが返ってくる。
 先ほど示した方向へと、先導するようにアイズが進む。
 かさかさと鳴る小さな足音が、黒いロングコートの後に続くのが分かった。
 らしくない、とは思う。必要悪に駆られてとはいえ、殺人鬼であるはずの自分が、今は子供の手を引いているのだ。
 それでも見つけてしまった以上は、放っておくわけにもいかないだろう。
 とりあえずその辺りは置いておき、まずは市街地へ向かうことに専念――

 がさり。

 ――しようとした矢先に、足が止まった。
「ひっ」
 どうやら今の物音は、ゆまの耳にも届いたらしい。
 それだけの、大きな足音だ。それが側面の方向から聞こえてきた。
 ゆまのものでもなければ、当然、アイズ自身のものでもない。
 何者かの気配を感じつつ、懐の得物へと手をかけ、左側へと視線を向ける。
「……ヘェェエ……」
 そこに佇んでいたのは、日傘をさした黒ずくめの男だった。
 身体は漆黒のコートに覆われており、そこから体格は読み取れない。目深にかぶったキャップの下には、青白い顔が覗いている。
 そこに宿された感情は、狂喜。
 まるで麻薬中毒者のような、常軌を逸した笑顔だった。
 両目をくわと丸く見開き、怪しげな吐息を漏らす様は、明らかに正常な状態ではない。
「下がっていろ、ユマ」
 危険な相手だ。
 戦闘能力の有無はともかく、友好的な雰囲気は感じられない。
 波乱の気配を察したアイズは、ゆまを背後へ下がらせると、油断なく黒ずくめの男を睨む。
 こちらは子供を連れているのだ。相手の動向にはいつも以上に、神経を研ぎ澄まさなければ。
 そう思い、コートの裏に伸ばした片手に、一層の力を込めた瞬間、
「ハァァァァアッ!」
 目の前の相手は、予想外の行動に出た。
「何だと……!?」
 それはまさしく変身である。
 怪しげなコートの男から、人ならぬ異形への変貌である。
 突如奇声を上げた男の姿が、傘を放り投げると同時に、一瞬で怪物へと変化したのだ。
 鋭い牙、恐ろしい爪、そして腕から伸びる翼――まるで獣のような凶悪なフォルムは、どこか蝙蝠を連想させる。
 もちろん、こんな相手に遭遇するのは、アイズにとっては初めてのことだ。
 何が起こったのか分からない。あのパラドックスなる男が、カードから竜を呼び出した時と、同じ驚愕が彼を襲う。
 そこで思い出したのが、ゆまの言っていた言葉だった。
「……あれがそうなのか?」
 魔法少女こと佐倉杏子が、戦っていたという怪物のことだ。
 もしかしたらあの話は、真実だったのではないか。
 魔法を使う秘密の戦士は、もしや本当に実在していて、そんな彼女の戦う相手が、目の前の怪物なのではなかろうか。
 そんな意図を短くまとめ、背後のゆまへと問いかける。
「う、ううん、多分違うよ……あの人はなんだか、ちょっと違う」
「参考にはならなさそうだな……」
 そしてどうやらあの蝙蝠男は、そんなゆまにとってもまた、未知の存在であったらしい。
 攻略の可能性はここに潰えた。これで情報は完全にゼロだ。
 捨て鉢気味に呟きながら、アイズは得物を引き抜いた。
 アメリカ軍制式採用の実績を持つ名銃・ベレッタM92だ。取り回しに優れる上に、計15発の装弾数も美味しい。
 あれはどう考えても敵だ。化け物の本性を明かしたということは、すなわち臨戦態勢に他ならない。
 いつでも発砲できるように、セーフティを解除して備える。
「ヘァァッ!」
 そしてそのタイミングは、すぐに訪れることになった。
「ッ!」
「きゃあ!」
 刹那に膨れ上がる蝙蝠の体躯。
 きんと耳を突く風切りの音。
 猛烈な勢いの突進を、ゆまを抱えて飛び退き、かわす。
 ごろごろと転がる身体を立て直し、弾かれたように、引き金を引いた。
 ばん、ばん、ばんと発砲が響く。木々を縫うように飛翔する敵を、鉛の弾丸が狙い撃つ。
 攻撃する側が放つのが弾丸なら、逃げる相手の速度も弾丸並だ。
 時速100キロはくだらないであろう怪人のスピードは、狙いをつけるだけでもやっとだった。
「ユマ、お前は先に市街地へ行け……ここは俺が食い止める」
 身を立たせ銃を構え直したアイズが、眼下のゆまへと言い放つ。
「そんな、やだよ! アイズお兄ちゃんだけ置いてくなんて――」
「いいから急げ、死ぬぞ……!」
 言い合っている暇などなかった。
 相手の攻撃能力は未知数だが、あのスピードは十分に脅威だ。ゆまを庇いながらでは、恐らく対応しきれまい。
 故に語気を普段より強めて、有無を言わせぬ口調で言った。
「う……うん!」
 それでようやく納得したらしい。
 一瞬、びくっと震えた後、ゆまは南へと走り去っていった。
「ジョベギバボドゾ、ギジャガデデ……」
 それに入れ替わるようにして、蝙蝠男が立ちはだかる。
 ずん、と大きな足音を立て、ゆまが消えた道筋の先に、異形の怪人が着地する。
「ラガ、ギギガ……ラヅゴグザグ、ヂゾグデデジャス」
 裂けた口から発せられるのは、意味の分からない未知の言語だ。
 自分達人類と目の前の怪物とは、根本的に違う生命なのだと、改めて思い知らされる。
 ブレード・チルドレンなど可愛いものだ。あれこそが本物の化け物なのだ。
「通じるかどうかは、分からないが……!」
 ばん、ばん、ばん、と。
 棒立ちの蝙蝠怪人目掛け、再び拳銃を3連発。
 獣の皮膚に着弾する度、男の身体がぐらりと揺れる。
 だが、それだけだ。
 ぐじゅぐじゅと不快な音を立て、銃弾はぱらぱらと皮膚から落ちた。
 直撃を受けた傷跡が、瞬時に再生してしまったのだ。“この程度”のダメージでは、奴には効果がないらしい。
 これで不公平でないというのは、まったくどんな判断基準だ――改めてアイズは、研美を恨んだ。
「ハッ!」
 気合と共に、殺到。
 両の腕を大きく広げ、蝙蝠男が飛びかかる。
「ぐっ……!」
 瞬く間にアイズは取り押さえられ、地面に組み敷かれてしまった。
 その筋力の何としたこと――ぎちぎちと押さえこんでくる腕力は、気を抜けば腕をへし折られそうになるほどだ。
 普段、矢面に立たない身ではあるものの、身を守るための戦闘訓練は、余念なく積んできたつもりだった。
 それでも、この人外の魔物には、その一切が通用しないのだ。
 情けない。
 鳴海歩を守ると決めたその矢先に、真っ先に脱落する羽目になろうとは。
 生温かい吐息が頬を撫でる。
 爛々と光る牙が迫る。
(後は頼んだぞ、ナルミアユム――)
 それがアイズ・ラザフォードの、生涯最期の思考だった。


 何が何だか分からなかった。
 気付けばあの劇場に送られて、人が死ぬ姿を見せられた。
 同じように殺し合えと、この森の中に捨てられて、そしてそれからこの有り様だ。
 半分べそをかきながら、千歳ゆまは必死に駆けていた。
 あのアイズ・ラザフォードという外人の男が、どこまで戦えるかは分からない。
 それこそあの蝙蝠の化け物が、魔女と同等の力を持つのなら、並の人間では太刀打ちできない。
 だとしても、あの場は逃げるしかなかった。どうせあの場にいたとしても、ゆまに出来ることなど何もなかった。
(やっぱり、ゆまは役立たずなの……!?)
 もどかしい。
 無力感が付きまとう。
 父親を繋ぎ止められなかったからと、母親はゆまに暴力を振るった。
 魔法少女になったとしても、どうせ役に立たないからと、杏子もゆまの助けを拒む。
 そしてこの場においてもなお、戦いの役に立てぬが故に、アイズはゆまを先に逃がした。
 自身の無力はトラウマを抉り、ゆまの精神を摩耗させていった。
「――ハァアッ!」
 瞬間、奇声が彼女の耳を打つ。
 目の前に立ちはだかったのは黒い風。
 上空高くから落下してきた、あのおぞましき蝙蝠怪人だ。
「あ……!」
 そしてゆまは見てしまった。
 頬まで裂けた口元が、てらてらと光を放っていることを。
 獰猛な牙が月光に照らされ、赤い血の色に染まっていることを。
「そんな……!」
 それが意味することはただ一つだった。
 アイズ・ラザフォードは失敗したのだ。
 この異形の怪人に立ち向かうも、それでも一矢報いるには至らず、命を奪われてしまったのだ。
 脳裏にフラッシュバックするのは、オープニングでの2人の死者だ。
 首から上を吹き飛ばされた、巴なる金髪の少女の顔。
 巨大な竜に焼き殺された、若い不良然とした男の顔。
 あれと同じ目に遭ったというのか。
 自分に力がなかったが故に、アイズは自分を庇った末に、彼らと同じところへ逝ったというのか。
「ヘェェヘヘヘ……」
 陰湿な引き笑いが鼓膜を揺らす。
 舐め付けるような声音が脳髄を震わす。
 ざくり、ざくりと響くのは、一歩ずつ近寄ってくる足音だ。
 死ぬのか、私は。
 こんなところで死ぬというのか。
 せっかく杏子に助けられたのに。新しい人生を始めたというのに。
 私はこんなにも弱いから、こんなにもあっさりと殺されてしまうのか。
 それは嫌だ。逃げなくては。
 しかしこの化け物相手に、果たして逃げ切れるのか――?
「ヘァァァ!」
 混乱する思考を切り裂くように、蝙蝠男が飛びかかった瞬間、

「――おぉりゃあああああっ!」

 裂帛の気合の宿った叫びが、その突撃すらも打ち落とした。
「ゥエッ!?」
 上空に飛び上がった怪物が、勢いよく側面へと吹っ飛んでいく。
 どすんと音が響くと同時に、見知らぬ何かが地に降り立つ。
「え……?」
 がさがさとざわめく夜風の中、ゆまはその影を瞳に捉えた。
 暗がりから姿を現したのは、純白の後ろ姿だった。
 先ほどのような怪物ではない。ショートに切りそろえられた髪の下には、人間の肌が覗いている。
「ふぅ……間一髪」
 安堵の声は女性のものだ。
 その声を聞いた瞬間になって、初めてゆまは、自分が助けられたのだということを理解した。
「バンザ、ゴラゲパ……!」
 遠くに吹っ飛ばされた蝙蝠男が、再び歩み寄ってくる。
 どうやらさっきの物音は、木か何かにぶつかったことで起こったらしい。
 怪人は頭を押さえながら、随分と不機嫌そうにしている。
「大丈夫? 怪我はない?」
 そしてその怒りをも意に介さず、女はゆまへと問いかけた。
 ちょうどその時、ゆまは初めて、自分を助けた女の顔を見た。
 肩越しに見せるその表情は、いかにも頼もしげな笑顔だった。
「あ……う、うん」
 根拠はない。一見普通の人間に見えるこの女性が、どうやってあの怪人を吹っ飛ばしたのかは分からない。
 それでもその笑顔を見ていると、不思議と、不安が消えていく。
 この人ならどうにかしてくれるかもしれないと、警戒心が解かれていく。
 だからこそ、ゆまは返事を返した。
 正体不明のこの女性を、明確に味方と認識し、正直に己の状態を伝えた。
「そう、よかった」
 にっこりとほほ笑み、力強く頷く。
 言葉少なに、しかし確かに、喜びの感情を表すと、女は再び正面を向く。
「しばらくそこから動かないでね……こいつの相手は、あたしがするから」
 右の拳を奥へと引き、左の拳を盾と構える。
 見たことのない構えだが、空手か何かの仲間なのだろうか。
 元より、スポーツには疎いゆまだが、それでも彼女のその構えは、確かに奇妙なものとして映った。
「ゴゼゾ……ゴゼゾ、ガラブリスバァ!」
 遂に痺れを切らしたのか、蝙蝠男が叫びを上げる。
 両腕の翼を広げると、まるでグライダーのように飛びかかってくる。
 びゅん――と風を切るその様は、まさしく地を滑る銃弾だ。
 ろくに武器も持たない女には、止められるとは到底思えない。
「頼むよ――ケリュケイオン!」
 されど女は怖れない。
 微塵の震えも見せることなく、闘志を滲ませ声を張る。
 そしてその瞬間になってようやく、ゆまは女の両手を見た。
 彼女の手に嵌められた、宝石のようなもので飾られたグローブが、一瞬光を放った瞬間、
「うぉおおおおおおおッ!」
 女の怒号は拳撃となり、蝙蝠を明後日の方向へ殴り飛ばした。
「ァアアアッ!」
 みっともない悲鳴を上げながら、獰猛な怪人が宙を舞う。
 あれほど凶悪に映った化け物が、まるで紙屑か何かのように、弧を描き地面へ落とされる。
 瞬間、拳を構える女の出で立ちは、先ほどのそれとは激変していた。
 大胆に腰部を露出したデザインは、一瞬前までにまとっていた、制服のような姿とはまるで違う。
 コートの裾のような腰布と、長い鉢巻をはためかせる姿は、まるでテレビのヒーローのような戦闘服だ。
 蒼穹の拳を煌めかせ、悠然と佇むその姿――それを表す言葉は1つ。
「まほう、しょうじょ……?」
 かの佐倉杏子のそれと同じ、魔法少女の装束に他ならなかった。


 条件反射的に身体が動いた。
 その少女の姿を見た瞬間、弾かれたように足が動いた。
 支給品の中に入っていた、仲間のデバイスを装着し、敵と思しき相手へと殴りかかった。
 どちらが脅威となるかなど、わざわざ考えるまでもない。
 異形の怪物然とした姿ですらも、考慮の対象になりはしない。
 誰かがそこで泣いていて、その人を泣かせる者がいる――スバル・ナカジマの尺度においては、それは絶対的な悪に他ならなかった。
「ガァアアアッ!」
 怒りに唸る蝙蝠男が、身体を起こして駆け寄ってくる。
 あのパンチを浴びてなお動けるのか。
 手加減をしたつもりはなかった。常人なら骨折とまではいかずとも、うずくまり動けなくなるくらいの一撃のはずだ。
 どうやらあの怪人の姿も、見かけ倒しというわけではないらしい。
「はっ!」
 だからとて、やるべきことは変わらない。
 襲いかかる鋭利な爪を、左腕で払い落す。
 息もつかせぬ間の追撃。速い――しかし短慮な一撃。
 もう片方の腕の攻撃も、右腕で難なくさばき切る。
「そぉりゃっ!」
 だんっ、と音を立てながら、ボディにお見舞いしたのはキックだ。
 がら空きの胴体に直撃をもらい、怪人はみっともない呻きを上げる。
 パワーもスピードも防御力も、明らかに人間離れしている。並の武装局員なら、苦戦を強いられる羽目になるだろう。
 さりとて、この身は並ではない。
 特務六課の2枚のエース――かの時空管理局トップエース・高町なのはに並び立つほどの、不撓不屈のストライカーだ。
 驕るつもりは毛頭ないが、この程度の愚図にやられるほどの、軽い看板などではない。
「うぉぉっ!」
 パンチ、パンチ、続けてパンチ。
 しゅしゅっと風を切る音を立て、高速のジャブをお見舞いする。
 鮮やかな三連撃を打ち込んだ直後、追撃にぶつけるのは回し蹴りだ。
「ハァァァァア~……ッ!」
 しかし、それを阻むものがある。
 左手から伸びた膜状の翼が、スバルのキックをガードする。
 野生の本能というやつか。こちらの動きに追い付いてきた相手が、初めて攻撃を受け止めた。
 そのまま力任せの動作で、右足が強引に振り払われる。
 浮き上がる身体に出来た隙を、今度は蝙蝠の拳が襲った。
「く……!」
 防護装甲の上からも、どすんと響く強烈な一撃。
 丸腰の人間に繰り出せるものではない。
 丸出しのウエストを左手で庇い、スバルは一旦距離を取る。
 決して敵わない相手ではないと悟ったのだろう。裂けた口から漏れる怪人の吐息に、あからさまな喜色が混ざる。
「ハハァァァッ!」
 そうして繰り出されてくるのは、またも短慮な突撃だ。
 まったく、声からしていい歳しているだろうに、まるで昔の自分を見ているようで、何だかむず痒くなってくる。
 生憎とそんな頭の悪い戦術を、そう何度も通用させられるほど、今のスバル・ナカジマは甘くはない。
『Protection.』
 突き出す左手の宝珠から、ブーストデバイスの音声が響く。
 瞬間、宵闇を引き裂いて、顕現するのは光の盾。
 襲い来る蝙蝠の鋭利な爪と、真正面から衝突し、更なるスパークが周囲を照らす。
 防御魔法・プロテクションが、敵の攻撃を阻んだのだ。
 この現象は相手にとっても、全くの未知のものであったらしい。予期せぬ防壁の出現に、一瞬怪人の動きが止まった。
 そうなれば後は簡単だ。
 これで一気にケリをつけるべく、必殺の一撃をぶつけてやる。
「ディバインッ――」
 防御を解除し、両の手で構える。
 眼前でぐるりと円弧を描き、その中心に魔力を集中。
 青い光を放つ魔力が、バレーボール大のスフィアを形成。
 ぐい、と右腕を後方へ引いた。
 ずい、と左腕を突き出した。
 解き放つは師匠直伝の極意。
 かつて見よう見まねで身に付けたものを、本人の教導の中で鍛え上げ、その輝きを増したフェイバリットアーツ。
 どんな壁であろうと打ち砕く、一撃必倒の四文字の体現。
 あらゆる困難を真正面から突破し、あらゆる脅威を薙ぎ払う、スバル・ナカジマの魂の具現だ。
「――バスタァァァァァーッ!!!」
 その名も奥義・ディバインバスター。
 眼前に集中した極大の魔力を、拳撃に合わせて発射する、強力な砲撃魔法である。
「ウグァァァァッ!!」
 動転した蝙蝠怪人は、その一撃をモロに食らった。
 ゼロ距離から減衰なしに直撃を受け、魔力の奔流に流されるまま、遥か彼方へと吹き飛んでいった。
 轟然と巻き起こる衝撃が、烈風となってバリアジャケットを煽る。
 蒼天の波動は暗黒を呑み込み、真昼のごとき輝きを振りまく。
 全てが事を終えた時、そこに怪人の姿はなかった。
 薙ぎ倒された木々の先には、少しばかりたなびく煙と、夜の暗闇だけがあった。
 生死は確認できないが、ひとまずは撒いたということだ。
 ふぅ、と安堵の息をつくと、改めて少女の方へと向き直った。
「これでもう、大丈夫だよ」
 唖然とする少女の瞳を見据え、安心させるように声をかける。
 少女はしばしそのままでいたが、やがて脅威が去ったと気付いてか、スバルの方へと駆け寄っていった。
「よしよし」
 ひし、としがみつく娘の頭を、優しい手つきでゆっくりと撫でる。
 泣きじゃくる少女を、そのままに、気持ちが落ち着くまで泣かせてやる。
(……こんな小さな子まで巻き込むなんて)
 同時にその胸に宿されるのは、この実験を起こした者達への怒りだった。
 自分が巻き込まれたのはまだいい。
 しかし、このような戦いの最中へ、抵抗すらもできない幼子を放り込み、平然と殺しを強いる行為は、断じて許せたものではない。
 この実験は自分の手で叩き潰す。戦えない者達を救い、必ずや安全な場所へと送り返す。
 確固たる念を拳に込めて、スバルは己の決意を固めた。


【一日目/深夜/A-4】

【千歳ゆま@魔法少女おりこ☆マギカ】
【状態】精神的疲労(小)、疲労(小)
【装備】なし
【道具】基本支給品、不明支給品1~3
【思考】
基本:とりあえず生き残る
1:杏子に会いたい
2:このお姉ちゃんは……?
【備考】
※第1話より、キュゥべえとの一度目の出会いの直後からの参戦です

【スバル・ナカジマ@魔法戦記リリカルなのはForce】
【状態】バリアジャケット、腹部にダメージ(極小)、魔力消費(中)
【装備】ケリュケイオン@魔法戦記リリカルなのはForce
【道具】基本支給品、不明支給品0~2
基本:実験を止める
1:この少女(=ゆま)を含めた、戦えない人々を守る
【備考】
※第17話終了後からの参戦です



「バンバンザ、ガギズパ……!」
 痛む身体を引きずりながら、蝙蝠怪人ズ・ゴオマ・グは、怒りの形相を浮かべていた。
 これは一体どういうことだ。
 何故ただのリントにしか見えないあの女が、ここまで自分を追いつめることができる。
 この身は魔石の強化を受け、リントを遥かに超えた超人――グロンギの怪人であるというのに。
「ギサギサガゲ、ジャガゼゼ……!」
 何から何まで気に食わないことずくめだ。
 いずれ殺す予定だった族長――ン・ダグバ・ゼバに、労せずして近づけたのはまだいい。
 問題は奴を殺すためのベルトの破片を、あのよく分からないリントの男に、没収されてしまったということだ。
 あれがなければ話にならない。今の弱い自分のままでは、ダグバ相手には戦えない。
 ましてやよく分からない力で、自分を退けたあの女もいる。
「サヅギギジャズ……ガンゴン、バパビサギザ……リンバゴゼグ、ボソギデジャス……!」
 まずはベルトの破片を探す。
 その上でダグバと決着をつける。
 ついでにあの眩しい力の女も、残りの奴らも殺してやる。
 忌々しげに唸りながら、ゴオマは進軍を開始した。


【一日目/深夜/A-3】

【ズ・ゴオマ・グ@仮面ライダークウガ】
【状態】ダメージ(中)
【装備】なし
【道具】基本支給品、黒い日傘、不明支給品0~2
【思考】
基本:皆殺し
1:ダグバを殺し、自分がグロンギの頂点に立つ
2:そのためにもダグバのベルトの破片を探す
3:次に会ったら、眩しい女(=スバル)は必ず殺す
【備考】
※第26話終了後からの参戦です


【アイズ・ラザフォード@スパイラル~推理の絆~ 死亡確認】
※A-4にアイズ・ラザフォードの死体とデイパック(基本支給品、不明支給品0~2)、ベレッタM92(9/15)が放置されています

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Back:開幕 ――大いなる実験 投下順で読む Next:策謀は躍る
GAME START 千歳ゆま Next:[[]]
Back:開幕 ――大いなる実験 アイズ・ラザフォード
GAME START ズ・ゴオマ・グ Next:[[]]
GAME START スバル・ナカジマ Next:[[]]

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最終更新:2012年02月11日 05:39
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