第七十三話≪すくえぬもの≫
『では今生き残っている大崎さん、四宮さん、菊池さん、葛葉さん、志水さん、新藤さん、藤堂さん、松宮さん。
ここまでよく頑張りましたね。もう少しですよー頑張って殺し合って下さい。 ではさようなら~』
F-2市街地に存在するガソリンスタンドの事務室内で、
四宮勝憲と
金ヶ崎陵華は放送を聞き終えた。
二人の手元には放送で呼ばれた名前が消された参加者名簿と、禁止エリアが書き込まれた地図。
そして二人の間には、重苦しい沈黙。
「四宮、さん……」
「……そうか……あいつ、死んじまったか……」
力が抜けた声で言う勝憲。
先の放送の死者発表で、彼の知人の一人である「
朱雀麗雅」の名前が呼ばれてしまったのだ。
勝憲本人から聞かされた話から推測するに、幼馴染で、親友だったらしい。
陵華は慰めの言葉も励ましの言葉も見付からない。
一人も知り合いが呼ばれていない彼女に取って、知り合いが二人も呼ばれ、その片割れが死んでしまったという、
非情な現実を突き付けられている勝憲にかけてやれそうな言葉を見付けるのは、不可能事に近かった。
「あ、悪ぃ……ガラにも無く感傷に浸っちまった。いつまでもくよくよしてらんねぇよな」
「……」
心配そうに勝憲を見つめる陵華に気付き、勝憲は可能な限り明るく振舞う。
その姿が陵華の心をますます締め付けた。
「な、何だよその顔! 大丈夫だって言ってんだろ! まだ美琴の奴が残ってんだ。
ここで立ち止まってたらそれこそ麗雅の奴に顔向け出来ねぇーよ!」
尚も心配そうな表情を浮かべる陵華に、勝憲はやや語気を強めて言い放つ。
「……とにかく、荷物まとめろよ。移動すっぞ。
人が集まりそうな場所……そうだな、島役場に行ってみようぜ」
「うん……」
立ち上がり、有無を言わさず移動を提案する勝憲。陵華は大人しくそれに従う。
自分の荷物をまとめる勝憲の背中が、陵華はいつになく寂しげに見えた。
陵華は、自分自身が悔しくてたまらなかった。
四宮さんはいつも自分を助けてくれたのに、自分は何か一つでも四宮さんの力になった事があっただろうか。
崖から落ちそうになったのを助けられ、手榴弾を持った襲撃者に襲われた時に護衛され、
酒場で正気を失った男性に襲われた時にも助けられ、その後死体を見て気分が悪くなった自分を気遣ってくれた。
いつもいつも、助けられてばかり。
自分も何か、四宮さんの力になりたかった。
でも、どうしていいか分からない。何も出来ない。
そんな自分が、陵華はたまらなく悔しかった。苛立った。悲しかった。
勝憲の目には、涙が滲んでいた。
だが、勝憲はそれを必死で堰き止める。うっかり力を抜こうものなら、もう止まらなくなる。
あまり言葉を発しないのは、どうしても声が震えるからだ。
勝憲の心の中に飛来するのは、失った知人であり親友であり幼馴染の朱雀麗雅の姿。
先祖代々続くという剣術道場を切り盛りし、道場の生徒からは「鬼の師範代」と呼ばれ恐れられていた。
しかし、実際の麗雅は他人を思いやれる優しさと心の強さを兼ね備えた好人物だった。
それは非常に付き合いが長いと自負する勝憲自身が言っている事である。
いつ、誰に殺されるか分からないこの
殺し合いという状況の中、
恐らく彼女ならば、簡単に殺される事は無いと、いや、殺される事など無いだろうと、
勝憲は心のどこかで思い込んでしまっていたのかもしれない。
だが――朱雀麗雅は死んだ。
悲しかった。どうしようも無く、悲しかった。泣きたかった。涙を流して、声を上げて泣きたかった。
だが、まだ泣く訳にはいかなかった。足踏みしている訳にはいかなかった。
まだ、もう一人の知人で、自分の事を慕ってくれている狐の少女、
葛葉美琴が生き残っている。
早く見付け出して合流しなければならない。
それに、今、自分には大切な同行者、金ヶ崎陵華もいる。
ここで自分がしっかりしなければ、二人共失う事になる。
そんな事になったら、それこそ麗雅の怒りを買うだろう。
まだ自分は、泣く訳にはいかなかった。
外に止めてある白いタウンエースに乗り込み、シートベルトを締め、勝憲がエンジンをかける。
助手席に陵華が乗り込み、しっかりとシートベルトを締める。
そして二人を乗せたタウンエースは、ゆっくりと加速を始め、ガソリンスタンドを後にした。
閑散とした、無人の市街地の道路を、眩しい光で前方を照らした白いタウンエースが走る。
――結論から言えば。
勝憲はやはりこの時、冷静さを失っていた。気が動転していたのだ。
冷静なように装っていたが、幼馴染の死という現実は、彼の心を確実に動揺させていた。
だから、彼は気付かなかった。いつもの彼ならすぐに気付いたはずだった。
彼が車を走らせている先は――。
「……?」
無言のまま車を走らせる勝憲の脇で、陵華は何かを思い出そうとする。
何だっただろう、確かこの先には何かあったはずだが――思い出せない。
何か、自分達の安全にも関わる、とても重要な何かがあったはずだが。
その間も車はその道を進む。
「……」
勝憲は一言も発しない、ただじっと前方を見据えてハンドルを握り、車を操縦する。
彼は恐らく、必死で心の整理を付けようとしていたのだろう。
「……あ!」
陵華が何かを思い出したようだ。
焦燥が混ざった口調で勝憲に向かって叫ぶ。
「四宮さん!! 駄目!! 確かこの先は――」
だが、気付いた時にはもう遅し。
二人を乗せた車は、一線を越えてしまっていた。
ピィ――――――。
二人の首輪から、処刑の合図である無機質な電子音が響く。
「しまっ――」
「嘘、そん――」
バァン!!
フロントガラスが、内側から真っ赤なペイントを施され、タウンエースは蛇行を開始し、
歩道に停めてあった自転車や立て看板を巻き込みながら、
街灯の一つに正面衝突し、動きを止めた。
二人は――禁止エリアに入ってしまったのだ。
大破した車の運転席には、首から夥しい量の鮮血を噴き出し、車内を真紅に染めた若い黒髪の男と、
茶色のツインテールの少女が、座席に座ったまま、虚ろな、もう光を失った瞳を虚空に向け、
永遠に沈黙していた――。
もし、朱雀麗雅が生きていれば、彼女の名前が放送で呼ばれなければ、
勝憲はすぐに前方に広がる禁止エリアの事を思い出し、
安全なルートを通って島役場へ向かって移動していた事だろう。
勝憲も陵華も、このような無惨な結末を迎えずに済んだかもしれない。
だが、それはあくまで「もしも」の話。
もう何の意味も無い話。
――彼らはもう、「結末」を迎えてしまったのだから。
【四宮勝憲 死亡】
【金ヶ崎陵華 死亡】
【残り5人】
※G-2市街地に四宮勝憲と金ヶ崎陵華の二人の死体、
そして所持品を乗せた大破した白いタウンエースが放置されています。
※G-2一帯に衝突音が響きました。
最終更新:2010年01月11日 02:44