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retaliation

争奪戦開幕後数分。
 物音ひとつしない朝の静寂が、やけに心地悪いと夜桜方程は思った。
 彼はその手に猟銃を携え、引き攣った笑顔を浮かべて自分がどれほど幸運であるかを実感していた。


 まさか―――こんな機会に恵まれるなんて。


 科学者の端くれである彼は、本来ならば自分は教授クラスの一流科学者であると自負している。
 もしも自分の論文が講師の目に止まったなら、椅子から転げ落ちる勢いで驚き、目を血走らせて読み込むだろう、と。
 二年前に提出した夜桜方程の集大成ともいえるそれが、もしちゃんと提出出来ていたなら!――と、悔やみながら生きてきた。
 量子学の世界の常識に間違いなく一石を投じ得る改心の理論を、文法の勉強まで専門レベルで行い、人に読ませる文章として推敲に推敲を重ねて最高の出来としたもの。
 同年代の人間が論文一作にかける時間の数倍をかけて完成させたそれを、いざ提出して鼻を明かしてやろうと思った。


 しかし、それは叶わなかった。
 自分の才能に嫉妬した心無い誰かが論文を盗んだのだ。
 おかげで即興の不出来な論文を提出することになり、講師の失笑を買い、劣等生の烙印を押され――普通の評価に這い上がる、それだけに数年を要した。


「やれる………! これを勝ち抜いてしまえば、ぼくの人生は変わる……書き換わる!!」


 藪の中に身を屈めて、猟銃の銃身を摩る。
 暴発の危険がある行為だったが、銃の知識なんてこれっぽっちもない夜桜がそんなことを知るわけもない。
 こうやって陰に隠れて殺していけば、優勝だって目じゃない―――そう考えると、胸が高鳴る思いだった。
 人殺しの経験なんてないし、それどころか殴り合いだってしたことはない彼だったが、自信だけは一人前のそれだ。
 自分がこれから犯そうとしている罪の重さなど知るわけもなく、ただ衝動に任せて彼は銃を構える。
 弾薬の交換に随分手間取ったが、一度試射して反動の大きさもある程度把握した。


 銃声におびき出された馬鹿を、熱い洗礼で迎え撃ってやる。


(さあ早く来いよ………ぶっ殺してやる)


 そんな彼の思いが通じたのか、ざく、ざくと土を踏みしめる音が聞こえ始めた。
 足音は徐々にこちらに近付いてくる。
 物怖じする様子はなく、堂々とした歩みだと夜桜は思った。


「おーい、俺は敵じゃない。銃声を聞いてここまで来たんだ。出てきてくれ」


 声を張り上げて男は銃声の主を探す。
 馬鹿め―――夜桜方程は邪悪な(本人はそう思っているが実際そんなにでもない)笑顔を浮かべて銃口を男に向ける。
 動く的に当てられるか少し不安だったが、まあ何とかなるだろう。何せ相手は丸腰なのだ。
 手が緊張で震えるものの、しっかりと男の頭めがけて気付かれないよう静かに銃口を向け――――引き金を引く!!。


 次の瞬間だった。
 弾丸が発射されるや否や、的としていた筈の男は勢いよく真横に跳ぶ。
 人外的なまでの身のこなしで弾丸を避け、地面を蹴ったその反動で一気に夜桜の目の前まで駆ける男。

 反応すら出来ていない彼の首を掴んで地面に組み伏せる、それまでの動作をおよそ三秒で完了した男は爽やかに笑う。
 猟銃を奪い取ると自分のディパックにしまい、笑いながら男は夜桜に言った。


「わはははは。銃を向けてから引き金を引くまでのラグがでかすぎるぞ、やるならとっととやるんだったな。
大体てめえみたいなインテリちゃんに警察がやられるかってんだ、かはっ」


 自分を殺そうとした相手へ怒りを見せることもなく、むしろアドバイスするような口調。
 舐められていると思うと夜桜の無駄に高いプライドが傷つけられた気がして、頭が沸騰しそうになる。
 しかし、どう頑張っても抜け出せない。
 相手は現役の警官だ、ひたすら学問に時間を費やしてきたインドアボーイに抜けられるほどヤワな拘束ではないだろう。
 そこまで考えて夜桜は思う。
 仮に抜け出せたところで、どうにもできない。
 唯一の武器であった猟銃は奪われたし、あの驚異的な運動能力に素手で立ち向かっても歯が立たないに決まっている。


――――――やっちまった。


 夜桜は嘆く。
 自分が迂闊にも警官なんかに手を出したばっかりに、自分の過去を変えるチャンスは失われた。
 それどころか人生さえ失われる―――詰んだ。


「ったく、この世の終わり見てえな顔してんじゃねえっての。俺は警官だぜ、こんなふざけた争奪戦潰すに決まってんだろ」
「―――っ、お前本気で言ってんのかよ!? 首輪で命は握られてんだぞ、いつ死んだっておかしくないんだぞ!?」


 感情を爆発させる夜桜方程を見て呆れたように警官は溜め息をつく。
 あのなあ、と。
 その馬鹿にしたような態度が感に障ったが、今暴れても特に意味はない。
 どうせもうチャンスはないんだから、こいつに従う他に選択肢はないんだから。

 「警官がやるべきことなんざ決まってる。どんなに不利だろうが何だろうが足掻く、それが俺の仕事なんだよ、馬鹿」
「ぼ、ぼくを馬鹿だとっ!?」


 馬鹿だろ、とさも当然のように言い放つ警官に苛立ちを隠せない。
 大体こいつには変えたい過去はないのか、過去を持たない人間が参加させられる訳がないのだ。
 こいつだってどうせ、ぼくを騙して最後は優勝を掻っ攫うつもりに決まっている。


 警官は未だ反感を隠せていない目の前の青年に向けて、昔話をするように話し始めた。
 服が汚れるのも厭わずに地面に胡坐を掻いて拘束を解いてやり、思い出すように目を閉じる。

 今なら首を絞められるんじゃないか、と思ったが夜桜は何となくそれは無粋だと感じた。
 『粋』なんて古臭い概念を自分が尊重する日が来るとは思っていなかったものの、夜桜は渋々警官の話に耳を傾ける。
 あれは俺が初任の年、極秘捜査で行われていたある事件に携わった時のことだった―――と、話が始まる。


「ネット上で勢力を伸ばしていた一つの殺人サークルがあってな………俺はその捜査班に加えられた。
普通初任の警官に斡旋するような仕事じゃないんだけど、同時期にもっと大きなヤマがあったもんで上も余裕がなかったんだろうな」


 何となくわくわくする。
 こう、本来なら知ることも出来ないような社会の闇に触れている感覚、何ともいえない背徳感。
 非科学的なものは嫌いだと断じる夜桜だったが、実は都市伝説などの類に目がない。
 既に彼は話に引き込まれ、ここが命を奪い合う争奪戦だと忘れかけていた。


「俺は快進撃を次々起こした。
必死に捜査して僅かな手がかりを掴んでいく感覚が病み付きになってな、その姿が仲間の士気を高めたらしくサークルの中心人物は次から次へと確保されていった―――随分褒められたもんだよ」
「不純な奴だなお前。なかなか不謹慎な警官だ」
「ああ――俺もそう思うよ。ここで止めときゃあ良かったんだ」


 どこか悲しそうにも見える笑顔で、警官は笑う。
 その時夜桜は、この男にもまた、変えたい過去があることを確信した。
 警官としてのプライドだけで思い留まっている、すごく不安定な状態にあるのだ。
 これは、危ないんじゃないか。
 夜桜は背筋に冷たい物が走るのを確かに感じたが、今更逃げ出してもどうこうなる話じゃない。
 観念したように、心の中で『もう、どうにでもなれ……』と自分に向けて呟き、再び警官の話に耳を傾けた。



「ただ、な。ある日、俺の携帯電話に脅迫メールが届いた。
胸糞悪くて消しちまったが、『今すぐ捜査をやめないと殺す』だとか、悪趣味な……アスキーアートだったか、添付で届いた」
「サイコな奴だな、そいつ」
「そうだな。しかしんなもんにいちいちビビッてたら警察官なんてやってらんねえ。こういうのは無視するに限るからな。
知ってるか? 交番とかって大変なんだぜ、一日何件も匿名の脅迫電話が来るらしいから」
「………で? それで、どうなったんだ」
「サークルの運営主は逮捕した。裁判で死刑も決まった。未成年だったけどあんまりにも残酷なやり口だったから、異例の措置だった。
俺は出世したよ、少なくともこれまた異例の速さでな………んで、ある日家に帰ってみれば、妹が死にかけてた」


 さらっととんでもないことをのたまいやがった。
 突っ込みをいれようかと―――いや、自分が突っ込みキャラだなんて思われたくはなかったが―――思った矢先、その目が微塵のふざけもなく真剣そのものであることに気付く。
 開きかけた口を閉じ、無言で警官の話の先を待つ。



「酷え有様だったよ。凌辱の痕もあったし、何より腹が真横に切り裂かれて内臓が溢れていた……それでいてまだ意識があった。
どう考えても助かる傷じゃなかったからな、せめて看取ってやろうと思ったよ。
とはいえ出血もとんでもない、残ってる時間はもう一分どころか三十秒もなかっただろうさ」
「…………」
「あいつは言ったよ」


 想像する。
 自分にもいる、もっとも今は実家と絶縁している為に縁はないが、妹が内臓をぶちまけ、尊厳を弄ばれた痕を残している有様を。
 自分ならどうだろうか―――案外発狂するほど怒り狂うのかもしれない。


「『お兄ちゃん、ごめんね』――――ってな。何に謝ってるんだと思った。
俺が後数分でも早く帰っていたなら、こんなことにはならなかったのに、あいつは恨み言の一つだって吐きはしなかった」


あ、これダメなやつだ。
自然と弛んでくる涙腺を堪える。


「葬式の日まで俺は職場に行かなかった。同僚も上司も責めないでいてくれたよ、同情、してくれたんだろうな。
で、葬儀の日に――――なぁんで忘れてたんだろうなあ、ふっと思い出したんだ。
俺が今回のヤマを片付けたら、頭の悪い妹が落第を逃れたら、久しぶりにどっかに旅行にでも行こうぜ―――って約束を、さ」
「…………」
「俺は上司に頭を下げた。無断欠勤のことを謝った。いい上司でな、快く許してくれた。
俺は一生警察を続けることに決めたよ、だって『あいつはまだ落第を逃れてないんだから』、な。
過去を変えたいとは思うさ。だが、その為に妹のような被害者を何人も出したいとは思わない。
―――――――そんくらいなら、俺がこのヤマを解決してやる」



◇ ◆


 数分が経過した。
 元来涙腺が緩いことで知られ、時にそれをからかわれてきた夜桜の涙腺は、いとも簡単に決壊した。
 もはや殺し合いに乗る選択肢はない――ぼくはなんて愚かなんだと、夜桜は嘆いていた。


「おおう………いい加減泣き止めっての」
「ぐじゅっ……ぼくが悪かったんだ………こんな安直な動機で殺し合いに、えぐ、乗るなんて」


 どうすればいいんだこれ、と助けを求めるように目を白黒させる警官。
 しかしいつまでもこうしている訳にもいかない。
 行動を開始して、一人でも多くの参加者を保護して首輪を解除しない限り安息は訪れないのだ。
 立ち上がり、やっと感情が落ち着いてきたと見える夜桜の腕を掴み、引きずるように歩き出す。



「俺は狐神桐雄。お前は? お前も一緒に来るんだろ」
「そう、だな。ぼくは夜桜方程。一応、科学者を志している」
「ふうん。珍しい名前じゃねえか」


 しかし『方程』とはずいぶん洒落た、科学者というよりは数学者寄りの名前だと桐雄は思う。
 さっきの襲撃を見る限りこいつはまず戦闘では役に立つまい。
 背中を任せるに足る人材とはとても思えない。
 だが見習いでも科学者の端くれならば、首輪を解除できる可能性の一つになるかもしれない。

 臆病で涙もろい、頼りないとしか言えない仲間―――正直不安だが、悪くないスタートだろう。
 開幕してから小一時間と経たぬ内に一人の青年を改心させられたのだ、警官として文句のない功績である。
 この調子でなら、目的の一つを達成できるやもしれない。
 夜桜には話していない。
 桐雄を正義の味方として尊敬に近い眼差しを送っている夜桜には、とても言えないもの。


 ――――――――復讐。


「ぼくはあんたに着いていく」
「頼りない事この上ないな」 
「おっ………お前! 人が大人しくしてればつけあがりやがって!!」
「お、来るか? 予言してやろう、お前は俺を殴れない」
「う、うるせええええ!! ………ぶふぅっ!!」


 まるで苛められっ子のように手をぐるぐると振り回しながら突進してくる夜桜を組み伏せながら、桐雄は夜桜からは見えないようにその目を鋭く細める。
 妹殺しの犯人であり、大量猟奇殺人犯として手配中の凶悪犯でもある『サークル』の構成員―――樋之上壊。
 こいつは必ず殺す――――
 妹を凌辱し、惨殺したその肉体を破壊して、完膚なきまでにぶち殺してやる―――桐雄は獰猛な笑顔で、笑った。



「んじゃ行くか」
「あー、痛ってて……お前! 警官の技とか痛いんだよ!」
「当たり前だろ」



 心を変えて、争奪戦の転覆を掲げる青年には気付かれぬ様に、警官・狐神桐雄は心の中の闇を抑え込む。
 殺意と正義の狭間に揺られながら、警官は苦悩する。



【B-3/森/朝】

【夜桜方程@科学者】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]支給品一式
[思考]
基本:狐神についていく

【狐神桐雄@警官】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品1、猟銃
[思考]
基本:復讐を果たし、時空研究局メンバーを逮捕する




【名前】 夜桜方程(よざくら・ほうてい)
【性別】 男
【年齢】 21
【職業】 大学生、研究者見習い
【身体的特徴】 身長166cmと男性にしては小柄
【性格】 プライドが無駄に高く涙腺が緩い
【趣味】 実験
【特技】 集中
【経歴】 18の時に両親と絶縁して上京した。資金は偶然当てた宝くじ
【好きなもの・こと】 科学
【苦手なもの・こと】 運動
【特殊技能の有無】なし
【備考】 某有名大学に入学したはいいものの成績は低い。
     会心の論文を盗まれたことを未だに悔やんでいる



【名前】 狐神桐雄(きつねがみ・きりお)
【性別】 男
【年齢】 26
【職業】 警察官
【身体的特徴】 警官服、黒髪でアクセサリーの類はつけていない
【性格】 正義感が強くよく笑う
【趣味】 工作
【特技】 対人用の体術
【経歴】 初任の事件で功績を収め異例の速さで出世。
     しかしその事件で崩壊させた『サークル』の残党、樋之上壊に妹を惨殺されている
【好きなもの・こと】 家族
【苦手なもの・こと】 人死に
【特殊技能の有無】なし
【備考】 警官の正義感と犯人への復讐心を併せ持っている

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最終更新:2012年04月02日 13:42
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