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へんたいゆうすけくん

夜の森を疾走する者の影が一つ。
影が振り返ると、それを追う影がまた一つ。
二つの影は足を止めず、付かず離れずの距離を保ち続ける。
鬼ごとが終わる気配は微塵も無い。両者共に、ただ猛然と走るだけだった。


□     ■     □


月明かりさえもを拒む密林地帯の中に、丸井ひとはは力無く座り込んでいた。
内の暗さがオーラとなって彼女の姿を取り囲み、まるでこの暗い森と一体化しているかのよう。
見た誰しもに幽霊みたいだと恐ろしがられるだろうが、むしろ恐怖しているのはひとはなのだ。
元より不健康に白い肌に更に青白さを加え、力一杯目を剥いて、縮こまらせた全身を小刻みに震わせる。

先程確認した名簿には知っている名が二つあった。
――いや、“知っている”どころではない。かけがえのない、ひとはの三つ子の姉たち。
人一倍気が強く、人を牛耳ることが大好きで、ひとはだって散々罵られてきたし時には貶し返したこともあった。
けれども本当は家族想いで根は優しい三つ子の姉妹の長女、丸井みつば。
ファザコンで単純、凄まじくスケベ。あの人間離れした馬鹿力で気絶させられたことだってある。
だけれどお姉ちゃんらしい妹想いなところだってある三つ子の姉妹の次女、丸井ふたば。

二人もこのゲームに巻き込まれていて、もしかすると主催側の言っていた“ゴール”への一歩となる存在なのかもしれない。
もちろんそれには自分だって該当しているのは自覚している―けれど。
もしもあの二人が知らず知らずの内に、殺されなければいけない立場になってしまっていた時。それを知ったとき―どうすればいい?

多分。いや、確実に。
ひとはにみつば達を殺すことは出来ない。
何故ならみつばと同様に素直に感情を表に出すことは少ないが、ひとはだって心では姉二人を大事に想っているから。
何の関わりもない人間すら手に掛ける度胸が無いのに、唯一無二の家族を殺害することなどなおさら出来るわけがない。
しかしそうすると、結局最後に辿り着くのは、死。
いや、そうしなくても。
参加者は何も三つ子だけではない。
他の参加者の中には他の人間を無差別に殺して、少しでも自分が生存できる可能性を確立する者も居るかもしれない。
ジョーカーだろうがジョーカーでなかろうが、ひとはを含め三人ともが充分誰かに殺される可能性はある。
今だってこうしている間にも――。

元来あまりポジティブではないひとはは、不安の中に取り残されていく。
恐怖の渦から逃げ出すためにはきっと、みつばやふたば―信じられる誰かの力が――。

「うおぉっ!」

後方。ひとはが背にしている雑木の向こう側から、声がした。
息を潜めて、音を殺して、ゆっくり立ち上がり覗き込み――視界に飛び込んできたのは、男に捕らえられた、最も愛すべき存在だった。


□     ■     □



―ふざけるな。

人の命を何だと思っているのだと。好き勝手に弄ぶんじゃねえ、と。
両親を同時に亡くし、“残された”内の一人である少年は、酷く憤りを感じていた。

誰かを殺して自分は平然と生を堪能する、そんな人の命を踏み台にするような真似は死んでもしたくない。

少年は生まれた直後、両親を同時に失った。
養母として育ててくれたのは彼らの親友である女性で、妹と含め彼女たちとは少年一人だけ血縁関係に無い。
その事実を知らされたのは、少年がまだ中学生の頃。
幼かった彼には真実を受け入れることが出来ず、全てを壊したい衝動に駆られた。何もかもが、自分のことが―どうでも良くなった。
“一人だけ生かされた”ことが、どうしようもなく辛かった。

でも、“生かされた”からこそ自分にとって大切な人が誰なのか。自分の居場所がどこなのか。
“生かされた”からこそ、そのことを再認識することが出来た。立ち直ることが出来た。
あの人たちのおかげで、誰かを助けようという意思を持てる今の自分になることが出来た。





死にたくない。殺したくない。
ただ単純にそう思っているわけではない。

“守られた命”だからこそ分かる、その重み。
育った命には、その命を大切に想う他の誰かの気持ちがきっとあるのだから――守られてきたこの命を踏みにじるな。


それがこのゲームに対する少年、藤崎祐助の答えだった。
そして、どうしようもなく困っている人に救いの手を差し伸べたいという思いで立ち上げたスケット団のリーダーとして、みんなを助けようという決意。
その為には同じ思いを持った協力な仲間が必要だ。意思だけではどうにもならない。
名簿にはスケット団のメンバー笛吹和義、鬼塚一姫。犬猿の仲であるものの実は双子の弟、椿佐介の名前があった。三人とも信用できる人間だ。
三人との合流を第一目標として、慎重に他の仲間を集めていこう。

「大体の方針はまとまったな。ここに居たって仕方ねえ、そろそろ動くか。
まずはどこに行くかだけど…」

そもそも現在地すら把握していないのだから、動きようもなかった。
強く決意しておいて、どこかが抜けている。こういうところが誰かさんとそっくりである―まあ、本人たちは揃って否定するのだが。

「地図、地図っと…ん、これか?」
デイパックの中から手探りで地図らしきものを探り当て、取り出した――までは良かったのだが。
「えっ!何でこの地図こんなボロッボロなの!?
俺、何かした!?嫌われてるの!?」
四つ折りにされていた地図を広げると、まるで虫にでも喰われたかのように中央部分から大きな範囲が破損していたのだ。
悲しいことに、これでは現在地すら分からないし目的地も定まらない。
ということは、この広い島全体を迷いながらも感覚だけで歩き回って数十人の中から三人を見つけ出すという、何とも無謀で時間が勿体ない作業をしなければいけないわけになる。
「…いや、他にちゃんとした地図があるのかもしれないし…焦るのはまだ早いぜ、俺。」
額の汗を手の甲で拭い去り、今度はデイパックの広い口から中を覗きつつ手を突っ込んでみる。
「…うおおっ!」
――得体の知れない何かと視線が絡み合った。
驚きのあまりに一際大きな声が祐助の口から漏れる。
(今のは…?)
何かの正体を暴こうと再度デイパックの中に手を突っ込めば、手触りの良いそれに指先が当たる。
瞬間、開いた手のひらの中に閉じ込めて、もがく何かを逃さぬよう乱雑な動作で引っ張り出した。

「何でハムスターなんかが…」

掴んでいたのはハムスターだった。
納得はいかないものの、これで地図がただの紙屑と化していた理解不能な現象に合点がいった。
恐らくそのままデイパックに放り込まれていたストレスで地図をかじってしまったのだろう。

「……クビ」

――唐突な出来事は続いた。
消え入るような声が耳に届き、咄嗟に背後を振り返る。

「……クビ…返して…」

“首、返して”?

闇に馴染んだ黒髪の隙間から覗く、血走った瞳と目が合った。

「私の乳首、返して!」
「えっ、えええええ!?」





あまりに衝撃的すぎる展開に、ハムスターをデイパックに投げ込んでそのままスタートを切った。


□     ■     □



どのくらい逃げ続けているだろうか。時間にすれば短いかもしれない、けれど波のざわめきがかなり大きくなってきていることから、結構な距離を猛スピードで移動していると分かる。
息を乱しながら振り向けば、まだ消えない追ってくる影。

「…私の乳首、返して!私の乳首!」

鬼ごっこ開始から続く謎めく要求に思わず表情を歪めて改めて前に向き直り、その言葉の意味を思索する。


乳首とは――人間の乳房の頂点に存在する突起物のことだ。
乳首を返せということは、奴は誰かに乳首を奪われたということか?
いや、乳首は取り外しできるものじゃないだろう。多分。きっと。切り離そうとしたことはないけれど。常識的に考えて。
じゃあ乳首を返せとはどういうことだ?もしかして物理的なことではなく、貞操のことなのか?
そうは言っても、心当たりはない。あるわけない。記憶が正しければまだ一回たりとも――。もしかすると知らない間に?そんなまさか!


「なっ、うおわ!!」

思考に耽っていると突如視界の中の天と地が逆転する。どうやら浜辺の凹凸に足を捕られ転倒してしまったらしい。
半身を起こして辺りの景色を見渡してみて漸く気付く。もうすぐそこは海、行き止まりだった。

「…ぜぇっ…ぜぇっ、ヒィーッ……乳首…」
「ひいいいいいぃい!ご、ごめんなさいごめんなさい!」

怪しげに呼吸を荒くした女が祐助を追い詰める。
某オカルト研究会部長を連想させる恐ろしい形相、更に乳首を奪われるかもしれないという恐怖に逃げる気力が全部吸いとられ、その場で固まることしか出来なくなった。



□     ■     □


(つ…………疲れたっ!…もう…きつい…!死ぬ…!)

生まれて初めてだ。長距離をこれだけ速く走ったのは。
運動能力は人並み以下。だけれど、そんなひとはをここまで突き動かしたのは他の誰でもない、大切な存在――ハムスターのチクビだった。
可哀想なチクビ。どこの誰とも分からない男に、チクビは囚われているのだ。チクビを救えるのは自分しか居ない。
チクビを助けるため、ひとはは一心不乱に男の跡を追い続けた。

そしてひとはの気持ちが通じたか、男が派手に転んだ。男も相当疲れたのだろうか?すぐに起き上がる気配はない。
ひとははここぞとばかりに距離を詰め、倒れた男の傍に辿り着く。
とてつもなく強い疲労感に霞む視界。ゼェゼェと荒れ狂う呼吸。喉が裂けるように痛い。
それでもひとはは揺るがない。ここまで来たら、もうチクビを取り返すだけなのだから。
沈黙の後、ひとはが口を開こうとしたその時、先に声を発したのは男だった。

「ああっ、あのっ、ちく、乳首が欲しいんですか!?」
「……チクビ…ヒィーッ、ヒィーッ……チクビ…」
何だ――案外素直に返してくれるのか?
そうだ、その通り。チクビを返してほしいのだ。
しかし、もう駄目。限界だ。疲れ過ぎた。息をするのが精一杯で上手く口が回らない。チクビの名前しか出てこない。
言葉の代わりに何度も何度も頷くことで自分の意思を伝える。

男は分かった、と言うように一度大きく頭を上下に揺らす。
「あなっ、あなたの乳首は知らないけど…お、俺の乳首で良ければあげるよ…!」

俺のチクビ?俺のチクビとはどういうことだ?
不可解に思うひとはを余所に、男は身を捩らせながら胸板に手を添え、頬を紅潮させつつ上目遣いでこう言った。


「でも、そういう経験無いから、その………優しくしてね?」



□     ■     □


祐助は決心していた。乳首なら。下半身にぶら下がるブツではなく、乳首であるならばもう観念して差し出しても良い。というかそれしかない。
生涯乳首が無いことでからかわれたり、悩むことだってあるかもしれないけれど。
乳首を渡さなかったら、今度はナニを返してと要求されるかも分からない。それだけは避けたかった。


「ああっ、あのっ、ちく、乳首が欲しいんですか!?」
「……乳首…ヒィーッ、ヒィーッ……乳首…」

乳首を連呼し、合間合間に凄まじく荒い呼吸を挟む女の目は、獲物を目前にした獣そのもの。
しかも何故かシャウトするみたいに髪の毛を振り乱している。何を表現しているのだろう?それも乳首狩りの儀式の一つなのか、?。

ここまで来たらもう、従う以外に道はない。

「あなっ、あなたの乳首は知らないけど…お、俺の乳首で良ければあげるよ…!
でも、そういう経験無いから、その………優しくしてね?」


(言っちまった…。すまねぇ乳首、俺はお前を…守ってやれなかった…)

言い終えた達成感と同時に、生まれた瞬間から時間を共有してきた乳首との別れへの侘しさが湧き上がってくる。
乳首との思い出を閉じた瞼の裏に呼び起こみると、確かに乳首は、これまでずっと祐助と一緒に居てくれた。家を飛び出したときだって片時も離れずついてきてくれた。
今まで気付かなかったけれど、誰よりも傍に寄り添ってくれていたのだ。胸が熱くなってくる。

がさりという、物音が耳に届いて女が動き出したことを知る。遂に乳首狩りが始まるというわけか。
さあ、お別れの時間だ。さようなら、またいつか。

腕を広げ胸を反らし、乳首を捧げるポーズを取る。が―しかし、一向に女が襲ってくる気配がない。
疑問に思い薄く瞼を持ち上げて、眼球のみで女の様子を窺ってみると。

「チクビ!」

何故か女は祐助の横に膝立ちし、両腕を前方に突き出す前にならえのようなポーズを構えていた。
(…え?)
数秒後、祐助のデイパックの中から数々の障害物を潜り抜け、やっとこさ外に出ることが出来たハムスターが高く跳躍して、女の胸に飛び込む。
女は両手で包み込んだハムスターを顔の前へと引き寄せて、涙を流しながら頬擦りした。

(え?ん?何これ?どういうこと?そういうことなの?え、違うよね?)

女―いや、少女とハムスターの感動の再会を目の当たりにし、ようやく点と点が結び付いた。
少女の言うチクビとはハムスターの名前であり、人体に付属された突起物などではなかったのである。
ただしそうなると、別の大きな問題が浮上するわけで。

(何だよこのオチ…。これじゃあまるで俺、変質者じゃねーか…!)

“この変態!”とハルミやルミ、ヒメコやスイッチ、クラスメートやその他モブレベルの知り合い達の幻が祐助に侮蔑の眼差しを向けてくる。

(違う、違うんだ!こうするしかなかったんだよ、俺は変態なんかじゃ…!)

懸命にもがいて、家族や友人らの幻覚を振り払う。違う違うと、訴えながら。
それでも消えてくれない、祐助を見下ろす影が残る。そう、少女のものだった。

「……えっと、あの、いや、これは」

しどろもどろになりながら弁解しようと試みるが、どうにも上手く言葉が出てこない。あまりの事態に冷静さがぶっ飛んでしまったから。
しかしこのままでは変態のレッテルを貼られたままに終わってしまう。
口を鯉よろしくパクパクと開閉させていると、少女が目をむいてこう言い放った。

「この、変態」


地獄の底まで突き落とされる祐介を置き去りにして、少女は踵を翻す。
祐助の慟哭と波の音との二重奏が、夜の海に響き渡った。

【深夜/A-1、浜辺】
【藤崎祐助@SKET DANCE】
[状態]健康 精神的ダメージ(大)
[装備]無し
[道具]基本支給品、アイテム×0~2
[思考] スタンス:対主催
1:仲間を集める(スイッチ、ヒメコ、椿を中心に)

【丸井ひとは@みつどもえ】
[状態]健康 
[装備]チクビ@みつどもえ
[道具]基本支給品、アイテム×1~3
[思考] スタンス:?
1:みつば、ふたばに逢いたい。



OP:はじまりのおと 時系列順 002:それぞれの秘め事
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最終更新:2012年05月04日 21:07
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