EDL――――Advance・1

 ○


中略


 ○


あたし、こと榎本夏美の人生は、普通だった。
ことごとく、普通。ちょっと中学の時にやらかしてしまったけれど、所詮そんな程度の普通の人間だった。
こんなことが起こる理由なんてなかったのに。巻き込まれる理由(わけ)なんて、なかったのに。

立ち竦む。
立ち止まり、息を飲む。
空気が。慣れ親しんでいる学校なのに……空気が違う。
苦しい。
まともな雰囲気じゃない。重々しい。

異様。
今、私立芽吹高等学校、3年A組。計6名に起こっている事象と言ったら、そう表すしかない。
こんなこと、漫画、ライトノベルにだって、そうはない。いや、あってはならないことだから。

だって、そう。

「――殺し合い

呼吸の仕方を忘れたかのように、実際忘れかかっているんだけれど、不規則な呼吸で、ロクに体内に酸素が廻りきらない身体で、あたしは、そう吐き捨てる。
うん。
クラス6名の、殺し合い。――あの異彩な男曰く《バトルロワイアル》。
意味が、わからなかった。
あたしの理解力に乏しい頭では、どうしても理解に遠い。
廻る思念が、巡る思案が、奔る思考が、ショートする。

「……なんで。……なんで……っ!」

思い出したら、身体の奥底からなにかが湧きでるような、そんな気持ち悪い感覚がして、結果的に言葉に変換して、吐き出す。
ひたすら、そうやって、言葉を、必死に繋ぐ。同じ言葉を、何回も、何回も。
声が、枯れそうになった辺りで、ようやく自我を取り戻し、声を止めた。

あたしだって、もう高校生。
そんなの普通だったら冗談だ、ってスルーするに決まっている。当たり前じゃない。

――でも、だよ。
もしもこれが普通じゃなかったら?
異様で、異端で、異常な場で、どこまでも普通と異なって(ちがって)いたら?
もしも、人が既に死んでいたら?
既に『人が死んだ光景』を見せつけられていたら?
頭の奥底で、一つの光景が浮かび上がる。

「……松……宮……」

意味もないのに、その言葉を繰り返す。
そう好きでもなかった、むしろ言ってしまえば嫌いな担任だった。
けれど、死んで欲しいとまでは、思ってないし、いや、もしかしたら思っていたことかもしれない。
――それでも、仮に思っていたところで、実際死なれたら、別問題だ。

それに、単純に死んだわけではない。
一回死んで――もっかい生き返った。――そして、奇声をあげる松宮を、そのまま殺す。
一行で済んでしまうには、あまりにおぞましく、同時に、地獄絵図だ。
なにせ、抵抗むなしく、首をナイフで刎ねられた。そもそもこの時点で、痛さとか、苦しさとか、尋常じゃないはずなのに……。
その後、よく聞くギロチンの後にも人は数秒生きている、なんていう時間もとっくに過ぎた後、男は、一人のクラスメイトに、問う。

『いま、この場で、望むものを求めよ』と。対しクラスメイトは、怯えながらに、震えながらに、こう言った。
「……先生を返せよ。――返せよっ!」

無理だと分かっているのに。もう既に手遅れだなんて、わかっているのに。声を荒げてあいつはそういった。
けど、見ていて見苦しくもなく、あたしだって、本音のところ同感で、こんな終わり方はあってはならない――そう、感じていた。
けど。――けど。そんなことは地球が逆回転でも起こさない限り、そんな不可思議現象が起こらない限り、無理。
わかっている。
わかっていた。
わかったつもりでいた。
……なのに。

男の取った行動は、不思議だった。――同時に、不気味。
またしても普通というレールから、はみ出して、あぶり出された、行為。神をも冒涜する、行い。

松宮の生首を手に取り、首なしの身体に、押し付けた。ただ、それだけ。
それだけの行為で、松宮は……『生』を吹き返した。『命の芽』の根を張った。

驚いた。――いや、そんな言葉では表現できないぐらい、驚いた。
唾を飲んだ……なんて生易しいものじゃなかった。身体が硬直して、動かない。
冷や汗なんてフルスロットルもいいとこだ。吐き気すら、催した。
けれど考えても見れば。
その光景は。一瞬でもあたし自身が、望んだ光景だった。
なのに。
なのに。
なのに――!

どうしてこうも、喜べず、精神にダメージが受けているものなんだろう。
やり場のない、怒り。――違う、憤り――そうじゃない。……そう、虚しさ。
この、やり場のない虚しさが、身体を巡るんだろう。

「…………ぁ……」

そこからの記憶が、あたしには生憎ない。
もしかしたら気絶をしていたのかもしれないし、放心していただけなのかもしれない。
だけど、それでも、わかること。

「殺し合いは……始まっている」

理解に容易く、行動に難しい。
あたしは、前に設置された鏡をみる。そこには、目の辺りを真っ赤に染め上げた、とても見れないあたしの顔。
青い髪や、自慢の白いあたしの肌と相重なって、その赤さが、いっそう目立つ。
気付く。

「……あれ、あたし……泣いてたんだ」

気付かなかった。
何時から泣いてたんだろう、何時からこうしていたんだろう。
ああ、わからない。なにもかもが、わからない。

「…………」

制服で、乱暴に目をこする。
この辺りでは珍しい白い色の制服に涙のあとが少し残る。

「…………」

なにも、考えたくない。
なにも、したくない。
あるのは、無気力。ないのは、気力。
死にたくない。
だけど、なにをすればいいかも、わからない。

人を殺すのか?
それはない。なんだかんだいってクラスメイトを殺すなんて――いや、これが赤の他人であったところで、そんなことしたくない。

じゃあ。
じゃあ? ――どうしよう。
あたしは、どうすればいいんだろう。

そんな中であった。
遠くの方から、反響しながら、聞こえてくる一つの。
一つの、無粋な、野暮な、艶消しな。
いや、もしかしたら、救いの声が――あがる。

「おーい、誰かいないのかー」

クラスメイトの一人。――柳沼卯月。
その人だった。


 ○


おれ、こと柳沼卯月は殺し合いに巻き込まれた。
なんていうと、なかなかそれらしい創作物かのように見える。
が、見えたところで、実際なんだという話で、おれが生きているこの世界は紛れもなく現実だ。

「……ふぅ」

ため息。短く、浅く、それでいて濃いため息。
何の因果で、こんな目に遭っているのか、理解に欠ける。
しかしそれでも、なにもしないわけにはいけない。

「自己中心」たるおれが、ここで黙って動かないわけがないだろう。
むかついた。許さない。
だからおれはあいつをぶん殴る。あのふざけた男をぶん殴る。

「……ちっ」

大きな舌打ちが、響く。
てなわけで、おれはいま何処にいるかと言うと、我がクラス、3年A組付近だ。もうすぐ到着する。
まあ誰かがいるであろう、って算段だ。正直だれかが殺し合いに乗っている可能性もなくはないだろう。
だが――それがどうした。
襲われたのなら、逃げればいい。それだけだ。もしくは返り討ちにすればいい。ただ、ただ、それだけ。

「おーい、誰かいないのか―」

だからおれは、暢気にもこうして大声で人を呼んでいる。
校舎には、ここにいるおれたち6人しかいないらしい。まあ当然っちゃ当然だ。今日は日曜日だしな。
……。はあ。せっかくの日曜なのにな……なんて言ってられねえか。

そんなくだらないことを思って、歩みを一歩進めようとした時、近くの女子トイレから、人が出てくるのを確認した。
端正な顔立ちで、実に女の子らしいなめらかさや柔らかさを兼ね備えてそうな輪郭でありつつも、決して弱々しさなんて見せず、
ツンとした感じで吊りあげっている目もなれてしまえば怖くはない。透き通る水のような青さを放つ艶やかなハーフアップの長い髪は、
歩くたびに絢爛に振り乱し、おれの方に向けて廊下を不躾にも運動靴で歩く。気品すら溢れるその姿に虜になった――わけでもない。さすがに慣れたよ。

ただ、おれの動きは確かに一瞬止まった。止まってしまった。
なにせ――彼女、榎本夏美が、泣いていたんだから。

「お、おいっ!」

そんな光景を見せつけられた瞬間。おれは駆けていた。
そりゃあそうさ。泣いてる女の子を見て見捨てるなんて――最低だ。
おれは、榎本の肩を掴み、乱暴に揺さぶる。
対し榎本は、さながらアニメでいうとハイライトが消えたかのような挙動と、視線で、おれを睨む。

「……柳沼……」
「ああ、おれは柳沼だ。どうしたんだよ、榎本」
「……もう、何て言うんだろうね。こんなこと聞くのもあれだけどさ」
「なんだよ」
「……乗って、ないよね?」

涙ながらに、おれに問う。
期待半分、不安半分――そんな、普段の彼女からは。
普段の活発な元気っ子の象徴みたいな彼女が、震えながらにそう問いているからにはおれは応える他ないだろ。
だからすぐに、ありのままの自分の答えを、おれは答える。

「もちろん、乗ってないさ!」
「……そう、……なの……?」

ただ純粋に。
疑うかのように、見定めるかのように、おれの瞳を覗き込む。
その瞳は、先ほどとは違い、比較的穏やかで、おれも安心する。

「ああ……」
「嘘じゃない?」
「ああ」
「本当?」
「ああ」
「……あんたがそこまでいうなら、そうなんでしょうね」

嘆息するかのように、彼女は、息を吐いて、同時に。
腰が抜けたかのように、ぺたりと座り込んでしまった。
手で、顔を隠しながら、今度はおれに言葉を吐いている訳ではなく、

「あたしは……どうするべきなんだろうね……わかんないよ……」

自分に、自分自身に、自問自答をする。
これからどうするのか、どうしたいのか。
……おれは、そんな情けない姿を、見かねてこいつに言った。

「だったら、おれと一緒に、あのふざけた奴を倒そうぜ」
「……?」
「だから、一緒にあの男の顔をぶっ飛ばしてやろうぜってんだよ、榎本。お前ならできる」
「……いやな信頼のされ方」
「これでもおれはクラスメイトって言うものは信頼してるんだ、その期待にこたえてくれよ」
「相変わらずっていうか……本当にあんたは自分勝手ね」

おれは、榎本の手を握り、乱雑に立ち上がらせ、
赤く染まった目元を見て――強く言う。堂々と、言い放った。

「ああ、だから今はおれと一緒に頑張ろうぜ」

対し、榎本は。

「……そうね、頑張りましょう。あんたじゃなかったら惚れていたところよ」
「そうだな、おれもお前が相手じゃなかったら惚れてしまいそうなぐらいだ」
「うっさいわね、殴るわよ」
「だったら先におれがお前を殴ってやる」

皮肉や、冗談のやり取り。
いつも通りである。――いつも通りのやり取りである。
本調子。
だからおれは、安心する。

こうやって、切り開いていけば。
そう。
こうやって、切り開いていけば、大丈夫だ。ハッピーエンドに終わる。

だから。
まずはこいつから。
榎本夏美から。
さて、行こう。歩こう。突き進もう。

あのふざけた野郎……。
精々、おれのために乱れてくれよ――!


【柳沼卯月:生存中:もちものなし】
【榎本夏美:生存中:もちものなし】
【6人】


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最終更新:2012年04月09日 12:00
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