…………。
苦しい。どうしてこうも苦しいのか。
俺、樫山堅司は考える。
回想する。
死業式とかぬかしてやがったあのとき。
俺は問われた。
死んだ松宮先生をどうするか――と。
ただ、そのときの俺はというと。
怖かった。
んな小心者みたいな気持ちでいっぱいだった。
それもそうだろ。
たった今、目の前で、人が。それも慣れ親しんだ人が。――死んだのだから。
首を刎ねられ、無残にも、残酷にも、酷虐にも、抵抗する暇もなく、刎ねられた。
こう、なんつーかサバイバルナイフみたいなので首をスッっと。
骨も斬ったのか? と疑いたくなるぐらい綺麗に、鮮やかに、殺す。
そんな光景を俺は、眺めていた。
声を荒げるわけでもなく、気分を沈めるわけでもなく、行動に移すわけでもなく、眺める。
無心状態で、立ち尽くし、ぼんやりとしていた。
ようは絶句と言う奴。俺ははじめて「これが絶句か」なんて思ったりして。
それほどまでに、時の流れは遅く、景色の色合いが薄れ、いつしか俺以外の全てが、モノクロトーンになってるかのよう。
口をポカンとあけて――――――松宮先生の生首が、地面に落ちた時に、意識は再び覚醒した。
頭がどうにかなったのかと思った。
脂汗がたぎる異様な状況下を前にして、俺はどうにかなったのかと思った。
けれど、それすらも幻想。
坦々と、淡々とした口調で、あいつは俺に。よりにもよって、この俺に、問いたのだ。
『いま、この場で、望むものを求めよ』なんて、荒唐無稽な戯言を。
当然、俺は困惑の極みだよ。意味が分かんねーもん。
身体が地震でもあったかのように震えて、脳が木槌にでも叩かれたかのように揺れて。
訳も分からず、俺は――――先生を返してもらうことを、望んだ。
無意識。
もはや無意識の領域。無我の境地。
言うまでもなく、先生を返してほしい、そう思っていた。
あんな理不尽。許せるわけもなく、本心から思っていたことを、そのまま嘘偽りなく、言った。
けれどすぐに俺は後悔――いや、違う。そうじゃない。
なにか禁忌を犯したかのような、背徳感、罪悪感。
背筋が凍るかのような、悪徳行為。
なにせ、人が本当に生き返るとは、思うまい。
首をドッキングさせ、瞬きを数回し、一拍のタメの後、
なにかトチ狂ったかのように奇声をあげ始めた先生を見てたら、正直、嬉しいというよりも、悲しささえ覚えた。
自分が。
自分の声が、人の生死を変える。
たとえそれが――死から生という、希望の変換であったとしても、受け入れたくなかった。
恐ろしかった。
おぞましかった。
なにが一番こわいって、生き返った後、なにか狂ったかのように――いや、狂った先生の阿鼻叫喚が、鼓膜を叩いたこと。
恨まれてるかのような錯覚を覚え、
妬まれてるかのような幻覚を感じ、
犯されてるかのような感覚を悟る。
本音を言ってしまえば、あの男がもう一度殺してくれて、安堵すら――一瞬ばかりとはいえ、覚えたのだ。
俺が……。
俺が、そうさせた。生き返らせた。
無理難題をぶつけて、一休さんのように、華麗に。
さもこのぐらい朝飯前ですよ、と言わんばかりに、常識を壊す(つくる)。
……超人的。
いや、もしかしたらあれは人でなかったのかもしれない。
人ではない、人を超越した――化物(ヒト)。
…………。
…………。
…………。
さて、と。
いま、俺は植物庭園というこの学校の唯一といっていいほどの誇るべき施設である。
そこで、俺は通路になぜか放置されていたスコップ(ちなみに大きいやつの方)を手に握る。
先っぽが、四角ではなく三角形――剣先シャベルっていうらしいそれを、手に握り、肩に乗せ、辺りを見渡す。
――人はいない。
「……」
……喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
俺は――どうするべきなのか。
そこまで考えて、俺は首を振る。
だめだ、こんな考えじゃ……だめだ。
俺は――クラスメイトを、殺すんだから。
甘ったれていたら……ダメなんだ。
○
俺は昔から、妹がいる。最愛の――そして不治の病に罹った妹だ。
余計な説明は省く。どうせここまでいったら分かるだろう。
俺は、妹の病気を治すべく、人を殺す。クラスメイトを殺す。
いつも俺を支えてくれていた、風香、それに、卯月だって、殺すんだ。
あいつな、木幹葉枝と名乗ったあの男なら、治せる。
もはや確証を通りこして、確定。人の生死を操ることが出来て、病気を治せないなんて、あってたまるか。
苦しいよ。
見苦しいよ。
わかってるさ。
醜いよ。
汚いよ。
わかっている。
わかってるんだよ、そんなこと。
人殺し――級友殺しなんて、もっての他ってことぐらい。
背に腹を変えるレベルのことだってくらい、理解してる。
けど。
それでも、さ。
俺は。
俺は――。
「………ッ ―― ――!」
情けなくて、バカ野郎で、反吐が出る。
こんな自分に、果てしなく自責の念がこみ上げる。
良心の呵責。良心の最後の警告が俺の心を勢いよく鳴らし続ける。
けれど俺はそれすらも無視する。
警告は無視し、警報は無碍と化し、警鐘は無化とし、俺は殺す。戮する。害する。
たとえ、誰であろうとも――――っ!
「…………」
俺がそうして、俺がそうして立ち尽くしている頃。
とうとう俺の周りにも、不確定要素が立ち憚った。
タッタッと懸命と言うよりも必死に走る姿を。地面を蹴る音を。
見つけた。聴いた。
見つけてしまった。聴いてしまった。
「――――っ!!」
不格好な走り方をした、見慣れた少女。
……中学からの親友、楓之風香の姿である。
○
「……風香」
「――――」
零す。言葉を零す。
遠目で、見つけたその姿で、俺は直ぐに分かった。
その姿は、紛れもなく楓之風香のものであり、肩が不自然に垂れ下がっているところをみると、骨折でもしたんだろう。
ただ、そんなことはどうでもいい。
そんなことより目に付くのは、風香が、あっちの方になっていることが、不思議だった。
中学生の時、俺は一回だけ、あの光景を目にしたことがある。
風香が親について、過度に責め立てられていた時のこと。
あいつは癇癪を起したのを、今でも鮮烈に覚えている。
――まさしくそれだった。
つまり、今の彼女は、誰かにその琴線でも触れられたんだと思う。
てか十中八九それで間違いない。
まあ。いいや。
――――怖い。
アッチノホウガ、ヤリヤスイ。
――――やめろよ。
俺はヒトヲこロすんダ。
こっチのホうが、かん情イニュうでキナクて助カる。
――――違う! そうじゃないだろ!
サア、覚悟はできたか。風香。
――――違う! やめろよ! 親友だぞ!
俺は駆けだす。
――――いつかみたいに風香を救えばいいだろ! なにすんだよ!
風香の元に。スコップを持っていようがあの遅いあいつの足には負けない。
――――おい……おいっ! ……おい……
ほら。
直ぐに辿りついた。
「悪いな――風香」
ほら。
シャベルを上に構えて。
「――――あ、堅司く」
ほら。
下におろす。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
ほら。
これでお終いだ。
――――あ?
ほら。
これで、死んでった。
「……ァあ?」
ほら。
まずは一人だぜ。
――――なにやってんの? 俺
【樫山堅司:生存中:シャベル】
【楓之風香:死亡中:もちものなし】
【5人】
最終更新:2012年04月09日 12:03