教室。光射しこむ、いつも通りの教室の自席にあたしと柳沼は座っていた。
筆を動かす。懸命に。後悔のない様に、懸命に。
理由は簡単であった。
『もし仮に死んでしまった後の遺言書』を書く。
それだけ。ただそれだけの理由。
立案者はあたし。
まあ、あいつはなにを言おうと、きっとそんなことやらないだろうな、とは思っていたけれど案外すんなりと受け入れてくれた。
自己中たる彼がそう簡単に動いた理由なんてわかんないけど、あいつも不安だっただと思えば素直に理解できる。
なんてわけで、あいつは既に書き終わったようで、頬杖をつきながら、ぼんやりと時折大きな欠伸も見せながら、悠長とあたしを待っていた。
とはいえ、あたしだって既に終わっている。一言二言書いただけでそれで終わり。なにせ書きたいことなんて、考えも想像もつかない。
そんなの、死ぬ直前にならなきゃわかるわけないじゃない。
なら。
ならなんであたしはこんなことをやっているのか。
そりゃあ、……外に行きたくないからだ。他の人に遭いたくないからだ。
もちろん
殺し合いに乗ってないと信じたいよ。――けどさ。けどさ……。
あたしはそこまでお人好しのつもりはない。
むろん、今からここで全員何事もなかったかのように脱出できるなら、それでいいんだよ。
けど。人も信じるもすれば、疑うことだって辞さない。
だからこそさっきは泣いて、喚いて、咽て、崩れた。
女神は愚か、天使は愚か、お人好しですらないあたし。普通に普通な女子高校生。
信じる努力はする。
けれど本能的には恐れている。
裏切る姿を見るのが。
なにより、自分が殺されてしまう図を。
故に行動に移せない。
怖くて怖くて、あまりに怖くて。
見るのが聞くのが動くのが。
クラスメイトが――――そんな風になってる姿なんて……。
結局あたしは、なにがしたいんだろう。
クラスメイトを信じたいと口だけでは言っておいて、最後は自分の命の心配だけして。
それでいつまでもうじうじと。
だからあたしは何時までも弱くて、立ちあがれない。
「おら、そろそろ書けただろ。いくぞ」
そう言われて、ついボーっとしてたことに気付く。
見ると隣には既に柳沼の姿はあって、慌てて、遺言書をたたむ。
ふ、ふう。
危なかったね! いやいや危なかった危なかった。
考え出すとネガティブになる。危険だ。危険区域。
明るく。極めて明るく。友達を信じる普通の人間として。
「ええ、いきましょうか。はいこれ、約束通り無意味に見ないでよ」
「おめーもな。ほらよ」
手渡しで、遺書ともいえる――いや、言わせないそれを手に取る。
そして、何を言う訳でもなく、自然と足を教室の外へと向ける。
――――弱さは、貶すことではないけれど。強くあるのに越したことはない。
だからあたしは、強くなりたい。友達を信じてみたい。
けれどそれでもやはり弱くて。だからこそ、こいつが隣にいてそれはそれは心強い。
もう決めよう。迷いは禁物だ。
決める、決める、決める。
繰り返す、心の中で、繰り返す。ごっちゃごちゃな思考の中身を嘘偽りなく曝け出す。
さあ歩こう。
さあ行こう。
友達が待っている。
○
いま、あたし達はプールにまで来ていた。
理由は、特にない。
強いて言うならば……一丁だけあるという拳銃を手に入れる為だ。
もちろん護身用という意味合いもあるんだけど、どっちかというと、これを他人に取られたら厄介なことになる、という理由から。
信用していない訳じゃない。
だけど、不安って言う気持ちがどうしても先行してしまう。
なんていうわけで今あたし達は、男女それぞれの更衣室のロッカーを探していた。
あたしが女子更衣室で、柳沼は男子更衣室。
プールに来た理由は人が来なさそうな場所に隠してる可能性が高いから! と小学生並みの意見を豪語する柳沼の意見を尊重した結果だ。
ふーむ。なさそうね。
ロッカーを全部調べてみたけれど、ない。仕方ないわね。柳沼も同じ結果だから
と、思っていた頃、ドンドンと扉を叩く音がした。
一瞬身構えてしまったが、よくよく考えたら、柳沼と言う可能性が高いし、普通に警戒心なくあたしは扉を開ける。
第一、殺し合いに乗ってる人が律儀にノックをするとは思えない。ていうか……例えそうだとしても、クラスメイトだから。
柳沼がそうしたように、あたしだって信じるのが義務だから。
で、そこにいたのが。
「……榊田じゃない奇遇ね」
「奇遇ね、榎本さん」
女のあたしでも惚れ惚れしちゃいそうな、老いとは明らかに違う、枝毛のなさそうな張りと艶がある活きのある前髪も若干目にかかるぐらいの長いストレートの白髪。
真っ黒いカチューシャがその髪色と合わさってとてもよく映えている。可愛いというより美しい。美少女と言うよりも美人。
時々見え隠れする、吸い込まれそうな目力の強い紅い瞳には胸を打ち抜く様な不思議な魔力さえある。とはいえプニプニな健康的な頬など全体的な装飾が、
「他人を受け付けないぞ」みたいなきつーいオーラを醸し出さないのが、凄いと思う。あたしの評価とは真逆よ。向こうにいるであろう柳沼曰く、
「不可侵領域、つまり氷結の魔女」とのこと。いやどこの半額弁当追いかけ回してる奴だよ、とツッコんだことがあるのを走馬灯のように思い返す。
まあ。
普段はそう交流がない。とはいえ彼女は素直な子で、
某楔音が大好きだっていう雰囲気が、いやもう雰囲気と言うか結果がわかりやすい。
将来の夢を高校生にもなって、「契也の嫁!」と堂々と言えるようなお方である。(ちなみにそれを平然と「嫌がらせだよ」と返す楔音も楔音だが。何処のギャルゲー主人公よ)
ゆえに彼女の性格は意外と分かりやすく、接しやすい部類には入ると思う。が、楔音と常に、常に(大事なことなので二回言いました)行動しているため、
なんか邪魔してるぜ! 印象を自分でやっておいて受けるので、いつもは接触の機会は少ないのだ。少なくしているのだ。
……。
はい、現実逃避終了。
「えーと……、榊田? まずはその片手にもった包丁をおろそうか」
「いや、と答えておくわよ」
ニコッっと普段見せない様な笑顔を向ける。
いやいや。
いやいやいやいや。
こういうときの現状確認。
場所、女子更衣室。狭いし隠れ場所なし。出入り口は一つで、それは榊田が守っている。
その榊田はと言うと、家庭科室にあったはずの包丁を持ち出して、あたしに構えている。殺す気満々って奴?
ついでにいっておくとあたしには、漫画の登場人物のように機転をきかす能力はない。
ありのままの現実を受け止めるのが必至なのである。
うん、うん?
……あ。これって……。
「ごめんなさい……。私のために殺されてくれないかしら」
「………………」
あーうん。
あー…………。
ここまで考えて、この五分位の、あたしの記憶は途切れた。
【榎本夏美:生存中:手紙】
【柳沼卯月:生存中:手紙】
【榊田神菜:生存中:包丁一丁】
【5人】
最終更新:2012年04月09日 12:04