破壊する。
一人の女―――葵崎蜜柑がその細腕を振るだけで、強固な外壁は抉れ、脆く崩れる。
本来なら『力無い一振り』なのだが、葵崎の能力を以てすればそれは最強の攻撃となる。
けらけらと笑いながら、逃げる鼠を追いかける
追いかけっこに興じる彼女は、只純粋に
殺し合いを愉しんでいた。
(くふ、くふふ。まさかあれを避けるなんてね)
柏原修一の投げつけた鋏を片手で弄びながら、本当に可笑しそうに彼女は嗤う。
先の樋之上壊ほどとはいかなくとも、あの速度で放った空き缶を避けるとは、少しは期待できそうなものだった。
自分に傷を付けることも十分に有り得るし、むしろ葵崎に対してはああいうタイプの方が強く出られるのだから。
葵崎の望む苛烈で熾烈な殺し合いだって、出来るかもしれない。
期待に胸を膨らませながら、その感情を抑えるように腕を振るう―――。
一方の二匹の鼠はと言えば、着実に葵崎蜜柑を迎撃する為に動き始めていた。
これは一つの戦乱の始まりであり、或いはこれから起こる戦争の連鎖の始まりか。
現実と虚実、決して混ざり合うことのない二つの色が混ざり合う戦いが、始まった。
◆ ◇
オレ達は逃走していたわけじゃない。着々と、化け物迎撃に向かっていた。
分かっていることは、あれにはおよそ人を殺せる攻撃は絶対に通らないということ。
そして、あれの攻撃も同じように、人を殺せるような攻撃はオレと八神にも通ることは無い。
ただし、聞こえてくる居場所をわざわざ明かしているかの如き破壊音の数々から想像するに、奴は自らの身体さえもあべこべ―――弱さは強さに、遅さは速さに変換しているということだろう。
はっきり言って、まともに真っ向から戦えば負けるのはオレ達だ。
弱さに適応するなんて言う程簡単なことではないし、第一オレは殺し屋。
強さを生業としているからこそ、真っ向からあれを討つのは相当に困難だ。勝率は限りなく低い。
だからこそ、オレが考えたのは逃げることだ。
まずは逃げて、なるだけ相手の集中力を削っていく。
どんな化物だって元は人間。独り相撲を延々続けていれば飽きるし、精神も摩耗する。
オレ達はその一点を容赦なく、突く。
確実に襲撃者を殺害する方法は一つ。
奴の『あべこべ』を無視して安全に殺す方法―――誰もが抱える弱点、そう、首輪だ。
争奪戦の参加者であるが故、この『ルール』を覆すことは出来ない。首輪が爆発すれば、如何なる参加者でも死亡する。
どの程度の衝撃で起爆するかは分からないが、まず銃弾一発浴びせれば確実に起爆できる、とオレは仮定した。
が、不意打ちで殺せる相手かどうか考えれば否と言う他ない。
銃弾なんて不安定なもの、避けられでもすれば今度こそオレ達の命運は尽きてしまう。
その為に――もうひとつ、『保険』を用意している。
もっとも、首輪の破壊よりも更に不安定な策ではあるのだが、もし上手くいけば前者より確実に奴を屠れる。
最後の手段として逃走。
相手に距離と言う概念が通用するのかも怪しい現状、こんなものは悪あがきとしても低俗だが。
屋敷内をぐるぐる回って逃げているように見せかけ、あの女の様子を窺って畳み掛ける。
オレは八神の手を引きつつ片手で指示し、作戦を遂行していた。
若干狂人の気が見られて不安因子だった八神だが、いざとなればそれなりに役に立つ。
「しかし、広い屋敷なのが幸いですね。迂回しても襲撃者さんの場所に辿り着けるなんて便利すぎますよぅ」
まさしくその通り。もしここがここまで立派な屋敷でなければ、今頃オレ達は死んでいる。
ある程度の広さを確保して戦えること、これが今回の作戦の大前提だ。
それが覆れば追うまでもなく、適当な物体を掴んで『殺さない程度の力で』投げていればいい。
オレ達を殺すのに、ものの数分とかからない筈だ。
自らの幸運に感謝しながら、オレは走る。八神は息を切らしているようだが、オレからすればこの程度どうってことはない。
八神も疲れている―――だが、それでいい。
オレは何も顧みずに、八神を連れまわして利用する。
それがオレと八神の協定だ。利害の一致、オレ達の間にそれ以上の因果は存在しない。存在してはいけない。
こいつは姉さんの―――幻影、なのだから。
八神はいつだってオレとの同盟を破棄できるし、破棄されたとしてもオレは一向に構わない。
本来オレは、一対一を得意とする殺し屋だ。執行人は、一人で十分だろう。
壁一枚を隔てた向こうで、あの化物がオレ達を追い続けている。
気のせいか破壊音は小さくなりつつあるようだし、早くも作戦の効果は出始めているようだ。
上々、上々。
「あぁぁあああああ!! 苛々するッ、とっととあたしと殺し合え!!」
壁の向こうから聞こえる怒鳴り声。それに心の中で「嫌なこった」と返答し、オレ達は今度は足音を潜めて歩く。
破壊が止めば静寂が訪れる。そうなれば、ドタバタ走り回る音なんてすぐに察知されてしまう。
故に作戦の難易度は上がり、腕の見せ所となる訳だ。
だが、オレはまだまだ敵を見誤って―――同時に、策も誤っていた。
能力者という未知なる外敵を、舐めていた。
気付くべき事実を見落としていた。
当然の如く、一つの些細なミスは刃となって―――返ってくる。
「みーつけた」
壁が、破けた。
文字通りこじ開けるように引き裂かれたクリーム色の外壁の向こうから、彼女は姿を現す。
こんなに破壊されているのに建物が崩れないのは、それだけ高等な技術で建築された建造物だから、なのか。
真っ赤に、引き裂くように嗤う彼女に、八神は嫌悪を示すかのように銃を向け、その首輪に向けて引き金を引いた。
しかし見え見えの殺意ではこいつは殺せない。手に触れた瞬間、弾かれて力無く銃弾は地に落ちる。
「あたしの力は推理できたみたいだけど。残念だったね、あたしの能力は『任意』でもあるんだよ。
あたしが嘘を吐くのをやめれば力は消える―――さっきは『聴力』、小さい声ほど大声で聞こえるように、ね」
厄介すぎる。オレは思わず舌打ちをした。
これでオレ達の作戦は破れ去り、いよいよ『スペア』に頼らなければならなくなってしまった。
殺し屋を営んでいながら能力者なんて生き物に苦渋を強いられるなんて――屈辱にも程があったが。
しかし、次の策はかなりの自信作――切り札とも言えるカードだ。
『彼女』はオレが殺さなければならない、そう自分に課しているというのに、それが為せなくなるかもしれない危険な策だ。
それでも、このケルベロスを討たぬ内は、未来にすら進むことなんて出来やしない。
右手を掲げた。
それを合図として、パートナー・八神美保が一歩前に出る。
その手にはコルトガバメント、確かな殺意の籠もった視線と不気味な笑顔で威圧をかけるが、そんなことで揺らいでくれるような敵だったなら、ここまで苦戦を強いられてはいない。
「あれ? おいおい、そっちのナースでいいのかい? 悪いけど殺しちゃうぜ」
「いいんですよぉ。そういう契約なんですから。私が死んでも修一くんは困らないし、修一くんが死んだら――ちょっと困るかな」
「はん。そうかいそうかい、じゃあ一発で終わらせてやる――あたしは葵崎蜜柑! ここでお前等を」
言葉を言い切る前に小気味いい音を立てて蹴り、常人とは思えぬ速度で疾駆する。
武器は持っていない。
武器など無くとも、素手の破壊力だけで十分に八神美保を『殺せない』――だから殺せる。
「殺す!」
拳を振りかぶる。対処する方法はない。
もし腕で防御しようものならその軟弱な防御ごと八神を打ち砕くまで。
―――そうであってくれれば、勝機は消えていない。
そうでなければ、負ける。
「――――――が、あ」
葵崎の身体が勢いよく吹き飛ばされ、崩れた壁に激突する。
八神の拳が彼女の胸板を捉えるのを、オレは確かに見ていた。
作戦成功。オレの読みは完全に当たっていたようだ。この威力と、八神美保という人間のステータスを。
彼女は弱い。どうしようもなく低い基本ステータス――だからこそ、『強い』!
力を強くも弱くも出来る葵崎でも、底辺以下の底辺には辿り着けない。
そこが奴の弱点であり、唯一の隙だ。
「あなたの身体に攻撃しても、あなたが繰り出すような威力にはならない。
自衛機能ですかぁ、でも―――私の方が、ずっとずっと弱いんですよぅっ!!」
「っ、てめえっ!!」
葵崎の大きく開かれた両腕が、鎌のように八神の首を狙う。
しかしそれを八神はいとも容易く『更なる弱さ』で受け止め――今度は不格好な回し蹴りを、その脇腹に放つ!
受け身を取るがダメージは殺しきれない。
当然だ。弱すぎる攻撃は、あべこべになれば強すぎる攻撃なのだから。
移動速度でも、武器でも八神は殺せる。
だが、武器を取り出そうものならオレはその武器をこの剣を投げつけて破壊するだけだ。
不可能な芸当?それがどうした。それはオレがずっとやってきた仕事だ。
「鬱陶しいな………!! そっちの色男を先にやった方がいいみたいだなぁっ!!」
葵崎の攻撃を受け流し、着々とその身体にダメージを蓄積させていく。
この分なら時間の問題だろう。
奴が動けなくなったところで、本来の予定通りに首輪を起爆させてしまえば勝ちだ。
八神という駒が、まさかこれほど重要なキーとなるとは思いもしなかった。
「ちぃっ! 一旦退却して体勢を―――」
「させないですよぅ!!」
葵崎の拳を腹部に受けるがダメージなど意に介さない。
彼女は弱い。だから、腹筋に少し『力をこめる』だけでそれは対葵崎においては十分な盾となる。
その判断ミスが生んだ一瞬の隙を見逃さず、八神は渾身の力で――手刀を右手で作る。
これをまともに受ければ、下手な刃物よりずっと鋭利な威力となって葵崎を切り裂くだろう。
流石にそうともなれば、嘘吐きの葵崎とてどうしようもできない。
「はあっ!!」
振り下ろした一撃を、最大限衝撃を殺しつつ、左腕を盾にして奴は受けた。
代償は大きい。骨の折れる聞きなれた嫌な音が、確かに響いた。
八神は葵崎の頭を掴み、地面に押さえつけてコルトガバメントを取り出す。
その距離で起爆すれば火傷する危険があったが、これが最善なのは明らかだ。
「王手です」
「………がはっ、はっ、は……くふふ。それはどうか、なぁ」
その戯言に耳を貸すことなく、八神は引き金を引こうとした。
――――その時、紅い液体が飛び散った。
まだ八神は引き金を引いていないし、残る三肢はすべて拘束にあてていて使えない。
それが誰の血液で、誰が原因となって飛び散ったのかは―――最早明白だった。
八神の背中から、血塗れの腕が突き出ている。
葵崎はその折れた腕で、八神の腹のど真ん中を貫いたのだ。
予期せぬ反撃に対応することもできず、八神美保は致命傷を負わされた。
だが、解せない。
『弱い』八神の拘束から、八神より『強い』葵崎蜜柑がどうして脱出できたのか。
答えはすぐに出て―――そういうことか、とオレは納得せざるを得なかった。
繊細な強さと弱さの上下関係で、ルールに縛られた殺し合いだから――見逃してはいけなかったのだ。
「あたしの腕は『折れて』いる――――看護婦さん、君よりあたしは『弱い』」
「かふ……修一、くん………」
決死の力で葵崎を振り払う八神だったが、その傷はあまりに大きく、そして深い――深すぎるほどに。
オレ達は負けた。
嘘吐きとの、ルールに則った騙し合いに敗北した。
「おやおや、逃げるの? ……まあいいや。一人殺せたし。待っててあげるよん」
ほざけ、と辛口の一つでも吐いてやりたいところだったが、声はやはり出てはくれず。
腹を破られて尚コルトガバメントを握りしめている八神を抱えて、オレは走った。
葵崎は追ってくる気はないらしい、どうやら本当に愉しみたいだけのようだ。
生きることさえも二の次――言い換えてしまえば空虚だとさえ思える。
◇ ◆
しばらく走って、適当な個室に入り、八神を寝かせる。
改めて傷口を見てみると――成程、これは助かるそれではない。
内臓の一部を吹き飛ばされているし、出血もとっくに致死量に達している。
荒い息を吐いて、青褪めた顔でオレの目を見つめる八神。
メモ用紙は持っていない。
だが今の彼女には、手話を行うことさえ苦痛だろう。
或いは、視界はとっくに霞んで見えていないのか。
形だけの笑顔を作って、焦点の定まっていない瞳で、彼女はオレに息も絶え絶えの声をかけた。
「ご、めんね、修一くん。わたし………じゃ、無理でした、よぅ」
もう長くはもつまい。
精々後数十秒、もしかすればそれ以下でもおかしくない。
オレは手話で――見えているかもわからない、苦痛かもしれないそれを使って、八神に答えた。
『安心しろ』『オレは勝つ』『お前はもう必要ない』
突き放したつもりだったのだが、それでも八神は安心したように笑った。
血液の流れさえ止まって、もうそろそろ旅立つだろう。
限界を超えて彼女は、苦痛の中で―――言った。。
「ばいばい」
たったそれだけを最後に、彼女は二度と動かない屍になった。
さあ、ここからはオレの出番だ。
あんな奴一人殺せないようじゃ、執行人の名が泣くってもの。
決して弔い合戦ではない。
これから始めるのは、オレの個人的なプライドを守るためと。
―――姉さんの姿を壊した奴への、復讐だ。
そうは思っているのに心が痛んだのは、あの看護婦への感傷だろうか。
―――そうだったら、まだ救いはあるのかもしれないな。
【八神美保@看護婦 死亡】
【A-3/屋敷/午前】
【柏原修一@執行人】
[状態]健康、疲労(小)
[装備]コルトガバメント
[道具]支給品一式、装飾剣、裁縫セット
[思考]
基本:時を待ち、プレイヤーを一掃して優勝する
【葵崎蜜柑@詐欺師】
[状態]全身にダメージ(中)、左腕骨折
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ワルサーP99
[思考]
基本:優勝する
最終更新:2012年05月11日 14:23