倉坂祈莉は名簿を開いた瞬間、眼を奪った名前が二つ。
クラスメイトであり中学時代からの親友でもある、
堀川桜子と久慈凪帆の名前。
「二人にどうにかして逢えないかな」
祈莉の本質を持ってすれば、二人と落ち合うことは無論、このゲームからの脱出さえ簡単な事。
けれど、主催側の言っていた通り本質には数々の制限が施されており、首輪がついている限りそれは叶わぬ願い。
落胆の色を示しつつ、改めて名簿に目を通す。
「…あ」
じっくり読んでみると、知った名前がもう一つ。
「辻さん……来てるんだ………」
辻さん。辻綾華。
乙和高等学校、第十三学年E組のクラスメイト。
簡単に辻綾華と祈莉の関係を表せば、そういうことになるだろう。しかし、たったそれだけの間柄ではない。
小学生の頃から偶然同じクラスになることが多く、幼少時はよく遊んでいた。
中学生になった時、二人が別々の中学校に上がってから、擦れ違う事が多くなった。
理由は明確ではないけれどそういう年頃になってしまったのかな、と祈莉は祈莉でやり過ごしていた。
だがある日、二人の間に入った亀裂は大きくなっていき、やがて表面化した。
あの時浴びせられた罵声に、百何年振りに人目も憚らず号泣したのを覚えている。
“訳が分からない、もう面倒臭い。悩みたくない、抱えたくない。だから、考えないようにしよう。”
そうして、辻綾華を避けて過ごすようになった。徹底的に関わらないよう、あからさまに逃げて過ごした。
偶然同じ高校に入学し、同じクラスになった今も、最大限“逃げ”に徹底していた。
なのに、その努力の甲斐も虚しく、運命はこうしてまた二人を引き合わせる。
「辻さんはジョーカーを殺すために積極的に動くのかな、…変わっちゃったもんなあの人。……まぁ、どうでもいいや」
辻綾華がどうしようと、祈莉は今まで通り逃げ続ければ問題ない。
「でもさ、辻さんから逃げられたって、このゲームからは抜け出せないんだよね」
一般人に紛れ込んだジョーカーを殺さなければ、祈莉は生き延びることが出来ない。
けれど、“殺す”だなんて。“誰かの命”なんて重すぎる物は背負いたくない。そんなの疲れるだけじゃないか。
面倒臭い、何もしたくない、だけれど死にたくない。かと言って殺しの責任は持ちたくない。でも、でも、だって。
「…もうやだぁ。早く帰りたいよぉ。みんな勝手にやってよ。こんだけ人が居るんだもん。きっとわたしは…桜子やナギだって、ジョーカーじゃない。わたし達は関係無いよね…逃げてれば大丈夫だよね」
「でもその“じょーかー”って、自覚があろうが無かろうが、他の人からしてみれば殺してみなきゃ分からないんですよね?」
「……え」
突然後方から声がして、狼狽えながらも今までに無い速さで振り返る。
木々の隙間を潜り抜ける月明かりが照らし出す人影。声の発信源は優しげな風貌の青年だった。
予告も無しに言葉を掛けられたことにも驚いたが、何よりも驚愕したのは青年と自分との間の距離。
目測約5メートルと言ったところか。これだけ近付かれていたというのに、気配を察知することが出来なかった。
と言うことは、意図的に彼は気配を消して祈莉に接近してきたという事。理由は――明白だ。
参加者の中には殺人を躊躇しない者だって居る可能性は充分ある。
そういった者は、相手が何者であろうが無差別に人を殺し、何よりも自分が生き残ることを最優先するだろう。この青年が、“それ”だ。
「だったら皆殺してしまえば良い。そうでしょう?」
「そ、そんな簡単に…」
「あはは、あなたが思ってる程命は尊い物なんかじゃないし、平等でもないんですよ。
弱い命を強者が摘み取る。“弱肉強食”こそがこの世の理なんです」
恐ろしい言葉とは裏腹に、面のように貼り付いた笑みは濁りを見せない。
それがとてつもなく不気味で、祈莉は一歩後退りをした。
「だだだだから、わわたしをこ、殺すの…?」
「ご名答」
青年が脇に差した刀に手を添えた瞬間が合図だった。
祈莉は命の危機を悟り、次に青年の姿が出現するより先に、自身の本質である“逃避”を発動する。
□ ■ □
「…あれ?」
確かに青年、瀬田宗次郎は目にも見えぬ速さで少女の懐へと肉薄し、脇差しを振るった。
けれど、振り切った刃には未だ銀色の輝きが保たれたまま。また、人肉を断つ柔らかな感触も、宗次郎には伝わらなかった。
まさか、逃げられたのか?
有り得ない。有り得るはずがない。
宗次郎の神速を前に、逃げられる者なんてそう居る筈が無い。
「狐にでも化かされたかな?まぁいいや。
ここには志士雄さんや鎌足さんだって来てるんだから、時間を稼いだってどうせ結果は変わらないんだ」
刃を静かに鞘に納めて、明かりで賑わう街を峠から見眺める。
地図を見る限り、あの広い街はこの島の中心部に位置する。
光に集う虫けらの如く、人を殺す力も無い弱者達は同類を求めて目印になりやすい中央地点、街に集まる可能性は高い。
なら、そこを突けば。
宗次郎は街に向けて駆け出した。
未だ、獲物が付近に存在していたことにも気付かずに。
【深夜/E-2、山中】
【瀬田宗次郎@るろうに剣心】
[状態]健康
[装備]脇差し@るろうに剣心
[道具]基本支給品、アイテム×0~2
[思考] スタンス:無差別マーダー
1:街へ降りる
2:ゲーム終了まで人を殺して回る
□ ■ □
「こ、こわー…!わたしの本質が逃避じゃなかったら、殺されちゃうところだったよぉ」
別次元と元の空間を繋げることで、祈莉は100m程山の奥に入った地点に姿を現した。
祈莉の本質、逃避。
簡単に言えば空間を操作する能力であり、次元レベルでのテレポートや空間を切り取ったり歪めたりすることが出来る力である。
けれど能力の制限は厳しいもので、次元レベルでのテレポートは僅か9秒。
また、空間移動に関しては物体をテレポートさせることは出来るが、自身が跳ぶ事は出来ないものとなっているらしい。
更に、まだ確かめていないだけでそれ以上の制限もされているかもしれない。
「何か先が思いやられるなぁ…。あんな足の速い人間が居るんだもん、制限だってあるし、この世界じゃあ人間も混血も関係無いよね…」
ジョーカーにあたる者達も、一筋縄ではいかないような能力を持っているに違いない。
そうなると、祈莉がこのゲームから解放されるのもまだまだ遥か先だろう。
「…よし、この山小屋に隠れてよう」
見えないゴールへ向かうよりも、ゴールが見えるくらいに近付いて来てくれるのを待つ。
逃避を本質とするに相応しい少女は、人気を警戒しつつも木々に守られた山小屋へと入って行った。
【深夜/E-2、山小屋】
【倉坂祈莉@
オリジナル】
[状態]健康
[装備]無し
[道具]基本支給品、アイテム×1~3
[思考] スタンス:待機
1:出来れば堀川桜子と久慈凪帆に会いたい
2:辻さんには会いたくない
3:早くゲームが終わらないかな?
最終更新:2012年06月26日 22:03