酸素を肺に取り入れては吐き出す。
荒く呼吸をする度に、喉が焼けるように痛い。
小刻みに上下する強張った肩。押さえた脇腹に滲む血液。
疲れか恐怖か、震えを止めない両足は、上体を支える事を放棄してその場に崩れ落ちる。
銃を握り締める手に力を込め神経を張りつめた侭、中学校の東棟三階、教室の扉の隙間から廊下を覗き見た。
(…来ていない、わね)
後方の無事を確認して、仲村ゆりはドアを閉めた。一時的に撒けたからといって当然安堵することは出来ない。
“奴”から逃げ切るなんて、怪我を負った今では完全に不可能だろう。
だから、束の間の休息。抉られた脇腹の再生を待つ。ただの時間稼ぎ。
いや、そもそもこの傷が回復したとして、ゆりがあの化け物から逃げる事が出来るのか?
確率は、最低だろう。
(だとすると、どうする?立ち向かう?いいえ、奴はかなでちゃんや影以上の力を持っている。渡り合える自信は正直無い…)
ゆりは“死んだ世界戦線”という、小規模ではあるものの一つの組織を創設し、皆をまとめてきたリーダーである。
メンバーの最前線に立って戦っていた筈が、敵わない相手には丸っきりの逃げ腰。
確かにあんな化け物に真っ向勝負を挑むのは無謀でしかないから仕方がないのかもしれない。
でもそれは、それだけの力を、ゆりが持っていないからだ。
情けない自分に嫌悪する。今の姿を日向や音無らが見たらどう思うだろうか。
(考えるのは止めましょう。今は逃げることに専念しなくちゃ――!)
瞬間、廊下に面した窓が粉砕される。
降り注ぐ硝子の粉に紛れる砂の嵐。
ゆりは巧みにそれらの障害物を潜り抜け、教室から飛び出した。
□ ■ □
「許せんっ!許せんぞ!俺は今、猛烈に怒っている!」
中学校東棟と西棟を繋ぐ渡り廊下の二階にて、坊主頭のガタイの良い男が唸る。
この暑苦しい男の名前は、
福原隼人。
高校十二学年Dクラス。炎球部所属。趣味は筋トレ。女の子の裸よりも自分の逞しい筋肉を見るのが好き。
「うおおおお!」
姑息な手段を使って人殺しを強制する主催者が許せない。
どんなに手強い相手でも、この命が尽きるまで…いや、例え尽きたって、戦い抜いてみせよう。
燃え盛るような熱い決意を瞳に宿し、隼人は怒りの侭に拳を振り上げた。
――そして、直後に起こしてしまった出来事は決して意図的ではなかったのだ。
――気分が高揚して、つい本質を発動してしまっただけで。
――その生まれ持った本質が“情熱”であったことも、隼人が悪いわけではない。
――加えて、ここがセキュリティ完備の学校であること。よって、スプリンクラーが起動してしまったことも仕方のなかったことなのであって、誰のせいでもないのである。
□ ■ □
一分も経たずとして、ゆりは窮地に陥っていた。
廊下の隅に追い詰められ、逃げる事も隠れることも許されない状況。
対し、“砂の化け物”――男は無表情に固めた面持ちで獲物を、ゆりを据えている。
「逃げたって意味はねぇよ。どう足掻こうがお前はここで死ぬ、無駄な時間をとらせるんじゃねぇ」
「く……、あぁあぁぁぁああ!」
大口拳銃を構えて、男に向かって発砲する。
弾は男の額に直撃し、地面に落下した。
三回目も繰り返されれば驚きもしない。一回目や二回目とは違って悪あがきを承知して撃ったのだから。
銃が効かない事は知っている。そのからくりも二発目を撃った時にこの目で見て、納得は出来ないものの理解に至った。
奴は弾が命中する瞬間に、被弾部分を砂に変えクッションのように衝撃を打ち消している。
故に、どんな攻撃も意味を為さない。
それでもゆりは思索する。生き残る手立てを。現状に打ち勝つ方法を。
「終わりだ」
一瞬で男の左腕が砂の粒に変貌し、左手首から生えた鋭利なフックの切っ先をゆりの喉元へと運ぶ。
(何か、何か無いの!?こんなところで殺られるなんて…!日向くんも、音無くんも直井くんも、守りきれなかった…!)
閉ざした視界は何も映さない。
よって、いち早く奇跡を感じ取ったのは、聴覚だった。
「この音、………スプリンクラー?」
瞼を持ち上げ、状況を確認する。
甲高い警告音。全てを濡らす冷たい雨。喉を掻き斬らんと迫っていた奴の左腕が、元の姿に戻っている事。
(……そうか、水だ!砂は水で固まる、今ならアイツに攻撃出来る!私は戦線のリーダーよ、二度も三度も背中は見せない!)
逃げる、という選択肢も勿論あった。
けれど死ぬ間際に思い浮かんだ日向達の存在。それに重なった、生きていた頃救う事が出来なかった妹達の影。
もう後悔はしたくない。だからゆりは立ち向かった。
目の前の化け物の頭部に、銃口を照らし合わせた。
「死ね、化け物!」
□ ■ □
銃声が響いた後、自身が窮追した少女の左手にある昇り階段から姿を現した男を、Mr.0“サー・クロコダイル”は睨み付ける。
その男は金髪から水を滴らせながら、怖じ気づくこともなく最初の一歩をクロコダイルへと踏み出した。
「どうだい?悪い話じゃないだろう」
男が言っているのは相手が出会い頭に持ち掛けてきた誘いに乗るかどうか、という事だろう。
誘いとは、言わば“同盟”を結成しないかどうかという事だ。
主催者から直々に“役割”を与えられた者同士が手を組めば、スムーズにゲームが進行出来る上に生存確率も高まる。
男の申し出を呑むメリットは充分ある。
しかし一つ、解決しなければならない疑問があった。
「その前に答えろ。何故俺がジョーカーだと分かった?」
「これだ。黒がジョーカー、白が一般人、赤が死人だとさ」
男が投げて寄越したのは探知機だった。
画面を確認してみれば、点滅する黒い光が二つと、すぐ近くに赤い光が一つ。
男の言う事が事実なら、赤い光が廊下の隅っこで横たわっている頭部が無い少女の死体。
黒い光が示すものは自分と、そして恐らくこの男。
「チッ。まぁ信用してやらんでもねぇな」
「タネを明かしたんだ、返事を聞かせろ」
「言ってるだろう、信用してやるって。組んでやるよ、テメェとな」
探知機に対して特に興味は持てず、男に投げて返した。
男は片手でその薄型の精密機器を受け取って、眼鏡越しに気弱そうな印象を与えるタレ目を細めて、黒い笑みを覗かせる。
つられて、こちらの口角もつり上がるのが分かった。
「お前、名前は?」
「…青山透」
密かに組まれた闇の同盟。
生気を失った少女の瞳だけが、その光景を見詰めていた。
【深夜/C-4、中学校東棟三階の廊下】
【Mr.0@ワンピース】
[状態]健康、びしょ濡れ
[装備]無し
[道具]基本支給品、アイテム×1~3
[思考] スタンス:ジョーカー
1:ジンと手を組み一般人を皆殺し
【青山透@絶体絶命都市2】
[状態]健康、びしょ濡れ
[装備]大口拳銃@
魔法少女まどか☆マギカ
[道具]基本支給品、アイテム×1、ジョーカー探知機
[思考] スタンス:ジョーカー
1:Mr.0と手を組み一般人を皆殺し
□ ■ □
“死ね、化け物!”
ゆりが銃の引き金に指を掛けると、まだ発砲してないのに銃声が鳴り響いた。
こめかみに感じる熱。凄まじい衝撃によろめきつつ動揺する。
続いて、浮遊感がゆりを襲った。
(え…?)
天高く跳んだゆりは、左腕を振り切った体勢で真っ赤な返り血を浴びる砂の化け物と、階段の方からゆっくりと現れた青いスーツ姿の男を見下ろして。
薄れゆく視界が最後に認めたのは、銃を構えた状態の侭、フックで引きちぎられた首の切断面から血飛沫を上げる、自分自身の身体だった。
【仲村ゆり@Angel Beats!死亡】
□ ■ □
「くそ!まさかあんな巧妙な罠が仕掛けられていたとは!死ぬところだったぜ!いや、主催者を倒すまでは死ねないがな!」
発火能力を用いてスプリンクラーを作動させる事で一人の少女にたった一度の奇跡をもたらした隼人は、そんな事も知らず大慌てで水浸しの学校から脱出を図っていた。
単に水が苦手なだけであって生命に危険があるわけではないけれど、性格故か何事にも熱く大袈裟に反応してしまうのが隼人だ。
「うおおおお、待ってろ主催者どもめぇぇ!」
「きゃ!?」
「ん!?」
全力疾走していたところ、曲がり角から出現し下半身にぶつかってきた何かを強く弾き返してしまったのに気付く。
動く事は止めず、その場で足踏みをしながら足元を見下ろすと、恐らく大昔のモデルの青い警官服を着用した女が尻餅をついていた。
「すまんな!痛かったか!?でも泣くな、泣くんじゃない!大丈夫!君なら立てるさ!」
「……」
「いや、だからすまんと言っただろう!俺は反省しているんだ!」
激励する隼人をじとりと睨んで、女は無言で立ち上がった。
向き合ってみると女の年齢は自身とそう変わらないくらいか。ぶつかった感触からして、恐らく人間。
か弱い人間の、しかも女までこんなゲームに巻き込むとは。
そう考えるとつくづく主催者に怒りが涌いてくる。
「うおおお!許せねぇ!」
「え、…あの?」
「それより!ここから先は人間の女には危険だ!俺は殺されかけたんだ!一緒に逃げるぞ!」
「ちょ、ちょっと…!」
有無は問わず困惑する女を肩に担いで、隼人は駆け出した。
【深夜/C-4、中学校前の通り】
【福原隼人@
オリジナル】
[状態]健康、びしょ濡れ
[装備]無し
[道具]基本支給品、アイテム×1~3
[思考] スタンス:対主催
1:か弱い者を守る
2:学校を離れる
【佐伯優子@絶体絶命都市2】
[状態]健康
[装備]無し
[道具]基本支給品、アイテム×1~3
[思考] スタンス:???
1:困惑
003:通行人A |
時系列順 |
005:恐れを知らない戦士のように |
GAME START |
仲村ゆり |
GAME OVER |
GAME START |
Mr.0 |
|
GAME START |
青山透 |
|
GAME START |
佐伯優子 |
|
GAME START |
福原隼人 |
|
最終更新:2012年06月26日 22:06