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真っ暗闇だ。
シュートにでも入ってダークゾーンに入り込んだのだろうか。
しかし、思った。
――ここには、ダークゾーンに通じるシュートなんてあったか?
悪の魔術師ワードナの地下迷宮を攻略しようと迷宮に潜っていた侍、カナンは瞬きをもう一度行うと辺りに生き物が多く潜んでいることを悟った。
いつもの、パーティを組んで共に迷宮に入っている五人だけではない。
もしや――囲まれているのだろうか。
大勢の呼吸がひしひしと様々な感覚を刺激し、カナンの指を自然に妖刀村正がかけてある腰へと伸ばさせるに至る。
しかしカナンの指が伝えたのは衣服の軽い反動だけだった。
村正が無くなっている、いや――
そこでようやくカナンは村正どころか自らが身につけていた鎧やら盾も共に消失していることに気が付いた。
何故無くなっているのかは分からない。
装備が無いと分かっていれば初めからこんな場所には居ないだろう。
仲間のオーウェルやキャルルがロクトフェイトの呪文を使った記憶も無い。
第一、あんな全裸で街に戻る呪文なんか使ったら強烈に記憶に残る筈だ。
他のみんなは――
「オーウェル!」
仲間の君主の名前を叫ぶ。
返事は無い。
「タケミ!」
仲間の忍者の名前を叫ぶ。
返事は無い。
「キャルル!」
仲間の僧侶の名前を叫ぶ。
返事は無い。
「マリクト!」
仲間の司教の名前を叫ぶ。
返事は無い。
「ルーシェ!」
仲間の魔法使いの名前を叫ぶ。
返事は――
――。
叫びの反響すら返ってこず、全てが闇に飲み込まれる。
静寂だけ――いや、厳密には生き物の息吹だけ――が、この空間を支配していた。
カナンは身を屈めて右手を床に沿わせ、慎重に辺りを探り始めた。
しかしそれでも手に伝わるのは冷たく固い感覚だけで、床に誰かが倒れている訳でもなさそうだった。
それでもどういうわけか相変わらず気配は消えず、カナンに対してひたすら警戒を続けさせている。
自分はもしや夢を見ているのではないだろうか?
そうだ、今この場で覚醒を試みたら次の瞬間には馬小屋の中で寝ているに違いない。
そう思った時だった。
不意に照明が照らされたかと思うと、そこはただっ広い、地平線らしきものまで伺えるほど大きい部屋だった。
白い天井と白い床を遮る壁はなに一つ無く、代わりに床には人が三十人近くも倒れ込んでいる。
既にその内の何人かは立ち上がっていたが、その様子はほとんど先程のカナンと同じく周りをただ見ていた、ようだった。
しばらくして、高めの、はっきりとした声が聞こえた。
「カナン!」
振り返ると、見慣れた姿がカナンの前に立っていた。
身の高さはほとんどカナンと変わらないぐらい高いのだけれど、着ている服越しからでも分かる、あまり丈夫そうとは思えない体付き。キャルルだ。
「ねえ、ここはどこなの?」
キャルルは起きたばかりらしく、おぼろな目付きと困惑した表情でカナンの顔を視界から離さまいと一点に見ている。
「俺も分からないな」
分かったらさっさと脱出出来るだろう。
どうせ装備が無くなっているのだし、こんな不気味な状況から抜け出せるのならこのままキャルルにロクトフェイトを唱えさせるのもよかったが、しかし、他の四人もここには居ないとは限らない。
とにかく、状況を把握するのが先決だった。
倒れていた人々はやがて起き始めてはいたが、その中にはどう考えても魔物の類いとしか思えない者までいる。
猫顔、犬頭、毛むくじゃら。
その身なりは周りの人間と同じく冒険者のそれだったのだけれど、しかし、そんなモンスターが幾つか居るのをカナンは既に知っている。
いや、しかし、とにかくどうしてそんなモンスターと自分達が転がっているのかとかそんなことより、ここは何処なのか、何故自分達がここに居るのかを知りたかった。
「皆さん、目覚めましたか?」
また、声が聞こえた。
今度は空間全体に響くようなそのやや高めの男の声で、どう考えてもここに居る誰かが放ったものではないと分かった。
誰もが顔を見上げたり振り向いたりして、またある者は他の誰かを探るような視線を向け、そしてその視線を向けられている者はカナンとキャルルにを見ている。
そしてその様子から、この状況を理解している者が一人も居ないと把握出来た。
「シット・リィスです、よろしく」
姿の見えないその声が名前を名乗り、ますます場の不気味さを演出していった。
目的も何も分からない、そしてこの場に居るかも分からない存在。
「よくわからないわ」
その時、透き通るような声が凛と響き、ざわめきが止んだ。
集団の中で唯一身をしっかりと立たせ、そして天を見上げる女らしいそれは、そう言ったようだった。
女らしい、と言うのは、その肩まで伸ばした紺色の髪と声から判断するものであって、顔が藍色の被毛に被われた猫だったので実際女なのかどうか分からないからだ。
少なくとも、カナンにはそう見えた。
返事を待っているその猫の、マントで半分隠れた尻尾は神経質に横に揺れてこれを快く思っている訳ではないのは確かだった。
その点に関してはカナンも同意だったし、それにこの未知の存在に対しては一種、恐怖のようなものすら感じていたかも知れない。
声は何か考え込んだかのようにしばらく黙り込み、それから数秒して口を開いた。
「えー、このゲームはすっかり駄目になってしまいました」
そして、言った。
「そこで今日は皆さんに、ちょっと
殺し合いをしてもらいます」
カナンの視界に入っていた冒険者達が驚愕の表情を浮かべ、キャルルがカナンの腕を掴むのが、分かった。
何を? 何を言って――
「ふざけないで!」
多分、そのシットの言葉から一秒もしない内だった。
その叫びで猫はびくっと耳と尻尾を立て、キャルルとカナンははっと顔を上げた。
冒険者達が一斉にその方向に振り向く中、キャルルが「ルーシェ?」と口にした、かも知れない。
その通り、大量の視線の先に居たのは金髪のエルフの魔術師ルーシェだったのだ。
ルーシェは憤激を見せて、もはや顔を真っ赤に膨れ上がらせていた。
「別に誰かが何かをした訳じゃないのに、冒険者同士で殺し合ってなんの意味があるのよ!」
カナンの知っているルーシェは――あまりに正義感が強すぎる。
それ故に酒場では常に悪の戒律のパーティをすぐにでもラカニトの一つでも撃ち込みそうな、まるでモンスターでも見るような目付きで見ていたし、一度拍子でそちら側に入ったオーウェルを殺しにかかったこともあった。
カナン自身も悪のパーティのことは気に入らないが、殺したいほどでは無い。何らかの仕事で一緒になることがあれば共に迷宮を歩くぐらいは出来るだろう。
だが、ルーシェは――
「よせ、ルーシェ!」
飛び付くようにカナンはルーシェの元へ駆け出した。
あの声に逆らうのはまずい――いや、まずいどころでは済まない、とにかく取り返しのつかない事態になりそうだった。
ルーシェの肩を掴み、そう――恐らくこれから始めようとしている呪文の詠唱を、カナンは止めさせようとした。
しかしカナンの制止を払いのけ、ルーシェは手を掲げる。
「どうせこの中に、この中に居るんでしょ!? 吹き飛ばしてやる、TILTOWAI」
ティルトウェイト――核撃の呪文だ!
カナンは一瞬だけ目を背け――しかし、呪文が発動することはなかった。
その時、ルーシェの首が光を放ったのだ。
いや、首輪――が。
「ルー……!」
カナンはもう一度呼び掛けて――そこで、途中でやめた。
ルーシェの姿がきれいに消失していた。
先程のそれで何名かは自分にも銀色の首輪が取り付けられているのに気付いたが、しかしカナンはもとルーシェが居た場所にただ茫然と顔を向けていただけだった。
声が、言った。
「ああ、もし私に逆らおうとしたら石の中に飛ばされますよー」
石の中に飛ばされる――そのことの恐ろしさをカナンは十分理解していた。
所謂、それは『ロスト』を表す。
二度と逃げ出せない石の中なのだから、当然と言えば当然だ。
一応、石の中に入った瞬間にロクトフェイトやマロールを唱えて脱出出来たと言う話も聞いている。
しかし――しかし、それはあくまで石の中に入りうる状況に対して、しかも準備できていたら、の話だ。
ルーシェは、ルーシェは本当にそんなところに転送させられてしまったのだろうか?
ルーシェと言う存在自体が――消えてしまったとでも?
「それでは説明を始めます。ルールは簡単です。これから皆さんが送られる迷宮で最後の一人になるまで殺し合ってもらうだけです」
カナンとキャルルが立ち尽くす中、声は悠々と話を続けていた。
【ルーシェ 消失】
【残り34/34人】
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ルーシェ |
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最終更新:2008年09月22日 16:18