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「ややこしい説明はこれで終わりです。あ、それからもう一つ」

 虹彩をすっと狭め、尻尾を横に揺らし続ける。
 そうして藍色のフェルパー(いや、詳しく言えばフェルパーが四分の三、人間が四分の一のクォーターか)、サーシャはただシットの説明を淡々と聞いていた。
 もちろん彼女は無抵抗の誰かを殺そうとは思ってはいなかったし、どうにかしてここから仲間と共に抜け出そうと思案していたのだが、
 しかしながら、先程見せ付けられた自分にもぴったりとくっついて離れない冷たい首輪の効果がそれを躊躇させる。
 まるきり毛皮の手袋を付けているような手(しかしそのラインはくっきりと痩せている)の、少し尖った爪が生えている指先を首元に当ててサーシャはもう一度天井を見上げた。

「ロクトフェイトを使おうとしても無駄です。唱えたら石の中に飛び込みます」
 ロクトフェイト。
 推測するに何かの呪文か道具なのだろうけど、そんなものは知りもしない。
 レクサールに聞けば分かるかも知れないが、だが到底、今はそれどころではないだろう。

 これから自分達は殺し合う。
 最後の一人になるまで。
 そう、これまで仲間だった者とも。

 その点がサーシャを苦しめた。
 いや、例え自分が手を出さなくとも、仲間の誰かが他人に殺されるかも知れないのだ。
 それはサーシャ自身にも言えるのだけれど。
 しかし、サーシャが本当に思っているのはそう言うことではなく――ただ自分が仲間と思っていただけで、こう言う状況になったら殺しにかかってくる者が居る可能性があることである。

 まだ確認した訳ではないのだけれど、しかし仮に仲間達も連れて来られているのだとしたら、だ。
 シルヴィアとレクサールに関しては大丈夫だろう。
 シルヴィアについてはとてもこんな馬鹿らしいことに従うような性格ではないことはよく分かっていたし、レクサールは昔からの友人だ。
 城に入る為に近くの酒場で募った仲間のサクラやエミリィも恐らくやる気にはならないと推測した。
 ただ――

 ただ、ミモイは別だった。
 サクラ達と同じく酒場で初めて出会ったムークのモンクだ。
 常に何を考えているか分からない――否、感づかせないようにすらしている節もある。
 それがムークの元から持っている異質の雰囲気から来るものなのか、ミモイが意図的にそうしているのかは分からない。
 それでもミモイを完全に信じるなどは出来なかった。

 他の冒険者についても同様だった。
 やたら人間やエルフの数が多いのだが、その性格や、そして今考えていることなど到底分かるはずもない。
 サイオニックやモンクが使う精神学の呪文マインド・リードを使えば理解できるかも知れないが。
 そう言えばミモイはマインド・リードを使えた―

 ――。

 知らない内に心の中を読まれていたかも知れない。
 そんな疑惑が今更サーシャの中を駆け巡る。
 城に居た内は気にも留めなかったようなことだ。
 もしかしたら、もしかしたら――

 サーシャは首を横に往復させた(その度に髪の毛が頬の毛、髭と絡まりあった)。
 これが目的なのだろう――シット・リィスの。
 こうやって疑心暗鬼に陥らせて戦わせようと言う魂胆なのだ。
 それが分かれば誰が――いや、しかし、本当に殺し合いに乗ってしまう者も出るかも知れない。

 ちらとサーシャはある方向に顔を向けた。
 多分先程、首輪で石の中に飛ばされた(シットの話を信じるなら、だが)エルフの仲間である二人が立っている。
 一人はあの東方の着物を着た侍らしき人間、もう一人は厚手のローブの僧侶、らしかった。
 彼らは、彼らはどうなのだろうか?
 信頼、出来るのだろうか?

「それでは皆さんを迷宮に送ります」
 シットが明朗な声で、言った。
 ――始まる。
 サーシャは身体の浮遊感を感じた。
 視界が明るくなって、白く塗り潰されようとしている。
 サーシャはもう一度思った。
 シルヴィアやレクサール達なら大丈夫だ。
 あの仲間達なら、きっと。
 疑い無くそれを信じる。

 そして、恐らく、『それのみ』がサーシャを支えていたに違いない。

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最終更新:2008年09月22日 16:20
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