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ヒーローズ・ラスト(前編)

―――どういうことよ。
あたしは、そう叫ばずにはいられなかった。
そうでもしなきゃ何もかもが壊れてしまいそうだったから、醜く無様に、虚空に叫び散らした。
どうして。どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!

「聞いてないっての……タイムリープは、あの《バトルロワイアル》は――どうなったの」

約束違反もいいところだ。クラスメイトで殺し合って、優勝者の願いが叶えられる。
そういう条件で始まった《バトルロワイアル》で、あたしは不本意ながら優勝した。そして、あたしの望む結末まで延々とタイムリープを繰り返すことを、願った。
だから本来ならここで見えるのはあの風景でなくてはならない。
でも違う。今あたしの周りに広がっているのは見渡す限りの森林風景。こんな場所、知らない。
もちろんそれだけじゃない。なにもかも、違いすぎている。
たとえば参加者名簿。
参加者の人数は90人と記されているけど、1クラス90人のクラスなんてものはありえない。
たとえば主催者。
あの異様な男ではなく―――まあ、異質って意味じゃあ大差ないんだろうけど―――黒い神父が代行。
人類最悪とかいう胡散臭い存在も匂わせていたし、やっぱりおかしい。

でもそんなことより、あたしにとって一番怖いことがあった。
もうこれが、あの《バトルロワイアル》とは別物だとは、割り切っている。
言峰綺礼の存在か。
参加者の人数か。
地形の違いか。
もっと漠然とした違和感か。
知らないけど、とにかくまったく別物の《バトルロワイアル》だってことが分かる。
言峰が何かしらの手段でタイムリープ途中に拉致したのか、それとも前回の主催者が優勝者であるあたしの身柄を言峰たちに引き渡したのか、どっちかだろう。
問題は―――榎本夏美の願いは、適用されるのかどうか。
理想の結末に辿り着くまでループする願いは、ここではどうなるのか。

「まさか」

まさか、この《バトルロワイアル》が、あの《バトルロワイアル》と真の意味で異なっているのでは。
真の意味で――つまり、優勝者の願いは適用されないなら。
あたしの懐いていたちっぽけな幻想(ゆめ)は、完膚なきまでに打ち壊されたことになる。
無駄。
不毛。
徒労。
不可能。
マイナスの単語が脳内をぐるぐる回って円環連鎖。
名簿を見た時に、数人のクラスメイトが確認できた――でも、全員じゃない。
柳沼卯月、楔音契也、楓之風香、そして榎本夏美。二人の人間が欠けている。

「………じゃあ、無理なんだね」

儚く希望は潰え、深い絶望の芽が芽吹く。
クラスメイト三人、見知らぬ人間たち八十六人。
この倍率で優勝を狙い、無事に勝ち取れる確率なんて、砂漠に落としたビーズを探すようなもの。
諦めた方が利口に決まってる―――分かってはいる。分かってはいるのに、心が認めてくれない。
屈するなと、希望を捨てるなと、喚き立てる。

「あれ――あたし、泣いてたんだ。また、泣いてたんだ」

自然とこぼれ落ちる涙が、真夜中の闇に溶けて消える。
脳裏をよぎる前回のスタート
殺し合いなんてものをいきなり突き付けられて、どうすればいいのかも分からずに泣いていた。
無防備だったあたし。もし乗った奴が襲ってきていたら、間違いなく死んでいたと思う。
殺し合いなんてなかったら、普通に今まで通りの生活が続いていた筈なのに、そんなことまで考えてしまい、涙の量は次第に増していき、嗚咽が漏れ始める。
終わらない物語の終わり。
世界の終わり。
そんな馬鹿げた発想さえ湧いてくる、そんな精神衛生上よろしくない状況で――奇しくもあたしは、あの時の同じように他の参加者と合流することができた。
柳沼のやつじゃあなかったし、名前も知らない他人だったけど、彼は静かに手を差し伸べた。

「……立てるか?」

赤い髪が少しだけ目立っていた。
精悍な顔立ちと引き締まった体つき、片腕には赤い布のようなものが巻かれている。
年で言うならあたしと対して変わらないと思うんだけど、雰囲気が大人びている、そんな気がした。

「……うん。立てる」
「そっか。良かった――怪我もないみたいだし、本当に良かった」

そう言って笑う少年の手には、一本の剣が握られていた。
不思議と怖いとは感じなかったし、何よりあの時の再現のような展開に少しきょとんとさえしていた。
僅かな安堵の後に、またも無防備を晒していた自分を「アホか!」と自虐する。

「俺は衛宮士郎ってんだ。情報の交換したいんだけど、いいか? それに、仲間は多い方がいいしな」
「……あたし、榎本夏美。応じるよ、情報交換」
「ありがとう。じゃ、ちょっと場所変えるか。隣のエリアにレストランがあるみたいだし、そこに行こうぜ。食糧とかも確保出来るかもしれないからな」
「ん。じゃあ行こっか」

衛宮を先導して進んでいくあたし、なんか図々しい気がする。
だけどわざと後ろを歩いてくれているみたいだし、ここは好意に甘んじておこう。
襲撃を受けたりなんかしても大丈夫、ってことかな。

「改めてよろしくね、衛宮」
「ああ、榎本―――よろしく」

その声に含まれていたほんのちょっとの陰りを、その時のあたしは気のせいとして見過ごした。


◆ ◆


「聖杯?……サーヴァント……って、何かのジョーク……じゃないのよね」
「はは、残念だけど、本当のことだ」


榎本夏美と衛宮士郎は、無事に目的地のレストランに辿り着き、適当なテーブルで情報交換を始めた。
榎本は自分の経験してきたとあるバトルロワイアルの話をしたところ、士郎もまた形式こそ違えど、よく似た殺し合いに参加していたと打ち明けたのだ。
それが、聖杯戦争。
如何なる不条理さえ叶える万能の願望機を巡り、七人のマスターが時空の果てより呼び寄せた七体のサーヴァントを使役して、最後の一組まで殺し合うゲーム。
にわかには信じがたい――が、榎本もまた、理を大きく逸脱した経験をしている。
士郎の語る「聖杯戦争」を信用するのに、然程時間は要さなかった。

「バーサーカー、ギルガメッシュ、ランサー、そしてセイバー。どいつも厄介な敵だ。
出会ったら戦おうと考えないで逃げた方がいい。特にギルガメッシュとバーサーカーはな」
「ふぅん……って、もしかしてそれ、最初からあたしたちに勝機なんてないってことじゃない?」
「そうだけど――でも、言峰のヤツがそんな欠陥を見逃しているとは思えない」

士郎の瞳が忌々しげに細められ、僅かながら嫌悪の色が混じる。
言峰綺礼という男と衛宮士郎の間には、少なからず因縁があった。
あの黒い神父の胡散臭さ、そして悪性に関しては十分に承知していたが、まさかここまでやるとは。
聖杯戦争の監督役は、やはり表向きの仮面に過ぎなかったらしい。

「言っとくよ、榎本。言峰って男の行動には、必ず最悪の目的がある」
「……目的?」
「――自分の愉悦を満たす、それだけだ」

にわかに剣呑な色を帯びた声色で、痰を吐き捨てるように士郎は言い放つ。
生まれながらの人格破綻者、それが言峰の本質だ。
短い付き合いだが、士郎もその一点は承知していた。
自らの在り方とどこか近しいものを感じながらも、士郎は言峰の感性を嫌悪していた。
衛宮士郎は語り、榎本夏美は目の前の少年から語られるライトノベルのような話の数々を聞き続ける。
結論から言うと、言峰綺礼の語った「願いを叶える権利」とやらは、聖杯の力と非常に酷似していた。
彼が聖杯戦争の監督役であったことも考えるに、賞品が聖杯である可能性は非常に高いといえるだろう。
しかし、士郎は榎本の語った話に内心驚愕せざるを得なかった。

(――聖杯が、二つあるだって?)

榎本が経験し、そして優勝したもう一つのバトルロワイアルでも、賞品は願いを叶えることだったらしい。彼女は理想の結末に到る為の願いを叶えたらしいのだが、それは衛宮士郎という一人の魔術師を驚愕させるに足る内容だった。
万能の願望機が複数個存在することはありえない。
榎本夏美の話を信じるならば、それは擬似的な聖杯を用いた儀式か何かだと考えるのが妥当だ。
魔術師の視点で物事を捉えてしまっている、それが彼の思考に誤りを生んでいることに、士郎はまだ気付いていない。勝手に、思考を迷路に迷わせていく。

「……どしたの、衛宮? 顔色悪いよ?」
「あ、ああ。悪い、少し考え事をしててさ――それより、今度は榎本のクラスメイトについて聞かせてくれないか? やっぱり情報は多いに越したことはないから」

明らかにはぐらかされたことに腑に落ちないものを感じつつも、榎本は記憶の中のクラスメイトたちを思い出す。《バトルロワイアル》なんてものが無かったら、今も普通に過ごしていただろう。
柳沼、楔音、楓之。
三人の面影が、瞼を閉じるだけで目に見えるようだった。
命を落とした三人が蘇生していることへの違和感は、何故だかもう感じられない。
感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
時間跳躍者(タイムリーパー)の少女は、確かな人間らしさ、思い出を語る子供のように話し出す。

「柳沼卯月。こいつは信頼できるわ。殺し合いに乗る姿なんて想像も出来ないくらい」
「ふぅん――そりゃ頼もしいな」
「まあね。あたしが優勝できたのも、柳沼のおかげってのが大きいしね」

命の恩人、と言っても間違いではないだろう。

「楓之風香は、どう行動するか不明瞭……前の時、あたしは会うことも出来なかったから。
楔音契也――前回は、殺し合いに乗ってたわ。あいつは今回も乗ってくるかもしれない」

楔音契也。鬼神には至らず聖人には及ばない、理解不能の人間。
前回は柳沼卯月と事実上相討った彼だが、彼もまた災難なことに、このバトルロワイアルに連れてこられたようだった。彼がどう動くか、断言することは榎本には出来ない。
それでも、あの殺人鬼っぷりを間近で見てしまったからこそ、一抹の不安は拭えなかった。
楓之が殺し合いに乗っているというのも想像し難い光景だったが、とりあえず曖昧にぼかしておく。

「サンキュー、榎本。次は俺の番だな……まず、残念だが信頼出来そうなヤツが一人もいない」

苦笑しながら語る士郎の言葉に、榎本もまた苦笑することを禁じ得なかった。
サーヴァントについての説明は大方でこそあるが、既に受けている。
人の形をしていても、人外の力を振り回す時空の果てより呼び出された無窮の武人たち。
聖杯の為に呼び出された彼らが殺し合うのは当然の道理だし、恐らく最大の脅威となるだろう。

「特に、ギルガメッシュだ。並みいるサーヴァントでもぶっちぎりの怪物。まともに相手しようなんて考えない方がいいぞ。逃げられれば十分だ」
「はぁ……面倒ね。何でそんなチートキャラをあたしたちみたいなのの中に混ぜるのよ」
「でも―――セイバーは。金髪の鎧姿の女の子は、乗らないと思う」

瞳に少しだけ哀しげな色を滲ませて、絞り出すように士郎は言った。
その様子がどこかおかしいのは、榎本にもしっかりと理解できた。
同時に、その「セイバー」というサーヴァントが士郎にとって特別な存在であることも、感じられた。
士郎の使役したサーヴァントが、その彼女だったのか。
榎本には分からない。それでも、それ以上追及する気にはどうしてもなれなかった。
衛宮士郎の瞳が―――悲痛過ぎて。

「あいつは真っ直ぐで、正しくて、どこまでもクソ真面目だったから。
榎本みたいな一般人が巻き込まれる殺し合いなんて、多分絶対に認めないと思う」
「………ねえ、衛宮」
「――どうした?」

本当はもう、とっくに気付いていた。
聖杯戦争の話を始めた時、彼が何かに急いていることは、榎本も薄々感じていた。
全然隠しきれていない――バレバレだった。
だから、その右手に握っている剣が何の用途で使われるのかも、大体は分かっていたのだ。
隙を見て逃げるのが利口な判断だったろうが、しかし口は勝手に動き、士郎にそれを告げる。


「あんた、乗ってるんでしょ?」


衛宮士郎は殺し合いに乗っている。
ただ生きるためじゃなく、誰かのために殺し合いを勝ち抜こうとしている。
勘に等しい判断は、もし的を射ていなければ士郎との間に決定的な軋轢を生んでしまいかねなかった。
彼に不信感を懐いていたとなれば、不和が生まれるのもまた道理だ。
言ってしまった後に少しだけびくびくする榎本だが――彼女はすぐに知ることとなった。


「――――ッ」


士郎は目に見えて狼狽していた。
何故見抜かれたのか、という驚愕を隠そうともせずに、目を見開いて榎本を見つめている。
榎本夏美は現在、とんでもない窮地に立たされている。
目の前には武装した殺人者がいて、あろうことか見抜かれていることをわざわざ指摘したのだ。
今すぐ袈裟斬りにされたって何らおかしくはない―――ましてや彼の話を信じるならば、衛宮士郎は未熟なりにも一人の魔術師である。只の学生に過ぎない榎本に、勝ち目がどれだけあるか。
しかし、逃げてちゃいけないんだと自分に言い聞かせて、榎本も士郎の目を真っ直ぐ見据える。
どれだけの沈黙があっただろうか。
数十秒、数分、もしかすると十分以上の時が経過していたかもしれない。
長い間見つめ合って、ようやく士郎はばつが悪そうに口を開いた。

「……そうだ。俺は優勝するつもりだ。その為に、榎本。お前も殺すつもりだ」
「やっぱり、そうなのね。全く……バレバレだっての」

不思議と恐怖心はなかった。観念したわけではないけれど、怖いとは思わなかった。
士郎は苦笑した――それが、隠し事一つまともに出来ない自分への自嘲であることは明らかだった。

「ねえ。一つ聞かせてほしいんだけどさ、衛宮はどうして乗ったの?」

軽率な問いだったかと言ってから少し後悔したが、知っておきたくはある。
このままでは士郎の持つ剣が榎本の身体を切り裂いて終わりだろうが、何も無抵抗であっさり殺されてやるつもりなんて毛頭ない。榎本は自殺志願者ではないのだ。
無様に転げ回ってでも生き抜いてやる――希望は捨てない。
だから、仮に逃げ切った時に、この少年がどうして殺すことを決めたのか、知っておきたかった。
殺し合いに背くものとして、理想を追う者として。

「―――幸せになってほしいヤツがいるんだ」

衛宮士郎は、かつて正義の味方を志していた。
死んだ義父と月の綺麗な、とても眩しい夜に語り合った。
正義の味方になることを諦めた義父の代わりに自分がその理想を請け負うと決めてから、彼はずっと正義の味方であろうとした―――それしか持っていなかった。
そんな彼を慕ってくれる後輩がいる。
彼の前でしか笑えないで、苦しみを人一倍経験している壊れかけの少女のことを士郎が知った時。
彼は正義の味方であることを捨てた。彼女――間桐桜だけの正義の味方であろうと、決めた。
そしてこのバトルロワイアルの賞品は、願いを叶える万能の願望機である。

「しがらみも、悲しみも、戒めも、何もかも解き放ってやりたい。
あいつを一人の女の子に戻せればそれでいい――だから俺は、聖杯を手に入れなきゃいけない」

桜を取り囲む過酷な運命の檻は、正攻法でどうにかできる領域を当に超えている。
奇跡にでもすがらなければ、彼女の辿る運命は破滅。
桜だけの正義であろうと決めた衛宮士郎が、そんな結末を黙って受け入れるなど断じて認められる筈がない。
なればこそ。聖杯の奇跡を使おう。
願いを叶え
理を砕き
不条理を覆し
結果を生み出す
―――そんな奇跡の力を。


「……勝手ね。そんな自分の都合で大勢殺すつもり?」
「そんなの、承知の上だ」

殺人犯の説得なんて特異な状況、経験したこともない榎本は慣れない言葉で士郎を諭そうとする。
しかし彼の決意は固く、頑として自らの信じるモノを変えようとはしない。
その姿は愚者か聖人か。榎本夏美は、ようやく説得が無為なことと悟る。
衛宮士郎の心に届くほど重い言葉を所持しているかと言われれば、断じて否。
一度死んだくらいで、偉そうに物事を語れるほど榎本は図々しくはない。

「ごめん、榎本」
「何で謝るのよ。言っとくけど、あたしだってすんなり殺されてなんかやらないわよ」
「……そうだな。こう言うのもおかしいけど、俺、お前みたいヤツ、好きだよ」
「頭おかしいんじゃないの」

他愛ない会話の後に、士郎は静かに右手の剣を振り上げた。
その佩刀の名を、キュプリオトの剣。
マケドニア伝説の征服王が所持していた伝説の一刀。宝具には届かなくとも、サーヴァント同士の対決にさえ耐える強度と威力を秘めた名刀だ。
無論、その相手が一般人とならば十二分の勝率をもたらすだろう――――。

士郎はそれを天高く掲げ、榎本の頭蓋を両断するイメージを思い描いた後に、勢いよく降り下ろした。
榎本はといえば、いざ避けようとすると足がすくみ、不恰好な半ば転倒に等しい形でキュプリオトの斬撃を紙一重で避ける。しかし、それで止まる筈もない。
横凪ぎに振るわれる一斬をまたも辛うじて避け、後退りするようにして士郎から距離を取っていく。
つい十数秒前までの雰囲気がまだ和やかなものであったと錯覚するほどに、士郎の全身から放たれる殺気は冷たく、鋭い。それもその筈、彼が背負っているのは間桐桜の運命だけではないのだ。
桜の運命が変われば芋づる式に他の誰かの不運が覆されていく。
結果的に多くが救われるのだ。あの黒い影の一件で喪われたすべてが、元通りになる。

(俺は、殺す)

自身に言い聞かせて、衛宮士郎はタイルの床を蹴りつけ、榎本夏美の首を目指して殺しにかかる。
榎本が何かしらの武装をしていたならもっと話は違ったかもしれないが、丸腰では反撃はおろか、士郎の動きをほんの僅かな間止めることさえ叶いはしない。
キュプリオトの剣が、蛍光灯の光に照らされて瞬く。
榎本からすれば、今の士郎はまさに死神というべき存在だった。
自身が生き抜くために越えねばならない最初の関門(ケルベロス)にしては、難易度が高すぎるけど。

(ちょ、っと……無理ゲー過ぎでしょこれ……!)

衣服は埃で汚れている。あれだけ転げ回って避けたのだし、当然といえば当然だった。
一分と経過していないにも関わらず、榎本は荒い息をぜえぜえと吐いているが、彼女の死神たる士郎は息ひとつ荒げることなく、伝説の剣を無慈悲に振るってくる。
逆転の活路など見出だせる筈もない、ただ一方的な暴力。
だというのに士郎の表情は悲痛に歪んでいる――まだ、外道に堕ちきれてはいないらしい。

もし命乞いでもすれば見逃してくれるだろうか。
まだ情を捨てきれていない士郎に一瞬の隙くらいは作れるかもしれない。
その隙を突いて逃げるか、支給品を取り出して反撃するか。
卑怯な手段だけど、確実にこの場を生き抜くには致し方ないだろう。

「―――ッ、新手か」
「え?」

ダァン、ダァン! と渇いた破裂音が二つ響いて、士郎は勢いよくその場から飛び退いた。
続けて三発目が発射されたが、キュプリオトの剣の刀身に阻まれ、あえなく床に墜ちる。
士郎の冷静すぎる判断も驚嘆ものだったが、それよりも乱入者の射撃の的確さが光った。
最初の一発をキュプリオトで墜とせば、二発目は確実に士郎の肉を抉っていただろう。故に彼は避ける以外に選択することが出来なかったのだ。

無論、サーヴァントの攻撃に比べれば銃弾など屁でもない。
鉛の弾丸くらい、衛宮士郎にとっては避けることも墜とすことも、等しく容易だった。
榎本の前に立ち、やや引き攣った笑顔で士郎に銃を向ける男を、士郎は強く睨み付ける。

「おいおい……銃弾落とすって、やっぱまともな人間じゃねえのか」
「え、ちょ、あんた誰」
「◆ymCx/l3enU。ただの書き手さ」

◆ymCx/l3enUが何者か、書き手という説明で理解できるだけの知識を榎本は有していなかった。
ひとつ分かるのは、自分はやたらと幸運の女神に愛されているらしい、ということだけ。
もし今救援が来なければ、榎本の生命はあの死神に呆気なく刈り取られていたことだろう。
が、絶望的な状況であることには変わりない。
小銃一丁で打ち倒すには、衛宮士郎という「魔術師」は強敵過ぎる。
銃弾を目視してから止めたり、斬撃で床を滅茶苦茶に破壊したり―――出鱈目にも程がある。

「た、助けてくれてありがとう。でも、勝算はあるのっ!?」
「……無いっ!」
「ちょっ!」
「……冗談だ。あるさ、「あの子」の言ってることが正しいなら、だけどな」

そう言うとymは引き金を再度引いた。
今度は止められるのではなく、剣を盾にしての突貫で封殺された。
あまりの出鱈目さにymは背筋に冷たいものが走るのを感じていたが、榎本を抱えるように退いて回避。
背後の壁に刻まれた生々しい爪痕に、思わず戦慄する。

(おいおい、マジでこいつ人間じゃないんじゃないのか……でもまぁ、そろそろか)

ymごと榎本を切り裂かんとキュプリオトの剣を振り上げた士郎。
セオリー通りならば二人諸共斬られるか、もしくは片方が戦闘不能になるかのどちらかだろうが、幸い一滴の流血も流されることはなかった。

―――真横から飛び入った矮躯の少女が、一本の刀を用いて士郎の攻撃を受け止めていた。

炎の如き赤い髪――炎髪。
灼熱の如く輝く瞳――灼眼。
幼い外見からは想像もできない場数を、衛宮士郎よりも遥かに多い戦乱を経てきた。
彼女の名を、"炎髪灼眼の討ち手"。
この世に生まれし魔を狩るフレイムヘイズの少女、シャナ。
依然衰えぬ強い眼光を宿した相眸で、赤髪の少年を不敵に見据え――宣戦した。


「手加減は期待しないことね、人間!」
「――――ほざいてろ!!」

灼熱の討ち手と、剣の丘の主。
在り方はどこか似通った二つの異形が、戦乱の幕を開けた。



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最終更新:2012年06月11日 11:14
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