スパイダーマンはアメリカに住むものならば知らぬ者のいない
ヒーローであった。
ニューヨークを拠点に活動し、数多のヴィランや犯罪者たちと戦い続ける謎の男。
蜘蛛の能力と常人離れした身体能力でもって、様々な危機に立ち向かうヒーローである。
偏執的な報道から濡れ衣の悪評を浸透させられ、人々から後ろ指を指される存在でもあるスパイダーマン。
彼の正体は長年の間秘匿とされていて、仲間内のスーパーヒーローたち以外でマスクの奥にある素顔は誰も見たことがなかった。
だが、そんな彼の素顔も今や誰もが誰も、それこそ隠居したお年寄りから学校へ通う少年少女まで、知っていた。
公の場にて、そのマスクを脱いだからだ。
スーパーヒューマン登録法。
何十にも及ぶスーパーヒーローを二分させ、内戦状態へと陥らせた元凶。
スパイダーマンは、当初登録法賛成派の第一人者として矢面に立ち、その始まりとしてマスクを脱いだ。
その外見は何処にでもいそうな、むしろ冴えない印象すら受ける青年。
名はピーター・パーカー。
数多の悲劇を経験し、その度に不屈の精神をもって立ち上がり、孤独な戦いを続ける『ヒーロー』であった。
正体を明かすという決断は、容易いものではなかった。
悩みに悩みぬいた末に、愛する家族からの後押しがあってこそ行えた決断だ。
そうして数多のカメラの前でマスクを脱いだスパイダーマン。
スパーダーマン=ピーター・パーカー。
彼は、これで存分な戦いが出来ると考えていた。
もう後ろ指を指されることもない。怪しい自警団だと侮蔑を投げられることもない。
胸を張って、市民を守るため、悪に対抗するために力を振るえると思っていた。
確かに懸念はあった。
自分が名を公表することで最愛の家族が危険にさらされるのでは、という懸念が。
ヒーローとして長く活動してきたスパイダーマンは数々のヴィランの恨みを買っているからだ。
だが、スーパーヒューマン登録法賛成派のリーダーであるトニー・スタークは家族の安全を保障した。
だから、名を公表した。
公表し、スーパーヒューマン登録法を成立させるために戦おうと思った。
かつての仲間達と拳を交えることになろうと、将来的にはそれが良い事に繋がるかと思ったからだ。
しかしながら、その結末は―――彼の思い描いた通りにはいかなかった。
ピーターは知ってしまった。
スーパーヒューマン登録法を成す為にトニーが行おうとした非道の行為を。
反対派となった仲間達を、反逆者として脱出不可能の異次元空間に投獄しようとしていたのだ。
自分に反対するもの全てを抑え付け、己の意志を貫き通そうとするトニーに、ピーターは反逆した。
そして、ピーターはトニーの元を去り超人登録法の反対派としてリストアップされる。
結果、味方であったヒーローやシールドの隊員から犯罪者として追われる身となってしまった。
もはや元の依拠で生活することなど許されない。
彼は家族を連れて逃亡生活へと移り、そして一日一日と狭まる包囲網と尽きていく資金に困窮していた。
その最中だ。
その最中で、ピーター・パーカーに最大の苦難が立ち塞がった。
最愛の家族。ピーターを実の息子のように無償の愛をもって育ててくれた叔母が、凶弾に倒れたのだ。
ピーターは許せなかった。
叔母を撃った犯人が、
何より叔母を救えなかった自分が、トニーに勧められるがままに名を公表し家族を傷つけた自分が、
何よりも、誰よりも、許せなかった。
何でも、するつもりであった。
叔母の命が助かるのなら、命だって捧げる覚悟がピーターにはあった。
彼はあらゆる手を尽くした。
袂を別ちたトニーに頭を下げ、叔母を存命させるための医療費を乞うた。
世界最高の魔術師を訪ね、叔母を救命させる手段を問うた。
だが、現実はそう、非情であった。
ピーターは知ってしまった。
どのような手段を用いようと叔母を救う事はできないのだと。
世界最高の頭脳を有する科学者でも、その科学者に並ぶ頭脳を持つとされる悪魔の博士でも、世界の海の頂点に立つ男であっても―――、
救えない。叔母の命は、救えない。
絶望と無力感に打ちひしがれ、路傍で座り込んでいたピーター。
そうして何分、何十分が経過したのであろうか、気付けばピーター・パーカーは―――この
殺し合いの場に呼ばれていた。
三十以上もの人々を拉致し、強制的に執行された殺し合いに。
優勝すれば、どんな荒唐無稽な願いであろうと叶えるという殺し合いに。
彼は、呼ばれた。呼ばれて、しまった。
ピーターは暗い市街地の中で思考していた。
何時ものコスチュームに身を包み、ビルの屋上にて柵上に座りながら、思考する。
叔母の命。
優勝すれば、自分以外の三十三の命を奪えば、救える命。
名簿の中には、もはや元の関係には戻れないであろう、かつての親友の名があった
名簿の中には、何故だか既に死んだはずの男の名があった。
死者すら甦らせ、殺し合わせるその所業。
確かに、あのオジマンディアスとやらはあらゆる願いを叶えるだけの『力』を有しているのであろう。
救える。
救えるのだ。
最愛の叔母を、自分のせいで死のうとしている叔母を。
救えるのだ。
「僕は……」
ピーターはマスクを脱いで、その右手に置いた。
マスクと視線を合わせて、小さく声を吐いた。
今にも消え失せそうな、小さな小さな声。
彼は思考する。
思考し、苦悩し、逡巡し―――その末に、マスクを握りしめた。
握りしめ、ビルの屋上から夜天の空へと投げ捨てた。
落下していく『スパイダーマン』の象徴。
スパイダーマン―――いや、ピーター・パーカーは覚悟を決めた。
ヒーローとしてではない。
ただ己のエゴを押し通すだけの悪人して。
最愛の人を救う為に他を蹴落とす、畜生にも劣る外道として。
その力を振るう決意を。
マスクを捨てる決意を、してしまった。
「待ってて、メイおばさん」
落ちていくマスクを見詰めながら、ピーターは静かに呟いた。
そうして手首を向かいのビルへと向け、生体ウェブシューターを放つ。
タンと柵を蹴り、重力に任せて移動を開始するピーター。
その時であった。
声が、聞こえたような気がしたのだ。
それは捨てられたマスクが声を掛けてきたかのように、視線をマスクから外した瞬間に。
落雷が直撃したかのような衝撃と共に、あらゆる思考を押しのけて声は響いた。
『―――大いなる力には、大いなる責任が伴う』
ピーターは思い出してしまう。
その言葉に、無理やり抑え付けようとしていた心の声も騒ぎ出す。
そう、そうなのだ。
自分の力には、責任がある。
かつての過ち。一人の強盗を見逃したことにより起きてしまった悲劇。
その過ちを再び引き起こさない為に、自分は大いなる力を振るわねばならない。
ピーターは移動を止め、ビルの側面へと張り付く。
分かっている。
本来、自分が成さねばならぬ事、自分がすべき選択。
それは―――、
ピーターはビルを蹴り、宙へと身を躍らせた。
身体は一直線に進んでいき、それを掴み取った。
つい数瞬前に自分が捨て去ったマスク。
外道を行く覚悟として捨て去ったマスク。
それを、ピーター・パーカーは再び掴む。
そして、マスクを、再びその顔へと被る。
マスクを装着したピーターは、墜落の寸前でウェブシューターを放ち、落下エネルギーを振り子運動へと変換させた。
夜のビル街を、軽快に移動していくピーター・パーカー。
一際大きく身体を揺らし、月光の空へと舞う。
そうして、彼は叫ぶのだ。
「―――アメイジング・スパイダーマンの登場だ!」
ヒーローとして、万感の決意をもって―――スパイダーマンが、殺し合いの会場を行く。
【A-3・市街地・深夜】
【スパイダーマン(ピーター・パーカー)@アメイジング・スパイダーマン】
[状態]健康、決意
[装備]スパイダーマンスーツ@アメイジング・スパイダーマン
[道具]支給品一式
[『色』]青色
[思考]
1:大いなる責任を、果たす
最終更新:2013年02月11日 19:43