43◆第三放送
勇気凛々は待っていた。
スナック菓子を食べながら待っていた。
ゲームセンターと服屋の間の、細い通路に置かれたベンチに座って、
狭所に隠れるように待つ勇気凛々のそばには、スナック菓子の袋と置手紙があった。
置手紙は、「戻ってくるまで待っていて」。
話だけをするつもりじゃないだろうに、わざわざそう書いてあった。
従いたくなかった、従いたくなかったけれど……勇気凛々は、待つことにした。
待つほうが正しいだなんて、絶対に思いたくない。
けれどそれでも、今回だけは、
勇気凛々は、紆余曲折と一刀両断の二人の世界を、
彼らが二人だけで世界を書き切ってしまうことを、尊重した。
だって彼らは、ほかならぬ勇気凛々のためにそれを選択するのだから。
止められるわけがない。
これを止められる奴がいたら、よっぽどの馬鹿かヒーローだ。
「……」
スナック菓子をつまんで口に運ぶ。
涙辛い味も通り過ぎて、今はただ乾いた味だ。
置き手紙には、優柔不断が死んだことも書いてあった。
いま食べているスナック菓子の袋は、優柔不断のデイパックから調達したものだという。
開始当初に食料品を調達していたのが最終戦メンバ―の中では優柔不断だけだったのは勇気凛々も確認している。
だから本当の事だ。
死ぬところを見たわけでもなく、死んだと声で告げられたわけでもなく、
何もできないまま、勇気凛々を助けてくれた青年は、スナック菓子を残して本当に死んだ。
勇気凛々には何もできなかった。
思えばなにもできなかった、あのときも、あのときも、あのときだって。
むしろ迷惑をかけ、邪魔して、間違ってばかりだった。
なんでこんな自分が生き残っているのだろうか。
死ななかったし、死ねなかったのだろうか。
スナック菓子を口に含んで噛みながら、ずっとそればかりを考えていた。
でもやっぱり答えを出すことも出来なくて、ただ気が遠くなるくらいに時間だけが過ぎていって、
時計はないからどのくらいだか分からないけど、少なくとも、スナック菓子の数だけは減っていって。
勇気凛々は最後の一つを取った。
――その最後のスナックが、不意に横からかすめ取られる。
「え?」
「もぐもぐ」
驚いて横を見れば、そこには見たことのない存在がいた。
「え?」
驚いて目を瞬かせて、やはりそこには見たことのない幼女がいた。
「もぐもぐ。ねーおねーちゃん、これおいしいね」
「だ、誰ですかあなた!」
「うん、すっごくおいしいよ。まえもどこかで食べた気がするあじ」
「ちょっ、と、話……を?」
驚いて手を伸ばすと、よく出来た3D映像だとか、霊だとか、そういう可能性は霧散した。
ぷに、とその頬には触れることができた。――生きていた。
突然現れた第三者、第三放送の直前に現れたそれは、
幼稚園児が切るようなかわいげなフリルのピンクの服を着た、小学生前後の黒髪の幼女で。
「だれだろうね」
「……え?」
「わたしはだれなんだろう。なんで“ずっとここにいる”んだろう。
わたし、じゅうなんねんも、なにを“待っている”んだろう。わかんないんだよね、わたし」
「待って、いる……?」
「うん。“じぶんを無くして ゆめのなか”。ここはわたしのゆめのなか。
わかっているのはみっつだけ。
ひとつはわたし、どうやらスナック菓子が大好きだってこと。ふたつめは、わたしはここからでられないし、
ここに来たひとの前にあらわれることができるのは、のこりがふたりになったときだけなんだってこと」
そして。彼女こそが。
「それで、みっつめは」
「三つ目は――きまりごと。ここに来た人は自分を失くす。そういうルールで、きまりごと。なんだよね」
この娯楽施設の管理人であり、この世界の、ルールだった。
「……紆余さん!」
「あっ、もうひとりだー。こんにちは」
「ただいま、凛々ちゃん。そして……無我夢中ちゃん」
ゆえに。
ボロボロになりながら遅れてその場に現れた少年は、
無我夢中を、ルールを真っ直ぐに見つめて、宣言する。
「いきなりで悪いけど、無我夢中ちゃん。
僕らは、君の求めている二人じゃないんだ。だから――ここを出させてもらうよ」
紆余曲折の声が言いきられるとともに、放送が始まった。
◆
マイクテストも必要ないでしょう。なんなら放送も、必要がないくらいですね。
もう生き残りは一か所に集まって、誰が生きていて誰が死んでるのかまるわかりなんですからねえ。
それでも仕事は仕事、事務的にまずは死者から♪
青息吐息
傍若無人
切磋琢磨
優柔不断
そして、一刀両断。
以上が今回、死亡した四字熟語です。いやあ、楽しませてもらいましたとも。
あとは禁止エリア、これはもうただの追加情報みたいなものですね。
C-1 C-2。
ここが今回指定される禁止エリアです。
残っている施設部分の全てとなりますから、生き残ったお二方はお早めに逃げ出してくださいね。
さて、第三放送もこれにて終わり。
生き残りはたった二人となりまして、もう放送の条件以下の人数しかおりません。
おめでとうございます。もうあなたたちがスピーカー越しの私の声を聞くことはないでしょう。
あとは最後のひとりになるまで――――
……え? 三人いるって? 突然もう1人、ボーナスキャラじみて現れたと?
それはびっくりですねえ、さぷらいずですね♪ なーんてね
(舌打ち)
知っているんでしょう、もう聞いたんでしょう、傍若無人から。
紆余曲折さん、あなたの持っているその紙に――すべて書いてあるんでしょう?
なら私がわざわざ説明することもないんじゃあないですかねぇ?
ああまあ、それでも事務ですので説明はしますとも。
その子は無我夢中。
かつて誰かにこの場所に置いてけぼりにされ、それからずっと誰かを待つ少女。
待っているうちに、誰を待っているのかも、自分が誰なのかも忘れてしまった、四字熟語。
そう、この娯楽施設は、彼女の……彼女の、夢の中に作られた施設です。
そして私は、彼女の夢から覚めるための出口を、とある場所に隠しました。
たった今からそれを解禁します。
通れるのはオヒトリサマだけですが。
最後の希望にすがって、せいぜいサガシテクダサイナ。
うーん棒読み。……教えるの厳禁にしたはずなのに、
もう解かれてるんだからつまらないですよねぇ。これでラスト二人を絶望させて、
どんなに信じあった二人だろうと殺し合いで終わらせるってのが常套手段だったんですが……。
ま、いいですよ。消化試合を許せるくらいには、今回の実験は面白かったですし。
データもたくさん取れて大満足、結果も上々で研究は大躍進。
主催として参加者に、少々出し抜かれるくらいのご褒美はあげてもいいでしょう♪
あ、でもひとつだけ。紆余曲折さんにはお願いです。
“まだ教えないでくださいね”? それは私が、ちゃんと直接。内々に伝えたいので。
もし私の最後の楽しみを奪ったら……許しませんよ?
では、お待ちしております
◆
「……という、ことなんだ」
「……そうなんだー。じゃあ、おわかれだね」
「また私が話に加われない流れですかこれ?」
◆
カーペット地の床。
紆余曲折と勇気凛々が並んで歩く。
どちらも何といったらいいのか分からないといった様子で、非常にぎくしゃくしている。
おあずけ状態の勇気凛々については、どちらかといえばむかむかしている。
その後ろを、しばらく無我夢中はひょこひょこと、名残惜しそうに付いてきていた。
でも、娯楽施設の入り口。
一刀両断が少し前にガラスを切り倒して侵入した中央入口まで来たところで、
小さな少女の足は止まり、それ以上は進まなかった。
「あー。ここまでかー」
「……そうだね。君は施設から出られない。待たなきゃいけないから。
でも僕たちは……生きるためにここから出なきゃいけない。君をまた、置いていく」
「私は話に置いてけぼりです」
「えー。せっかくひさしぶりに人に会えたんだから、あそびたかったなあー。
前のおじさんたちはあそんでくれたのに、おにいちゃんたち、せっかちだよ」
間の抜けた声で話す無我夢中の姿は霊体じみて消えゆく。
「き、消え……!?」
「うん、おねーちゃん。わたしはまた消えるの」
施設から二人が出ていくことで、出現条件が満たされなくなり、またフラグが立つ前の状態に戻るのだ。
勇気凛々が驚く横で、もう“知っていた”紆余曲折と無我夢中の反応はそう大きくは無かった。
「ごめんね、無我夢中ちゃん。いつかきっと、また来るから」
「え? こんなところにどうしてわざわざくるのー?」
もっともな疑問を投げる無我夢中に、紆余曲折は目を逸らしながら言う。
「それが、約束(ルール)のひとつ、だからね」
「……?」
「助けてあげてくれと書かれたんだ。僕のしらないところで勝手に書かれた僕への連絡事項にさ。
だから僕は、君の事を助けなきゃいけない……まあ、できたら、だけどね……」
「びみょうにだんていてきじゃないあたりがちょっとこわいね~。……でも、うん。じゃあ、やくそくね!」
「うん、約束だ」
「「ゆびきりげんまん。紆余曲折は必ず、無我夢中を助ける」」
――嘘ついたら? ――ハリセンボン呑ます! ――魚なんですか……?
と、小さな約束が交わされて。
そして――本当の本当に舞台装置でしかない彼女は、
そこで再び煙のように施設の空気に溶けて消えた。
娯楽施設が禁止エリアになる。
娯楽施設から、生者が消える。
遺されたのは未熟な少年と、消えた少女よりは少し大きく、でも幼い少女。
そしてたった3エリアの、駐車場。
◆
「それで」
口を閉ざしていた鈴留めのポニーテール、勇気凛々は切り出す。
「私は何から聞けばいいんですか、紆余さん」
「――だいたいのことは、悪いけど教えられない。
この傍若無人からの連絡事項も、見せることは今禁じられちゃった」
紆余曲折がぺらり、と懐から紙を出す。
勇気凛々の所に赤い目印をつけた傍若無人の特別名簿、
その裏に書かれたクリティカルな情報は、たった今主催から共有を禁じられてしまった。
曰く、そのほうが楽しいからというレベルのひどい理由で。
「ごめん。本当にこれに関しては、ごめんと言うしかないと思う。
せめて今、先に言ってしまえば、凛々ちゃんへのダメージも少しは減らせると思うんだけど……」
「回りくどい言い方にしかなってないですよ、紆余さん。
もう分かりましたから。“私がなんで傍若無人に守られてたのか。”これは言えないってことでしょう?
私にだけ伝えてはいけないとされる情報はこれくらいだと思いますし」
「いや、その……さっきの女の子のこととかも、たぶんダメなんだよね……」
「……え? あの子と私になにか関係があるんですか?
それこそおかしい話、ですけど……だって、確か奇々怪々は……」
「あーあー、えっと! そこを詰めすぎると怒られそうだから、ちょっと待った!」
慌てふためいた紆余曲折に勇気凛々は閉口する。
もう追求しない方がいい話題だと判断したのだろう。正解だ。
紆余曲折は今のうちとばかりにまくしたてる。
「……奇々怪々は嘘は言ってない。彼女の言葉は確かにルールだった。
でもね、ルールにはいつだって、抜け穴があるものなんだ。隙のないルールなんてない。
ひねくれた解釈をして……自分の都合のいいように捻じ曲げることが、いくらだって出来る」
ルールってものはそういうものなんだ、と一拍。
「その上で。僕がいま、とりあえず言えるのは、……脱出口の場所だけなんだ」
「さっきの放送で、もう解かれてると言われていたやつですか?」
「うん。まずは脱出口の場所に行こう。推理も道ながら話すし、そこまで行けば話せることも増える」
「……釈然としませんが、そう言われては返す言葉も……いえ」
歩き出した紆余曲折を追いかけようとした勇気凛々が、足を止める。
「ひとつだけ。加えて訊いてもいいですか、紆余さん」
「答えられることなら答えるよ」
「一刀、両断さんは」
その四字熟語を呟くと、紆余曲折が目を見開いた。
「あのひとは……どうやって逝ったんですか」
「……」
「それに……優柔不断さんのことも。何か聞いていたらでいいんです。教えてくれませんか。
みんなに生かされた私が……生かしてくれた人がどうやって死んだかを。
どんな言葉を最後に言ってたのか、どんな表情で逝ってしまったのかを、知らないままだなんて。
嫌です、そんなのは。私は、私は……守られてばっかりだったけれど。
だからこそ、私を守ってくれた人のことを、全部背負いたい。それが私の、勇気凛々(いきかた)なんです」
胸を張って言われた紆余曲折は、伏し目がちにため息を吐く。
「……そうだね。僕の配慮が足りなかった。それについても、道すがら話すよ」
「はい」
「だから、行こう。もう僕は、周り道をしたくない気分なんだ」
「わかりました。で……どこに行くんですか?」
「A-3。僕の推理が正しければ、そこに脱出口はあるはずだよ」
A-3といえば地図の左下であり、娯楽施設からもっとも遠い場所だ。
見たところ駐車場しかないし、意識的にも立ち寄る意味がまったくないエリア。
何かを隠すにはもってこいの場所といえるだろう。
それでいて、残り3エリアになるまで禁止エリアにもなっていない。
さらに言えば、傍若無人の初期位置もこのエリアだったことが、特製地図から読み取れる。
「確かに……これだけ状況証拠がそろえばもう決まりといってもいいですね」
「それだけじゃないよ。もう一つ、確定的なヒントが、この紙には書いてあった」
曰く――“脱出口に至るチャンスは、参加者全員に存在していた”。
「これを踏まえて、すべての要素を照らし合わせれば。
脱出口はA-3エリアにある、“あるラインの上”に間違いなくあることが分かるんだ」
「……?」
「と言っても、タクマさんから聞いてなかったら、僕も思い至らなかったんだけどね……」
紆余曲折は言いながら、傍若無人の名簿の一点を指差す。
顔写真付き名簿に載せられたひとつの四字熟語。
オレンジのヘルメット風帽子を被った、チャイナ服の小柄な老人――東奔西走。
彼の初期位置はA-2と書かれており。
そして、そのルール能力は――“東西にしか動けない”。
東奔西走は、“初期位置の東西にしか、自力では動くことが出来ない”。
つまり。
脱出口に至るチャンスが、参加者全員に存在しているのならば。
東奔西走が“ひとりで”脱出できるような位置に脱出口が無ければ、おかしいのだ。
「きっと、外周に近い茂みの中だと僕は思う。
普通は探さないし、どう手をつければいいのかも分からないところだから。
どういう形で開いてるのかは分からないけど、それは実際に見てみようってことで――」
「……はい」
いろいろあったけど。
もう行こう。
紆余曲折が差し出した手を、勇気凛々は握った。
【一刀両断 死亡】
【無我夢中 フラグ消去のため再退場】
【残り――二名】
用語解説
【無我夢中】
あることにすっかり心を奪われて我を忘れてしまうさま。
長い期間この作品を書いてきましたが、筆者もまた無我夢中だったのかもしれません。
そして、この作品の登場人物もまた違う意味で無我夢中でした。というオチ。
とはいえただの夢では、終わりません。
最終更新:2015年03月15日 00:55