別れ言葉

42◆別れ言葉



 一刀両断は。だれひとり裏切っていなかった。
 すべての契約を、守っていた。
 傍若無人を殺したのも、それ自体が傍若無人との契約の内だった。

 契約内容は――勇気凛々を助けること。
 あの少女を助けれられるのであれば。代わりに、自分を殺してもいいと。
 そう、大男は言ったらしい。
 ゲームセンター中央部でその真実を聞かされた紆余曲折と勇気凛々は、
 あまりにも突拍子のないその話に、負荷がかかりすぎたPC画面のようにフリーズした。

「」
「」
「あー。まあ、やっぱ簡単に理解できるわけ、ないよな。
 まあ、分かんなくてもいいんだよ。どうせ今からやることは同じだ」

 薄暗いゲームセンターの店内、
 二人がフリーズしているその周りで、誰も触っていない格闘ゲーム筐体の画面は、
 客引きのためのCPUデモンストレーション・バトルを流している。
 ハッ、トッ、ヤァッと掛け声を発しながら派手なエフェクトを出す4人のキャラクターの乱戦。
 ボクシングスタイルの男、アーミー装備の大男、
 日本刀を構えた和服の女に、小柄な剣士の少女。
 互いに一歩も引かない大乱戦の後、立っていたのは――といったところでタイトル画面に戻る。

 立っていたのは、誰だろう? ぼんやりとその画面を見ながら紆余曲折は考えた。
 巻き込まれ、複雑に絡み合った思惑の糸。
 それぞれの登場人物にあっただろう望み、願い、守りたかったもの。
 戦って、殺し合って。結局のところ、誰が一番、やりたいことを遂げられたのだろうか?
 この中で選ぶのならそれは一刀両断なのかもしれない。でも……。

「とりゃ」
「え」

 と、
 紆余曲折が泥のような思考から引き上がろうとした瞬間だった。

 手刀だった。

 一刀両断がいきなり、手刀を振り下ろした。
 おもむろに勇気凛々の後首に振り下ろされたそれは、
 刃物ではないので彼女の首を切断したりはしなかったが、意識は奪った。
 ぱたり。
 何かを発言する暇すら与えられずに、
 勇気凛々は倒れた。


【勇気凛々 気絶】


「……あの、リョーコさん。凛々ちゃんの扱い雑すぎませんか」
「? あたしが受けた契約には、
 邪魔者に延髄チョップして気絶させてはいけないとは無かったぜ」

 しれっとした顔で一刀両断は言う。そして、

「さて。これで邪魔者は今度こそゼロってわけだ。
 長かった――実に長かったけど、やっとすべてが終わった。
 覚えてるよな、紆余? やーっとあたしたちは、他愛ない話ができるようになったんだ」

 といって両手を広げて笑みを浮かべた。

「あ、……、はい。でも……」

 しかし、紆余曲折はなんともいえない表情で、床に倒れた勇気凛々を見る。
 確かに勇気凛々が倒れれば、意識があるのはふたりだけ。
 最終戦が始まる前に二人でした“約束”を叶えることができる条件は整う。
 ただ――正直言って、事態が呑み込めない。

「その前に、その……もう少し、説明が欲しいです、リョーコさん」
「なんだよ。そこはあっさり分かるか、でなくとも分かったつもりになっとけよ。話進まないだろーが」
「そう言われても……ええと。
 傍若無人は、勇気凛々を助けようとしていた。
 ……さっきリョーコさんが言ったのは、そういうことでいいんですよね」
「ああ、そうだ」
「全くどんな動機でそんなことになっていたのかは分かりませんが、
 確かにそう考えてみれば、腑に落ちることもいくつかあることには、あります」

 紆余曲折は振り返る。
 例えば、傍若無人がこの殺し合いで殺したのは、最終的には3名。
 東奔西走、破顔一笑、そして青息吐息。
 これらは最初に殺した東奔西走をのぞけば、殺し合いに積極的だった四字熟語たちだ。

 単純な無差別マーダーなら別に問題はないが、傍若無人はそもそも、
 殺し合いの進行を円滑にするために送り込まれたジョーカーであったはずだ。
 いくら金のためという建前があるとはいえ、
 乗っている者を殺してお咎めなしというのは少し不審に思うところもあった。

 しかし、理由を当てはめれば。
 傍若無人の殺人は、単純に自分の目的を遂行するためのものだったと回答できる。
 自身と同様に制限ルールを課せられた、イコール強い参加者であろう東奔西走。
 出会い頭に勇気凛々に致命的なダメージを与えるかもしれない破顔一笑。
 最終戦のために邪魔になる本当のラストマーダー、青息吐息。
 すべての殺人が、理不尽に行われたものから、計画的に行われたものへと、変貌する。

「他にも、自殺を試みていた凛々ちゃんの前に現れたそのタイミング。
 最終戦を開いた理由……確かにそれであれば色々なことに説明がつくと思います。
 でも説明がつかないことが、二つ――」
「1.どーして勇気凛々を助けようとしてることを隠していたのか。
 2.そもそも、面識ねえはずの勇気凛々をどうして助けようとしてたのか、だろ」
「……はい」

 かつてを思い出させるような思考への割り込みだった。
 会話に割り込んできたのは、つまらなさそうな顔をした一刀両断だ。
 彼女は、デイパックから一枚の紙を取り出す。
 顔写真つきの名簿だ。
 その裏に、サインペンでなにやらいろいろ書いている。
 面倒そうに一刀両断は紆余曲折にその紙を押し付けた。

「もう説明めんどくせーから、こいつを読め。
 死んだ傍若無人のデイパックの中に入ってたやつだ。
 懇切丁寧に、あいつの全部がここに書かれてるよ。こんなに詳細に書かなくてもいいってほどに。
 もうあれこれ考えんのも疲れてきたとこだろ? 手っ取り早くいこうぜ」
「それが一番手っ取り早いのなら、そうしますが……」

 押し付けられた紆余曲折は、その紙をじっくりと見た。
 書いてあったマークや文章、
 あるいは図形などを、じっくりと。見ることになった。


 そして知ることになる。
 このバトルロワイヤルで、全ての望みを遂げたものが居るとするならば。
 それは傍若無人であるということを。

「……!!」

 ――かつて傍若無人は自らのことを“主催の尖兵”だと言っていた。
 主催側だと、何度も強調してきた。
 つまり、傍若無人は、参加者ではない。
 参加者に適用されている“ある条件(ルール)”に、傍若無人は当てはまらない。

 そしてもう一つ。“呼び名”だ。
 すべてをモノ扱いして。ほぼすべての参加者に、モノとして呼びかけていた傍若無人は。
 紆余曲折が、一刀両断をリョーコさんと呼ぶのと同じように。
 特定の人物に対しては、“モノ”ではない、あからさまな呼び方をしていた。
 そう呼ぶ意外に、ありえないほどにだ。
 モノだなんてとても言えない。だって、彼と彼女たちの関係は。助けなければならなかった、理由は。

「こんな……こんな、ことが。あっていいんですか。
 傍若無人……凛々ちゃん……“そして、奇々怪々”。そんな。だって、こんな」
「それ以上は、ここでは言うなよ。もし起きてたら凛々が聞いちまう。
 色々あって疲れてるだろう凛々に、今これを聞かれるのは、まずいだろ?」

 雑音が飛び交うゲームセンター、一刀両断は人差し指を唇に当てた。
 そしてほんの少し儚げに、言った。

「屋上に、行こうぜ。あたしたちの始まりの場所で、ぜんぶぜんぶ、終わらせよう」


◆◆◆◆


 気絶させた勇気凛々のそばには、置手紙を置いておいた。
 「戻ってくるまで待っていて」というその手紙をちゃんと聞いてくれるかは、彼女次第だ。
 紆余曲折は待っていてほしいと願う。一刀両断は、どちらでもよさそうだった。

「ひっさしぶりに、来たなー」
「相変わらず何もないですね」
「そうだな。でもま、広々としてていいんじゃねえか、気分的にも」
「……解放感は、確かにあります」

 だだっぴろいコンクリートの地平線、駐車位置の白線、空は無限の曇天。
 荒涼な空間に色を添えるように、たた、と前に駆けでて、
 両手を広げて一刀両断は伸びを紆余曲折に見せて明るく振る舞う。

「ああ、ホント――お疲れ様、だな――!」
「お疲れ様……そう、ですね」
「なんだよ。もっと喜べよ、紆余。お前、やり遂げたんだぜ。ぜんぶ」
「……」
「恥じることも、悩むことも、振り返ることもねえ。
 お前とあたしと、傍若無人の勝ちだ。これは完勝なんだよ、紆余」
「でも……リョーコさんは」
「あたしが死ぬのは最初から計算の内だろ? 気にすんなって。
 しょうがねーだろ、そうしなきゃ傍若無人の協力は仰げなかったんだ。
 お前だってアレ見ちゃあ、凛々を殺す選択肢はとれねーだろ。アレ見て殺すってのは鬼だぜ。
 さんざん鬼みてーなことやって何言ってるかってツッコミはあるだろうけど……」
「……」
「なあ、もう少し楽しくいこうぜ。最後の、時間なんだから」

 少し申し訳なさそうに、精いっぱい不安を隠した顔で、一刀両断は言った。
 それを見て紆余曲折は申し訳なさと悔しさでいっぱいになる。

「う……」

 楽しく行こうぜ、なんて言われても。
 今から死のうとしてる人と、どうやって楽しめって言うんだ。

「………………そうですね。楽しく、行きましょうか」

 文句の一つも言いたくなったけれど、紆余曲折はそれを呑みこんだ。
 無理してでも笑った。
 せめてそうしてあげたいと、思ったから。

 閑散とした屋上駐車場を歩きながら、二人は他愛ない雑談を始める。

「氷で塞がれたんですよ、口。あれはほんと酷かった」
「傍若無人に焼魚定食作ったんだけどな、あいつなかなか食べようとしねーの、猫舌かよって」
「ハンバーガーが大量に置いてあったんですけど怖かったので捨てて」
「優柔不断がへにゃへにゃしながら傍若無人に向かってったとこ、見せてやりたかったなあ」

 あのときはやばかった、だとか。
 あのときは本当にふざけてるとおもったとか。
 ひやひやしたこと、疲れたこと、驚いたこと、笑えたこと。
 娯楽施設内で経験したすべてのことを思い出すように、一緒に居なかった時間分を共有するように。
 喋り合う。
 記憶を奪われたこの実験で、二人にはここに来る前の思い出は少ない。
 だから、この実験での思い出を。
 なるべく楽しく。終わりまで。
 できればいつまででもそうして続けていたかった。

「……あ」
「……」

 しかしそんな雰囲気も長くは続かなかった。
 屋上駐車場には、二人の最初の場所には。
 コンクリートの地面に放置された、首なしの猪突猛進の死体がまだ倒れていた。

「……」
「……」

 どちらともなしに、動き出す。
 二人はその死体を、エレベーターホールの外の壁まで運んで立てかけて、
 自然と目を閉じて手を合わせ、冥福を祈った。
 激動の殺し合いで一秒を惜しんでやらなかったことをやり直すかのようなその行為を終えて、
 静かに喋り始めたのは、一刀両断だった。

「……あたしはさ」
「……」
「あたしは――弁護士を目指してたんだよ」
「弁護、士」

 それは、一刀両断の、夢の話。
 紆余曲折と出会う前の、一刀両断の、話。

「弁護士って、あの……異議ありとか言うやつですよね」
「いや、それだけじゃねーけど……まーだいたいそんな感じで間違ってねーか。
 ほら、あたしジャージ着てるだろ? 25にもなって高校のやつ。
 どうも六法全書片手に部屋籠りして、机にかじりついて勉強してるとこから呼ばれたらしいんだ」

 ジャージを掴んで見せびらかせながら一刀両断は言った。
 戦いでボロボロになったそれは、確かに学校などで指定されるようなもので、
 普通の25歳が部屋着でもなかなか着るものではない。
 着るモノに頓着する余裕がないくらいに、勉強していたのだろうことがうかがえた。

「笑えるだろ? あたしがスーツ来て、メガネかけて、きりっとした顔で法廷に立とうとしてたんだぜ。
 そのためにアホみたいな勉強量を急ピッチでこなして……散髪行く暇もねーから髪は伸びまくりでよ」
「……でも、それだけなりたかったってことは。立派な夢なんじゃないですか」
「そう思うだろ。でも、それは違うんだ」
「?」
「あたしは――あたしの夢は。あたしのものじゃないんだ。
 あたし自身が弁護士になりたいと思って勉強していたわけじゃ、ない」
「……え?」
「誰か他人のものなんだ。そしてあたしは、自分の意思で――それを背負った。
 重く、重く、一生それと付き合っていくつもりで。他人の夢を、自分の夢にした」

 ×××××。
 きっかけを思い出そうとすると、一刀両断の脳内には×印の霞がかかる。
 霞がかって、完全には思い出せない。しかし切磋琢磨ほどに、
 きっかけとなった出来事を完全に忘れてしまったわけではない。

 一刀両断が覚えている風景、思い出せる光景は、――どこかの交差点。

 バキバキに壊れている車とバイク。
 歪んでいるガードレール。
 頭から血を流しながら倒れている人。 
 傍に座って泣きながら叫んでいる、自分。

 ――どちらが悪かったのかは覚えてない。
 その後にした選択を思えば、自分が悪かった可能性が高い。
 とにかく救急車が来て、倒れている人を連れ去った。でもそれは遅速に過ぎた。

 葬式会場。参列、焼香、沢山の人が並ぶ。
 その中にひとり、呆然としながら、
 死んでいる人の持っていた法律の本を見つめる自分の姿を見つけた。

 正面に、花に飾られた遺影に移る×印だらけの顔があった。
 状況から考えて、全く知らない人だった可能性が高い。
 それでもその瞬間から、一刀両断にとってその人の顔は忘れてはいけないものになった。
 一刀両断は決意した。
 夢を引き継がなければならない、と。

「あたしは他人の夢のために殺し合いに乗った。他人の夢を殺して、他人の夢を叶えるために。
 でも、そんなあたしの決意は。夢を持っていないお前に殺されるくらい、弱かった」
「……」
「結局さ。他人の夢のために勝手に自分を犠牲にしていたあたしは、普通の人より弱くなってたんだな。
 だって、いくら犠牲にしたって、なにも相手からもらえやしないんだから。
 そんなことをすれば弱くなるのは当たり前だったんだ。
 気づくのが、遅すぎた――バカだよなあ。切り捨てたあとに気付いても、もう取り返せやしないのにな」

 悲しそうな顔で、一刀両断は呟いた。
 黙ってそれを聞いていた紆余曲折は、どう声をかけていいのか分からなくなった。
 誇りがあったと聞いた。
 一刀両断は、誇りを持っていた。
 彼女にとってのそれはきっと、やると決めたことを曲げないことだったのだろう。
 でもこの実験に来る前に、彼女が行っていたことは間違いだった。
 それを間違いだと気付かせたのは、自分だった。

 しかも自分は。
 この実験で一刀両断に命じたのだ。
 自分を犠牲にして、他人の盾になれ、と。

 その命令は一刀両断にとって、
 いったいどれほど皮肉で……そして残酷な命令だったのだろう。

「……それじゃ、僕は……」
「でもな」

 思わず目をそらしかけた紆余曲折に、一刀両断は言った。 

「お前に尽くそうと思ったのは、今の話とは全く関係ねーぜ?」
「……え」
「言ったはずだ。お前だから、盾になろうと思ったって。
 お前じゃなかったら。もっと利己的に、あたしを本当に道具みてーに使おうとして、
 あたしを隷属させる選択肢を取る奴が相手だったら……あたしはあの瞬間に舌を噛み切ってたよ」
「僕だから、って……どういう」
「それももう言ったはずだ。お前は、あたしを受け止めてくれたからだ」
「受け止め、る……」
「あたしを忘れないでいてくれるんだろ?」
「……あ」

 あたしを忘れないでくれ。
 お前が夢を手に入れるために、利用して殺した、この一刀両断を忘れないで欲しい。
 一刀両断はそう言って手を伸ばしてきたことを、紆余曲折は思い出す。
 そして紆余曲折は手を取った。かなり後、放送の後になってしまったけれど。
 使うと決めた。そして忘れないと決めた。
 一刀両断を忘れないこと。それは。一刀両断を受け止めること。

「お前は切り捨てない人間だ」

 一刀両断は紆余曲折の方を指差した。

「お前のルール能力は、どれだけ迂回させようがお前にたどり着くようにできてる。
 斬って終わりのあたしとは違う。自分に向けられたものを、最終的には、お前は受け止めようとしている。
 猪突猛進が死んだとき、あたしは泣けなかった。でもお前は泣いた。あのとき思ったんだ。
 こいつなら、全部背負ってくれるって。死んだ奴ら、全員の思いを背負って――未来に進んでくれるってな」
「未来」
「そう、未来だ。お前は、お前の夢のために、あたしを踏み越えていくんだ。
 そのための手伝いをあたしはした。そしてお前はそれを一生覚えていてくれる。
 こんなに嬉しいことは、ねぇぜ。なあ、そう思うだろ、紆余――?」

 お前が覚えている限り。あたしはお前の背中で一生生き続ける。
 だからお前は、未来へ行け。
 どうやら一刀両断が言いたいのは、そういうことだった。
 一刀両断が指差すのは紆余曲折ではなく。その先にある未来だった。
 紆余曲折はそれを理解し、
 そして……だから、笑顔で返した。

「……リョーコさんが背後霊だと、たびたび背中をどつかれそうですね」
「ははっ、そうだな。事あるごとに背中を痛ませてやるよ」
「そういえばリョーコさんに斬られたのも背中でした」
「確かにな。なるほどあたしはお前の背中に痛みを与え続ける存在になるわけだ」
「手加減してくださいよ。背中が曲がって老いたら車いすだなんて、僕は嫌です」
「お前が背中を強靭にすればいいだけの話だろ」
「えー……筋トレはめんどくさいなあ」
「筋トレは大事だぜ。筋肉を衰えさせないことが長生きの秘訣とはよく言う」
「そうですけど……いや、そうですね。ああもう、やりますよ筋トレ。長生きします。
 沢山生きて、いっぱい美味しいもの食べて、色んなところに行って……色んな……」

 言葉は途中で切れかけた。一刀両断はそれを繋いだ。

「色んな人と関わって、色んな世界を見て。
 沢山のことを通じて、沢山のことを学べ。やりたいことぜんぶやれ。
 あたしの信じたお前はきっとそれを全部やれる。あたしたちの分までなんて考えなくても、全部。
 だから、泣くなって。なあ」
「どのくらい。やれば。いいんでしょうか」
「お前がやりたいだけやればいい」
「……いつまで生きれば、いいと思います?」
「お前が満足するまで生きればいい」
「僕は……夢を見つけられると、思いますか」
「見つけられるまで、生きれるさ、お前なら」
「……」
「だからほら」

 一刀両断は両手を広げた。
 そして。紆余曲折が右手に持っている、ボウガンを見て言った。

「あたしの胸に、そのボウガンの矢を、くれ」

 紆余曲折に向かって、願った。
 それが止めようのないことであることを、紆余曲折は理解していた。

「もう、ですか」

 それでも思わず、口から出る。
 さっき優柔不断が死んでからまだ一時間も立っていない。
 ルールを鑑みればまだ二十三時間は死者が出なくても問題ない。
 だからそれは、できるだけ先延ばしにすべきことのはずだった。紆余曲折の中では。

「もうだ。むしろ遅すぎるくらいだぜ。もう充分、喋ったろ」

 でも、一刀両断はそんな甘ったるい考えを、やはり一刀両断するのだった。

「充分って……僕はまだ」
「少なくともあたしの話はこれで終わりだ。あとはお前が喋るだけ。
 その後は、もう何もない。ぜんぶ終わりだ。だからあたしは、死ぬ体勢に入った」
「リョーコさんは……生きたくないんですか?
 まだいいじゃないですか。もうちょっとくらい生きたって……」
「そりゃ生きたい。けど、それよりお前に生きて欲しいと思う気持ちのほうが強い。
 そしてあたしはこんな性格だからまどろっこしいのが嫌いだ。分かってるはずだぜ、紆余」
「分かってますよ!
 でも……僕だってリョーコさんに生きてて欲しいんですよ。なのに……」
「そりゃ嬉しい言葉だけどさ」
「なのになんで。僕を急かしてまで。こんなの……僕の意志は、無視ですか!」

 紆余曲折は涙声で叫んだ。

「一刀両断さんは……勝手に決めすぎなんですよ……」
「否定はしない」
「……僕は! 学校の勉強がつまらなくて、ゲーセンに逃げ込んだ。
 そのゲーセンでも人間関係で間違って、どこに行ったらいいかも分からなくなってた」
「……」
「夢も、居場所も無くて。空っぽの僕は自分すら失くして、死にたくない気持ちだけがあって。
 死にたくないだけの僕が生き残るなんてできるのかなんてゲーム気分で考えてた、
 けどリョーコさんは僕の願いを、「死にたくない」から、「生きたい」に変えてくれた!
 生きたいって理由で、戦っていいって……そう言われたとき、僕は救われた気がした」
「……紆余」
「それだけじゃない。リョーコさんはいろんなものを僕にくれた。何度も助けてくれて。
 僕が決断しきれないことを決めてくれて。間違ったことをしようとしたときにも、現れて止めてくれて。
 ……なのに、なのに僕が返すのがただ殺すことだなんて、覚えてもらえればそれでいいなんて……」

 そこまで言い切ると涙をぬぐった。紆余曲折は前を見た。
 一刀両断はどう言葉を返したらいいのか分からないといった顔をしていた。
 そりゃあそうだろうと紆余曲折は思う。きっと一刀両断は、
 物わかりのいい紆余曲折なら、すぐに理解して殺してくれると思ってたんだろうから。
 でも、紆余曲折はそれで終わらせたくなかった。
 勇気凛々にボウガンを向けた理由と同じ。何もしないまま、生き残らされたくなんてない。
 そんなイージーモードで終わるのは。嫌だった。いや。ダメだと、思った。

「ふざけてる……納得、できません。こんな終わり、認めない」
「紆余?」

 だから。ただじゃ、殺さない。

「リョーコさん。
 決闘をしましょう」
「……は?」

 紆余曲折は、申し込む。

「きっともう僕が何を言っても、リョーコさんは自分を曲げない。
 リョーコさんを生かそうとするのも死ぬのを先延ばしにするのも説得はたぶん無理だ。
 だからその前に。リョーコさんを僕が殺す前に。僕がどれくらいたくさんのものをあなたに貰ったかを、あなたに見せる」
「……お前……」
「契約(ルール)違反じゃないでしょう? だって、僕はちゃんとリョーコさんを殺す気なんだから。
 でもリョーコさんは、殺される気でいないでください。全力で僕を殺しに来るんだ。
 それで僕が殺されてしまうようなら、僕はそんな期待をかけるほどの男じゃなかったってことで、
 リョーコさんだって諦めて生き残ろうとしてくれるでしょう……違いますか?」
「そうか……ははっ……いや、違わねえ。違わねえよ、紆余」

 一刀両断は話を呑みこむと嬉しそうに笑った。

「そうだな! お前、そうだ!
 生き残らされるなんて嫌だもんな……ちゃんと殺し合わなきゃな!」
「そうです。僕はもう……逃げるだけじゃないってことを、見せるんだ。
 リョーコさんが僕のことを、未来に進める力があるっていうなら。
 それが本当かどうか、僕自身が知るために。僕は万全のあなたを越えなくちゃならない!」
「……ごめんな。あたしお前のことまだ舐めてたな。ただ喋って終わりなんてあたし達らしくなかった。
 いいぜ、受ける! 受けるぞその決闘、すぐにでも!」
「手加減は絶対に許さないですよ」
「するわけねーだろお姉さんを信じろ! お前こそ死んでも後悔するなよッ」
「死ぬなんてありえないんでしません!」
「生意気言いやがって――そういうお前が、あたしは好きだ!」

 日本刀を構え、一刀両断は即座に斬りかかる。

「おら行くぞ!」
「奇襲ですかフェアじゃないですね!
 でも僕も、リョーコさんのそういうところ、正直いって、好きですよ!」
「はっ、じゃー両想いってことだな!」

 紆余曲折はその奇襲を分かっていたかのように後ろに距離を取って避ける。
 避けながら牽制のボウガンを一発撃つ。一刀両断は弾く。
 銃弾ならまだしも縦に長いボウガンの矢なら側面を面で弾いてやれば無力化できる。
 だろうことを紆余曲折は読んでいた。
 だから、今の一撃はただの小手調べだ。
 ――お互い胸を弾ませながら相手を見つめた。紆余曲折は次なるボウガンの矢を込める。
 しんみりした、重い空気は二人の間にはもうなかった。すべては単純な話になった。
 勝ったほうの、勝ち。負けた方の、負け。

「おい言っとくが! 普通に放たれたボウガンくらいだったら今みてーに弾くぞあたしは。
 もっと工夫しろ、出来んだろ? 決闘申し込むくらいだ勝算がないなんて言わせねーぞ」
「さあどうでしょうね。内心めちゃくちゃびびってるかも」
「食えねーこと言うようになったな! ああちくしょう、楽っしいじゃんか!」

 そう長い戦いにはならない。下手をすれば、次の一合で決着するかもしれない。
 でももっと長く続けていたい。でもそんな手抜きはしちゃいけない。
 紆余曲折はまるでゲーセンで楽しく対戦していたあの頃を思い出した。
 ゲーセンではいつの間にか自分だけが強くなりすぎて、一緒に楽しめる相手がいなくなっていた。
 けれど今。
 目の前にいる一刀両断との、大好きなヒトとの戦いの、なんて楽しいことだろう。
 簡単なことだった。
 ゲームの中だけで戦うんじゃない。現実でも戦えばいいだけの話だった。
 それから逃げていたんじゃ結局、ゲームがつまらなくなるのも当たり前だ。
 夢が見つからないのも、当たり前だ! 現実を戦ってこそ、夢を掴めるんだから!

「だいたい分かりました。この一撃で決めます」

 ……二度ほど、応酬があった。
 もう一度矢をつがえながら、紆余曲折は一刀両断に宣言した。

「あたしも大体分かってきたな。次の一撃弾いて、今度こそ壁に追いつめる」

 一刀両断も宣言した。
 いま紆余曲折が居るのはエレベーターホールの壁の少し前の位置。
 気付けば追いつめられる直前の位置だった。
 《四秒迂回》しても逃げ切れるかどうか怪しい位置取りに追い込まれていた。
 やっぱりリョーコさんは強いなと紆余曲折は思った。
 でも、だから勝たないといけないんだと、強く心に刻んだ。

「これでさよならですね、リョーコさん」

 別れの言葉は。短く。

「ああ――じゃあな、紆余」

 お互いに、死なないつもりで――紆余曲折は。引き金を、引いた。



最終戦Ⅴ 前のお話
次のお話 第三放送

用語解説

【夢】
見る。持つ。望む。叶える。
浮かぶ。膨らませる。醒める。託す。
大事な大事な、はかない、もの。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年03月15日 00:28
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。