おはなし(中)

46◇おはなし(中)




「さて、じゃあまずひとつ目だけど、これはぼくから解説しよう」

 椅子に座る壮年の男が、向かいの椅子に座る少年に礼儀正しく話しかけた。
 《先程まで、特徴のない女性の外見だったそれは、今はそのような外見になっている》。
 口調も合わせて変わったようで、《銃を取り上げられ》《椅子に座らされた》少年は少し混乱した。
 銃弾は――どうなったのだっけ。外れた? 当たっても跳ね返された?
 それともそもそも撃たせてすらもらえなかった? いや、確か引き金は引けた。
 銃弾は飛んで行った。そこまでは覚えている。そのあと、《当たるはずのそれが当たらなかった》のだ。

「ひとつ目……四字熟語のデータを取りたいという理由だね。
 これを説明するにはまず、きみが知るルール能力とは何なのかというところから、説明する必要がある」

 さらにその後《気付いたら椅子に座らされていて》、《銃が奪われていた》。
 ……混乱は整理できたけれどやはりというかなんというか、意味不明で不条理だ。
 苦い顔をする少年の前で、壮年の男に《なった》天飼千世は、少年から奪った銃をくるくると回す。

「まず、ルール能力をこの世にひとつ産むには二つのものが必要になる。
 ひとつは文字、ひとつはそれを解釈する人間だ。ただ、どんな文字でもいいわけではない。
 きみも知っているとおり、指定のインクで描く必要がある。そのインクは――」

 かちり、と急に銃の引き金が引かれる。
 ドン。

「こうやって作られている」

 撃たれたのは少年ではなく、天飼千世の、銃を持っていないほうの手だった。
 少年は目を見張った。
 天飼千世――今は男の姿の、その文字の前腕に大きな穴が空いて、その先から血が流れている。
 虹色の、血が。噴きだすように流れている。
 もちろん撃ち間違いでも腔発でもないようで、男は平然としていた。
 少年も驚いたが動揺はしない。インクが血液――想像はしていなかったが、
 明らかに人の世界のモノではないインクだ、フラスコで作ったと言われるよりは説得力がある。

「そのインクで書いた文字に、力が宿るってことですか?」

 ……とにかく今は、相手にできることとできないことを知る必要がある。
 少年が確認のために問いかけると、天飼千世は頷いた。
 頷きながら、テーブルに流れた血を指につけて文字を書き始める。

「そうだ。これはぼくの……最初の文字の身体からしか出ない、文字の原液だ。
 これがすべての能力を形作る素材となる。だがそれには、人間の解釈を必要とする。
 しかもただ意味を解釈するのではない。文字の力を信じてもらった上で、
 自分ならその文字にどんな力を見出すか、を解釈してもらわなければならない」
「ルール能力があるということを知っておかないといけない、ってことですか。
 文字の力についての講義を最初にして、首輪を付けるのにそれを使ったのは」
「ああ、そのためさ」

 不思議な虹色の血は指筆でもテーブルによく伸びて、四字熟語を描き出した。
 文字は「焼肉定食」。
 最初の講義にも“使われた”四字熟語とはいえないような気もする四文字。

「さて、この文字。きみに解釈してもらおう」
「……僕にやらせるんですね。あなたは“文字”で“人間”ではないから、できないと?」
「その通りだ。文字は新たにルール能力を定義することができない。さあ、やってみてくれたまえ」
「……」
「文字は身体に近い方がいい。触って」

 言われるがままに少年は文字を触りにいきながら、念じる。
 しかし、触れようとしたその指が、電流のような光に弾かれた。

「痛ッ」
「ははは、だめだよ。その文字からぼくを殺すような能力を連想しようとしたのだろうけれど、
 そういう無理で恣意的な解釈の押し付けは文字に拒絶される。
 文字が力を持つと知ってしまった後に、“文字に能力を持たせよう”と――文字を“使おうとする”のは悪手だ。
 文字の意思をないがしろにしてもらっちゃあ、困る。ぼくたちはもっと対等な関係を望んでいるのさ」

 思考を読まれたダメ出しに少年は眉をひそめた。
 なるほど――それを理解させるために、わざわざ塩を送るようなマネをしたらしい。

「……恣意的な能力の決定には、限界があるってことですか。
 いや……文字を”使おう”とするなら、という枕詞がつくのなら、あの実験のように、
 自分が文字だと思わされる、”文字になろうとする”ことで、ある程度は自由な解釈ができるんでしょうけど」

 少年はもう一度指で文字に触れながら言う。今度は文字は拒絶しなかった。
 《テーブルの上に、焼肉定食が現れる》。少年が行った定義は、《その場に焼肉定食を出す》というものだった。
 つまり、文字を“使おう”とした場合は、また使うものだと認識してしまった後は、
 こんな風に単純で弱い解釈しかできないということだ。百発百中のように。また、蟷螂の斧のように。
 天飼千世はテーブルの上に《出てきた》焼肉定食を見るとまた、はは、と笑った。

「察しがいいとは知っていたが、本当にいい解釈力だね。
 そう、そういうことだよ、紆余くん。大正解だ。
 だからこそ我々は、参加者に“文字になってもらう”ための手を尽くしていると言うわけだ。
 そしてここまで説明すれば――察しのいいきみなら分かったんじゃないかな?」

 少年を試すような目で天飼千世は言った。
 少年は、分かった、と答えようとしたが、その言葉にもっと深い意味を読みとった。
 天飼千世はここまでの説明から、もっと深く読みこめと言ってきたのだ。

 実験の理由のひとつが「文字のデータを取るため」だというのはだいたい理解できた。
 文字のルール能力を定義できるのは人間だけ。
 だから「人間」を使う。
 そして、ルール能力について詳しく知らないまま、自分を文字だと思いこませるようにすることで
 より多彩な能力を生み出せるし、多彩なデータを取れる。
 だから主に「初参加の人間」を使う。そこまでは、分かった。

 だがそれだけでは“殺し合い”を開く理由にはならない。

 殺し合いの中でルールを定義させる意味が必要だ。
 普通にデータを取るだけなら、
 初参加の無知な被験者にルール能力のしくみを教えないまま文字だけを与えて、
 何かの拍子に能力が定義されるのを見守ればいい。
 それを殺し合いまで開く意味。極限状態でルール能力を定義させた、理由。

 娯楽でもあろう。でも、合理的な理由も、含まれているはずだ。
 殺し合いなんて倫理にも法律にも違反するようなことを、娯楽だけの理由で取るとは考えづらい。
 ……ヒントは、殺し合いは極限状態だということだろう。
 非日常状態であると言うこと、一触即発の戦闘状態だということ。
 その中でのふるまい。それを期待しているのだとしたら。
 何を期待しているのか?
 見えてきた。そう――例えば今回の実験では、
 先に定義されたものを与えられたのだろう傍若無人を除けば――どういう能力が定義されていた?
 そして、たったいま。この目の前の存在は、実験で能力を培った文字を、どうしている?

「……戦うための、能力」

 いずれ、なにかと戦う時のための、能力を。
 “手に入れる”のが、狙いなら。

「そうだ。ひとつめの、殺し合いの中でデータを取る理由は、それだよ。
 ぼくたちは文字として……“人と戦うための力”が欲しい。そのための解釈と、人のデータが欲しい」

 人間の解釈のデータだけでなく。
 人間の戦闘のデータ。人間の生き方のデータも、その戦いには使用できる。
 だから殺し合わせて、殺し合うときの反応を見る。
 あとで使うために。
 ……そう、殺し合うつもりなのだ。予行演習なのだ。

 ぼくたちはもっと対等な関係を望んでいると、言っていた。
 文字がヒトの下に造られたとは、天飼千世は認めていない。

「文字だって、人を使っていいはずだ」

 天飼千世はあっけらかんと。されど真剣に、そう信じて疑わないといった顔で、言った。

「すべては、ぼくのため。ぼくはこの世界を。
 ぼくの住みやすい世界に、変えようとしているのさ」

 少年はその言葉を聞いて、矢に撃たれたような衝撃を受けた。
 スケールが大きいなんてものじゃない。自分がいま、やっていることは。
 自分の立場は、ヒト代表だった。
 これは――ヒトと文字との、戦争だったんだ。

 ・
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 まあ、だからといってなんだという話ではあるけれど。

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「……あれ? あんまり驚いたり、焦ったりとか、しないんですねー。そのへんはさすがなのかな?
 あ、えっとですね。別に私、人間と全面戦争して打ち倒すのが最終目的ってわけじゃないんですよん?
 まあ結果的にそうなってしまうだろうというのは否定しませんが、ね……理由があるんです、理由が。
 ああ、ではふたつめの理由を説明しましょう! 今度は私が説明しますよ~♪」

 今度の天飼千世は、《桃色の髪にアンテナのような飾りを付けた黄色の服の女》になっていた。
 シャツには電波が何本立っているかのアンテナ表示がプリントされている。
 ずいぶん通信状況の良い服だ。
 そういえば最初の説明の時、奇々怪々が「以心伝心」や「意思疎通」がどうのと言っていたような気がする。
 もしかしたら、この外見はそれらの、主催側にいる四字熟語の姿なのか?
 では最初の姿すら、本当の天飼千世ではないかもしれない……?
 それに先ほどの壮年の男は……などと、少年が考えていたところ、

「ふたつめは、四字熟語の形成……といってもなんのことやらでしょうから、
 さて、やはりまずは実演からいきましょうかね~っと」

 急に天飼千世がその手を伸ばし、「焼肉定食」の文字に触れた。

「《私の名前は、天飼千世。あなたの名前は――焼肉定食。
   私はあなたを、愛している。私はあなたの、声が聴きたい》」

 《文字が光る》。
 テーブルの上の焼肉定食の下に書かれたままの焼肉定食の文字が
 天飼千世の言葉に反応するかのように虹色に発光する。
 そして次の瞬間、テーブルがひっくり返されてもいないのに、焼肉定食(実物)が宙を舞った。
 焼肉が放物線を描いて周囲へと散らばり、ご飯や漬け物が床に落下する。
 テーブルの上には代わりに、いた。
 虹色の。人の形をした、ぐずぐずの流動体が、いた。

「……これは?」
「焼肉定食です♪」
「え、焼肉定食は今、床に落ちて無残な状態になりましたよね?」
「文字のほう、ですよ~。分かってるでしょうに。
 さて、私はこのように、《文字をヒトの形にすることができる》。
 これが私、天飼千世の……「天飼千世」の、ひとつめのルール能力ですよ」

 ぐずぐずと模様を揺らす虹色のヒトガタを指差し、天飼千世は宣言した。
 《自分の血から出来た文字をヒトの形にすることができる》。
 天飼千世の、ルール能力、そのいち。

「ただ、見てもらえれば分かるように、この文字は特定の人の姿を為してませんね~?
 これは、文字にヒトとしての歴史が刻みこまれていないから、です。
 背景のない文字では、人形にしかなれないんです。
 ただの人形では会話が出来ませんし意味もありません。
 ちゃんと文字にヒトが刻み込まれるようにする必要がある。だから、“実験”です」
「……というと?」
「先ほどのルール能力の説明と同じことです。
 “文字を使う”ような使い方では、文字に使用者の情報は刻まれないんです。
 自分が“文字になったつもりになる”こと。ヒトと文字が同化すること。これが大切なんですよ」
「同化……」
「ああ、ちなみにこれは我々の学説では、文字とヒトとの適合率が上がる、ともいいますね♪
 さらに殺し合う中で、文字の力をより引き出そうとすれば、自然とつながりは強くなる。
 解釈も深まってルール能力が深化する場合もあるし、いいことずくめなんですよねえ……」

 重要なのは適合率。使い手が文字と適合すること。
 それには自らが文字となり、自らの意味を想像し、見出すことがもっともストレートな方法である。
 だから武器に刻んだ文字なんかも、基本的にはヒトにすることはできないのだという。

「ここまでオーケーかな?」
「ええ」
「うん、じゃあさらにさらにいくよ。
 ヒトを文字に刻んだ後、その文字をヒトにするには――もうひとつ条件があるんだけど」
「ヒトが死んでいること、ですか」
「何だか分かりますかって、え~♪」

 天飼千世はがっくりと肩を斜めらせる。
 説明されっぱなしの現状への意趣返しか、天飼千世が問いかけるより前に少年が答えを放った。

「おかしいなー、いや推測はできるけど」

 きょろきょろと部屋を見回す天飼千世。そう、推測はできる。
 この部屋に置かれている文字人形は、十四個。
 居ないのは紆余曲折と勇気凛々で、これは殺し合いを生き残ったヒトと同じだ。
 単純に生き残った文字にはまだルール能力が使われていないだけとも捉えられるし、
 実際その可能性もあるが、ほかに条件があると言われたらこれしか思いつくルールは無かった。
 ただ、推測への反証は、さっき会った。

「先手必勝についてはどう考えるんです? 生きてたでしょう?」

 もちろん少年はそれへの回答もすでに用意している。

「他人の夢の中から意識が出れないのならば、脳は死んだようなものでしょう」
「……ふーん」
「より正確に言えば、現実世界からそのヒトの意識が消えること――それが文字をヒトにできる条件。
 夢の中に連れ込まれた時点で、全員がその条件下に置かれてたってことですよね?」

 実験が、殺し合いの舞台が夢の中であることも、天飼千世は利用したのだ。

「それだけじゃなく、夢の中で実験を進行することで、現実の身体は、器は守ることが出来る。
 普通に殺し合うのでは器が破損して使い物にならなくなるかもしれないけれど、
 この方法なら夢の中で文字とヒトを取り換えるだけでいい。ずいぶんと。都合の良い、話ですね」
「……あはは、見抜かれちゃってますね。でも急にずいぶん、よくしゃべりますねえ。
 どうしたのかな。そんなに私を殺したいのかな? それともやっぱり講義は眠くなるタイプ?」
「黙って聞いているのが辛くなってきただけです。……怒っているので」

 少年はぶっきらぼうに言葉を投げつけた。人差し指で、膝をたたく。
 いらついている動作をしていた。いや、むしろ、これが怒れないでいられようか。
 天飼千世のルール能力は言い換えれば、ヒトと文字とを入れ替えてしまう能力。
 文字でヒトを乗っ取るような行為だ。
 生き様だけを盗んで、文字人形に降ろして遊んでいる? それどころじゃない。
 この実験はもともと居たはずのヒトを完全に器として、道具として扱っている。
 尊厳踏みにじりも甚だしい。普通に生きていくはずだった人たちから、人生を奪うだけでなく。

「意識を殺して、残った身体に文字を入れて。自分の手駒にするための殺し合い。
 そんなものに参加させられていたと長々と説明させられて、怒らない方がおかしいです」
「手駒? そこまでは思ってませんよぉ。仲間、仲間です。大事な仲間が私は欲しい」

 真っ白な紙の真ん中に、ひとりぼっちは寂しいから。

「たとえ、すべてがひとつの文字で表せたとしても、
 私は私の世界の空白を、埋めようとするでしょうね。怒られるのはまあ――承知の上、でね」

 そう言って天飼千世は軽く笑った。
 少年は、天飼千世をやはり何としても殺さねばならないと思った。

(この人は……いや、この文字は。“敵”だ。
 知ってしまったらもう、避けて通ることのできない、僕の敵だ……)

 ヒトと文字との戦争だなんて大局的な話ですらない。結果的にはそうかもしれないけれど。
 自分が、ただ自分が、紆余曲折にされた××××が、ヒトとして生きるために。
 リョーコさんにあの屋上で宣言したように、あるいは凛々ちゃんにあの駐車場で説いたように、
 幸せに生ききるためには。天飼千世の計画と思想は、あまりにも“敵”すぎる。

 選んだ道は間違いではなかったと少年は安堵する。
 少年が、ここに来ることを選んだのは。
 自分の未来のために、この実験の主催者を殺すためだ。

 目の前にいるのは、倒さなければならない“敵”。
 語られている「おはなし」は、いますぐにでも打ち切らないといけない物語だ。

(――――でも、“打ち切りかたがまだ見えない”)

 少年は天飼千世を注視する。天飼千世は少年ににこりと笑い返す。
 隙が見えない。いや、読めない。
 何をすれば、殺せるのか。いま相手はこちらの手に対し何ができるのか。
 ルール能力と文字のヒト化についての講義を聞きながら考えはしたが、当然のように読めなかった。

 百発百中の銃弾は《外れて》、
 少年は《銃を知らぬ間に奪われ》、《知らぬ間に椅子に座らされていた》。
 これらがすべて同じ能力によるものなのか、違う能力によるものなのかすら、分からない。
 天飼千世がこれを行ったことだけは確かだとして、それが天飼千世自身の能力なのか、
 それとも他の文字を懐に忍ばせているのか。さっぱり分からない。
 でも、分かったこともないわけではない。傍若無人の紙にも書いてあったことだ。
 “脱出者には逃げる権利がある”。少年の読みでは、おそらくこれには裏移りしたもう一つの意味がある。

「ひとつ質問をしても」
「いいですよ?」

 ……しびれを切らしたフリをして、少年は少し、探ることにした。
 まずは自分が置かれている状況の、レギュレーションの確認だ。

「ええと、それでですね……僕は一体。どうやってあなたを殺せばいいんですか?」

 ・
 ・
 ・
 ・

「るぇ?」

 少年がそう言うと、天飼千世の見てくれはまた《変わった》。
 今度は、若干広がりのある白髪を肩あたりまで真っ直ぐ伸ばした女性だ。
 奇々怪々と同じような白衣を着て、同じように研究者風の雰囲気をまとわせている。
 かすかにくたびれた感じと、その髪色から、年齢は若くなさそうだが、眼は妙に輝いていた。

「え、ええと……ずいぶん飛躍したと言うか……それをこちらに問うのかな、きみは。
 こちらの話を聞きながら、考えてくれていたんじゃないの? 考えるの、嫌になったの?」

 きょとんとした表情のその瞳には、異常なほどの光。
 虹彩がまるで虹色に輝いているかのような……純粋さを忘れないまま育った大人のような、眼をしている。
 少年は唾を呑む。――これは、“引きずり出した”か?
 ならば、畳みかけるだけだ。少年は喉の中で慎重に言葉を選びながら、天飼千世を睨んだ。

「考えてましたよ。暗闇の中で上から垂らされた糸を掴もうとするような思索に、迷いかけました。
 でも、そうして考えられるということ自体がなぜなのかを、少し考えてみたら、ひとつ気付いたんですよね。
 そもそも……どうして僕はこうして、考えられる時間を与えられているのか?」

 扉をくぐる前、先手必勝だった男は最後に少年をこう励ました。
 優勝者は実験からの解放が約束されている。だから、少年は主催と対等なのだと。
 どういう意味なのか分からなかった。
 でも、最初の最初に発されたおはなしの内容と。
 それから散々に説明を受ける中で、その“対等”の意味が少しだけ分かった。

「結論から言えば。あなたは、僕をゲームの対戦相手に……“勇者”にしようとしているんだ」

 この、テーブルを挟んで椅子に座った対面形式。
 まるでチェスかなにかの対戦を行うようなシチュエーションも、その思考にたどり着かせた一助になった。
 天飼千世は言った。実験は“勇者”の裁定でもあると。

「ゲームの内容は、“魔王”を殺せるか、殺せないか。
 つまりはあなたという人類の脅威を、僕と言う人間が取り除き、平和を守れるかどうか。
 そういうこと――なんでしょう? だからあなたは僕をここでは殺さないし、たくさんのことを僕に教える」

 だから天飼千世は“勇者候補”に。いつでも殺せるはずの少年に、おはなしをする。

「ルール能力の成り立ちと文字のヒト化、その条件、あなたがやろうとしている征服の内容まで、さらけ出す。
 普通に考えたら、不利になることだ。これもただの娯楽で、おはなしが終わった後に殺されるのではとも考えた。
 でもあなたたちの娯楽にはいままでずっとしっかりとした裏の意味があったことも、知らされた。
 それなら。これが、すべてが、ゲームを成り立たせるための初期説明――チュートリアルであるなら。筋は通る」

 それならば、おはなしは、意味を持つ。
 “ゲームのための準備”という名の、意味を持つ。

「だから教えてください。“にやけてないで教えてください”、天飼千世さん。
 僕はもう、回りくどいのはこりごりなんです。あなたのもったいぶりに付き合わされるのはたくさんだ。
 この世界の人間全部を賭けたふざけた規模のゲームだろうと。僕は絶対に、乗りますから。
 あなたを殺す方法があるなら、さっさと教えてください」

 少年は、少年が喋り始めてから徐々に徐々に口角を上げ、
 今や歓喜の表情を見せようとしている天飼千世を前に、堂々と言いのけた。

「最初から、言っているじゃないですか。僕はあなたとおはなしをしに来たんじゃない。
 文句を言いに来たわけでもなければ、凛々ちゃんを逃がしたくて代わりに来たわけでも、ない。
 僕はあなたを殺しに来たんだ。僕は僕のために、僕のこれからのために」

 ・
 ・
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 ・

「僕は“それだけの理由であなたを殺す”。――絶対にだ」

 ・
 ・
 ・
 ・

「あは」

 少年がそこまで言い終わると。
 言われた天飼千世は、くしゃりと顔をゆがめた。
 紙がくしゃくしゃになるときのような勢いで、その顔を変形させた。
 口を最大限ににやけさせ。嬉しそうに眉を垂らし。眦から涙をこぼしながら、びくびくと身体を震わせる。

「ふふ……あはっ、あはは、あはははは、……あはは、は♪」
「……?」
「ふはっ、ははは、ひぃ――ああああっ、あ、あっ♪ う、うれし、すぎてっ♪
 なにそれっ、知らないよそれ、ああ、あふっ、ぐじゅ……るるぇ……う、うううぁ♪」

 涎をすすり、四肢をぱたぱたと痙攣させて、
 もはやそれは、絶頂していると言って差し支えのないような、卑しくいやらしい動きだった。
 天飼千世は歓喜に打ち震えていた。絶対に殺すと言われて――嬉しがっていた。

「やっぱり、きみだ。きみだったんだ!
 間違ってなかった! 《千世の読み》は、正しいんだ!
 きみだけがどうしても分からなかった。
 きみが世界を変える力を持っていることは《分かった》けど、けどね、
 どうしてきみが世界を変えうるかだけは、最後まで見えなかった……でもそんなの、当然だね、だって今!
 たった今、その理由が生まれちゃったんだから……っ! 自分の感情! それが答えだったんだ!!」
「……あの」
「でもそれでも《千世の読み》はきみの敗北を見るよ。
 でもでもでもその上できみは、ううん、アナタは――きっと1001個目を選んでくる!
 きっと!! ――だからホントはダメなんだけど! ダメなんだけどね? ダメなんだけど、最高なんだ!
 それを乗り越えるくらいじゃないと……きっと望みも叶わない!
 最高だよ、ああ、大好きだよ……アナタとはもう、友達なんてものじゃない……もっと上の、言葉で相対しなきゃ」
「……一人で興奮しないでほしいんですけど」
「うぅ、あ、ごめんね!? ごめんごめん、ホントにね、嬉しかったから……。
 あの……えっと、ここまでの非礼、詫びるよ。紆余曲折なんて、雰囲気作りだなんて、もういらないね。
 アナタの読みで、正解だ。
 アナタを勇者に仕立て上げる。ううん、実験の優勝者を勇者に仕立て上げる。
 そして《天飼千世》がもうひとつのルール能力で《見る》“1000の未来”を、1の未来に収束させる」

 残りの目的は、簡単に言えばそういうことだと。
 心底楽しそうに嬉しそうに、天飼千世はそう言った。

「……つまり、あなたは」
「うん。そうだよ。天飼千世にはね。《見える》んだ。
 その文字の意味通りに、全てをつかさどる天を、運命を、飼うような行為が出来る。
 《わずか1000パターンではあるけれど。天飼千世は未来を見ることが可能だ》」

 《1000パターンだけ未来が見える》。
 天飼千世の、ルール能力、そのに。

 ・
 ・
 ・
 ・


おはなし(序) 前のお話
次のお話 おはなし(終)

前のお話 四字熟語 次のお話
おはなし(序) 紆余曲折 おはなし(終)
おはなし(序) 天飼千世 おはなし(終)

用語解説

【虹色の血液】
文字紙に書かれていた虹色のインクは、最初の文字の流す血液だった。

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最終更新:2017年04月23日 21:14
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