親のココロ子知らず

#external-08 親のココロ子知らず




 家事調停である。


 ◆


 ダイニング・テーブルを挟んで対角に座る。ピリピリとした空気が漂っていた。私はエプロンをつけており、夫は軍服を着こんでいた。お互いに最も着慣れている衣装である。
 なるほど戦争というわけか。確かにこれは戦争だ。私はテーブルの上にスマートフォンを置いて戦火の口火を切った。

「これはどういうことですか!」

 スマートフォンは写真フォルダを映している。
 写真には――可愛い少女――私たちの娘に、DX仮面ライダーベルトを着せて一緒にポーズを取っている夫の姿があった。

「知らんのか。DX仮面ライダーベルトだ。最終回手前、悪の首領との戦いに置いてライダーベルトEXが進化した姿だな」
「そんなことは知ってます! 問題はこれをあなたが娘に着せているということです! 誓いを忘れたとは言わせませんよ!」
「誓い」
「私達、決めたでしょう! 娘はプリキュアで育てると!」

 そう、私たちのもめ事、戦争の火種はずばり育児である。
 長年不妊に悩まされていた私達の下に三年前についに産まれた愛娘――それを二人で祝福したのもまだまだ新しい記憶だが、そのとき私は確かに言った。
 娘はプリキュアで育てましょうと。清らかで可憐で美しい乙女にするためにはプリキュアを見せるのが間違いありませんからねと。
 実際、私は英才教育を施してきたつもりだ。子守唄はプリキュアのオープニングをローテーションさせてきたし、絵本なんか自分で描いてまでプリキュアだらけにしてきた。日曜朝には全ての他番組をシャットアウトし、プリキュアだけを見せてきたつもりだった。

「悪いが、実は仮面ライダーは録画で見せていた。戦隊もだ」
「なっ!!」
「おまえがプリキュアを盲信しているのは知っている……実際たしかにプリキュアは良い。子供たちに大切なものをたくさん与えてくれるだろう。しかし、戦隊やライダーを完全にシャットアウトするのは正直どうかと思う」
「あれは男の子が見る番組でしょう! 私は娘を可憐な乙女に育てたいの!」
「プリキュアだってけっこう肉弾戦をしているだろう。それに戦隊やライダーも悪い番組ではないはずだ。同じ子供むけ番組でせっかく同じような時間にやっているのに見せないというのはもったいないと思ってな」
「それとこれとは話は別だわ!」

 そんな折り、偶然この写真を見つけてしまった私は頬を膨らませて夫の部屋を漁った。すると出てくるわ出てくるわライダーグッズ。戦隊グッズ。娘にちらりと見せるとどれも知っているとのことだった。これ私がママさんバレーしてる間ずっと遊んでたな!?
 怒り心頭に達した私は即日を持って開廷を宣言し、家事調停に至ると言う流れである。

「ライダーは男の子が活躍するでしょう! 娘が男の子みたいな女の子に育ったらどうするの!?」「別にプリキュアはプリキュアで見ているのだからそういう方向に偏るということもないと思うが。もちろん、娘が格好良くなりたいというのならば父としては支援しよう」
「私は嫌よ、娘には可愛い女の子になってほしいもの! プリキュアはちゃんと女の子らしいことをする回があります!」

 テーブルを叩く。ファッション回やメイク回が戦隊やライダーにあるとは思えない。まあたまにはあるかもしれないが可愛い女の子になることが主題ではないはずだ。
 だから私の方針としては、戦隊やライダーを見る時間があるくらいならプリキュアを見せるというものだった。娘が生まれるまえに放送した分をこれから徐々にカリキュラムに含めつつ、ゆくゆくは瞳だけ見せてどのプリキュアか当てられるくらいにしようと思っていたのに。

「あなたは私の教育方針を認めてくれていると思っていたのに……隠れてこんな……せめて相談とか!」
「それについては申し訳ないと思っている。怒られても文句は言えん。だが、グッズを全て捨てるというのはな」
「そのくらいしてくれないと安心できないわ!」
「娘に俺が無理やりライダーなどを見せていて、娘が嫌がっているのならそれでいいだろうが……娘は別にどっちも楽しんでいるように俺には見える」
「見えるだけよ! きっと野蛮だとか思ってるわよ!」
「俺は娘とどうやって遊べばいいか分からなくてだな……毎回プリキュアの怪人役というのも……」
「だったらあなたもプリキュアになればいいじゃない!」
「俺の体格でプリキュアはさすがに無理だろう……」

 意見は平行線をたどっていた。
 どうやら夫は娘にライダーの道を歩ませることを諦めるつもりはないらしい。
 譲る気が無いのなら。それならこちらにも考えがある。
 私はエプロンをほどき、テーブルの下に置いてあった衣装を身に着けた。

「もはや話合いでは溝は埋まらないわね! 私がプリキュアになるのであなたはライダーに成りなさい。拳で決着を付けましょう」
「むう……まさかこんなタイミングでおまえのプリキュアコスを再び見ることになるとはな……」

 テーブルを思い切り手でどけ、夫もまたテーブルの下に隠していたライダーコスを(体格が大きいのでちょっと窮屈そうにしながらも)ゆっくりと身に着けていく。結婚してからの趣味なのでニチアサ慣れをそこまでしていない夫のコス速度はやはり遅く、私は勝利を確信していた。

「えっとこれどこだ腕」
「そこよ!」
「おお通った。よし、ならば仕方あるまい……決着をつけるとしよう」

 戦場に不穏なBGMが流れ出した。私があらかじめスマホに入れてあった戦闘BGMを鳴らしたのだ。
 ここまで来たら戦いが始まるのはもはや避けられないことだった……互いが互いの瞳をしっかりと見据え、今にも動き出そうとした、その時であった。
 ふすまががらりと開けられ、娘が呆れ顔で私たちに語りかけたのである。

「あのさ。子供みたいにケンカするのはいいけど……あの子、今は剣と魔法のファンタジーに一番嵌ってるみたいだよ」
「え」
「え」


「りんりん、そーど!」

 ――家事調停が行われていたダイニングとは別の部屋で、二つ結びの童女が新聞紙を剣に見立てて遊んでいる。
 その童女はお父さんもお母さんも大好きで。
 お父さんが見せてくれるヒーローも、お母さんが見せてくれるヒロインも、どちらも大好きで。
 だけどだからこそ、どちらも選ばなかった。
 どちらにも偏らないような、自分だけの「勇気ある者」の像を、無意識的に求めていた。
 故にこれまた大好きなお姉ちゃんがひそかに見せてくれた、ファンタジックな勇者の真似をしている。

「ううむ…さすが俺たちの娘…」
「英才教育なんてしなくても、自分だけの道をもう見つけているというのね…!」

 部外者たちはもはや、それをふすまの陰から覗くしかない。
 三つ並んだ顔を複雑な表情にしながら除く父と母。若干面白そうな顔で軽く言葉を吐く姉。

「そうだなぁ、じゃあ今度のヒーローショーにはライがついてきてくれな。そろそろ女性ライダーも出てくると俺は睨んでいるからな」
「待ちなさい。それこそライちゃんにプリキュアになってもらうのがいいんじゃないの! もともとコンビでデビューの予定よ!」
「デビューってどこによ。前にも言ったけど、あたしは学問で世界を救うのでパスでございます」
「ええ~」
「うーん……ライは俺たちより賢いからなあ……」
「ま、親のココロ子知らずっていうしさ。父さんも母さんもあんまり干渉しないで、自由に育てたらいいんじゃない。
 私は父さんも母さんもそこそこ尊敬してるし、きっと普通にしてれば、すずめちゃんはいい子に育つと思うよ」
「ライちゃん……」
「お前がそういうなら、そうすることにするか……」



「ま、逆に言えば――子のココロ親知らず、ともいえるけどね。
 ……誰だって、誰にどうしてほしいと思ったって。
 他人が本当は何をどう思って、何になろうとするだなんて、そんなこと、決めれないんじゃない」

 そのとき――姉が最後に少しうつむきがちに言った言葉は、だれにも聞こえないくらいに小さかった。
 そして、童女が元気いっぱいに放ったキメ技の掛け声に、かき消されたのだった。

「りんりん、すらーしゅ!」

「りんりん、ぶれーいく!」

「……えへへ!」

 そんな、ちょっとした日常のこぼれ話。
 そしてきっと間違いなくここから始まった、原点のお話。

#external-08 終



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最終更新:2019年05月01日 16:15
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