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へっぽこ冒険者と虚無の魔法使い 第4話 - (2007/09/12 (水) 02:44:29) の1つ前との変更点
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第四話「土くれ・フーケ発見!」
「だから、それは動詞じゃなくて形容詞だってば」
「むぅ……」
姦し三人娘が買物を終え、イリーナが帰る途中で手ごろな岩を持ち帰ろうとして馬にストライキを起こされていた頃、ヒースはまだギーシュとのお勉強を続けていた。
「あーつまりだ、ここの形容詞がこの部分にかかってると」
「そうそう、凄いじゃないか。まだ文字を学び始めて六日しか経っていないのに、もうそこまで理解するなんて」
「はっはっは、それはこの俺様が天才だからだ。褒め称えろ」
矢鱈と偉そうなヒースを凄い凄いと、ぱちぱち拍手して褒めるギーシュ。
妙に仲が良い二人であった。
朝からぶっ続けていたためか、ギーシュが今日はここまでと宣言すると部屋の外へ出て行く。
先日フラれた金髪の少女、モンモランシーのところへ出向くらしい。
仲直りしようとかなり必死のようだった。
そんなギーシュを見送るとヒースは一通の手紙をしたため“アポート”を使い、小箱を呼び寄せる。
蓋を開けると羊皮紙が折りたたまれて入っており、それを取り出すと羊皮紙の端をナイフで切り、代わりに先ほど書いた手紙を入れた。
小箱を適当にベッドの上に放ると、椅子に座って取り出した手紙を読み始める。
「流石に三日やそこらじゃ進展はなしか」
要約すると、現在調査中という内容だった。末尾にハーフェンという名が記されている。
ベッドに目をやると、小箱はすでに持続時間が切れもとの場所へと戻ったようだった。
あの決闘の後、ヒースは精神力不足により初日に試せなかった“アボート”による物品の召喚を試みた。
正直なところ成功するかどうかヒースは不安だったが、それは杞憂に終わり、召喚に成功した。
そうして、自らが敬愛するハーフェン師が気付くことをファリスに祈りつつ、現状を記した手紙をしたため、召喚した小箱へと入れたのだった。
結論から言えば、その手紙はあっさりと発見された。
二人が突然消えたことをマウナとエキューに説明されるとハーフェン師は、ヒースが生きているのならそのように連絡を取ってくると推測。
魔術師ギルド内にあるヒースの自室を探り、手紙が入った小箱を発見した。
そして互いに情報交換をしたヒースとハーフェン師は、元に戻る方法を探りつつ、定期的に情報をやりとりすることとなった。
ただ、理論上は戻る方法はすでに判明している。
異世界をも見ることが可能な非常に強力な遠見の水晶球と、“ゲート”の魔法。
この二つを用いればフォーセリアとハルケギニアを行き来することは不可能ではない。
しかし、そのどちらも使えないのが現状だ。
それほどまでに強力な遠見の水晶球は、危険なアイテムが大量に封印されている『禁忌の間』においてすら存在していない。
“ゲート”に至っては520年前、魔法王国カストゥールの崩壊と共に失われたとされている。
難儀なことだ。ヒースはつくづくそう思った。
ハルケギニアが異世界だと言うことと、このアレクラストとのやり取りをヒースはイリーナに話していない。
無用な心配をかけたくなかったのだ。
そもそも話したところでどうにかなるものでもないが。
本当に難儀なことだ。そう呟き、ヒースは深いため息を吐いた。
「でぇぇぇぇぇい!」
夜、トリステイン魔法学院の中庭にイリーナの声が響く。
常人では捕らえきれない速度で振るわれた剣が、青銅の女戦士に当たる寸前でぴたりと止まった。
「36回目、と」
「くっ、ワルキューレ!」
キュルケが呟く。ギーシュはそれが聞こえたのか聞こえなかったのか、ワルキューレへ指示を下す。
そんな様子をヒースは“ライト”が掛かった杖を片手に腕を組んで眺めており、その隣でタバサが地面に腰を下ろし、“ライト”の光りを頼りに本を読んでいる。
その面々から少し離れた場所でルイズが延々と何度も魔法を唱え、辺りに爆発を轟かせていた。
事の経緯はこうだ。
剣を買ってもらったイリーナが久しぶりの素振りをするため中庭へ行こうとすると、偶然ギーシュと遭遇し、そのことを聞いたギーシュが、あの決闘の翌日からこっそりしていた特訓の相手になってくれた頼んだ。
イリーナがそれを快諾し二人で訓練していると、その様子を見に来たルイズとヒースが合流。
そうしていると、散歩をしていたキュルケとそれに付き合わされたタバサが訓練の音を聞きつけ集まった。
見ているだけでは暇だったのかルイズが魔法の練習をしだし、今に至る。
「ふぅ……君は強いな、イリーナ。それほどの力があれば竜だって剣で倒せそうだよ」
勢い余ってイリーナに最後のワルキューレを倒され、一先ず休憩となったギーシュは口を開く。
イリーナは暴れたり無いのか、素振りを続ける。
「ドラゴンはまだですけど、ワイバーンなら前、倒したことありますよ。
それにしてもこの使い魔のルーン……でしたっけ? 凄いですね。実際の動きと感覚がここまでずれるなんて初めてです」
ひゅごっ! という音を巻き起こしながら、イリーナが素振りを繰り返す。
もっと丁寧に扱ってくれと、デルフリンガーがぼやくが聞き入られることは無い。
ちなみにあの無駄にでかい鉄塊は使われたら訓練にならないと、ギーシュが懇願してやめさせた。
「ワイバーンを倒した……ねぇ。ここに来る前だから、その使い魔のルーンなしってことよね? どこまで無茶苦茶よ」
キュルケは地面に突き立っている大剣を見つめた。
聞くところによると以前使っていたのはあれより二回りほど小さいらしいが、それでも普通は振り回すどころか持つことさえ困難だ。
確かに、それだけの腕力に後は技量が伴えば不可能では無いだろう。
「僕としてはルーンのほうが無茶苦茶だと思うけどね。人間を使い魔にした場合は皆そうなるんだろうか? まぁ彼女も十分無茶苦茶だけど」
素手、つまりイリーナ自身の純然たる実力で倒されたギーシュは、そう零した。
「うむ、何せイリーナはファリスの猛女だからな。3メイルほどのアイアンゴーレムとも援護があるとは言え一人で渡り合っていたぞ」
はっはっは、とヒースが笑う。彼があちこちで吹聴するイリーナの逸話は学院中に広がっていた。
曰く、戦車の突撃を受け止めた。曰く、熊を一撃で開きにした。曰く、ワイバーンを一撃で切り倒した。曰く、離れたところにいるメイジに巨大な棍棒を投げつけ倒した。
ヒースが流したこの噂で、イリーナがメイジ殺しだという認識が生徒たちの間で確立されてしまったと言っても過言ではない。
多少の誇張や脚色が混じっているが、大体事実なのが恐ろしい。
「しかし……飽きないね、彼女も」
ギーシュは延々と爆発を起こすルイズを見やる。ファイヤーボールの魔法を唱えてるが、発生するのは爆発な上、爆発場所がばらばらだ。
正直近所迷惑なんじゃないかとヒースは思った。
「あの爆発を狙った場所に正確に起こせるようになれば非常に使えるからな。人間程度ならば一撃だろう」
うむ、とヒースが仰々しく頷くと、ルイズの詠唱がぴたっと止まった。
あれ? と首を傾げるヒース。狩人としての第六感が、その身の危険を告げる。
「……ええ、そうね。人間なら当たれば一撃でしょうね。だから、ちょっと実験に付き合ってくれないかしら?」
「ヒース兄さん、流石に今のはちょっとフォローできません……」
ルイズが杖を振り上げ、イリーナがそれを沈痛な面持ちで見つめる。
「はっはっは、ちょっと待て、さっきのは俺様なりの褒め言葉でだな」
「問答無用ーーー!!」
杖が振り下ろされ、ヒースが慌ててしゃがみこむ。すると少々離れた場所に建っている建物の壁が爆発した。
恐ろしく丈夫なはずの壁に罅が入る。
それを見てキュルケは笑い転げ、ヒースは命の危機が去ったと感じたが、すぐにまた悪寒が走った。
「昔の人はこういったわ。下手な魔法も数打てば当たる、って。一体何回目に当たるのかしらね?」
ルイズは凄惨な笑みを浮かべる。そろそろイリーナが止めようかと考えていると、ヒースがなにやら口をぱくぱくさせながらルイズの背後を指差す。
「ルイズー! うしろ! うしろ!」
「はぁ? そんな古典的な方法にひっかかるわけ……」
しかし背後に巨大な気配を感じ振り向くと、そこには30メイルに届こうかという巨大な土ゴーレムが肩に黒いローブを着た人物を乗せ歩いていた。
ルイズはあんぐりと口を開く。
キュルケ、タバサ、ギーシュはすでに逃げ出しており、イリーナは鉄塊片手に突撃しようとしているのをヒースに止められていた。
「ちょ、何でこんなゴーレムがいきなりぃいいいいいいいいい!」
目前まで迫り、ルイズは危うく踏み潰されそうになったが、横っ飛びで避ける。
一瞬前までいた地面に巨大な足でめり込んだ。
「わ、我ながら完璧なタイミングね。お金取れそうなぐらいスリリングだったわ」
ルイズが激しい動悸に肩で息をしていると、土ゴーレムがその巨大な拳を振り上げた。
土ゴーレムの肩に乗っている黒いローブの人物……土くれのフーケは感謝していた。
自らの得意とする錬金が通じず、何とか聞き出した弱点である物理衝撃ですら破壊出来ないと考え諦めかけていた矢先、よく分からない爆発魔法で壁に罅を入れてくれたあの桃色の髪の少女に。
おかげで土ゴーレムを用い、こうして宝物庫の壁を破壊することに成功したのだから。
素早く土ゴーレムの腕を伝い渡り、フーケは宝物庫の中に入り込む。
所狭しと存在する様々な宝物に後ろ髪が引かれるが、それを振り切り奥へと進む。
魅力的だが欲しいものはただ一つ。
そうして様々な壷が置かれた一画で、目的のものを発見した。
どこにでもありそうな鉄製の壷で、蓋にしっかりとした封がされている。
フーケは微笑み、その壷を手に取ると杖を振るい、急いでその場を立ち去る。
『悪魔の壷、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
壁にそう文字が刻まれていた。
巨大な土ゴーレムが肩に黒いローブのメイジと思しき人物を乗せ、魔法学院の城壁をひょいっと乗り越え去って行く。
タバサが口笛を吹くと彼女の使い魔である風竜、シルフィードがどこからか現れその背に跨ると、その土ゴーレムを追う。
「くっ、流石にあれでは追えません……ですけど、あの黒いローブを着た人は何をしてたんでしょうか?」
その様子を悔しげに見ていたイリーナが、壁に空いた大穴を見やり、首を傾げる。
「確かあそこは宝物庫だったから、大方泥棒だろう。あそこまで派手にやらかすともう強盗だとは思うが」
「そういえばあの黒ローブのメイジ、出てくるときに何か壷みたいなものを持ってたわね」
それを聞いたイリーナが突然膝を付くと、両手を握り、祈りの形を作った。
「ああ、ファリス様。我が身の未熟さゆえに至らず、目の前で盗みを許したことをお許しください……」
「いや、あれは流石にどうしようもないんじゃ」
ギーシュが懺悔するイリーナに呆れていると、シルフィードに跨ったタバサが戻ってくるのが視界の端に止まった。
翌朝、トリステイン魔法学院は火事と地震とついでに台風が同時に起こったかのような騒ぎが昨夜から続いていた。
宝物庫に学院の教師たちが集まり、責任の擦り付け合いをする様子を、ルイズたちは眺めていた。
情けない。ルイズが抱いた感情はそれだけだった。
普段風は最強だとか偉そうにしている教師、ギトーが昨夜の当直だったシュヴルーズを非難している。
するとそこに現れたオールド・オスマンが誰も当直まともにしたことないだろう、とギトーを嗜める。
これがトリステイン魔法学院の教師たちだと思うと、ルイズは情けない気持ちで一杯になると同時に、責任は自らも含め皆にあると宣言するオールド・オスマンに尊敬の念を抱いた。シュヴルーズのお尻を撫でていたが。
「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」
「この四人です」
目撃者を訪ねたオールド・オスマンに、コルベールがさっと進み出て、後ろに控えていたルイズたちを指差した。
イリーナは使い魔であり、ヒースは平民なので数には入っていない。
「ふむ……君たちか」
オールド・オスマンは興味深そうにイリーナをみたのち、視線をヒースへと向けた。
ヒースはじろじろと見られる理由が分からず、居心地が悪そうに身体をもぞもぞとさせる。
「詳しく説明したまえ」
代表してルイズが進み出て、昨夜見たことをそのままに話した。
「あの、大きなゴーレムが突然現れて、宝物庫の壁を壊したんです。
肩に乗っていた黒いローブのメイジが宝物庫から何か壷のようなものを、多分『悪魔の壷』だと思いますけど……。
盗み出した後、またゴーレムの肩に乗って城壁を越えて歩き出して……その後をタバサが風竜で追いましたが、途中で崩れて土になったそうです」
「それで?」
オールド・オスマンはタバサに視線を向け、発言を促した。
「崩れたゴーレムの周囲を探った、けれど誰も居なかった」
「ふむ……」
タバサが簡潔に告げると、オールド・オスマンは豊かな髭を撫でる。
「後を追おうにも、手掛かりナシ、というわけか……」
暫しどうするかオールド・オスマンが悩んでいると、ロングビルの姿見えないことにふと気付き、コルベールに尋ねた。
「ときに、この非常時にミス・ロングビルはどうしたね?」
「それが……今朝から姿が見えないようで。どこへ行ったのでしょう」
噂をすれば影。そうして話しているとミス・ロングビルが息を切らせて現れた。
「どこへ行っていたのですか! ミス・ロングビル! 大事件ですぞ!」
「まぁまぁ、落ち着くんじゃミスタ・コルベール。で、何をしておったんじゃ?」
興奮するコルベールをオールド・オスマンは宥め、ロングビルに尋ねる。
ロングビルは息を整えると、落ち着き払った態度で口を開いた。
「申し訳ありません。朝から、急いで調査しておりましたの」
「ふむ、調査とな?」
「そうですわ。今朝方、起きたら蜂の巣を突付いたかのような大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。
中に入るとすぐにフーケのサインを見つけましたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査を致しました」
「仕事が早いの、ミス・ロングビル。それで、結果は?」
満足げにオールド・オスマンは頷き、ロングビルに発言を促す。
「はい。フーケの居所が判明しました」
「「「な、なんだってー!?」」」
数名の教師から、素っ頓狂な声があがる。
「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル」
「はい。近隣の農民に聞き込んだところ、学院から大よそ馬で四時間ほどの森の中の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。
恐らく、その男はフーケで、廃屋がフーケの隠れ家のひとつでは無いかと」
ヒースの眉がぴくりと跳ね上がる。それにルイズは気付かず叫んだ。
「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」
ふむ、とオールド・オスマンは思案し、ロングビルを射るような鋭い視線で見つめる。
「すぐに王宮に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
コルベールがそう叫ぶと、オールド・オスマンはため息を吐き告げた。
「アホか、王室になんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ。そもそもこの事態は魔法学院の問題。
身に降りかかる火の粉一つ払えぬようで、何が貴族じゃ。我らだけでこの事件は解決する」
ロングビルが微笑む。オールド・オスマンは一度咳払いをし、集まった教師たちを見回すと有志を募る。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、手にした杖を掲げよ。…………誰もおらんのか? どうした! フーケを捕まえ、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」
オールド・オスマンが困ったかのように顔を見合わせる教師たちを一喝する。
すると俯いていたルイズが杖を掲げ、それをみたイリーナが満足げに頷き、ヒースがやれやれと肩をすくめた。
「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです! あなたは生徒じゃありませんか! ここは教師にまかせて……」
「誰も掲げないじゃないですか」
シュヴルーズの言葉に、ルイズはきつく唇を結んで言い放った。教師たちを睨みつけるも、皆一様に顔を背ける。
すると杖を掲げるルイズを見て、キュルケは仕方が無いとばかりに杖を掲げた。
「ミス・ツェルプストー! 君も生徒じゃないか!」
驚いて声を上げるコルベールにキュルケは当然とばかりに言った。
「だって、ヴァリエールには負けられませんわ」
キュルケが杖を掲げたのを見ると、タバサも自らの身長よりも長い杖を掲げた。
「タバサ、あんたは別にいいのよ。関係ないんだから」
「心配」
タバサが簡潔に答えた。キュルケは大層感動したのか、目じりに涙を滲ませてタバサをギュッと抱きしめる。
ルイズも口をもごもごとさせ、ありがとうと、小さくお礼の言葉を呟いた。
「やれやれ……これで掲げなかったらまるで僕が臆病者みたいじゃないか」
最後に、ギーシュが杖である薔薇の造花を掲げた。
「ギーシュ! なんであんたが」
「レディたちだけを戦わせて自分は戦わないなんて、僕の信条に反するからさ。それに、ルイズ。君が行けば使い魔のイリーナも一緒に行く。
すると保護者のヒースも一緒に行く。友人だけを危険に晒すほど、僕は落ちぶれたつもりは無いよ」
ヒースは照れているのか、背中を向けて尻をぼりぼりと掻く。
そんな一同を見て、オールド・オスマンは笑みを浮かべる。
「そうか。では諸君らに頼むとしようか」
「オールド・オスマン! 私は反対です! 生徒たちをそんな危険に晒すわけには!」
「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ。何ならミスタ・ギトー、君でも構わないが」
「い、いえ……私は、体調が優れませんので……」
「わ、私も少々体調が……」
シュヴルーズとギトーがわざとらしく咳をする。
「彼女たちは敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」
当のタバサは、驚いた顔をした教師たちの視線を集めているというのに、相変わらず感情が読めない顔でぼけっと突っ立っている。
始めて聞く言葉に、イリーナはルイズを突っついて小声で話しかけた。
「ルイズ、シュヴァリエって何ですか?」
「最下級の爵位のことよ。ただし実績が無いと貰えない、実力者の証みたいなもの。あの子みたいな年齢でそれが与えられるなんて、普通無いわ」
友人であるキュルケも驚いているようだった。宝物庫の中にざわめきが広がる。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を多く輩出した家系で。彼女自身の炎の魔法も、かなり強力だと聞いているが?」
オールド・オスマンがそう口にすると、キュルケは得意げに髪をかきあげた。
ついでオールド・オスマンはギーシュに視線を移す。
「ミスタ・グラモンは、かのグラモン元帥の四男坊で。あー彼が作り出す青銅のゴーレムは、中々強いと聞いとる」
ギーシュが薔薇を口に銜え、ポーズを取る。それを見る目は実に白い。
そして最後に、可愛らしく胸を張るルイズにオールド・オスマンは視線を移した。
少々思案し、どうにか褒めようと懸命に頭をひねる。
「その……、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の生まれで、あの烈風カリンの息女じゃ。
その、うむ、なんだ、将来有望なメイジで彼女が起こす爆発の威力はかなりのものと聞いておるが? しかもその使い魔は!」
褒め言葉になってない。必死に頭を捻ったであろうオールド・オスマンを見つめ、ルイズは少しだけ泣きたくなった。
そんなオールド・オスマンの視線はイリーナに向いている。
「平民でありながらそこのミスタ・グラモンと決闘して勝ったという噂だが。それと……うむ、相当な怪力の持ち主だと見受けられる」
一同の目が、イリーナが背負う無駄にでかい大剣に集まる。
オールド・オスマンは思った。
彼女が本当に、本当にあの伝説のガンダールヴなら土くれのフーケ程度に遅れを取ることはあるまい。
というよりあの鉄塊を使いこなせるのなら30メイルはある土ゴーレムとて普通に破壊出来そうだ。
するとコルベールが興奮した様子で口を開く。
「そうですぞ! 何しろ彼女はガンダー……」
オールド・オスマンが慌ててコルベールの口を押える。
「むぐ! はぁ! いえ、なんでもありません! はい!」
教師たちはこの二人何してんだろうと思いつつも、黙ってしまった。
オールド・オスマンは咳払いをし、威厳ある声で言った。
「この四人に勝てるというものがいるのなら、前に一歩出たまえ」
足が踏み出される音がすることはなかった。
オールド・オスマンはルイズたち六人に向き直ると杖を掲げた。
「トリステイン魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
「杖にかけて!」
ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの四人は真顔になり直立するとそう唱和した。
それから女性たちはスカートの端をつまみ、ギーシュは右腕を体の前で曲げ、恭しく礼をする。
それを見たイリーナは慌てて真似をし、スカートの端をつまみ礼をする。鎖帷子がじゃらりと音を立てる。
ちなみに、ヒースは鼻くそをほじっており、イリーナに足を思いっきり踏まれて悶絶していた。
「では、馬車を用立てよう。魔法は目的地に着くまで温存し、それで向かうのじゃ。ミス・ロングビル! 彼女たちを手伝ってやってくれ」
ロングビルは深々と頭を下げる。
「元よりそのつもりですわ」
深く下げられ、オールド・オスマンから見えないその顔は、笑みで歪んでいた。
二頭引きの馬車が、ヒースの御者とロングビル道案内で進む。
襲われた場合、素早く飛び出せるよう屋根なし幌なしの荷車のような馬車の御者席で、面倒くさそうな顔をしたヒースが黙々と手綱を握っていた。
暫く上空を飛ぶシルフィードを眺めていたが、飽きたのかキュルケはロングビルに話し掛ける。
「ミス・ロングビル。そういえば貴女はどういう経緯でオールド・オスマンの秘書になったの?」
「経緯ですか? ……そうですね、貴族の名をなくし街の居酒屋で給仕をしていたところ、お客様として来たオスマン氏に誘われまして」
いきなりお尻を撫でてきたのですよ、と微笑みつつロングビルが答えた。
隣で聞いていたキュルケがきょとんとした。
「貴族の名をなくした? ……差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
ロングビルは微笑を浮かべるが、その顔にははっきりとした拒絶が浮かんでいた。
「いいじゃないの。教えてくださいな」
キュルケは興味津々な顔で、ロングビルににじり寄った。
ルイズがそれを止めるため手を出そうとすると、イリーナが先んじてキュルケの肩を掴む。
本人は軽く掴んでいるつもりなのだろうが、かなりの力が入っており、キュルケは顔を顰める。
「駄目ですよ、キュルケさん。人が嫌がることを無理に聞いてはいけません」
「何よ、暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃないの」
キュルケは掴まれた肩をさすると、ぶすくれて荷台の柵に寄りかかる。
「あんたの国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを、無理矢理聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべきことなのよ。
やっぱりゲルマニアは所詮成り上がりね」
ルイズがそういうと、売り言葉に買い言葉でキュルケが反発し、口喧嘩が始まった。
その様子をギーシュは苦笑しながら眺め、イリーナはおろおろと喧嘩を仲裁し、タバサは気にせず本を読んでいる。
そんな中黙々と手綱を握っていたヒースが、顔を動かさずにロングビルに質問した。
「あー、ミス・ロングビル。元貴族ってことはあんたもメイジなんだろ? 系統と足せる数を聞いてもいいか?」
「土のラインです。その、異なる系統の場合ならば兎も角、同じ系統の場合は力量差が明白に出ますので土のトライアングルと推測されるフーケ相手には、あまりお役に立てないとは思いますが……」
笑顔で答えるロングビルにそうかい、と返事をするとヒースはまた黙々と手綱をとり始めた。
深い森に入り、徒歩での移動を始めた一行は小道を進むと開けた場所へと出た。
中々広いその場所の真ん中にぽつんと小さな廃屋が建っている。
「わたくしが聞いた情報によれば、あの中にいるという話です」
茂みに隠れ相談をした一行は、タバサ主導の下、作戦を立てた。
簡単に言えば偵察兼囮役が小屋にいるフーケをおびき出して、フーケが出てきたところを集中攻撃で沈める。ただそれだけだ。
そしてその栄えある偵察兼囮役にはイリーナが抜擢された。
すばしっこく、近接戦闘にも長けたイリーナが最適だという満場一致の議決だ。鎧の音がするけど。
イリーナはドラゴン殺しを抜くと、軽くなった身体で小屋へ近づく。
堂々と窓から中を覗き見る様子にヒースは頭を抱えるが、フーケがいなかったのかイリーナは腕を交差させ誰もいなかったときのサインを出した。
隠れていた一行は恐る恐る近づき、タバサがドアに向け杖を一振りすると罠は無いと呟き、中へと入っていった。
キュルケにイリーナ、ルイズが続いて中に入り、ギーシュは見張りをしていると言って外に残る。
そして辺りの偵察をしてくるというロングビルをヒースは呼び止めた。
「あの、何か?」
「いやな、小屋の中にフーケがいないのならその辺りにいるかもしれないんダ。危ないかもしれないかラ、このお守りを預けよウ。
俺様が幼少のころから愛用しているお守りだ、効果はバツグンだゾ」
ヒースが怪しい発音で懐から取り出したファリスの聖印をロングビルに手渡す。苦笑しつつもロングビルはそれを受け取り、森の中へ消えていった。
「おや、ヒース。君はミス・ロングビルみたいなのが好みなのかい?」
その様子を見ていたギーシュがおどけた調子でヒースをからかう。しかしヒースはあくまで真面目な顔で呟いた。
「いや、単なる保険だ。杞憂に終わればそれでいいんだがな……」
そういうと小屋の中へ入っていく。
ギーシュは一人首を傾げた。
「あっけないわね!」
ヒースが小屋に入ると、キュルケがそう叫んだ。
タバサが鉄製の壷を両手に抱えている。イリーナとルイズもどこか拍子抜けした顔だ。
「なんだなんだ。もう目的の『悪魔の壷』とやらが見つかったのか? フーケとかいう盗賊も随分まぬ……おい、なんでそれがこんなところに」
『悪魔の壷』を見たヒースが目を見開く。その顔は驚愕に染まっていた。
「どうしたんですか、ヒース兄さん。あの壷に見覚えでも?」
イリーナがきょとんとした顔でヒースを見つめる。
「見覚えも何もお前、そいつは……」
「うわあああああああああああああああ!」
突如として、外で見張りをしていたギーシュの悲鳴が響いた。
一斉にドアのほうに向くと、測ったかのようなタイミングで小屋の屋根が良い音を立てて吹き飛ぶ。
吹きさらしになったため、良く見えるようになった青空に巨大なゴーレムの姿があった。
「ゴーレム!」
キュルケが叫ぶと、タバサが素早く反応し呪文を唱えた。
巨大な竜巻が巻き起こり、ゴーレムにぶつかるがゴーレムは小揺るぎもしない。
ついでルイズ、キュルケが杖を取り出し魔法を打ち込むがルイズの爆発は表面に小さな穴を穿ったのみに留まり、キュルケの炎はゴーレムを包んだが全く効果をなさない。
「無理よこんなの!」
キュルケがまたも叫ぶ。ギーシュがワルキューレを三体作り出し突撃させたが、文字通り一蹴されている。
「退却」
タバサがそう呟く。
上空から降りてきたシルフィードのところへキュルケとタバサ、ギーシュは一目散に逃げ出した。
ヒースは“フライト”の魔法を使いふわりと空に舞い上がる。
その際何度もゴーレムに魔法を使っていたルイズを抱え上げるのを忘れない。
「ちょっと! 放しなさい! どこ触ってるのよ!」
「アホ、あんなもんと真正面から戦おうとするな。空からのが安全だろーが。真正面から戦うのはイリーナに任せとけ、踏み潰されるぞ」
暴れていたルイズはその正論にうぐっ、と黙った。
暴れるのをやめ、ヒースの手でシルフィードまで大人しく運ばれる。
その様子を見届けたイリーナは、ドラゴン殺しを構え一度息を深く吸い込むと叫んだ。
「イリーナ・フォウリー! 突貫します!!」
拳を振り上げたゴーレムへイリーナは突撃し、振り下ろされた拳へ鉄塊を正面から叩きつける。
グワラゴワラガキーン!
「はへ?」
衝突の寸前、鋼鉄へと変じたゴーレムの腕を半ばまで切り裂いた鉄塊が、無茶苦茶な音を立て半ばから折れる。
イリーナは何が起こったのかわからない、という顔でそれを見つめた。
「あ………………アホかあああああああああああああああああああああああああああ!」
ヒースが叫ぶ。シルフィードの背に跨る四人もいろんな意味で信じられないものを見た顔をしていた。
「ゴーレムの質量と鋼鉄同士が正面衝突した場合の衝撃を考えろ! 昨日壁を壊すとき拳が鉄に変わったの見てなかったのかお前は!!」
「そ、そんなこと言われたってええええええええええええ! いけると思ったのにぃいいいいいいいいいい!」
半泣きになりながらイリーナは折れたドラゴン殺しを投げ捨て、デルフリンガーを抜く。
「おお!ついに俺の出番か! ……出番無くていいから鞘に収めておいて! お願いだから! もう世の中飽き飽きしてたのって嘘だから!」
折れてゴーレムの腕にめり込んでいる自分より遥かに大きく分厚く重い鉄塊を見て、デルフリンガーは金具を盛大にカタカタさせて叫ぶ。
「大丈夫です! 同じ轍はあんまり二度踏みません!」
「それ時々踏むってことじゃねーか!」
戦いは始まったばかりだった。
フーケは歯噛みする。予定が狂った。
彼女は自分の魔法に絶対的な自信を持っている。
別に最強だとか考えているわけではない。
ただ学院で平和に過ごしているような連中ならば、教師が数人相手でも負けないだけの自信があった。
だが今、自分が作り出した土ゴーレムと真正面から戦っている少女はなんだ?
最初にあの冗談のように大きな剣を物の見事に叩き折ったときは、思わず笑い転げるのを我慢した。
しかし、もう一本の錆びた長剣に持ち替えてから、動きが変わった。
何も先ほどより早くなったわけじゃない。
戦い方が真正面からぶつかりあう形から、動きでこちらを翻弄し的確に足を切り裂いて来るよう変化しただけだ。
その動きが、兎に角早い。鈍重なゴーレムの拳では、偶然でも起きない限りとてもじゃないが当てられるとは思えなかった。
そして事実、まったくといっていいほど掠りもしない。
当たれば倒せるのだ。どんな人間であれ、30メイルものゴーレムの拳が直撃すれば死は免れない。だが、当たらない。
ゴーレムが切り裂かれるたび再生させてはいるが、それにも限界がある。
フーケは『悪魔の壷』を諦めることも、視野に入れ始めていた。
ヒースはそんな妹分の戦いを見て、放って置いても大丈夫だと判断した。
あのゴーレムの再生力の限界がどれほどか知らないが、即席で作り上げ動かしているのだからいずれは限界が来る。
それがいつだかは分からないが、それほど長くは無いだろうから、イリーナはそのうち倒すだろう。
だが戦いに絶対は無い。鈍重とはいえその力は恐ろしく、直撃を食らえば頑丈なイリーナも一撃でぺしゃんこになる。
ゆえに、危険を少しでもさっさと減らすために彼は動いた。
「さて、ゴーレムはイリーナに任せておくとしてだ。フーケはどの辺りにいると思う?」
イリーナの戦いぶりを唖然としてみていた四人に、ヒースは尋ねた。
「へ? ……そうだね、いくらトライアングルクラスといえど、それほど遠くから魔法を使えるわけじゃない。
大雑把ではあるけど指示を出す必要もあるし、近くにいるはずなんだけど……」
土系統のギーシュがその質問に答えた。
彼も規模は遥かに劣るとはいえ同じゴーレムを扱うため、その辺りのことはこの場で誰よりも詳しい。
「つまりフーケはそこらへんの森の中に隠れてる、ってわけだ。それでまた質問だが、ミス・ロングビルはこの大騒ぎの中、どこにいるんだろうな?」
ヒースが肩を竦める。流石にそのような言われ方をすれば、ルイズたちもヒースが何を言いたいのか気付いた。
「ちょっと、あんたまさかミス・ロングビルを疑ってるの? 彼女はオールド・オスマンの秘書よ! 卑しい盗賊なわけ……」
「おかしいと思わなかったか?彼女は朝方事件に気付いたと言ってたのに、昼前には馬で四時間は掛かるこの場所に、フーケが潜伏してるって情報を仕入れてきた。いくらなんでも早すぎる。しかも情報源は農民だ。こんな森の中に農民が何の用がある?
フーケが盗みを働いた時間とここまで来る時間を考えれば、農民は日の出前に黒いローブ姿のフーケを森の中で目撃して男だって判断したのか?」
一息でヒースが告げる。普段ふざけている、彼らしからぬ真面目な顔だった。
ルイズたちは絶句していた。
言われてみれば確かに不自然な点が多い、そして盗んだものを放置してるのも考えてみればおかしかった。
「で、でも! その農民がフーケの仲間っていう可能性もあるじゃない! ほら、情報ばら撒いて混乱させるとか!」
その言葉をヒースは、かもな、と肯定した。
あれほどロングビルをフーケと決め付けているかのようなことを言っておきながら、随分とあっさりとした態度だった。
そしてヒースはぶつぶつと何度聞いても聞き慣れない、上位古代語の呪文を唱える。
「だったらもし、ミス・ロングビルがフーケじゃなかった場合、どうするの?」
キュルケが最もな疑問を一同を代表して聞いた。それに対してヒースは肩を竦める。
「そんときゃごめんなさい、って謝ればいいさ。あの辺りだ、さっきの竜巻の魔法で葉っぱ散らしてくれ」
タバサが頷き、ヒースが指差した辺りに竜巻を巻き起こし葉っぱを散らしてゆく。
二、三度そうすると、ロングビルを発見した。上空を飛ぶ五人と一匹を一瞬呆けた顔で見上げた後、背中を見せ走って逃げた。
「ほら、当たりだったろ? 俺様の素晴らしい推測を褒め称えろ! はっはっはっはっは」
自慢げに笑うヒースを無視し、四人は逃げた土くれのフーケの後を追った。
何故ばれた。
フーケは心の底からそう思っていた。
ミス・ロングビル……自分がフーケだと気付かれたのは良い。
今考えればオールド・オスマンに告げたフーケの偽目撃証言は少々無茶だ。
もし、その場で追求されていたら、割と困ったことになっていただろう。
だが特に追求されることも無く通った。
そのことをひそかにほくそえんでいたが、あれは秘宝強奪という事態に冷静さを失っていたからこそ、学院に通じた。
だから冷静なものが少し考えれば不自然さに気付き、ミス・ロングビル=フーケの可能性に辿り着く。それはいい。
だが何故場所まで気付かれた?
ゴーレムを操作するために近くにいると推測は可能だろうが、森は広い。隠れるところなんて山ほどある。
しかし明らかにこの辺り、と隠れている場所がバレていた。
隠れていたことが当然と言わんばかりのあの尊大な男の顔と、本当にいたと言いたげな風竜に乗った四人を見れば嫌でも分かる。
何故こんなことに。それもこれも全てあの使い方が分からない壷が悪い。
そうでなければ使い方を知るためにわざわざこんな突発的な計画を……。
「くっ! ああもう! 鬱陶しい! 自然破壊ばっかりして!」
上空からファイヤーボールが飛んでくるのを樹木を盾に防ぐ。
本来メイジは空にいてもあまり役に立たない。
フライを使っている最中は他の魔法が使えないからだ。
ただ騎獣すると話しは変わる。
飛行を騎獣に任せるため、当然のように攻撃に防御に、魔法を使うことが出来る。
そのためフーケは先ほどから逃げるたびに竜巻で隠れ場所を散らされ、飛んでくる火球を防ぎ、前触れが無い爆発を回避することを何度も繰り返していた。
途中、眠りの雲も飛んできたが何故か不思議と眠くはならなかった。
魔法を使おうにもその暇が無い。
戦いはすでにフーケの体力が尽きるか、ルイズたちの精神力が尽きるか、持久戦へと移行していた。
と、フーケは思っていた。
がしゃん、と言う金属音が突如としてフーケの進行方向に現れる。
「ちっ、あの坊やのゴーレム!」
例えドットクラスのゴーレムだとしても、多少の体術の心得程度では通用しない。
走ったまま素早く錬金を唱え、青銅の女戦士をただの土くれへと変える。
これが同じ土系統における実力差の証だった。
実力が上のものはゴーレムの性能が高いだけでなく、錬金でゴーレムをあっさり破壊出来るのだから勝負にならない。
この程度なら一度に何体出てきても、上空からの攻撃を避けつつ対処することは可能だ。
フーケの誤算はたった一つ。
異世界の魔法と言う、本来想定するだけ馬鹿馬鹿しいものであった。
「今度は骨のゴーレム?」
見慣れない、骸骨のゴーレムがフーケの前に立ちはだかる。
しかしゴーレムはゴーレムだ、フーケは焦らず錬金をかけた。
しかし土にならない。
「まさかわたしより強力なメイジだっていうの!?」
フーケは焦った。自分はスクウェアに近いトライアングルだという自負がある。
その自分の錬金が通じないと言うことは相手はスクウェアクラスということになる。
だがギーシュ・ド・グラモンはドットであり、先ほど彼の青銅のゴーレムを土くれに変えたばかり。
他の三人は属性が違ったり、そもそも魔法が何故か爆発したりしている。
となると残る一人、あの黙ってればそこそこ美形な三白眼のメイジ。
まさかあの男がスクウェアクラスの土メイジだというのか?
その疑問をゆっくりと考えている暇は、フーケには無かった。
「くっ、いきなり抱きつくのは嫌われるわよ!」
骸骨のゴーレムが飛び掛ってくるのを、ギリギリで飛び退けて避ける。
結果、逃げ続けていた足が止まり。
「……チェックメイト、ってところかしら?」
キュルケが微笑みながらそう言い放つ。
いつの間にか風竜から降り立ったルイズたちが、三体のワルキューレと共にフーケの四方を囲んでいた。
その光景を見て、一瞬動きが固まるフーケ。
「あっ……」
骸骨のゴーレムがフーケを羽交い絞めにする。
「どう? 私の考えた作戦、上手く行ったでしょ。途中でギーシュ降ろして、上空からの魔法で誘い込んで取り囲む!
作戦っていうのは大雑把なほうが意外と成功するものなのよ!」
ルイズが自慢げに胸を張る。
「そういうものなのかい? ヒース」
「知らん」
こうして、土くれのフーケはお縄となった。
「何か急に崩れちゃいましたね。一体どうしたんでしょうか?」
「とりあえずもう少し優しく扱ってくれると、俺っち凄い嬉しいんだけどよ」
戦闘中、突如として土くれに返り、崩れたゴーレムの土に埋もれたまま、イリーナは助けを待っていた。
フーケから杖を取り上げ縄でぐるぐる巻きにし、荷台に転がして魔法学院へ帰る途中。
押し黙っていたフーケが口を開いた。
「ねぇ、なんでわたしがいる場所が的確に分かったの?」
一行は顔を見合わせ、相変わらず手綱を取っているヒースに視線を集める。
それに気付いたのか気付かなかったのか、ヒースは振り返って答えた。
「言ったろ? 効果バツグンのお守りだって」
そう言ってヒースはフーケの懐に入っているファリスの聖印を取り出した。
「あ、“ロケーション”ですか、ヒース兄さん」
「うむ、一手二手先を読み対策を打っておいた俺様を褒めることを許すぞ」
はっはっは、と笑うヒースを拍手で褒めるイリーナ。二人以外はさっぱり意味が分かっていない様子だった。
「そういえば……なんでこんな良く分からないことしたの?」
キュルケが転がっているフーケに質問する。フーケは黙ってたところで意味は無いので喋った。
「盗んだはいいけど、使い方が分からなかったのよ。でも、魔法学院のものなら知っててもおかしくない。
だからゴーレムけし掛けて、命欲しさに悪魔とやらを呼び出してくれるのを期待してたんだけど……普通に負けちゃあね」
フーケが自虐的な笑みを零す。だがまだ疑問が晴れないのか、ルイズがさらに質問した。
「じゃあもし、わたし達が使い方知らなかったらどうしてたの?」
「そのときはぷちっと潰して次の連中を連れてくるまでよ。まぁ捕まった今となっては、どうでもいいことだけど」
それを聞いたルイズは顔を紅潮させ、手をフーケに向け振り上げる。
が、途中でイリーナに止められた。
「駄目ですよ、私刑はいけません、邪悪です。後の処罰は法の裁きで決定させなきゃ駄目です」
そういわれ、ふんっ、とルイズは顔を背ける。
魔法学院はもう目と鼻の先だった。
「ふむ……ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。美人だったもので、何の疑いもせずに秘書に採用してしまってたわ」
フーケを捕らえ、戻ってきた六人に学院長室で報告を受けていたオールド・オスマンはそう言ってほっほっほ、と笑い声をあげる。
「一体どこで採用されたんです?」
「街の居酒屋で給仕してるところを誘ったそうですよ」
コルベールの言葉に、ルイズが返す。
「いや、そのな。お尻を撫でても怒らないので、秘書にならないかと、ついな」
「なんで?」
照れたように告白するオールド・オスマンに、何言ってんだこの爺とばかりにコルベールは冷たい視線を向ける。
「カァーッ!」
突如、オールド・オスマンは目を目を剥いて怒鳴り、老人とは思えない迫力を発する。
とはいえ今更凄まれても威厳もへったくれもなかった。
「おまけに魔法も使えると言うもんでな」
「死んだほうがいいのでは?」
咳払いをし告げたオールド・オスマンに、ぼそりとコルベールは呟いた。
そんなコルベールにオールド・オスマンは向きなおし、重々しい、威厳の篭った口調で言った。
「今思えば、あれも魔法学院にもぐりこむ為のフーケの手じゃったに違いない。何せ何度もわたしの前にやってきて、愛想よく酒を勧める。
魔法学院学院長は男前で痺れます、その髭なんてサイコー、などと媚を売って売って売ってきおって……尻撫でても嫌な顔一つせん。
惚れてる? もしかして惚れられてる? とか思うじゃろ? なあ? ねぇ?」
必死なオールド・オスマンに何か感じるところがあったのか、コルベールは必死に肯定する。
「そ、そうですな! 美人はただそれだけで、いけない魔法使いですな!」
「その通りじゃ! 君は良いことをいうのぉ、コンパドール君!」
「コルベールです」
その様子をルイズたちは呆れた顔で見ていた、ヒースとギーシュは要所要所で頷いている。
生徒たちの視線に気付いたオールド・オスマンは、うおっほんと咳払いすると、真面目な顔付きをしてみせる。
「さてと、君たちはよくぞ土くれのフーケを捕らえ『悪魔の壷』を取り返してきた」
ヒースを除いた五人が誇らしげに礼をする。
「フーケは城の衛視に引き渡した。『悪魔の壷』も、無事宝物庫に再度収まった。これにて一件落着じゃ」
オールド・オスマンは生徒たちの頭を一人ずつ撫でていく。
「君たちのシュヴァリエの爵位申請を、宮廷に出そうかと思う。追って沙汰があるじゃろう。
といっても、ミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っているから、精霊勲章の授与の申請を出そう」
「ほんとうですか?」
キュルケが驚いた声で尋ねると、オールド・オスマンは柔和な笑みを浮かべ答えた。
「ほんとじゃ。いいのじゃよ、君たちは、そのぐらいのことをしたんじゃから」
「あの、オールド・オスマン。イリーナとヒースには何もないんですか?」
浮かない顔をしていたルイズが良かったですね、と褒めてくるイリーナをみつめた。
「残念ながら、その二人は貴族ではない」
「何にもいらないですよ、私は爵位を得るために戦ったわけじゃないですから」
「俺様はもらえるものなら貰う主義だ」
そう言ったヒースの足がイリーナに踏み付けられる。
その光景を横目に見て、ルイズは意を決したかのように口を開いた。
「オールド・オスマン、その、シュヴァリエの称号、辞退してもよろしいでしょうか?」
「ルイズ!? あんた何言ってるの!」
突然衝撃発言をしたルイズに、キュルケが信じられないものを見るかのような目を向ける。
「そうだよルイズ! 君も知ってるだろう、シュヴァリエは滅多に得られるものじゃない! 例え実力があっても機会に恵まれなければ手に入らないんだよ!」
考え直せ、とギーシュが諭す。
「ふむ……理由を聞いてもいいかね?」
豊かな白髭をオールド・オスマンは撫でながら、ルイズの目を真っ直ぐ見つめた。
「……フーケを捕まえるとき、私あんまり役に立ちませんでした。ゴーレムを相手にしたのはイリーナですし、隠れていたフーケを見つけたのはヒースとタバサ。
追い込むのに別に私がいなくても問題ありませんでしたし、捕まえたときも決め手はギーシュとヒースのゴーレムでした。
シュヴァリエは実力の証。だから、私はシュヴァリエを賜るときは、本当の自分の実力で掴み取りたいんです」
ルイズが声を震わせながら言った。イリーナは、感動したのか目じりに涙が溜まっている。
「……よかろう、辞退を許可する。幸いと言っていいのかどうかわからんが、まだ申請はしとらんしの」
「オールド・オスマン!」
コルベールが声をあげた。シュヴァリエの称号を辞退するなんて、彼は聞いたことが無い。
「はぁ……ヴァリエールがそういうのなら、私も辞退しますわ」
「ミス・ツェルプストー!?」
オールド・オスマンに詰め寄っていたコルベールがキュルケに顔を向ける。
「ヴァリエールがそんな殊勝な心がけをしているのに、私がシュヴァリエを賜るわけにはいきませんもの。実力でもぎ取る、というのなら私が先にもぎ取って見せるわ」
「キュルケ……あんた」
ふふん、と笑うキュルケにルイズは先ほど自分に向けられたのと同じ、信じられないものを見るかのような目を向ける。
「私もいらない」
「ミス・タバサ!?」
「やれやれ、そうすると僕も辞退しなきゃね。こんな状況で一人だけ貰ってたら、空気が読めないとか言われかねないし」
「ああ、ミスタ・グラモンまで……」
異例の事態にコルベールがはげた頭を抱える。そんな様子を見て、オールド・オスマンは実に楽しげに笑った。
「ほっほっほ、よかろう。皆の申請は一時保留と言うことにしておく、気が変わったらいつでも言いなさい」
そういってオールド・オスマンは手をぽんぽんと打った。
「さてと、今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ。この通り『悪魔の壷』も戻ってきたし、予定通り執り行う」
あっ、とキュルケが声をあげる。
「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」
「称号や勲章を辞退したとしても、今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
ルイズたちは礼をすると、ドアに向かう。
「あれ?ヒース兄さん、いかないんですか?」
「俺はちょっと用がある、先行ってろ」
そうヒースが言うと、イリーナは何のようだろう、と呟きながら部屋を出て行った。
学院長室がヒースとオールド・オスマン、コルベールの三人だけになり、オールド・オスマンはヒースに向き直る。
「さて、なにやら私に聞きたいことがおありのようじゃな」
ヒースは頷く。
「言ってごらんなさい、出来うる限り力になろう。君に爵位を授けることは出来んが、せめてものお礼じゃ」
そういうとオールド・オスマンはコルベールに退出を命じた。
どんな話かと期待してたコルベールはがっくりと肩を落とし、部屋を出て行く。
「あの壷、『悪魔の壷』は俺たちの世界のマジックアイテムだ」
オスマンの目が鋭くなった。
「ふむ、俺たちの世界とな?」
「俺は、この世界の人間じゃない」
「本当かね?」
「本当だ。俺は、ルイズの召喚でイリーナが呼ばれるのを止めようとしたら、一緒に巻き込まれた身でな」
「そうじゃったか……じゃから二人呼ばれたわけじゃな」
あくまでも尊大なヒースの態度を気にすることも無く、オスマンは目を細める。
「あの『悪魔の壷』は正式名称を『悪魔召喚の壷』と言ってな。
蓋を開け合言葉を唱えると中から強力な魔法と強靭な肉体を持った魔神を無作為に呼び出す、小規模のデーモントラップ。
俺たちの世界でも、珍しく、危険なものとして扱われてる。あれをどこで手に入れたんだ? 何でこっちの世界の人間が用途を知ってるかのような名前をつけた?」
鋭い目で睨むヒースにはぁ、とオールド・オスマンはため息を吐いた。
「あれを私に預けたのは、私の命の恩人じゃ」
「預けた? そいつはどうしたんだ? 間違いなくそいつは俺たちと同じ世界……フォーセリアの人間だ」
「分からん。あの壷を私に預けた後、どこかへと旅立ってしまった。今から、半年ほど前の話かの」
「最近じゃねーか!」
思わずヒースが突っ込む。
「半年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、あの『悪魔の壷』の持ち主じゃ。
彼は見たことも無い不思議なマジックアイテムを使いワイバーンを倒すと、ばったりと倒れおった。腹が減っとったらしい」
ヒースは黙って聞いている。
「私は彼を学院へ運び、手厚く看護した。単なる行き倒れじゃからすぐに回復してな、ここが魔法学院で私が学院長だと分かると一つ頼みごとをしてきた。
この壷を鉄壁で知られる宝物庫に封印してくれ、と。彼が言うには、その壷は悪魔を呼び出し、使役することを可能とする危険な壷で封印する場所を探しとったんだそうじゃ。
そうして、私に壷を預けると、いずこかへ旅立っていったのじゃ……」
ちっ、とヒースは舌打ちをする。
その人物はほぼ間違いなくフォーセリアの人間だ。向こうに戻るための手掛かりになるかもしれないというのに、今は行方知れず。
生きているのか死んでいるかも分からない。だが折角見つけた貴重な手掛かりだ、ヒースは余すことなくその人物について尋ねてみた。
「そいつの容姿は? 何か特徴的なものはなかったか?あと名前」
ふむ、とオールド・オスマンは髭を撫で、少し思い出すかのように目をつぶると、ゆっくり目を開いた。
「若い青年じゃったな、結構美形の。名は……何と言っておったかのう、すまん、忘れた。
特徴的なのは……おお、そういえば彼の額に黒い水晶が埋まっておったの。そっちの世界ではそういうアクセサリーが流行っとるのか?」
ヒースは顎を落とし、同時に頭を抱えた。
何でそんなやつがこの世界にいるんだ!
彼はそう叫びたかった。
額に埋まった黒水晶。それは無限の魔力を得た証、古代魔法王国カストゥールの残滓の証明。
当に滅びたはずの、かつて世界を支配し、一部では神々さえも超えた魔術師たち。
そう、彼らは500年以上も前に滅びたはずなのだ。
無限の魔力を供給する魔力の塔の暴走と、虐げられていた蛮族たちの蜂起によって。
「ふむ、彼がどういう人物か心当たりがあるのかね?」
「ありもあり、大有りだこんちくしょう。そいつは確実に、とっくの昔に滅んだはずの王国の人間だよ」
「どういうことかの?」
ヒースは説明する、フォーセリアの成り立ちを。
始原の巨人の死から始まった神々の誕生と世界創造。
神話の時代、光と闇に別れ互いに争い合い、最終的には竜王たちの炎で死した神々。
その後訪れた暗黒時代と誕生した魔法王国カストゥールの勃興。
魔力の塔崩壊によるカストゥールの最後、そうしてやってきた剣の時代……。
所々法螺が多少入り混じっていたが、その内容をオールド・オスマンは興味深そうに聞き入っている。
「つまり、あの彼は無限の魔力を得た、カストゥール終期の魔術師である、と」
「ああ、魔神が召喚されるようになったのはカストゥール終期に召喚魔術師アズナディールが魔界を発見してからだし、
魔力の塔に至っては滅びる50年程度前に作られたばっかりだ」
説明が終わりため息を吐くヒース。
本当に何故とっくの昔に滅びた国の人間が生きて異世界にいるのだろうか。
その様子を見てオールド・オスマンは口を開く。
「まぁその話題はおいといて、じゃ。もう一人、フォーセリアから来た彼女、ミス・ヴァリエールの使い魔のことなんじゃが」
「あ? イリーナがどうかしたのか?」
ヒースが三白眼でオールド・オスマンは見やる。
「彼女の左手に刻まれてる使い魔のルーンの力には、気付いとるかね?」
「ああ、何かあいつが言うには武器を握ると途端力がみなぎって、身体が羽みたいに軽くなるとか……」
「あれはな、ガンダールヴの紋章と言って、かつて始祖ブリミルが使役したとされる伝説の使い魔の印じゃよ」
そういって、引き出しからコルベールのスケッチと『始祖ブリミルの使い魔たち』という題名の一冊の本を取り出し、とあるページを見せる。
そこにはスケッチと全く同じルーンがあった。
「伝説の使い魔の印?」
「そうじゃ。その伝説の使い魔はありとあらゆる武器を使いこなしたそうじゃ。千の軍勢を一人で打ち倒したと言う記述すらある」
ヒースがスケッチと本のルーンをもう一度見比べた。
「何でイリーナが伝説の使い魔なんかになったんだ? つーか何でイリーナじゃなくて俺に話す」
「彼女がガンダールヴになった理由はさっぱりわからん。おぬしに話した理由は、その、彼女ちょっとおつむ鈍そうじゃろ?」
ああ、とヒースは納得した。確かに話したところであまり理解しないだろう。
「まぁ物が物での、迂闊に情報が漏れるのは避けたい。君ならば信用できると思って話したわけじゃ。じゃから誰にも喋らんといてくれ。
恐らくではあるが、おぬしたちがこの世界にやってきたことと、そのガンダールヴの印は、なにか関係しているのかも知れん」
正直当てにならないと、ヒースは思った。
やはりハーフェン師による救出を期待すべきなのだろうか?
「すまんの、力になれんで。ただ、これだけは言っておく。私はおぬしらの味方じゃ」
そういうとオールド・オスマンは、ヒースを抱きしめた。
「よくぞ、恩人から預かった壷を取り戻してくれた。改めて礼を言うぞ」
「礼はいいから離れろ! 俺は年寄りに抱きつかれて喜ぶ趣味は無い!」
ヒースが暴れると、ほっほっほと笑いながらオールド・オスマンが離れる。
「おぬしらがどういう理屈で、こっちの世界にやってきたのか、私なりに調べるつもりじゃ。でも……」
「でも、なんだよ?」
「何も分からなくても、恨まんでくれよ。なぁに、こっちの世界も住めば都じゃ。何なら嫁さんだって探してやるわい」
ため息を吐く。
ヒースは本当にこの爺は頼りになるのだろうかと思った。
「ああ、そういえば。一つ思い出したんじゃが、恩人の彼は去り際に気になることを言っておってな」
「気になること?」
「うむ、『近いうち、ハルケギニアは大きな戦乱に巻き込まれるかもしれない。許してくれ』と」
「なんだその意味深な発言は」
「わからん」
そういうと、オールド・オスマンは水パイプを銜え吹かし始めた。
もう聞くことは無いと、ヒースが部屋の外へ出ようとする。
「おおそうじゃ、ヒースクリフ君」
「なんだ、まだなんかあるのか?」
ヒースが鬱陶しげに振り向く。オールド・オスマンは好々爺な笑みを浮かべた。
「あの遠見の効果を打ち消す魔法、便利なもんじゃな」
ドアをヒースは後ろでに閉める。
「……喰えない爺だ」
そう言って、最近増えたため息をまた吐くのだった。
ヒースはパーティ会場となったアルヴィーズの食堂二階のバルコニーで、ちびちびとワインを飲んでいた。
考えることが多すぎて騒ぐ気になれなかったのだ。
バルコニーから中を見やると、キュルケが男たちに囲まれている。相変わらず大人気のようだ。
ギーシュも相変わらず女の子たちに声をかけて……あ、モンモランシーに引っ叩かれた。
そんな中タバサは一人黙々と料理と格闘している。
黒いパーティドレスを着た彼女は大変可愛らしく、何人かの男が声をかけているが、合えなく撃沈していた。
そして、その美貌を惜しげもなく晒し、パーティの話題を一手に掻っ攫っていたルイズは、その美貌にやっと気付いた男たちにダンスを申し込まれていた。
そうやって誘われることは余りなれてないようで、少々困っているのが見ていて楽しい。
やがて楽士たちにより、音楽が奏でられダンスが始まる。ルイズとキュルケは忙しそうに次々と相手を代えていた。
タバサはずっと料理と格闘を続けており、ギーシュは頬に紅葉を作りながらも、モンモランシーをダンスに誘うことに成功したらしい。
各自、それぞれパーティを楽しんでいるようだった。
「お月見ですか、ヒース兄さん」
そう声をかけられ、ヒースは振り向いた。
ヒースは、一瞬その人物が誰かと思った。
肩を大きく露出させた白いイブニングドレスに腰まで届く長い栗色の髪。
普段化粧っ気ゼロのその顔には薄くおしろいが塗られ、唇には淡い色の紅が引かれている。
見事に、幼い雰囲気を打ち消していた。
「……なんだイリーナか」
「なんだとは酷いですね、どうですか? この衣装」
えへへ、と笑いイリーナはくるりとターンした。
ふわり、とスカートが舞い上がり膝小僧がちらりと見える。
「ふむ……馬子にも衣装といったところだな」
「もーヒース兄さん酷いー」
ぽかぽかとヒースを殴るイリーナ。
効果音はぽかぽかだが実際の衝撃はどすどすである。
「ふん、しかし、ウィッグまでつけたのか。本格的だな」
「はい、ルイズがそのほうが映えるって言ったので……ヒース兄さん、どうしたんですか? 何か悩み事でも?」
あっさりと見透かされ、ヒースは内心動揺する。
いつも通りにしていたつもりだが、どうやらそんなことはなかったらしい。
「はっはっは、何を言ってるんだイリーナ。世の中を憂う美青年の俺様は常に悩み事を抱えているんだぞ。
お前のような脳味噌まで肉体労働と違って俺様は頭脳労働が仕事だからな」
ヒースは意識して、普段どおりに振舞う。
それが成功したのか、もー! と言って力を込めイリーナはヒースの首を絞めてきた。
「がふっ……い゛、い゛り゛ーな゛。ぢがらごめるど、や゛ぶれぶ……」
っは、とした感じでイリーナは力を抜く。
イリーナは小柄だ、小柄だからこそ力を込めると筋肉で一回りは大きくなる。
「そ、そうでした、危ない危ない……。もう、ヒース兄さんのせいですよ? 責任とって一曲一緒に踊ってください」
ごほごほっとヒースをむせていると、イリーナがそういってきた。
「踊る? ……お前ダンス踊れたっけか?」
「はい、昔少しだけお母さんに習いました」
イリーナにもそんな時期があったのかと、内心驚く。
しかし照れくさく、それを渋っていると、イリーナがニヤニヤと笑い出した。
「あーもしかしてヒース兄さん、踊れないんですか?」
「なに、失礼な。以前俺様がラムリアースで見せた見事なステップを覚えていないのか、この脳筋め」
ヒースは以前、仕事の関係で誘われた晩餐会で見事なダンスを披露した経験があった。
「じゃあ、踊ってくれますよね?」
すっ、とイリーナがヒースに手を差し出す。ヒースは暫しその手を見て迷うも、意を決し手をとった。
「了解しました、マドモアゼル」
イリーナの手を引き、ヒースはホールへ向かった。
「うぎゃー! 足を何度も何度も何度も踏むなこの馬鹿ー!」
「ひーん! ごめんなさーい!」
星空の下、彼は眠りから覚めた。身体が冷えたのか、震えが走る。
「ジェイナス、どうしたの?」
そんな彼の膝の上で丸まっていた、文字通り人形のように小さな少女が心配そうな顔で話しかける。
「なんでもないよミーファ。寒さで少し目が覚めてしまったようだ」
ジェイナスと呼ばれた男はそう小さな少女、ミーファに優しく語り掛ける。
「私、あっちのほうで煎じて飲むと身体が温かくなる薬草を見つけたわ、リタ」
「私も見たわ、レット。ジェイナス、ちょっと取って来るわね」
リタとレットと呼び合った、ミーファと同じく小さな少女がそういって駆け出す。
「この辺りはオーク鬼が出没するらしい、気をつけるんだよ」
はーいと、可愛らしい声がユニゾンしてジェイナスの耳に届く。
ジェイナスはそれを微笑んで見送ると、ふぅ、とため息を吐き、満天の星空を見上げた。
「どうしたの? ジェイナス。何か心配ごとでもあるの」
「いや……ただ、強行派を抑えるのもそろそろ限界だと思ってね……」
そう零すと、心配そうな顔で見つめるミーファの頭を優しく指の平で撫でる。
「とうに滅んだ国の栄光に、いまだ縋るのは、現実を認めたくないからなのかね」
額に埋め込まれた黒水晶が、二つの月の明かりに反射し、鈍く光った。
第一部~ハルケギニアの魔法の国~了
フーケのソールゴーレム
モンスターレベル=10
知名度=10
敏捷度=4 移動速度=24
出現数=単体 出現頻度=フーケ次第
知能=命令を聞く 反応=命令による
攻撃点=腕:14(7) 打撃点=30
回避点=10(3) 防御点=6
生命点/抵抗値=100/30(23)
精神点/抵抗値= - /20(13)
特殊能力=一部魔法に耐性
生命点再生(1ラウンド辺り20点)
精神的な攻撃は無効
毒、病気に冒されない
棲息地=フーケが作った場所
言語=なし
知覚=擬似
フーケのソールゴーレムは土で作られた身長30メートルにも及ぶ非常に巨大なゴーレムです。
巨大なため凄まじい生命力と力を誇りますが、その分動きが鈍重で材料が土なため非常に脆くもあります。
フーケの魔力が供給されている限り土の地面と接していれば強力な再生が可能です。
その際フーケは一度の再生に付き精神力を1消費します。
また、「つぶて系」「電撃系」「毒ガス系」のダメージ魔法はまったく無駄です。
その他のダメージ魔法は有効で、クリティカルも起こりえます。
用語解説
遠見の水晶球:マジックアイテム。遠くの情景を水晶に映す。普通のやつは一日30分が限度
ライト:古代語魔法。初歩の魔法で半径10m以内を照らす明かりを生み出す
フライト:古代語魔法。最大時速50kmで空をかっ飛ぶ
悪魔召喚の壷:マジックアイテム。分かりやすく言えば魔界に落とし穴開けて引っかかった魔神を召喚して使役する
魔力の塔:魔法装置。世界に満ちるマナを集め、額に埋め込んだ黒水晶を通して無限の魔力を供給する。塔が壊れると黒水晶埋め込んでた人は魔法が使えなくなる
第四話「土くれ・フーケ発見!」
「だから、それは動詞じゃなくて形容詞だってば」
「むぅ……」
姦し三人娘が買物を終え、イリーナが帰る途中で手ごろな岩を持ち帰ろうとして馬にストライキを起こされていた頃、ヒースはまだギーシュとのお勉強を続けていた。
「あーつまりだ、ここの形容詞がこの部分にかかってると」
「そうそう、凄いじゃないか。まだ文字を学び始めて六日しか経っていないのに、もうそこまで理解するなんて」
「はっはっは、それはこの俺様が天才だからだ。褒め称えろ」
矢鱈と偉そうなヒースを凄い凄いと、ぱちぱち拍手して褒めるギーシュ。
妙に仲が良い二人であった。
朝からぶっ続けていたためか、ギーシュが今日はここまでと宣言すると部屋の外へ出て行く。
先日フラれた金髪の少女、モンモランシーのところへ出向くらしい。
仲直りしようとかなり必死のようだった。
そんなギーシュを見送るとヒースは一通の手紙をしたため“アポート”を使い、小箱を呼び寄せる。
蓋を開けると羊皮紙が折りたたまれて入っており、それを取り出すと羊皮紙の端をナイフで切り、代わりに先ほど書いた手紙を入れた。
小箱を適当にベッドの上に放ると、椅子に座って取り出した手紙を読み始める。
「流石に三日やそこらじゃ進展はなしか」
要約すると、現在調査中という内容だった。末尾にハーフェンという名が記されている。
ベッドに目をやると、小箱はすでに持続時間が切れもとの場所へと戻ったようだった。
あの決闘の後、ヒースは精神力不足により初日に試せなかった“アボート”による物品の召喚を試みた。
正直なところ成功するかどうかヒースは不安だったが、それは杞憂に終わり、召喚に成功した。
そうして、自らが敬愛するハーフェン師が気付くことをファリスに祈りつつ、現状を記した手紙をしたため、召喚した小箱へと入れたのだった。
結論から言えば、その手紙はあっさりと発見された。
二人が突然消えたことをマウナとエキューに説明されるとハーフェン師は、ヒースが生きているのならそのように連絡を取ってくると推測。
魔術師ギルド内にあるヒースの自室を探り、手紙が入った小箱を発見した。
そして互いに情報交換をしたヒースとハーフェン師は、元に戻る方法を探りつつ、定期的に情報をやりとりすることとなった。
ただ、理論上は戻る方法はすでに判明している。
異世界をも見ることが可能な非常に強力な遠見の水晶球と、“ゲート”の魔法。
この二つを用いればフォーセリアとハルケギニアを行き来することは不可能ではない。
しかし、そのどちらも使えないのが現状だ。
それほどまでに強力な遠見の水晶球は、危険なアイテムが大量に封印されている『禁忌の間』においてすら存在していない。
“ゲート”に至っては520年前、魔法王国カストゥールの崩壊と共に失われたとされている。
難儀なことだ。ヒースはつくづくそう思った。
ハルケギニアが異世界だと言うことと、このアレクラストとのやり取りをヒースはイリーナに話していない。
無用な心配をかけたくなかったのだ。
そもそも話したところでどうにかなるものでもないが。
本当に難儀なことだ。そう呟き、ヒースは深いため息を吐いた。
「でぇぇぇぇぇい!」
夜、トリステイン魔法学院の中庭にイリーナの声が響く。
常人では捕らえきれない速度で振るわれた剣が、青銅の女戦士に当たる寸前でぴたりと止まった。
「36回目、と」
「くっ、ワルキューレ!」
キュルケが呟く。ギーシュはそれが聞こえたのか聞こえなかったのか、ワルキューレへ指示を下す。
そんな様子をヒースは“ライト”が掛かった杖を片手に腕を組んで眺めており、その隣でタバサが地面に腰を下ろし、“ライト”の光りを頼りに本を読んでいる。
その面々から少し離れた場所でルイズが延々と何度も魔法を唱え、辺りに爆発を轟かせていた。
事の経緯はこうだ。
剣を買ってもらったイリーナが久しぶりの素振りをするため中庭へ行こうとすると、偶然ギーシュと遭遇し、そのことを聞いたギーシュが、あの決闘の翌日からこっそりしていた特訓の相手になってくれた頼んだ。
イリーナがそれを快諾し二人で訓練していると、その様子を見に来たルイズとヒースが合流。
そうしていると、散歩をしていたキュルケとそれに付き合わされたタバサが訓練の音を聞きつけ集まった。
見ているだけでは暇だったのかルイズが魔法の練習をしだし、今に至る。
「ふぅ……君は強いな、イリーナ。それほどの力があれば竜だって剣で倒せそうだよ」
勢い余ってイリーナに最後のワルキューレを倒され、一先ず休憩となったギーシュは口を開く。
イリーナは暴れたり無いのか、素振りを続ける。
「ドラゴンはまだですけど、ワイバーンなら前、倒したことありますよ。
それにしてもこの使い魔のルーン……でしたっけ? 凄いですね。実際の動きと感覚がここまでずれるなんて初めてです」
ひゅごっ! という音を巻き起こしながら、イリーナが素振りを繰り返す。
もっと丁寧に扱ってくれと、デルフリンガーがぼやくが聞き入られることは無い。
ちなみにあの無駄にでかい鉄塊は使われたら訓練にならないと、ギーシュが懇願してやめさせた。
「ワイバーンを倒した……ねぇ。ここに来る前だから、その使い魔のルーンなしってことよね? どこまで無茶苦茶よ」
キュルケは地面に突き立っている大剣を見つめた。
聞くところによると以前使っていたのはあれより二回りほど小さいらしいが、それでも普通は振り回すどころか持つことさえ困難だ。
確かに、それだけの腕力に後は技量が伴えば不可能では無いだろう。
「僕としてはルーンのほうが無茶苦茶だと思うけどね。人間を使い魔にした場合は皆そうなるんだろうか? まぁ彼女も十分無茶苦茶だけど」
素手、つまりイリーナ自身の純然たる実力で倒されたギーシュは、そう零した。
「うむ、何せイリーナはファリスの猛女だからな。3メイルほどのアイアンゴーレムとも援護があるとは言え一人で渡り合っていたぞ」
はっはっは、とヒースが笑う。彼があちこちで吹聴するイリーナの逸話は学院中に広がっていた。
曰く、戦車の突撃を受け止めた。曰く、熊を一撃で開きにした。曰く、ワイバーンを一撃で切り倒した。曰く、離れたところにいるメイジに巨大な棍棒を投げつけ倒した。
ヒースが流したこの噂で、イリーナがメイジ殺しだという認識が生徒たちの間で確立されてしまったと言っても過言ではない。
多少の誇張や脚色が混じっているが、大体事実なのが恐ろしい。
「しかし……飽きないね、彼女も」
ギーシュは延々と爆発を起こすルイズを見やる。ファイヤーボールの魔法を唱えてるが、発生するのは爆発な上、爆発場所がばらばらだ。
正直近所迷惑なんじゃないかとヒースは思った。
「あの爆発を狙った場所に正確に起こせるようになれば非常に使えるからな。人間程度ならば一撃だろう」
うむ、とヒースが仰々しく頷くと、ルイズの詠唱がぴたっと止まった。
あれ? と首を傾げるヒース。狩人としての第六感が、その身の危険を告げる。
「……ええ、そうね。人間なら当たれば一撃でしょうね。だから、ちょっと実験に付き合ってくれないかしら?」
「ヒース兄さん、流石に今のはちょっとフォローできません……」
ルイズが杖を振り上げ、イリーナがそれを沈痛な面持ちで見つめる。
「はっはっは、ちょっと待て、さっきのは俺様なりの褒め言葉でだな」
「問答無用ーーー!!」
杖が振り下ろされ、ヒースが慌ててしゃがみこむ。すると少々離れた場所に建っている建物の壁が爆発した。
恐ろしく丈夫なはずの壁に罅が入る。
それを見てキュルケは笑い転げ、ヒースは命の危機が去ったと感じたが、すぐにまた悪寒が走った。
「昔の人はこういったわ。下手な魔法も数打てば当たる、って。一体何回目に当たるのかしらね?」
ルイズは凄惨な笑みを浮かべる。そろそろイリーナが止めようかと考えていると、ヒースがなにやら口をぱくぱくさせながらルイズの背後を指差す。
「ルイズー! うしろ! うしろ!」
「はぁ? そんな古典的な方法にひっかかるわけ……」
しかし背後に巨大な気配を感じ振り向くと、そこには30メイルに届こうかという巨大な土ゴーレムが肩に黒いローブを着た人物を乗せ歩いていた。
ルイズはあんぐりと口を開く。
キュルケ、タバサ、ギーシュはすでに逃げ出しており、イリーナは鉄塊片手に突撃しようとしているのをヒースに止められていた。
「ちょ、何でこんなゴーレムがいきなりぃいいいいいいいいい!」
目前まで迫り、ルイズは危うく踏み潰されそうになったが、横っ飛びで避ける。
一瞬前までいた地面に巨大な足でめり込んだ。
「わ、我ながら完璧なタイミングね。お金取れそうなぐらいスリリングだったわ」
ルイズが激しい動悸に肩で息をしていると、土ゴーレムがその巨大な拳を振り上げた。
土ゴーレムの肩に乗っている黒いローブの人物……土くれのフーケは感謝していた。
自らの得意とする錬金が通じず、何とか聞き出した弱点である物理衝撃ですら破壊出来ないと考え諦めかけていた矢先、よく分からない爆発魔法で壁に罅を入れてくれたあの桃色の髪の少女に。
おかげで土ゴーレムを用い、こうして宝物庫の壁を破壊することに成功したのだから。
素早く土ゴーレムの腕を伝い渡り、フーケは宝物庫の中に入り込む。
所狭しと存在する様々な宝物に後ろ髪が引かれるが、それを振り切り奥へと進む。
魅力的だが欲しいものはただ一つ。
そうして様々な壷が置かれた一画で、目的のものを発見した。
どこにでもありそうな鉄製の壷で、蓋にしっかりとした封がされている。
フーケは微笑み、その壷を手に取ると杖を振るい、急いでその場を立ち去る。
『悪魔の壷、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
壁にそう文字が刻まれていた。
巨大な土ゴーレムが肩に黒いローブのメイジと思しき人物を乗せ、魔法学院の城壁をひょいっと乗り越え去って行く。
タバサが口笛を吹くと彼女の使い魔である風竜、シルフィードがどこからか現れその背に跨ると、その土ゴーレムを追う。
「くっ、流石にあれでは追えません……ですけど、あの黒いローブを着た人は何をしてたんでしょうか?」
その様子を悔しげに見ていたイリーナが、壁に空いた大穴を見やり、首を傾げる。
「確かあそこは宝物庫だったから、大方泥棒だろう。あそこまで派手にやらかすともう強盗だとは思うが」
「そういえばあの黒ローブのメイジ、出てくるときに何か壷みたいなものを持ってたわね」
それを聞いたイリーナが突然膝を付くと、両手を握り、祈りの形を作った。
「ああ、ファリス様。我が身の未熟さゆえに至らず、目の前で盗みを許したことをお許しください……」
「いや、あれは流石にどうしようもないんじゃ」
ギーシュが懺悔するイリーナに呆れていると、シルフィードに跨ったタバサが戻ってくるのが視界の端に止まった。
翌朝、トリステイン魔法学院は火事と地震とついでに台風が同時に起こったかのような騒ぎが昨夜から続いていた。
宝物庫に学院の教師たちが集まり、責任の擦り付け合いをする様子を、ルイズたちは眺めていた。
情けない。ルイズが抱いた感情はそれだけだった。
普段風は最強だとか偉そうにしている教師、ギトーが昨夜の当直だったシュヴルーズを非難している。
するとそこに現れたオールド・オスマンが誰も当直まともにしたことないだろう、とギトーを嗜める。
これがトリステイン魔法学院の教師たちだと思うと、ルイズは情けない気持ちで一杯になると同時に、責任は自らも含め皆にあると宣言するオールド・オスマンに尊敬の念を抱いた。シュヴルーズのお尻を撫でていたが。
「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」
「この四人です」
目撃者を訪ねたオールド・オスマンに、コルベールがさっと進み出て、後ろに控えていたルイズたちを指差した。
イリーナは使い魔であり、ヒースは平民なので数には入っていない。
「ふむ……君たちか」
オールド・オスマンは興味深そうにイリーナをみたのち、視線をヒースへと向けた。
ヒースはじろじろと見られる理由が分からず、居心地が悪そうに身体をもぞもぞとさせる。
「詳しく説明したまえ」
代表してルイズが進み出て、昨夜見たことをそのままに話した。
「あの、大きなゴーレムが突然現れて、宝物庫の壁を壊したんです。
肩に乗っていた黒いローブのメイジが宝物庫から何か壷のようなものを、多分『悪魔の壷』だと思いますけど……。
盗み出した後、またゴーレムの肩に乗って城壁を越えて歩き出して……その後をタバサが風竜で追いましたが、途中で崩れて土になったそうです」
「それで?」
オールド・オスマンはタバサに視線を向け、発言を促した。
「崩れたゴーレムの周囲を探った、けれど誰も居なかった」
「ふむ……」
タバサが簡潔に告げると、オールド・オスマンは豊かな髭を撫でる。
「後を追おうにも、手掛かりナシ、というわけか……」
暫しどうするかオールド・オスマンが悩んでいると、ロングビルの姿見えないことにふと気付き、コルベールに尋ねた。
「ときに、この非常時にミス・ロングビルはどうしたね?」
「それが……今朝から姿が見えないようで。どこへ行ったのでしょう」
噂をすれば影。そうして話しているとミス・ロングビルが息を切らせて現れた。
「どこへ行っていたのですか! ミス・ロングビル! 大事件ですぞ!」
「まぁまぁ、落ち着くんじゃミスタ・コルベール。で、何をしておったんじゃ?」
興奮するコルベールをオールド・オスマンは宥め、ロングビルに尋ねる。
ロングビルは息を整えると、落ち着き払った態度で口を開いた。
「申し訳ありません。朝から、急いで調査しておりましたの」
「ふむ、調査とな?」
「そうですわ。今朝方、起きたら蜂の巣を突付いたかのような大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。
中に入るとすぐにフーケのサインを見つけましたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査を致しました」
「仕事が早いの、ミス・ロングビル。それで、結果は?」
満足げにオールド・オスマンは頷き、ロングビルに発言を促す。
「はい。フーケの居所が判明しました」
「「「な、なんだってー!?」」」
数名の教師から、素っ頓狂な声があがる。
「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル」
「はい。近隣の農民に聞き込んだところ、学院から大よそ馬で四時間ほどの森の中の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。
恐らく、その男はフーケで、廃屋がフーケの隠れ家のひとつでは無いかと」
ヒースの眉がぴくりと跳ね上がる。それにルイズは気付かず叫んだ。
「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」
ふむ、とオールド・オスマンは思案し、ロングビルを射るような鋭い視線で見つめる。
「すぐに王宮に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
コルベールがそう叫ぶと、オールド・オスマンはため息を吐き告げた。
「アホか、王室になんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ。そもそもこの事態は魔法学院の問題。
身に降りかかる火の粉一つ払えぬようで、何が貴族じゃ。我らだけでこの事件は解決する」
ロングビルが微笑む。オールド・オスマンは一度咳払いをし、集まった教師たちを見回すと有志を募る。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、手にした杖を掲げよ。…………誰もおらんのか? どうした! フーケを捕まえ、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」
オールド・オスマンが困ったかのように顔を見合わせる教師たちを一喝する。
すると俯いていたルイズが杖を掲げ、それをみたイリーナが満足げに頷き、ヒースがやれやれと肩をすくめた。
「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです! あなたは生徒じゃありませんか! ここは教師にまかせて……」
「誰も掲げないじゃないですか」
シュヴルーズの言葉に、ルイズはきつく唇を結んで言い放った。教師たちを睨みつけるも、皆一様に顔を背ける。
すると杖を掲げるルイズを見て、キュルケは仕方が無いとばかりに杖を掲げた。
「ミス・ツェルプストー! 君も生徒じゃないか!」
驚いて声を上げるコルベールにキュルケは当然とばかりに言った。
「だって、ヴァリエールには負けられませんわ」
キュルケが杖を掲げたのを見ると、タバサも自らの身長よりも長い杖を掲げた。
「タバサ、あんたは別にいいのよ。関係ないんだから」
「心配」
タバサが簡潔に答えた。キュルケは大層感動したのか、目じりに涙を滲ませてタバサをギュッと抱きしめる。
ルイズも口をもごもごとさせ、ありがとうと、小さくお礼の言葉を呟いた。
「やれやれ……これで掲げなかったらまるで僕が臆病者みたいじゃないか」
最後に、ギーシュが杖である薔薇の造花を掲げた。
「ギーシュ! なんであんたが」
「レディたちだけを戦わせて自分は戦わないなんて、僕の信条に反するからさ。それに、ルイズ。君が行けば使い魔のイリーナも一緒に行く。
すると保護者のヒースも一緒に行く。友人だけを危険に晒すほど、僕は落ちぶれたつもりは無いよ」
ヒースは照れているのか、背中を向けて尻をぼりぼりと掻く。
そんな一同を見て、オールド・オスマンは笑みを浮かべる。
「そうか。では諸君らに頼むとしようか」
「オールド・オスマン! 私は反対です! 生徒たちをそんな危険に晒すわけには!」
「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ。何ならミスタ・ギトー、君でも構わないが」
「い、いえ……私は、体調が優れませんので……」
「わ、私も少々体調が……」
シュヴルーズとギトーがわざとらしく咳をする。
「彼女たちは敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」
当のタバサは、驚いた顔をした教師たちの視線を集めているというのに、相変わらず感情が読めない顔でぼけっと突っ立っている。
始めて聞く言葉に、イリーナはルイズを突っついて小声で話しかけた。
「ルイズ、シュヴァリエって何ですか?」
「最下級の爵位のことよ。ただし実績が無いと貰えない、実力者の証みたいなもの。あの子みたいな年齢でそれが与えられるなんて、普通無いわ」
友人であるキュルケも驚いているようだった。宝物庫の中にざわめきが広がる。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を多く輩出した家系で。彼女自身の炎の魔法も、かなり強力だと聞いているが?」
オールド・オスマンがそう口にすると、キュルケは得意げに髪をかきあげた。
ついでオールド・オスマンはギーシュに視線を移す。
「ミスタ・グラモンは、かのグラモン元帥の四男坊で。あー彼が作り出す青銅のゴーレムは、中々強いと聞いとる」
ギーシュが薔薇を口に銜え、ポーズを取る。それを見る目は実に白い。
そして最後に、可愛らしく胸を張るルイズにオールド・オスマンは視線を移した。
少々思案し、どうにか褒めようと懸命に頭をひねる。
「その……、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の生まれで、あの烈風カリンの息女じゃ。
その、うむ、なんだ、将来有望なメイジで彼女が起こす爆発の威力はかなりのものと聞いておるが? しかもその使い魔は!」
褒め言葉になってない。必死に頭を捻ったであろうオールド・オスマンを見つめ、ルイズは少しだけ泣きたくなった。
そんなオールド・オスマンの視線はイリーナに向いている。
「平民でありながらそこのミスタ・グラモンと決闘して勝ったという噂だが。それと……うむ、相当な怪力の持ち主だと見受けられる」
一同の目が、イリーナが背負う無駄にでかい大剣に集まる。
オールド・オスマンは思った。
彼女が本当に、本当にあの伝説のガンダールヴなら土くれのフーケ程度に遅れを取ることはあるまい。
というよりあの鉄塊を使いこなせるのなら30メイルはある土ゴーレムとて普通に破壊出来そうだ。
するとコルベールが興奮した様子で口を開く。
「そうですぞ! 何しろ彼女はガンダー……」
オールド・オスマンが慌ててコルベールの口を押える。
「むぐ! はぁ! いえ、なんでもありません! はい!」
教師たちはこの二人何してんだろうと思いつつも、黙ってしまった。
オールド・オスマンは咳払いをし、威厳ある声で言った。
「この四人に勝てるというものがいるのなら、前に一歩出たまえ」
足が踏み出される音がすることはなかった。
オールド・オスマンはルイズたち六人に向き直ると杖を掲げた。
「トリステイン魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
「杖にかけて!」
ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの四人は真顔になり直立するとそう唱和した。
それから女性たちはスカートの端をつまみ、ギーシュは右腕を体の前で曲げ、恭しく礼をする。
それを見たイリーナは慌てて真似をし、スカートの端をつまみ礼をする。鎖帷子がじゃらりと音を立てる。
ちなみに、ヒースは鼻くそをほじっており、イリーナに足を思いっきり踏まれて悶絶していた。
「では、馬車を用立てよう。魔法は目的地に着くまで温存し、それで向かうのじゃ。ミス・ロングビル! 彼女たちを手伝ってやってくれ」
ロングビルは深々と頭を下げる。
「元よりそのつもりですわ」
深く下げられ、オールド・オスマンから見えないその顔は、笑みで歪んでいた。
二頭引きの馬車が、ヒースの御者とロングビル道案内で進む。
襲われた場合、素早く飛び出せるよう屋根なし幌なしの荷車のような馬車の御者席で、面倒くさそうな顔をしたヒースが黙々と手綱を握っていた。
暫く上空を飛ぶシルフィードを眺めていたが、飽きたのかキュルケはロングビルに話し掛ける。
「ミス・ロングビル。そういえば貴女はどういう経緯でオールド・オスマンの秘書になったの?」
「経緯ですか? ……そうですね、貴族の名をなくし街の居酒屋で給仕をしていたところ、お客様として来たオスマン氏に誘われまして」
いきなりお尻を撫でてきたのですよ、と微笑みつつロングビルが答えた。
隣で聞いていたキュルケがきょとんとした。
「貴族の名をなくした? ……差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
ロングビルは微笑を浮かべるが、その顔にははっきりとした拒絶が浮かんでいた。
「いいじゃないの。教えてくださいな」
キュルケは興味津々な顔で、ロングビルににじり寄った。
ルイズがそれを止めるため手を出そうとすると、イリーナが先んじてキュルケの肩を掴む。
本人は軽く掴んでいるつもりなのだろうが、かなりの力が入っており、キュルケは顔を顰める。
「駄目ですよ、キュルケさん。人が嫌がることを無理に聞いてはいけません」
「何よ、暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃないの」
キュルケは掴まれた肩をさすると、ぶすくれて荷台の柵に寄りかかる。
「あんたの国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを、無理矢理聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべきことなのよ。やっぱりゲルマニアは所詮成り上がりね」
ルイズがそういうと、売り言葉に買い言葉でキュルケが反発し、口喧嘩が始まった。
その様子をギーシュは苦笑しながら眺め、イリーナはおろおろと喧嘩を仲裁し、タバサは気にせず本を読んでいる。
そんな中黙々と手綱を握っていたヒースが、顔を動かさずにロングビルに質問した。
「あー、ミス・ロングビル。元貴族ってことはあんたもメイジなんだろ? 系統と足せる数を聞いてもいいか?」
「土のラインです。その、異なる系統の場合ならば兎も角、同じ系統の場合は力量差が明白に出ますので土のトライアングルと推測されるフーケ相手には、あまりお役に立てないとは思いますが……」
笑顔で答えるロングビルにそうかい、と返事をするとヒースはまた黙々と手綱をとり始めた。
深い森に入り、徒歩での移動を始めた一行は小道を進むと開けた場所へと出た。
中々広いその場所の真ん中にぽつんと小さな廃屋が建っている。
「わたくしが聞いた情報によれば、あの中にいるという話です」
茂みに隠れ相談をした一行は、タバサ主導の下、作戦を立てた。
簡単に言えば偵察兼囮役が小屋にいるフーケをおびき出して、フーケが出てきたところを集中攻撃で沈める。
ただそれだけだ。
そしてその栄えある偵察兼囮役にはイリーナが抜擢された。
すばしっこく、近接戦闘にも長けたイリーナが最適だという満場一致の議決だ。鎧の音がするけど。
イリーナはドラゴン殺しを抜くと、軽くなった身体で小屋へ近づく。
堂々と窓から中を覗き見る様子にヒースは頭を抱えるが、フーケがいなかったのかイリーナは腕を交差させ誰もいなかったときのサインを出した。
隠れていた一行は恐る恐る近づき、タバサがドアに向け杖を一振りすると罠は無いと呟き、中へと入っていった。
キュルケにイリーナ、ルイズが続いて中に入り、ギーシュは見張りをしていると言って外に残る。
そして辺りの偵察をしてくるというロングビルをヒースは呼び止めた。
「あの、何か?」
「いやな、小屋の中にフーケがいないのならその辺りにいるかもしれないんダ。危ないかもしれないかラ、このお守りを預けよウ。
俺様が幼少のころから愛用しているお守りだ、効果はバツグンだゾ」
ヒースが怪しい発音で懐から取り出したファリスの聖印をロングビルに手渡す。苦笑しつつもロングビルはそれを受け取り、森の中へ消えていった。
「おや、ヒース。君はミス・ロングビルみたいなのが好みなのかい?」
その様子を見ていたギーシュがおどけた調子でヒースをからかう。しかしヒースはあくまで真面目な顔で呟いた。
「いや、単なる保険だ。杞憂に終わればそれでいいんだがな……」
そういうと小屋の中へ入っていく。
ギーシュは一人首を傾げた。
「あっけないわね!」
ヒースが小屋に入ると、キュルケがそう叫んだ。
タバサが鉄製の壷を両手に抱えている。イリーナとルイズもどこか拍子抜けした顔だ。
「なんだなんだ。もう目的の『悪魔の壷』とやらが見つかったのか? フーケとかいう盗賊も随分まぬ……おい、なんでそれがこんなところに」
『悪魔の壷』を見たヒースが目を見開く。その顔は驚愕に染まっていた。
「どうしたんですか、ヒース兄さん。あの壷に見覚えでも?」
イリーナがきょとんとした顔でヒースを見つめる。
「見覚えも何もお前、そいつは……」
「うわあああああああああああああああ!」
突如として、外で見張りをしていたギーシュの悲鳴が響いた。
一斉にドアのほうに向くと、測ったかのようなタイミングで小屋の屋根が良い音を立てて吹き飛ぶ。
吹きさらしになったため、良く見えるようになった青空に巨大なゴーレムの姿があった。
「ゴーレム!」
キュルケが叫ぶと、タバサが素早く反応し呪文を唱えた。
巨大な竜巻が巻き起こり、ゴーレムにぶつかるがゴーレムは小揺るぎもしない。
ついでルイズ、キュルケが杖を取り出し魔法を打ち込むがルイズの爆発は表面に小さな穴を穿ったのみに留まり、キュルケの炎はゴーレムを包んだが全く効果をなさない。
「無理よこんなの!」
キュルケがまたも叫ぶ。ギーシュがワルキューレを三体作り出し突撃させたが、文字通り一蹴されている。
「退却」
タバサがそう呟く。
上空から降りてきたシルフィードのところへキュルケとタバサ、ギーシュは一目散に逃げ出した。
ヒースは“フライト”の魔法を使いふわりと空に舞い上がる。
その際何度もゴーレムに魔法を使っていたルイズを抱え上げるのを忘れない。
「ちょっと! 放しなさい! どこ触ってるのよ!」
「アホ、あんなもんと真正面から戦おうとするな。空からのが安全だろーが。真正面から戦うのはイリーナに任せとけ、踏み潰されるぞ」
暴れていたルイズはその正論にうぐっ、と黙った。
暴れるのをやめ、ヒースの手でシルフィードまで大人しく運ばれる。
その様子を見届けたイリーナは、ドラゴン殺しを構え一度息を深く吸い込むと叫んだ。
「イリーナ・フォウリー! 突貫します!!」
拳を振り上げたゴーレムへイリーナは突撃し、振り下ろされた拳へ鉄塊を正面から叩きつける。
グワラゴワラガキーン!
「はへ?」
衝突の寸前、鋼鉄へと変じたゴーレムの腕を半ばまで切り裂いた鉄塊が、無茶苦茶な音を立て半ばから折れる。
イリーナは何が起こったのかわからない、という顔でそれを見つめた。
「あ………………アホかあああああああああああああああああああああああああああ!」
ヒースが叫ぶ。シルフィードの背に跨る四人もいろんな意味で信じられないものを見た顔をしていた。
「ゴーレムの質量と鋼鉄同士が正面衝突した場合の衝撃を考えろ! 昨日壁を壊すとき拳が鉄に変わったの見てなかったのかお前は!!」
「そ、そんなこと言われたってええええええええええええ! いけると思ったのにぃいいいいいいいいいい!」
半泣きになりながらイリーナは折れたドラゴン殺しを投げ捨て、デルフリンガーを抜く。
「おお!ついに俺の出番か! ……出番無くていいから鞘に収めておいて! お願いだから! もう世の中飽き飽きしてたのって嘘だから!」
折れてゴーレムの腕にめり込んでいる自分より遥かに大きく分厚く重い鉄塊を見て、デルフリンガーは金具を盛大にカタカタさせて叫ぶ。
「大丈夫です! 同じ轍はあんまり二度踏みません!」
「それ時々踏むってことじゃねーか!」
戦いは始まったばかりだった。
フーケは歯噛みする。予定が狂った。
彼女は自分の魔法に絶対的な自信を持っている。
別に最強だとか考えているわけではない。
ただ学院で平和に過ごしているような連中ならば、教師が数人相手でも負けないだけの自信があった。
だが今、自分が作り出した土ゴーレムと真正面から戦っている少女はなんだ?
最初にあの冗談のように大きな剣を物の見事に叩き折ったときは、思わず笑い転げるのを我慢した。
しかし、もう一本の錆びた長剣に持ち替えてから、動きが変わった。
何も先ほどより早くなったわけじゃない。
戦い方が真正面からぶつかりあう形から、動きでこちらを翻弄し的確に足を切り裂いて来るよう変化しただけだ。
その動きが、兎に角早い。鈍重なゴーレムの拳では、偶然でも起きない限りとてもじゃないが当てられるとは思えなかった。
そして事実、まったくといっていいほど掠りもしない。
当たれば倒せるのだ。どんな人間であれ、30メイルものゴーレムの拳が直撃すれば死は免れない。だが、当たらない。
ゴーレムが切り裂かれるたび再生させてはいるが、それにも限界がある。
フーケは『悪魔の壷』を諦めることも、視野に入れ始めていた。
ヒースはそんな妹分の戦いを見て、放って置いても大丈夫だと判断した。
あのゴーレムの再生力の限界がどれほどか知らないが、即席で作り上げ動かしているのだからいずれは限界が来る。
それがいつだかは分からないが、それほど長くは無いだろうから、イリーナはそのうち倒すだろう。
だが戦いに絶対は無い。鈍重とはいえその力は恐ろしく、直撃を食らえば頑丈なイリーナも一撃でぺしゃんこになる。
ゆえに、危険を少しでもさっさと減らすために彼は動いた。
「さて、ゴーレムはイリーナに任せておくとしてだ。フーケはどの辺りにいると思う?」
イリーナの戦いぶりを唖然としてみていた四人に、ヒースは尋ねた。
「へ? ……そうだね、いくらトライアングルクラスといえど、それほど遠くから魔法を使えるわけじゃない。
大雑把ではあるけど指示を出す必要もあるし、近くにいるはずなんだけど……」
土系統のギーシュがその質問に答えた。
彼も規模は遥かに劣るとはいえ同じゴーレムを扱うため、その辺りのことはこの場で誰よりも詳しい。
「つまりフーケはそこらへんの森の中に隠れてる、ってわけだ。それでまた質問だが、ミス・ロングビルはこの大騒ぎの中、どこにいるんだろうな?」
ヒースが肩を竦める。流石にそのような言われ方をすれば、ルイズたちもヒースが何を言いたいのか気付いた。
「ちょっと、あんたまさかミス・ロングビルを疑ってるの? 彼女はオールド・オスマンの秘書よ! 卑しい盗賊なわけ……」
「おかしいと思わなかったか?彼女は朝方事件に気付いたと言ってたのに、昼前には馬で四時間は掛かるこの場所に、フーケが潜伏してるって情報を仕入れてきた。いくらなんでも早すぎる。しかも情報源は農民だ。こんな森の中に農民が何の用がある?
フーケが盗みを働いた時間とここまで来る時間を考えれば、農民は日の出前に黒いローブ姿のフーケを森の中で目撃して男だって判断したのか?」
一息でヒースが告げる。普段ふざけている、彼らしからぬ真面目な顔だった。
ルイズたちは絶句していた。
言われてみれば確かに不自然な点が多い、そして盗んだものを放置してるのも考えてみればおかしかった。
「で、でも! その農民がフーケの仲間っていう可能性もあるじゃない! ほら、情報ばら撒いて混乱させるとか!」
その言葉をヒースは、かもな、と肯定した。
あれほどロングビルをフーケと決め付けているかのようなことを言っておきながら、随分とあっさりとした態度だった。
そしてヒースはぶつぶつと何度聞いても聞き慣れない、上位古代語の呪文を唱える。
「だったらもし、ミス・ロングビルがフーケじゃなかった場合、どうするの?」
キュルケが最もな疑問を一同を代表して聞いた。それに対してヒースは肩を竦める。
「そんときゃごめんなさい、って謝ればいいさ。あの辺りだ、さっきの竜巻の魔法で葉っぱ散らしてくれ」
タバサが頷き、ヒースが指差した辺りに竜巻を巻き起こし葉っぱを散らしてゆく。
二、三度そうすると、ロングビルを発見した。上空を飛ぶ五人と一匹を一瞬呆けた顔で見上げた後、背中を見せ走って逃げた。
「ほら、当たりだったろ? 俺様の素晴らしい推測を褒め称えろ! はっはっはっはっは」
自慢げに笑うヒースを無視し、四人は逃げた土くれのフーケの後を追った。
何故ばれた。
フーケは心の底からそう思っていた。
ミス・ロングビル……自分がフーケだと気付かれたのは良い。
今考えればオールド・オスマンに告げたフーケの偽目撃証言は少々無茶だ。
もし、その場で追求されていたら、割と困ったことになっていただろう。
だが特に追求されることも無く通った。
そのことをひそかにほくそえんでいたが、あれは秘宝強奪という事態に冷静さを失っていたからこそ、学院に通じた。
だから冷静なものが少し考えれば不自然さに気付き、ミス・ロングビル=フーケの可能性に辿り着く。それはいい。
だが何故場所まで気付かれた?
ゴーレムを操作するために近くにいると推測は可能だろうが、森は広い。隠れるところなんて山ほどある。
しかし明らかにこの辺り、と隠れている場所がバレていた。
隠れていたことが当然と言わんばかりのあの尊大な男の顔と、本当にいたと言いたげな風竜に乗った四人を見れば嫌でも分かる。
何故こんなことに。それもこれも全てあの使い方が分からない壷が悪い。
そうでなければ使い方を知るためにわざわざこんな突発的な計画を……。
「くっ! ああもう! 鬱陶しい! 自然破壊ばっかりして!」
上空からファイヤーボールが飛んでくるのを樹木を盾に防ぐ。
本来メイジは空にいてもあまり役に立たない。
フライを使っている最中は他の魔法が使えないからだ。
ただ騎獣すると話しは変わる。
飛行を騎獣に任せるため、当然のように攻撃に防御に、魔法を使うことが出来る。
そのためフーケは先ほどから逃げるたびに竜巻で隠れ場所を散らされ、飛んでくる火球を防ぎ、前触れが無い爆発を回避することを何度も繰り返していた。
途中、眠りの雲も飛んできたが何故か不思議と眠くはならなかった。
魔法を使おうにもその暇が無い。
戦いはすでにフーケの体力が尽きるか、ルイズたちの精神力が尽きるか、持久戦へと移行していた。
と、フーケは思っていた。
がしゃん、と言う金属音が突如としてフーケの進行方向に現れる。
「ちっ、あの坊やのゴーレム!」
例えドットクラスのゴーレムだとしても、多少の体術の心得程度では通用しない。
走ったまま素早く錬金を唱え、青銅の女戦士をただの土くれへと変える。
これが同じ土系統における実力差の証だった。
実力が上のものはゴーレムの性能が高いだけでなく、錬金でゴーレムをあっさり破壊出来るのだから勝負にならない。
この程度なら一度に何体出てきても、上空からの攻撃を避けつつ対処することは可能だ。
フーケの誤算はたった一つ。
異世界の魔法と言う、本来想定するだけ馬鹿馬鹿しいものであった。
「今度は骨のゴーレム?」
見慣れない、骸骨のゴーレムがフーケの前に立ちはだかる。骨格からして熊だろうか?
しかしゴーレムはゴーレムだ、フーケは焦らず錬金をかけた。
だが、土にならない。
「まさかわたしより強力なメイジだっていうの!?」
フーケは焦った。自分はスクウェアに近いトライアングルだという自負がある。
その自分の錬金が通じないと言うことは相手はスクウェアクラスということになる。
だがギーシュ・ド・グラモンはドットであり、先ほど彼の青銅のゴーレムを土くれに変えたばかり。
他の三人は属性が違ったり、そもそも魔法が何故か爆発したりしている。
となると残る一人、あの黙ってればそこそこ美形な三白眼のメイジ。
まさかあの男がスクウェアクラスの土メイジだというのか?
その疑問をゆっくりと考えている暇は、フーケには無かった。
「くっ、いきなり抱きつくのは嫌われるわよ!」
骸骨のゴーレムが飛び掛ってくるのを、ギリギリで飛び退けて避ける。
結果、逃げ続けていた足が止まり。
「……チェックメイト、ってところかしら?」
キュルケが微笑みながらそう言い放つ。
いつの間にか風竜から降り立ったルイズたちが、三体のワルキューレと共にフーケの四方を囲んでいた。
その光景を見て、一瞬動きが固まるフーケ。
「あっ……」
骸骨のゴーレムがフーケを羽交い絞めにする。
「どう? 私の考えた作戦、上手く行ったでしょ。途中でギーシュ降ろして、上空からの魔法で誘い込んで取り囲む!
作戦っていうのは大雑把なほうが意外と成功するものなのよ!」
ルイズが自慢げに胸を張る。
「そういうものなのかい? ヒース」
「知らん」
こうして、土くれのフーケはお縄となった。
「何か急に崩れちゃいましたね。一体どうしたんでしょうか?」
「とりあえずもう少し優しく扱ってくれると、俺っち凄い嬉しいんだけどよ」
戦闘中、突如として土くれに返り、崩れたゴーレムの土に埋もれたまま、イリーナは助けを待っていた。
フーケから杖を取り上げ縄でぐるぐる巻きにし、荷台に転がして魔法学院へ帰る途中。
押し黙っていたフーケが口を開いた。
「ねぇ、なんでわたしがいる場所が的確に分かったの?」
一行は顔を見合わせ、相変わらず手綱を取っているヒースに視線を集める。
それに気付いたのか気付かなかったのか、ヒースは振り返って答えた。
「言ったろ? 効果バツグンのお守りだって」
そう言ってヒースはフーケの懐に入っているファリスの聖印を取り出した。
「あ、“ロケーション”ですか、ヒース兄さん」
「うむ、一手二手先を読み対策を打っておいた俺様を褒めることを許すぞ」
はっはっは、と笑うヒースを拍手で褒めるイリーナ。二人以外はさっぱり意味が分かっていない様子だった。
「そういえば……なんでこんな良く分からないことしたの?」
キュルケが転がっているフーケに質問する。フーケは黙ってたところで意味は無いので喋った。
「盗んだはいいけど、使い方が分からなかったのよ。でも、魔法学院のものなら知っててもおかしくない。
だからゴーレムけし掛けて、命欲しさに悪魔とやらを呼び出してくれるのを期待してたんだけど……普通に負けちゃあね」
フーケが自虐的な笑みを零す。だがまだ疑問が晴れないのか、ルイズがさらに質問した。
「じゃあもし、わたし達が使い方知らなかったらどうしてたの?」
「そのときはぷちっと潰して次の連中を連れてくるまでよ。まぁ捕まった今となっては、どうでもいいことだけど」
それを聞いたルイズは顔を紅潮させ、手をフーケに向け振り上げる。
が、途中でイリーナに止められた。
「駄目ですよ、私刑はいけません、邪悪です。後の処罰は法の裁きで決定させなきゃ駄目です」
そういわれ、ふんっ、とルイズは顔を背ける。
魔法学院はもう目と鼻の先だった。
「ふむ……ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。
美人だったもので、何の疑いもせずに秘書に採用してしまってたわ」
フーケを捕らえ、戻ってきた六人に学院長室で報告を受けていたオールド・オスマンはそう言って笑い声をあげる。
「一体どこで採用されたんです?」
「街の居酒屋で給仕してるところを誘ったそうですよ」
コルベールの言葉に、ルイズが返す。
「いや、そのな。お尻を撫でても怒らないので、秘書にならないかと、ついな」
「なんで?」
照れたように告白するオールド・オスマンに、何言ってんだこの爺とばかりにコルベールは冷たい視線を向ける。
「カァーッ!」
突如、オールド・オスマンは目を目を剥いて怒鳴り、老人とは思えない迫力を発する。
とはいえ今更凄まれても威厳もへったくれもなかった。
「おまけに魔法も使えると言うもんでな」
「死んだほうがいいのでは?」
咳払いをし告げたオールド・オスマンに、ぼそりとコルベールは呟いた。
そんなコルベールにオールド・オスマンは向きなおし、重々しい、威厳の篭った口調で言った。
「今思えば、あれも魔法学院にもぐりこむ為のフーケの手じゃったに違いない。
何せ何度もわたしの前にやってきて、愛想よく酒を勧める。
魔法学院学院長は男前で痺れます、その髭なんてサイコー、などと媚を売って売って売ってきおって、
尻撫でても嫌な顔一つせん。
惚れてる? もしかして惚れられてる? とか思うじゃろ? なあ? ねぇ?」
必死なオールド・オスマンに何か感じるところがあったのか、コルベールは必死に肯定する。
「そ、そうですな! 美人はただそれだけで、いけない魔法使いですな!」
「その通りじゃ! 君は良いことをいうのぉ、コンパドール君!」
「コルベールです」
その様子をルイズたちは呆れた顔で見ていた、ヒースとギーシュは要所要所で頷いている。
生徒たちの視線に気付いたオールド・オスマンは、うおっほんと咳払いすると、真面目な顔付きをしてみせる。
「さてと、君たちはよくぞ土くれのフーケを捕らえ『悪魔の壷』を取り返してきた」
ヒースを除いた五人が誇らしげに礼をする。
「フーケは城の衛視に引き渡した。『悪魔の壷』も、無事宝物庫に再度収まった。これにて一件落着じゃ」
オールド・オスマンは生徒たちの頭を一人ずつ撫でていく。
「君たちのシュヴァリエの爵位申請を、宮廷に出そうかと思う。追って沙汰があるじゃろう。
といっても、ミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っているから、精霊勲章の授与の申請を出そう」
「ほんとうですか?」
キュルケが驚いた声で尋ねると、オールド・オスマンは柔和な笑みを浮かべ答えた。
「ほんとじゃ。いいのじゃよ、君たちは、そのぐらいのことをしたんじゃから」
「あの、オールド・オスマン。イリーナとヒースには何もないんですか?」
浮かない顔をしていたルイズが良かったですね、と褒めてくるイリーナをみつめた。
「残念ながら、その二人は貴族ではない」
「何にもいらないですよ、私は爵位を得るために戦ったわけじゃないですから」
「俺様はもらえるものなら貰う主義だ」
そう言ったヒースの足がイリーナに踏み付けられる。
その光景を横目に見て、ルイズは意を決したかのように口を開いた。
「オールド・オスマン、その、シュヴァリエの称号、辞退してもよろしいでしょうか?」
「ルイズ!? あんた何言ってるの!」
突然衝撃発言をしたルイズに、キュルケが信じられないものを見るかのような目を向ける。
「そうだよルイズ! 君も知ってるだろう、シュヴァリエは滅多に得られるものじゃない! 例え実力があっても機会に恵まれなければ手に入らないんだよ!」
考え直せ、とギーシュが諭す。
「ふむ……理由を聞いてもいいかね?」
豊かな白髭をオールド・オスマンは撫でながら、ルイズの目を真っ直ぐ見つめた。
「……フーケを捕まえるとき、私あんまり役に立ちませんでした。ゴーレムを相手にしたのはイリーナですし、隠れていたフーケを見つけたのはヒースとタバサ。
追い込むのに別に私がいなくても問題ありませんでしたし、捕まえたときも決め手はギーシュとヒースのゴーレムでした。
シュヴァリエは実力の証。だから、私はシュヴァリエを賜るときは、本当の自分の実力で掴み取りたいんです」
ルイズが声を震わせながら言った。イリーナは、感動したのか目じりに涙が溜まっている。
「……よかろう、辞退を許可する。幸いと言っていいのかどうかわからんが、まだ申請はしとらんしの」
「オールド・オスマン!」
コルベールが声をあげた。シュヴァリエの称号を辞退するなんて、彼は聞いたことが無い。
「はぁ……ヴァリエールがそういうのなら、私も辞退しますわ」
「ミス・ツェルプストー!?」
オールド・オスマンに詰め寄っていたコルベールがキュルケに顔を向ける。
「ヴァリエールがそんな殊勝な心がけをしているのに、私がシュヴァリエを賜るわけにはいきませんもの。実力でもぎ取る、というのなら私が先にもぎ取って見せるわ」
「キュルケ……あんた」
ふふん、と笑うキュルケにルイズは先ほど自分に向けられたのと同じ、信じられないものを見るかのような目を向ける。
「私もいらない」
「ミス・タバサ!?」
「やれやれ、そうすると僕も辞退しなきゃね。こんな状況で一人だけ貰ってたら、空気が読めないとか言われかねないし」
「ああ、ミスタ・グラモンまで……」
異例の事態にコルベールがはげた頭を抱える。そんな様子を見て、オールド・オスマンは実に楽しげに笑った。
「ほっほっほ、よかろう。皆の申請は一時保留と言うことにしておく、気が変わったらいつでも言いなさい」
そういってオールド・オスマンは手をぽんぽんと打った。
「さてと、今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ。この通り『悪魔の壷』も戻ってきたし、予定通り執り行う」
あっ、とキュルケが声をあげる。
「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」
「称号や勲章を辞退したとしても、今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
ルイズたちは礼をすると、ドアに向かう。
「あれ?ヒース兄さん、いかないんですか?」
「俺はちょっと用がある、先行ってろ」
そうヒースが言うと、イリーナは何のようだろう、と呟きながら部屋を出て行った。
学院長室がヒースとオールド・オスマン、コルベールの三人だけになり、オールド・オスマンはヒースに向き直る。
「さて、なにやら私に聞きたいことがおありのようじゃな」
ヒースは頷く。
「言ってごらんなさい、出来うる限り力になろう。君に爵位を授けることは出来んが、せめてものお礼じゃ」
そういうとオールド・オスマンはコルベールに退出を命じた。
どんな話かと期待してたコルベールはがっくりと肩を落とし、部屋を出て行く。
「あの壷、『悪魔の壷』は俺たちの世界のマジックアイテムだ」
オスマンの目が鋭くなった。
「ふむ、俺たちの世界とな?」
「俺は、この世界の人間じゃない」
「本当かね?」
「本当だ。俺は、ルイズの召喚でイリーナが呼ばれるのを止めようとしたら、一緒に巻き込まれた身でな」
「そうじゃったか……じゃから二人呼ばれたわけじゃな」
あくまでも尊大なヒースの態度を気にすることも無く、オスマンは目を細める。
「あの『悪魔の壷』は正式名称を『悪魔召喚の壷』と言ってな。
蓋を開け合言葉を唱えると中から強力な魔法と強靭な肉体を持った魔神を無作為に呼び出す、小規模のデーモントラップ。
俺たちの世界でも、珍しく、危険なものとして扱われてる。あれをどこで手に入れたんだ? 何でこっちの世界の人間が用途を知ってるかのような名前をつけた?」
鋭い目で睨むヒースにはぁ、とオールド・オスマンはため息を吐いた。
「あれを私に預けたのは、私の命の恩人じゃ」
「預けた? そいつはどうしたんだ? 間違いなくそいつは俺たちと同じ世界……フォーセリアの人間だ」
「分からん。あの壷を私に預けた後、どこかへと旅立ってしまった。今から、半年ほど前の話かの」
「最近じゃねーか!」
思わずヒースが突っ込む。
「半年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、あの『悪魔の壷』の持ち主じゃ。
彼は見たことも無い不思議なマジックアイテムを使いワイバーンを倒すと、ばったりと倒れおった。腹が減っとったらしい」
ヒースは黙って聞いている。
「私は彼を学院へ運び、手厚く看護した。単なる行き倒れじゃからすぐに回復してな、ここが魔法学院で私が学院長だと分かると一つ頼みごとをしてきた。
この壷を鉄壁で知られる宝物庫に封印してくれ、と。彼が言うには、その壷は悪魔を呼び出し、使役することを可能とする危険な壷で封印する場所を探しとったんだそうじゃ。
そうして、私に壷を預けると、いずこかへ旅立っていったのじゃ……」
ちっ、とヒースは舌打ちをする。
その人物はほぼ間違いなくフォーセリアの人間だ。
向こうに戻るための手掛かりになるかもしれないというのに、今は行方知れず。
生きているのか死んでいるかも分からない。だが折角見つけた貴重な手掛かりだ、ヒースは余すことなくその人物について尋ねてみた。
「そいつの容姿は? 何か特徴的なものはなかったか?あと名前」
ふむ、とオールド・オスマンは髭を撫で、少し思い出すかのように目をつぶると、ゆっくり目を開いた。
「若い青年じゃったな、結構美形の。名は……何と言っておったかのう、すまん、忘れた。
特徴的なのは……おお、そういえば彼の額に黒い水晶が埋まっておったの。そっちの世界ではそういうアクセサリーが流行っとるのか?」
ヒースは顎を落とし、同時に頭を抱えた。
何でそんなやつがこの世界にいるんだ!
彼はそう叫びたかった。
額に埋まった黒水晶。それは無限の魔力を得た証、古代魔法王国カストゥールの残滓の証明。
当に滅びたはずの、かつて世界を支配し、一部では神々さえも超えた魔術師たち。
そう、彼らは500年以上も前に滅びたはずなのだ。
無限の魔力を供給する魔力の塔の暴走と、虐げられていた蛮族たちの蜂起によって。
「ふむ、彼がどういう人物か心当たりがあるのかね?」
「ありもあり、大有りだこんちくしょう。そいつは確実に、とっくの昔に滅んだはずの王国の人間だよ」
「どういうことかの?」
ヒースは説明する、フォーセリアの成り立ちを。
始原の巨人の死から始まった神々の誕生と世界創造。
神話の時代、光と闇に別れ互いに争い合い、最終的には竜王たちの炎で死した神々。
その後訪れた暗黒時代と誕生した魔法王国カストゥールの勃興。
魔力の塔崩壊によるカストゥールの最後、そうしてやってきた剣の時代……。
所々法螺が多少入り混じっていたが、その内容をオールド・オスマンは興味深そうに聞き入っている。
「つまり、あの彼は無限の魔力を得た、カストゥール終期の魔術師である、と」
「ああ、魔神が召喚されるようになったのはカストゥール終期に召喚魔術師アズナディールが魔界を発見してからだし、
魔力の塔に至っては滅びる50年程度前に作られたばっかりだ」
説明が終わりため息を吐くヒース。
本当に何故とっくの昔に滅びた国の人間が生きて異世界にいるのだろうか。
その様子を見てオールド・オスマンは口を開く。
「まぁその話題はおいといて、じゃ。もう一人、フォーセリアから来た彼女、ミス・ヴァリエールの使い魔のことなんじゃが」
「あ? イリーナがどうかしたのか?」
ヒースが三白眼でオールド・オスマンは見やる。
「彼女の左手に刻まれてる使い魔のルーンの力には、気付いとるかね?」
「ああ、何かあいつが言うには武器を握ると途端力がみなぎって、身体が羽みたいに軽くなるとか……」
「あれはな、ガンダールヴの紋章と言って、かつて始祖ブリミルが使役したとされる伝説の使い魔の印じゃよ」
そういって、引き出しからコルベールのスケッチと『始祖ブリミルの使い魔たち』という題名の一冊の本を取り出し、とあるページを見せる。
そこにはスケッチと全く同じルーンがあった。
「伝説の使い魔の印?」
「そうじゃ。その伝説の使い魔はありとあらゆる武器を使いこなし、千の軍勢を一人で打ち倒したと言う記述すらある」
ヒースがスケッチと本のルーンをもう一度見比べた。
「何でイリーナが伝説の使い魔なんかになったんだ? つーか何でイリーナじゃなくて俺に話す」
「彼女がガンダールヴになった理由はさっぱりわからん。おぬしに話した理由は、その、彼女ちょっとおつむ鈍そうじゃろ?」
ああ、とヒースは納得した。確かに話したところであまり理解しないだろう。
「まぁ物が物での、迂闊に情報が漏れるのは避けたい。
君ならば信用できると思って話したわけじゃ。じゃから誰にも喋らんといてくれ。
恐らくではあるが、おぬしたちがこの世界にやってきたことと、そのガンダールヴの印は、なにか関係しているのかも知れん」
正直当てにならないと、ヒースは思った。
やはりハーフェン師による救出を期待すべきなのだろうか?
「すまんの、力になれんで。ただ、これだけは言っておく。私はおぬしらの味方じゃ」
そういうとオールド・オスマンは、ヒースを抱きしめた。
「よくぞ、恩人から預かった壷を取り戻してくれた。改めて礼を言うぞ」
「礼はいいから離れろ! 俺は年寄りに抱きつかれて喜ぶ趣味は無い!」
ヒースが暴れると、ほっほっほと笑いながらオールド・オスマンが離れる。
「おぬしらがどういう理屈で、こっちの世界にやってきたのか、私なりに調べるつもりじゃ。でも……」
「でも、なんだよ?」
「何も分からなくても、恨まんでくれよ。なぁに、こっちの世界も住めば都じゃ。何なら嫁さんだって探してやるわい」
ため息を吐く。
ヒースは本当にこの爺は頼りになるのだろうかと思った。
「ああ、そういえば。一つ思い出したんじゃが、恩人の彼は去り際に気になることを言っておってな」
「気になること?」
「うむ、『近いうち、ハルケギニアは大きな戦乱に巻き込まれるかもしれない。許してくれ』と」
「なんだその意味深な発言は」
「わからん」
そういうと、オールド・オスマンは水パイプを銜え吹かし始めた。
もう聞くことは無いと、ヒースが部屋の外へ出ようとする。
「おおそうじゃ、ヒースクリフ君」
「なんだ、まだなんかあるのか?」
ヒースが鬱陶しげに振り向く。オールド・オスマンは好々爺な笑みを浮かべた。
「あの遠見の効果を打ち消す魔法、便利なもんじゃな」
ドアをヒースは後ろでに閉める。
「……喰えない爺だ」
そう言って、最近増えたため息をまた吐くのだった。
ヒースはパーティ会場となったアルヴィーズの食堂二階のバルコニーで、ちびちびとワインを飲んでいた。
考えることが多すぎて騒ぐ気になれなかったのだ。
バルコニーから中を見やると、キュルケが男たちに囲まれている。相変わらず大人気のようだ。
ギーシュも相変わらず女の子たちに声をかけて……あ、モンモランシーに引っ叩かれた。
そんな中タバサは一人黙々と料理と格闘している。
黒いパーティドレスを着た彼女は大変可愛らしく、何人かの男が声をかけているが、合えなく撃沈していた。
そして、その美貌を惜しげもなく晒し、パーティの話題を一手に掻っ攫っていたルイズは、その美貌にやっと気付いた男たちにダンスを申し込まれていた。
そうやって誘われることは余りなれてないようで、少々困っているのが見ていて楽しい。
やがて楽士たちにより、音楽が奏でられダンスが始まる。ルイズとキュルケは忙しそうに次々と相手を代えていた。
タバサはずっと料理と格闘を続けており、ギーシュは頬に紅葉を作りながらも、モンモランシーをダンスに誘うことに成功したらしい。
各自、それぞれパーティを楽しんでいるようだった。
「お月見ですか、ヒース兄さん」
そう声をかけられ、ヒースは振り向いた。
ヒースは、一瞬その人物が誰かと思った。
肩を大きく露出させた白いイブニングドレスに腰まで届く長い栗色の髪。
普段化粧っ気ゼロのその顔には薄くおしろいが塗られ、唇には淡い色の紅が引かれている。
見事に、幼い雰囲気を打ち消していた。
「……なんだイリーナか」
「なんだとは酷いですね、どうですか? この衣装」
えへへ、と笑いイリーナはくるりとターンした。
ふわり、とスカートが舞い上がり膝小僧がちらりと見える。
「ふむ……馬子にも衣装といったところだな」
「もーヒース兄さん酷いー」
ぽかぽかとヒースを殴るイリーナ。
効果音はぽかぽかだが実際の衝撃はどすどすである。
「ふん、しかし、ウィッグまでつけたのか。本格的だな」
「はい、ルイズがそのほうが映えるって言ったので……ヒース兄さん、どうしたんですか? 何か悩み事でも?」
あっさりと見透かされ、ヒースは内心動揺する。
いつも通りにしていたつもりだが、どうやらそんなことはなかったらしい。
「はっはっは、何を言ってるんだイリーナ。世の中を憂う美青年の俺様は常に悩み事を抱えているんだぞ。
お前のような脳味噌まで肉体労働と違って俺様は頭脳労働が仕事だからな」
ヒースは意識して、普段どおりに振舞う。
それが成功したのか、もー! と言って力を込めイリーナはヒースの首を絞めてきた。
「がふっ……い゛、い゛り゛ーな゛。ぢがらごめるど、や゛ぶれぶ……」
っは、とした感じでイリーナは力を抜く。
イリーナは小柄だ、小柄だからこそ力を込めると筋肉で一回りは大きくなる。
「そ、そうでした、危ない危ない……。もう、ヒース兄さんのせいですよ? 責任とって一曲一緒に踊ってください」
ごほごほっとヒースをむせていると、イリーナがそういってきた。
「踊る? ……お前ダンス踊れたっけか?」
「はい、昔少しだけお母さんに習いました」
イリーナにもそんな時期があったのかと、内心驚く。
しかし照れくさく、それを渋っていると、イリーナがニヤニヤと笑い出した。
「あーもしかしてヒース兄さん、踊れないんですか?」
「なに、失礼な。以前俺様がラムリアースで見せた見事なステップを覚えていないのか、この脳筋め」
ヒースは以前、仕事の関係で誘われた晩餐会で見事なダンスを披露した経験があった。
「じゃあ、踊ってくれますよね?」
すっ、とイリーナがヒースに手を差し出す。ヒースは暫しその手を見て迷うも、意を決し手をとった。
「了解しました、マドモアゼル」
イリーナの手を引き、ヒースはホールへ向かった。
「うぎゃー! 足を何度も何度も何度も踏むなこの馬鹿ー!」
「ひーん! ごめんなさーい!」
星空の下、彼は眠りから覚めた。身体が冷えたのか、震えが走る。
「ジェイナス、どうしたの?」
そんな彼の膝の上で丸まっていた、文字通り人形のように小さな少女が心配そうな顔で話しかける。
「なんでもないよミーファ。寒さで少し目が覚めてしまったようだ」
ジェイナスと呼ばれた男はそう小さな少女、ミーファに優しく語り掛ける。
「私、あっちのほうで煎じて飲むと身体が温かくなる薬草を見つけたわ、リタ」
「私も見たわ、レット。ジェイナス、ちょっと取って来るわね」
リタとレットと呼び合った、ミーファと同じく小さな少女がそういって駆け出す。
「この辺りはオーク鬼が出没するらしい、気をつけるんだよ」
はーいと、可愛らしい声がユニゾンしてジェイナスの耳に届く。
ジェイナスはそれを微笑んで見送ると、ふぅ、とため息を吐き、満天の星空を見上げた。
「どうしたの? ジェイナス。何か心配ごとでもあるの」
「いや……ただ、強行派を抑えるのもそろそろ限界だと思ってね……」
そう零すと、心配そうな顔で見つめるミーファの頭を優しく指の平で撫でる。
「とうに滅んだ国の栄光に、いまだ縋るのは、現実を認めたくないからなのかね」
額に埋め込まれた黒水晶が、二つの月の明かりに反射し、鈍く光った。
第一部~ハルケギニアの魔法の国~了
フーケのソールゴーレム
モンスターレベル=10
知名度=10
敏捷度=4 移動速度=24
出現数=単体 出現頻度=フーケ次第
知能=命令を聞く 反応=命令による
攻撃点=腕:14(7) 打撃点=30
回避点=10(3) 防御点=6
生命点/抵抗値=100/30(23)
精神点/抵抗値= - /20(13)
特殊能力=一部魔法に耐性
生命点再生(1ラウンド辺り20点)
精神的な攻撃は無効
毒、病気に冒されない
棲息地=フーケが作った場所
言語=なし
知覚=擬似
フーケのソールゴーレムは土で作られた身長30メートルにも及ぶ非常に巨大なゴーレムです。
巨大なため凄まじい生命力と力を誇りますが、その分動きが鈍重で材料が土なため非常に脆くもあります。
フーケの魔力が供給されている限り土の地面と接していれば強力な再生が可能です。
その際フーケは一度の再生に付き精神力を1消費します。
また、「つぶて系」「電撃系」「毒ガス系」のダメージ魔法はまったく無駄です。
その他のダメージ魔法は有効で、クリティカルも起こりえます。
用語解説
遠見の水晶球:マジックアイテム。遠くの情景を水晶に映す。普通のやつは一日30分が限度
ライト:古代語魔法。初歩の魔法で半径10m以内を照らす明かりを生み出す
フライト:古代語魔法。最大時速50kmで空をかっ飛ぶ
悪魔召喚の壷:マジックアイテム。分かりやすく言えば魔界に落とし穴開けて引っかかった魔神を召喚して使役する
魔力の塔:魔法装置。世界に満ちるマナを集め、額に埋め込んだ黒水晶を通して無限の魔力を供給する。塔が壊れると黒水晶埋め込んでた人は魔法が使えなくなる
カストゥール:国名。かつてフォーセリアを席巻した魔法王国。十人の門主と呼ばれる最高の魔術師達の間から一人、30年任期で王を決めている
[[へっぽこ冒険者と虚無の魔法使い 第5話(前編)]]
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