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ZEROMEGA-2 - (2007/09/12 (水) 17:08:41) の1つ前との変更点
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合成人間、丁五宇の朝は早い。
しかし、ウエストウッド村の子供たちの世話をしているティファニアの朝はもっと早い。
ハルケギニアについてから三か月の間、五宇は一度もティファニアが寝坊する姿を見たことはなかった。
毎朝、彼女は夜も明けきらぬ内に起きて子供たちの朝食の支度をしていた。
しかし、その朝に五宇は台所に見慣れた華奢な姿を見つけることはできなかった。
心配になって寝室のドアを叩く。
かんぬきをかけていなかったのか扉はすっと中へ開いた。
「テファ、入るぞ」
部屋の中に一歩踏み込むと同時に顔に枕をぶつけられた。
視界を埋めつくす白い布をどけるとベットの上に鎮座する毛布お化けと目が合った。
毛布の隙間から尖った耳と綺麗な目を覗かせたお化けは五宇目掛けて「ううっ!」と威嚇の唸り声を上げる。
ここまで来れば激とか、超とか着くほど鈍い青年にも何が起きているのか分かった。
五宇は気まずそうに咳払いをして、
「テファ、昨日俺が言ったことなんだが……」
今度は綿がはみ出した魔女の人形が飛んで来た。
テファが子供の頃、姉に作ってもらったと言う「ふーけちゃん」である。
お気に入りの「ふーけちゃん」まで投げるとはかなり深刻な証拠だ。
このまま、もたもた突っ立っていると次はベッドが飛んでくるかもしれない。
五宇は枕と「ふーけちゃん」を扉に脇において、大人しく寝室を出て行くことにした。
扉を閉める寸前、部屋の中から小さくすすり泣く声と一緒に弱弱しく自分を罵る声が聞こえた。
またしても、砲弾を喰らったような痛みが鳩尾を走る。
この調子では、明日辺りには胃に穴が空きそうだ。
深々と溜息を吐いて顔を開ける。
驚いて、一歩後ろへ下がった。
「ゴウ兄ちゃん、ご飯まだぁ?」
「ティファニアお姉ちゃんはどこぉ?」
「兄ちゃんとお姉ちゃん、喧嘩したの?」
朝食の手伝いをしに来た年長の子供たちが五宇を問い詰める。
円らで純真な瞳が単分子ブレードにも勝る鋭い刃物となって、ざくざく胸に突き刺さる。
「あ、いや、テファは…………」
「テファは今朝、ちょっと具合が悪いの。だから、今日の朝ご飯はゴウお兄ちゃんとタイラお姉ちゃんが作ることにしたの。さあさあ、皆小さい子達がくる前に朝ご飯の準備をしてね!」
言葉に詰まった五宇に、窓の外のタイラが助け舟を出した。
日頃ティファニアの教育が行き渡っているのか、子供たちは「はーい」と素直に返事をすると皿やコップが仕舞ってある棚の方に向かった。
ほっと一息ついた五宇が言った。
「すまん、タイラ。助かった」
「私に御礼を言うぐらいなら、後でテファにちゃんと謝りなさい。ほら、ぼさっと立ってないでゴウも支度を始めなさいよ」
「……何の支度をするんだ?」
「朝ご飯の支度に決まっているじゃないの! 子供たちがお腹空かしているわよ」
「……いや、俺はタイラが朝食の準備をするものと思っていたが」
いやな沈黙が二人の間に広がった。
必要は努力と発明の母親である。
しかし逆を言えば人間、必要のない行為や目的のために努力をしないものだ。
合成人間である丁五宇には食事をとる必要がない。
体が巨大な二輪駆動であるタイラは言わずもがな。
そんな二人が皿洗いはともかく、料理の仕方など知っているはずもなかった。
速くも皿を叩いて、餌の催促を始めたハラペコモンスターたちの雄叫びを聞きながら、五宇とタイラの兄妹は無言のまま見詰め合うのであった。
結果から言えば、五宇たちの作った食事は大不評だった。
残り物のシチューや保存食のおかげで何とか食べられるものはできた。
しかし、感性の鋭い子供たちは重たい食卓の空気やティファニアの寝室から聞こえてくる泣き声から何となく昨夜二人の間に何があったのかを察した。
小さい子たちはぐずり出し、大きな子たちは怒ったような顔で食べ物を口の中に押し込んだ。
大好きなお姉ちゃんをいじめられたと感じたのか。
子供たちは手を返したように今まで懐いていた五宇に対して冷たく接するようになった。
特にティファニアに好意を抱いていたジムに至っては、家から出る寸前に五宇の脚に蹴りを一発入れ、おもいっきりあかんべーをすることまでやってのけた。
五宇はそんなジムの行動に対して特に怒りは感じなかった。
少年の気持ちも少なからず、理解できたからだ。
ウエストウッドを出発すると決めたその時から、いつかこんな日が訪れる事はわかっていた。
しかし、子供たちの怒りや悲しみがここまで心臓や胃に応えるものだとは思わなかった。
出て行くならば、あの子供たちとちゃんと話し合っておく必要があると感じた。
そのためには先にティファニアと仲直りして置かなければならない。
しかし、今は仲直りどころか普通の会話もできそうにない。
「…………畑仕事でもやってくるか」
取りあえず、畑仕事をして時間を潰そうと思った。
しかし、合成人間のマンパワーは常人の数十倍。
正午になる前に全ての仕事が終わってしまった。
ゆっくり時間をかけて畑を耕せば良かったのだが……。
悲しいかな、合成人間には仕事をサボったり、手を抜いたりすると言う発想はできない。
また食料集めに行こうかと思ったが、最近頑張ったせいで村の食料庫はすでに満杯。
薪の方は村に来た初日に頑張りすぎたせいで六回冬が越せるぐらいの蓄えがある。
何することが見つからない。
重二輪に背を預けながら、空に流れる雲を眺めた。
ハルケギニアに来てから、こんな時間の流れが遅いと感じたことはなかった。
その理由に思い至った時、
「暇そうだね」
背後の重二輪が声を掛けて来た。
黙ってその問いに頷く。
「なんでだと思う?」
気まずそうな沈黙が答えだった。
タイラは重二輪の上に自分の立体映像を浮かべると、腕を組んでゴウを睨み付けた。
「テファがいないからだよ。気がついてた? あの子はいつも少しでも時間が空くとゴウに話しかけたり、仕事を頼んだりしてあなたが退屈しないように気をつかっていたのよ。それなのにゴウはテファにあんなに冷たく当たって! 男の子として恥ずかしくないの?」
一言も言い返せなかった。
タイラのいうとおりだった。
あの金髪の少女が自分にとってどれほど大きな存在になっていたのか、今まで全く気付かなかった
テファが側にいない今、痛いほどそのことがよく分かる。
彼女の不在が一層強くその存在を際立たせる。
しばらく考え込んだ後に五宇は口を開いた。
「決めた……」
「何が?」
「今日、家に帰ったらテファにちゃんと俺のことを説明する。俺が何故帰らなくてはいけないのかを。そして、テファが納得しない限り、この村を離れない」
そう言った後で、まだテファに元の世界の事情はおろか、自分の出自についてさえ説明していない事に気がついた。
「まずは、合成人間のことから教えてあげなくちゃいけないね」
「先は長そうだな……」
「良いじゃない。長ければ長いほど、テファと一緒にいる時間が増えるから」
冷やかすようにいったタイラの言葉を無視して、五宇は重二輪にまたがった。
「少し速いが、見回りに出かけるぞ」
「あれ? ひょっとして五宇ってば照れてるの?」
「……最初はロサイスに向かう道の方から回って見るか」
「ねえ、五宇照れてるの? ねえったら、ちゃんと返事をしてよ!」
村の見回りをしている間、少女はしっつこいほど同じ質問を繰り返したが、青年は一言も返さず、結局見回りが終わるまで沈黙を守り通した。
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